Feb 27, 2011

2011.02.22 「沢井製薬等の後発品メーカー8社 v. エーザイ」 知財高裁平成21年(行ケ)10423/10424/10425/10426/10427/10428/10429

アリセプト特許の存続期間延長登録: 知財高裁平成21年(行ケ)10423/10424/10425/10426/10427/10428/10429

【背景】

アリセプト特許権存続期間延長登録 無効審決取消訴訟の記事のつづき。アリセプトの特許権(特許2578475)の存続期間延長登録に対する無効審判請求を不成立とした審決に対して、後発品メーカー(沢井製薬・シオノケミカル・大正薬品工業・大洋薬品工業・東和薬品・日医工・日本薬品工業・陽進堂)が審決取消を求めて訴訟を提起した。

【要旨】

争点は、本件延長登録に先だってされた延長登録(先の延長登録; 特許2578475の特許権存続期間延長登録(平11-700114); 延長期間は2年11月17日)の理由となった処分の対象物について特定された用途(「軽度及び中等度」のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制)と、本件延長登録(特許2578475の特許権存続期間延長登録(2007-700111等); 延長期間は5年)の理由となった処分の対象物について特定された用途(「高度」のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制)とが実質的に同一であるか否か、であった。

裁判所は、
「先の承認処分及び本件承認処分における「軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症」と「高度アルツハイマー型認知症」は実質的に異なる疾患というよりも,アルツハイマー型認知症という1つの疾患を重症度によって区分したものであると認めるのが相当である。」
と認定したうえで、先の承認処分における用途と本件承認処分における用途の同一性について、
「前記認定によれば,軽度及び中等度アルツハイマー型認知症と高度アルツハイマー型認知症との差異は,緩やかにかつ不可逆的に進行するアルツハイマー型認知症の重症度による差異であると解されるところ,塩酸ドネペジルが軽度及び中等度アルツハイマー型認知症症状の進行抑制に有効かつ安全であることが確認されていたとしても,より重症である高度アルツハイマー型認知症症状の進行抑制に有効かつ安全であるとするには,高度アルツハイマー型認知症の患者を対象に塩酸ドネペジルを投与し,その有効性及び安全性を確認するための臨床試験が必要であったと認められる。
そして,~医薬品の「用途」とは医薬品が作用して効能又は効果を奏する対象となる疾患や病症等をいうと解され,「用途」の同一性は,医薬品製造販売承認事項一部変更承認書等の記載から形式的に決するのではなく,先の承認処分と本件承認処分に係る医薬品の適用対象となる疾患の病態(病態生理),薬理作用,症状等を考慮して実質的に決すべきであると解されるところ,本件のように,対象となる疾患がアルツハイマー型認知症であり,薬理作用はアセチルコリンセルテラーゼの阻害という点では同じでも,先の承認処分と後の処分との間でその重症度に違いがあり,先の承認処分では承認されていないより重症の疾患部分の有効性・安全性確認のために別途臨床試験が必要な場合には,特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって政令で定めるものを受ける必要があった場合に該当するものとして,重症度による用途の差異を認めることができるというべきである。
よって,本件においては,前記判示のとおり,疾患としては1つのものとして認められるとしても,用途についてみれば,先の承認処分における用途である「軽度及び中等度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と本件承認処分における用途である「高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」が実質的に同一であるといえないとして,存続期間の延長登録無効審判請求を不成立とした審決は,その判断の結論において誤りはない。」
と判断した。

また、裁判所は、原告らの主張する弊害について、
「~先の承認処分及び本件承認処分においてアルツハイマー型認知症のうちの「軽度」「中等度」「高度」について明確な定義や基準が示されていないこと,FASTはアルツハイマー型認知症を病期や重症度によって区別する判定基準の1つにすぎないこと(甲44)に照らすと,軽度及び中等度アルツハイマー型認知症に対してはいわゆる後発薬を使用できるが,高度アルツハイマー型認知症に対しては後発薬は使用できないことになるという事態が医療現場に混乱が生じさせるものであるとの主張自体をあながち理由のないものとすることはできない。
しかし,この主張自体仮定的なものであるし,また,基準が一義的に明確ではないにしろ,アルツハイマー型認知症が初期・中期・後期,あるいは軽度・中等度・高度といった段階に分けられることは前記のとおりである。そして,本件全証拠に照らしても,被告が,本件特許権の存続期間を延長するために,アルツハイマー型認知症の病期の一部(高度アルツハイマー型認知症)のみをことさら便宜的に取り出して,軽度及び中等度アルツハイマー型認知症とは別に臨床試験等を行ったとは認められない。また,先の承認処分と後の処分との間でその重症度に違いがあり,先の承認処分では承認されていないより重症の疾患部分の有効性・安全性確認のために別途臨床試験が必要であった場合には,その臨床試験等のために費やした期間は特許存続期間が浸食されており,特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって政令で定めるものを受ける必要があった場合に該当すると解されることは前記のとおりである。
そうすると,原告らの指摘する医療現場に混乱が生じるおそれや先の承認処分と本件承認処分のいずれもアルツハイマー型認知症という点では用途が同じであることを理由にして,先の承認処分と本件承認処分の用途が同じであるということはできない。」
と判断した。

請求棄却。

【コメント】

本件存続期間延長登録の対象となった特許発明(特許2578475)は下記の通り。これは先だってされた延長登録の対象となった特許権と同じである。いずれの請求項もアルツハイマー型認知症について、「軽度及び中等度」ではなく「高度」であることを特定するような記載はない。

  • 請求項1:
    下記化学式で表される1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩。(化学式は省略)
  • 請求項2:
    請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩を有効成分とするアセチルコリンエステラーゼ阻害剤。
  • 請求項3:
    請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩を有効成分とする各種老人性痴呆症治療・予防剤。
  • 請求項4:
    各種老人性痴呆症がアルツハイマー型老年痴呆である請求項3記載の治療・予防剤。
  • 請求項5:
    1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イリデニル〕メチルピペリジンを還元し,必要により造塩反応を行うことを特徴とする請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩の製造法。
  • 請求項6:
    1-ベンジル-4-ピペリジンカルバルデヒドと5,6-ジメトキシ-1-インダノンを反応させて1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イリデニル〕メチルピペリジンとし,次いで還元し,必要により造塩反応を行うことを特徴とする請求項1記載の1-ベンジル-4-〔(5,6-ジメトキシ-1-インダノン)-2-イル〕メチルピペリジン又はその薬理学的に許容できる塩の製造法。


先の承認処分によって禁止が解除された先行医薬品(軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を用途とするアリセプト)の製造行為等は、上記請求項1~6で示された本件発明の実施行為に該当するものでるように思えるが、その点について争点となっていないし、裁判所の判断の中には本件特許発明と先の承認処分又は本件処分との関係について全く言及されていない。2009.05.29 「武田薬品 v. 特許庁長官」 知財高裁平成20年(行ケ)10458で示された特67条の3第1項「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」の解釈に基づいて本事件を検討してみてほしい。

また、本判決における承認処分の用途と重症度についての議論を、過去の判決(2007.09.27 「スリーエム(3M) v. 特許庁長官」 知財高裁平成19年(行ケ)10017; 2007.01.18 「エーザイ v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10724)と比べてみると興味深い。

参考:


Feb 21, 2011

2010.11.17 「カプスゲル v. クオリカプス」 知財高裁平成21年(行ケ)10253

#4000のポリエチレングリコール: 知財高裁平成21年(行ケ)10253

【背景】

被告(クオリカプス)が有する「ハードゼラチンカプセル及びハードゼラチンカプセルの製造方法」に関する本件特許(第4099537号)に対する原告(カプスゲル)の特許無効審判請求について、特許庁が引用発明9等に基づいて容易に発明することができたものということはできない等として本件特許を無効にすることができないとしたため(無効2008-800146号)、原告が審決取消訴訟を提起した。

本件発明は、吸水性又は吸湿性物質を充填した場合におけるハードゼラチンカプセルにおいて、皮膜の低含有水分下での機械的強度の脆さ等の不都合を解消するため、ゼラチンを水に溶解した溶液に、#4000のポリエチレングリコールを、ゼラチンに対して3~15重量%の割合で添加したジェリーを用いて、浸漬法にて非フォーム状ハードゼラチンカプセルを製造することをその技術内容とするもの。本件発明1は、#4000のポリエチレングリコールを特定の含有量で含むのに対し、引用発明9は、グリセリン等の可塑剤を含み、その含有量を特に規定していない点において両者は相違していた。

請求項1(本件発明1):
ポリエチレングリコールをゼラチンに配合して得られるハードゼラチンカプセルであって,前記ポリエチレングリコールとして#4000のポリエチレングリコールを用い,かつその含有量がゼラチンに対して3~15重量%であることを特徴とする吸水性又は吸湿性物質を充填するための非フォーム状ハードゼラチンカプセル

【要約】

裁判所は、引用例2について、
「引用例2には,低湿度下(P/Po<0.5~0.6)では,可塑剤としてグリセリンを10%又は20%配合したゼラチンフィルムと比較して,可塑剤としてPEG-3000を1%,3%又は5%配合したゼラチンフィルムの方が,耐衝撃強度が改善されることが開示されているといえる。」
と認定し、
「本件審決が,引用例2には,ゼラチン単独フィルムの耐衝撃強度の向上には,グリセリンよりも特定のポリエチレングリコールの方がよいことについて開示されているとは認められないとした判断は誤りといわざるを得ない。」
と判断した。

この点について被告は、
「引用例2に応用分野として例示されている「マイクロカプセル」は,カプセル剤とは全く異なるものであり,「医薬」という広範な指摘についても,直ちにハードゼラチンカプセルへの適用が記載されているということもできない」
と主張したが、裁判所は、
「引用例2は~ゼラチン自体の物理,機械的特性に関する一般的な知見を開示するものであって,特定の用途におけるゼラチンの性質に限定して記述されているものではない。実際,引用例2は,ハードゼラチンカプセルに関する専門書である引用例6(甲6)にも引用されており,ゼラチンカプセルの技術分野に属する文献であるということができる。」
として被告の主張を採用しなかった。

引用発明9に上記引用発明2を組み合わせることについて、裁判所は、
「引用発明9は,ゼラチンカプセルを低湿度下に保存した場合,カプセルが破壊されやすくなるという課題を有するものであり,また,引用例2は,前記のとおり,ゼラチンカプセルの技術分野に属する文献ということもできるから,引用発明9と同じ技術分野に属するものといって差し支えない。
したがって,引用発明9の,ハードゼラチンカプセルの低湿度環境におけるカプセルの破壊を改善する目的で,引用例2により開示された技術的知見に基づき,ハードゼラチンカプセルを製造するために用いるゼラチン基剤の可塑剤として,グリセリンに代えて,グリセリンよりも低湿度下において優れた耐衝撃強度を与えるPEG-3000,あるいはそれに類似するポリエチレングリコールをゼラチンに対して1~5%程度添加することは,当業者が容易に行い得ることであるものと認められる。かかる添加割合は,本件発明における#4000のポリエチレングリコールの添加割合(3%~15%)と重複する範囲であり,~添加量の上限及び下限は,当業者が実験等により,適宜設定し得る事項であるということができる。」
と判断した。

また、本件発明の「#4000のポリエチレングリコール」について、裁判所は、
「被告は~日本薬局方収載のポリエチレングリコール4000(マクロゴール4000)であると主張し,本件審決も同様の認定をするところ,本件明細書には,#4000のポリエチレングリコールが日本薬局方収載のポリエチレングリコール4000であることは明記されておらず,また,本件基礎出願の公開特許公報(甲11)には,分子量によりポリエチレングリコールを特定する旨の記載があることなどからすると,本件明細書における「#4000のポリエチレングリコール」については,明確性の要件を充足しているかなお疑問が残るものであり,原告も,取消事由4として主張するものである。
もっとも,明確性の要件を充足するか否かはともかくとして,被告の主張を前提とすれば,「#4000のポリエチレングリコール」とは,日本薬局方(甲38)収載の,平均分子量が2600~3800のポリエチレングリコールであるから,PEG-3000,すなわち,平均分子量3000のポリエチレングリコールに類似するものとして,化学構造が共通し,平均分子量において重複する#4000のポリエチレングリコールを用いることは,当業者が容易に行い得ることである。
(ウ) 以上からすると,本件審決が,本件相違点について,グリセリン等の可塑剤に代えて引用例2又は5記載の特定のポリエチレングリコールを配合してみることは,当業者が容易に想到し得たとはいえないとした判断は誤りである。」
と判断した。

被告は、
「本件発明において,カプセルで問題とされる機械的性質は,静圧荷重特性であって,耐衝撃特性ではない」
と主張したが、裁判所は、
「本件明細書には~「機械的強度」とは,「カプセル成形後における例えば内容物充填作業でのカプセルの機械的取扱に際して,ひび,割れ又は欠け等のカプセル皮膜に損傷」が生じないための強度を意味すると記載されている。そうすると,本件発明が問題とする「機械的強度」には,被告が強調する~静圧荷重のほか~カプセルの耐衝撃性の向上も目的とするものと解される。」
として被告の主張を採用しなかった。

結論として、裁判所は、本件発明の進歩性を認めた本件審決の判断は誤りであるとして、審決を取り消した。

【コメント】

 被告の主張によれば、「#4000のポリエチレングリコール」とは、日本薬局方収載のポリエチレングリコール4000(マクロゴール4000)であるとしている。そして、第十五改正日本薬局方(The Japanese Pharmacopoeia Fifteenth Edition)によれば、ポリエチレングリコール4000(マクロゴール4000(Macrogol 4000))とは、「エチレンオキシドと水との付加重合体で、HOCH2(CH2OCH2)nCH2OHで表され、nは59~84である。」と説明されており、「平均分子量は2600~3800である。」とも説明されている。
 一方、審決(無効2008-800146号)中における請求人(原告)の主張によれば、日本薬局方と欧州薬局方とではポリエチレングリコールの分子量は異なると主張していた。
 本事件における裁判所判断の争点は進歩性だったが、裁判所は判決文の中で、「#4000のポリエチレングリコール」については明確性の要件を充足しているかなお疑問が残るものであると言及しており、製剤の添加剤をクレームに記載する際には、その名称も含め、それが意味する添加剤の定義にも注意を払う必要があるかもしれない。
 ひとつは、クレームに記載された添加剤の明確性を担保するために、明細書中に、その添加剤は「日本薬局方収載」のものを意味すると記載したほうがよいのかどうか。明細書にそのような記載をしない選択をした場合、当業者なら日本の基準だけしか考えないだろうか。欧米その他の国でそれぞれ定められている添加剤の定義についてどう考えるだろうか。各国での定義が全く同じなら問題はないだろうが、異なる場合や、そもそも名称が異なる場合にはどのように考えるべきか、検討する必要があるかもしれない。
 もうひとつは、添加剤のうち特にポリマーは、平均分子量で表されるように、ある一定の範囲の重合度をもった分子群からなる混合物である。つまり、例えば、PEG4000とPEG3000は全体として互いに性質の異なるポリマーであったとしても、個々のポリマー分子の分子量の範囲が互いに重複していると考えられる。このような添加剤は互いに異なるものなのか、それとも一部重複するとして同じものとして扱われるのか。

Feb 7, 2011

2010.11.10 「ビーエーエスエフ v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10108

効果が特許請求の範囲の特定に基づかない?: 知財高裁平成22年(行ケ)10108

【背景】
「両親媒性複合体,その製造方法及びそれを含有する組成物」に関する出願(平成9年特許願第515568号)に係る発明が引用発明に基づいて進歩性なしとした拒絶審決(不服2007-2650)の取消訴訟。

請求項1:
反応温度が室温から80℃の範囲で,平均分子量が10000ダルトン以上の少なくとも1種の非変性の植物タンパク質と,脂肪酸,脂肪アルコール,脂肪アミン及びその混合物からなり,ウンデシレン酸を除く群から選択された炭素数4~30の少なくとも1種の脂肪鎖とを,〔非変性の植物タンパク質/脂肪鎖〕の重量比が1/1~1/10の範囲で反応させて得られることを特徴とする両親媒性複合体

引用発明との相違点2:
本願発明が,ウンデシレン酸を除く群から選択された脂肪酸,脂肪アルコール,脂肪アミン及びその混合物を用いるものであるのに対し,引用発明においてはウンデシレン酸を用いている点。

【要旨】
相違点2について、裁判所は、
「引用例に記載されたウンデシレン酸誘導体の作用効果のうち,抗真菌及び抗菌特性に着目して,本件審決が「脂肪酸には抗真菌及び抗菌活性をもつものがあることは周知の技術的事項であり,ウンデシレン酸に換えて,同様に抗真菌及び抗菌活性をもつことの知られた脂肪酸を用いることも,当業者が困難なく行えることに過ぎない。」と判断したことに,誤りはない。」
と判断した。

この点に関して、原告は、
「引用例のように抗菌特性の観点から検討することは容易であったとしても,引用例に示唆すらもされていない~皮膚の再生という効果は,ウンデシレン酸と反応させたタンパク質が有する抗菌特性という引用発明の効果とは,明らかに異質な効果であって,予測できる効果ではなく,進歩性は認められるべきである。」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「本願発明は,皮膚の再生を特定するような化学物質の用途発明に該当するものではなく,化学物質自体である「両親媒性複合体」の発明に関するもので,本願発明の目的は,新規な化学物質を提供することであることは,前記(1)のとおりである。したがって,原告が主張する効果は,特許請求の範囲の特定に基づかないものであり,失当である。」
と判断した。

請求棄却。

【コメント】
以下に判決文中の被告(特許庁長官)の主張を引用する。
本願発明は,両親媒性複合体という物自体の発明であり,皮膚の再生という作用に着目した用途発明ではない。そして,本願明細書に記載されたとおり,本願発明の両親媒性複合体は,皮膚の再生用以外にも,乳化剤や微生物防除用として利用されるものをも含むものである。
したがって,本願発明は,皮膚の再生だけを目的としたものではなく,強い湿潤化や乳化力,又は抗真菌及び抗菌特性をも目的としたものであるといえるから,強い湿潤化や乳化力,又は抗真菌及び抗菌特性の観点から本願発明の進歩性を検討した本件審決に取り消すべき違法があることにはならない。
また,同じ発明に到達する場合であっても,発明に至る様々な道筋があることが多く,そのうちの一つでも,容易にたどることができるものであれば,その発明に進歩性はないことになる。当業者は,わざわざ困難な道筋をたどるのではなく,容易な道筋をたどればよいからである。
本件審決では,引用発明における強い湿潤化と乳化力のみを利用しようとした場合と,ウンデシレン酸の抗真菌及び抗菌特性に着目した場合の2つの道筋に沿って,当業者が容易に本願発明に到達できると判断したものであり,皮膚の再生という観点に着目した場合における,本願発明に至る道筋について判断したものではない。本件審決で判断したこれらの2つの道筋が,容易ではなく違法であるというのではなく,別の道筋である皮膚の再生という観点に着目した場合が困難であったことを立証したからといって,そのことで,本件審決に取り消すべき違法があることにはならない。このような判断は,裁判例(乙1,2)や特許庁の運用(乙3)とも整合する。

特許庁は、上記のように容易想到性を検討し、さらに本願発明の効果がウンデシレン酸を用いた場合と比較されていないことから格別な効果が奏されているとは認められないとして、原告による効果の主張に対しても反論している。

特許庁の主張は、本願発明は用途発明ではなく化学物質発明であるから、さまざまな効果の観点から(もちろん出願人の主張する効果の観点からも含むであろう)容易想到性を導くことは可能であることを説明している。特許庁の理屈には同意である。しかし、裁判所は、特許庁の上記理屈を理解し、原告の主張をきちんと検討したのだろうか。

裁判所は、原告の効果の主張に対して、下記のように言及してその主張を退けたのである。
本願発明は,皮膚の再生を特定するような化学物質の用途発明に該当するものではなく,化学物質自体である「両親媒性複合体」の発明に関するもので,本願発明の目的は,新規な化学物質を提供することであることは,前記(1)のとおりである。したがって,原告が主張する効果は,特許請求の範囲の特定に基づかないものであり,失当である

化学物質の発明であろうが用途発明であろうが、その発明の効果が特許請求の範囲の特定に基づくものでなければならないのだろうか。皮膚の再生効果がある化学物質発明であっても、皮膚の再生効果を主張することができるのであって、皮膚の再生を特定するような化学物質の用途発明でなければ効果を主張してはいけないということはないはずである。特許庁の理屈には同意できても、この判決文の理屈だけで裁判所が出願人の効果の主張を退け、格別な効果の検討をしなかったことには納得できない。裁判所は、原告・被告の主張をよく検討・理解し、丁寧な判決文になるよう心掛けてほしい。