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2010.07.15 「P&G v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10238

進歩性と追加実験結果の参酌: 知財高裁平成21年(行ケ)10238

【背景】

「日焼け止め剤組成物」に関する出願(特願2000-561967号)の拒絶審決取消訴訟。
出願人は、進歩性なしと判断した審決に対して、(1)審判請求理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤り、(2)参酌しても顕著な効果がないとした判断の誤りがあると主張した。

請求項1:
「日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:
a)安全で且つ有効な量の,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;
b)安全で且つ有効な量の安定剤であって,次式,【化1】(省略)である前記安定剤;
c)0.1~4重量%の,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及び
d)皮膚への適用に好適なキャリア;
を含み,前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で,前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物。」

【要旨】

裁判所は、出願後に補充した実験結果等を参酌することが許されるか否かの一般的判断について、下記のとおり言及した。

「特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,当初明細書に,「発明の効果」について,何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して,主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。
また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると,本願当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。
他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。」

そして、裁判所は、上記観点から本件を下記のとおり検討した。

「本願当初明細書(甲3,段落【0011】)には,本願発明の作用効果について,「本発明の組成物~が優れた安定性(特に光安定性),有効性,及び紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)を~提供することが見出されている。」との記載がある。~さらに,「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」は,並列的に記載された様々な「UV-Bフィルター」の中の1つとして公知のものである(甲2の1~9)。以上の記載に照らせば,本願当初明細書に接した当業者は,「UV-Bフィルター」として「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選択した本願発明の効果について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を,より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる。
~確かに,出願当初明細書には,本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において,従来品と比較して,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。しかし,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され,また,参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。」

これに対し、被告は、

「本願当初明細書によっては,どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ない」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「被告の主張を前提とすると,本願当初明細書に,効果が定性的に記載されている場合や,数値が明示的に記載されていない場合,発明の効果が記載されていると推測できないこととなり,後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は,出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとる」

として、被告主張を採用することはできないとした。

以上のとおり、裁判所は、

「本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。本件【参考資料1】実験の結果を参酌すべきでないとした審決の判断は,誤りである。」

と判断した。

そして、裁判所は、「本件【参考資料1】実験結果を参酌しても顕著な作用効果はない」とした審決の判断も誤りであると判断した。

審決取消。

【コメント】

進歩性の判断において、当初明細書に当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には、記載の範囲を超えない限り、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり、許されるか否かは公平の観点に立って判断すべきであると判示された。

「当初明細書に効果が定性的に記載されているだけの場合や、数値が明示的に記載されていない場合は、後に提出した実験結果を参酌することができない」という特許庁の考え方に対して、裁判所は、「出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,公平の理念にもとる」として否定した。

つまり、進歩性判断において、出願後に補充した実験結果等を参酌することが許される場合とは、当初明細書にその「発明の効果」を当業者に認識できる程度に記載してあればよく、それは定性的記載で足り、定量的記載までは要しないという結論である。

現行の審査基準では、「明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるとき」は、出願後の実験結果等を参酌する旨規定しているが、定量的記載までは明示的に要求していない。本判決に従えば、明細書に、「発明の効果が認識できる程度の記載」または「これを推論できる記載」がありさえすれば出願後の実験結果等は参酌されることになる。

但し、「許されるか否かは公平の観点に立って判断」とのことであるから、公平でなければ、いくら定性的な記載が明細書にあったとしても後出しデータは認められないこともあるということになる。出願人が出願当時には将来どのような引用発明と比較検討されるのか知り得ていたのならば、後出しデータは公平でないとされるのかもしれない。すなわち、出願人自らした先願が明らかに引用発明として挙げられるべきものである場合がそれに該当するかもしれない。

    • 審査基準 第II部第2章 新規性・進歩性 2.5論理づけの具体例 (3)引用発明と比較した有利な効果(抜粋)

      (3) 引用発明と比較した有利な効果
      引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。

      ②意見書等で主張された効果の参酌
      明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。
      (参考:東京高判平10.10.27(平成9(行ケ)198))

進歩性判断で出願後に提出した実験結果等の採否が問題となった最近の主な判決例を下記に挙げた。”進歩性のための明細書記載要件”または”進歩性のための出願後実験結果等の参酌条件”が、今後どのような流れとなっていくのか注目である。

  • 2009.04.27 「スミスクライン ビーチャム v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10353
    「作用効果に関して薬理データ等の具体的記載が明細書には存在しないから進歩性の根拠とならない」という特許庁の主張について、裁判所は、明細書中の定性的な記載に基づいて作用効果を奏することを認め、その作用効果に関して出願後に提出された証拠資料を参酌したうえで、進歩性の判断をした(進歩性は結局否定されたが)。
  • 2008.03.31 「メルク v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10219
    比較実験データを提出したが、「本願補正明細書には,本願補正発明の具体的な効果については,特定の病原生物に対する抗菌活性範囲が記載されているのみであって,従来のマクロライド系抗生物質と比較してどの程度に有利な効果があるのかは何も開示されていない。したがって,本願出願後に提示された試験結果に基づく有利な作用効果は,本願補正明細書の記載から推測できるものではない」という理由で原告の主張は採用されなかった。
  • 2005.11.08 「興和 v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10389
    試験成績書でデータを示しても、明細書には格別顕著な効果を奏するものであることをうかがわせる記載は無いことから、出願人の主張は、明細書の記載に基づかないものである、とされ、進歩性なしと判断された。

参考:

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