Sep 27, 2012

2012.09.27 アクトス併用療法 特許侵害訴訟 大阪地裁判決

沢井製薬のプレスリリースによると、沢井製薬が製造販売する「ピオグリタゾン錠15mg/30mg「サワイ」」(先発品名:アクトス錠)に対し、沢井製薬製品と他糖尿病薬との併用療法が、武田薬品の保有する2件の「組合せ特許」に抵触するとして、同社(原告)より大阪地裁に提訴されていた特許侵害訴訟に関し、大阪地裁は本日9月27日付で原告の訴えを棄却する旨の判決を下したとのことです。

本件は、沢井製薬らが、2011年6月にピオグリタゾン錠(ジェネリック医薬品)を薬価収載し、製造販売を予定していることに対し、武田薬品が沢井製薬ら8社(被告)に対し、ピオグリタゾン錠の製造販売の差止を求める訴訟を同年6月13日付で大阪地裁に提起し、以降、同地裁で係争が続いていたもの。

今回の判決では、「被告が単剤である被告製品を販売することは、たとえ医療機関において他糖尿病薬と同時に処方されたとしても、本件『組合せ特許』に対し直接的及び間接的にも侵害を構成するものではなく、さらに当該特許は新規性及び進歩性がなく無効とすべきものである」と判断され、「組合せ特許」の抗力の及ぶ範囲が明確に判断されたとのことです。

なお、本件「組合せ特許」に関しては、別途、無効審判の審決に対する審決取消訴訟の知的財産高等裁判所の判決に対し、武田薬品が平成24年4月23日付で上告し、現在最高裁判所に係属しているとのことです。

参考:

Sep 23, 2012

2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10148

アクトス(ACTOS)併用発明の新規性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10148

【背景】
武田薬品(被告)の特許(第3148973号)に対する沢井製薬(原告)の特許無効審判の請求について、請求は成り立たないとした審決(無効2010-800087)(参照: 2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088)の取消訴訟。

請求項(本願発明):
1. (1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
2. (1)ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる,副作用の軽減された糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療薬
3. 副作用が消化器障害である請求項2記載の医薬
4. 消化器障害が下痢である請求項3記載の医薬
5. α-グルコシダーゼ阻害剤がボグリボースである請求項1記載の医薬
6. ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容しうる塩1重量部に対し,α-グルコシダーゼ阻害剤を0.0001~0.2重量部用いる請求項1記載の医薬
7. (1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる,これらの薬剤の単独投与に比べて血糖低下作用の増強された糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
8. α-グルコシダーゼ阻害剤がボグリボースである請求項7記載の医薬
9. ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩1重量部に対し,α-グルコシダーゼ阻害剤を0.0001~0.2重量部用いる請求項7記載の医薬
10. (1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる,これらの薬剤の単独使用の場合と比較した場合,少量を使用することを特徴とする糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
11. α-グルコシダーゼ阻害剤がボグリボースである請求項10記載の医薬
12. インスリン感受性増強剤1重量部に対し,α-グルコシダーゼ阻害剤を0.0001~0.2重量部用いる請求項10記載の医薬

【要旨】

主文
特許庁が無効2010-800087号事件について平成23年3月22日にした審決を取り消す。(他略)

1. 取消事由1(引用例3に基づく本件発明1等の新規性に係る判断の誤り)について

裁判所は下記のとおり判断した。
「以上のとおり,引用例3の図3には,「ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,アカルボース,ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬」という構成の発明が記載されているものと認められ,当業者は,本件優先権主張日当時の技術常識に基づき,当該発明について,両者の薬剤の併用投与によるいわゆる相加的効果を有するものと認識する結果,ピオグリタゾン等の単独投与に比べて血糖低下作用が増強され,あるいは少量を使用することを特徴とするものであることも,当然に認識したものと認められるほか,下痢を含む消化器症状という副作用の軽減という作用効果を有することも認識できたものと認められる。
したがって,引用例3の図3には,本件発明1等の構成がいずれも記載されており,本件優先権主張日当時の技術常識を参酌すると,その作用効果又は作用効果に関わる構成もいずれも記載されているに等しいというべきであって,これらの発明は,いずれも特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明(特許法29条1項3号 )であるというほかない。
よって,本件審決は,引用例3の図3に記載の発明についての認定を誤り,ひいては本件発明1等に関する特許法29条1項3号 の適用を誤るものであって,取消事由2(引用例4に基づく本件発明1等の新規性に係る判断の誤り)について判断するまでもなく,取消しを免れない。」
2. 取消事由3(本件各発明の容易想到性に係る判断の誤り)

裁判所は以下のとおり判断した。
「以上によれば,引用例3の図3に記載の発明において,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩とα-グルコシダーゼ阻害剤とを併用投与するに当たって,各用量をどのように特定するかは,投与者がそれにより得ようとするいわゆる相加的効果の内容に応じて適宜設計すれば足りる事項であるというべきであって,本件発明6,9及び12の前記相違点に係る構成は,実質的な相違点とはいえないか,せいぜい当業者が容易に想到することができるものであるといえる。
~よって,当業者が本件各発明(特に,本件発明6,9及び12)を容易に想到できないとした本件審決の判断は,特許法29条2項 の適用を誤るものであり,本件審決は,取消しを免れない。」
【コメント】

新規性判断において、特許庁は、
「図3には,肥満患者(肥満+)においてα-グルコシダーゼ阻害剤とピオグリタゾン(AD-4833)とを併用することについて示されているが(3c),ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるアカルボース,ボグリボース又はミグリトールとを併用することにより実際に糖尿病治療が行われたことや,その併用について糖尿病治療に係る薬理効果を実際に確認したことについては何ら記載がない。」
と認定し、ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるアカルボース、ボグリボース又はミグリトールとの組み合わせに係る薬理効果の実証を伴わない記載のみからでは、刊行物において本件発明が記載されているとは認められないと判断していた(参照: 2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088)。被告(武田薬品)も、併用医薬発明は併用効果を奏する場合に初めて発明として完成するものであるから優先権主張日当時に技術的思想として確立されていたとはいえず、引用例に本願発明が記載されていたということはできないと主張した。しかし、結局、裁判所は新規性なしと判断した。優先権主張日当時の技術常識から、引用発明としての併用効果がどのように認識できるかどうかという点も含め、刊行物に記載された引用発明の認定において特許庁と裁判所の判断が割れた形となった。

「物」または「医薬用途」の発明の新規性判断において、引用発明の適格性にその効果の記載は必須か、必須でなくても明細書の記載や技術常識からどのように認識され、判断されるのか、過去の事例とともに参考になる事案である(参考: 記載要件/引例適格/データは必要か)。

また、本件発明2ないし4には「副作用の軽減された」との作用効果に関わる構成があり、これらも、当時の技術常識を参酌すれば引用発明に記載されているに等しいと裁判所は判断した。発明の作用効果に関するクレームの構成が引用発明との一致点・相違点の認定においてどのように判断されるのかということを検討する上で参考になる事例といえる(以下参考)。

また、特許庁は、進歩性判断において、
「本件特許明細書の実験例1において示される併用効果が相加効果又は相乗効果のいずれであるのかまでは直ちには判断し得ないとしても,ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用による本件発明1の効果は,甲第1~4号証における記載からは当業者が予測できない格別顕著なものであると言うべきである。」
とし、本件発明に係る糖尿病治療薬は、これら刊行物の記載から当業者が容易に想到することができたとは認められないと判断していた。しかし、裁判所は、 取消事由1(新規性に係る判断の誤り)についての判決文中で、
「本件明細書は,塩酸ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにする余地があるにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。したがって,本件明細書には,本件各発明の作用効果の顕著性を判断するに当たり,被告が援用する乙20ないし23(被告所属の技術者が作成した実験成績証明書等)の記載を参酌すべき基礎がないというほかない。」
と言及しており、出願後に提出された実験成績証明書の参酌を認めなかった(別事案も参照: 2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147)。出願後の実験データの参酌が認められる要件について整理される必要があるのではなかろうか。

参考:

Sep 17, 2012

2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147

アクトス(ACTOS)併用発明の進歩性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147

【背景】
武田薬品(被告)の特許(第3973280号)に対する沢井製薬(原告)の特許無効審判の請求について、当該特許の一部(請求項1~6)を実施可能要件及びサポート要件違反による無効とし、その余について請求が成り立たない(請求項7~9は実施可能要件及びサポート要件に違反せず、進歩性もあり)とする審決(無効2010-800088)がされた(参照: 2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088)。

沢井製薬(原告)は請求を不成立とした部分の取消しを求め(第10147号事件)、武田薬品(被告)は当該特許を無効とした部分の取消しを求め(第10146号事件)たため、これら事案が併合された事件である。

請求項(本件発明):
1. ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
2. ビグアナイド剤がフェンホルミン,メトホルミンまたはブホルミンである請求項1記載の医薬
3. ビグアナイド剤がメトホルミンである請求項1記載の医薬
4. 医薬組成物である請求項1記載の医薬
5. 医薬組成物が錠剤である請求項4記載の医薬
6. 0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩を含有する請求項1記載の医薬
7. 0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
8. 医薬組成物である請求項7記載の医薬
9. 医薬組成物が錠剤である請求項8記載の医薬
【要旨】

主文
特許庁が無効2010-800088号事件について平成23年3月22日にした審決を取り消す。(他略)

1. 取消事由1(本件発明7ないし9に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)及び3(本件発明1ないし6に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)について

(1) 実施可能要件について

裁判所は、
「物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。~本件各発明が実施可能であるというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に本件各発明を構成する各薬剤等を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるというべきである」
と言及したうえで下記の通り判断した。
「本件明細書には,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩,ビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン又はブホルミン)及びグリメピリドの製造方法の記載がないものの,本件出願日当時の当業者は,当時の技術常識に基づき当該各薬剤を製造することができたものと認められ,本件明細書には,これらからなる医薬組成物や錠剤の製造方法についての記載があるから,本件明細書は,本件各発明のいずれについても実施可能要件を満たすものといえる。よって,本件発明7ないし9について本件明細書に実施可能要件の違反がないとした本件審決の判断は,その措辞が必ずしも明快ではないものの,結論に誤りがあるとまではいえず,原告の取消事由1の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がない。
他方,本件審決は,本件発明1ないし6について本件明細書に実施可能要件の違反があると結論付けているが,その理由と目される部分は,専ら後記のサポート要件の適否を説示したものであって,実施可能要件について説示したものとは思われない。よって,本件発明1ないし6について本件明細書が法36条4項に違反するとした本件審決の判断は,その理由を形式的にも実質的にも欠くものとして到底是認することができず,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がある。」
(2) サポート要件について

裁判所は、
「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである」
と言及したうえで下記の通り判断した。
「ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用実験に関する記載はなく,その記載のみからは,直ちに本件発明1ないし3が本件各発明の前記課題を解決できると認識できるとは限らない。
~しかしながら,~糖尿病患者に対するインスリン感受性増強剤とビグアナイド剤との併用投与という技術的思想は,それ自体,本件出願日当時の当業者に公知であったと認められるばかりか,前記1(4)に認定のとおり,臨床試験中のインスリン感受性増強剤としてピオグリタゾンが存在することや,ビグアナイド剤としてフェンホルミン,メトホルミン及びブホルミンが存在することは,同じく当時の当業者の技術常識であったものと認められる。
以上によれば,当業者は,インスリン感受性増強剤であるピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩の投与により血糖値の降下を発生させる場合に,併せてこれとは異なる作用機序で血糖値を降下させるビグアナイド剤であるフェンホルミン,メトホルミン又はブホルミンも投与すれば,ピオグリタゾンとは別個の作用機序で,やはり血糖値の降下を発生させることができ,もって本件各発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定できるものというべきである。
~したがって,本件明細書の記載は,本件出願日当時の技術常識に照らすと当業者が本件各発明の前記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,本件発明1ないし3は,本件明細書に記載されたものであるということができる。~よって,本件明細書は,本件発明1ないし6について,サポート要件に違反するものではないというべきであるから,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分も理由がある。」
以上に対して、原告は、
「ビグアナイド剤と本件明細書に実施例が記載されているα-グルコシダーゼ阻害剤等とでは作用機序,臨床適応及び副作用の点でいずれも相違し,本件明細書の記載では,ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用投与(本件発明1ないし6)の効果について当業者が認識できなかったから,本件明細書は,サポート要件に違反するものである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「ビグアナイド剤がインスリン感受性増強剤であるピオグリタゾンとは異なる作用機序を有することが知られており,両者が拮抗するなどの証拠が見当たらない以上,当業者が本件出願当時の技術常識に基づいてピオグリタゾンとビグアナイド剤とを併用することによって得られる効果の存在を認識できることに代わりはないから,ビグアナイド剤の実施例が記載されていないからといって,サポート要件に違反することになるものではない。よって,原告の上記主張は,採用できない。」
と判断した。

また、裁判所は、本件発明7ないし9についても、上記と同様のロジックでサポート要件に違反するものではないと判断した。

2. 取消事由2(本件発明7ないし9の容易想到性に係る判断の誤り)について

裁判所は、
「引用例3の図3には,「ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬」という発明が記載されているものと認められ,その結果,本件審決が認定した本件発明7との相違点1は存在しないものというべきである。すなわち,本件審決による引用発明の認定は誤りであり,これに伴い,本件審決が認定した相違点1も,その存在を認めることができず,本件発明7と引用例3に記載の発明との相違点は,本件審決が認定した相違点2にとどまる。
イ そこで,次に,相違点2に係る容易想到性についてみると,ピオグリタゾンの作用機序は,前記1(4)に認定のとおり,本件出願日当時の技術常識であったことに加えて,引用例3には,前記1(3)ウ(イ)に記載のとおり,ピオグリタゾンが30mg/日で十分な血糖降下作用を発揮するものと思われる旨の記載があるところ,糖尿病患者の体重を50ないし100kg と仮定すると,ピオグリタゾンの当該用量は,0.3ないし0.6mg/kg ということになるが,これは,本件発明6で特定されている用量(0.05~5mg/kg)と重複するものである。したがって,引用例3に接した当業者は,本件発明7の相違点2に係る上記構成を容易に想到することができたものといえる。」
と判断した。

被告は、
「本件優先権主張日当時,糖尿病の薬物治療においては,異なる作用機序の薬剤を併用して用いれば例外なく,相加的又は相乗的な効果が必ずもたらされるとは認識されていなかったところ,引用例1ないし4には,ピオグリタゾンと他の薬剤との併用により効果の高い治療が可能となるかもしれないという期待が記載されているにとどまり,乙17(甲22)の記載からも明らかなとおり特許性を論じる場合に必要とされる「併用効果」の記載がない一方で,本件明細書には,ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与が単独投与よりも優れているという当該「併用効果」の記載があるし,乙25及び26はこれを裏付けるものである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「併用投与によりいわゆる相乗的効果が発生するか否かについての予測は困難であるといえるものの,前記(1)イ(ア)に認定のとおり,引用例1ないし4及び乙17(甲22)の記載によれば,本件優先権主張日当時の当業者は,これらの作用機序が異なる糖尿病治療薬の併用投与により,少なくともいわゆる相加的効果が得られるであろうことまでは当然に想定するものと認められる。したがって,被告の前記主張は,その前提に誤りがある。
~さらに,前記(1)イ(イ)に認定のとおり,本件明細書は,ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用投与による作用効果についての記載がないばかりか,塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにするにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。したがって,本件明細書には,本件発明7の作用効果の顕著性を判断するに当たり,被告が援用する乙25及び26(被告所属の技術者が作成した実験成績証明書)の記載を参酌すべき基礎がないというほかない。」
と判断した。

【コメント】

薬剤の併用投与に関する「物」の発明に関して、本件についての裁判所の判断によれば…
  • 公知薬剤どうしの併用投与に関する発明であれば、明細書に、発明を構成する各薬剤等を製造する方法についての具体的な記載がなくても、これらからなる医薬組成物や錠剤の製造方法についての記載があれば、実施可能要件を満たす。
  • 明細書に併用実験に関する記載がなく、その記載のみからは直ちに発明の課題を解決できると認識できるとは限らないとしても、公知薬剤どうしの併用に関する発明であって、併用投与という技術的思想自体が出願日当時の当業者に公知であるような場合には、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるだろうからサポート要件を満たしそうである。
  • 公知薬剤どうしの併用に関する発明であって、併用投与という技術的思想自体が出願日当時の当業者に公知であるような場合に、その進歩性を認めてもらうためには、その併用効果が「相加的」であるだけでは足りず、「相乗的」であること等を主張できるかが重要である。

本判決での問題点は、審判で参酌された、被告が出願後に補充した実験結果(いわゆる後出しデータ)が、、裁判所では参酌されなかった点である。裁判所の理由は、
「本件明細書は,ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用投与による作用効果についての記載がないばかりか,塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにするにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。」
というものであった。

過去の判決(2010.07.15 「P&G v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10238)で、知財高裁は、
「当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべき」
と判示しており、被告(武田薬品)もその点を主張したが、本件においては、裁判所は、明細書に顕著な効果なるものの立証が欠けているとして被告の後出しデータを参酌しなかった。

後出しデータ参酌の許容性判断の考え方が、上記過去の判決と本件判決とではかなり異なっているように感じられる。結局のところ、どのような記載が明細書にあったら進歩性の効果を主張するための後出しデータの参酌が許され得るのか。また、後出しデータの参酌の許容性それ以前に、「顕著な効果」とは何なのか。進歩性判断において発明の効果の主張がポイントとなる出願について、後出しデータが参酌されたり、されなかったり、或いは、顕著であると判断されたり、されなかったりしては、瑕疵のない安定した特許権の付与がなされている特許制度とは言えない。それらのボーダラインがより明確にされることを望む。

参考:

進歩性の後出しデータ参酌に関する判決:

Sep 1, 2012

2012.03.29 「A v. 和光純薬」 東京地裁平成22年(ワ)2535

職務発明~「発明者が誰であるかは,知らない」: 東京地裁平成22年(ワ)2535

【背景】

被告(和光純薬)の従業員であった原告(A)が、在職中に職務発明として、「成分の分析方法」に関する発明(特許番号2965563)をし、当該発明について特許を受ける権利を被告に譲渡したとして、被告に対し、特許法35条(平成16年法律第79号による改正前のもの。)3項所定の相当の対価の支払を求めた職務発明補償金請求事件。

争点は、①本件各発明の発明者は原告か、②本件各発明により被告が受けるべき利益の額、③本件各発明がされるについて被告が貢献した程度、④相当対価額であった。

【要旨】

主文

被告は,原告に対し,150万4000円及びこれに対する平成22年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(他略)

1. 争点①(本件各発明の発明者は原告か)について

被告は、

「本件各発明の発明者が誰であるかは,知らない。」

と主張した。

裁判所は、

「発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうところ(特許法2条1項),特許法35条3項に基づいて相当の対価の支払を請求し得る発明者とは,特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者をいうものと解するのが相当である。」

と判示した上で、

「原告は,~本件各発明の課題につき,~という解決手段を着想するとともに,~という実験によってその効果を確認したのであるから,本件特許に係る特許請求の範囲に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者ということができ,原告が本件各発明の発明者であることは明らかである。

Bは,~管理職を務めていた者にすぎず,本件各発明の解決手段を着想したものとも,実験によってその効果を確認したものとも認めることができないから,本件特許に係る特許請求の範囲に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者ということができず,Bが本件各発明の発明者であるということができないことは明らかである。」

と判断した。

この点につき、被告は、

「Bが分析の分野に詳しく,原告の上司を務めたこともある先輩であったことや,本件各発明にはBの専門である有機合成の技術が多く用いられていること,被告においては管理職と研究員が日常的に接触していること等から,Bが原告から相談を受けて本件各発明を着想し,原告に対して本件各発明に関する具体的な提案や実験材料の提供をした可能性が高く,Bが本件各発明の発明者であった可能性がある」

と主張した。

しかしながら、裁判所は、

「Bは本件各発明やその発明に至る経緯を覚えていない旨陳述していること,被告においては,研究員による職務発明の大半について,当該研究員とその上司である管理者や研究所長の共同発明として特許出願されてきたことも認めることができ,これらの事実に照らして考えると,前記認定の事実から,Bが本件各発明を着想したとも,本件各発明に関する具体的な提案や実験材料の提案をしたとも推認することはできず,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,Bが本件各発明の発明者であるという被告の主張は,これを採用することができない。~以上によれば,本件各発明の発明者は,原告だけであると認めるのが相当である。」

と判断した。

2. 争点②③④について

裁判所は、本件各発明による独占の利益の額は1510万円であり、本件各発明がされるについて被告が貢献した程度は90%と認め、従って、本件各発明の相当対価額は次の計算式のとおり、本件各発明により被告が受けるべき利益の額1510万円に、本件各発明がされるについて原告が貢献した程度である10%を乗じた151万円となり、被告の未払額は、既払の報奨金6000円を控除した150万4000円となると判断した。

【コメント】

管理職を務めていた者にすぎず、技術的思想の特徴的部分の創作行為に現実に加担した者ということができない者は、発明者ではない。

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