Jul 29, 2012

2012.02.29 「ジャンスー サイノーケム v. フレクシス」 知財高裁平成23年(行ケ)10108

「調節された量」の解釈: 知財高裁平成23年(行ケ)10108

【背景】

フレクシス(被告)が保有する「4-アミノジフェニルアミン(4-ADPA)の製造法」に関する特許(3167029)に対して、ジャンスー(原告)がした無効審判請求を不成立とした審決(無効2010-800009)の取消訴訟。争点は、①明確性要件(取消事由1)、②新規性(取消事由2)、③進歩性(取消事由3)。

本件発明1:
1種以上の4-ADPA中間体を製造する方法において,
(イ)アニリンおよびニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ,
そして
(ロ)アニリンおよびニトロベンゼンを制限された区域中適当な温度でまた1種以上の4-ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質および適当な塩基の存在下に反応させる,
という諸工程からなる上記方法
本件審決が認定した本件発明1と引用発明との相違点は次のとおり。
相違点1:
工程(イ)において、本件発明1は、「アニリン及びニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ」るのに対して、引用発明は、それらを適当な溶媒系中で反応するように接触させるかどうか明らかでない点

相違点2:
工程(ロ)において、本件発明1は、「アニリン及びニトロベンゼンを…1種以上の4-ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質…の存在下に反応させる」のに対して、引用発明は、それらをそのように反応させるかどうか明らかでない点
【要旨】

主文
1. 特許庁が無効2010-800009号事件について平成22年11月24日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所は下記のとおり判断した。

1. 取消事由1(明確性の要件に係る判断の誤り)について
~本件審決は,本件発明1~における水などのプロトン性物質の量に関して,~ゼロではなく,有意な量が必要であるとする。しかしながら,本件明細書では,「調節された量」について,アニリンを溶媒として用いた場合に,プロトン性物質として水が使用される場合は,上限値が4%であることは記載されているが,下限値がゼロであってはならないとの記載はなく,むしろ,無水条件下で行うことができるかもしれないことが記載されているのである。しかも,実施例において,反応系に水は添加されていない。むしろ,無水条件化の方が,収量が最大となることが示されているものである。
~以上からすると,「調節された量のプロトン性物質」には,プロトン性物質として水を使用した場合であるが,無水条件が含まれるのであるから,プロトン性物質が存在しない状態が含まれるものといわざるを得ない。したがって,「調節された量のプロトン性物質」について,「4-ADPA中間体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」として,「アニリンとニトロベンの反応に関与できる状態」で反応物中に存在している必要があるとした本件審決の判断は,無水条件を含まないという趣旨であるならば,誤りであるというほかない。もっとも,「調節された量のプロトン性物質」について,上記のとおり,プロトン性物質が存在しない状態が含まれるものと解し得る以上,「調節された量のプロトン性物質」の意義それ自体が不明確であるというわけではなく,明確性の要件に違反するということはできない。
2. 取消事由2(本件発明1の新規性に係る判断の誤り)について
~本件発明1の「調節された量のプロトン性物質」には,プロトン性物質として水を使用した場合,無水条件が含まれることは,前記1(1)のとおりである。~したがって,相違点2は,以上認定の限度において,実質的な相違点ということはできない。~引用例には,~反応を溶媒中で行うことについて,明記されていないが,引用発明には,僅かではあっても過剰のアニリンを反応液中に含んでおり,過剰のアニリンが溶媒として機能することは否定できないし,そもそも化学反応において,必要に応じて,適宜,溶媒を用いることは,当業界における常套手段の付加にすぎないことが明らかである。したがって,相違点1も,実質的な相違点ということはできない。
~以上からすると,相違点1及び2はいずれも実質的な相違点ということはできず,本件発明1は,プロトン性物質として水を用いる場合に,無水条件を含むものであるから,この構成を採用する点において,引用発明と同一の発明であるというほかなく,新規性を有しないものというべきである。
なお,被告は,引用発明で収集される4-ADPA中間体は「副生成物」であり,4-ADPA中間体の収量及び収率は小さいから,引用例には本件発明1の技術思想が開示されていないと主張する。
しかしながら,引用例に本件発明1の前記認定の構成が開示されている以上,この点において,本件発明1の新規性が否定されることは明らかである。被告の主張は失当である。
3.取消事由3(本件発明2ないし26の新規性ないし進歩性に係る判断の誤り)について
前記2のとおり,本件発明1についての新規性に係る判断が誤りである以上,本件発明2ないし26の新規性及び進歩性に係る本件審決の前記結論を直ちに是認することはできない。
【コメント】

製造方法の発明において、特許請求の範囲中の「調節された量のプロトン性物質~の存在下に反応させる」について、プロトン性物質の「調節された量」がゼロを含むのかどうか問題となった。
判決の結果から振り返ると、出願人は「調節された量」のような修飾語をクレームに含めるべきではなかった、または明細書中への定義に注意すべきだったと考えられる。
しかし、クレームや明細書を素直に読むと、「調節された量」がゼロを含むと解釈できるとはどうも考えにくいように個人的には思える。
明細書には、確かに、プロトン性物質である水を添加していない状況でも反応が可能であるかのような記載があるが、「反応物中に存在するプロトン性物質の量は重要である」等の記載があり、特許請求の範囲が「プロトン性物質~の存在下」と記載されているのである。明細書の記載からしても、当業者なら、「ゼロ」を含まないという意味で特許請求の範囲が設定されていることを読み取るのではなかろうか。「調節された量」がゼロ(すなわち非存在下)をも含む意味として、特許請求の範囲を広く解釈した判断は少々揚げ足取り的な判断だったように感じてならない。

欧米でも「a controlled amount of protic material」という文言を含むクレームとして特許が成立している。

EP0590053(B3)
US5117063(A)
US5453541(A)
US5608111(A)

欧州では成立特許に対して異議申立がなされ、新規性及び進歩性の欠如を理由として無効とされたが、特許権者は審判を請求して争い、結局、特許維持の判断がなされた(T0829/00)。異議申立、審判でも「a controlled amount of protic material」の表現の解釈が議論されている。

米国でも、「controlled amount」の解釈が争点となって争われたが(2007.12.21 「Sinorgchem v. ITC & Flexsys America」CAFC No.2006-1633)、知財高裁が下したゼロを含むかどうかという問題が争点だったのではなく、明細書の記載に基づいて範囲を狭く解釈するかどうかという問題であった(CAFCはクレームを狭く解釈することによって非侵害と判断し、原審を破棄し差し戻した)。

欧米で争われた観点と解釈が、知財高裁と異なっている点は、非常に興味深い。

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