Nov 29, 2007

2007.10.11 「プロクター&ギャンブル (P&G) v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10509

効果の言及が定性的な記載のみの場合でもサポート要件は満たされるのか?: 知財高裁平成18年(行ケ)10378

【背景】
原告が「中間鎖分岐界面活性剤」に関する特許出願(特表2000-503700号)の拒絶審決取消訴訟。サポート要件(特36条6項1号)が主たる争点となった。

【要旨】
裁判所は、
「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」
との一般原則を示し、本件について下記のとおり判断した。

「本願発明の解決すべき課題に低水温洗浄性及び生分解性が含まれることは明らかであるから,発明の詳細な説明には,本願発明がこれらの性能において有効であることが客観的に開示される必要があるというべきである。~洗剤界面活性剤組成物の性能については,「得られた組成物は,標準布帛洗濯操作で用いられたときに,優れたしみおよび汚れ除去性能を発揮する,安定な無水重質液体洗濯洗剤である。」(上記(2)コ(オ))との記載があるものの,この記載からは低水温洗浄性及び生分解性に関する具体的な評価を導くことはできない。以上述べたところに照らせば,本願発明の詳細な説明には,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が本願発明1の組成物が発明の課題である低水温洗浄性及び生分解性を解決できるものであると認識できるに足る記載(旧36条4項参照)を欠いているといわざるを得ない。」

また、裁判所は、原告主張について下記の補足的説明をした。
「本願発明の背景にかんがみれば,本願発明に係る洗剤界面活性剤の組成等を定性的に記載するのみでは,当業者が低水温洗浄性能等の本願発明の課題の解決について具体的に認識することは困難といわざるを得ないのであって,これを当然の前提として記載を省略することは許されないというべきである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。」

請求棄却。

【コメント】
効果の言及が定性的な記載のみだったためにサポート要件違反と判断された。
本事件は医薬関連発明ではないが、医薬(用途)発明ならば、サポート要件のみならず実施可能要件を満たすために客観的なデータが要求されるのは、下記のとおり、裁判例や審査基準でも明らかにされている。

サポート要件:

  • 審査基準第I部第1章2.2.1.1 例9参照
    例9:
    請求項においては成分Aを有効成分として含有する制吐剤がクレームされているが、発明の詳細な説明には、薬理試験方法及び薬理データについては記載がなく、しかも、成分Aが制吐剤として有効であることが、出願時の技術常識からも推認可能といえない場合。

実施可能要件:


2007.11.26 「Norway accedes to the European Patent Convention」

EPO websiteで、ノルウェーのEPC加盟へ向けて、発効日となる2008年1月1日前後における出願の取り扱いについて公表された。

なお、ジェトロによると、2004年医薬品市場におけるジェネリック医薬品のシェア(%(数量ベース))国別ランキングで、ノルウェーはOECD加盟国のなかで10位(28.2%)とのこと。ちなみに米国は51.0%、日本は16.8%(2004年)である。

参考:

Nov 27, 2007

2004.06.09 「アベンティス v. 特許庁長官」 東京高裁平成15年(行ケ)62

エナンチオマー(光学異性体)に進歩性はあるか?(ゾピクロン事件) : 東京高裁平成15年(行ケ)62

【背景】

「D-ゾピクロンを含有する睡眠性質または時間を改善するための薬学的組成物」に関する発明(特表平6-504548)についての、進歩性なしとの拒絶審決に対する取消訴訟。
本願発明と引用例記載の発明とは「ゾピクロンを含有する睡眠性質または時間を改善するための医薬」である点で一致し、本願発明では、ゾピクロンが右旋性異性体であるのに対して、引用例に記載された発明ではラセミ体である点で相違していた。

【要旨】
裁判所は、
「本件優先日当時,化学物質の生物活性(薬理活性,副作用)とその立体構造には,様々な相関関係があることが知られており,光学異性体の存在する化学物質(化学物質の化学構造が知られている場合,その化学物質に光学異性体があるかどうかは当業者に自明である。)については,ラセミ体だけではなく,各異性体についても,目的とする薬理効果や副作用等について検討を行うことが普通に行われるようになっていたこと,また,光学異性体の存在する化学物質を医薬品として使用しようとする場合には,その検討結果に応じて,光ラセミ体を使用するか一方の光学異性体を使用するかを決定するようになっていたことが認められる。~光学異性体の存在が自明であるゾピクロンについて,光学異性体のそれぞれにつき,催眠活性を検討すると同時に,毒性等の望ましくない生理活性についても検討し,より薬理作用に優れたものを医薬用途に用いようとすることは,ごく自然な発想であり,当業者が容易に想到することであったというべきである。そして,ゾピクロンの右旋性異性体が慣用のラセミ分割手段等により容易に入手し得ることは,原告も争っていないから,ゾピクロンの一方の光学異性体である右旋性異性体を入手し,その睡眠活性及び副作用を検討確認し,その優れた薬理作用を見いだすことに,格別の技術的困難があったとは認められない。」
と判断した。
これに対し、原告は、ラセミ体の一方の光学異性体が活性であるとき、毒性もその活性に関連していることがしばしばあり、本願発明のように、一方の光学異性体の有益な活性(薬理活性)がラセミ体よりも強いのに毒性はラセミ体よりも小さいということは、当業者の予測を超えていると主張したが、裁判所は、
「化学物質の望ましい生理活性と望ましくない生理活性とが,常に,一方の光学異性体に相伴って強く現れるというのは,当業者の一般的な認識であったとはいえず,むしろ,光学異性体を有する化学物質における生理活性の発現には,化学物質に応じて,多種多様な態様があるというのが技術常識であったと解される。したがって,~「ある活性(睡眠活性)がラセミ体よりも強いにもかかわらず毒性がラセミ体より小さい」ことが当業者の予測の範囲外のことであるとの主張を裏付けるものとはいえない。」と判断した。
また、原告は、ゾピクロンの右旋性異性体がラセミ体の2倍を超える程度の睡眠活性を有するという効果を主張したが、裁判所は、
「光学異性体間の薬理活性の違いの一つとして認識される範囲内のものというべきであり,当業者の予測を超える顕著な作用効果ということはできない。」
と判断した。請求棄却。

【コメント】
光学異性体の進歩性が判断された事件。
光学異性体の効果という観点での主張のみでは公知ラセミ体からの進歩性は非常に認められにくい状況である。判決文中で示唆されているように、光学異性体の入手困難性という観点で主張すれば、光学異性体発明の進歩性が認められる余地が残されているのかもしれない。

ちなみに、米国及び欧州では、対応特許が医薬用途限定無しの光学異性体それ自体で成立しており(米国特許
6,444,673号、欧州特許EP609210号)、この点、日本の進歩性の判断が比較的厳しいといえるのではなかろうか。このような日-欧米間の進歩性判断の違いを踏まえたうえで、日本では無理でも欧米で特許を取得できる可能性と、それぞれの国での特許取得の意義を検討した上で出願戦略を練る必要があるだろう。

ゾピクロン(Zopiclone):
市販されている睡眠障害改善剤(商品名:アモバン(Amoban®))の有効成分。2つのエナンチオマーの混合物(ラセミ体)である。ベンゾジアゼピンレセプターに結合し、GABAレセプターに影響をおよぼすことでGABA系の抑制機構を増強するものと考えられている。既にジェネリック医薬品が参入している。


一方、活性体である光学異性体(一般名: Eszopiclone)を製剤化した睡眠障害改善剤(商品名:Lunesta®)は米国において、2005年に承認され、Sepracor社により販売されている。Sepracor社はアベンティス(現Sanofi-Aventis)社とEszopiclone特許に関する譲渡契約を結んでおり、その契約下で北米・日本を除くマーケットはGlaxoSmithKlineと、日本のマーケットはエーザイと提携してworldwideな展開をしている。

本出願は、Eszopiclone製剤が日本において上市された際には、ライフサイクルパテントとして重要な位置づけとなる出願のひとつだったかもしれない。

See also:

2007.11.19 「EPOがMUPS®製剤に関する欧州特許の有効性を支持」

2007.11.19 EPO異議部はAstraZenecaのMUPS® 製剤に関する欧州特許(EP723437)の有効性を支持した。

MUPS®("Multiple Unit Pellet System")は、プロトンポンプインヒビター(proton pump inhibitor(PPI))であるLosec®(有効成分はomeprazole)やNexium®(有効成分はesomeprazole(omeprazoleのS-enantiomer))の錠剤に使用されている製剤技術である。

See also

Nov 26, 2007

2005.01.28 「Merck v. Teva (アレンドロネート事件)」 CAFC Docket No. 04-1005

「About」の解釈が自明性の判断に問題となった事案(アレンドロネート事件): CAFC Docket No. 04-1005

【背景】
Merckはビスフォスフォネートに関する米国特許(
5,994,329号)を所有しており、FDA認可を得て、アレンドロ酸ナトリウム水和物の週1回投与用製剤について販売(商標名Fosamax)。TevaによるANDA提出に対し、Merckが271(e)(2)(A)に基づく侵害を主張し、連邦地裁に訴訟を提起。特許侵害を認めた地裁判決に対してTevaが控訴した。

Claims:

23. A method for treating osteoporosis in human comprising orally administering about 70 mg of alendronate monosodium trihydrate, on an alendronic acid basis, as a unit dosage according to a continuous schedule having a dosing interval of once-weekly.

37. A method for preventing osteoporosis in human comprising orally administering about 35 mg of alendronate monosodium trihydrate, on an alendronic acid basis, as a unit dosage according to a continuous schedule having a dosing interval of once-weekly.

【要旨】
クレームの"About"という語について十分な定義を記載していなかったため、"approximately"という意味であると解釈され、特許は、prior artによりobviousであり、無効であると判断されてしまった。

【コメント】
クレームの用語については、細心の注意を払ってその定義を記載しなくてはならない。特に先行技術文献が非常に近くに存在する場合はなおさらであろう。

Fosamax:
アレンドロン酸ナトリウム水和物(Alendronate sodium hydrate)を有効成分とする骨粗鬆症治療薬(日本では万有製薬が販売名フォサマック(Fosamac)として販売している。)。

See also

Nov 25, 2007

2004.04.28 「リヒターゲデオン v. 日本医薬品工業(ファモチジン事件)」 東京高裁平成15年(ネ)3034

結晶多形特許は有効か?(ファモチジン事件): 東京高裁平成15年(ネ)3034

【背景】

山之内製薬は、ファモチジンの物質特許を保有し、H2ブロッカー(商品名:ガスター)を販売していた。当時のガスターは、ファモチジンの結晶多形であるA型及びB型の混合物であった。その後、リヒターゲデオン社(ハンガリー国)はファモチジンの結晶多形であるB型の純粋結晶に関する特許(第2708715号)を成立させてしまった。山之内とリヒターゲデオン社との間で、リヒターゲデオン社が保有するファモチジン結晶多形特許に関する特許紛争が起きたが、山之内は日本におけるファモチジン結晶多形特許の独占的実施権を取得することで和解した。一方、ジェネリックメーカーは、山之内のファモチジン物質特許の存続期間が満了するのを見計らって、山之内が製造販売するガスターと同一のジェネリック医薬品の薬事承認を取得し、製造販売を開始した。リヒターゲデオン社は、ジェネリックメーカー16社に対して、ファモチジンのB型結晶形に関する特許を侵害しているとして、差止請求訴訟を提起した。東京及び大阪地裁で侵害は認められずリヒターゲデオン社は控訴した。本件はその一訴訟である。

【要旨】
出願経過等を参酌して解釈すれば、「『B』型のファモチジン」との記載は、ファモチジンには、A型、B型及び両者の混合物が存在することを前提とした上で、特定の「『B』型のファモチジン」に限定しているから、A型とB型の混合物を排除する意味を有すると判断した。B型とA型とを明確に区分していることに照らせば、A型の特性が検出される程度までA型を含むB型は、本件発明の技術的範囲に属しないと解するのが相当である、と判断した。従って、ジェネリック医薬品の原薬であるファモチジンは、A型の特性が検出される程度までA型を含むものと認められるから、ジェネリック医薬品は本件発明の技術的範囲には属さず、特許権を侵害するものということはできない、と判示した。また、出願経過に照らせば、「『B』型のファモチジン」に限定したというべきであり、均等成立のための要件を欠くため均等侵害の主張も採用することができない、と判断した。

【コメント】
いわゆる「ファモチジン事件」。結晶形(アモルファスも含む)の特許明細書作成時においては、その結晶形の好ましい含有量を記載したり、従来技術との境界線を明確にしたりしておくことで、訴訟時に少しでも有利な判断へと導くための準備をしておく必要がある。本事件においては、特に、混在していてもよいとするA型ファモチジンの含有量の範囲が広くなれば、拒絶・無効となる可能性が高まる点にも注意しつつ、B型結晶の純品に限定解釈されないような手当てをしておくべきであった。

また、山之内はリヒターゲデオン社に自社品の結晶多形特許を取得されてしまった。第三者に結晶多形を検討され、先に多形特許を奪われてしまわないよう、開発品の具体的活性成分が公に明らかになる前に、結晶多形検討はもちろんのこと、結晶多形に関する発明の出願をどのようなタイミングですべきか検討する必要がある。「2003.02.18 「大正 v. 山之内(ニカルジピン事件)」 大阪高裁平成14年(ネ)1567」や、米国の「ラニチジン事件」、「セフチン事件」等と対比して、結晶多形特許を製品のライフサイクルに有効に働かせるためにどのようにすべきか検討するにあたり価値ある事例である。

Nov 24, 2007

2007.10.18 「メルク v. ユーロドラッグ」 知財高裁平成18年(行ケ)10378

アレンドロネートの用法・用量をカバーする特許の進歩性は?: 知財高裁平成18年(行ケ)10378

【背景】

「骨吸収を抑制する方法」に関する特許(特許第3479780号)に係る発明について、特29条2項違反を理由に無効審決が下されたため、特許権者である原告(メルク)が同審決の取消しを求めた事案。

請求項1:
アレンドロネート,薬剤として許容できるその塩およびこれらの混合物より成る群の中から選択されるビスホスホネートを,アレンドロン酸活性体基準で約35~約70mg含み,週一回の投与間隔を有する連続スケジュールに従う経口投与に用いるための,哺乳動物における骨粗鬆症を治療または予防する薬剤組成物。

請求項5:
哺乳動物における骨粗鬆症を治療または予防するためのキットであって,週一回の投与間隔を有する連続スケジュールに従う経口投与により使用すべき旨の指示を含み,単位用量としてアレンドロネート,薬剤として許容できるその塩およびこれらの混合物より成る群の中から選択されるビスホスホネートをアレンドロン酸活性体基準で約35~約70mg含み,かかる単位用量を少なくとも1回分収容する,キット。

【要旨】
原告は、
「引用例3の記載(3c)を含むパラグラフ(以下「パラグラフ1」という。)には,~用法・用量に関し,~単なるオプションが,臨床的意義についての説明もなく列挙されているにすぎず,理論的な根拠や実験による裏付けも示されていない。~したがって,当業者が,引用例3の上記記載に接したとしても,~重大な問題である上部消化管障害という副作用を軽減させるための解決手段として,その用法・用量を採用することを動機づけられることもなければ,その記載によって何かを示唆されることもあり得ない。」
と主張した。
これに対して裁判所は、
「引用例3は,確かに,原告の主張するとおり,上部消化管障害の軽減との関連において,週1回40mgのアレンドロネート投与の有用性に係る,理論的根拠の明示的な記載や実験的な裏付けを伴うものではない。しかしながら,~消化管障害の副作用は,消化管と接触する薬剤の量が多く,接触する時間が長いほど,また,接触頻度が高いほど生じやすく,悪化しやすいことは容易に理解されるところである。したがって,投与間隔を長くする(毎日投与から週2~3回,あるいは週1回投与とする)間欠投与の提案は,それ自体として,上部消化管障害軽減の理論的根拠を示唆するものであり,少なくとも,当業者がこれを試みる動機付けとなるものということができる。」
と判断した。

また、原告は、
「皮下注射による投与においては,胃腸に対する副作用は生じないことが,本件特許出願当時の技術常識であったから,副作用等を引き下げるための方法として,~皮下注射における用法・用量を論ずる引用例3の記載は首尾一貫しておらず,引用例3の著者が,文献23の内容を十分に理解して,パラグラフ1を記載したものではない」
と主張した。
しかし裁判所は、
「皮下注射実験であるとしても,パラグラフ1ないし引用例3の記載が首尾一貫していないとか,引用例3の著者が,文献23の内容を十分に理解していないなどといった非難は当たらない。」
として原告の主張を認めなかった。

さらに原告は、
「アレンドロネートを一日一回連続的に経口投与する場合には,消化管障害という副作用の懸念のために,一定の連続スケジュールに従う高用量(20mgを超える用量)投与を避けることが,優先権主張日当時,当業者の技術常識であったから,引用例2,3に,週1回40mgの投与が記載されていたとしても,当業者が,これを採用することについては,重大な阻害事由があり,容易ではない」
と主張した。
しかし裁判所は、
「原告主張の上記技術常識は,それが認められるとしても,~消化管内壁が,例えば40mgのアレンドロネートと,連続して毎日接触する状態と,接触しない日が6日間続く(その間に,自然治癒力による回復がある)状態とを同列に論ずることができないことは明らかである。したがって,原告主張の上記技術常識は,当業者が,引用例2,3記載の投与方法を試みるに当たって妨げとなるようなものということはできず,これを阻害事由とする原告の主張は失当である。」
と判断した。

また、裁判所は、
「一定の範囲内で,ビスホスホネートの投与量と骨疾患に対する治療効果との間に相関関係があることは明らかであるから,毎日投与の方法を,投与間隔を空ける間欠投与の方法に変更しようとする場合に,治療効果を維持しようとすれば,間欠投与の方法で投与するビスホスホネートの総量を,同一治療期間に係る毎日投与の方法による投与総量と同じにすること(間欠投与の方法による1回当たりの投与量を,そうなるように設定すること)は,当業者が最初に試みることであるといえる。~本来の治療効果を確保するため,間欠投与における1回当たりの投与量を,毎日投与における単位用量を基礎として,投与間隔として空ける日数に応じ比例的に設定することを検討する場合においては,参考とする上記実験例が,皮下注射による投与方法であるかどうかや,上部消化管障害の副作用を生ずるかどうかは,直接関係する事項ということはできない。」
と言及した。

請求棄却。

【コメント】
用法・用量に関して進歩性が争われたケース。
投与方法等で限定されたクレームが一定の条件のもと用途発明として認める旨を明確化した
「医薬発明」の審査基準が「第VII部 特定技術分野の審査基準」の第3章として2005年4月に公表されたが、米国に比べ日本においては、まだまだこの点で争われた判決の蓄積が少ないので、本事案は今後の用法・用量に関する進歩性主張を検討する題材として参考になる。
なお、引例中の記載が理論的根拠の明示的な記載や実験的な裏付けを伴うものではない点や、引例の内容の首尾一貫性や引例著者の理解不十分といった点を理由とする、進歩性判断における引例適格性が無い旨の主張は、新規性判断における引例適格性と違ってなかなか難しいだろう。

アレンドロネート、すなわちアレンドロン酸ナトリウム水和物(Alendronate sodium hydrate)を有効成分とする骨粗鬆症治療薬は日本においては万有製薬より販売されている(販売名: フォサマック、Fosamac)。

See also

  • 万有製薬ホームページより
    【用法・用量】
    通常、成人にはアレンドロン酸として35mgを1週間に1回、朝起床時に水約180mLとともに経口投与する。 なお、服用後少なくとも30分は横にならず、飲食(水を除く)並びに他の薬剤の経口摂取も避けること。
  • 2005.01.28 「Merck v. Teva」 CAFC Docket No. 04-1005
    本件特許第3479780号のファミリーである米国特許もCAFCで無効とされた。

Nov 23, 2007

2004.04.23 「SmithKline Beecham v. Apotex」 CAFC Docket No.03-1285

臨床試験の実施は公然実施(public use)なのか?: CAFC Docket No.03-1285

【背景】

1975年、Ferrosan社はパロキセチン(paroxetine)及びその塩をクレームする特許(米国特許第4,007,196)を取得、その明細書中には無水物として塩酸パロキセチンの製造方法が開示されていた。その後、SmithKline Beecham(SKB)は該特許のライセンスを受け、より安定な結晶性の塩酸パロキセチン半水和物を見出し、該結晶形に関する特許(米国特許第
4,721,723)を取得、FDA認可を得て販売(抗うつ薬、商標名Paxil)していた。Apotexは塩酸パロキセチンの無水物をANDA申請、パラグラフIV証明を提出した。これに対しSKBは271(e)(2)に基づく侵害を主張し、連邦地裁に訴訟を提起。非侵害の略式判決に対してSKBが控訴した。SKB社は、'196特許に従って塩酸パロキセチン無水物を製造すると、必然的に半水和物が製造されるので、少なくとも微量の半水和物を生産することになり、Apotex社は'723特許のクレーム1(量的限定のない塩酸パロキセチン半水和物結晶クレーム)を侵害することになると主張した。

【要旨】
SKBが'723特許の出願日より1年を超える前に守秘義務を課すことなく行った塩酸パロキセチン半水和物の臨床試験は「public use」に当たるとされた。そこで、その臨床試験が「public use」の適用除外である「experimental use」に該当するものだったか否かが争点となった。「experimental use」はクレーム発明の特徴を試験した場合にのみ認められるものであるが、
(1) 本件特許クレームは、塩酸パロキセチン半水和物自体をクレームしており、その医薬品としての安全性や有効性(antidepressant use)に関する限定は含まれていない。さらに、
(2) 発明の実施化後(本件の場合、化合物自体の製造)後の追加的試験は、もはや「experimental use」とは認められない、
とCAFCは判断。従って、当該臨床試験は、「public use」の適用除外である「experimental use」とは認められず、'723特許は102(b)に基づき無効であるとされた。

【コメント】
上記判決は、再審理され、判決内容は差し替えられた(
2005.04.08 「SmithKline Beecham v. Apotex」 CAFC Docket No.03-1285, -1313)。従って、本事案において、臨床試験がpublic useか否かという問題の結論は藪の中である。

しかしながら、臨床試験による実施が「public use」になり得るという考え方がされた点は非常に注意を要する。このような考え方を簡単にまとめてしまうと以下のようになるのではなかろうか。

治験に関与する第三者(医師、治験者、(被験者も?)など)に守秘義務がなければ・・・
(1) 化合物発明の場合・・・臨床試験で投与すれば少なくともその時点で「public use」に該当する。
(2) 用途発明の場合・・・非臨床薬理試験結果(in vitro又はin vitro試験)が存在すれば、臨床試験は「experimental use」にならない。即ち、用途発明についても臨床試験は「public use」に該当する。

臨床試験が発明の「公然実施」に該当するか否かについて、日本における取扱いを考える際に、審査基準等の説明が参考になるが、それでも、例えば、臨床試験を実施するにあたり、
(1) 被験者と秘密保持契約を交わさない(守秘義務を課していない)場合には、「公然」に該当すると判断され、且つ
(2) 被験者がその発明の内容を知ることが可能な状況(隠し持ち帰って分析?)、又はその発明の内容について説明してもらうことが可能な状況(医師が拒否しない)
であれば、臨床試験が発明の「公然実施」に該当してしまう可能性がある・・・なんて考えすぎだろうか?

パロキセチン(パロキセチン塩酸塩水和物、Paroxetine)は、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor: SSRI)であり、うつ病等の治療薬(商品名:
パキシル, Paxil)としてグラクソ・スミスクライン社により販売されている。

See also



参考:

特許・実用新案審査基準 第Ⅱ部 第2章 新規性・進歩性

1.2.2 公然知られた発明
「公然知られた発明」とは、不特定の者に秘密でないものとしてその内容が知られた発明を意味する。
守秘義務を負う者から秘密でないものとして他の者に知られた発明は「公然知られた発明」である。発明者又は出願人の秘密にする意思の有無は関係しない。
学会誌などの原稿の場合、一般に、原稿が受付けられても不特定の者に知られる状態に置かれるものではないから、その原稿の内容が公表されるまでは、その原稿に記載された発明は公然知られた発明とはならない。

1.2.3 公然実施をされた発明
「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況(注1)又は公然知られるおそれのある状況(注2)で実施をされた発明を意味する(注3)。

(注1)「公然知られる状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見れば当業者がその発明の内容を容易に知ることができるような状況をいう。
(注2)「公然知られるおそれのある状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見た場合に製造工程の一部については装置の外部を見てもその内容を知ることができないものであり、しかも、その部分を知らなければその発明全体を知ることはできない状況で、見学者がその装置の内部を見ること、又は内部について工場の人に説明してもらうことが可能な状況(工場で拒否しない)をいう。
(注3)その発明が実施をされたことにより公然知られた事実がある場合は、第29条第1項第1号の「公然知られた発明」に該当するから、同第2号の規定は発明が実施をされたことにより公然知られた事実が認められない場合でも、その実施が公然なされた場合を規定していると解される。




Nov 21, 2007

2004.04.08 「Genetic system v. Roche」 EPO審決G02/03

ディスクレーマーの許容性(EPOの判断): EPO審決G02/03

【背景】
異議決定について審判請求された後、ディスクレーマー(除くクレーム補正)はEPC123(2)において許容されるか、許容されるならばそのクライテリアは何なのかについての判断について、拡大審判部に付託された。

【要旨】
明細書に開示のないディスクレーマーは下記の目的であればEPC123(2)に反しない。
(i)post-published prior art(EPC54(3)(4))と区別するため。
(ii)accidental anticipation(54(2))と区別するため。
(iii)非技術的理由。
Accidental anticipationは、当業者が本発明をなす際に決して考慮しないであろう本発明から無関係又は程遠い開示を意味する。
また、デイスクレーマーを用いたとしても、ディスクレーマーを含まない基礎出願からの優先権には影響しない。
"Therefore, its introduction is allowable also when drafting and filing the European patent application without affecting the right to priority from the first application, which does not contain the disclaimer."

【コメント】
G01/03とともにディスクレーマーの許容性について判断されている(審決内容はG01/03とG02/03は同じ)。上記要件を満たさなければ、そもそもディスクレーマーは認められない。特に上記(ii)の要件について言えば、進歩性の引例となるような同技術分野の発明を除くディスクレーマーはできないことになる。また、ディスクレーマーは優先権に影響しない。一方、日本においては、ディスクレーマーが許容されているが、その補正後に進歩性が問われることになる。また、審査基準によれば、国内優先権主張の効果について、「後の出願の請求項に係る発明が、先の出願の願書に最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内のものであるか否かの判断は、新規事項の例による。」とある。従って、審査基準に示された「除くクレーム」とする補正(デイスクレーマー)は、EPOの判断と同様に、国内優先権には影響しないようである。

参考:審査基準「第III部 明細書、特許請求の範囲又は図面の補正、第I節 新規事項、4. 特許請求の範囲の補正 4.2 (4)除くクレーム」 より。

(4) 除くクレーム
「除くクレーム」とは、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。
補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には、許される。

なお、次の(i)、(ii)の「除くクレーム」とする補正は、例外的に、当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う
(i)
請求項に係る発明が、先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該重なりのみを除く補正
(ii)
請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、特許法第29条柱書の要件を満たさない、あるいは、同法第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」が除かれれば当該拒絶の理由が解消される場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該「ヒト」のみを除く補正。

(説明)
上記(ⅰ)における「除くクレーム」とは、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、特許法第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

(注1)「除くクレーム」とすることにより特許を受けることができるのは、先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが、たまたま先行技術と重複するような場合である。そうでない場合は、「除くクレーム」とすることによって進歩性欠如の拒絶の理由が解消されることはほとんどないと考えられる。
(注2)「除く」部分が請求項に係る発明の大きな部分を占めたり、多数にわたる場合には、一の請求項から一の発明が明確に把握できないことがあるので、留意が必要である。

上記(ii)における「除くクレーム」は、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、「ヒト」のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

このような取扱いとする理由は、以下の通りである。
①たまたま先行技術と重複するために新規性等を欠くこととなる発明について、このような補正を認めないとすると、発明の適正な保護が図れない。そして、このような場合、先行技術として記載された事項を当初の請求項に記載した事項から除外しても、これにより第三者が不測の不利益を受けることにもならない。
②「ヒト」を包含するために、特許法第29条柱書の要件を満たさないか、あるいは同法第32条に規定する不特許事由に該当する場合、「ヒト」を除く補正をしても、除かれる範囲は明確であり、かつ、これにより当該拒絶の理由が解消される。また、これにより、特許を受けようとする発明が明確でなくなることはない。

Nov 19, 2007

2004.04.08 「PPG v. Saint-Gobain」 EPO審決G01/03

ディスクレーマーの許容性(EPOの判断): EPO審決G01/03

【背景】
異議決定について審判請求された後、ディスクレーマー(除くクレーム補正)はEPC123(2)において許容されるか、許容されるならばそのクライテリアは何なのかについての判断について、拡大審判部に付託された。

【要旨】
明細書に開示のないディスクレーマーは下記の目的であればEPC123(2)に反しない。
(i)post-published prior art(EPC54(3)(4))と区別するため。
(ii)accidental anticipation(54(2))と区別するため。
(iii)非技術的理由。
Accidental anticipationは、当業者が本発明をなす際に決して考慮しないであろう本発明から無関係又は程遠い開示を意味する。
また、デイスクレーマーを用いたとしても、ディスクレーマーを含まない基礎出願からの優先権には影響しない。
"Therefore, its introduction is allowable also when drafting and filing the European patent application without affecting the right to priority from the first application, which does not contain the disclaimer."

【コメント】
G02/03とともにディスクレーマーの許容性について判断されている(審決内容はG01/03とG02/03は同じ)。上記要件を満たさなければ、そもそもディスクレーマーは認められない。特に上記(ii)の要件について言えば、進歩性の引例となるような同技術分野の発明を除くディスクレーマーはできないことになる。また、ディスクレーマーは優先権に影響しない。一方、日本においては、ディスクレーマーが許容されているが、その補正後に進歩性が問われることになる。また、審査基準によれば、国内優先権主張の効果について、「後の出願の請求項に係る発明が、先の出願の願書に最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内のものであるか否かの判断は、新規事項の例による。」とある。従って、審査基準に示された「除くクレーム」とする補正(デイスクレーマー)は、EPOの判断と同様に、国内優先権には影響しないようである。

参考:審査基準「第III部 明細書、特許請求の範囲又は図面の補正、第I節 新規事項、4. 特許請求の範囲の補正 4.2 (4)除くクレーム」 より。

(4) 除くクレーム
「除くクレーム」とは、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。
補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には、許される。

なお、次の(i)、(ii)の「除くクレーム」とする補正は、例外的に、当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う
(i)
請求項に係る発明が、先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該重なりのみを除く補正
(ii)
請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、特許法第29条柱書の要件を満たさない、あるいは、同法第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」が除かれれば当該拒絶の理由が解消される場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該「ヒト」のみを除く補正。

(説明)
上記(ⅰ)における「除くクレーム」とは、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、特許法第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

(注1)「除くクレーム」とすることにより特許を受けることができるのは、先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが、たまたま先行技術と重複するような場合である。そうでない場合は、「除くクレーム」とすることによって進歩性欠如の拒絶の理由が解消されることはほとんどないと考えられる。
(注2)「除く」部分が請求項に係る発明の大きな部分を占めたり、多数にわたる場合には、一の請求項から一の発明が明確に把握できないことがあるので、留意が必要である。

上記(ii)における「除くクレーム」は、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、「ヒト」のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

このような取扱いとする理由は、以下の通りである。
①たまたま先行技術と重複するために新規性等を欠くこととなる発明について、このような補正を認めないとすると、発明の適正な保護が図れない。そして、このような場合、先行技術として記載された事項を当初の請求項に記載した事項から除外しても、これにより第三者が不測の不利益を受けることにもならない。
②「ヒト」を包含するために、特許法第29条柱書の要件を満たさないか、あるいは同法第32条に規定する不特許事由に該当する場合、「ヒト」を除く補正をしても、除かれる範囲は明確であり、かつ、これにより当該拒絶の理由が解消される。また、これにより、特許を受けようとする発明が明確でなくなることはない。

Nov 18, 2007

2003.12.26 「グラクソ v. 特許庁長官(タキキニン拮抗体事件)」 東京高裁平成15年(行ケ)104

医薬用途発明において薬理データは必要か?(タキキニン拮抗体事件): 東京高裁平成15年(行ケ)104

【背景】
「NK1受容体拮抗体を有効成分とする嘔吐治療剤」との機能クレームまたは特定の一般式により定義された化合物を有効成分とする嘔吐治療剤クレームという「医薬用途発明」について、ごくわずかな化合物についてのみしか薬理データ(NK1受容体拮抗作用)が開示されていなかった。

請求項1:
タキキニン拮抗体を有効成分としてなり,該タキキニン拮抗体がNK1受容体拮抗体である,嘔吐治療剤。

【要旨】
薬理データのない化合物については嘔吐治療剤として有効であることを裏付ける記載が無いので、当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているとはいえない(実施可能要件違反)。さらに、薬理データで裏付けられた範囲を超えた発明がクレームされているものというほかない(サポート要件違反)と判断された(特許取消)。

【コメント】
医薬用途発明において、薬理データのない部分は、記載要件違反を理由に特許取れない恐れがある。この点は、現在の
「医薬発明」の審査基準にも明記されている。
但し、一般式で概念化されたすべての化合物について隈なく薬理データを示す必要はないと考えられるが、どの程度の密度でデータを穴埋めすれば当業者にとって実施可能でありサポートされていると判断されるのかについては一般化するのが困難であり、個別に検討しなければならないだろう。

Nov 17, 2007

2001.11.29 「ウェルカム/グラクソ v. 沢井製薬(アシクロビル事件)」 東京高裁平成13年(ネ)959

購入製剤から有効成分を抽出して製剤を製造販売する行為は再生産?それとも消尽?(アシクロビル事件): 東京高裁平成13年(ネ)959

【背景】

アシクロビルをカバーする化学物質発明の特許権(特公昭56-033396; 登録番号1090820)の存続期間が延長された。原告(グラクソ)は、本件特許権の独占的通常実施権者である。一方、被告(沢井製薬)は、特許権の延長期間中に、原告が製造販売する製剤を購入した上で、その製剤から有効成分であるアシクロビルを抽出・精製し、被告製剤を製造・販売した。原告は、被告が製造販売した製剤が特許権を侵害するとして損害賠償を請求した。

アシクロビルは、帯状疱疹等を効能効果とする抗ウイルス化学療法剤(販売名: ゾビラックス(Zovirax))の有効成分である。

【要旨】
裁判所は、
「被控訴人沢井製薬が,原告製剤からアシクロビルを取り出し,精製し,再結晶させた前記の行為が,控訴人グラクソが販売した原告製剤に含まれるアシクロビルをその同一性の範囲内で単に使用し,譲渡等する行為とみられる限り,本件特許権の効力は,前記のとおり,消尽により消滅しているため,これには及ばないものであり,本件特許権の効力が及ぶのは,被控訴人沢井製薬の上記行為が,本件特許発明の実施対象であるアシクロビルを生産したものと評価される場合のみであることは,前記のとおりである。
しかし,~被告製剤に含まれるアシクロビルは,原告製剤に含まれていたアシクロビルそのものであって,アシクロビルについて何らかの化学反応が生じたり,何らかの化学反応によりアシクロビルが新たに生成されたりしたわけではないのであるから,被控訴人沢井製薬の行為についてみると,本件特許発明の実施対象であるアシクロビルを新たに生産したものと評価することはできないのである。
以上によれば,被控訴人沢井製薬が,原告製剤からアシクロビルを取り出して,これを含有する被告製剤を製造した行為は,本件特許発明の実施対象となるアシクロビルを生産する行為ではなく,単にこれを使用する行為というべきであるから,本件特許発明の実施対象という側面からみる限り,これを新たな生産行為ということはできず,したがって,被控訴人沢井製薬による被告製剤の製造行為についても,被控訴人らがこれを譲渡した行為についても,本件特許権の効力は及ばないものという以外にない。」
と判断した。また、
「本件は,特許製品の部品を交換した事例ではないが,あえて部品交換の事例に例えていえば,特許発明の実施対象であるアシクロビルを部品として使用した製品(原告製剤)から,その部品そのものを取り出し,これを他の製品(被告製剤)の部品として使用しただけのことであり,実施対象であるアシクロビルは,その同一性を維持しつつ,その本来の目的に供されているだけのことである。」
「本件特許発明の対象となる部分は、アシクロビルであり、原告製剤全体でも、被告製剤全体でもないのであるから、~アシクロビルについてのみ、本件特許発明の実施品としての同一性を検討したのは正当であり、原告製剤と被告製剤との間でその同一性を判断する必要は無い。」
と言及した。

特許権の効力は消尽により消滅しているため及ばないし、また、被告の行為は、本件特許発明の実施対象であるアシクロビルを新たに生産したものと評価することはできないので、特許権の効力は及ばない。控訴棄却。

【コメント】
化学分野で、消尽と再生産が争点とされた数少ないケース。後発品メーカーが、特許侵害せずに販売義務を履行するためやむを得ず行った行為(薬価の高い先発品をわざわざ購入して、薬価の低い後発品を販売するという採算の合わない行為)であり、レアなケースではなかろうか。アシクロビルという物質(有効成分)にしか特許権が成立しておらず、製剤そのものについては特許権は成立していない。従って、発明の対象であるアシクロビルを再生産していない限り、消尽であるという裁判所の判断は妥当だろう。
原告は、「アシクロビルを含有する医薬組成物」のようなクレームもセットで特許を取得していたならば、被告行為が製剤の再生産に該当するから侵害であるという主張を発展できたかもしれない。

See also

Nov 16, 2007

2003.10.08 「ピジョン v. 特許庁長官(人工乳首事件)」 東京高裁平成14年(行ケ)539

実施例補充型の優先権主張の効果は認められるのか?(人工乳首事件): 東京高裁平成14年(行ケ)539
【背景】
「人工乳首」に関する発明についての、拒絶審決取消訴訟。審決の内容は、本事案において、いわゆる実施例補充型の優先権主張の効果を認めず、特29条の2違反で特許を受けることができないとするものであった。

【要旨】
裁判所は、「後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。」と判示し、本件については、「後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された~人工乳首は,先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく,先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた~実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる~特有の効果を奏するものである。したがって,当該~人工乳首の実施例を後の出願の明細書に加えることによって,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかであるから,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。」とし、優先権主張の効果を認めず、請求棄却。

【コメント】
医薬に関する事案でないが、実施例補充型優先権主張の効果に関して非常に重要な判決。実施例補充型の優先権を主張した際、補充された実施例が先の出願当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えると判断された場合には、その部分については優先権主張の効果は認められない。本判決において、その「技術的事項の範囲を超える」との判断のポイントは、補充実施例が先の出願当初明細書に記載の効果とは異なる特有の効果もさらに奏するかどうか、ということであり、つまり、優先権主張の効果の判断に、後の出願の明細書等の記載も考慮するという点である。この判断については今後の判決の蓄積が待たれる。新たな実施例や作用効果を「補充」する際には、先の出願の「技術的事項の範囲」を超えるものでないかどうか注意深く検討し、上位概念クレームの優先権主張の効果を失うリスクとその補充する内容の重要性等を勘案することによって個々の事案毎に出願のストラテジーを検討することになると思われる。


See also

Nov 14, 2007

2003.02.18 「大正 v. 山之内(ニカルジピン事件)」 大阪高裁平成14年(ネ)1567

主成分でなくても含有されていれば発明の技術的範囲に属するか?(ニカルジピン事件): 大阪高裁平成14年(ネ)1567

【背景】

Ca拮抗薬である塩酸ニカルジピンは、山之内製薬が創製した化合物であり、これについての最初の特許の実施例に塩酸ニカルジピンの「結晶形」が記載されていた。山之内は、「結晶形」塩酸ニカルジピンの製剤(商品名「ペルジピン錠」)につき、製造承認を得て、販売を開始した。「無定形」塩酸ニカルジピンの持続性製剤に関する本件発明の特許出願日は、最初の「結晶形」塩酸ニカルジピン製剤が発売される前であった。大正製薬は、塩酸ニカルジピンを含有する徐放性製剤を製造又は販売していた。そこで、山之内は大正に対し、大正製剤には「無定形」塩酸ニカルジピンが全ニカルジピンの約40%、そうでなくても実質的な割合含まれており、本件発明の技術的範囲に属するから、その製造販売は本件特許権を侵害するとして、不法行為に基づく損害賠償及び不当利得の返還を請求した。

特許番号第1272484号
特許請求の範囲(1項):「無定形2,6‐ジメチル‐4‐(3'‐ニトロフエニル)‐1,4‐ジヒドロピリジン‐3,5‐ジカルボン酸‐3‐メチルエステル‐5‐β‐(N‐ベンジル‐N‐メチルアミノ)エチルエステル(ニカルジピン)またはその塩を含有することを特徴とするニカルジピン含有持続性製剤用組成物」

【要旨】
大正製剤中には、最低でも15.7%以上の「無定形」塩酸ニカルジピンが含有されているものと認められる。そして、その量が極微量で本件発明の作用効果を生じない程度のものであるとはいえない。製剤中の「無定形」塩酸ニカルジピンの含有量が極微量で本件発明の作用効果を生じないことが明らかであるような場合を除いて、大正製剤は本件発明の技術的範囲に含まれ、「無定形」塩酸ニカルジピンの含有量や生成方法の観点からの限定を受けることはないものと判断し、大正の製造販売行為は、特許権侵害であるとした。

【コメント】
いわゆる「ニカルジピン事件」。新規な結晶形(アモルファス含む)の特許を取得した場合、その含有量が極微量で発明の作用効果を生じないことが明らかでない限り、その結晶形を少しでも含めば、たとえ他の結晶形が主であったとしても、その混合物に対して特許権の効力が及ぶ。山之内は「結晶形」塩酸ニカルジピン(ペルジピン錠)の発売後、「無定形」塩酸ニカルジピンを含有する1日2回投与可能な持続性カプセル製剤(ベルジピルLA20mg, 40mg)を発売した。結晶多形特許が製品のライフサイクルに有効に働いた事例である。後の(2004.04.28 「リヒターゲテオン v. 日本医薬品工業(ファモチジン事件)」 東京高裁平成15年(ネ)3034)や、米国の「ラニチジン事件」、「セフチン事件」等と対比して、結晶多形特許を製品のライフサイクルに有効に働かせるためにどのようにすべきか検討するにあたり価値ある事例である。「含有量が極微量で発明の作用効果を生じないことが明らかでない限り」という裁判所が言及した点について、発明の技術的範囲がクレームに基いて定められる(特70条)という大原則に対する抗弁として、被疑侵害者にとって実際どの程度の「明らか」さが必要とされるのだろうか。

Nov 13, 2007

2003.01.29 「除草剤性イミダゾール事件」 東京高裁平成13年(行ケ)219

化学物質発明について明細書には何が開示されるべきか?(除草剤性イミダゾール事件) : 東京高裁平成13年(行ケ)219

【背景】
化合物の一部について、具体的な構造式が記載されていたものの、それらの物性データ及び除草活性テストの結果について記載していなかったため、発明未完成が問われた事案。

【要旨】
「いわゆる化学物質発明は、・・・その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。」との化学物質発明の成立要件を判示した。本件化合物については、除草効果が全く確認されていないものを相当含まれること及び置換基が異なればその効果の有無に差異が生ずることが予測されることから、本件化合物の除草活性について裏づけを全く欠く明細書の記載からは、有用性が当業者に予測可能であるということはできず、未完成発明というべきである・・・として、特許性を否定された(特29条柱)。

【コメント】
化学物質発明は、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。審査基準によれば、明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者の観点から、実施可能要件及びサポート要件が判断される。しかし、クレーム範囲まで一般化・拡張できると信じて記載した出願が特許になったとしても、第三者から記載要件違反を理由に攻撃される恐れがある。従って、確実な特許性を確保するためには、化合物全てに確認(物性)データ、薬理データ(有用性、実施可能性の担保)を掲載するのがより望ましいのではなかろうか。

Nov 12, 2007

2007.11.08 「アステラス製薬とベーリンガーインゲルハイム「Flomax®」特許侵害排除訴訟でRanbaxy社と和解」

アステラス製薬とベーリンガーインゲルハイム社は、米国で係争中だった前立腺肥大症の排尿障害改善薬「Flomax®」(一般名:塩酸タムスロシン、日本での製品名「ハルナール」)の物質特許(米国特許番号:4,703,063)に関する特許侵害訴訟でRanbaxy社と和解した。和解契約において、ベーリンガーインゲルハイム社が小児独占期間(pediatric exclusivity、6ヶ月)を取得できた場合に限り、Ranbaxy社は同期間満了8週間前の2010年3月2日に後発品を販売することができるとのこと。つまり、この8週間、Ranbaxy社だけが後発品を販売できる。

See also

2002.10.01 「ファイザー v. 特許庁長官」 東京高裁平成13年(行ケ)345

医薬用途発明の明細書には効果を示す数値データが必要か?: 東京高裁平成13年(行ケ)345

【背景】
本願発明は、医薬用途発明であり、薬理効果を示す薬理試験方法の記載があり、「実施例の化合物は全て、選択的ムスカリン様受容体拮抗物質としての有意な活性を有することがわかった。」との薬理効果を示す記載もあったが、阻害濃度を示すデータの記載はなかった。

【要旨】
阻害濃度が具体的に示されていない以上、これら化合物が実際に有意な活性を有しているかとの疑念を生じさせるものと認めざるを得ないので、当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているとはいえない(実施可能要件違反)と判断した(出願拒絶)。

【コメント】
医薬用途発明において、薬理データは具体的に示さなければならない。「効果がある」と記述しているのだから良いではないか・・・と、個人的には少し厳しい判決のように感じる。では、実際、最近の出願では、薬理データはどのように記載されているのかというと・・・例えば、50%阻害濃度(IC50)というin vitro薬理効果を示す場合、以下のような記載が主に見受けられる。1) 本発明化合物全てのIC50を具体的な数値で示すケース。2) 本発明化合物全てのIC50を一定のレンジで区分けして示すケース。3) 「本発明化合物のIC50は全て~μM以下であった。」と記述するケース。4) 本発明化合物の一部についてのみ上記いずれかの方法で記述するケース。どのような記載方法を採用するかは、出願人が判断すべきことであろうが、クレームに包含されるある一部の化合物については薬理活性がないとのデータを得ているにもかかわらず意図的に明細書にその薬理データだけ掲載しない(隠匿する)ことは、米国においてはinequitable conductとされ、権利行使不能とされかねないのでその点だけは注意する必要があろう。

Nov 11, 2007

2007.10.11 「大幸薬品 v. 和泉薬品」 大阪高裁平成18年(ネ)2387

正露丸/ラッパのマークには自他商品識別力あるか?: 大阪高裁平成18年(ネ)2387

【背景】
原審: 2006.07.27 大阪地裁平成17年(ワ)11663

原告(大幸薬品)は、胃腸薬「正露丸」につき、類似の包装を使用した胃腸薬を製造販売している被告(和泉薬品)に対し、不競法2条1項1号又は2号の不正競争、また商標権侵害に当たると主張して、製造販売の差止め、包装の廃棄、損害賠償を請求した。

【要旨】

原告表示の中で自他商品識別機能を有するのは「ラッパの図柄」のみである。被告相当部分は「瓢箪の図柄」であり、誤認混同を生じない。また、「正露丸」は普通名称であり、商標権の効力は及ばない(商26条1項2号)。控訴棄却。

【コメント】
商標の自他商品識別力に注意。
大幸薬品プレスリリース: 2007.10.11 和泉薬品工業株式会社に対する 不正競争行為差止等請求控訴事件の大阪高裁判決について

なお、「正露丸」に関する商標については、商標登録当時においてすでにクレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の普通名称となっていたものであるから登録無効であるとした高裁判決が最高裁で是認されている(1974.03.05 最高裁判決昭和46年(行ツ)97)。

2000.09.05 「杏林製薬 v. 特許庁長官」 東京高裁平成11年(行ケ)207

化学物質発明の物性データが基礎出願時に無い場合、優先権の利益は認められるか?: 東京高裁平成11年(行ケ)207

【背景】
原告は、「8-メトキシキノロンカルボン酸の製造中間体」との発明の特許権者。異議申立てがあり、本件発明は基礎出願の明細書(基礎明細書)に記載されていると認められないから優先権の利益を得られず、出願日前の公開引例によって特29条の2違反とされ特許取消の決定が下されたため、原告は取消決定取消を求め訴訟を提起した。出発物質(化合物Ⅱ)は優先日において新規化合物だったが、基礎明細書にはその製造方法及び物性値等の記載がなかった。また、発明化合物(化合物Ⅰ)へと導く製造方法に関する記載についても、基礎明細書には合成経路図が記載されていたのみで、各工程の反応溶媒、温度、化合物使用量等の反応条件等は記載されていなかった。

【要旨】
裁判所は、「化学物質につき特許が認められるためには、それが現実に提供されることが必要であり、単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず、化学物質が実際に確認できるものであることが必要であると解すべきである。なぜなら、化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが、そのことと、その化学物質を現実に製造できることとは、全く別の問題であって、机上で作出できても現実に製造できていないものは、未だ実施できない架空の物質にすぎないからである。そして、ある化学物質に係る特許出願の優先権主張の基礎となる出願に係る明細書に、その化学物質が記載されているか否かについても、同様の基準で判断されるべきことは明らかである。」と一般原則を示し、本件においては、「基礎明細書には、化合物Ⅱの製造方法はもとより、その物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないから、実際に確認できるものではない。従って、化合物Ⅱが基礎明細書に記載されているということはできない。~そうである以上、基礎明細書には、化合物Ⅱを出発物質とする化合物Ⅰは、その製造方法が記載されていないというべきである。しかも、基礎明細書には、化合物Ⅰの物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないのであるから、化合物Ⅰは実際に確認できるものではない。したがって、化合物Ⅰが基礎明細書に記載されていると認めることはできない。」と判断した。原告は、当業者であれば公知刊行物に記載の方法に準じてそれら化合物を合成することは容易であり優先権の利益は得られる旨を主張したが、裁判所は、化学反応においては他の置換基の性質、反応性等により、反応が異なり得るとして、原告の主張を認めなかった。
また、原告は、「①化合物Ⅰの構造式から予測できる物性値と得られた化合物を測定した物性値とを対比することによって、目的物の確認をすることが可能である、②その公開公報には具体的な合成方法や物性が記載されていたのであるから、発明の追試者が実質的に不利益を被るということはない」と主張した。しかし、裁判所は、「①については、原告は、原告が構造式から予測していた物性値がどのようなものであったか自体を明らかにしないうえ、何故にその「予測される物性値」が現実の物性値と必ず一致するというのかが全く不明であり(一致しない場合があり得るというのなら、得られた化合物の物性値との対比による確認ができないことになり、結局、確認はできないことになる。)、②は、本件優先日から出願の公開までに原告が知った合成方法や物性によって、原告が机上の化学構造を作出した時点である本件優先日を出願日とする特許が得られると主張するに等しいものであって、いずれも失当であることは明らかである。」と判断した。
また、原告は、「化合物Ⅰの製造中間体としての有用性が、基礎明細書に、化学式及び反応経路図で記載されている」と主張した。しかし、裁判所は「単に化学構造式や製造方法を示しただけでは、明細書に化合物が記載されているとすることができないことは、前示のとおりである。原告の主張は、採用することができない。」とした。請求棄却。

【コメント】
化学物質発明の確認データ(本件は物性データ)の重要性を示した判決。合成経路に新規化合物を使用した場合には、基礎出願時に、しっかりと当業者が追試できるように、その製造方法及びその確認データを明細書に記載するよう気をつけなければならない。

Nov 10, 2007

1999.09.21 「Fuji v. Konica事件」 EPO審決T0859/94

複数の置換基リストから置換基をsingle outする補正は許されるか?(EPOの判断): EPO審決T0859/94

【背景】
「Colour photographic material」に関する出願(出願番号85111246.6/公開番号0177765)。異議申立手続中に提出されたクレームの補正が新規事項の追加であり、A123(2)EPCに反するとした異議部の判断に対して、特許権者は審判部へappealした。
請求人(特許権者)は、審判手続きにおいて、new main requestを提出した。

出願当初クレームで問題となった一般式の記載は左記の通りであった。

wherein at least one of R11 and R12 in the formulae (V) and (VI) is an alkyl group of -C(R1R2R3);
R1 is a straight chain or branched chain or cyclic alkyl group;
R2 and R3 each is a hydrogen atom, a halogen atom, an alkyl group, an aryl group, ・・・etc;
When R11 and R12 are substituents other than the alkyl group of -C(R1R2R3), said substituents each is a hydrogen atom, a halogen atom, an alkyl group,・・・etc;
X is a hydrogen atom, a halogen atom, a carboxy group, a group bonded via an oxygen atom, a group bonded via a nitrogen atom, an arylazo group, or a group bonded via sulfer atom;

補正後(main request)の一般式における変更点は下記のとおりであった。

・両一般式中の6位のR11が-C(R1R2R3)に置き換えられ、R2及びR3は"an alkyl grouop"に限定された。
・R12のリストから"a heterocyclic oxy group"及び"a heterocyclic thio group"が削除された。
・一般式VのXが"a halogen atom"に限定され、一般式VIのXのリストから"a hydrogen atom, a carboxy group, a group bonded via a nitrogen atom and an arylazo group"が削除された。

【要旨】
Catchword
An amendment of a generic chemical formula is not admissible under Article 123(2) EPC if it leads - by deleting meanings of residues - to a particular combination of specific meanings of the respective residues, i.e. to a particular structural feature of the compounds concerned which was not disclosed originally and amounts to an inadmissible singling out of a sub-class of chemical compounds (points 2.4.3 and 2.5 of the Reasons for the Decision).

2.4.3
In the present case, the Appellant's "deletions" amounted - as demonstrated above - to an inadmissible singling out of the specific sub-classes of 6-tertiary-alkyl-pyrazolotriazoles of formulae V and VI encompassed by but not disclosed as such in the application as filed.

請求人(特許権者)は、当業者であれば、tertialy butyl基を有する実施例M-17に基づいて、pyrazolotriazoleの6位にtertiary alkyl基が好ましいと考えるだろうから、R1、R2、R3がalkylである-C(R1R2R3)にR11を限定する補正は許容されるべきで、さらにX及びR12も関係ないと主張した。
しかし、審判部は、「当業者にしてみれば、type V及びtype VIの全ての6-tertiary-butyl化合物をカバーするよう開示した概念の開示が必要であったであろうし、さらに6-primary-alkyl化合物及び6-secondary-alkyl化合物よりも6-tertiary-alkyl化合物が優れているとの結論に至ることが必要があったであろう。しかし、請求人から証拠は示されなかった(point 2.4.1 of the Reasons for the Decision)。」と言及し、請求人(特許権者)の主張を退けた。

補正はA123(2)EPCの下、許容されない。
請求棄却。

【コメント】
医薬に関する発明ではないが、一般式で示された化合物の置換基リストから選択肢を削除する補正において、新規事項追加の判断が厳格に適用された審決。いざというときにA123(2)に違反せずにsub-classのsingling outができるよう、クレーム又は明細書に充分な記載をしておく必要がある。実施例に依拠した概念を抽出した補正に頼るのは避けたほうがよい。

1998.10.28 「Pfizer/Sertraline事件」 EPO審決T0158/96

臨床試験の結果の記載がない文献は医薬用途発明の新規性を否定できるか?(EPOの判断): EPO審決T0158/96

【背景】
Pfizerは、selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)である"sertraline"(販売名: 米国ZOLOFT;日本JZOLOFT)のobsessive-compulsive disorder(OCD/強迫性障害)治療用途とする発明に関して出願したが、新規性なし(A54(1))とされ、拒絶されたため、審判請求した。問題となった新規性を否定する引例は、sertralineがOCDを適応症としてphase II 臨床試験が実施されている旨を記載した文献であり、その効果に関する結果は記載されていなかった。

【要旨】
審判部は、「Phase II の目標の一つはその薬剤の有効性を評価することであるが、引例には効く効かないの結果を予期させる記載が欠けているので、当業者はその引例を読むことによってその答えを予測することはできない。Phase III へ進展したとの記載であったならばポジティブな答え(つまり、phase II ではOCDに有効であったこと)を暗示することになっただろう。OCDを適応症とするsertralineのphase II が実施されているとの情報から、当業者にとって、確実且つ単なる推測以上に、このphase中に、その薬剤のOCDの治療効果が最終的に証明された、と結論づける手段は無かった。」

Although one of the targets of phase II is indeed that of evaluating theeffectiveness of the drug, thus whether or nor the drug exhibits the allegedtherapeutic activity in patients, the answer to this question could not bepredicted by the skilled reader, as document (5) lacks any anticipation of apreliminary positive or negative outcome of phase II trials. Only the successfulapproval of the drug in the subsequent phase evaluation, namely phase III, wouldimply an implicit positive answer.For this reason the skilled person, reading intable 4 that sertraline was undergoing phase II trials for OCD, had no means ofconcluding from this information, reliably and beyond mere speculation, that thedrug finally proved, during this phase, any therapeutic effect potentiallyuseful in the treatment of OCD.

と言及した。臨床試験前には一般的に動物での前臨床試験を実施する。審査部は、引例から示唆される情報は、sertralineがOCD治療用途を示す前臨床試験を動物で既に完了していたということである、と判断した。これに対し、審判部は、「新規性に不利になるものとして認識されるべき先行技術文献にとって、その文献により示唆される情報を、普通は有効であるが、特定の状況には必ずしも適用しない結果推測的な結論へ導くかもしれないというルールに基づいて解釈することはできない。」

For a prior-art document to be recognised as prejudicial to the novelty of a claimed subject-matter, the information conveyed by this document cannot be interpreted on the basis of rules, which, though normally valid, do not necessarily apply to the specific situation and therefore may lead to speculative conclusions.

と言及し、「OCDの動物モデルは実際には存在しないので動物実験によるsertralineのOCD治療効果は示されていなかった、との出願人の主張は妥当である。」

Under these specific circumstances, the board recognises as plausible the appellant's arguments, though not confirmed by documents, that experimentation in animals was not indicative of any therapeutic effectiveness of sertraline for OCD since no animal model for OCD actually existed, but was simply intended to prove the lack of any form of toxicity and to gain early knowledge about the metabolism of the substance.

と認めた。新規性無しとした審査部の判断を破棄、審査部に差し戻し。

【コメント】
臨床試験結果の記載の有無が新規性を失わせる引例となりうるか問題となった事例。臨床試験結果が何も開示されていない文献のみをもって、その医薬用途発明の新規性が否定されなかったという点は、日本における最近の判例(2007.03.01 「ブリストルマイヤーズスクイブ v. 日本ケミカルリサーチ」 知財高判平成17(行ケ)10818)とは異なる結論となっている。また、情報発信をコントロールすることは重要である。特に市販後は知らぬ間に医師により実験・臨床試験結果を論文等で発表されてしまうことにより新規性が喪失してしまい(最悪は出願されてしまう)、特許を取得する機会を失ってしまうという恐れに注意しなければならない。特に、ライフサイクルパテントを出願する際には要注意である。

Nov 9, 2007

記載要件/引例適格/データは必要か


特許すべき発明の成立性/記載要件/明細書に根拠データは必要か?

化学物質発明の場合

医薬用途発明の場合


新規性を否定する引用発明の成立性/適格性/根拠データは必要か? 

化学物質発明の場合
医薬用途発明の場合
その他

1997.12.16 「Ciba Corning Diagnostics事件」 EPO審決T0615/95

一般化学式から置換基を間引く補正は新規事項の追加か?(EPOの判断): EPO審決T0615/95

【背景】
「Acridinium ester」に関する出願(出願番号89309705.5/公開番号0361817)について、補正が新規事項の追加でありA123(2)EPCに反することを理由に拒絶査定となったことに対して、出願人は審判部へappealした。
右記一般式中の独立した3つの置換基(R4, R8, R6)各々から、選択肢を1つずつ削除する補正(R6は形式上disclaimerだったが)を、審査部はA123(2)EPCに反する、特にR4とR8から水素原子を削除した補正に関しては、"novel selection"へと導くとの判断であった。

【要旨】
審判部の判断
If there are three independent lists of sizeable length specifying distinct meanings for three residues in a generic chemical formula in a claim, then the deletion in each list of one originally disclosed meaning is allowable under Article 123(2) EPC if it does not result in singling out any hitherto not specifically mentioned individual compound or group of compounds, but maintains the remaining subject-matter as a generic group of compounds differing from the original group only by its smaller size. Such shrinking of the generic group of chemical compounds is not objectionable if these deletions do not lead to a particular combination of specific meanings of the respective residues which was not disclosed originally or, in other words, do not generate another invention (see no. 6 of the Reasons for the Decision).
拒絶査定を無効とし、審査部に差し戻した。

【コメント】
EPOでは、新規事項追加の判断において、いわゆる"novelty test"を運用して厳格に適用しているが、一般化学式の独立した複数の置換基各々から、選択肢を1つずつ削除する補正なら許容されるようである。

Nov 8, 2007

1998.10.30 「ショウガ根・イチョウの乾燥剤事件」 東京高裁平成8年(行ケ)201

医薬用途発明に薬理データは必要か?(制吐剤事件): 東京高裁平成8年(行ケ)201

【背景】
本願発明は、医薬用途発明であり、明細書中には、妊娠のむかつきおよびつわり等対して有効であると記述していたが、これら薬理効果を裏付ける実施例は記載されていなかった。

【要旨】
医薬についての用途発明においては、一般に、物質名、化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり、明細書に有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても、それだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから、明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり、それがされていない発明の詳細な説明の記載は、特許法36条3項(注:昭和62年法律第27号による改正前の特許法。)に違反するものといわなければならない。したがって、「医薬についての用途発明は、特定の物質または組成物の確認された薬理効果を専ら利用するものであるから、薬理効果が薬理データ、またはそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要である」との審決の判断に誤りはない、と判断し、原告の主張を退けた。

【コメント】
「医薬発明」の審査基準に引用されている判例(制吐剤判決)。医薬に関する用途発明においては、その薬理効果を、明細書中に、薬理データまたはそれに代わり得る具体的記載によって確認できるように記載しなければならない。判決文は特許庁の審決データベースから閲覧可能。

Nov 7, 2007

1997.01.30 「ロキソプロフェンナトリウム二水和物事件」 東京高裁平成8年(ネ)2394

Na塩の水和物が"塩"の概念に包含されるか?: 東京高裁平成8年(ネ)2394

【背景】

「ロキソプロフェンナトリウム二水和物」の製造販売行為が、「ロキソプロフェンナトリウム塩」に関する特許権を侵害しているか否かが争われた。

【要旨】
「塩」という語は含水塩及び無水塩に分けることができ、当然に無水塩に限定されるものと解することはできない。また、本件明細書には含水塩を含まないと窺わせるような記載はないことから含水塩を排除しているとは認めがたい。従って、「ロキソプロフェンナトリウム二水和物」は本件特許発明の技術的範囲に属すると認められ、その製造販売行為は本件特許権の直接侵害であるとした。

【コメント】
本事件では、塩体にはその塩水和物及び塩無水物が含まれると判断されている。一方、塩の水和物ではなく、活性本体であるロキソプロフェン自体の水和物が、そのロキソプロフェン自体の特許発明の技術的範囲に属するか否かについては言及されていない。従って、塩の水和物のみでなく、ロキソプロフェン自体の水和物についても確実に権利取得するためには、クレームを「~化合物(すなわちロキソプロフェン自体)又はその塩、或いはその水和物(広い概念としては溶媒和物)」とするのが望ましくはないだろうか。第三者によって溶媒和物を実施されてしまうことを防止する対策として、明細書中において「本発明には溶媒和物を含む」と記載するという手段もあるが、万が一、発明の技術的範囲について明細書が参酌されないという場合も想定し(特許性の判断事例ではあるが、発明の範囲は原則クレームに基づくとの判断もある(
1991.03.08 「リパーゼ事件」最高裁昭和62年(行ツ)3)。)、あらかじめ「溶媒和物」をクレーム化しておくのが、最も安全ではなかろうか。

Nov 6, 2007

1994.03.22 「除草剤性イミダゾール事件」 東京高裁平成2年(行ケ)243

化学物質発明について明細書には何が開示されるべきか?(除草剤性イミダゾール事件) : 東京高裁平成2年(行ケ)243

【背景】
数多くの化合物の構造を開示していたが、具体的な製造方法、物性(融点)、除草活性テストの結果について明細書に開示しているものは一部だった。問題となった2つの化合物について、当初明細書に構造は開示されていたが、その具体的な製造方法、物性、除草活性テストの結果は開示されておらず、それらを追加する補正が、当初明細書からの要旨変更か否かが問題となった。

【要旨】
「いわゆる化学物質発明は、・・・その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。」との化学物質発明の成立要件を判示した。さらに、その化学物質の製造可能性については「類似のもので、提供し得たも同然のものと評価されるものであれば、それも確認されたものとして取り扱うべきである」と説示し、また、有用性の判断については「一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しない」のであるから、「実際に試験することによりその有用性を証明するか、その試験結果から当業者にその有用性が認識できることを必要とする」と説示した。本件については製造可能性は肯定されたが有用性を否定された。

【コメント】
化学物質発明は、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。補正の要旨変更(旧法)の事案であるが、化学物質発明の特許性について何が開示されるべきかを裁判所が示した事案である。審査基準によれば、明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者の観点から、実施可能要件及びサポート要件が判断される。しかし、クレーム範囲まで一般化・拡張できると信じて記載した出願が特許になったとしても、第三者から記載要件違反を理由に攻撃される恐れがある。従って、確実な特許性を確保するためには、化合物全てに確認(物性)データ、薬理データ(有用性、実施可能性の担保)を掲載するのがより望ましいのではなかろうか。