Dec 29, 2012

2012年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。

プロダクト・バイ・プロセスで記載された特許発明の技術的範囲と発明の要旨認定との関係
2012年、最もホットだった"特許的"ニュースのひとつは、大合議判決が出たということもあり、プロダクト・バイ・プロセスで記載された特許発明の技術的範囲と発明の要旨認定との関係をどう考えればよいのかという問題だったのではないでしょうか?

侵害事件の大合議判決(2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043)は、プロダクト・バイ・プロセスで記載された特許発明の技術的範囲は、「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈・確定するいう原則論を示した。ただし例外として、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合(真正プロダクト・バイ・プロセス)」の特許発明の技術的範囲は、「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」に及ぶと解釈・確定すると判示した。裁判所は、上記のように原則と例外といった理論を構築し、無効の抗弁のときの発明の要旨認定も同様に考えると判示した。

一方、同日付の無効審判取消訴訟判決(2012.01.27 「協和発酵キリン v. テバ」 知財高裁平成21年(行ケ)10284)は、「特許権の設定登録後になされる手続である特許無効審判請求において,特許庁がその審理の対象として把握すべき請求項の具体的内容(発明の要旨)は,特許公報に記載された請求項(特許請求の範囲)によりなされるべきものであり,・・・特に,特許公報の公示機能を考慮すると,無効審判事由の有無の前提となる発明の要旨の認定においては,特許請求の範囲の記載の全てが基準になるのが原則であるというべきである。」との前提条件を置いた上で、プロダクト・バイ・プロセスで記載された発明の要旨認定は「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈・確定されるのが原則であり、ただし例外として、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合(真正プロダクト・バイ・プロセス)」の発明の要旨認定は、「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」に及ぶと解釈・確定すると判示した。

注目すべきは、同無効審判取消訴訟判決で裁判所は、「特許公報公示機能」や「特許権の設定登録後になされる手続きである特許無効審判において」といった前提条件を置いて判示しているところである。従って、上記侵害事件判決も無効審判取消訴訟判決も、いずれも特許権の設定登録についてのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの発明の要旨認定をどうすべきかについては何も言及していないと解釈される。


過去の「医薬系"特許的"な判決を振り返る。」
  • 「2011年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2010年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2009年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2008年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら


Dec 17, 2012

2012.12.14 「AstraZeneca v. Aurobindo」 CAFC Docket No.2010-1460

クレストールANDA訴訟CAFC判決、アストラゼネカ・塩野義が勝訴: CAFC Docket No.2010-1460

【背景】

The drug product here at issue is the “statin” having the brand name Crestor®. The active ingredient of Crestor® is rosuvastatin. In suit is United States Reissue Patent No. 37,314 (“the ’314 patent”), which is a reissue of United States Patent No.5,260,440 (“the ’440 patent”). The patentee is “Shionogi” and the exclusive licensee is “Astrazeneca” (collectively “Plaintiffs”). Several generic producers (Defendants) initiated a challenge to the ’314 patent by filing an Abbreviated New Drug Application (ANDA) accompanied by a Paragraph IV certification. The Defendants argued that the ’314 patent is invalid on the ground of obviousness and improper reissue, and that the patent is unenforceable for inequitable conduct in the USPTO. The district court ruled that the ’314 patent is valid, enforceable, and infringed. All of the Defendants appeal the rulings of validity and enforceability.

【要旨】

I VALIDITY
The district court concluded that the Defendants did not demonstrate the required motivation for selecting Sandoz Compound 1b as a lead compound, or for making this specific sulfonyl change in the Compound 1b molecule. See Eli Lilly & Co. v. Zenith Goldline Pharms.,471 F.3d 1369, 1379 (Fed. Cir. 2006) (considering whether a prior art compound would have been chosen as a lead compound). We agree that “obvious to try” was negated by the general skepticism concerning pyrimidine-based statins, the fact that other pharmaceutical companies had abandoned this general structure, and the evidence that the prior art taught a preference not for hydrophilic substituents but for lipophilic substituents at the C2 position. See Takeda Chem.
Indus., Ltd. v. Alphapharm Pty., 492 F.3d 1350, 1357 (Fed.Cir. 2007) (“[I]n cases involving new chemical compounds, it remains necessary to identify some reason that would have led a chemist to modify a known compound in a particular manner to establish prima facie obviousness of a new claimed compound.”). The district court correctly held that patent invalidity on the ground of obviousness had not been shown for the compound rosuvastatin. That ruling is affirmed.
II INEQUITABLE CONDUCT
1. Materiality
Although the references were held by the PTO not to negate patentability of rosuvastatin, as affirmed ante, we do not disturb the district court’s finding of materiality.
2. Intent
The district court found that the Defendants did not establish that either Ms. Kitamura or Mr. Shibata withheld the Sandoz and Bayer references with deceptive intent. Although deceptive intent may be inferred from circumstantial evidence, the inference “must not only be based on sufficient evidence and be reasonable in light of that evidence, but it must also be the single most reasonable inference able to be drawn from the evidence to meet the clear and convincing standard.” Star Scientific, 537 F.3d at 1366; see also Therasense, 649 F.3d at 1290. We agree that clear and convincing evidence did not show that Ms. Kitamura and Mr. Shibata made a deliberate decision to withhold references from the PTO. The court in Therasense sought to impart objectivity to the law of inequitable conduct by requiring that “the accused infringer must prove that the patentee acted with the specific intent to deceive the PTO,” 649 F.3d at 1290. Recognizing the complexity of patent prosecution, negligence—even gross negligence—is insufficient to establish deceptive intent. We affirm that unenforceability based on inequitable conduct was not established.
III REISSUE
The Defendants also argued that the ’314 patent was improperly reissued, arguing that the statutory reissue requirement of error without deceptive intent had not been met. The Defendants argued that (1) there was no error, and (2) there was deceptive intent. In view of the circumstances necessitating the reissue procedure in order to bring the uncited references before the examiner, it is not clear how the limitation of the claims to the compound of commercial interest suggests that the prior flawed procedures were based on deceptive intent. In sum, the district court correctly found that reissue was available, and that the scope of the reissue was in accordance with law.
IV INFRINGEMENT
The judgment of infringement against all of the Defendants is affirmed.
AFFIRMED

【コメント】

Deceptive intentがあったのかなかったのかの判断がどっちに転んでもおかしくないくらいの非常にスレスレの事案だったかもしれない。Mayer判事は、不適法なreissueのためにreissue特許は無効であり従って侵害はないとの反対意見を述べている。

参考:

Dec 9, 2012

2012.06.26 「フェリング v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10198

ミニリンメルト®OD錠に関する出願の進歩性: 知財高裁平成23年(行ケ)10198

【背景】

「デスモプレシンの口腔内分散性医薬製剤」に関する特許出願(特願2004-502972, 特表2006-502972, WO03/94886)の拒絶審決(不服2008-30442号)取消訴訟。

請求項1:
デスモプレシン酢酸塩とゼラチンとマンニトールとを含み,口腔内で10秒以内に崩壊し,口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための口腔内分散性医薬製剤。
審決は、本願発明は、WO00/61117号(「引用例1」、引用例1に記載された発明を「引用発明」という)、特開平5-148154号公報(「引用例2」)に記載された事項及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから特許法29条2項により特許を受けることができない、とするものであった。
審決は、上記結論を導くに当たり、引用発明、同発明と本願発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

引用発明:
「ペプチド活性成分と魚類ゼラチンとマンニトールとを含み,口腔内で10秒以内に崩壊する,経口投与のために設計され,口腔内で活性成分をすばやく放出する,急速分散型投与形態の薬理学的組成物。」
一致点:
「ペプチド活性成分とゼラチンとマンニトールとを含み,口腔内で10秒以内に崩壊する,口腔内分散性医薬製剤」
相違点:
(ア) 相違点1
本願発明では,ペプチド活性成分が,「デスモプレシン酢酸塩」と特定されているのに対して,引用発明ではそのような特定がされていない点。

(イ) 相違点2
本願発明では,口腔内分散性医薬製剤が,「口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための」ものであるのに対して,引用発明ではそのような特定がされていない点。
【要旨】

主文
原告の請求を棄却する。(他略)
1 取消事由1(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)について
「引用例2の記載によれば,生理活性ポリペプチド含有の経口投与用または口腔内投与用製剤に使用できるポリペプチドは,比較的低分子量のものであればよく,そのようなものの一つとしてデスモプレシンが周知であったことが認められる。そうすると,ペプチドを活性成分とし,口腔内で分散させる,すなわち口腔内投与される引用発明の製剤において,活性成分のペプチドとしてデスモプレシンを使用することは容易であったといえる。
したがって,相違点1に係る構成は,引用発明に引用例2に記載された事項及び周知技術を適用することにより,容易に想到できたといえる。
~引用例1には,活性成分としてペプチドを用いることが記載されているところ,引用例2~によれば,引用例2に記載されるようなゼラチンを基剤とする口腔内投与用製剤には,生理的に活性なポリペプチドのうち比較的低分子量のものであれば広く使用でき,デスモプレシンもそのようなものとして周知であったことが理解できる。そうすると,引用例2の発明の課題が,引用発明の課題と共通でないとしても,口腔内投与される引用発明の製剤において,活性成分のペプチドとして,引用例2に記載されたデスモプレシンを使用することに想到することは容易であったと認められ,上記原告の主張は採用することはできない。」
2 取消事由2(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について
「本願発明に係る特許請求の範囲の記載のうち「口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための」との記載の意義について,本願明細書には,「本発明の医薬製剤は活性成分を口腔に供給するのに適している。活性成分は舌下粘膜を通して及び/又は(例えば頬側及び/又は歯肉粘膜を通して)他の経路で口腔から及び/又は全身分配用として胃腸管から吸収させることができる。」(甲1段落【0013】)と記載されており,活性成分の吸収部位を口腔粘膜に限定していないものと理解することができる(この点に関し,原告自身,本願発明に係る特許請求の範囲の「口腔粘膜からデスモプレシン酢酸塩を吸収するための」という文言は,デスモプレシン酢酸塩が口腔粘膜から吸収されるものであれば足り,吸収部位を口腔粘膜に限定するものではなく,他の部位からの吸収の可能性を排除するものではない旨主張している。)。他方,引用例1には,ペプチドを活性成分とする口腔内投与用速溶性製剤が記載されており,この製剤は,口腔中で活性成分を放出するためのものであるから(甲4段落【0017】,【0031】),それが口腔内に投与されて崩壊すれば,活性成分が唾液とともに口腔内に広がり,活性成分であるペプチドの一部は,当然本願発明と同様に口腔粘膜から吸収されるものと考えられる。
以上によれば,本願発明と引用発明の相違点2について,実質的な相違点とは認められないとした審決の判断に誤りはない。」
3 取消事由3(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
「原告は,上記実施例,比較例の薬物動態分析の結果から,本願発明に係る製剤のバイオアベイラビリティの向上は,顕著な作用効果であると主張する。この点,上記本願明細書の記載によれば,実施例7と比較例4(なお,比較例4で投与される,比較例2,3は,慣用錠剤処方例であり,比較例4において「投与」とされているのは,口からの投与直後に嚥下するような一般的な経口投与であると認められる。)の薬物動態分析を比較すると,本願発明に係る製剤である実施例4ないし6の製剤を舌下投与した場合,従来の錠剤を経口投与した場合と比較して,バイオアベイラビリティが向上したことが一応認められる。しかし,実施例7が比較例4よりもバイオアベイラビリティに優れているのは,製剤の口腔内投与の中でも,特に,薬剤を分散し難くし,舌下小血管から直接吸収させる方法である舌下投与という投与法に起因する効果と考えるのが相当である上,本願発明に係る製剤と従来の舌下に長時間留めておく舌下剤との間でバイオアベイラビリティを比較した的確な資料はないから,本願発明において活性成分のポリペプチドとしてデスモプレシン酢酸塩を用いた口腔内急速分散性製剤としたことによる顕著な効果があるとまでは認めることができない。」
【コメント】

本願明細書には、従来の口からの投与直後に嚥下するような一般的な経口錠剤を経口投与した比較例に比べて本願発明が優れているデータは示されていた。しかし、進歩性で問題となった引用発明は口腔内崩壊錠であったため、本願発明に顕著な効果があると認められるには、従来の口腔内崩壊錠(舌下錠)と比べたデータを示す必要があった。

フェリング・ファーマ及び協和発酵キリンより販売されているミニリンメルト®OD錠の有効成分であるデスモプレシン酢酸塩水和物(Desmopressin Acetate Hydrate)は、フェリング社で開発されたアルギニンバソプレシン(AVP)の誘導体合成ペプチド。添加物にはゼラチン及びD-マンニトールが含有されていることから、本願はミニリンメルト®OD錠を保護する出願だったと考えられる。

本願に相当する欧米出願は既に特許として成立している(US7,560,429; EP1501534B1)。

参考:

Dec 5, 2012

2012.12.05 「ファイザー リピトール®錠 結晶特許 知財高裁 審決取消判決」

2012年12月5日、ファイザーのプレスリリースによれば、「リピトール®錠」(一般名:アトルバスタチンカルシウム水和物)の結晶形に関する特許の有効性を争っていた審決取消訴訟について、知財高裁は審決を取り消す判決を下した、とのことです。

参考:

Nov 25, 2012

2012.06.06 「ジヤンセン v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10061

審判請求書却下決定の運用と違法性: 知財高裁平成24年(行ケ)10061

【背景】

「てんかんおよび関連疾患を治療するためのスルファメートおよびスルファミド誘導体」に関する出願(特願2007-516789, 特表2008-503488, WO2006/007436)の拒絶査定不服審判(不服2011-14228)における審判請求書却下決定に対する取消請求事件。原告は、取消事由として、本件決定の違法性を主張した。手続きの経緯は下記のとおり。

  • 原告は,平成23年2月21日付で本件拒絶査定を受けた。
  • 原告は,同年7月4日,本件事務所を代理人として,本件拒絶査定に対して本件審判を請求したが,その際,本件請求書の請求の理由欄には,「詳細な理由は追って補充する。」とのみ記載した。
  • 特許庁は,本件請求書を受理してこれに不服2011-14228号との事件番号を付し,特許庁長官により指定された本件審判長は,同年7月19日,特許法133条1項に基づき,本件事務所に対して本件指令書を発送したが,そこには次の記載があった。
    「この審判請求手続について,方式上の不備がありますので,この指令の発送の日から30日以内に,下記事項を補正した手続補正書(方式)を提出しなければなりません。
    上記期間内に手続の補正をしないときは,特許法第133条第3項の規定により審判請求書を却下することになります。

    1.審判請求書の【請求の理由】の欄。
    (注)請求の理由が正確に記載されていません。」
  • 本件事務所は,同年8月18日,特許庁長官に対して手続補正について期間の猶予を求める上申書(本件上申書)を提出した。そこには,「上申の内容」として次の記載があった。
    「本件請求人は,当該請求の理由を記載するのに必要な実験データ等の入手等に手間取っているので,上記指定期間内には十分な請求の理由を記載できないと連絡して参りました。
    したがって,上記書面の提出期間について数ヶ月のご猶予を与えて戴きたく,ここに上申いたします。」
  • 特許庁内部では,「審判事務機械処理便覧」という文書により運用がなされているところ,本件審判の担当審判書記官は,原告又は本件事務所に対して,手続補正書が提出されていない旨の通知(却下処分前通知)を郵送し,あるいは電話で手続続行の意思の有無を確認するなどしなかった。
  • 本件審判長は,同年9月30日,審判長が指定した期間内に原告が命令された補正をしないので,特許法133条3項により本件請求書を却下する決定をし(本件決定),その謄本は,同年10月24日,本件事務所に送達された。

【要旨】

主 文
1 原告の請求を棄却する。(他略)

(判決文抜粋)
~審判長は,特許法131条1項に違反する請求書について,同法133条1項に基づく補正命令により指定した相当の期間内に補正がされなかった場合,いかなる時期に同条3項に基づく当該請求書を却下する決定をするかについての裁量権を有しており,当該決定は,具体的事情に照らしてその裁量権の逸脱又は濫用があった場合に限り,違法と評価されるというべきである。

~特許庁内部では,「審判事務機械処理便覧」という文書により,特許法133条3項に基づく請求書の却下決定に先立って,請求人からの上申書等の有無や却下処分前通知書の発送を確認することとされているものの,当該文書は,前記2(2)イに認定のとおり,あくまでも事務担当者の便益のために特許庁内部における事務処理の運用を書面化したものであるにすぎず,特許法の委任を受けて請求人との関係を規律するものではない。したがって,上記文書は,請求人から上申書等の提出があれば却下決定をしてはならないという趣旨を含むものとはいえない。

~仮にそのような運用の積み重ねによって原告が本件請求書の取扱いについて何らかの期待を抱いたとしても,そのような期待は,特許法の規定を離れて特許庁による事実上の便益の供与の上に安住するものであって,法律上保護に値するものではない。

~そして,本件決定に先立ってこれらの運用を経ていないとしても,そのことは,本件決定がその時期についての裁量権を逸脱又は濫用したとするに足りるものではないから,本件決定について平等原則違反が問題となる余地はない。

~前記2(2)イに認定のとおり,却下処分前通知について記載した「審判事務機械処理便覧」という文書は,あくまでも事務担当者の便益のために特許庁内部における事務処理の運用を書面化したものであるにすぎず,特許法の委任を受けて請求人との関係を規律するものではないし,請求人に対する電話による意思確認も,特許法に根拠を有する手続ではない。したがって,審判長は,請求書の却下決定をするに先立って,請求人に対して却下処分前通知又は意思確認の手続をする義務を負うものではない。

【コメント】

特許法に根拠を有しない運用や慣習に頼って、定められた手続期間を徒過するのは危険である。
本願は化合物発明に関するもののようであり、分割出願もされていないようである。この出願が開発中の医薬品の有効成分を保護する重要なものであったとしたら大変な失敗である。

Nov 19, 2012

2012.05.31 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10277

引用発明の適格性は実施例に限られるか: 知財高裁平成23年(行ケ)10277

【背景】

「セミフルオロアルカン及びその使用」に関する出願(特願2003-344963号)の拒絶審決(不服2008-71)取消訴訟。争点は進歩性の有無。

請求項1:

下記一般式(略)の線形又は分岐セミフルオロアルカンを含む、挿管液体吸入法用液体呼吸剤であって、
-線形セミフルオロアルカンが、下記一般式(略)を有し、
-分岐セミフルオロアルカンが(略)を含む、挿管液体吸入法用液体呼吸剤。

【要旨】

主文
原告の請求を棄却する。(他略)

1 取消事由1(引用例Aに記載された発明の認定の誤り)及び取消事由2(相違点の認定の誤り)について

当裁判所は、
「①引用例Aにおける「CnF2n+1Cn’F2n’+1」との記載は,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」の誤記であり,同引用例には,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」の記載,開示があるとした審決の認定には誤りはなく,原告のこの点の主張は失当であり,また,②引用例Aに記載された発明を「PFOB」のみではなく「CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体であるとした審決の認定には誤りはなく,原告のこの点の主張も失当であり,さらに,③引用例Aは,「部分液体呼吸」について開示したものであるが,本願発明も,「部分液体呼吸」を排除したものではないから,本願発明と引用例Aに記載された発明とは,上記の点を相違点とすべきではなく,「全液体呼吸」についての開示の有無を相違点としなかった審決の認定に誤りがあるとする原告の主張は失当であると解する。」
と判断した。

特に、引用例Aは,「PFOB」のみの記載、開示ではなく、「CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体の記載、開示であるとした審決の認定の当否について、原告は、
「引用例A中に,酸素ガス供給時の呼吸の補助に使用可能な程度にまで具体的・客観的なものとして記載されている液体フルオロカーボンはPFOBだけであり,~「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)を有する化合物」が,呼吸の補助に使用可能であることは何ら実証されておらず,上記化合物の使用は未完成発明であり,引用例としての適格を欠く」
と主張したが、裁判所は、本願優先日当時の当業者の技術常識を踏まえ、引用例Aの記載内容を総合すれば、容易想到性の有無を判断する前提である引用発明としての適格性に欠けるとはいえないと判断した。

2 相違点の判断の誤り(取消事由3)について

裁判所は、
「本件引用発明における線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数は約1から約10,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数は約1から約10であり,これをいずれも3ないし20としたことに特段の技術的意義は認められず,本件引用発明に接した当業者が,本願発明のうち上記相違点に係る発明に至るのは容易であると認められる。」
と判断した。

原告は、
「本願発明では,フッ素原子の一部をフッ素原子より軽い水素原子に置換したセミフルオロアルカンを液体呼吸剤として使用したことにより,肺に導入
する液体の重量を軽減し,呼吸を容易にし,また,本願発明の液体呼吸剤は比較的低密度であるために移動(流動)させ易く,扱いやすいという効果がある」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「引用例Aには,フッ素原子の一部をフッ素原子より軽い水素原子に置換したセミフルオロアルカンである「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)を有する化合物」が開示されていること,また,線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数は,いずれも3ないし10である範囲で重なっていることに照らすならば,本願発明における呼吸剤が,上記化合物に比べて,当業者にとって予測困難な顕著な効果を奏するとは認められない。」
と判断した。

【コメント】

引用例A(特表平6-507636)においては、PFOBのみが実施例に記載され、PFOBの実験結果のみが記載されていた。PFOBを包含する一般式で表される化合物にまで、引用発明として把握できるかどうかという今回の判断は、実施例に基づいて一般化された記載が引用発明として把握できるのかどうかを考えるうえで参考になる事例かもしれない。

Nov 10, 2012

2012.04.27 「A1 v. アステラス」 東京地裁平成21年(ワ)34203

塩酸タムスロシン関連発明の職務発明対価請求事件: 東京地裁平成21年(ワ)34203

【背景】

アステラス(被告)の元従業員である原告(A1)が、被告に対し、ハルナールの有効成分である塩酸タムスロシンに関する物質発明(日本物質特許1443699号)及び塩酸タムスロシンの製法に関する発明(日本製法特許1553822号)の上記職務発明に係る特許を受ける権利を被告に承継させたことによる相当の対価の一部請求として10億円等の支払いを求めた事案である。

【要旨】

主文
被告は,原告に対し,1億6538万円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(他略)

1. 外国特許についての特許を受ける権利の承継についての準拠法
「本件においては~職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,特許法35条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決参照)。~が,その類推適用を前提とした上で,特許を受ける権利は,各国ごとに,また各特許権ごとに,別個の権利として観念し得るものであり,特許を受ける権利の譲渡による相当対価請求についても,同様に,各国ごとに,各特許権ごとに別個の権利として観念し得るものであるから,その権利ごとに訴訟物を異にすると解するのが相当である。」
2. 自己実施による独占の利益(争点(1)-1)

物質特許及び製法特許による重畳的な存続期間における、各特許権ごとの被告が得た超過利益の算定期間及び独占の利益絵の寄与率について、裁判所は下記のように言及した。
「本件物質発明に係る特許権の存続期間は昭和63年6月8日から平成17年2月8日までであり,本件製法発明に係る特許権の存続期間は平成2年4月4日から平成17年11月13日までであるから,本来,各特許権ごとに超過利益を算出すべきである。しかし,本件物質発明に係る特許は物質特許であって,その存続期間中は,他社は被告の許諾を受けない限りその物の発明に係る医薬品を製造販売することはできないのであるから,本件物質発明に係る特許権の存続期間である昭和63年6月8日から平成17年2月8日までの間は,被告が得た超過利益は,本件物質発明による特許がもたらした超過利益とみて差し支えないものであり,本件製法発明に係る特許による超過利益については,本件物質発明に係る特許の存続期間満了後である平成17年2月9日から本件製法発明に係る特許権の存続期間の満了日である平成17年11月13日までの超過利益を算定すれば足りるものというべきである。」

「本件医薬品(ハルナール)は,α遮断剤としては尿路に対する選択性が高く,それまでの前立腺肥大症の治療薬の先行医薬であったファイザー株式会社のミニプレス錠(有効成分はプラゾシン塩酸塩)と比較しても,高い尿路選択性を有する発明であり,他の先行医薬品と比較しても医薬品としての技術的優位性を有しており,そのため,その後の市場におけるシェアは高く,前立腺肥大症関連薬のトップブランドとしての地位を確立した。また,その安全性も高いものであった。これらの事情を考慮すると,日本物質特許による独占の利益は売上高の50%とみるのが相当である。」

「製法発明は物質発明に比較すれば独占力は弱いものの,物質発明の存続期間満了後も,本件医薬品(ハルナール)が相当程度の売上額を維持していること(乙30の1)にかんがみれば,本件製法発明に係る特許による独占の利益は30%とみるのが相当」
3. ライセンス収入(争点(1)-2)

米国における米国物質特許に係る特許権の存続期間は平成21年10月27日までであるところ、原告は、
「北米での売上高については,特許保護延長期間である平成21年10月28日から平成22年4月27日までの売上高を加算すべきである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「弁論の全趣旨によれば,上記特許保護延長期間は,被告がFDAからの要請に基づき,小児神経因性排尿障害に関する臨床データを出したことに関し,独占販売期間が追加的に付与されたものであって,特許法制に基づく保護期間が延長されたものではないから,上記期間における利益は,本件物質特許による利益と認めることはできない。よって,原告の主張を採用することはできない。」
と判断した。

4. 時効消滅(争点(4))

被告は,原告が主張する本件物質発明相当対価請求権及び本件製法発明相当対価請求権は,全部又は一部について時効により消滅したと主張するのに対し,原告は,被告は本件支払を行ったことにより,時効の利益を放棄した又は被告による時効の援用は信義則に反する旨を主張した。

裁判所は、下記のように判断した。
「被告は,本件物質発明及び本件製法発明に係る特許を受ける権利の譲渡に基づく相当の対価請求権について,その時効の完成を知っていたものであるが,上記支払をした各特許については,実施による利益の有無等の検討を行った上で,実施時補償としての本件支払を行ったことが認められる~このような被告の行動を評価すれば,本件物質発明及び本件製法発明に係る特許のうち,被告現行規程に基づいて実施時補償をせざるを得ないものについては,その支払の妨げとなる時効の利益を放棄した上で,被告現行規程に基づき算定した額を相当対価の額として支払ったものと解するのが相当である。よって,支払部分についてのみ時効利益を放棄した旨の被告の主張を採用することはできず,被告現行規程に基づいて実施時補償をした日本製法特許,米国特許,欧州特許,スペイン製法特許については時効の利益を放棄したものと解するのが相当である。
他方,原告の日本物質特許に係る請求,スペイン・ロシア・ポルトガルの物質特許に係る請求については,上記各権利とは別個の請求権として成立しているものであり,これらについては,被告現行規程に基づく支払の事実がなく,これらについて被告が時効利益の放棄をする意思は認められない。
そして,被告は,平成21年11月11日の本件第1回口頭弁論期日において,上記各請求権について消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 したがって,原告の日本物質特許に係る請求,スペイン・ロシア・ポルトガルの物質特許に係る請求については,時効により消滅しており,その請求を認めることができない。」
【コメント】

相当対価の額の算定について、裁判所が判断した下記の点が興味深い。

・裁判所の考え方に基づけば、物質特許と存続期間が重複するいわゆるライフサイクル特許により使用者等が得るべき利益の額の算定には、物質特許と重複する存続期間は算入しない。その重複期間は物質特許による独占力がもたらしたものと考えるからである。

・本件において、裁判所は、日本物質特許による独占の利益は売上高の50%、日本製法特許による独占の利益は売上高の30%とみるのが相当であると判断した。(根拠は不明)

・原告は、米国における小児適用による特許の6か月の延長期間も算入すべきと主張したが、これは認められなかった。

Nov 3, 2012

2012.05.28 「イッサム リサーチ v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10203

進歩性判断における技術常識の把握と後出しデータの参酌: 知財高裁平成22年(行ケ)10203

【背景】

「腫瘍特異的細胞傷害性を誘導するための方法および組成物」に関する出願(特願2000-514993号; 特表2001-519148)の拒絶審決(不服2006-7782)取消訴訟。争点は進歩性の有無。

請求項1:
細胞傷害性の遺伝子産物をコードする異種配列に機能的に連結されたH19 調節配列を含むポリヌクレオチドを含有する,腫瘍細胞において配列を発現させるためのベクターであって,前記腫瘍細胞が膀胱癌細胞または膀胱癌である,前記ベクター。
引用発明1は、アデノウイルスに腫瘍特異的に発現させることのできる発現シグナル(例えばα-フェトプロテインプロモーター)を発現すると毒性のある産物を産生することになる異種配列(例えばチミジンキナーゼ遺伝子)とともに組み込んでベクターとし、このアデノウイルスベクターを標的となる腫瘍細胞に感染させて、感染後発現した異種配列に係る毒性産物で当該腫瘍細胞を傷害する発明であり、審決は、上記α-フェトプロテインプロモーター等の発現シグナルをH19遺伝子の調節配列のうちのH19プロモーターと置き換え(相違点(i))、標的となる癌(腫瘍)として膀胱癌を選択する(相違点(ii))ことが容易であると判断したものである。

【要旨】

主 文
特許庁が不服2006-7782号事件について平成22年2月9日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所は、
「~本件優先日(平成9年10月3日)当時,外来の遺伝子を送達して腫瘍(癌)を傷害する種々の試みがなされていたが,導入遺伝子を発現させるプロモーターの活性が不十分であるなどの理由のため上記発現が困難であったり,宿主の免疫反応が障害になったりするなどして,いずれも十分に成功しておらず,これが当時の当業者一般の認識であったことが認められる。 また,~本件優先日当時,~H19遺伝子の生物学的機能は完全には解明されていなかったものである。また,~引用例3にH19遺伝子の発現の状況が記載されているとしても,この記載に基づく発明ないし技術的事項を単純に引用発明1に適用して,腫瘍(癌)の傷害という所望の結果を当業者が得られるかについては,本件優先日当時には未だ未解明の部分が多かったというべきである。したがって,引用発明1に引用例3記載の発明ないし技術的事項を適用しても,本件優先日当時,当業者にとって,引用発明1のα-フェトプロテインプロモーター等の発現シグナルをH19遺伝子の調節配列のうちのH19プロモーターと置き換え(相違点(i)),標的となる癌(腫瘍)として膀胱癌を選択する(相違点(ii))ことが容易であると評価し得るかは疑問であるといわなければならない。」
と判断した。

また、原告は審判の段階で参考資料を提出して本願発明1の顕著な効果を説明したが、審決は出願後に公表された論文等であるとしてこれらを参酌しなかった点に関して、裁判所は、
「~本願明細書の段落【0078】には,具体的に数値等を盛り込んで作用効果が記載されているわけではないが,上記①,②は上記段落中の本願発明1の作用効果の記載の範囲内のものであることが明らかであり,甲第10号証の実験結果を本願明細書中の実験結果を補充するものとして参酌しても,先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきである。 そうすると,本願発明1には,引用例1,3ないし6からは当業者が予測し得ない格別有利な効果があるといい得るから,前記(1)の結論にもかんがみれば,本件優先日当時,当業者において容易に本願発明1を発明できたものであるとはいえず,本願発明1は進歩性を欠くものではない。」
と判断した。

被告は、
「本願明細書の9節では,他の実施例には存在する「結果と考察」欄が記載されていない上に,他の実施例では過去形で実験結果が記載されているのとは対照的に,現在形で実験結果が記載されているし,原告が真に実験を行っていれば,乙第6号証のように容易にその結果を本願当初明細書に記載できたはずであって,作用効果の記載(段落【0078】)は,いわば願望を記載したものにすぎない」
と主張した。

しかしながら、裁判所は、
「段落【0078】を含む9節には曲がりなりにも実験結果が記載されているのであって,記載中の項目立ての体裁や文章の時制が異なるからといって,架空の実験を記載したものと断定することはできない。~かかる論文が存在するからといって,本願発明1の発明者らが,本件優先日当時に本願発明1のベクターを用いた実験を行っておらず,乙第6号証記載の実験がされるまで必要な実験をしなかったとする被告の主張は,憶測の域を出るものではなく,これを採用することはできない。」
と判断した。

【コメント】

本事件は、技術常識の把握が進歩性の結論に影響を与えた事例であると同時に、いわゆる後出しデータの参酌が認められた事例でもある。
裁判所は、優先日当時の技術常識を検討したことによって、特許庁の論理づけを否定した。
また、後出しデータを参酌しても先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきであると判断し、格別有利な効果があるとして進歩性を肯定した。確かに段落【0078】には具体的な数値で結果が示されているわけではないが、「マウスの実験群内の膀胱腫瘍は、マウスの対照群内の膀胱腫瘍に比べてサイズ及び壊死が減少している。」と定性的な結果が示されており、引用発明と比較した効果についての説明を行うために、その記載された実験に基づく結果を補充することは許されると考えることは進歩性の判断として妥当だったと考える。進歩性の判断において後出しデータが参酌されるかどうかの判断が、審決と判決とでしばしが異なることがあり、欧米と比べて、判断ラインがあいまいな日本の審査基準の欠陥のひとつといえる。

DTA-H19(BC-819)はBioCancellが開発を継続している抗がん剤。

参考:

Oct 28, 2012

2012.03.28 「ディーオーブイ v. 特許庁長官」 拒絶査定不服審判事件 2009-11760

公知ラセミ体を構成する一方の光学異性体の進歩性: 不服2009-11760

【背景】
「(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]ヘキサン、その組成物および使用」に関する出願(特願2002-565944、WO02/66427、特表2005-500983)の拒絶査定不服審判請求事件。公知ラセミ体を構成する一方の光学異性体の進歩性が争点。

  • 請求項1(本願発明1):
    「それぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩。」
  • 刊行物1(特開昭58-13568号):
    「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン塩酸塩」の発明(引用発明)が記載。
    本願発明と引用発明を対比すると、本願発明は、(-)-エナンチオマーを実質的に含まない、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩であるのに対し、引用発明はいずれのエナンチオマーの含有量も明らかにされていない点で相違。
  • 刊行物2(社団法人日本化学会 編,光学異性体の分離〔季刊化学総説No.6〕,株式会社学会出版センター,1989年,p.2-3,5-7,9,212-213):
    光学活性体、すなわち、エナンチオマー(対掌体)に関する総説であり、当該分野における本願優先日における技術常識を示すものであると認められる。

【要旨】

本願発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであると判断された。

刊行物1に記載された引用発明と本願発明との相違点について、下記のように判断された。
「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンが1対のエナンチオマーとして存在することは、その化学構造から当業者に明らかである。また、1対のエナンチオマーのそれぞれは(+)と(-)の反対符号の旋光性を示す、すなわち、光学活性なものであることは、化学の分野における技術常識である。そして、刊行物1においては、エナンチオマーを特定して記載していないことから、引用発明の化合物は、エナンチオマーの等量混合物であるラセミ体であると認められる。
~そうすると、その化学構造から1対のエナンチオマーの存在が明らかな医薬化合物である引用発明について、その各エナンチオマーを薬理効果や副作用等の観点から評価するために、刊行物2に例示されたような周知慣用の方法によってこれらを分離精製して、(+)-エナンチオマーについては、(-)-エナンチオマーを実質的に含有しないものとすることは、当業者が容易になし得たことである。」
本願発明の効果については下記のように判断された。
「上記表1及び2に記載されたKiについて、ラセミ体と(+)-エナンチオマーとで比をとると、ノルエピネフリン輸送体及びセロトニン輸送体に対するラセミ体のKiは、それぞれ、(+)-エナンチオマーのKiの1.73倍及び2.32倍であると認められる。しかし、刊行物2の摘示(2ア)の「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである.」との記載などからみると、ラセミ体と(+)-エナンチオマーとで、1.73倍及び2.32倍程度のKi値の違いがあることは、当業者の予測を超えるものではない。」
請求人は、
(1) 米国引用文献1について特許されたときから約6又は7年後(引用文献1に係る出願日からかなり後)に、発明者であるDr.Epsteinが、その当時知られていたエナンチオマーを得るための方法を使用したが、それぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン又はその製薬上許容される塩を得ることはできなかったこと、
(2) 一方のエナンチオマーの活性が他方のエナンチオマー又はラセミ体と比較して高いのか、又は低いのか、或いは活性自体を有しないのかを予測する方法や合理的な科学的根拠は従来技術において存在せず、このような活性を予測することはできないこと、
(3) (+)-エナンチオマーが顕著に増強した薬物動態的特性を有しており、この驚くべき結果はこれまでに報告されておらず、従来技術から決して予測できるものではないこと
を主張した。

しかし、Dr.Epsteinが具体的にどのような方法を使用した結果であるのかデクラレーションの記載を精査しても明らかでなく、また、その分離可能性を検討した時点は、引用文献1に係る出願日からかなり後とはいっても、本願優先日の16年以上も前であり、請求人の主張は、前提とする技術常識のレベルを殊更に引き下げることによって本願発明の容易想到性を否定しようとするものであって、妥当性を欠くものである、と判断された。
また、請求人が主張する(+)-エナンチオマーが体内動態において優れた特性を示すものであるという点については、本願明細書には何ら記載されていないから、本願明細書に記載された効果について説明するものではないと判断され、請求人の反論については認められなかった。

【コメント】

公知ラセミ体を構成する一方の光学異性体の進歩性について参考となる審決である。
2004年、Merck & Co.とDOV Pharmaceuticalは、DOV 21,947(EB-1010、amitifadine)についてのライセンス契約を締結したが、2006には解消。その後、DOVを買収したEuthymicsが抗うつ薬として開発を継続しているようである。

Oct 20, 2012

2012.05.07 「沢井製薬 v. ワーナー・ランバート」知財高裁平成23年(行ケ)10091

アトルバスタチンの安定化製剤特許: 知財高裁平成23年(行ケ)10091

【背景】
ワーナー・ランバート(被告)が保有する「安定な経口用のCI-981製剤およびその製法」に関する特許(3254219)に対して、沢井製薬(原告)がした無効審判請求を不成立とした審決(無効2009-800236)の取消訴訟。

請求項1:
混合物中に,活性成分として,〔R-(R*,R*)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル)-1H-ピロール-1-ヘプタン酸半-カルシウム塩および,少なくとも1種の医薬的に許容し得る塩基性の安定化金属塩添加剤を含有する改善された安定性によって特徴づけられる高コレステロール血症または高脂質血症の経口治療用の医薬組成物。
(以下、「〔R-(R*,R*)〕-2-(4-フルオロフェニル)-β,δ-ジヒドロキシ-5-(1-メチルエチル)-3-フェニル-4-〔(フェニルアミノ)カルボニル)-1H-ピロール-1-ヘプタン酸」を「CI-981」という。)

審判請求の中で、原告は、無効理由のひとつとして、「本件発明は特開平2-6406号公報(甲1),特開平3-58967号公報(甲2)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」と主張したが、審決は、(ア)甲1記載の発明におけるプラバスタチンに代えて、甲2記載のCI-981半カルシウム塩を使用することを当業者が容易に想到し得たとすることはできない、(イ)甲2を主引用例としても、本件発明1の進歩性は否定できない、と判断した。なお、審決は、本件発明1と甲2発明との対比をしていない。

【要旨】

主文
特許庁が無効2009-800236号事件について平成23年2月8日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所は、下記のとおり判断し、原告主張の取消事由2(甲2に記載された技術内容の認定誤りによる容易想到性判断の誤り)は理由があるとした。
「~甲2の特許請求の範囲の請求項6には,本件発明1のCI-981半カルシウム塩に相当する化合物~が記載されている。 ~そしてCI-981半カルシウム塩に該当する化合物が「最も好ましい態様」であることが記載されている。
そうすると,審決が判断の前提としたように,CI-981半カルシウム塩がラクトン体に比べて有利な化合物であり,そのことは本件発明において見出された,と評価することはできないのであり,本件発明1は,単に「最も好ましい態様」としてCI-981半カルシウム塩を安定化するものと認めるべきである。 したがって,甲1発明との相違点判断の前提として審決がした開環ヒドロキシカルボン酸の形態におけるCI-981半カルシウム塩についての認定は,本件発明1においても,また甲2に記載された技術的事項においても,硬直にすぎるということができる。この形態において本件発明1と甲2に記載された技術的事項は実質的に相違するものではなく,この技術的事項を,甲1発明との相違点に関する本件発明1の構成を適用することの可否について前提とした審決の認定は誤りであって,甲1発明との相違点の容易想到性判断の前提において,結論に影響する認定の誤りがあるというべきである。」
【コメント】

審決はなぜ、甲2にCI-981が記載されていることを認定しておきながら、しっかり対比しなかったのか。
2つの引用例を組み合わせる論理付けを検討する際に、発明の特徴部にあたる部分が記載されている引用発明と、発明の基本構成にあたる部分が記載されている他方の引用発明の、どちらを主引用例とし、どちらを副引用例として互いを組み合わせるか、その組み合わせ手法が論理付けに与える影響に注意する必要がある。

CI-981とはAtorvastatinのこと。米国ワーナー・ランバート社(現:米国ファイザー社)により新規に合成されたHMG-CoA還元酵素阻害作用を有する化合物。アトルバスタチンカルシウム水和物(Atorvastatin Calcium Hydrate)の製剤であるリピトール®錠として、日本では山之内製薬(現:アステラス製薬)とワーナー・ランバート(現:ファイザー)が共同開発し、2000年に承認された。高コレステロール血症、家族性高コレステロール血症に対し優れた有用性が認められている。製剤中の添加物として、本件特許発明の特徴である「塩基性の安定化金属塩添加剤」に相当する沈降炭酸カルシウムが含まれている。

本件無効審判請求人である沢井製薬は2011年7月にリピトールの後発品としての製造販売承認を取得し同年11月から販売している。

参考:

Oct 14, 2012

2012.10.05 「サノフィ アレグラ®後発医薬品に対する侵害訴訟提起」

サノフィのプレスリリースによると、同社は、アレルギー性疾患治療剤「アレグラ®」(一般名:フェキソフェナジン塩酸塩; Fexofenadine Hydrochloride)の後発医薬品について、本年8月15日に製造販売承認を取得したエルメッドエーザイ、小林化工、大正薬品工業の3社に対し、10月5日、特許第3041954号及び特許第3037697号の専用実施権に基づき、侵害差止を求める訴訟を東京地方裁判所に提起したとのことです。
一方、エルメッドエーザイのプレスリリースによると、同社は、2012年9月19日付けで両特許の無効審判の請求をしたとのことです。

参考:

ところで、過去の報道によれば、同特許の有効・無効を争っていたサノフィと沢井製薬及び高田製薬との間では和解が成立(2012年7月)したとのこと。沢井製薬及び高田製薬による無効審判請求は取り下げられました。

参考:

2012年2月15日に、日医工サノフィ・アベンティス株式会社が、すでに後発品(いわゆるオーソライズドジェネリック(AG))の承認を受けたり、2012年7月2日に、サノフィ・アベンティスが、スイッチOTC(アレグラFX、アレグラα、アレグラフレッシュ、アレグラファイン)として一般用医薬品の承認を受けたりしていますが、沢井製薬及び高田薬品との争いも和解となったためか、まだいずれも発売はされていないようです。今後の上記3社との侵害訴訟の成り行き次第ということになるのかもしれません。

参考:

Oct 9, 2012

2012.04.27 「アンティキャンサー v. 大鵬薬品」 東京地裁平成21年(ワ)31535

リサーチツール特許に関する争い: 東京地裁平成21年(ワ)31535

【背景】

「ヒト疾患に対するモデル動物」に関する特許権(第2664261号)を有していた原告(アンティキャンサー)が、被告(大鵬薬品)に対し、①浜松医大勤務医師らが被告の委託を受けて新規抗がん剤(TSU68)の評価実験に使用した実験用モデル動物(本訴マウス)が、原告の特許発明の技術的範囲に属するものである、②被告が上記医師らに委託して上記動物評価実験を行わせたことが、同医師らを手足として用いた被告による特許権侵害行為又は同医師らの特許権侵害行為を幇助する共同不法行為に当たる旨主張して、特許権侵害の不法行為又は共同不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。

原告は、別件訴訟(前訴)において、平成11年に、被告、武田薬品及び日本新薬の委託を受けて国が浜松医大において行った実験で使用した「メタマウス(前訴マウス)」は、本件発明の技術的範囲に属するものであるから、国及び被告に対し、前訴マウスの使用の差止め等を求める訴訟を提起した。しかし、控訴審(東京高裁平成14年(ネ)675)で、前訴マウスは構成要件Bの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」を充足しないと判断され、原告控訴は棄却され、上告棄却(不受理)、判決は確定していた。

主な争点:
(1) 本件訴えの提起が、前訴の蒸し返しであって、訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反するか、その結果、本件訴えは、不適法といえるか(争点1)。
(2) 本訴マウスが本件発明の技術的範囲に属するか(争点2)。
(3) 原告による本件発明に係る本件特許権の行使が特許法104条の3第1項により制限されるか(争点3)。

請求項1(本件発明を構成要件に分説すると以下のとおり):
A ヒト腫瘍疾患の転移に対する非ヒトモデル動物であって,
B 前記動物が前記動物の相当する器官中へ移植された脳以外のヒト器官から得られた腫瘍組織塊を有し,
C 前記移植された腫瘍組織を増殖及び転移させるに足る免疫欠損を有する
D モデル動物。

【要旨】

主文
1 原告の請求を棄却する。(他略)

裁判所は、下記のとおり、本訴マウスが本件発明の技術範囲に属するとの原告の主張は理由がないと判断した。
「前訴と本訴は,訴訟物を異にし,差止め又は損害賠償の対象とされた被告の侵害行為等が異なり,しかも,本訴は前訴と異なる争点をも含むものであるから,原告による本訴の提起が,前訴の蒸し返しであって,訴権の濫用に当たり,違法であるとまで認めることはできない。
しかし,本訴において,前訴における争点と同一の争点である構成要件Bの解釈について前訴と同様の主張をすること及び前訴で主張することができた均等侵害の主張をする点においては,前訴の蒸し返しであり,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。
~以上によれば,本件発明の構成要件Bの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」については,前訴の各判決が認定判断したとおり,ヒト器官から採取した腫瘍組織塊そのものをいい,ヌードマウスの皮下で継代した腫瘍組織塊を含まないと解すべきである。
しかるところ,本訴マウスが有する腫瘍組織塊は,ヌードマウスでの皮下継代を経たものであって,ヒト器官から採取した腫瘍組織塊そのものではないから,本訴マウスは,構成要件Bを充足しない。
また,原告の均等侵害の主張は,訴訟上の信義則に反し,審理の対象とすべきでないことは,上記のとおりである。」
裁判所は、念のため、原告が主張する均等侵害の成否について判断したが、均等論の第4要件を満たさないとして原告の均等侵害の主張を認めなかった。

さらに裁判所は、念のため、争点3についても判断しており、仮に原告が主張するように本訴マウスが本件発明の技術範囲に属するとした場合であっても、本件特許には被告主張の無効理由(サポート要件違反及び進歩性欠如)があり、特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから、特104条の3第1項の規定により、本件発明に係る本件特許権を行使することはできないと言及した。

【コメント】

大鵬薬品から委託を受けて浜松医大勤務医師らが試験していたのは新規抗がん剤TSU68(Orantinib)。
2012年6月末時点での「大塚グループ 開発品目一覧表」によれば、PIIIの開発段階にある。

リーサーチツール特許についての問題に関しての参考:




Oct 1, 2012

2012.04.23 「遼東化学 v. 宇部興産・田辺三菱」特許無効審判事件 2011-800097, 2011-800098

公知ラセミ体を構成する一方の光学異性体の新規性・進歩性: 無効2011-800097, 2011-800098

「光学活性ピペリジン誘導体の酸付加塩及びその製法」に関する特許(特許第4562229及び特許第4704362)の特許無効審判請求事件。公知ラセミ体を構成する一方の光学異性体の新規性・進歩性が争点。

特許庁審判部は、引用文献にその異性体を実際に単離できたことを示す記載がないことや、その異性体の取得に困難性があったことなどから、これら特許発明の新規性・進歩性を支持する結論を導いた。

これら特許は、田辺三菱が販売している「タリオン®錠5㎎」、「タリオン®錠10㎎」、「タリオン®OD錠5㎎」、「タリオン®OD錠10㎎」の有効成分であるベポタスチンベシル酸塩(bepotastine besilate)の医薬用途特許および同有効成分の物質特許。いずれも特許権の存続期間満了日は2017年12月19日。

タリオン錠は宇部興産ならびに田辺三菱の共同研究により創成された抗アレルギー剤。国内において、2000年7月に効能・効果をアレルギー性鼻炎としてタリオン錠(普通錠)が承認され、その後、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う掻痒(湿疹・皮膚炎,痒疹,皮膚掻痒症)の効能・効果については2002年1月に承認、タリオンOD錠は2007年3月に承認されている。

8月にタリオンの後発品が製造承認されている。12月の後発品追補収載はどうなるか。IPDLの経過情報によれば、本件は知財高裁に出訴されたようである(平成24年(行ケ)10206及び平成24年(行ケ)10207)。知財高裁の判断が気になるところである。

参考:

Sep 27, 2012

2012.09.27 アクトス併用療法 特許侵害訴訟 大阪地裁判決

沢井製薬のプレスリリースによると、沢井製薬が製造販売する「ピオグリタゾン錠15mg/30mg「サワイ」」(先発品名:アクトス錠)に対し、沢井製薬製品と他糖尿病薬との併用療法が、武田薬品の保有する2件の「組合せ特許」に抵触するとして、同社(原告)より大阪地裁に提訴されていた特許侵害訴訟に関し、大阪地裁は本日9月27日付で原告の訴えを棄却する旨の判決を下したとのことです。

本件は、沢井製薬らが、2011年6月にピオグリタゾン錠(ジェネリック医薬品)を薬価収載し、製造販売を予定していることに対し、武田薬品が沢井製薬ら8社(被告)に対し、ピオグリタゾン錠の製造販売の差止を求める訴訟を同年6月13日付で大阪地裁に提起し、以降、同地裁で係争が続いていたもの。

今回の判決では、「被告が単剤である被告製品を販売することは、たとえ医療機関において他糖尿病薬と同時に処方されたとしても、本件『組合せ特許』に対し直接的及び間接的にも侵害を構成するものではなく、さらに当該特許は新規性及び進歩性がなく無効とすべきものである」と判断され、「組合せ特許」の抗力の及ぶ範囲が明確に判断されたとのことです。

なお、本件「組合せ特許」に関しては、別途、無効審判の審決に対する審決取消訴訟の知的財産高等裁判所の判決に対し、武田薬品が平成24年4月23日付で上告し、現在最高裁判所に係属しているとのことです。

参考:

Sep 23, 2012

2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10148

アクトス(ACTOS)併用発明の新規性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10148

【背景】
武田薬品(被告)の特許(第3148973号)に対する沢井製薬(原告)の特許無効審判の請求について、請求は成り立たないとした審決(無効2010-800087)(参照: 2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088)の取消訴訟。

請求項(本願発明):
1. (1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
2. (1)ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる,副作用の軽減された糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療薬
3. 副作用が消化器障害である請求項2記載の医薬
4. 消化器障害が下痢である請求項3記載の医薬
5. α-グルコシダーゼ阻害剤がボグリボースである請求項1記載の医薬
6. ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容しうる塩1重量部に対し,α-グルコシダーゼ阻害剤を0.0001~0.2重量部用いる請求項1記載の医薬
7. (1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる,これらの薬剤の単独投与に比べて血糖低下作用の増強された糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
8. α-グルコシダーゼ阻害剤がボグリボースである請求項7記載の医薬
9. ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩1重量部に対し,α-グルコシダーゼ阻害剤を0.0001~0.2重量部用いる請求項7記載の医薬
10. (1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる,これらの薬剤の単独使用の場合と比較した場合,少量を使用することを特徴とする糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
11. α-グルコシダーゼ阻害剤がボグリボースである請求項10記載の医薬
12. インスリン感受性増強剤1重量部に対し,α-グルコシダーゼ阻害剤を0.0001~0.2重量部用いる請求項10記載の医薬

【要旨】

主文
特許庁が無効2010-800087号事件について平成23年3月22日にした審決を取り消す。(他略)

1. 取消事由1(引用例3に基づく本件発明1等の新規性に係る判断の誤り)について

裁判所は下記のとおり判断した。
「以上のとおり,引用例3の図3には,「ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,アカルボース,ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬」という構成の発明が記載されているものと認められ,当業者は,本件優先権主張日当時の技術常識に基づき,当該発明について,両者の薬剤の併用投与によるいわゆる相加的効果を有するものと認識する結果,ピオグリタゾン等の単独投与に比べて血糖低下作用が増強され,あるいは少量を使用することを特徴とするものであることも,当然に認識したものと認められるほか,下痢を含む消化器症状という副作用の軽減という作用効果を有することも認識できたものと認められる。
したがって,引用例3の図3には,本件発明1等の構成がいずれも記載されており,本件優先権主張日当時の技術常識を参酌すると,その作用効果又は作用効果に関わる構成もいずれも記載されているに等しいというべきであって,これらの発明は,いずれも特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明(特許法29条1項3号 )であるというほかない。
よって,本件審決は,引用例3の図3に記載の発明についての認定を誤り,ひいては本件発明1等に関する特許法29条1項3号 の適用を誤るものであって,取消事由2(引用例4に基づく本件発明1等の新規性に係る判断の誤り)について判断するまでもなく,取消しを免れない。」
2. 取消事由3(本件各発明の容易想到性に係る判断の誤り)

裁判所は以下のとおり判断した。
「以上によれば,引用例3の図3に記載の発明において,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩とα-グルコシダーゼ阻害剤とを併用投与するに当たって,各用量をどのように特定するかは,投与者がそれにより得ようとするいわゆる相加的効果の内容に応じて適宜設計すれば足りる事項であるというべきであって,本件発明6,9及び12の前記相違点に係る構成は,実質的な相違点とはいえないか,せいぜい当業者が容易に想到することができるものであるといえる。
~よって,当業者が本件各発明(特に,本件発明6,9及び12)を容易に想到できないとした本件審決の判断は,特許法29条2項 の適用を誤るものであり,本件審決は,取消しを免れない。」
【コメント】

新規性判断において、特許庁は、
「図3には,肥満患者(肥満+)においてα-グルコシダーゼ阻害剤とピオグリタゾン(AD-4833)とを併用することについて示されているが(3c),ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるアカルボース,ボグリボース又はミグリトールとを併用することにより実際に糖尿病治療が行われたことや,その併用について糖尿病治療に係る薬理効果を実際に確認したことについては何ら記載がない。」
と認定し、ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるアカルボース、ボグリボース又はミグリトールとの組み合わせに係る薬理効果の実証を伴わない記載のみからでは、刊行物において本件発明が記載されているとは認められないと判断していた(参照: 2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088)。被告(武田薬品)も、併用医薬発明は併用効果を奏する場合に初めて発明として完成するものであるから優先権主張日当時に技術的思想として確立されていたとはいえず、引用例に本願発明が記載されていたということはできないと主張した。しかし、結局、裁判所は新規性なしと判断した。優先権主張日当時の技術常識から、引用発明としての併用効果がどのように認識できるかどうかという点も含め、刊行物に記載された引用発明の認定において特許庁と裁判所の判断が割れた形となった。

「物」または「医薬用途」の発明の新規性判断において、引用発明の適格性にその効果の記載は必須か、必須でなくても明細書の記載や技術常識からどのように認識され、判断されるのか、過去の事例とともに参考になる事案である(参考: 記載要件/引例適格/データは必要か)。

また、本件発明2ないし4には「副作用の軽減された」との作用効果に関わる構成があり、これらも、当時の技術常識を参酌すれば引用発明に記載されているに等しいと裁判所は判断した。発明の作用効果に関するクレームの構成が引用発明との一致点・相違点の認定においてどのように判断されるのかということを検討する上で参考になる事例といえる(以下参考)。

また、特許庁は、進歩性判断において、
「本件特許明細書の実験例1において示される併用効果が相加効果又は相乗効果のいずれであるのかまでは直ちには判断し得ないとしても,ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用による本件発明1の効果は,甲第1~4号証における記載からは当業者が予測できない格別顕著なものであると言うべきである。」
とし、本件発明に係る糖尿病治療薬は、これら刊行物の記載から当業者が容易に想到することができたとは認められないと判断していた。しかし、裁判所は、 取消事由1(新規性に係る判断の誤り)についての判決文中で、
「本件明細書は,塩酸ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにする余地があるにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。したがって,本件明細書には,本件各発明の作用効果の顕著性を判断するに当たり,被告が援用する乙20ないし23(被告所属の技術者が作成した実験成績証明書等)の記載を参酌すべき基礎がないというほかない。」
と言及しており、出願後に提出された実験成績証明書の参酌を認めなかった(別事案も参照: 2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147)。出願後の実験データの参酌が認められる要件について整理される必要があるのではなかろうか。

参考:

Sep 17, 2012

2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147

アクトス(ACTOS)併用発明の進歩性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147

【背景】
武田薬品(被告)の特許(第3973280号)に対する沢井製薬(原告)の特許無効審判の請求について、当該特許の一部(請求項1~6)を実施可能要件及びサポート要件違反による無効とし、その余について請求が成り立たない(請求項7~9は実施可能要件及びサポート要件に違反せず、進歩性もあり)とする審決(無効2010-800088)がされた(参照: 2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088)。

沢井製薬(原告)は請求を不成立とした部分の取消しを求め(第10147号事件)、武田薬品(被告)は当該特許を無効とした部分の取消しを求め(第10146号事件)たため、これら事案が併合された事件である。

請求項(本件発明):
1. ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
2. ビグアナイド剤がフェンホルミン,メトホルミンまたはブホルミンである請求項1記載の医薬
3. ビグアナイド剤がメトホルミンである請求項1記載の医薬
4. 医薬組成物である請求項1記載の医薬
5. 医薬組成物が錠剤である請求項4記載の医薬
6. 0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩を含有する請求項1記載の医薬
7. 0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
8. 医薬組成物である請求項7記載の医薬
9. 医薬組成物が錠剤である請求項8記載の医薬
【要旨】

主文
特許庁が無効2010-800088号事件について平成23年3月22日にした審決を取り消す。(他略)

1. 取消事由1(本件発明7ないし9に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)及び3(本件発明1ないし6に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)について

(1) 実施可能要件について

裁判所は、
「物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。~本件各発明が実施可能であるというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に本件各発明を構成する各薬剤等を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるというべきである」
と言及したうえで下記の通り判断した。
「本件明細書には,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩,ビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン又はブホルミン)及びグリメピリドの製造方法の記載がないものの,本件出願日当時の当業者は,当時の技術常識に基づき当該各薬剤を製造することができたものと認められ,本件明細書には,これらからなる医薬組成物や錠剤の製造方法についての記載があるから,本件明細書は,本件各発明のいずれについても実施可能要件を満たすものといえる。よって,本件発明7ないし9について本件明細書に実施可能要件の違反がないとした本件審決の判断は,その措辞が必ずしも明快ではないものの,結論に誤りがあるとまではいえず,原告の取消事由1の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がない。
他方,本件審決は,本件発明1ないし6について本件明細書に実施可能要件の違反があると結論付けているが,その理由と目される部分は,専ら後記のサポート要件の適否を説示したものであって,実施可能要件について説示したものとは思われない。よって,本件発明1ないし6について本件明細書が法36条4項に違反するとした本件審決の判断は,その理由を形式的にも実質的にも欠くものとして到底是認することができず,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がある。」
(2) サポート要件について

裁判所は、
「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである」
と言及したうえで下記の通り判断した。
「ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用実験に関する記載はなく,その記載のみからは,直ちに本件発明1ないし3が本件各発明の前記課題を解決できると認識できるとは限らない。
~しかしながら,~糖尿病患者に対するインスリン感受性増強剤とビグアナイド剤との併用投与という技術的思想は,それ自体,本件出願日当時の当業者に公知であったと認められるばかりか,前記1(4)に認定のとおり,臨床試験中のインスリン感受性増強剤としてピオグリタゾンが存在することや,ビグアナイド剤としてフェンホルミン,メトホルミン及びブホルミンが存在することは,同じく当時の当業者の技術常識であったものと認められる。
以上によれば,当業者は,インスリン感受性増強剤であるピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩の投与により血糖値の降下を発生させる場合に,併せてこれとは異なる作用機序で血糖値を降下させるビグアナイド剤であるフェンホルミン,メトホルミン又はブホルミンも投与すれば,ピオグリタゾンとは別個の作用機序で,やはり血糖値の降下を発生させることができ,もって本件各発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定できるものというべきである。
~したがって,本件明細書の記載は,本件出願日当時の技術常識に照らすと当業者が本件各発明の前記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,本件発明1ないし3は,本件明細書に記載されたものであるということができる。~よって,本件明細書は,本件発明1ないし6について,サポート要件に違反するものではないというべきであるから,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分も理由がある。」
以上に対して、原告は、
「ビグアナイド剤と本件明細書に実施例が記載されているα-グルコシダーゼ阻害剤等とでは作用機序,臨床適応及び副作用の点でいずれも相違し,本件明細書の記載では,ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用投与(本件発明1ないし6)の効果について当業者が認識できなかったから,本件明細書は,サポート要件に違反するものである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「ビグアナイド剤がインスリン感受性増強剤であるピオグリタゾンとは異なる作用機序を有することが知られており,両者が拮抗するなどの証拠が見当たらない以上,当業者が本件出願当時の技術常識に基づいてピオグリタゾンとビグアナイド剤とを併用することによって得られる効果の存在を認識できることに代わりはないから,ビグアナイド剤の実施例が記載されていないからといって,サポート要件に違反することになるものではない。よって,原告の上記主張は,採用できない。」
と判断した。

また、裁判所は、本件発明7ないし9についても、上記と同様のロジックでサポート要件に違反するものではないと判断した。

2. 取消事由2(本件発明7ないし9の容易想到性に係る判断の誤り)について

裁判所は、
「引用例3の図3には,「ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬」という発明が記載されているものと認められ,その結果,本件審決が認定した本件発明7との相違点1は存在しないものというべきである。すなわち,本件審決による引用発明の認定は誤りであり,これに伴い,本件審決が認定した相違点1も,その存在を認めることができず,本件発明7と引用例3に記載の発明との相違点は,本件審決が認定した相違点2にとどまる。
イ そこで,次に,相違点2に係る容易想到性についてみると,ピオグリタゾンの作用機序は,前記1(4)に認定のとおり,本件出願日当時の技術常識であったことに加えて,引用例3には,前記1(3)ウ(イ)に記載のとおり,ピオグリタゾンが30mg/日で十分な血糖降下作用を発揮するものと思われる旨の記載があるところ,糖尿病患者の体重を50ないし100kg と仮定すると,ピオグリタゾンの当該用量は,0.3ないし0.6mg/kg ということになるが,これは,本件発明6で特定されている用量(0.05~5mg/kg)と重複するものである。したがって,引用例3に接した当業者は,本件発明7の相違点2に係る上記構成を容易に想到することができたものといえる。」
と判断した。

被告は、
「本件優先権主張日当時,糖尿病の薬物治療においては,異なる作用機序の薬剤を併用して用いれば例外なく,相加的又は相乗的な効果が必ずもたらされるとは認識されていなかったところ,引用例1ないし4には,ピオグリタゾンと他の薬剤との併用により効果の高い治療が可能となるかもしれないという期待が記載されているにとどまり,乙17(甲22)の記載からも明らかなとおり特許性を論じる場合に必要とされる「併用効果」の記載がない一方で,本件明細書には,ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与が単独投与よりも優れているという当該「併用効果」の記載があるし,乙25及び26はこれを裏付けるものである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「併用投与によりいわゆる相乗的効果が発生するか否かについての予測は困難であるといえるものの,前記(1)イ(ア)に認定のとおり,引用例1ないし4及び乙17(甲22)の記載によれば,本件優先権主張日当時の当業者は,これらの作用機序が異なる糖尿病治療薬の併用投与により,少なくともいわゆる相加的効果が得られるであろうことまでは当然に想定するものと認められる。したがって,被告の前記主張は,その前提に誤りがある。
~さらに,前記(1)イ(イ)に認定のとおり,本件明細書は,ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用投与による作用効果についての記載がないばかりか,塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにするにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。したがって,本件明細書には,本件発明7の作用効果の顕著性を判断するに当たり,被告が援用する乙25及び26(被告所属の技術者が作成した実験成績証明書)の記載を参酌すべき基礎がないというほかない。」
と判断した。

【コメント】

薬剤の併用投与に関する「物」の発明に関して、本件についての裁判所の判断によれば…
  • 公知薬剤どうしの併用投与に関する発明であれば、明細書に、発明を構成する各薬剤等を製造する方法についての具体的な記載がなくても、これらからなる医薬組成物や錠剤の製造方法についての記載があれば、実施可能要件を満たす。
  • 明細書に併用実験に関する記載がなく、その記載のみからは直ちに発明の課題を解決できると認識できるとは限らないとしても、公知薬剤どうしの併用に関する発明であって、併用投与という技術的思想自体が出願日当時の当業者に公知であるような場合には、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるだろうからサポート要件を満たしそうである。
  • 公知薬剤どうしの併用に関する発明であって、併用投与という技術的思想自体が出願日当時の当業者に公知であるような場合に、その進歩性を認めてもらうためには、その併用効果が「相加的」であるだけでは足りず、「相乗的」であること等を主張できるかが重要である。

本判決での問題点は、審判で参酌された、被告が出願後に補充した実験結果(いわゆる後出しデータ)が、、裁判所では参酌されなかった点である。裁判所の理由は、
「本件明細書は,ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用投与による作用効果についての記載がないばかりか,塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにするにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。」
というものであった。

過去の判決(2010.07.15 「P&G v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10238)で、知財高裁は、
「当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべき」
と判示しており、被告(武田薬品)もその点を主張したが、本件においては、裁判所は、明細書に顕著な効果なるものの立証が欠けているとして被告の後出しデータを参酌しなかった。

後出しデータ参酌の許容性判断の考え方が、上記過去の判決と本件判決とではかなり異なっているように感じられる。結局のところ、どのような記載が明細書にあったら進歩性の効果を主張するための後出しデータの参酌が許され得るのか。また、後出しデータの参酌の許容性それ以前に、「顕著な効果」とは何なのか。進歩性判断において発明の効果の主張がポイントとなる出願について、後出しデータが参酌されたり、されなかったり、或いは、顕著であると判断されたり、されなかったりしては、瑕疵のない安定した特許権の付与がなされている特許制度とは言えない。それらのボーダラインがより明確にされることを望む。

参考:

進歩性の後出しデータ参酌に関する判決:

Sep 1, 2012

2012.03.29 「A v. 和光純薬」 東京地裁平成22年(ワ)2535

職務発明~「発明者が誰であるかは,知らない」: 東京地裁平成22年(ワ)2535

【背景】

被告(和光純薬)の従業員であった原告(A)が、在職中に職務発明として、「成分の分析方法」に関する発明(特許番号2965563)をし、当該発明について特許を受ける権利を被告に譲渡したとして、被告に対し、特許法35条(平成16年法律第79号による改正前のもの。)3項所定の相当の対価の支払を求めた職務発明補償金請求事件。

争点は、①本件各発明の発明者は原告か、②本件各発明により被告が受けるべき利益の額、③本件各発明がされるについて被告が貢献した程度、④相当対価額であった。

【要旨】

主文

被告は,原告に対し,150万4000円及びこれに対する平成22年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(他略)

1. 争点①(本件各発明の発明者は原告か)について

被告は、

「本件各発明の発明者が誰であるかは,知らない。」

と主張した。

裁判所は、

「発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうところ(特許法2条1項),特許法35条3項に基づいて相当の対価の支払を請求し得る発明者とは,特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者をいうものと解するのが相当である。」

と判示した上で、

「原告は,~本件各発明の課題につき,~という解決手段を着想するとともに,~という実験によってその効果を確認したのであるから,本件特許に係る特許請求の範囲に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者ということができ,原告が本件各発明の発明者であることは明らかである。

Bは,~管理職を務めていた者にすぎず,本件各発明の解決手段を着想したものとも,実験によってその効果を確認したものとも認めることができないから,本件特許に係る特許請求の範囲に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者ということができず,Bが本件各発明の発明者であるということができないことは明らかである。」

と判断した。

この点につき、被告は、

「Bが分析の分野に詳しく,原告の上司を務めたこともある先輩であったことや,本件各発明にはBの専門である有機合成の技術が多く用いられていること,被告においては管理職と研究員が日常的に接触していること等から,Bが原告から相談を受けて本件各発明を着想し,原告に対して本件各発明に関する具体的な提案や実験材料の提供をした可能性が高く,Bが本件各発明の発明者であった可能性がある」

と主張した。

しかしながら、裁判所は、

「Bは本件各発明やその発明に至る経緯を覚えていない旨陳述していること,被告においては,研究員による職務発明の大半について,当該研究員とその上司である管理者や研究所長の共同発明として特許出願されてきたことも認めることができ,これらの事実に照らして考えると,前記認定の事実から,Bが本件各発明を着想したとも,本件各発明に関する具体的な提案や実験材料の提案をしたとも推認することはできず,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,Bが本件各発明の発明者であるという被告の主張は,これを採用することができない。~以上によれば,本件各発明の発明者は,原告だけであると認めるのが相当である。」

と判断した。

2. 争点②③④について

裁判所は、本件各発明による独占の利益の額は1510万円であり、本件各発明がされるについて被告が貢献した程度は90%と認め、従って、本件各発明の相当対価額は次の計算式のとおり、本件各発明により被告が受けるべき利益の額1510万円に、本件各発明がされるについて原告が貢献した程度である10%を乗じた151万円となり、被告の未払額は、既払の報奨金6000円を控除した150万4000円となると判断した。

【コメント】

管理職を務めていた者にすぎず、技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者ということができない者は、発明者ではない。

他の和光純薬の職務発明対価請求事件:


Aug 19, 2012

2012.03.06 「第一三共 v. 沢井製薬」 知財高裁平成22年(行ケ)10140

カルベジロール事件: 知財高裁平成22年(行ケ)10140

主文
特許庁が無効2007-800192号事件について平成22年3月29日にした審決を取り消す。(他略)

原告(第一三共)が保有する「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」に関する特許(第3546058号)の訂正審判請求不成立の審決取消訴訟にて、審決取消判決(2011.11.30 「第一三共 v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10018)がなされたことで、上記訂正を認める旨の審決が出され、上記訂正審決が確定した。従って、訂正前の特許請求の範囲に基づいてなされた無効審決(無効2007-800192)は、結果的に発明の要旨認定を誤ったことになり、違法として取り消された。

参考:

2011.11.30 「第一三共 v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10018

Aug 4, 2012

製薬企業の職務発明補償・報奨制度

製薬企業各社ウェブページから得られる発明補償・報奨制度関連情報を下記にピックアップ・アップデートしました。


  • 三菱化学: 2010.09.30 社内における報奨制度の見直しについて
    発明も含め事業収益拡大に大きく貢献した従業員を広く報奨する内容へと拡充すべく、2011年度中を目処に、現在の社内報奨制度の見直しを実施する予定。
  • 日本化薬: 発明補償・報奨制度
    1. 職務発明等に対する補償は特許法第35条、実用新案法第11条、意匠法第15条の規定に基づき、従業員が会社へ譲渡した発明、考案および創作(発明等)につき、下記のとおり補償しています。
    1) 発明等の出願時に発明者等へ一定額の支払い
    2) 発明等の登録時に発明者等一定額の支払い(無審査登録制度を採用している実用新案には、一定の条件を満たすことが必要です)
    3) 実績補償
    a. 発明等が審査を経て登録となった場合で、発明等が日本化薬で実施またはライセンスアウトされた場合は、売り上げまたは実施料を基礎として、一定の割合を発明者等へ支払います。
    b. 発明者等は、支払い額につき異議を申し立てる機会があります。
    2. 1事業年度の純売上高または実施料が多大である特許には、一定の割合で報奨金を支払います。報奨金は売り上げまたは実施料を基礎として、一定の割合を発明者に支払い、上限はありません。
    3. 上記、1は法律に基づく規程、2は発明の奨励をするための規程ですが、もう一つ特許出願について、ほかの模範となる職場あるいは発明者に対する表彰規程があります。優秀職場、優秀技術、業績期待、早期業績貢献、権利行使実績、事業部の年度業績に顕著に貢献した特許につき、表彰と一定額の支払いを、発明者または職場に対して行います。
  • 武田薬品:
    2007.09.04 前立腺癌・子宮内膜症治療剤リュープリン®の職務発明対価請求訴訟の和解について
    リュープリン®に関する製剤特許の職務発明の対価の一部として、発明者の一人であるA氏の全ての職務発明(外国特許及びノウハウを含む)を対象として、当社が原告らに金3,759万円(遅延損害金を含む)を支払い和解。

    2004.07.07 ニュースリリース
    年間に支給される実績補償金額の算定方式を変更して上限金額を撤廃するとともに、実績補償金の支給適用を現在(2004年)から10年遡及させた時点(1994年)に販売されていた製品にまで対象を拡大。

    2008 Annual report 職務発明に対する実績補償および報奨制度
    「タケダは、1998年より日本の製薬企業としては初めて、日本法のもと、武田薬品従業員の職務発明を利用した製品が業績に貢献した場合、該当する職務発明者に対象製品の全世界売上高をベースに実績補償金を支給する実績補償制度を導入しました。2007年度は「ブロプレス(一般名:カンデサルタン シレキセチル)」「アデカット(一般名:デラプリル塩酸塩)」「タケスリン(一般名:セフスロジンナトリウム)」「ヒルトニン(一般名:プロチレリン酒石酸塩水和物)」などについて、合計7,090万円の実績補償金が支給されました。さらに、発明者以外で、発明完成の補助に極めて高い貢献をした者に対しても、別途報奨金を支払うことを定めています。」
  • アステラス(旧 藤沢):
    2003.01.20 職務発明実績補償制度の改定のお知らせ
    売上の増加に応じて補償金額を増額することによって、補償金額の上限を撤廃。職務発明者に対する支払いは、すべての実績に対して3年毎の算定期間として、特許の有効期間中複数回にわたり行われる。

    2013.01.31 「X v. アステラス」 知財高裁平成24年(ネ)10052
    「平成17年4月1日,次の内容の職務発明規程(以下「被告規程3」という。)を制定し,同日施行した。
    ア (定義)「算定期間」とは,本規程の運用上,売上高およびライセンス収入を算定する各3年間をいい,2005年4月1日を最初の算定期間の起算日とする。
    イ (権利の承継)会社は,職務発明について,本規程の定めるところにより特許を受ける権利を職務発明者から承継する(3条)。
    ウ (出願時補償)会社は,職務発明に係る特許等を受ける権利を承継した場合には,当該権利ごとに本章に定めるところにより補償金を職務発明者に支払う。…(13条)。
    エ (実施時補償)会社は,特許権等に係る発明等が実施されることにより利益を得た場合には,当該特許権等毎に…18条から21条に定めるところにより実施時補償金を職務発明者に支払う。実施時補償金は,職務発明者が会社を退職した場合も支払われる…(17条)。
    オ (対象製品の売上高に対する実施時補償金)
    ① 対象製品の売上高に対する実施時補償金は,対象となる特許権等の存続期間中において対象製品につき特許権等に係る発明が実施されている限り支払われる(18条1項)。
    ② 対象製品の売上高に対する実施時補償金は,対象となる特許権等の各々に対して,次の算定式により算定する(18条2項)。
    実施時補償金額=対象製品の売上高×0.00005×(係数A)
    a 係数Aは,対象製品の売上高に対する特許権等の寄与度による係数であって,特許権等の種類,会社自らが使用する又は子会社に使用許諾される各種データなどにより定めるものとし,1以下とする。
    b 係数Aは,対象製品の製品化における当該特許権等に係る職務発明の技術的寄与の程度も斟酌しつつ,当該特許権等の対象製品の独占性への貢献度を主たる判断基準として職務発明委員会が認定する。
    c 係数Aは,各算定期間において見直す場合がある。
    カ (対象製品の第三者へのライセンスアウトに基づく収入に対する実施時補償金)
    ① 対象製品のライセンス収入に対する実施時補償金は,特許権等の存続期間中において当該特許権等の実施許諾として一時金,ロイヤリティー等が受領されている限り支払われる(19条1項)。
    ② ライセンス収入による実施時補償金額は,対象となる特許権等の各々に対して次の算定式により算定する(19条2項)。
    実施時補償金額=ライセンス収入金額×0.0005×(係数B)
    a 係数Bは,ライセンス収入に対する特許権等の寄与度による係数であって,特許権等の種類,使用許諾される各種データなどにより定めるものとし,1以下とする。
    b 係数Bは,ライセンス契約,並びに対象製品の製品化における当該特許権等に係る職務発明の技術的寄与の程度も斟酌しつつ,当該特許権等の対象製品の独占性への貢献度を主たる判断基準として職務発明委員会が認定する。
    c 係数Bは,各算定期間において見直す場合がある。
    d 対象製品の第三者へのライセンスアウトに基づく収入として,当該特許権等の実施許諾の対価としての一時金,ロイヤリティー以外の収入が含まれている場合や対象製品の取引にロイヤリティー相当額が含まれているとみなされる場合においては,職務発明委員会がそれらの要素を考慮して本条のライセンス収入金額を認定する。
    キ (補償金支払時期)
    ① 18条…に定める実施時補償金は,各算定期間満了後,会社が定める方法により支払われる(22条1項)。
    ② 18条に定める実施時補償金の対象となる対象製品が会社もしくは子会社が製造承認を取得した医療用医薬品の場合,対象製品の日本,米国,欧州地域の主要6ケ国(イギリス,ドイツ,フランス,イタリア,スペイン,オランダ)のいずれかの国における最初の販売後遅滞なく最初の支払が行われるものとし…第18条により定める算定式により実施時補償金額を算定する(22条2項)。
    ク (共同発明者が存在する場合の取扱い)
    18条…に定める…補償金は,各特許権等について当該補償金を受ける権利を有する職務発明者が複数存在する場合は,各職務発明者の職務発明への寄与度に応じて分配して支払われる(23条1項)。
    ケ (附則・経過規程)
    ① 出願時補償の規程
    平成17年3月31日までに山之内製薬又は藤沢薬品工業が行った職務発明に係る特許出願等に対しては…会社は,山之内製薬又は藤沢薬品工業の旧規程により出願時補償を実施する(附則2項 )
    ② 実施時補償の規程
    a 平成17年3月31日までの出願に対しても同年4月1日以降に出願されたものと同様に,同年4月1日を最初の算定期間の起算日として,本規程を適用する(3項 )。
    b 平成17年3月31日までに山之内製薬又は藤沢薬品工業が行った職務発明に係る特許出願等の実施時補償については,山之内製薬又は藤沢薬品工業における同年3月31日までの実施時補償について同年3月31日時点で山之内製薬又は藤沢薬品工業の旧規程上の補償の計算期間が満了していない場合は,計算期間の始期に遡って本規程を適用し,会社における最初の実施時補償時に,その期間を算入して算定する。ただし,対象製品が22条2項に該当する場合は,対象製品の最初の支払時期を同年4月1日以降とし,会社における最初の算定期間も含めた売上高予測に基づき,実施時補償金を算定する(3項 )。
    エ 第1審被告は,平成19年7月26日,被告規程3を改訂した(以下,被告規程3と併せて「被告現行規程」という。)。」

    2016.04.02 アステラス製薬、発明者以外にも報奨金 チーム重視(日本経済新聞より)
    「アステラス製薬は1日、これまでは発明者だけに渡していた報奨金を、研究チームの中で特許取得に大きく貢献したメンバー全員に支給する制度を導入した。」

  • 中外製薬:
    2001.10.05 発明報奨制度の導入について
    まず、上市後5年間の算定基礎額が一定額を超えた場合、最高3,000万円の報奨金が支払われる。次に、上市5年経過後から特許満了までの算定基礎額が一定の額を超えた場合、最高3,000万円の報奨金が支払われる。2回合わせた最高額は6,000万円。算定基礎額は、各年度の売上高から製造原価等を減じた額。従来の制度で支払われていた特許出願時、登録時、発売時の補償金は、その名称を報奨金と改め、かつ増額して発明者に支払われる。

    アニュアルレポート2006
    2006年に発明に対する報奨金支払い制度を含む職務発明規程の改定を行った。新規程では、イノベーティブな発明奨励のため、これまで最高6,000万円強であった報奨金の上限金額を撤廃。
  • エーザイ:
    2001.06.25 研究開発における特別インセンティブ制度の導入
    職務発明制度の報酬金額の最高金額を改定し、1特許につき5,000万円とした。

    アニュアルレポート2003
    研究員が継続的に企業価値向上を意識した研究開発に取り組み、グローバルな創薬活動をさらに加速することを目的として、2001年より研究開発における特別インセンティブ制度を導入。特別インセンティブ制度は、開発決定インセンティブ、新薬承認インセンティブ、売上高対応インセンティブの3種類で構成され、開発決定インセンティブと新薬承認インセンティブは、テーマ創出や新薬の申請・承認に功労があった社員に、将来における企業価値向上に寄与する可能性を生み出したものとしてストックオプションを付与するもの。売上高対応インセンティブは、コンセプト創出から承認に至る各段階で功労のあった社員に対して、新薬発売後5年度分の累計売上高の0.05%を総額として支給するもの。「アリセプト」「パリエット」ではそれぞれ約40名に総額約1億円ずつを支給された。なお、日本には特許法に基づく職務発明制度があり、発売後の販売額に応じて1特許につき最高額5,000万円の報奨金を支払う制度がある。これは特別インセンティブ制度と併用されまる。
  • シオノギ: 2001.03.28 「発明補償金制度」導入のお知らせ
    2001年4月1日以降に新発売された製品のうち、正味販売額ベースで年商が50億円を超えた製品が対象。報奨金は製品の年間正味販売額に0.05%を乗じた金額を総額として算出され、報奨金額に上限なし。また、報奨金額の決定は、製品の販売開始後4年目の4月1日から翌年3月31日までの1年間を評価対象期間と定め、その評価期間中の年間正味販売額、特許状況を検証して、その新製品を保護する全ての特許発明の発明者に対して報奨金を支払う。計算の基礎となる製品の販売額は国内販売に限らず、国外の販売も含み、また、自社で販売した場合も、ライセンシーが販売した場合も区別せずに年間正味販売額に対して報奨金を支払う。新製品に関連する特許発明のみならず、方法の実施や方法の実施許諾等により企業業績の向上に大きく貢献した特許発明(例えば、アッセイ方法の発明、基本的な技術に関する発明、ゲノム関連発明等)に対しても、発明者に対し報奨金を支払う。
  • 大日本住友:
    (旧 大日本)2001.03.29 「発明報償制度」運用規程の制定について
    2001年4月以降に販売が開始された新製品のうち、年間売上高が50億円以上を達成した製品に関わる職務発明(対象特許)の発明者である従業者に対して、年間売上高50億円以上を達成した年から連続する5年間、対象特許の寄与度に相当する金額が報償金として支払われる。複数の発明者および複数の対象特許が該当する場合は、各々の寄与率に応じて支払われる。

    (大日本住友)CSR活動報告2011
    2005年10月6日に発明取扱規程として制定。
  • 参天製薬: 社会・環境報告書2007
    発明補償金は、「出願補償金」「登録補償金」「実績補償金」で構成され、出願補償金と登録補償金については一定額を、実績補償金については海外も含めた対象製品の売上高に応じた支払いを行っている。また、2005年4月に施行された改正特許法に対応して、実績補償金については、増額や上限額の撤廃などを盛り込んだ制度の改定を行っている。
  • 味の素: CSRレポート2011
    従業員が会社に譲渡した職務発明には、「出願補償金」が支払われ、その職務発明が登録されると「登録補償金」が支払われます。その職務発明が会社により実施されると、会社が得た利益に応じて発明者に「実績補償金」が支払われる。
  • 日本新薬: CSR報告書2009
    2001年より職務発明報奨制度を運用し、特許出願時、特許登録時および製品発売時に一定額の報奨金を支払うとともに、製品発売後の一定期間における製品販売利益に基づいた実績報奨金を支払っている。2005年には、特許法の職務発明規定の改正に伴い、社内の職務発明報奨規程を見直し、報奨金を増額させた。


Jul 29, 2012

2012.02.29 「ジャンスー サイノーケム v. フレクシス」 知財高裁平成23年(行ケ)10108

「調節された量」の解釈: 知財高裁平成23年(行ケ)10108

【背景】

フレクシス(被告)が保有する「4-アミノジフェニルアミン(4-ADPA)の製造法」に関する特許(3167029)に対して、ジャンスー(原告)がした無効審判請求を不成立とした審決(無効2010-800009)の取消訴訟。争点は、①明確性要件(取消事由1)、②新規性(取消事由2)、③進歩性(取消事由3)。

本件発明1:
1種以上の4-ADPA中間体を製造する方法において,
(イ)アニリンおよびニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ,
そして
(ロ)アニリンおよびニトロベンゼンを制限された区域中適当な温度でまた1種以上の4-ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質および適当な塩基の存在下に反応させる,
という諸工程からなる上記方法
本件審決が認定した本件発明1と引用発明との相違点は次のとおり。
相違点1:
工程(イ)において、本件発明1は、「アニリン及びニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ」るのに対して、引用発明は、それらを適当な溶媒系中で反応するように接触させるかどうか明らかでない点

相違点2:
工程(ロ)において、本件発明1は、「アニリン及びニトロベンゼンを…1種以上の4-ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質…の存在下に反応させる」のに対して、引用発明は、それらをそのように反応させるかどうか明らかでない点
【要旨】

主文
1. 特許庁が無効2010-800009号事件について平成22年11月24日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所は下記のとおり判断した。

1. 取消事由1(明確性の要件に係る判断の誤り)について
~本件審決は,本件発明1~における水などのプロトン性物質の量に関して,~ゼロではなく,有意な量が必要であるとする。しかしながら,本件明細書では,「調節された量」について,アニリンを溶媒として用いた場合に,プロトン性物質として水が使用される場合は,上限値が4%であることは記載されているが,下限値がゼロであってはならないとの記載はなく,むしろ,無水条件下で行うことができるかもしれないことが記載されているのである。しかも,実施例において,反応系に水は添加されていない。むしろ,無水条件化の方が,収量が最大となることが示されているものである。
~以上からすると,「調節された量のプロトン性物質」には,プロトン性物質として水を使用した場合であるが,無水条件が含まれるのであるから,プロトン性物質が存在しない状態が含まれるものといわざるを得ない。したがって,「調節された量のプロトン性物質」について,「4-ADPA中間体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」として,「アニリンとニトロベンの反応に関与できる状態」で反応物中に存在している必要があるとした本件審決の判断は,無水条件を含まないという趣旨であるならば,誤りであるというほかない。もっとも,「調節された量のプロトン性物質」について,上記のとおり,プロトン性物質が存在しない状態が含まれるものと解し得る以上,「調節された量のプロトン性物質」の意義それ自体が不明確であるというわけではなく,明確性の要件に違反するということはできない。
2. 取消事由2(本件発明1の新規性に係る判断の誤り)について
~本件発明1の「調節された量のプロトン性物質」には,プロトン性物質として水を使用した場合,無水条件が含まれることは,前記1(1)のとおりである。~したがって,相違点2は,以上認定の限度において,実質的な相違点ということはできない。~引用例には,~反応を溶媒中で行うことについて,明記されていないが,引用発明には,僅かではあっても過剰のアニリンを反応液中に含んでおり,過剰のアニリンが溶媒として機能することは否定できないし,そもそも化学反応において,必要に応じて,適宜,溶媒を用いることは,当業界における常套手段の付加にすぎないことが明らかである。したがって,相違点1も,実質的な相違点ということはできない。
~以上からすると,相違点1及び2はいずれも実質的な相違点ということはできず,本件発明1は,プロトン性物質として水を用いる場合に,無水条件を含むものであるから,この構成を採用する点において,引用発明と同一の発明であるというほかなく,新規性を有しないものというべきである。
なお,被告は,引用発明で収集される4-ADPA中間体は「副生成物」であり,4-ADPA中間体の収量及び収率は小さいから,引用例には本件発明1の技術思想が開示されていないと主張する。
しかしながら,引用例に本件発明1の前記認定の構成が開示されている以上,この点において,本件発明1の新規性が否定されることは明らかである。被告の主張は失当である。
3.取消事由3(本件発明2ないし26の新規性ないし進歩性に係る判断の誤り)について
前記2のとおり,本件発明1についての新規性に係る判断が誤りである以上,本件発明2ないし26の新規性及び進歩性に係る本件審決の前記結論を直ちに是認することはできない。
【コメント】

製造方法の発明において、特許請求の範囲中の「調節された量のプロトン性物質~の存在下に反応させる」について、プロトン性物質の「調節された量」がゼロを含むのかどうか問題となった。
判決の結果から振り返ると、出願人は「調節された量」のような修飾語をクレームに含めるべきではなかった、または明細書中への定義に注意すべきだったと考えられる。
しかし、クレームや明細書を素直に読むと、「調節された量」がゼロを含むと解釈できるとはどうも考えにくいように個人的には思える。
明細書には、確かに、プロトン性物質である水を添加していない状況でも反応が可能であるかのような記載があるが、「反応物中に存在するプロトン性物質の量は重要である」等の記載があり、特許請求の範囲が「プロトン性物質~の存在下」と記載されているのである。明細書の記載からしても、当業者なら、「ゼロ」を含まないという意味で特許請求の範囲が設定されていることを読み取るのではなかろうか。「調節された量」がゼロ(すなわち非存在下)をも含む意味として、特許請求の範囲を広く解釈した判断は少々揚げ足取り的な判断だったように感じてならない。

欧米でも「a controlled amount of protic material」という文言を含むクレームとして特許が成立している。

EP0590053(B3)
US5117063(A)
US5453541(A)
US5608111(A)

欧州では成立特許に対して異議申立がなされ、新規性及び進歩性の欠如を理由として無効とされたが、特許権者は審判を請求して争い、結局、特許維持の判断がなされた(T0829/00)。異議申立、審判でも「a controlled amount of protic material」の表現の解釈が議論されている。

米国でも、「controlled amount」の解釈が争点となって争われたが(2007.12.21 「Sinorgchem v. ITC & Flexsys America」CAFC No.2006-1633)、知財高裁が下したゼロを含むかどうかという問題が争点だったのではなく、明細書の記載に基づいて範囲を狭く解釈するかどうかという問題であった(CAFCはクレームを狭く解釈することによって非侵害と判断し、原審を破棄し差し戻した)。

欧米で争われた観点と解釈が、知財高裁と異なっている点は、非常に興味深い。

Jul 23, 2012

2012.02.17 「X v. 三菱化学」 東京地裁平成21年(ワ)17204

アンプラーグ関連職務発明の相当対価の額: 東京地裁平成21年(ワ)17204

【背景】

被告(三菱化学)の元従業員である原告が、アンプラーグ(一般名: 塩酸サルポグレラート)に関する特許発明1(物質発明、特許第1466481号)及び特許発明2(用途発明、特許第1835237号)の職務発明に係る特許を受ける権利について、特35条(平成16年法改正前のもの)に基づき、被告に対して相当対価の支払を求めた事案。争点は、相当対価の額(争点1)及び消滅時効の成否(争点2)。
2008年10月29日、知財高裁は、原告の本件各発明に係る相当対価支払請求債権は時効消滅しておらず、本訴請求の当否を判断するには相当対価額について実体審理をする必要があるとして原判決を取り消し、東京地裁に差し戻す旨の判決をした(2008.10.29 「X v. 三菱化学」 知財高裁平成20年(ネ)10039)。本件訴訟はこの差戻審である。

【要旨】

主文
1 被告は,原告に対し,5900万円及びこれに対する平成10年10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

裁判所は、各争点について、下記のとおり判断した。

1. 相当対価の額(争点1)

(1) 被告(三菱化学)による自己実施期間(平成5年10月7日(販売日)~平成11年9月30日)について
1) 基礎となる売上高:
被告によるアンプラーグの売上高は565億3720万円(争いのない事実)。

2) 超過売上高(競業他社に本件各発明の実施を禁止することによる通常実施権の行使による売上高を上回る売上高):
本件特許権2の存続期間満了直後に、サルポグレラート塩酸塩(アンプラーグ)について、23の製薬会社から計46品目の薬価追加収載の申請、承認されており、被告は、本件各特許権の存在により競合他社によるサルポグレラート塩酸塩(アンプラーグ)の製造販売を抑止し、市場を独占することができたと認められることからすると、超過売上高は上記売上高の40%と認めるのが相当である、と裁判所は判断した。
また、超過売上高の算定において薬事法上の再審査制度による事実上の独占力を考慮すべきであると被告は主張したが、再審査期間中であっても他者が承認申請に必要な試験を自力で行って資料をそろえて申請することは禁じられていないから、薬事法上の再審査制度に排他的効力は認められず、他者の参入を妨げているのは特許権であるとし、被告の主張を斥けた。

3) 仮想実施料率
裁判所は、総合的に考慮した結果、被告の自己実施期間における仮想実施料率は5%と認めるのが相当であると判断した。
(2) 三菱ウェルファーマ等による実施期間(平成11年10月1日(独占的実施許諾契約に基づく販売開始)~平成21年5月18日(本件特許2満了日))について
1) 基礎となる売上高:
原告は、被告と三菱ウェルファーマ等は少なくともアンプラーグに関する事業については実質的に一体であり、アンプラーグの売上げ及び利益については一体とみるべきであり、平成11年10月1日以降は三菱ウェルファーマ等のアンプラーグの売上高を相当対価を算出するための基礎とすべきであると主張した。しかしながら、裁判所は、それぞれは別個の独立した法人であるから直ちにこれらの会社の売上げ及び利益を一体のものであるということはできない等の理由から原告の上記主張を斥けた。
(3) アンプラーグ関連特許における各特許発明等の寄与割合
被告は、アンプラーグに関連する特許権である806号特許(製法特許)及び991号特許(結晶形特許)も特許権である以上、排他的効力を有すると主張した。しかし、裁判所は、本件特許権2の存続期間が満了した直後に後発品申請がされたこと等からすると806号特許及び991号特許は第三者の実施行為を禁止する独占的排他的効力を有するものということはできず、これらの特許について寄与割合を考慮することは相当ではない、と判断した。

裁判所は、本件発明1は物質発明であるから、用途の限定(セロトニン拮抗作用に基づく血管収縮抑制剤)を伴う本件発明2より技術的範囲が広いことも併せ考慮すると、本件特許1が60%、本件特許2が40%であると認めるのが相当である、と判断した。つまり、相当対価の算定に係るアンプラーグの販売期間における各特許権の寄与割合は、平成5年10月7日(販売日)から平成18年4月10日(存続期間満了日)までは本件特許権1:本件特許権2=60:40であり、本件特許権1の存続期間満了後である平成18年4月11日から平成21年5月18日(特許権2の満了日)までは本件特許権2が100%である。

(4) 共同発明者間における原告の寄与割合
裁判所は、原告の本件特許1に係る共同発明者としての貢献割合は50%、本件発明2に係る共同発明者としての貢献割合は10%と認めるのが相当である、と判断した。

(5) 被告の貢献度
裁判所は、本件各発明における被告の貢献度は95%、発明者の貢献度は5%と認めるのが相当である、と判断した。

2. 消滅時効の成否(争点2)

原告は、平成19年5月18日、本件各発明に係る相当対価の一部として150万円の支払を請求する本件訴えを提起したが、平成21年8月17日付け訴え変更申立書により請求を追加的に変更し、請求金額を2億0535万9500円に増額した(その後2億4281万1239円に減縮)。

この請求の追加的変更に対して、被告は、
「原告の請求のうち,当初の請求額である150万円を超える部分(増額部分)の消滅時効は平成10年10月7日から進行し,上記150万円の訴訟提起によってもその時効は中断ぜずに進行を続け,平成20年10月6日の経過をもって時効期間が満了し,被告の消滅時効の援用により増額部分の請求債権は時効消滅した」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「数量的に可分な債権の一部につき一部であることを明示して訴えを提起した場合に,当該訴訟手続においてその残部について権利を行使する意思を継続的に表示していると認められる場合には,いわゆる裁判上の催告として,当該残部の請求債権の消滅時効の進行を中断する効力を有するものと解すべきであり,当該訴訟継続中に訴えの変更により残部について請求を拡張した場合には,消滅時効を確定的に中断すると解するのが相当である。
本件において,原告は,訴状において,相当対価の総額として主張した約20億6300万円から既払額を控除した残額の一部として150万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求するとしつつ,「本件請求については時効の問題は生じないものと考えられるが,被告からいかなる主張がなされるか不明であるので,念のため,一部請求額を「150万円」として本訴を提起したものであり,原告は追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張する予定である」として,本件訴訟手続において,残部について権利を行使する意思を明示していたと認められる。したがって,裁判上の催告により,当該残部の請求債権の消滅時効の進行は,遅くとも上記訴状を第1回口頭弁論期日において陳述した平成19年6月26日に中断し,その後,本件訴訟係属中に原告が訴えの変更により残部について請求を拡張したことにより,当該残部の請求債権の消滅時効は確定的に中断したものというべきであるから,被告の主張には理由がない。」
と判断した。

【コメント】

相当対価の額の算定について、裁判所が判断した下記の点が興味深い。

1. 薬事法上の再審査制度に排他的効力は認められず、他者の参入を妨げているのは特許権であるとした点。

2. 各特許発明等の寄与割合を検討するに当たり、本件特許権2(用途特許)の存続期間が満了した直後に後発品申請がされたこと等から、本件製法特許及び結晶形特許は独占的排他的効力を有するものということはできず、これらの特許について寄与割合を考慮することは相当ではないと判断した点。

3. 物質特許と用途特許の寄与割合を検討するに当たり、物質特許が60%、用途特許が40%であると認めるのが相当である、と判断した点。

ところで、原告は、別件訴訟(2008.05.14 「X v. 三菱化学」 知財高裁平成19年(ネ)10008)の原告でもあった。

参考:


Jul 15, 2012

2012.02.08 「オルガノサイエンス・CHIRACOL v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10115

化合物の引用発明の適格性: 知財高裁平成23年(行ケ)10115

【背景】

「シクロヘキサン化合物及び該化合物を含有した液晶組成物」に関する出願(特願2010-162348)の拒絶審決(不服2011-1277号)取消訴訟。争点は、本願発明化合物の新規性。引用例に本願発明が記載されているといえるかどうか(引用発明としての適格性を有するかどうか)が問題となった。

【要旨】

裁判所は、発明の新規性について、

「特許法は,発明の公開を代償として独占権を付与するものであるから,ある発明が特許出願又は優先権主張日前に頒布された刊行物に記載されているか,当時の技術常識を参酌することにより刊行物に記載されているに等しいといえる場合には,その発明については特許を受けることができない(特許法29条1項3号)。
しかるところ,本願発明が引用発明を包含するものであることそれ自体は争いがなく,本願発明は,前記(1)アに記載のとおり,特定の新規な化合物をその特許請求の対象とするものであるから,引用例に本願発明が記載されているといえるためには,引用例の記載及び本件出願日当時の技術常識を参酌することにより,当業者が,本願発明に包含される引用発明を製造することができたといえなければならない。」

と述べた上で、本願発明の新規性について、

「~引用例に記載された引用発明を合成しようとすれば,当業者は,~を使用することにより,引用発明を得ることができると認識するものといえる。そして,このことは,前記(3)ウに記載のとおり,引用例には引用発明の誘電異方性及び光学異方性の値が明記されており,したがって引用発明の発明者が引用発明を現実に製造していたことによっても裏付けられる。」

と判断した。

これに対し、原告らは、

「前記スキームで引用発明を合成する場合にグリニャール試薬として用いられる~B物質~の入手方法が明らかではなく,また,乙3の記載によっても,そこに記載のB物質を分離精製が困難である」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「乙3の刊行年月日及びその記載内容に照らすと,純粋なB物質の入手方法は,本件出願日当時,当業者に周知であったものと認められる。~以上によれば,引用例に接した当業者は,引用例の記載(スキーム3)に基づき,そこに実施例14として記載されている引用発明を製造することができたものといえるから,引用発明を包含する本願発明は,本件出願日前に頒布された刊行物である引用例に記載されているというべきであり,本願発明には新規性が認められないといわざるを得ない(特許法29条1項3号)。」

と判断した。

請求棄却。

【コメント】

化合物発明の新規性判断において、引用例に本願発明が記載されているといえるためには、引用例の記載及び本件出願日当時の技術常識を参酌することにより、当業者が、本願発明に包含される引用発明を製造することができたといえなければならない。
このような考え方は、特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」について、特に化学物質発明について取り扱った過去の判例の考え方とも合致していると思われる。すなわち、特許法29条1項3号の「刊行物に記載された化学物質発明」であるためには、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、当業者がその製造方法を理解し得る程度の記載があることを要する。そして十分であろう。


特許・実用新案審査基準(第Ⅱ部 第2章 新規性・進歩性)によれば、特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」について下記のように記されている。
1.5.3 第29条第1項各号に掲げる発明として引用する発明(引用発明)の認定
(3) 刊行物に記載された発明
②また、ある発明が、当業者が当該刊行物の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、物の発明の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用できるものであることが明らかであるように刊行物に記載されていないときは、その発明を「引用発明」とすることができない。
したがって、例えば、刊行物に化学物質名又は化学構造式によりその化学物質が示されている場合において、当業者が本願出願時の技術常識を参酌しても、当該化学物質を製造できることが明らかであるように記載されていないときは、当該化学物質は「引用発明」とはならない(なお、これは、当該刊行物が当該化学物質を選択肢の一部とするマーカッシュ形式の請求項を有する特許文献であるとした場合に、その請求項が第36条第4項第1号の実施可能要件を満たさないことを意味しない)。
参考:



Jul 7, 2012

2012.01.30 「メルク v. ミスターマックス」 知財高裁平成23年(行ケ)10190

メルクとメルクス: 知財高裁平成23年(行ケ)10190

【背景】

ミスターマックス(被告)が保有する下記商標登録に対して、メルク(原告)がした無効審判請求を不成立とした審決(無効2010-890055)の取消訴訟。争点は、①本件商標と引用商標の類否(商標法4条1項11号)、②本件商標が原告の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれの有無(同項15号)、③本件商標は原告の著明な略称を含むか(同項8号)、であった。

本件商標



登録第5281405号
指定役務:
第35類に属する商標登録原簿記載の役務



【要旨】

裁判所は、下記のとおり判断した。

1 取消事由1(商標の類否の認定判断の誤り)について

「本件商標と引用商標は,外観,称呼及び観念のいずれの点においても相紛れることのない非類似の商標というべきであるとして,本件商標は11号に該当しないとした審決の判断に誤りはない。」

2 取消事由2(周知性の認定判断の誤り),取消事由3(混同のおそれの認定判断の誤り)について

「前記のとおり,本件商標と原告及びそのグループ企業が商標権者である引用商標は類似しない商標である。すなわち,引用商標3,5と本件商標中の片仮名文字「メルクス」の部分は,「メルク」の部分が共通するものではあっても,両者は4文字(4音),3文字(3音)という短い文字数・音から成るものであり,「ス」文字及び音の有無が外観及び証拠全体に与える影響は大きく,両商標は全体の語調・語感が異なるものであって,需要者は商標そのものをもって,両者を区別することができるというべきであって,他に両商標間に誤認混同を生じる事由は認められない。
そうすると,本件商標が~本件商標の指定役務として登録されているもののうち原告の業務と重複ないし関連するに使用された場合に,本件商標から原告又はそのグループ企業が想起されることはないと解するのが相当である。本件商標は,原告又は原告と何らかの関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかのように,その出所について混同を生ずるおそれは認められないというべきであり,このことは,原告商標が医薬品や化学製品の需要者のみならず,一般消費者の間において周知・著名であったとしても左右されるものではない。
よって,本件商標は15号に該当しないとした審決はその結論において誤りはない。」


「他人の氏名や略称等を「含む」商標に該当するかどうかを判断するに当たっては,単に物理的に「含む」状態をもって足りるとするのではなく,その部分が他人の略称等として客観的に把握され,当該他人を想起・連想させるものであることを要する。
かかる見地から見るに,本件商標の片仮名文字部分「メルクス」は需要者に一体として看取されると見るのが相当であり,「メルク」を独立して看取することはできないことは前記のとおりである。そうすると,「メルク」,「MERCK」,「Merck」が原告の名称の略称として,医薬品や化学製品の需要者のみならず,一般消費者の間において周知・著名であるとしても(その点において審決の認定には誤りがある),本件商標はそれを含む商標ではないとして8号に該当しないとした審決はその結論において誤りはない。」

請求棄却。

【コメント】


取消事由1(商標の類否の認定判断の誤り)について、原告が4条1項11号該当について主張した引用商標は左記のとおり(指定商品・役務は省略)。
メルクとメルクス。語尾の「ス」の有無を大きな差異と考えるか、些細な差異と考えるか。裁判所は、本件のような4文字ないし3文字の文字数からなる商標における類比判断としては、その差異は影響大と判断したようである。

株式会社ミスターマックスのウェブページ: http://www.mrmax.co.jp/

本件商標は、被告の営業に係るショッピングセンター及びそこでの商品の小売(総合小売)において提供される役務を表示する商標として使用されている。


Jul 1, 2012

2012.01.26 「田岡化学工業 v. 大阪ガスケミカル」 大阪地裁平成22年(ワ)9102

先使用による通常実施権を認めた事例: 大阪地裁平成22年(ワ)9102

【背景】

「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(4140975号)を保有する原告(田岡化学工業)が、被告(大阪ガスケミカル)に対し、被告行為が本件特許権を侵害するものであるとして差止・損害賠償を求めた事案。

請求項1(本件特許発明1):
ヘテロポリ酸の存在下,フルオレノンと2-フェノキシエタノールとを反応させた後,得られた反応混合物から50℃未満で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させることにより9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの粗精製物を得,次いで,純度が85%以上の該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒,ケトン溶媒およびエステル溶媒からなる群から選ばれる少なくとも1つの溶媒に溶解させた後に50℃以上で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体の製造方法。

請求項7(本件特許発明2):
示差走査熱分析による融解吸熱最大が160~166℃である9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。

9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン(以下「BPEF」という。)

【要旨】

裁判所は、まず、争点3(被告は、本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権(特許法79条)を有するか)について検討し、その結果、本件特許発明1に係る本件特許権の侵害(争点1)を認めることもできないとの結論を下した。

争点3(被告は、本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権(特許法79条)を有するか)について

「(3) 先使用の成否
上記(1)のとおり,大阪ガスは,遅くとも平成11年3月からは本件特許発明2の技術的範囲に属する被告製品を製造していたこと,その後も,大阪ガス及びその事業を承継した被告は,複数の譲渡先に対し,反復,継続して被告製品を譲渡してきたこと,本件特許の優先日前に,被告らが委託するなどして製造した被告製品の数量は少なくとも合計約40トンを超えており,譲渡した数量も少なくとも約25トンを超えることが認められる。
これらのことからすれば,被告は,本件特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者に当たると優に認めることができる。
なお,原告は,被告がこれまで本件特許発明2の技術的範囲に属しないBPEFも製造していたことからすれば,被告において本件特許の優先日前には本件特許発明2に係る発明を完成していなかったし,事業又は事業の準備の程度には至っていなかったなどと主張する。しかしながら,大阪ガス又は被告が,本件特許発明2の技術的範囲に属しないBPEFを,被告製品と平行して製造・販売していたとしても,そのことのみをもって,被告が本件特許発明2に係る発明を完成していなかったとか,被告製品について本件特許発明2に係る発明を反復実施することができなかったなどと推認するべき事情は見当たらない。むしろ,上記(1)のような被告製品の製造数量や譲渡数量からすれば,被告らは,本件特許発明2について反復・継続して実施してきたものというほかない。
また,大阪ガスが本件特許の優先日より約8年も以前から被告製品を製造してきたことなどからすれば,大阪ガスは本件特許発明2の内容を知らないで自らその発明をしたものであること,被告は,大阪ガスから被告製品に係る発明の内容を知得したものであることについても優に認めることができる。
したがって,被告は,本件特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得し,優先権主張に係る先の出願の際現に日本国内において本件特許発明2の実施である事業をしていたことが認められるから,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権を有するものというべきである。」

争点1(被告製品は,本件特許発明1の方法により生産した物であるか)について

「仮に,被告製品について特許法104条に基づく推定が及ぶとすると,上記1で検討したところによれば,被告は,本件特許発明1に係る本件特許権についても,先使用による通常実施権(特許法79条)を有することになるというべきである。
逆に,この推定が及ばないとすると,本件では,他に,被告製品が本件特許発明1の方法により生産した物であることに関する主張立証はないから,被告製品が本件特許発明1の方法により生産した物であるとは認めることができない。
そうすると,いずれにしても,被告の行為について,本件特許発明1に係る本件特許権の侵害が成立するとは認めることができない。」

請求棄却。

【コメント】

裁判所は、被告の先使用権を認め、本件発明2は特許無効審判により無効とされるべきものであるかという争点(争点2)について判断しなかった。この争点2は、化学物質としての優先権の主張の適否、第三者譲渡による公然実施の有無等に関して争うものであり、裁判所が判断していたら興味深い内容になっていたかもしれない。

参考:

(先使用による通常実施権)
第79条 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。

(生産方法の推定)
第104条 物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定する。

Jun 23, 2012

2012.01.18 「帝國製薬 v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10143

審理判断の杜撰さを指摘: 知財高裁平成23年(行ケ)10143

【背景】

「貼付剤用支持体およびそれを用いた外用貼付剤」に関する出願(特願2000-48728)の拒絶審決(不服2010-17422)取消訴訟。争点は進歩性。

【要旨】

原告は、引用例1(特開平7-126156号公報)における引用発明の認定に関して、

「引用例の図2には,本件審決が指摘する「ウエスト弾性部材14とレッグ開口部6の周縁部との間に設けられ,おむつの縦方向へ離間して胴回り方向へ延びる胴回り弾性部材30a~30iが図示されている」との記載は存在しない。
本件審決は,実際には存在しない上記記載を前提として,引用発明について認定しているのであるから,本件審決の当該認定は誤りである。
なお,拒絶査定不服審判手続は,3人の審判官の合議体により審理されるから,上記記載は,審決の内容に影響を及ぼさない単なる誤記や文字変換ミスによる軽微な誤記と解することはできない。仮に被告が指摘するとおり,単なる錯誤によるものにすぎないとしても,そのような誤記が存在する以上,本件審決は誠実な判断に基づくものではないと解さざるを得ないものである。」

という理由で、本件審決の引用発明の認定は誤りであると主張した。

裁判所は、

「確かに,当該記載は,原告が指摘するとおり,本件とは無関係な事項に係る記載であるものというほかなく,このような事項が3行にもわたって記載されたまま本件審決がされたことは,理解し難いところである。被告も,本件とは無関係な記載が錯誤によって紛れ込んだ誤記であるなどと主張して,これを自認している。
しかしながら,それが誤記であったとしても,当事者にとっては,審判合議体の審理判断に疑義をはさませるのに十分であって,そのような誤記が抹消されないまま,審判合議体の最終判断として本件審決が告知されていることに,審理判断の杜撰さを指摘されても止むを得ないのであって,本件とは無関係な記載が錯誤により紛れ込んでしまったなどという主張が許されるものではない。
もっとも,本件においては,当該記載が本件審決の引用発明の認定それ自体に用いられなかったことは,本件審決の判断内容からしても明らかである。本件訴訟において,本件審決を取り消した上で,改めて引用例に記載された発明の認定から審判をやり直すまでの必要はなく,原告の主張は,これを採用するには至らないというべきである。」

と判断した。

その他の進歩性判断についても原告の主張を認めず、請求棄却。

【コメント】

無関係な事項が記載されたまま審決が告知された。なぜ、「おむつ」が出現したのか不明である。審判部における審決の最終文面チェックはどのように行っているのか?





Jun 3, 2012

2012.01.16 「ソルヴェイ v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10053

不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームなのでは?: 知財高裁平成23年(行ケ)10053

【背景】

「極性末端基が存在しないフルオロエラストマーとその製法」に関する出願(特願平8-101527号; 特開平08-301940)の拒絶審決(不服2007-21772号)取消訴訟。争点は新規性の有無。

本願発明(請求項1):
「フッ化ビニリデン(VDF)および/またはテトラフルオロエチレン(TFE)と少なくとも他のエチレン性不飽和フッ化モノマーからなる,
末端基が-CH3と-CF2Hを含み,
かつカルボキシレート-COO-基(~略~)から選択される極性末端基の量が0であるかまたは,末端基の全量に対して3モル%より少ない,
(~略~)
対応する原料モノマー類を水性エマルション中,紫外-可視線(UV-VIS)照射と(~略~)有機過酸化物との存在下で(~略~)共重合させることにより得られる,
フルオロエラストマー。」
審決理由の要点:
本願発明は,本件優先日以前に頒布された下記刊行物1(特開平2-124910号公報)に記載された発明と実質的に同一であるから、新規性(特許法29条1項3号)を欠く。
  • 一致点:
    フッ化ビニリデン及び/又はテトラフルオロエチレンと少なくとも他のエチレン性不飽和フッ化モノマーを有し、それらの組成割合においても重複するフルオロエラストマーである点
  • 相違点1:
    本願発明においては、フルオロエラストマーの末端基について
    「末端基が-CH3と-CF2Hを含み,かつカルボキシレート-COO-基(~略~)から選択される極性末端基の量が0であるかまたは,末端基の全量に対して3モル%より少ない」と特定しているのに対し、
    刊行物1発明においてはそのような規定がない点
  • 相違点2
    本願発明においては、フルオロエラストマーは
    「対応する原料モノマー類を水性エマルション中,紫外-可視線(UV-VIS)照射と,(~略~)有機過酸化物との存在下で,(~略~)共重合させることにより得られる」ものであるのに対し、
    刊行物1発明においては、ジアルキルパーオキシジカーボネートを用いてフルオロエラストマーを製造することは規定されているが、その際に紫外-可視線照射することは特に規定されていない点
【要旨】

1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について
「原告は,本願発明のフルオロエラストマーは刊行物1発明におけるような従来の懸濁重合法とは異なる特定の方法で初めて得られるものであって,重合方法の相違も本願発明と刊行物1発明の相違点となるべきである等と主張する。
確かに,本願発明の特許請求の範囲には,水性エマルション(エマルジョン)中で重合する旨が記載されているが,~VDF系フッ素樹脂をラジカル重合の方法で製造する場合においては,~乳化重合法~も,~懸濁重合法~も,ともに当業者が採用する周知の方法であるということができ~,~重合開始剤の分解に基づいて目的となるラジカル重合反応を生じさせる点には変わりがなく,ポリマーの生成過程も同一の過程が想定され,乳化重合方法と懸濁重合法のいずれを採用するかによって異なる化学構造のポリマーが生成することは想定されていない。一般的には,両重合方法は得ようとするポリマーの分子量,反応のさせやすさ,反応時の安全性や生成するポリマーの純度等を勘案して適宜選択されるものにすぎないものである。そして,後記2のとおり,~刊行物1発明のフルオロエラストマーと本願発明のフルオロエラストマーとでその化学構造に違いがあるとはいえないから,両者の重合方法の相違が本願発明と刊行物1発明の相違点になるものではない。したがって,本願発明と刊行物1発明の相違点の認定に誤りはない。」
2 取消事由2(新規性判断の誤り)について
「刊行物1発明のフルオロエラストマーは,アルキルカーボネート基(ROCOO-)を極性のある末端基とするものが想定されており,少なくとも刊行物1ではカルボキシレート基(-COO-),~のいずれをもその極性のある末端基に含まないフルオロエラストマーの構成が開示されているということができる。
したがって,相違点1は実質的なものではなく,この旨をいう審決の判断に誤りはない。~審決が説示するとおり,本願発明における紫外-可視線(UV-VIS)照射は,ラジカルを発生させ,反応速度をコントロールするためになされるもので,生成するフルオロエラストマーの化学構造に差異を生じさせるものではない。したがって,前記(1),(2)の判断にも照らし,また,前記1の判断のとおり,重合方法の相違すなわち乳化重合か(本願発明),懸濁重合か(刊行物1発明)は当業者において適宜選択される程度の差異にすぎず,この差異によってフルオロエラストマーの化学構造に差異が生じるものではなく,また相違点2も実質的なものではないから,この旨をいう審決の判断に誤りはない。~結局,相違点1,2は実質的なものではなく,本願発明の少なくとも一部の構成は刊行物1発明と実質的に同一である。したがって,本願発明は新規性を欠くとした審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由2は理由がない。」
請求棄却。

【コメント】

プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する判断について

本判決では、引用発明と本願発明とでその物の構成(化学構造)に違いがあるとはいえないから、特許請求の範囲に記載された製造方法に関する限定を引用発明との相違点になるものではないと判断した。すなわち、本願発明を、特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して認定することなく、引用発明との「物」の同一性のみで新規性を判断した。

しかしながら、本判決の11日後に出されたプロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する知財高裁大合議判決(2012.01.27 「テバ v. 協和発酵キリン」 知財高裁平成22年(ネ)10043; 大合議裁判官の一人が本判決の裁判長裁判官である)によれば、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定は下記のように扱うことが判示された。
「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されているプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定については、特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により、①発明の対象となる物の構成を、製造方法によることなく、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは、その発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、②上記①のような事情が存在するといえないときは、その発明の要旨は、記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。この場合において,上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これを上記②の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。
上記の観点から本件を検討すると、本件発明には、判決文を見る限り、上記①にいう不可能又は困難であるとの事情の存在は認められないようであるから、発明の要旨の認定は、特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)として、その手続を進めるべきものと解される。

大合議判決が示した手順に従うならば、本件発明を、特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として認定し、判決文中にあるように、
「VDF系フッ素樹脂をラジカル重合の方法で製造する場合においては,~乳化重合法~も,~懸濁重合法~も,ともに当業者が採用する周知の方法であるということができ~,~重合開始剤の分解に基づいて目的となるラジカル重合反応を生じさせる点には変わりがなく,ポリマーの生成過程も同一の過程が想定され,乳化重合方法と懸濁重合法のいずれを採用するかによって異なる化学構造のポリマーが生成することは想定されていない。一般的には,両重合方法は得ようとするポリマーの分子量,反応のさせやすさ,反応時の安全性や生成するポリマーの純度等を勘案して適宜選択されるものにすぎないものである。」
との理由から、引用発明に基づいて、本件発明に記載されている製造方法に関する構成に至ることは、当業者が容易になし得たといえ、進歩性を欠く、という結論へと導く方が適切だったのではないだろうか。

欧米では、本件で引用例とされた刊行物1(特開平2-124910号公報)は審査で引用されなかったようであり、製造方法の限定を持たない「物」のクレームのまま成立している。
  • US5,852,149
  • EP0739911B1

May 27, 2012

2011.12.26 「イプセン v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10367

hPTHrPアナログの発明: 知財高裁平成22年(行ケ)10367

【背景】

「副甲状腺ホルモンの類似体」に関する出願(特願平9-505897; WO97/02834; 特表平11-509201)の拒絶審決(不服2007-31134)取消訴訟。審決は下記のとおり進歩性欠如及び実施可能要件違反を理由に拒絶審決とした。
請求項1:
式:[Glu22, 25, Leu23, 28, 31, Aib29, Lys26, 30]hPTHrP(1-34)NH2のペプチド
審決の理由の要旨は下記のとおり。
引用発明:
hPTHrP(1-34)NH2の5位をIleに,19位をGluに,21位をValに置換したペプチド

一致点:
構成アミノ酸の数個を置換した,hPTHrP(1-34)NH2のペプチド

相違点:
本件発明では,22及び25位をGluに,23,28及び31位をLeuに,29位をAibに,26及び30位をLysに置換したものであるのに対し,引用発明では,5位をIleに,19位をGluに,21位をValに置換したものである点

ヒト副甲状腺ホルモン関連タンパク質(PTHrP)の改変体を製造しようとすること,その際,ヒト副甲状腺ホルモン(PTH)とPTHrPとでアミノ酸残基の異なる部位に着目することは,引用文献に接した当業者であれば,容易に想到し得たことであり,hPTHrP(1-34)NH2の改変体において,PTHとPTHrPとで共通するアミノ酸が占める部位以外の部位である,22,23,25,26,28,29,30及び31位のアミノ酸を置換しようとすることは,当業者が容易になし得た。本件明細書には,本件ペプチドのPTHレセプターへの結合及びアデニル酸シクラーゼ活性の刺激に対する効果が記載されておらず,本件発明が格別の効果を奏するとはいえない。したがって,本件発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。

本件明細書の発明の詳細な説明には,本件ペプチドが奏する効果についての具体的な記載はなく,所定の効果を示すことについて,具体的な技術的説明も記載されておらず,本件発明について当業者が実施することができるように明確かつ十分に記載されていないから,36条4項に規定する要件を満たしていない。
【要旨】

裁判所は、
「本件ペプチドは,当業者が,容易に製造,作製することができるものであって,また,本件当初明細書には,本件発明につき当業者が予測することができない効果が記載されているとは認められないことから,当業者は,引用発明を基礎として,何らの困難を伴うことなく,本件発明に至ることができる」
と判断した。まずはじめに以下のとおり言及した。
「発明が,特許法29条2項に違反しないと判断されるためには,その前提として,常に,当該発明の効果が,当初明細書の「特許請求の範囲」又は「発明の詳細な説明」に記載又は示唆されていることが求められるものではない。しかし,先願主義の下,発明を公開した代償として,発明の実施についての独占権を付与することによって,発明に対するインセンティブを高め,産業の発展を促進することを目的とする特許制度の趣旨に照らすならば,当該発明による格別の効果が,当初明細書に記載又は示唆されているか否かは,発明の容易想到性の判断を左右するに当たって,重要な判断要素になることはいうまでもない。

特に,本件のような,アミノ酸配列を規定したペプチドに係る発明については,①特定のアミノ酸配列が,ペプチドにおける既知のアミノ酸配列を変化させて,ペプチドの物性を改良することは,全ての当業者が試みるものと解されること,②アミノ酸の数が少ないペプチドについて,当該発明の効果を切り離して,単に製造をするだけであれば,さほど技術的な困難を伴わないと解されること等の諸事情を勘案すると,容易想到性の有無を判断するに当たり,当該発明の効果は,重要な技術的意味を有する考慮要素とされるべきである。

もっとも,当該発明の効果は,常に,当初明細書に記載されていることを要するものではなく,当初明細書に記載されなかった効果について,追加記載ないし事実
主張や立証の補充が,全て排斥されるとまではいえない。しかし,前記特許制度の趣旨に照らすならば,本件のようなアミノ酸配列を規定したペプチドに係る発明については,当初明細書に記載されなかった効果についての追加記載及び事実主張や立証の補充が許容される場合は,限定される場合が多いものと解するのが相当である。」
裁判所は、以上の点を踏まえて、まず本件ペプチドの相違点に係る構成に至ることの容易想到性について以下のとおり判断した。
「(中略)以上によると,①レセプターへの結合に優れたPTH及びPTHrPの改変体を製造するに当たり,本件23か所のみならず,任意の部位における,任意の個数のアミノ酸残基を置換することが,実際に試みられており,本願優先日当時,当業者において,ヒトPTHrP(1-34)NH2の改変体を製造するに当たり,1ないし34位の全てについて,任意の個数のアミノ酸残基を置換することが可能であることが技術常識であり,②本願優先日当時,置換に当たって選択されるアミノ酸は,天然アミノ酸に限られず,非天然アミノ酸も含まれること等が技術常識であった。
そうすると,改変体の有する効果を考慮に入れることなく,単に,引用発明ペプチドの1ないし34位の任意の部位を天然又は非天然アミノ酸に置換して,ヒトP
THrP(1-34)NH2の改変体を得ることには,格別の困難はない。したがって,このようなヒトPTHrP(1-34)NH2の改変体の一つである本件ペプチドの構成に至ることは,当業者において,容易になし得たといえる。」
さらに、裁判所は、本件発明の効果の観点から容易想到性の有無についてさらに以下のとおり検討した。
「(中略)本件当初明細書の表1(別紙2)にはPTH改変体のうち30個のペプチドについての試験結果が記載されているだけで,PTHrP改変体の試験結果は記載されていないところ,上記表1に記載されているPTH改変体には,本件ペプチドと置換する部位及び置換するアミノ酸が同一の改変体は含まれていない。

(中略)また,前記のとおり,PTH又はPTHrPの改変体については,様々な部位で様々なアミノ酸残基への置換が行われていたが,置換する部位や置換に使用するアミノ酸によって,その改変体が示す活性に差異が生じており,その効果を予測することは困難であったこと,特に,本件ペプチドではヒトPTHrP(1-34)NH2のうち8か所においてアミノ酸残基の置換が行われており,その効果を予測することは極めて困難であったことからすると,PTHrP改変体をPTH改変体と同じように使用することができると考えられるとしても,本件当初明細書における上記記載内容のみでは,当業者において,本件当初明細書に本件ペプチドの効果について実質的に開示がされていたとはいえず,また,本件当初明細書に当時の技術常識から当業者が本件発明の効果を認識できる程度の記載があったとも認められない。」
原告は、
「本件ペプチドの効果の認定に当たっては,本件データも勘案されるべきである」
と主張した。しかし、裁判所は、
「本件発明については,本件当初明細書にその効果が示されておらず,また,本件当初明細書に当業者がその効果を認識できる程度の記載があるとは認められないことからすると,出願後になされた試験結果を勘案することはできないというべきである。」
と判断した。

請求棄却。

【コメント】

本件のような、既知のペプチドの構成アミノ酸を別のアミノ酸に置換させたペプチド改変体に係る発明については、
  • ①ペプチドにおける既知のアミノ酸配列を変化させて,ペプチドの物性を改良することは,全ての当業者が試みるものであり,かつ,
  • ②アミノ酸の数が少ないペプチドについて,当該発明の効果を切り離して,単に製造をするだけであれば,さほど技術的な困難を伴わないと解されること
ということであれば、当該ペプチド改変体は当業者において引用発明に基づいて容易にその構成に至ることができたものと判断される可能性が高い。

従って、当該ペプチド改変体には予測できない効果があることをしっかりと主張できるかどうかが、容易想到性の有無を判断するに当たり重要になってくる。

欧米を見ると、いずれでも特許成立している。
  • US5,969,095
  • EP0847278(B1)(claim 22)

日本については本願から分割出願され、それぞれ下記のような状況である。
  • 特願2003-008027; 特開2003-238595; 登録4008825
  • 特願2007-174291; 特開2007-302682; 査定不服審判2008-014375; 出訴事件番号(平22行ケ10355) 出訴日(平22.11.17)

参考:




May 19, 2012

2011.12.26 「國際威林生化科技 v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10402

補正要件、サポート要件: 知財高裁平成22年(行ケ)10402

【背景】

「抗菌,抗ウィルス,及び抗真菌組成物,及びその製造方法」に関する出願(特願2003-408761号、特開2005-170797号)の拒絶審決(不服2007-24198)取消訴訟。

【要旨】

ア 取消事由1(新規事項の有無についての判断の誤り)について
「本件補正(第2次補正)は,本願発明(第1次補正)における「・・・キノンからなる群から選択される酸化能力を有する試薬」との記載を「・・・酸化能力を有する試剤は,アズレンキノン,1,2-ジヒドロキノン,および1,4-ジヒドロキノンからなる群から選択され」との記載に訂正する内容を含んでいる。しかし,~当業者は,このような名称を有する化学物質がいかなる化学構造を有する物質であるかを理解することができず,そもそも上記補正が当初明細書等に記載した事項の範囲内か否かを判断することができないので,上記補正は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものということはできない。したがって,「本件補正は,当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものとはいえないので,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない」との審決の判断に誤りはない。」
イ 取消事由4(目的要件の判断の誤り-「添加剤(C)」の内容を6種類に限定することは「減縮」に当たる)について
「本件補正後の請求項1(本願補正発明)「添加剤(C)」として列記されている~「硫酸カルシウム」及び「塩化マグネシウム」は,本件補正前の「添加剤(C)」には含まれない。したがって,~本件補正は特許請求の範囲の減縮ということはできないから,特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものではなく,審決の判断に誤りはない。」
ウ 取消事由5(独立特許要件〔サポート要件〕の判断の誤り)について
「本願の当初明細書には,~成分(A)のMとして「銅」以外の金属を使用する組成物については,発明の詳細な説明に具体的データの記載がなく,また,本願の組成物が脂肪酸やDNAを分解するメカニズムを説明する記載もなく,~組成物中の各成分が果たす役割を実証する記載もない。他方,本件補正後の請求項1の記載によって特定される3つの成分を組み合わせることにより,脂肪酸やDNAが分解でき,その結果,バクテリア,ウイルス及び真菌類を破壊,殺菌できることについて,具体例をもって示さなくとも当業者が理解できると認めるに足りる技術常識はない。
そうすると,本願の組成物の成分(A)のMとして「銅」以外の金属を使用するものが,脂肪酸やDNAを分解でき,バクテリア等を破壊,殺菌するという課題を解決できるということはできないので,本願における発明の詳細な説明は,本件補正の請求項1の記載によって特定される成分(A)のMの全ての範囲において所期の効果が得られると当業者において認識できる程度に記載されているということができない。したがって,本件補正後の請求項1(本願補正発明)の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」(サポート要件充足)ということはできない。

~原告は,「銅」以外の各種金属イオンを含有する抗菌,抗ウィルス,及び抗真菌組成物を本願明細書の実施例1と同じ手順で調製し,実験例1及び2で述べた手法で検証したところ,金属イオン化合物が本願補正発明において触媒機能を発揮し,これらの化合物を使用して組成物を調製した場合においても所望の抗菌,抗ウィルス及び抗真菌作用を奏することが示されたと主張する。しかし,明細書等に記載されていなかった事項について,出願後に補充した実験結果等を参酌することは,特段の事情がない限り,許されないというべきところ,原告が主張する上記実験結果は本願の当初明細書に記載されておらず,それがいつ,どこで行われた実験であるか明らかでないばかりか,~上記実験は本件訴訟提起後に行われたと推認されるし,本願の当初明細書又は出願時の技術常識から上記実験の結果が示唆ないし推認されるような特段の事情も認められないから,そもそも上記実験結果を参酌することはできないというべきである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。」
結論
「以上のとおりであるから,本件補正には新規事項追加禁止違反(改正前特許法17条の2第3項),目的要件違反(17条の2第4項)及び独立特許要件違反(36条6項1号等)があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件補正を却下すべきものとした審決の結論に誤りはない。」
請求棄却。

【コメント】

出願人の補正はどう考えても無理があったのでは。
また、当初明細書等に記載されていなかった事項について、サポート要件違反を解消するために出願後に補充した実験結果等を参酌することは、特段の事情がない限り許されない。

参考:
特許・実用新案審査基準 第Ⅰ部第1章 明細書及び特許請求の範囲の記載要件

2.2.1.5 第36条第6項第1号違反の拒絶理由通知に対する出願人の対応
出願人は第36条第6項第1号違反の拒絶理由通知に対して意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をすることができる。

(1)違反の類型(3)について(2.2.1.3(3)参照)
出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することができないと判断された場合は、出願人は、例えば、審査官が判断の際に特に考慮したものとは異なる出願時の技術常識等を示しつつ、そのような技術常識に照らせば、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できることを、意見書において主張することができる。また、実験成績証明書によりこのような意見書の主張を裏付けることができる(事例6,7,21参照)。

ただし、発明の詳細な説明の記載が不足しているために、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することができるといえない場合には、出願後に実験成績証明書を提出して、発明の詳細な説明の記載不足を補うことによって、請求項に係る発明の範囲まで、拡張ないし一般化できると主張したとしても、拒絶理由は解消しない(事例4,5,8,9参照)。(参考:知財高判平17.11.11(平成17(行ケ)10042 特許取消決定取消請求事件「偏光フィルムの製造法」大合議判決))

(2)違反の類型(4)について(2.2.1.3(4)参照)
請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになっていると判断された場合は、出願人は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すれば、審査官が示した課題や課題を解決するための手段とは異なる課題や課題を解決するための手段を把握可能であり、請求項にはその課題を解決するための手段が反映されている旨の反論を行うことができる。

May 9, 2012

2011.11.30 「第一三共 v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10018

カルベジロールの虚血性心不全患者死亡率減少効果の顕著性: 知財高裁平成23年(行ケ)10018

【背景】

「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」に関する特許(第3546058号)の訂正審判(訂正2010-390052)審決取消訴訟。争点は、訂正発明の進歩性。

手続きの経緯は下記のとおり。
  • 2007年9月13日、沢井製薬は、無効審判請求(無効2007-800192)し、特許庁は、特許無効審決。
  • 2009年4月13日、上記審判手続中に本件特許の移転登録を受けた原告は、審決取消訴訟を提起(平成21年(行ケ)10101)するとともに訂正審判を請求(訂正2009-390065)。裁判所は、審決を取り消す旨の決定をし、事件は特許庁に差し戻された。
  • 2010年3月29日、特許庁は、同審判手続きにおいて請求された訂正を認容した上で、特許無効審決(無効2007-800192)。
  • 2010年5月6日、原告は、上記無効審決の取消しを求めて訴訟を提起(平成22年(行ケ)10140)するとともに訂正審判を請求(訂正2010-390052)したが、特許庁が審判請求不成立の審決を出したため、原告は、本件審決取消訴訟を提起した。

訂正発明1:
利尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害剤および/またはジゴキシンでのバックグランド療法を受けている哺乳類における虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスⅡからⅣの症状において同様に実質的に減少させる薬剤であって,低用量カルベジロールのチャレンジ期間を置いて6ヶ月以上投与される薬剤の製造のための,単独でのまたは1もしくは複数の別の治療薬と組み合わせたβ-アドレナリン受容体アンタゴニストとα1-アドレナリン受容体アンタゴニストの両方である下記構造:
(略)
を有するカルベジロールの使用であって,前記治療薬がアンギオテンシン変換酵素阻害剤,利尿薬および強心配糖体から成る群より選ばれる,カルベジロールの使用。
【要旨】

裁判所は、訂正発明1における顕著な作用効果を考慮することなく同発明が特許法29条2項に該当するとした審決には誤りがある、と判断した。事案にかんがみ、取消事由4(顕著な作用効果を看過した誤り)について下記のとおり判断した。
「当該発明が引用発明から容易想到であったか否かを判断するに当たっては,当該発明と引用発明とを対比して,当該発明の引用発明との相違点に係る構成を確定した上で,当業者において,引用発明及び他の公知発明とを組み合わせることによって,当該発明の引用発明との相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かによって判断する。相違点に係る構成に到達することが容易であったと判断するに当たっては,当該発明と引用発明それぞれにおいて,解決しようとした課題内容,課題解決方法など技術的特徴における共通性等の観点から検討されることが一般であり,共通性等が認められるような場合には,当該発明の容易想到性が肯定される場合が多いといえる。
他方,引用発明と対比して,当該発明の作用・効果が,顕著である(同性質の効果が著しい)場合とか,特異である(異なる性質の効果が認められる)場合には,そのような作用・効果が顕著又は特異である点は,当該発明が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となり得ると解するのが相当である。」
裁判所は、上記観点から以下のとおり検討した。

ア 刊行物Aとの対比
「訂正発明1については,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性が67%減少する旨のデータが示されている。
これに対し,刊行物Aには,カルベジロールは虚血性心不全である冠動脈疾患により引き起こされた心不全の患者の症状,運動耐容能,長期左心室機能を改善する点の示唆はあるものの,死亡率改善については何らの記載もない。また,刊行物Aには,カルベジロールを特発性拡張型心筋症により引き起こされた非虚血性心不全患者に対し,少なくとも3か月投与したところ,左心室収縮機能等の改善が認められたことが記載されているが,死亡率の低下について記載はない。」
イ その他の公知文献との対比
「~上記のとおり,本願優先日前,β遮断薬による虚血性心不全患者の死亡率の低下については,統計上有意の差は認められていなかったと解される。また,本願優先日前に報告されていたACE阻害薬の投与による虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率の減少は16ないし27%にすぎず,また,虚血性心不全患者の死亡率の低下は19%にすぎなかった。したがって,訂正発明1の前記効果,すなわち,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより死亡率の危険性を67%減少させる効果は,ACE阻害薬を投与した場合と対比しても,顕著な優位性を示している。」
ウ 虚血性心不全と非虚血性心不全の治療効果の差異
「虚血性心不全は冠動脈疾患を原因とする心不全であるのに対し,非虚血性心不全は冠動脈疾患以外の原因で発生する心不全であり,その発生原因が異なるため,生存率も異なり(虚血性心不全の方が非虚血性心不全より生存率が悪い。),薬剤投与の効果も異なるということが,本願優先日前の当業者の技術常識であったと認められる~。~以上によると,前記のとおり,ACE阻害薬の投与により虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率が16ないし27%減少したという報告がなされていたとしても,虚血性心不全患者に限った場合,同程度の死亡率減少効果が認められると予測し得るとはいえない。」
エ 以上のとおり,訂正発明1の構成を採用したことによる効果(死亡率を減少させるとの効果)は,訂正発明1の顕著な効果であると解することができる。
「訂正発明1は,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性を67%減少させる効果を得ることができる発明であり,訂正発明1における死亡率の危険性を67%減少させるとの上記効果は,「カルベジロールを『非虚血性心不全患者』に少なくとも3か月間投与し,左心室収縮機能等を改善するという効果を奏する」との刊行物A発明からは,容易に想到することはできないと解すべきである。」
オ 被告の主張に対して
「この点,被告は,訂正発明1に係る特許請求の範囲において,「死亡率の減少」という効果に係る臨界的意義と関連する構成が記載されておらず,訂正発明1は,薬剤の使用態様としては,この分野で従来行われてきた治療のための使用態様と差異がなく,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与することと明確には区別できないことから,死亡率の減少は単なる発見にすぎないことを理由に,訂正発明1が容易想到であるとした審決の判断に,違法はない旨主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。
すなわち,特許法29条2項の容易想到性の有無の判断に当たって,特許請求の範囲に記載されていない限り,発明の作用,効果の顕著性等を考慮要素とすることが許されないものではない(この点は,例えば,遺伝子配列に係る発明の容易想到性の有無を判断するに当たって,特許請求の範囲には記載されず,発明の詳細な説明欄にのみ記載されている効果等を総合考慮することは,一般的に合理的な判断手法として許容されているところである。)。
また,カルベジロールをうっ血性心不全患者に対して「治療」のために投与する例が従来から存在すること,及び「治療」目的と「死亡率減少」目的との間には,相互に共通する要素があり得ることは,原告主張に係る取消理由2の4に対する反論としては,成り立ち得ないではない。すなわち,「『死亡率の減少』との効果が存在することのみによって,直ちに当該発明が容易想到でないとはいえない」という限りにおいては,合理的な反論になり得るといえよう。しかし,被告の論旨は,原告主張に係る取消事由4(「死亡率の減少が予測を超えた顕著性を有する」)に対しては,有効な反論と評価することはできず,その点は,既に述べたとおりである。」
裁判所は、以上のとおり、原告主張に係る取消事由4には理由があり、審決にはその結論に影響を及ぼす誤りがあることになるからその余の点を判断するまでもなく違法であると判断し、審決を取り消した。

【コメント】

本事件は、発明の作用・効果の顕著性が進歩性判断の決め手となった事案である。

本件判決では、引用発明と対比して、発明の作用・効果が顕著である(同性質の効果が著しい)場合又は特異である(異なる性質の効果が認められる)場合には、そのような点は当該発明が容易想到ではなかったとの結論を導く重要な判断要素となり得ることが判示された。

裁判所は、判決文でも明らかなように、「刊行物Aには,カルベジロールは虚血性心不全~の患者の症状,運動耐容能,長期左心室機能を改善する点の示唆はある」と判断している。この点からすれば、カルベジロールを「虚血性心不全患者」を「治療」する目的で使用することは、刊行物A発明に基づいて、当業者なら容易に想到することができ、さらに、特許庁が主張したように、「治療」目的の投与と「死亡率減少」目的の投与とでは実質的に区別できない構成である、または「死亡率の減少」は「治療」の延長線上にあるから当業者なら容易に想到できる構成である、と判断されて、当該発明は進歩性なし…という結論に至る可能性もあったように思える。

しかし、裁判所は、当該発明の「死亡率減少」という顕著な作用効果を看過した誤りがあるとの原告の主張(取消事由4)には理由があり、審決の結論に影響を及ぼす誤りがあることになると判断した。

進歩性判断手法の一般論として、引用発明から当業者にとっては容易に想到できる構成であるにもかかわらず、他方で引用発明と比較した効果が顕著であった場合、相違点の構成に到達することの容易性に重きを置くのか、作用・効果の顕著性に重きを置くのかは進歩性判断の結論を出す上で重要な問題である。

本判決では、取消事由4(顕著な作用効果を看過した誤り)のみが判断され、それ以外の容易想到性の判断の誤りに関する取消事由については判断されなかったため、判決後の差戻し審理で特許庁が、判決で判断されなかった相違点の構成に到達することの容易想到性と、作用・効果の顕著性とのバランスをどのように判断するのか期待していたのだが、特許庁は、「効果は、刊行物A発明からは、容易に想到することはできないと解すべきである」との判示事項により拘束される事項を「発明が刊行物A発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができないものである」と捉えて訂正を認める審決を下している(2012.01.19 訂正2010-390052)。発明の効果の顕著性が進歩性を肯定する十分条件とするならば、データ後出しによる発明効果主張の補強を寛容にするという近年の傾向(気のせいかもしれませんが。参考: 進歩性のための明細書記載要件; 2010.07.15 「P&G v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10238)は、第三者にしてみれば、特許成立予測可能性を困難にさせる懸念がある。

なお、上記訂正審決は確定したことによって、訂正前の特許請求の範囲に基づいてなされた無効審決(無効2007-800192)は、結果的に発明の要旨認定を誤ったことになり、違法として取り消された(2012.03.06 「第一三共 v. 沢井製薬」 知財高裁平成22年(行ケ)10140)。

参考:

カルベジロール(Carvedilol、第一三共の販売名: アーチスト(Artist)錠)はα受容体遮断作用を併有するβ受容体遮断薬である。日本では「本態性高血圧症(軽~中等症)、腎実質性高血圧症、狭心症」の効能で製造承認を取得し、「アーチスト錠10mg」、「アーチスト錠20mg」として1993年5月に発売された。さらに、「虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全」の効能追加(錠10mg)及び慢性心不全用の低含量製剤として、「アーチスト錠1.25mg」、「アーチスト錠2.5mg」の剤形追加に係る申請を行い、2002年10月に承認された。

効能又は効果は下記のとおり。
○本態性高血圧症(軽症~中等症)
○腎実質性高血圧症
○狭心症
○次の状態で、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、利尿薬、ジギタリス製剤等の基礎治療を受けている患者
虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全

後発品には、「虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全」の効能は記載されていない。