Nov 25, 2012

2012.06.06 「ジヤンセン v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10061

審判請求書却下決定の運用と違法性: 知財高裁平成24年(行ケ)10061

【背景】

「てんかんおよび関連疾患を治療するためのスルファメートおよびスルファミド誘導体」に関する出願(特願2007-516789, 特表2008-503488, WO2006/007436)の拒絶査定不服審判(不服2011-14228)における審判請求書却下決定に対する取消請求事件。原告は、取消事由として、本件決定の違法性を主張した。手続きの経緯は下記のとおり。

  • 原告は,平成23年2月21日付で本件拒絶査定を受けた。
  • 原告は,同年7月4日,本件事務所を代理人として,本件拒絶査定に対して本件審判を請求したが,その際,本件請求書の請求の理由欄には,「詳細な理由は追って補充する。」とのみ記載した。
  • 特許庁は,本件請求書を受理してこれに不服2011-14228号との事件番号を付し,特許庁長官により指定された本件審判長は,同年7月19日,特許法133条1項に基づき,本件事務所に対して本件指令書を発送したが,そこには次の記載があった。
    「この審判請求手続について,方式上の不備がありますので,この指令の発送の日から30日以内に,下記事項を補正した手続補正書(方式)を提出しなければなりません。
    上記期間内に手続の補正をしないときは,特許法第133条第3項の規定により審判請求書を却下することになります。

    1.審判請求書の【請求の理由】の欄。
    (注)請求の理由が正確に記載されていません。」
  • 本件事務所は,同年8月18日,特許庁長官に対して手続補正について期間の猶予を求める上申書(本件上申書)を提出した。そこには,「上申の内容」として次の記載があった。
    「本件請求人は,当該請求の理由を記載するのに必要な実験データ等の入手等に手間取っているので,上記指定期間内には十分な請求の理由を記載できないと連絡して参りました。
    したがって,上記書面の提出期間について数ヶ月のご猶予を与えて戴きたく,ここに上申いたします。」
  • 特許庁内部では,「審判事務機械処理便覧」という文書により運用がなされているところ,本件審判の担当審判書記官は,原告又は本件事務所に対して,手続補正書が提出されていない旨の通知(却下処分前通知)を郵送し,あるいは電話で手続続行の意思の有無を確認するなどしなかった。
  • 本件審判長は,同年9月30日,審判長が指定した期間内に原告が命令された補正をしないので,特許法133条3項により本件請求書を却下する決定をし(本件決定),その謄本は,同年10月24日,本件事務所に送達された。

【要旨】

主 文
1 原告の請求を棄却する。(他略)

(判決文抜粋)
~審判長は,特許法131条1項に違反する請求書について,同法133条1項に基づく補正命令により指定した相当の期間内に補正がされなかった場合,いかなる時期に同条3項に基づく当該請求書を却下する決定をするかについての裁量権を有しており,当該決定は,具体的事情に照らしてその裁量権の逸脱又は濫用があった場合に限り,違法と評価されるというべきである。

~特許庁内部では,「審判事務機械処理便覧」という文書により,特許法133条3項に基づく請求書の却下決定に先立って,請求人からの上申書等の有無や却下処分前通知書の発送を確認することとされているものの,当該文書は,前記2(2)イに認定のとおり,あくまでも事務担当者の便益のために特許庁内部における事務処理の運用を書面化したものであるにすぎず,特許法の委任を受けて請求人との関係を規律するものではない。したがって,上記文書は,請求人から上申書等の提出があれば却下決定をしてはならないという趣旨を含むものとはいえない。

~仮にそのような運用の積み重ねによって原告が本件請求書の取扱いについて何らかの期待を抱いたとしても,そのような期待は,特許法の規定を離れて特許庁による事実上の便益の供与の上に安住するものであって,法律上保護に値するものではない。

~そして,本件決定に先立ってこれらの運用を経ていないとしても,そのことは,本件決定がその時期についての裁量権を逸脱又は濫用したとするに足りるものではないから,本件決定について平等原則違反が問題となる余地はない。

~前記2(2)イに認定のとおり,却下処分前通知について記載した「審判事務機械処理便覧」という文書は,あくまでも事務担当者の便益のために特許庁内部における事務処理の運用を書面化したものであるにすぎず,特許法の委任を受けて請求人との関係を規律するものではないし,請求人に対する電話による意思確認も,特許法に根拠を有する手続ではない。したがって,審判長は,請求書の却下決定をするに先立って,請求人に対して却下処分前通知又は意思確認の手続をする義務を負うものではない。

【コメント】

特許法に根拠を有しない運用や慣習に頼って、定められた手続期間を徒過するのは危険である。
本願は化合物発明に関するもののようであり、分割出願もされていないようである。この出願が開発中の医薬品の有効成分を保護する重要なものであったとしたら大変な失敗である。

Nov 19, 2012

2012.05.31 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10277

引用発明の適格性は実施例に限られるか: 知財高裁平成23年(行ケ)10277

【背景】

「セミフルオロアルカン及びその使用」に関する出願(特願2003-344963号)の拒絶審決(不服2008-71)取消訴訟。争点は進歩性の有無。

請求項1:

下記一般式(略)の線形又は分岐セミフルオロアルカンを含む、挿管液体吸入法用液体呼吸剤であって、
-線形セミフルオロアルカンが、下記一般式(略)を有し、
-分岐セミフルオロアルカンが(略)を含む、挿管液体吸入法用液体呼吸剤。

【要旨】

主文
原告の請求を棄却する。(他略)

1 取消事由1(引用例Aに記載された発明の認定の誤り)及び取消事由2(相違点の認定の誤り)について

当裁判所は、
「①引用例Aにおける「CnF2n+1Cn’F2n’+1」との記載は,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」の誤記であり,同引用例には,「CnF2n+1Cn’H2n’+1」の記載,開示があるとした審決の認定には誤りはなく,原告のこの点の主張は失当であり,また,②引用例Aに記載された発明を「PFOB」のみではなく「CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体であるとした審決の認定には誤りはなく,原告のこの点の主張も失当であり,さらに,③引用例Aは,「部分液体呼吸」について開示したものであるが,本願発明も,「部分液体呼吸」を排除したものではないから,本願発明と引用例Aに記載された発明とは,上記の点を相違点とすべきではなく,「全液体呼吸」についての開示の有無を相違点としなかった審決の認定に誤りがあるとする原告の主張は失当であると解する。」
と判断した。

特に、引用例Aは,「PFOB」のみの記載、開示ではなく、「CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は約1から約10)を有する化合物」全体の記載、開示であるとした審決の認定の当否について、原告は、
「引用例A中に,酸素ガス供給時の呼吸の補助に使用可能な程度にまで具体的・客観的なものとして記載されている液体フルオロカーボンはPFOBだけであり,~「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)を有する化合物」が,呼吸の補助に使用可能であることは何ら実証されておらず,上記化合物の使用は未完成発明であり,引用例としての適格を欠く」
と主張したが、裁判所は、本願優先日当時の当業者の技術常識を踏まえ、引用例Aの記載内容を総合すれば、容易想到性の有無を判断する前提である引用発明としての適格性に欠けるとはいえないと判断した。

2 相違点の判断の誤り(取消事由3)について

裁判所は、
「本件引用発明における線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数は約1から約10,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数は約1から約10であり,これをいずれも3ないし20としたことに特段の技術的意義は認められず,本件引用発明に接した当業者が,本願発明のうち上記相違点に係る発明に至るのは容易であると認められる。」
と判断した。

原告は、
「本願発明では,フッ素原子の一部をフッ素原子より軽い水素原子に置換したセミフルオロアルカンを液体呼吸剤として使用したことにより,肺に導入
する液体の重量を軽減し,呼吸を容易にし,また,本願発明の液体呼吸剤は比較的低密度であるために移動(流動)させ易く,扱いやすいという効果がある」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「引用例Aには,フッ素原子の一部をフッ素原子より軽い水素原子に置換したセミフルオロアルカンである「一般式CnF2n+1Cn’H2n’+1(nおよびn’は,約1から約10)を有する化合物」が開示されていること,また,線形又は分岐ペルフルオロアルキル基の炭素原子の総数,線形又は分岐飽和(炭化水素)アルキル基の炭素原子数は,いずれも3ないし10である範囲で重なっていることに照らすならば,本願発明における呼吸剤が,上記化合物に比べて,当業者にとって予測困難な顕著な効果を奏するとは認められない。」
と判断した。

【コメント】

引用例A(特表平6-507636)においては、PFOBのみが実施例に記載され、PFOBの実験結果のみが記載されていた。PFOBを包含する一般式で表される化合物にまで、引用発明として把握できるかどうかという今回の判断は、実施例に基づいて一般化された記載が引用発明として把握できるのかどうかを考えるうえで参考になる事例かもしれない。

Nov 10, 2012

2012.04.27 「A1 v. アステラス」 東京地裁平成21年(ワ)34203

塩酸タムスロシン関連発明の職務発明対価請求事件: 東京地裁平成21年(ワ)34203

【背景】

アステラス(被告)の元従業員である原告(A1)が、被告に対し、ハルナールの有効成分である塩酸タムスロシンに関する物質発明(日本物質特許1443699号)及び塩酸タムスロシンの製法に関する発明(日本製法特許1553822号)の上記職務発明に係る特許を受ける権利を被告に承継させたことによる相当の対価の一部請求として10億円等の支払いを求めた事案である。

【要旨】

主文
被告は,原告に対し,1億6538万円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(他略)

1. 外国特許についての特許を受ける権利の承継についての準拠法
「本件においては~職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,特許法35条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決参照)。~が,その類推適用を前提とした上で,特許を受ける権利は,各国ごとに,また各特許権ごとに,別個の権利として観念し得るものであり,特許を受ける権利の譲渡による相当対価請求についても,同様に,各国ごとに,各特許権ごとに別個の権利として観念し得るものであるから,その権利ごとに訴訟物を異にすると解するのが相当である。」
2. 自己実施による独占の利益(争点(1)-1)

物質特許及び製法特許による重畳的な存続期間における、各特許権ごとの被告が得た超過利益の算定期間及び独占の利益絵の寄与率について、裁判所は下記のように言及した。
「本件物質発明に係る特許権の存続期間は昭和63年6月8日から平成17年2月8日までであり,本件製法発明に係る特許権の存続期間は平成2年4月4日から平成17年11月13日までであるから,本来,各特許権ごとに超過利益を算出すべきである。しかし,本件物質発明に係る特許は物質特許であって,その存続期間中は,他社は被告の許諾を受けない限りその物の発明に係る医薬品を製造販売することはできないのであるから,本件物質発明に係る特許権の存続期間である昭和63年6月8日から平成17年2月8日までの間は,被告が得た超過利益は,本件物質発明による特許がもたらした超過利益とみて差し支えないものであり,本件製法発明に係る特許による超過利益については,本件物質発明に係る特許の存続期間満了後である平成17年2月9日から本件製法発明に係る特許権の存続期間の満了日である平成17年11月13日までの超過利益を算定すれば足りるものというべきである。」

「本件医薬品(ハルナール)は,α遮断剤としては尿路に対する選択性が高く,それまでの前立腺肥大症の治療薬の先行医薬であったファイザー株式会社のミニプレス錠(有効成分はプラゾシン塩酸塩)と比較しても,高い尿路選択性を有する発明であり,他の先行医薬品と比較しても医薬品としての技術的優位性を有しており,そのため,その後の市場におけるシェアは高く,前立腺肥大症関連薬のトップブランドとしての地位を確立した。また,その安全性も高いものであった。これらの事情を考慮すると,日本物質特許による独占の利益は売上高の50%とみるのが相当である。」

「製法発明は物質発明に比較すれば独占力は弱いものの,物質発明の存続期間満了後も,本件医薬品(ハルナール)が相当程度の売上額を維持していること(乙30の1)にかんがみれば,本件製法発明に係る特許による独占の利益は30%とみるのが相当」
3. ライセンス収入(争点(1)-2)

米国における米国物質特許に係る特許権の存続期間は平成21年10月27日までであるところ、原告は、
「北米での売上高については,特許保護延長期間である平成21年10月28日から平成22年4月27日までの売上高を加算すべきである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「弁論の全趣旨によれば,上記特許保護延長期間は,被告がFDAからの要請に基づき,小児神経因性排尿障害に関する臨床データを出したことに関し,独占販売期間が追加的に付与されたものであって,特許法制に基づく保護期間が延長されたものではないから,上記期間における利益は,本件物質特許による利益と認めることはできない。よって,原告の主張を採用することはできない。」
と判断した。

4. 時効消滅(争点(4))

被告は,原告が主張する本件物質発明相当対価請求権及び本件製法発明相当対価請求権は,全部又は一部について時効により消滅したと主張するのに対し,原告は,被告は本件支払を行ったことにより,時効の利益を放棄した又は被告による時効の援用は信義則に反する旨を主張した。

裁判所は、下記のように判断した。
「被告は,本件物質発明及び本件製法発明に係る特許を受ける権利の譲渡に基づく相当の対価請求権について,その時効の完成を知っていたものであるが,上記支払をした各特許については,実施による利益の有無等の検討を行った上で,実施時補償としての本件支払を行ったことが認められる~このような被告の行動を評価すれば,本件物質発明及び本件製法発明に係る特許のうち,被告現行規程に基づいて実施時補償をせざるを得ないものについては,その支払の妨げとなる時効の利益を放棄した上で,被告現行規程に基づき算定した額を相当対価の額として支払ったものと解するのが相当である。よって,支払部分についてのみ時効利益を放棄した旨の被告の主張を採用することはできず,被告現行規程に基づいて実施時補償をした日本製法特許,米国特許,欧州特許,スペイン製法特許については時効の利益を放棄したものと解するのが相当である。
他方,原告の日本物質特許に係る請求,スペイン・ロシア・ポルトガルの物質特許に係る請求については,上記各権利とは別個の請求権として成立しているものであり,これらについては,被告現行規程に基づく支払の事実がなく,これらについて被告が時効利益の放棄をする意思は認められない。
そして,被告は,平成21年11月11日の本件第1回口頭弁論期日において,上記各請求権について消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 したがって,原告の日本物質特許に係る請求,スペイン・ロシア・ポルトガルの物質特許に係る請求については,時効により消滅しており,その請求を認めることができない。」
【コメント】

相当対価の額の算定について、裁判所が判断した下記の点が興味深い。

・裁判所の考え方に基づけば、物質特許と存続期間が重複するいわゆるライフサイクル特許により使用者等が得るべき利益の額の算定には、物質特許と重複する存続期間は算入しない。その重複期間は物質特許による独占力がもたらしたものと考えるからである。

・本件において、裁判所は、日本物質特許による独占の利益は売上高の50%、日本製法特許による独占の利益は売上高の30%とみるのが相当であると判断した。(根拠は不明)

・原告は、米国における小児適用による特許の6か月の延長期間も算入すべきと主張したが、これは認められなかった。

Nov 3, 2012

2012.05.28 「イッサム リサーチ v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10203

進歩性判断における技術常識の把握と後出しデータの参酌: 知財高裁平成22年(行ケ)10203

【背景】

「腫瘍特異的細胞傷害性を誘導するための方法および組成物」に関する出願(特願2000-514993号; 特表2001-519148)の拒絶審決(不服2006-7782)取消訴訟。争点は進歩性の有無。

請求項1:
細胞傷害性の遺伝子産物をコードする異種配列に機能的に連結されたH19 調節配列を含むポリヌクレオチドを含有する,腫瘍細胞において配列を発現させるためのベクターであって,前記腫瘍細胞が膀胱癌細胞または膀胱癌である,前記ベクター。
引用発明1は、アデノウイルスに腫瘍特異的に発現させることのできる発現シグナル(例えばα-フェトプロテインプロモーター)を発現すると毒性のある産物を産生することになる異種配列(例えばチミジンキナーゼ遺伝子)とともに組み込んでベクターとし、このアデノウイルスベクターを標的となる腫瘍細胞に感染させて、感染後発現した異種配列に係る毒性産物で当該腫瘍細胞を傷害する発明であり、審決は、上記α-フェトプロテインプロモーター等の発現シグナルをH19遺伝子の調節配列のうちのH19プロモーターと置き換え(相違点(i))、標的となる癌(腫瘍)として膀胱癌を選択する(相違点(ii))ことが容易であると判断したものである。

【要旨】

主 文
特許庁が不服2006-7782号事件について平成22年2月9日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所は、
「~本件優先日(平成9年10月3日)当時,外来の遺伝子を送達して腫瘍(癌)を傷害する種々の試みがなされていたが,導入遺伝子を発現させるプロモーターの活性が不十分であるなどの理由のため上記発現が困難であったり,宿主の免疫反応が障害になったりするなどして,いずれも十分に成功しておらず,これが当時の当業者一般の認識であったことが認められる。 また,~本件優先日当時,~H19遺伝子の生物学的機能は完全には解明されていなかったものである。また,~引用例3にH19遺伝子の発現の状況が記載されているとしても,この記載に基づく発明ないし技術的事項を単純に引用発明1に適用して,腫瘍(癌)の傷害という所望の結果を当業者が得られるかについては,本件優先日当時には未だ未解明の部分が多かったというべきである。したがって,引用発明1に引用例3記載の発明ないし技術的事項を適用しても,本件優先日当時,当業者にとって,引用発明1のα-フェトプロテインプロモーター等の発現シグナルをH19遺伝子の調節配列のうちのH19プロモーターと置き換え(相違点(i)),標的となる癌(腫瘍)として膀胱癌を選択する(相違点(ii))ことが容易であると評価し得るかは疑問であるといわなければならない。」
と判断した。

また、原告は審判の段階で参考資料を提出して本願発明1の顕著な効果を説明したが、審決は出願後に公表された論文等であるとしてこれらを参酌しなかった点に関して、裁判所は、
「~本願明細書の段落【0078】には,具体的に数値等を盛り込んで作用効果が記載されているわけではないが,上記①,②は上記段落中の本願発明1の作用効果の記載の範囲内のものであることが明らかであり,甲第10号証の実験結果を本願明細書中の実験結果を補充するものとして参酌しても,先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきである。 そうすると,本願発明1には,引用例1,3ないし6からは当業者が予測し得ない格別有利な効果があるといい得るから,前記(1)の結論にもかんがみれば,本件優先日当時,当業者において容易に本願発明1を発明できたものであるとはいえず,本願発明1は進歩性を欠くものではない。」
と判断した。

被告は、
「本願明細書の9節では,他の実施例には存在する「結果と考察」欄が記載されていない上に,他の実施例では過去形で実験結果が記載されているのとは対照的に,現在形で実験結果が記載されているし,原告が真に実験を行っていれば,乙第6号証のように容易にその結果を本願当初明細書に記載できたはずであって,作用効果の記載(段落【0078】)は,いわば願望を記載したものにすぎない」
と主張した。

しかしながら、裁判所は、
「段落【0078】を含む9節には曲がりなりにも実験結果が記載されているのであって,記載中の項目立ての体裁や文章の時制が異なるからといって,架空の実験を記載したものと断定することはできない。~かかる論文が存在するからといって,本願発明1の発明者らが,本件優先日当時に本願発明1のベクターを用いた実験を行っておらず,乙第6号証記載の実験がされるまで必要な実験をしなかったとする被告の主張は,憶測の域を出るものではなく,これを採用することはできない。」
と判断した。

【コメント】

本事件は、技術常識の把握が進歩性の結論に影響を与えた事例であると同時に、いわゆる後出しデータの参酌が認められた事例でもある。
裁判所は、優先日当時の技術常識を検討したことによって、特許庁の論理づけを否定した。
また、後出しデータを参酌しても先願主義との関係で第三者との間の公平を害することにはならないというべきであると判断し、格別有利な効果があるとして進歩性を肯定した。確かに段落【0078】には具体的な数値で結果が示されているわけではないが、「マウスの実験群内の膀胱腫瘍は、マウスの対照群内の膀胱腫瘍に比べてサイズ及び壊死が減少している。」と定性的な結果が示されており、引用発明と比較した効果についての説明を行うために、その記載された実験に基づく結果を補充することは許されると考えることは進歩性の判断として妥当だったと考える。進歩性の判断において後出しデータが参酌されるかどうかの判断が、審決と判決とでしばしが異なることがあり、欧米と比べて、判断ラインがあいまいな日本の審査基準の欠陥のひとつといえる。

DTA-H19(BC-819)はBioCancellが開発を継続している抗がん剤。

参考: