Oct 20, 2013

2013.04.11 「X v. 花王」 知財高裁平成24年(行ケ)10299

実施可能要件・サポート要件を満たす明細書記載とは知財高裁平成24年(行ケ)10299

【背景】

被告(花王)の「液体調味料の製造方法」に関する特許(第4767719)に対する原告(X)の無効審判の請求(無効2011-800233)について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決には、訂正要件の認定の誤り(取消事由1)、実施可能要件に係る認定判断の誤り(取消事由2)及びサポート要件に係る認定判断の誤り(取消事由3)があると主張して、原告がその取消を求めた事案。

請求項1(本件発明1):
工程(A):生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質とを混合する工程と,
工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質との混合物をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程
を行うことを含む液体調味料の製造方法
請求項9(本件発明1):
請求項1~8のいずれか1項に記載の方法で製造した液体調味料
原告は、取消事由2(実施可能要件に係る認定判断の誤り)について、下記の主張をした。
本件発明が実施可能要件を満たすためには,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,かつ,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料を製造できることが必要である。
ところで,審査基準によれば,一般に,化学物質のように物の構造や名称からその物をどのように作り,どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明については,当業者がその発明の実施をすることができるように発明の詳細な説明を記載するためには,通常,1つ以上の代表的な実施例が必要であるし,医薬等のように物の性質等を利用した用途発明においては,通常,用途を裏付ける実施例が必要である。そして,本件発明は,これを実施するに当たって,ACE阻害ペプチドが多岐にわたり,その由来や配合量等によって液体調味料の風味に大きな変化をもたらす可能性があること,ACE阻害活性を示すからといって必ずしも血圧降下作用を示すとは限らないこと(甲29)及び風味変化と血圧降下作用は血圧降下作用を有する物質の配合量とは相反関係にあること,を考慮しなければならない。したがって,本件発明においても,化学分野や医薬分野の発明と同様に,ACE阻害ペプチドを配合した液体調味料の実施例の記載が必須であることは,明らかである。
しかるに,本件明細書は,上記実施例がないから,実際にACE阻害ペプチドを 一定量配合した液体調味料が風味の改善と血圧降下作用の発揮という相反する作用効果を適切に発揮させるために当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤を要求させるものである。
よって,本件明細書が実施可能要件を満たさず,これに反する本件審決の判断が誤りであることは,明らかである。
【要旨】

主 文
1 特許庁が無効2011-800233号事件について平成24年7月13日にした審決のうち,請求項1ないし5及び9に係る部分をいずれも取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し,その2を被告の,その余を原告の各負担とする。
裁判所の判断(抜粋)

1.取消事由2(実施可能要件に係る認定判断の誤り)について

(1) 実施可能要件について
特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載したもの」でなければならないと規定している。
特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提 を欠くことになるからであると解される。
そして,方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明については,明細書にその発明の使用を可能とする具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。また,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(同項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。
(2) 本件発明の実施可能要件の適否について
本件発明1ないし8は,いずれも方法の発明であるが,その特許請求の範囲の記載にある「生醤油」,「コーヒー豆抽出物」,「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド。)及び「液体調味料」については,いずれも本件明細書に具体的にその意義,製造方法又は入手方法が記載されている。また,本件発明1ないし8の方法は,上記「生醤油」を含む調味料と,「コーヒー豆抽出物」及び「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド)から選ばれる少なくとも1種の原材料(本件発明1~5)あるいは専ら「コーヒー豆抽出物」(本件発明6~8)を混合し,特定の温度(及び時間)で加熱処理し,あるいは混合しながら同様に加熱処理し,更にその後に充填工程を行うというものであるが,これらの具体的手法は,液体調味料の加熱処理方法や,加熱処理が充填工程の前に行われることを含めて,いずれも本件明細書に記載されている。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があるといえる。
また,本件発明9は,本件発明1ないし8のいずれかの方法により製造した液体調味料という物の発明であるが,以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載がある以上,当業者は,本件発明9を製造することができるものといえる。
(3) 原告の主張について
本件明細書に本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があり,かつ,当業者が本件発明9を製造することができる以上,本件発明は,実施可能であるということができるのであって,原告の上記主張は,サポート要件に関するものとして考慮する余地はあるものの,実施可能要件との関係では,その根拠を欠くものというべきである。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 小括
以上のとおり,本件発明は,特許法36条4項1号の実施可能要件に適合するものであって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
2.取消事由3(サポート要件に係る認定判断の誤り)について

(1) サポート要件について
特許法36条6項1号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したもの」でなければならない旨が規定されている。
特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を 奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,あるいは,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2) 本件発明のサポート要件の適否について
イ 本件発明は,前記1 に説示のとおり,醤油を含む液体調味料に,ACE阻害ペプチド又はクロロゲン酸類を有効成分とするコーヒー豆抽出物等の血圧降下作用を有する物質を多量に配合すると,血圧降下には有利に働くものの,風味に変化が生じ,その結果,液体調味料の継続摂取が困難になるという課題(より具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するという課題)を解決するため,液体調味料の加熱処理を行う前に血圧降下作用を有する物質であるACE阻害ペプチド(本件発明1~5,9)又はコーヒー豆抽出物(本件発明1~9)を混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの手段を採用することで,これにより,血圧降下作用を有する物質を日常的に摂取する食品である液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果を有するものである。
したがって,本件発明においては,血圧降下作用を有する物質が混合され,上記のように加熱処理された液体調味料の風味変化が改善されるのであれば,その課題が解決されたものとみて差し支えないといえる。

ウ そこで,本件明細書について,その発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を上記のとおり解決できると認識できるものであるか否かを検討すると,そこには,前記1 (1)キ( ア) に記載のとおり,前記イに記載の物質のうちコーヒー豆抽出物を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合(本件発明1~9)に,液体調味料の風味変化を改善し,もって本件発明の課題を解決できることが実施例をもって記載されているから,この場合に本件発明の課題を解決することができることが示されているといえる。
なお,血圧降下作用を有する物質としてコーヒー豆抽出物を使用した場合の本件発明1ないし9は,上記課題を解決するものであり,かつ,当該課題を解決する手段である混合及び加熱処理の工程もごく簡単なものである以上,その帰結として,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果についても,本件明細書の発明の詳細な説明には開示があるということができる。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,血圧降下作用を有する物質がコーヒー豆抽出物である場合の本件発明1ないし8の方法により製造された液体調味料(本件発明9)が血圧降下作用を有するか否かについての具体的な記載が見当たらない。しかしながら~コーヒー豆抽出物が血圧降下作用を有することは,本件優先日当時に当業者に周知の事項であったものと認められるほか,本件明細書には,前記1(1) キ (ア) に記載のとおり,コーヒー豆抽出物の有効成分であるクロロゲン酸類の液体調味料における含有量が加熱処理によっても変化しないことが記載されていることを併せ考えると,コーヒー豆抽出物を液体調味料と混合して加熱処理をした場合に,コーヒー豆抽出物の有効成分であるクロロゲン酸類は,その活性を失わず,加熱処理後も血圧降下作用を示すものと認められる。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,加熱処理等にもかかわらずコーヒー豆抽出物が血圧降下作用の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果について開示があるということができるから,仮に,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料及びその簡単な製造方法を実現することが本件発明の解決すべき課題であるとしても,血圧降下作用を有する物質としてコーヒー豆抽出物を使用した場合の本件発明1ないし9(特に,血圧降下作用を有する物質として専らコーヒー豆抽出物を使用する本件発明6ないし8)については,本件明細書の発明の詳細な説明に当該課題を解決することができることが示されているといえる。

エ 他方,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記イに記載の物質のうちACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例の記載がない
~しかるところ,本件明細書の発明の詳細な説明に列記された上記血圧降下作用を有する物質の間には,その化学構造に何らかの共通性を見いだすことができず,その風味にも共通性が見当たらないばかりか,発明の詳細な説明において実施例について記載のあるクロロゲン酸類及びγ-アミノ酪酸は,いずれもACE阻害ペプチドと共通する化学構造を有するものではなく,また,ACE阻害ペプチドと共通する風味を有するものでもないことに加え,上記血圧降下作用を有する物質の風味とその血圧降下作用に関連性がないこともまた,技術常識に照らして明らかである。
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明に,コーヒー豆抽出物及びγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例があり,それにより液体調味料の風味変化を改善し,本件発明の解決すべき課題を解決できることが示されているとしても,これらは,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合し加熱処理した場合に,液体調味料の風味変化の改善という本件発明の解決すべき課題を解決できることを示したことにはならない。
その他,本件明細書の発明の詳細な説明には,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はない以上,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は,血圧降下作用を有する物質としてACE阻害ペプチドを使用した場合を包含する本件発明1ないし5及び9が,液体調味料の風味変化の改善という課題を解決できると認識することができるとはいえず,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らして本件発明の課題を解決できると認識できることを認めるに足りる証拠もない。
(3) 原告の主張について
原告は,本件発明が血圧降下作用を有する物質の混合による風味変化の改善と,血圧降下作用の発揮という相反する課題を同時に解決しようとするものであることから,コーヒー豆抽出物についての適切な配合量の上限値及び下限値が存在するはずであるところ,このような配合量の限定がない本件発明は発明の課題が解決できることを当業者が認識できないものであって,サポート要件に違反すると主張する。
しかしながら,本件発明の課題は,前記1 アに説示のとおり,具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するというものであり,液体調味料に配合するコーヒー豆抽出物の量については,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者であれば,配合するコーヒー豆抽出物の量が少なければ血圧降下作用が限定される一方,その量が多ければ風味変化の改善が限定されることを理解することができるから,風味変化の改善等を図るためにその配合量を調整することが容易に可能である。したがって,本件発明(特に本件発明6~8)の特許請求の範囲の記載に配合量の上限値及び下限値の記載がないからといって,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が,本件発明6ないし8がその解決すべき課題を解決できるものと認識できないとみることはできない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(4) 被告の主張について
ウ 被告は,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たす根拠として,ACE阻害ペプチドを添加して加熱処理した液体調味料の風味が改善されたことを示す本件出願後に行われた試験結果の報告書(甲17)が,本件明細書に記載された技術的内容を確認し,かつ,裏付けるものであると主張する。
しかしながら,前記 エに説示のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,その他にACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はなく,また,このことを示す技術常識も見当たらない以上,サポート要件の適否の判断に当たって,本件出願後にされた試験の結果を参酌することはできない。
よって,被告の上記主張は,採用することができない。
(5) 小括
以上によれば,血圧降下作用を有する物質として専らコーヒー豆抽出物を使用した本件発明6ないし8は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものであるから,サポート要件を満たすものといえる一方,血圧降下作用を有する物質として,コーヒー豆抽出物に加えてACE阻害ペプチドを使用する場合を包含する本件発明1ないし5及び9は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるが,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものではなく,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいえないから,サポート要件を満たすものとはいえない。
よって,本件発明6ないし8に関する本件審決の判断に誤りはないものの,本件発明1ないし5及び9に関する本件審決の判断には,誤りがあり,取消しを免れない。
【コメント】

本事案における「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明と「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明の明細書の記載を比較しながら、製造方法の発明の実施可能要件とサポート要件をまとめてみた。
  • 製造方法の発明の実施可能要件について
  • 「コーヒー豆抽出物」および「ACE阻害ペプチド」のいずれも本件明細書に具体的にその意義、製造方法又は入手方法が記載されており、それぞれを使用した製造方法の具体的手法は、いずれも本件明細書の発明の詳細な説明にはに記載されていたことから、これに接した当業者が本件製造方法の発明の使用を可能とする具体的な記載がある以上、当業者は本件発明を製造することができるものといえると判断された。

    「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明については実施例の記載があったが、「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明については実施例の記載はなかったが、実施可能要件の判断においては実施例の記載の有無は裁判所の判断では問題とされていない。

    ここから言えることは、製造方法の発明の実施可能要件を満たすためには、原料が入手でき、当業者が製造できるように記載されていればよいという極めてシンプルな条件である。実際に製造できたとか実際に製造物が効果を示したなどという実施例は必ずしも必要とされない。
  • 製造方法の発明のサポート要件について
  • サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、
    ①特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、

    ②発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、あるいは、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か
    を検討して判断すべきとされている。

    「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明と「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明のいずれも、上記①の検討において、「発明の詳細な説明に記載された発明」であると判断された。しかし、「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明については実施例の記載があったが、「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明については実施例の記載はなかったため、この違いが、上記②の検討における「課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か」で判断が分かれ、「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明についてはサポート要件を満たさないと判断された。

    本事案では、「ACE阻害ペプチド」が加熱処理しても課題解決できるのかという疑問点や、「ACE阻害ペプチド」の種類も多岐にわたり共通して課題解決できる技術常識もなかったという事情もあるが、本事案での判決で言えることは、サポート要件を満たすためには、上記①②を満たすことがポイントであり、特に、上記②「課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か」の判断においては、実施例が極めて重要な役割を果たすということである。本事案では、上記①を満たしても上記②を満たしていないために、後出しデータの参酌も認められなかった。

    いわゆる「フリバンセリン事件」では、医薬用途発明について、実施可能要件とサポート要件を特許庁が同視した判断を否定した事件であるが、このときはサポート要件は否定されず、むしろ実施可能要件が否定された。「フリバンセリン事件」では、サポート要件を満たすかどうか事案の当てはめを詳細に検討したわけではなかったので、実施例の有無がサポート要件にどのように影響すべきだったのか明らかではないが、「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か」という観点を検討する際に、実施例の存在は大きく影響することは間違いない。

参考:




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