Jun 14, 2011

2011.02.01 「大塚製薬工場 v. 味の素」 知財高裁平成22年(行ケ)10133

副作用の懸念という阻害要因: 知財高裁平成22年(行ケ)10133

【背景】

味の素(被告)が有する「2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」に関する特許権(特許第4120018号)について無効審判請求不成立とした審決(無効2008-800110号事件及び無効2008-800256号事件)の取消訴訟。

輸液におけるアミノ酸を安定化するための抗酸化剤として亜硫酸塩を配合すると、その亜硝酸塩がビタミンB1の安定性に悪影響を及ぼすという背景があり、輸液混合前後の亜硫酸塩濃度に関する発明の構成と引用例との相違点は容易に発明できたものといえるかどうか(進歩性)、が主な争点となった。

請求項1:

A 連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB1のみを含有する輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において,
B 第1室の輸液にビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25~15.0mg/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,
C 且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05~0.2g/Lを含有し, メンブランフィルターで濾過して充填し,
D 更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136~0.07g/Lであり,
E 混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることを特徴とする2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。

【要旨】

裁判所は、本件発明と特開平8-709号公報(甲4)記載の発明との対比において本件発明の構成C(相違点4)、D及びE(相違点6)は容易に発明できたものとはいえないとした審決の判断に誤りがあると判断した。

なお、審決は

「甲4記載の発明における抗酸化剤は,第2室に収容される輸液の安定性を考慮したにすぎないから,混合後の輸液におけるビタミンB1の安定性のために亜硫酸塩の濃度を調整することは導き出すことができない」

と判断し、被告もこれと同様の主張をしたが、裁判所は、

「~混合後の亜硫酸塩の濃度に関する構成は,甲4の記載に基づいて,当業者が第2室のアミノ酸輸液を適切に安定化した結果,同時に満足されるものであるから,ビタミンB1の安定性を目的とする混合後の亜硫酸塩の濃度調整の示唆までは必要ない。」

と判断した。

また、審決は、

「当業者が,ビタミンB1の分解が亜硫酸塩の濃度に依存することを知った場合には,亜硫酸塩の添加は避けようとするのが自然であり,これを添加しようとすることの動機付けが存在しない」

と判断し、被告もこれと類似する主張をしたが、裁判所は、

「アミノ酸輸液に安定性保持のために亜硫酸塩を抗酸化剤として添加することは,従来から広く行われていたことであり~,抗酸化剤を添加しない場合,アミノ酸輸液の医薬製品としての安定性は十分でないと考える方が当業者にとって一般的であったと認められる。」

と判断した。

また、被告は、

「亜硫酸塩の添加については,喘息等の問題点が指摘されていた」

と主張したが、裁判所は、

「医薬品や食品添加剤等において使用されるような成分について,その成分の有効性と同時に何らかの副作用が指摘されるのは一般的なことである。そのような場合,当業者は,当該成分を使用するか否かについて,その有効性と副作用の両面から検討すると考えられる。すなわち,有効性が十分に高く,一方,指摘される副作用について,当該成分の使用割合や使用方法などの手段を検討することによってある程度低減できる場合や,副作用の発生頻度が非常に低い場合などは,有効性の方が重視されると考えられる。したがって,単に問題点が指摘されているからといって,当該成分が使用されないとはいえない。実際,亜硫酸塩の輸液への添加が本件出願当時から現在においても禁止されていないことからすれば,被告の指摘する副作用は,本件出願当時の当業者において,それほど重要視しなければならなかった問題点とは認められない。」

と判断した。

審決を取り消す。

【コメント】

ある成分の副作用という点を阻害要因として、その成分を用いることについて当業者が容易に想到できたものとは認められないと主張する場合には、単に問題が指摘されている程度なのか、それとも使用が禁止されているほどのものなのか、当業者にとってどれほど重要視されるべき問題なのかを検討する必要があるだろう。

Jun 6, 2011

2011.01.31 「X v. デビオファーム」 知財高裁平成22年(行ケ)10122

効果に着目した構成: 知財高裁平成22年(行ケ)10122

【背景】

「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する特許(特許第3547755号; 出願日1995.08.07)について原告(X)の進歩性欠如を理由とする無効審判請求(無効2009-800029号)は成り立たないとの審決に対する審決取消訴訟。

請求項1:
濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。

【要旨】

本件発明1及び相違点の認定等の誤りについて、原告は、

「本件発明1における「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである(こと)」(貯蔵安定性)は,医薬品の承認に必要な当然の品質であるから,審決が,これを本件発明1の独立の構成であるとした上で,甲1発明との相違点とした認定には誤りがある」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「本件発明1の特許請求の範囲における「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」との記載は,確かに,貯蔵安定性という効果に着目した構成であるということができる。しかし,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」の条件を満たしさえすれば,他のいかなる条件が加わっても,常に,上記の貯蔵安定性に係る構成を充足するという関係が成立するものではない。仮に,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」であっても,上記の貯蔵安定性に係る構成を充足しない製剤であれば,本件発明1の技術的範囲から除外されることになるのは当然である。以上のとおりであり,本件発明1の貯蔵安定性に係る構成は,独立の構成であると理解すべきであり,これに反する原告の主張は,採用できない。
また,甲1には,オキサリプラティヌムの溶解度が7.9mg/mlであると記載されている。しかし,溶解度について示した記載があったとしても,他に格別の説明がない甲1によって,0ないし7.9mg/mlの中の特定の範囲の濃度である「濃度が1ないし5mg/ml」のオキサリプラティヌムの水溶液が使用されるべきであることが示されていると理解することはできない。本件発明1と甲1発明とが,濃度において共通する記載があると解すべきではない。」

と判断した。

また、数値範囲における意義について、原告は、

「数値限定発明において容易想到性でないとされるためには,数値範囲の全般において効果が顕著に優れているとの臨界的意義が示されることを要すると解されるが,本件発明1は,そのような効果が示されていないので,本件発明1が容易想到でなかったとした審決の判断には誤りがある」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「一般に,当該発明の容易想到性の有無を判断するに当たっては,当該発明と特定の先行発明とを対比し,当該発明の先行発明と相違する構成を明らかにして,出願時の技術水準を前提として,当業者であれば,相違点に係る当該発明の構成に到達することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くのが合理的である。そして,当該発明の相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かの検討は,当該発明と先行発明との間における技術分野における関連性の程度,解決課題の共通性の程度,作用効果の共通性の程度等を総合して考慮すべきである。この点は,当該発明の相違点に係る構成が,数値範囲で限定した構成を含む発明である場合においても,その判断手法において,何ら異なることはなく,当該発明の技術的意義,課題解決の内容,作用効果等について,他の相違点に係る構成等も含めて総合的に考慮すべきであることはいうまでもない。」

との一般的考え方を示し、本件に関しては、

「・・・総合考慮すると,当業者にとって,本件発明1の限定された数値範囲において,上記の課題を解決する顕著な作用効果が示されていると解することができる。したがって,本件発明1における「pHが4.5ないし6」との数値範囲で示された構成について,当業者が,容易に想到することができないとした審決に誤りはない。」

と判断した。

【コメント】

数値範囲における意義について、進歩性を主張するには臨界的意義が必ずしも必要というわけではなく、「当該発明の相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かの検討は,当該発明と先行発明との間における技術分野における関連性の程度,解決課題の共通性の程度,作用効果の共通性の程度等を総合して考慮すべきである。」という進歩性の容易想到性判断の手法の原則が裁判所によって確認された。

貯蔵安定性という効果に着目した構成が、独立の構成であるとした判断は興味深い。審決でも、このような構成については「技術的に意味のある事項であり、本件特許発明1を特定する事項であることは明らかである」と断言している。このような効果に着目した構成は今後積極的に活用できる余地がある(しかし記載要件の観点からの注意は必要だろう)。

ヤクルトは被告の補助参加人。オキサリプラチン(Oxaliplatin)は白金錯体系抗悪性腫瘍剤。本剤はDebiopharm 社(スイス)がライセンスを保有しており、欧米における開発・販売権はSanofi-Aventis社が保有している(商品名: ELOXATIN)。日本における開発・販売権はヤクルトが取得し、商品名エルプラット(ELPLAT)として製造販売している。2010年6月には水溶性製剤(点滴静注液)を発売し、既存の凍結乾燥製剤(注射用)からの切り替えを行った。

本件特許権(特許第3547755号; 出願日1995.08.07)は存続期間の延長登録(2009-700145(点滴静注液100mgについて延長の期間は11月21日); 2009-700142(点滴静注液50mgについて延長の期間は4年5月22日); いずれも処分の対象となった物について特定された用途は追加された効能効果である「結腸癌における術後補助化学療法」)がなされ、存続期間満了日は最長2020年1月29日となっている。エルプラットの再審査期間は2013年3月17日まで。IPDLによれば別の無効審判2010-800191が係属中のようである。

参考: