Nov 27, 2007

2004.06.09 「アベンティス v. 特許庁長官」 東京高裁平成15年(行ケ)62

エナンチオマー(光学異性体)に進歩性はあるか?(ゾピクロン事件) : 東京高裁平成15年(行ケ)62

【背景】

「D-ゾピクロンを含有する睡眠性質または時間を改善するための薬学的組成物」に関する発明(特表平6-504548)についての、進歩性なしとの拒絶審決に対する取消訴訟。
本願発明と引用例記載の発明とは「ゾピクロンを含有する睡眠性質または時間を改善するための医薬」である点で一致し、本願発明では、ゾピクロンが右旋性異性体であるのに対して、引用例に記載された発明ではラセミ体である点で相違していた。

【要旨】
裁判所は、
「本件優先日当時,化学物質の生物活性(薬理活性,副作用)とその立体構造には,様々な相関関係があることが知られており,光学異性体の存在する化学物質(化学物質の化学構造が知られている場合,その化学物質に光学異性体があるかどうかは当業者に自明である。)については,ラセミ体だけではなく,各異性体についても,目的とする薬理効果や副作用等について検討を行うことが普通に行われるようになっていたこと,また,光学異性体の存在する化学物質を医薬品として使用しようとする場合には,その検討結果に応じて,光ラセミ体を使用するか一方の光学異性体を使用するかを決定するようになっていたことが認められる。~光学異性体の存在が自明であるゾピクロンについて,光学異性体のそれぞれにつき,催眠活性を検討すると同時に,毒性等の望ましくない生理活性についても検討し,より薬理作用に優れたものを医薬用途に用いようとすることは,ごく自然な発想であり,当業者が容易に想到することであったというべきである。そして,ゾピクロンの右旋性異性体が慣用のラセミ分割手段等により容易に入手し得ることは,原告も争っていないから,ゾピクロンの一方の光学異性体である右旋性異性体を入手し,その睡眠活性及び副作用を検討確認し,その優れた薬理作用を見いだすことに,格別の技術的困難があったとは認められない。」
と判断した。
これに対し、原告は、ラセミ体の一方の光学異性体が活性であるとき、毒性もその活性に関連していることがしばしばあり、本願発明のように、一方の光学異性体の有益な活性(薬理活性)がラセミ体よりも強いのに毒性はラセミ体よりも小さいということは、当業者の予測を超えていると主張したが、裁判所は、
「化学物質の望ましい生理活性と望ましくない生理活性とが,常に,一方の光学異性体に相伴って強く現れるというのは,当業者の一般的な認識であったとはいえず,むしろ,光学異性体を有する化学物質における生理活性の発現には,化学物質に応じて,多種多様な態様があるというのが技術常識であったと解される。したがって,~「ある活性(睡眠活性)がラセミ体よりも強いにもかかわらず毒性がラセミ体より小さい」ことが当業者の予測の範囲外のことであるとの主張を裏付けるものとはいえない。」と判断した。
また、原告は、ゾピクロンの右旋性異性体がラセミ体の2倍を超える程度の睡眠活性を有するという効果を主張したが、裁判所は、
「光学異性体間の薬理活性の違いの一つとして認識される範囲内のものというべきであり,当業者の予測を超える顕著な作用効果ということはできない。」
と判断した。請求棄却。

【コメント】
光学異性体の進歩性が判断された事件。
光学異性体の効果という観点での主張のみでは公知ラセミ体からの進歩性は非常に認められにくい状況である。判決文中で示唆されているように、光学異性体の入手困難性という観点で主張すれば、光学異性体発明の進歩性が認められる余地が残されているのかもしれない。

ちなみに、米国及び欧州では、対応特許が医薬用途限定無しの光学異性体それ自体で成立しており(米国特許
6,444,673号、欧州特許EP609210号)、この点、日本の進歩性の判断が比較的厳しいといえるのではなかろうか。このような日-欧米間の進歩性判断の違いを踏まえたうえで、日本では無理でも欧米で特許を取得できる可能性と、それぞれの国での特許取得の意義を検討した上で出願戦略を練る必要があるだろう。

ゾピクロン(Zopiclone):
市販されている睡眠障害改善剤(商品名:アモバン(Amoban®))の有効成分。2つのエナンチオマーの混合物(ラセミ体)である。ベンゾジアゼピンレセプターに結合し、GABAレセプターに影響をおよぼすことでGABA系の抑制機構を増強するものと考えられている。既にジェネリック医薬品が参入している。


一方、活性体である光学異性体(一般名: Eszopiclone)を製剤化した睡眠障害改善剤(商品名:Lunesta®)は米国において、2005年に承認され、Sepracor社により販売されている。Sepracor社はアベンティス(現Sanofi-Aventis)社とEszopiclone特許に関する譲渡契約を結んでおり、その契約下で北米・日本を除くマーケットはGlaxoSmithKlineと、日本のマーケットはエーザイと提携してworldwideな展開をしている。

本出願は、Eszopiclone製剤が日本において上市された際には、ライフサイクルパテントとして重要な位置づけとなる出願のひとつだったかもしれない。

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