Feb 21, 2010

2010.02.19 EPO拡大審判部審決 G2/08 (dosage regime)

投与方法(dosage regimen)にだけ特徴があるクレームの特許性について、EPO拡大審判部(Enlarged Board of Appeal)が審理していましたが、2010年2月19日に審決が公表されました(G02/08)。審判部はSwiss-type claimの意義にも言及しています。

問題となったのはAbbottの下記Swiss-type claim(一部省略)で、下線部(dosage regimen)以外の「高脂血症に対してニコチン酸徐放性製剤を経口投与する」ことは既に知られていました。

The use of nicotinic acid ... for the manufacture of a sustained release medicament for use in the treatment by oral administration once per day prior to sleep, of hyperlipidaemia..."

審理に付された各問題と、それに対するEPO拡大審判部の判断は下記の通り。

  • Question 1:
    Where it is already known to use a particular medicament to treat a particular illness, can this known medicament be patented under the provisions of Articles 53(c) and 54(5) EPC 2000 for use in a different, new and inventive treatment by therapy of the same illness?

    Answer:
    Where it is already known to use a medicament to treat an illness, Article 54(5) EPC does not exclude that this medicament be patented for use in a different treatment by therapy of the same illness.


  • Question 2:
    If the answer to question 1 is yes, is such patenting also possible where the only novel feature of the treatment is a new and inventive dosage regime?

    Answer:
    Such patenting is also not excluded where a dosage regime is the only feature claimed which is not comprised in the state of the art.


  • Question 3:
    Are any special considerations applicable when interpreting and applying Articles 53(c) and 54(5) EPC 2000?

    Answer:
    Where the subject matter of a claim is rendered novel only by a new therapeutic use of a medicament, such claim may no longer have the format of a so called Swiss-type claim as instituted by decision G 5/83.

    A time-limit of three months after publication of the present decision in the Official Journal of the European Patent Office is set in order that future applicants comply with this new situation.


Feb 9, 2010

2009.11.11 「保土谷化学工業 v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10483

特29条の2の先願発明となるべき化学物質発明: 知財高裁平成20年(行ケ)10483

【背景】

「ヘキサアミン化合物」に関する特許出願(特願平6-155470号)の拒絶審決(不服2007-11283号)取消訴訟。争点は、本願発明が先願明細書(特開平8-48656号公報)に記載された発明(下記「先願発明」)と同一であり、特29条の2の規定により特許を受けることができないかであった。

【化37】
で表される化合物において
R57, R66, R75及びR84が-N(Ph)(Ph-CH3)である化合物(「先願発明」)

先願明細書におけるR57, R66, R75及びR84が-N(Ph)2である化合物(化合物No.II-10)の記載も争われたが、本願クレーム範囲から但し書きにより除かれているので特29条の2で直接問題となったわけではない)。

【要旨】

裁判所は、

「いわゆる化学物質の発明は,新規で,有用,すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質が存するから,その成立性が肯定されるためには,化学物質そのものが確認され,製造できるだけでは足りず,その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。
そして,化学物質の発明の成立のために必要な有用性があるというためには,用途発明で必要とされるような用途についての厳密な有用性が証明されることまでは必要としないが,一般に化学物質の発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり,試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識しているところである。したがって,化学物質の発明の有用性を知るには,実際に試験を行い,その試験結果から,当業者にその有用性が認識できることを必要とする。
なお,被告は,有機EL素子用化合物のような,単に化合物の物理化学的性質を利用する技術分野の化合物については,医薬,農薬,バイオ関連技術のような特殊な技術分野の場合と異なり,当業者が容易に作ることができる上,その有用性も推認できる可能性が高い旨主張する。しかし,このような「化学物質の用途,分野によって,その製造可能性や有用性が推認できる程度が異なる」旨の主張を前提としてもなお,本件で化学物質発明が問題となっている事実に変わりはなく,当業者がその製造可能性及び(有機EL素子用化合物としての)有用性を認識できる程度の開示が必要であることに変わりはない。」

と判示し、本件について下記のとおり検討した。

(1) 化合物No.II-10について

裁判所は、

「化合物No.II-10 については,先願明細書等の【請求項9】【化5】に一般式が記載されるとともに,【0104】【化37】に一般式が,【0105】【化38】に具体的な構造が,それぞれ示されている。~先願明細書等には,化合物No.II-10 それ自体の製造方法や,これを用いた実施例の記載はないが,化合物No.II-10 を製造する道筋は示されているといえる。また,同化合物の有機EL素子としての有用性についても,同化合物が,その構造上,実施例とされた化合物No.II-1 と,相当程度類似していること~等からすれば,実施例の記載から,当業者に同化合物の有用性が認識できるものといえ,同化合物を用いた具体的な実施例の記載がないことは,上記結論に影響を及ぼすものではないというべきである。」

と判断した。

つまり、裁判所は、化合物No.II-10については、構造、製造可能性及び有用性が先願明細書に開示されていると判断した(この点、本願クレーム範囲から化合物No.II-10は但し書きにより除かれているので、特29条の2の理由には直接関係は無い)。

(2) 「先願発明」化合物について

裁判所は、

「「先願発明」の化合物については,先願明細書等の【化5】,【化16】で示された一般式に,抽象的には包含されるとしても,先願明細書等において,その構造につき具体的に記載されてはいない。~ある化合物が明細書等において開示されているというためには,たとえ表の中であっても,具体的な構造(「先願発明」の化合物に関しては,メチル基を置換基として有する具体的構造)が特定して開示される必要があるというべきである。」

と判断した。

被告(特許庁長官)は、

「同族列に所属する一連の化合物は,化学的性質が極めてよく似ていて,すべての化合物に共通の官能基に基づく同一の反応を示すから,化合物No.II-10 と『先願発明』の化合物も実質的に同視できる」

等主張した。

しかし、裁判所は、

「化学大辞典(乙3)において,同族列として脂肪族飽和炭化水素のメタン,エタンや,芳香族炭化水素のベンゼン,トルエン,飽和脂肪酸のギ酸,酢酸などを例示しているが,これらの分子量の小さな化合物相互の関係と,本件での化合物No.II-10 と「先願発明」化合物のような分子量の大きな化合物相互の関係について,同一に扱ってよいかは不明というべきである。
また,前記1(3) エ,オからすれば,乙4,5で開示された,それぞれ同族列の関係にある各化合物の化学的性質(有機EL素子としての性質を含む。)が類似していることが認められるが,これが直ちに,化合物No.II-10 と「先願発明」化合物の関係にも適用できるか明らかではない上,特許法29条2項の進歩性を判断する場合であれば格別,同法29条の2第1項により先願発明との同一性を判断するに当たっては,化合物双方が同族列の関係にあることをもって,一方の化合物の記載により他方の化合物が「記載されているに等しい」と解するのは相当ではない(前述のとおり,一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり,試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識するところであるからである。)。
~前述のとおり,特許法29条の2第1項による先願発明との同一性の判断は,同法29条2項の進歩性の判断とは異なるから,上記のような「公知技術」を安易に参酌して先願明細書等の記載を補充するのは相当ではなく,メチル基の有無を捨象して化合物No.II-10 と「先願発明」化合物を同視し,「先願発明」化合物が先願明細書等に実質的に記載されていたとみることは相当ではない。」

と述べ、従って、「先願発明」化合物は先願明細書等に記載されておらず、また、記載されていたに等しいともいえないから、「先願発明」の化合物が先願明細書等に記載されていたに等しいとして特29条の2を適用した審決は誤りである、と判断した。

審決を取り消す。

【コメント】

医薬に関する事案ではないが、特29条の2の先願発明となる化学物質発明の成立性についてが争点となった点で興味深い。
本事案では、化合物No.II-10が明細書に記載されていると判断され、一方、本件「先願発明」化合物は明細書に記載されていないと判断された。この違いを検討する事は、特29条の2の「他の出願の当初明細書に記載された発明(先願発明)」となるべき化学物質発明の成立性を考える上で参考になる。

裁判所は、冒頭、化学物質発明が成立するためには有用性が必要であるとの要件を判示した。これは、「特許性」を有すべき化学物質発明の成立性を判断する上で判示されてきた過去の判決と一致する。

(参照)
記載要件/引例適格/データは必要か

しかし、本判決の冒頭部分が、特29条の2の「他の出願の当初明細書に記載された発明(先願発明)」となるべき化学物質発明の成立性のことまでも射程としているなら検討が必要そうである。

判示された冒頭部分を要約すると・・・

特29条の2の「他の出願の当初明細書に記載された発明(先願発明)」となるべき化学物質発明の成立性に必要なのは、
  • 化学物質そのものの特定、

  • 化学物質そのものの製造可能性、且つ

  • 化学物質の有用性(実際に試験を行い、その試験結果から、当業者にその有用性が認識できるように)

が明細書に開示されていることである。

一方、特許性を否定するという点では同じ立場になるであろう「新規性を否定する引用発明(特29条1項3号)」となるべき化学物質発明の成立性に必要とされるのは、「記載要件/引例適格/データは必要か」で取り上げてきた判決で示されているように、
  • 化学物質そのものの特定、及び

  • 化学物質そのものの製造可能性

が記載されていることのみであり、化学物質の有用性の記載は必ずしも必要とされていない。

このことからすると、「特29条の2の他の出願の当初明細書に記載された発明(先願発明)」となるべき化学物質発明の成立性の要件を、裁判所は、"先公知"としてではなく"拡大された先願"という立場でとらえているのかもしれないが、本判決の要件を厳密に特29条の2に適用すれば、例えば、先願明細書に化学物質の構造・製造は記載されていても有用性が(実際に試験を行い、その試験結果から、当業者にその有用性が認識できるように)記載されていない場合(そんな事はまず無いだろうが、遺伝子関連発明ならあり得るかもしれない)には、その化学物質は特29条の2の先願発明にはなりえないという問題が起こりうる。ちなみに現在の審査基準においては、特29条の2の引用発明の認定は新規性の引用発明の認定とほぼ同じ内容であり、有用性の有無については触れられていない(下記に抜粋)。特29条の2の先願発明の存在を理由とする拒絶理由・無効の主張を検討する場合には、本判決も考慮してその発明の成立性を十分検討する必要があるだろう。本事案において、裁判所は、具体的構造が特定されていないことをもって先願発明の成立性を否定したため、先願発明の有用性の有無の検討には至らなかった。今後の判決の蓄積を待ちたい。

参考:

  • 特許・実用新案審査基準 第II部 特許要件 第3章 特許法第29条の2

    (抜粋)
    3.2 他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案の認定

    (1) 「他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案」とは、「他の出願の当初明細書等に記載されている事項(注1)」及び「他の出願の当初明細書等に記載されているに等しい事項」(他の出願の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が他の出願の当初明細書等に記載されている事項から導き出せる事項)から当業者が把握できる発明又は考案をいう。
    したがって、他の出願の当初明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明又は考案は「他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案」とはいえず、「引用発明」とすることができない。例えば、ある記載事項が他の出願の当初明細書等にマーカッシュ形式で記載された選択肢の一部であるときは、当該選択肢中のいずれか一のみを発明を特定するための事項とした発明を当業者が把握することができるか検討する必要がある。

    (注 1)他の出願の当初明細書等に記載された事項は、その後の補正により削除されても、第 29条の2の規定の適用には影響がない。

    (2) また、ある発明又は考案が、当業者が当該他の出願の当初明細書等の記載及び他の出願の出願時における技術常識に基づいて、物の発明の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用できることが明らかであるように当該他の出願の当初明細書等に記載されていないときは、当該発明又は考案を「他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案」とすることができない。
    したがって、例えば、他の出願の当初明細書等に化学物質名又は化学構造式により化学物質が示されている場合において、当業者が当該他の出願の出願時の技術常識を参酌しても、当該化学物質を製造できることが明らかであるように記載されていないときは、当該化学物質は「他の出願の当初明細書等に記載された発明」とはならない(なお、これは、当該化学物質が当該他の出願の請求項の選択肢の一部として含まれる場合に、その請求項が第 36条第 4項の実施可能要件を満たさないことを意味しない)。


Feb 1, 2010