Mar 27, 2011

2011.01.18 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10055

発明の作用効果に関するクレームの構成: 知財高裁平成22年(行ケ)10055

【背景】

「血管老化抑制剤および老化防止抑制製剤」に関する出願(特願2008-131621, 特開2009-280508)に係る本件補正発明が引用発明及び周知技術に基づいて進歩性なしとした拒絶審決の取消訴訟。

本件補正発明:
タラ目又はカレイ目の皮を原料とし,分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行い得られた重量平均分子量が3,000の魚皮由来低分子コラーゲンを必須成分とする,血管内膜厚を減少させることを特徴とする血管老化抑制剤。
引用発明:
コラーゲンの酵素処理により得られた,平均分子量が1300ないし4000程度の,コラーゲンより分子量が小さいコラーゲン加水分解物を含有する,血管組織の老化を予防又は改善する医薬組成品。
本件補正発明と引用発明との一致点:
コラーゲンを原料とし酵素分解を行い得られた低分子コラーゲンを必須成分とする血管老化抑制剤。
本件補正発明と引用発明との相違点1:
本件補正発明では,酵素分解に供するコラーゲンの由来を「タラ目又はカレイ目の皮」である「魚皮由来」とする旨及び酵素分解の条件を「分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行」うものであるとする旨それぞれ特定しているに対し,引用発明では,コラーゲンの由来及び酵素分解の条件について特定していない点。
本件補正発明と引用発明との相違点3(本件補正による補正箇所に相当):
血管老化抑制剤について,本件補正発明では,「血管内膜厚を減少させる」と特定しているのに対し,引用発明ではそのような特定をしていない点。
【要旨】

原告の主張の要旨は下記の通り。
引用発明の記載は、動脈硬化症の三分類のうちのひとつであるメンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症の治療についてのものであり、動脈硬化症のもう一つの分類である「血管内膜厚を減少させる」こと(相違点3)、すなわち粥状動脈硬化症の予防及び治療効果や医薬用途については記載も裏付けもない。周知例にも「タラ目又はカレイ目の皮由来」(相違点1)コラーゲンの粥状動脈硬化症治療効果についての記載はない。従って、粥状動脈硬化症の治療に効果があるコラーゲンとして「タラ目又はカレイ目の皮由来」のコラーゲンを選択することは、当業者が容易に想到し得るものではない(取消事由1, 2)。さらに、本件補正発明は、粥状動脈硬化症に対する治療効果という引用発明がもたらすものとは異なる新たな医薬用途を提供するものであって、臨床実験によりその格別顕著な効果が確認されている (取消事由3)。
裁判所は、引用発明の内容について、
「引用例は,前記のとおり,血管組織の強化作用(血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上)を目的とするものであり(【0006】【0007】),このような血管組織の強化による予防又は治療の必要性は,動脈の有するしなやかさ(弾力性)を喪失しているという点では,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症のみならず,粥状動脈硬化症に対しても等しく妥当するものである。しかも,引用例は,引用発明が対象とする動脈硬化症の前症状として,「血管の肥厚,血管の機械的強度や伸展性,弾力性の低下など」(【0003】)と記載しているところ,このうち特に血管の肥厚は,粥状動脈硬化症の一症状でもある(甲32,34)ばかりか,引用例には,最も頻度の高い重大な血管疾患である粥状動脈硬化症を引用発明による予防又は治療の対象から除外していることを示唆ないし指摘する記載が何ら見当たらない。以上によれば,引用発明が対象とする動脈硬化症には,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症に加えて,粥状動脈硬化症が含まれるものと認めるのが相当である。」
と認定したうえで、相違点1の容易想到性について、
「本件特許出願当時,魚由来のコラーゲンが人体に対して安全なものであり,かつ,畜肉由来のコラーゲンよりも消化性が優れていることは,当業者の周知技術であったものと認められるほか,周知例1にも記載のとおりBSE問題が発生していたことから(甲24参照),当業者は,畜肉由来ではなく魚由来のコラーゲンを使用することについて動機付けがあったものといえる。そして,現に,本件補正明細書の【図1】は,周知例1に記載の前記グラフ図と同一のものである。しかるところ,引用発明は,前記のとおり,その対象とする動脈硬化症に本件補正発明が対象としている粥状動脈硬化症を含んでおり,かつ,ウシ又はブタ由来のコラーゲンに劣後するとしながらも,魚皮由来のコラーゲンを使用することも好例として記載していたのであるから(【0018】【0020】),引用発明に前記周知技術を適用して酵素分解に供するコラーゲンの由来を「タラ目又はカレイ目の皮」である「魚皮由来」と構成することは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。また,引用例には,前記のとおり,加水分解に用いる酵素はペプチド加水分解酵素であれば特に限定されない旨の記載があり,酵素としてペプシンAないしCも例示されているばかりか(【0027】【0028】),加水分解処理の諸条件が適宜設定できる旨の記載もある(【0029】)。したがって~周知の条件を適宜選択し得ることが明らかである。以上によれば,引用発明に周知技術を適用することで本件補正発明の相違点1に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到することができたものいうべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。」
と判断し、また、相違点3の容易想到性について、
「引用発明及び本件補正発明は,いずれも物の発明であるところ,相違点3に係る本件補正発明の構成である「血管内膜を減少させる」ことは,発明の作用効果に関する事項であって,本件補正発明を物の観点から特定するものではない。したがって,「血管内膜を減少させる」との記載の有無は,物の発明である引用発明と本件補正発明との実質的な相違点とはいえない。よって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。」
と判断した。

作用効果について、裁判所は、
「試験例は,例えば偽薬を経口投与した群や,あるいは引用発明同様に畜肉由来のコラーゲンを経口投与した群との比較を行っているわけではないから,仮に頸動脈内膜厚の減少等が本件補正発明の経口投与によるものであったとしても,それが特に引用発明との関係で顕著な作用効果を示していることを立証するものとはいい難い。」
と判断した。

これに対し、原告は、
「本件補正発明のPro-Hyp の含量が低く,他にAla-Hyp,Leu-Hyp 及びPhe-Hyp など多様なペプチドを含有し,腸管での吸収が速やかで吸収効率がよいことから,本件補正発明が粥状動脈硬化症に対して当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏することが明らかである」
と主張した。

しかしながら、裁判所は、
「腸管での吸収効率がよいことと粥状動脈硬化症に対する効果が顕著であることの因果関係については,推測の域を出るものではなく,何ら具体的な証拠がない。」
として、原告の主張を採用せず。

請求棄却。

【コメント】

引用発明に周知技術を適用することで本願補正発明の進歩性が否定された事例。引用発明の医薬用途は、本願補正発明の医薬用途(粥状動脈硬化症)の上位概念(動脈硬化症)で記載されていたが、出願時における技術常識及び引用例の記載から、下位概念である本願補正発明の医薬用途も引用発明に含まれると認定された。

また、発明の作用効果に関する本件補正発明の構成(「血管内膜厚を減少させる」)は、発明を物の観点から特定するものではなく、その記載の有無は物の発明である引用発明と本件補正発明との実質的な相違点とはいえないとされた。 原告は、本願補正発明の構成である「血管内膜厚を減少させる」ことはすなわち粥状動脈硬化症に対する予防及び治療という医薬用途を提供するものである旨主張したので、本願補正発明と、認定された引用発明の医薬用途(粥状動脈硬化症)に相違点はなくなり、補正によって追加された「血管内膜厚を減少させる」という作用効果に関する構成は意味をなさなくなったと言えるかもしれない。 このような、発明の作用効果に関する構成をクレームに加えることは、医薬用途発明の新規性・進歩性においてどのような意味を持つのだろうか?

引用発明にはコラーゲンの粥状動脈硬化症治療用途が含まれていたと判断されたが、引用例及び周知例にはコラーゲンが血管内膜厚を減少させるという記載も裏付けもなかったと思われる。仮にもし、本願発明が「血管内膜厚減少剤」のように補正し(このような用途発明的記述がそもそも記載要件の立場から許されるかどうかはわからないが)、この点での引用発明との相違点に関して容易想到を論じた場合には、どのようなロジックで特許庁・裁判所は判断していただろうか?

Mar 17, 2011

2011.03.16 「アステラス Tarceva特許侵害訴訟でTevaと和解」

アステラスは、その米国子会社OSIがGenentech及びPfizerとともに、Tevaに対して2009年3月19日に米国で提起したがん治療剤Tarceva®(一般名: 塩酸エルロチニブ)の物質特許(米国再発行特許番号:RE41,065)及び用途特許(米国特許番号:6,900,221及び7,087,613)に関する特許侵害訴訟について、Teva社と和解契約を締結したと発表した。

Tarceva®はOSI及びPfizer により創製されたキナゾリン誘導体であり、上皮増殖因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor:EGFR)を標的とした選択的チロシンキナーゼ阻害剤(Tyrosine Kinase Inhibitor:TKI)である。本剤は、EGFR 細胞内チロシンキナーゼ領域のATP 結合部位においてATPと競合的に拮抗することにより、癌細胞の増殖抑制、アポトーシス誘導に基づいて抗腫瘍効果を示すと考えられている。

参考:


Mar 7, 2011

2010.12.22 「伏見製作所/X v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10163

出願当時の技術水準を出願後の刊行物により認定: 知財高裁平成22年(行ケ)10163

【背景】

「経管栄養剤」に関する出願(特願2003-003526)に係る発明が引用例1及び2に記載された発明に基づいて進歩性なしとした拒絶審決の取消訴訟。

請求項1:

胃瘻に配置された管状材を通して、数分間で200ml~400ml が加圧供給される栄養剤であって、該栄養剤は、その粘度が、1000ミリパスカル秒以上~60000ミリパスカル秒以下の粘体であって、管状材を通過する前後において、粘体の状態が維持されるように調製されていることを特徴とする経管栄養剤。

本願発明と引用発明(引用例1に記載された発明: 胃瘻から注入した半固形状食品®テルミールソフト)との一致点及び相違点:

  • 一致点:胃瘻に配置された管状材を通して,供給される経管栄養剤

  • 相違点1:本願発明では,「粘度が,1000ミリパスカル秒以上~60000ミリパスカル秒以下の粘体であって」と特定されているのに対して,引用発明では,そのような特定がされていない点

  • 相違点2:本願発明では,「管状材を通過する前後において,粘体の状態が維持されるように調製されている経管栄養剤」と特定されているのに対して,引用発明では,そのような特定がされていない経管栄養剤である点

  • 相違点3:本願発明では,「数分間で200ml~400ml が加圧供給される」と特定されているのに対して,引用発明では,そのような特定がされていない点


【要旨】

*取消事由2及び4(相違点1及び3についての判断の誤り)を以下に取り上げた。

取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について、裁判所は、
「~これを,特許を受けようとする発明が物の発明である場合についてみると,特許を受けようとする発明と対比される同条1項3号にいう刊行物の記載としては,その物の構成が,特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが,当業者が,当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて,その物ないしその物と同一性のある構成の物を入手することが可能であれば,必ずしも,当該刊行物にその物の性状が具体的に開示されている必要はなく,それをもって足りるというべきである。」
と、特29条1項3号の「刊行物に記載された発明」について説示したうえで、本件について下記のように判示した。
「~引用例1には,胃瘻から注入する半固形状食品の「®テルミールソフト」が記載されていることが認められる。また,「®テルミールソフト」は,本件出願前から~テルモ株式会社により販売され,容易に入手可能であったものと認められる(甲6,弁論の全趣旨)。そうすると,刊行物である引用例1には,胃瘻から注入する半固形状食品の「®テルミールソフト」の発明が記載されているということができる。
そして,本願出願後に頒布されたものであることに争いのない刊行物D(甲17)には,「®テルミールソフト」が20℃で20000ミリパスカル秒の粘度であることが記載されている。この事実に弁論の全趣旨を総合すれば,本願出願時においても,同一商品名で販売されていた「®テルミールソフト」が,本願発明の粘度範囲である1000~60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できる。」
と認定した。

これに対し、原告らは、
「本件審決が,本願出願後に頒布された刊行物D(甲17)に基づいて,引用例1記載の「®テルミールソフト」の粘度を認定したことは誤りである」
と主張した。

しかしながら、裁判所は、
「発明の進歩性の有無を判断するに当たり,上記出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によって認定し,これにより上記進歩性の有無を判断しても,そのこと自体は,特許法29条2項の規定に反するものではない(最高裁昭和51年(行ツ)第9号同年4月30日第二小法廷判決・判例タイムズ360号148頁参照)。よって,本願発明の進歩性の有無を判断するにあたって,引用発明である「®テルミールソフト」が持つ粘度を認定するために,本願出願後に頒布された刊行物Dを参酌したことは,特許法29条2項に反するものではない。以上のとおり,引用発明に係る「®テルミールソフト」は,本願発明の粘度範囲である1000~60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できるから,相違点1について,実質的に相違するものではないとした本件審決の判断に誤りはない。」
と判断した。

取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について、裁判所は下記の通り判断した。
(1) 本願発明の相違点3に係る構成について
~本願発明の相違点3に係る発明特定事項である「数分間で200ml~400ml が加圧供給される」点については,単に本願発明である経管栄養剤の使用態様を説明するだけのものであり,経管栄養剤という物の発明である本願発明が有する特有の性状を示すものと解することはできない。本願明細書~の記載を勘案しても,本願発明の上記発明特定事項の意義を見いだすことができないし,「数分間で200ml~400ml」という数値の臨界的意義を見いだすこともできない。そもそも,~一定時間貯留されるとの効果は,「粘度が,1000ミリパスカル秒以上~60000ミリパスカル秒以下」であることから奏する効果であり,「数分間で200ml~400ml が加圧供給される」ことと関係があるとはいい難い。そうすると,相違点3に係る本願発明の構成には,そもそも技術的意義を認めることはできないといわなければならない。

(2) 相違点3の容易想到性について
上記(1)のとおり,本願発明の相違点3に係る構成には,何ら技術的意義を認めることができない以上,引用発明に係る「®テルミールソフト」において,経管栄養剤という物の発明の解決課題とは無関係である,胃瘻から注入する際の使用態様について,上記相違点3に係る構成のように「数分間で200ml~400ml が加圧供給される」とすることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないといわざるを得ない。

(3) 本件審決の判断について
上記(2)のとおり,引用発明から相違点3に係る本願発明の構成(数分間で200ml~400ml が加圧供給される)に至ることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎず,引用例2に記載されている事実等とは無関係であって,引用例2を組み合わせるまでもないことである。本件審決の上記判断は,措辞必ずしも適切とはいえないが,当業者が容易に想到し得たという結論において誤りがあるとはいえない。
請求棄却。

【コメント】

特29条1項3号の「刊行物に記載された発明」について、当業者が、刊行物の記載及び出願時の技術常識に基づいて、その物ないしその物と同一性のある構成の物を入手することが可能であれば、必ずしも、刊行物にその物の性状が具体的に開示されている必要はない。

そして、出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によって認定し、これにより進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は特29条2項の規定に反するものではない(1976.04.30 昭和51(行ツ)9)。

取消事由4(相違点3についての判断の誤りについて)の争いは、医薬発明の用法に関する発明特定事項について技術的意義が見出されず、当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないとされた典型例ともいえる。用法・用量に特徴のある医薬発明の進歩性を検討する際には参考になるかもしれない。