Apr 8, 2012

2011.10.24 「トール v. ローム」 知財高裁平成22年(行ケ)10245

「含まない」との構成要件と新規性の考え方: 知財高裁平成22年(行ケ)10245

【背景】

原告(トール)が保有する「相乗作用を有する生物致死性組成物」に関する特許(第3992433号)の無効審決(無効2008-800291号事件)取消訴訟。

請求項1(本件発明1):
「少なくとも2つの活性な殺菌剤を含み,活性な殺菌剤のひとつがMITである,病原性微生物によって感染されるものに付与される生物致死性組成物において,より活性な殺菌剤としてBITを含み,CMITを含まないことを特徴とする生物致死性組成物。」

MIT: 2-メチルイソチアゾリン-3-オン
BIT: 1,2-べンゾイソチアゾリン-3-オン
CMIT: 5-クロロ-2-メチルイソチアゾリン-3-オン

本件発明では「CMITを含まない」と特定されているのに対し、甲1発明ではそのような特定がなされていない一応の相違点について、審決が、本件発明は甲1発明であるとして特29条1項3号に該当する(新規性を欠く)とした判断が争点となった。

【要旨】

裁判所は下記のとおり判断した。

「本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「CMIT(5-クロロ-2-メチルイソチアゾリン-3-オン)を含まない」との技術的構成により限定される旨の記載がされているのに対し,甲1には,CMITが含有されたことによる問題点(解決課題)及び解決手段等の言及は一切なく,したがって「CMITを含まない」との技術的構成によって限定するという技術思想に関する記載又は示唆は何らされていないにもかかわらず,審決が,本件発明1は甲1発明1であるとして,特許法29条1項3号に該当する(新規性を欠く)とした判断には,少なくとも,新規性を欠くとした判断の論理及び結論に誤りがあると解する。
その理由は,以下のとおりである。

特許法29条1項は,特許出願前に,公知の発明,公然実施された発明,刊行物に記載された発明を除いて,特許を受けることができる旨を規定する。出願に係る発明(当該発明)は,出願前に,公知,公然実施,刊行物に記載された発明であることが認められない限り(立証されない限り),特許されるべきであるとするのが同項の趣旨である。
当該発明と出願前に公知の発明等(以下「公知発明」という場合がある。)を対比して,公知発明が,当該発明の特許請求の範囲に記載された構成要件のすべてを充足する発明である場合には,当該発明は特許を受けることができないのはいうまでもない(当該発明は新規性を有しない。)。これに対して,公知発明が,当該発明の特許請求の範囲に記載された構成要件の一部しか充足しない発明である場合には,当該発明は特許を受けることができる(当該発明は新規性を有する。)。ただし,後者の場合には,公知発明が,「一部の構成要件」のみを充足し,「その他の構成要件」について何らの言及もされていないときは,広範な技術的範囲を包含することになるため,論理的には,当該発明を排除していないことになる。したがって,例えば,公知発明の内容を説明する刊行物の記載について,推測ないし類推することによって,「その他の構成要件についても限定された範囲の発明が記載されているとした上で,当該発明の構成要件のすべてを充足する」との結論を導く余地がないわけではない。しかし,刊行物の記載ないし説明部分に,当該発明の構成要件のすべてが示されていない場合に,そのような推測,類推をすることによってはじめて,構成要件が充足されると認識又は理解できるような発明は,特許法29条1項所定の文献に記載された発明ということはできない。仮に,そのような場合について,同法29条1項に該当するとするならば,発明を適切に保護することが著しく困難となり,特許法が設けられた趣旨に反する結果を招くことになるからである。上記の場合は,進歩性その他の特許要件の充足性の有無により特許されるべきか否かが検討されるべきである。
上記の観点から,新規性を否定した審決の当否を検討する。

~「CMITを含まない」との構成要件によって,その技術的範囲に限定を加えた趣旨については,発明の詳細な説明欄の記載によれば,~産業排水規制の観点から,その使用が望まれない等の欠点があったため,そのような課題に対する解決方法として,~「CMITを含まない」との限定をすることにより,課題解決に至った趣旨の説明がされている。上記のとおりであるから,「CMITを含まない」との構成要件を付加することにより,その技術的範囲を限定した趣旨は明確であり,また,特許請求の範囲に記載された「CMITを含まない」との文言の意義も不明瞭な点はない。

~甲1及びその引用文献には,防菌・防黴剤の組成物として用いられるMITについて,「CMITを含まない」ことについては言及がなく,CMITが含まれたことによって生じる欠点に関する指摘もない。したがって,甲1において,CMITが含まれることによる欠点を回避するという技術思想は示されていない。甲1に接した当業者は,「CMITを含まない」との構成要件によって限定された範囲の発明が記載されていると認識することはなく,甲1には,「CMITを含む発明」との包括的な概念を有する発明が記載されていると認識するものと解される。

~すなわち,①甲1発明には,上記のとおり,CMITが含まれたことによって生じる問題点に関する指摘は,全くされていないこと,②のみならず,甲1発明では,CMITが~記載されていること,③本件優先日において,当業者が利用可能なMITとしては,CMITとの混合物しか市販されていなかったこと,④甲1の表2に示される実施例として用いられたMITにCMITが含まれるか否かを,原告において追試により確認した結果によれば,実施例は,純粋なMITからなるものではなく,むしろMITにCMITが含まれたものであると推測されること,⑤~本件発明の出願日(優先日)当時においても,一般に,上記明細書に記述されていたとおりの認識がされていたと推認されること等の諸事実を総合すれば,当業者であれば,甲1発明において使用されるMITは,当然にCMITを含有するものであり,製造コストをかけて,CMITを除去するような化合物を使用することはないと認識していたものと解するのが合理的である。
そうすると,甲1には,MIT及びBITからなる実施例が示されていたとしてもなお,同実施例の記載から直ちに,「CMITを含まない」との構成要件を充足する発明が記載,開示されていると認定することはできない。

~以上のとおり,甲1には,CMITが含有されたことによる問題点(解決課題)及び解決手段等の言及は一切なく,したがって「CMITを含まない」との技術的構成によって限定するという技術思想に関する記載又は示唆は何らされていないから,審決が,本件発明1は,甲1発明1であるとして,特許法29条1項3号に該当する(新規性を欠く)と判断した点は,その限りにおいて誤りがある。」

審決のうち、「請求項1~7,18に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。

【コメント】

「(ある成分)を含まない」との技術的構成により限定されるクレームの新規性を判断する際に審決の論理及び結論に誤りがあったとした判決。公知組成物中に不純物・夾雑物が含まれることによって生じる課題を解決した発明を表現する際に、「それら成分(不純物・夾雑物)を含まない」との技術的構成によって公知組成物を限定するクレームの特許性を検討する際に役に立つ事案と考えられる。通常、ある成分(不純物・夾雑物)を含まないという技術思想は製造方法を工夫することによって解決されるケースが多いだろうから、製造方法の発明として出願される場合が多いかもしれないが、本件のような「(ある成分)を含まない物」のクレームで出願してみることも検討に値するだろう。本判決によって審決が取り消された請求項1~7、18に係る発明についての差戻し審理では、本件審判の請求は成り立たないと審決した(特許庁審決: 2012年1月31日)。この差戻し審理では、新規性に関する無効理由だけでなく、進歩性に関する無効理由についても請求は成り立たないとして結論を下している。

米国及び欧州においても下記クレームにて特許となった。

  • 米国特許番号6,361,788
    Claim 1. A biocide composition comprising at least two active biocidal substances, selected from the group consisting of 2-methylisothiazolin-3-one and 1,2-benzisothiazolin-3-one, said biocide composition being free of any 5-chloro-2-methylisothiazolin-3-one.

  • 欧州特許番号EP1005271B1
    Claim 1. Biocide composition as an additive to materials which can attacked, by harmful micro-organisms, wherein the biocide composition contains at least two biocidal active agents, of which one is a 2-methylisothiazolin-3-one, characterised in that the biocide composition contains a further biocidal active substance 1,2-benzisothiazolin-3-one with the exception of biocide compositions with a content of 5-chloro-2-methylisothiazolin-3-one.

不純物又は純度に関する発明について争われた判決はこちら


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