Mar 25, 2013

2012.10.16 「P1 v. ニプロ」 大阪地裁平成21年(ワ)4377

職務発明の対価請求事件: 大阪地裁平成21年(ワ)4377

【背景】

被告(ニプロ)の元従業員である原告(P1)が、被告に対し、被告在職中に、単独又は共同でした職務発明等に係る特許等を受ける権利又はその共有持分を被告に承継させたとして、平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項等に基づき、上記承継の相当の対価の未払い分である金12億2052万8199円のうち金1億円等の支払を求めた事案。

【要旨】

主 文
1 被告は,原告に対し,金57万1078円及びこれに対する平成20年11月19日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを200分し,その199を原告の,その1を被告の負担とする。
4 この判決は,仮に執行することができる。

裁判所の判断(一部のみ抜粋)

2 「相当の対価」の算定方法について
(1) 「相当の対価」について
イ 算定対象期間について
(ア) 使用者が職務発明について特許を受ける権利を承継した場合は,特許を受ける前においても実施する権利を黙示に許諾されているということができる。この場合において,実施により上げた利益が通常実施権によるものを超えるときには,当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めることができる。すなわち,法35条の職務発明は,特許発明(特許法2条2項)に限定されてはいないから,発明であれば特許登録されるか否かにかかわらず法35条が適用され,特許を受ける権利を使用者に譲渡することにより相当の対価の請求権を取得するのである(この点,職務考案及び職務創作意匠についても同じである。)。
もっとも,特許権については,設定登録前は,使用者の排他的独占権はなく(特許法66条,68条),使用者が通常実施権に基づいて実施していると認められる場合には,その範囲内で実施している限り,特許を受ける権利の承継により使用者が受けるべき利益はないことになる。
他方,特許権の設定登録の前であっても,特許出願人は,出願公開後は,発明を実施した第三者に対し一定の要件の下に補償金を請求することができるから(特許法65条),出願公開後に事実上当該発明を独占し,第三者の実施を排除して独占的に実施したことにより通常実施権に基づくものを超える利益を上げたときは,当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めることができる。
一方,実用新案権及び意匠権については,設定登録前は,使用者の排他的独占権はなく(実用新案法14条,16条,意匠法20条,23条), 特許法上の補償金請求のような制度も設けられていないことから,この時点では独占的な実施を観念することはできず,当該考案,意匠を独占し,第三者の実施を排除して独占的に実施したことによる通常実施権に基づくものを超える利益を観念できるのは,設定登録後ということができる(ただし,実用新案権については,平成5年法律第26号による改正前の実用新案法13条の3により,平成6年1月1日よりも以前においては,特許法上の補償金請求と同様の制度が設けられていた。)。
(イ) 以上によれば,本件発明等については,それぞれにつき,別紙超過売上高算定対象期間記載の「超過売上高算定対象期間」欄の期間を対象として,同期間内における実施品の販売について,「その発明により使用者等が受けるべき利益」を算定するのが相当である。

9 原告による放棄の意思表示の有無について(争点2)
(1) 退職届(乙2)の表記等について
ア 原告の平成20年6月18日付け退職願(乙2)には,「退職に際しては就業規則および発明考案取扱規定に定める下記の記載事項を厳守いたします」として,その下に,4点の厳守事項が記載されており,その中に「4 在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします」との記載がある。なお,4点の厳守事項は,囲み枠の中にポイントを落とした文字で表記されている。
イ その当時に実施されていた被告の発明考案取扱規程(平成20年1月1日実施のもの。乙1の5。以下「平成20年規定」という。)では,補償金の支給対象について,第12条で「第8条~第10条の規定は,補償金 の支給時に会社に在籍している従業員等に対してのみ適用される。」と規定されていた。なお,同規定の第8条ないし第10条は,出願補償金,登録補償金及び実績補償金の支給要件及び支給額を規定したものである(ただし,実績補償金の詳細は,別途細則で定められている。)。
同条項は,退職者の増加に伴って,補償金等の支払を会社に在籍している従業員に対してのみ適用するため,平成11年2月27日の発明考案規程(平成3年規定)の一部改訂において設けられたものである(乙1の4,32)。
(2) 放棄文言の解釈
以上を踏まえて検討するに,上記退職届の文言からは,厳守事項は,飽くまでも就業規則及び発明考案取扱規程に定められた事項であることが前提であることから,厳守事項のうち「4 在職中の発明考案等に係わる補償金の受給権は全て放棄いたします」についても,就業規則及び発明考案取扱規程に定められた事項の範囲内で解釈される必要がある(この点,被告社員も,退職に当たり,就業規則及び発明考案取扱規程12条の内容を改めて認識してもらう趣旨であることを認めている。乙32・2頁)。
そこで,これに関する発明考案取扱規程第12条をみるに,同条は,同規定第8条ないし第10条の出願補償金,登録補償金及び実績補償金の支給要件及び支給額に関する社内規定が在籍している従業員にしか適用されないことを規定したものであり,当該社内規定による支給額を超える職務発明等の対価が生じていると思料する場合の当該対価請求権の権利行使については,何ら規定していない。
そうすると,厳守事項4については,退職により,社内規定による補償金(出願補償金,登録補償金及び実績補償金)の受給については,上記規定が適用されないことを確認したものにとどまり,社内規定によらない職務発明の対価請求権の行使については,何ら規定するものではないと解するのが相 当である。
(3) 原告が補償金の支給に不満をもっていたこと
なお,原告は,平成15年12月3日,本件実施品1ほかの製品について,実績補償金の対象ではないとされたことについて,発明考案取扱規程(乙1の4)15条に基づく不服申立てを行い(甲115の3・5),その後,平成16年3月5日,実績補償金の支給に対する不満等を含めて,滋賀労働局に対し,あっせん申請書を提出するなどしており(甲116),在職中から,補償金の支給に不満を持っていたことは明らかである。
そして,原告は,退職後,平成20年11月18日到達の内容証明郵便で被告に催告書兼提訴予告通知書を送付していることからすれば,退職時に,職務発明の対価請求権を放棄する意思までは有していなかったと推認できる。
(4) 小括
以上のとおり,本件において,原告による職務発明の対価請求権を放棄する旨の意思表示があったとまでは認められない。

【コメント】

平成16年法改正前の特許法35条での判決である。
改正法を具体的に適用した判決はまだない中、そのような判決の蓄積を待ち望んでも、企業側にとっては職務発明訴訟リスクの予見性が高まるとは到底思えない。それよりも、職務発明制度を廃止して職務発明の扱いについては使用者と従業者との契約に委ねるよう法改正の議論を進めるべきであるという意見に賛成である。

2013年3月21日、知的財産戦略本部 知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会(第3回)が開催された。
職務発明制度のあり方の議論が進むことを願う。

参考:


Mar 17, 2013

2012.10.29 「アルベマール v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10076

サポート要件と実施可能要件: 知財高裁平成24年(行ケ)10076

【背景】

「ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」に関する特許出願(特願2002-72173; 特開2002-317179)の拒絶審決(不服2008-14384)取消訴訟。争点は,特許法36条6項1号該当性(サポート要件)の有無。

本願発明1:
「化合物の混合物を含んで成るヒンダード フェノール性酸化防止剤組成物であっ
て,該化合物の混合物が,式
【化1】(省略)
式中,nは少なくとも0,1,2,および3であり,場合により3より多い,
の複数の化合物を含んで成り;そして組成物が非希釈基準で,
(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール,
(b)3.0 重量%未満の 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール,および
(c)50ppm 未満の 2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む,
上記組成物。」
審決の理由の要点:
発明の詳細な説明には,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも,「向上した酸化安定性,向上した油溶解性,低い揮発性及び低い生物蓄積性」を有することを課題とし,「非常に低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物を含有する新規なヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」である本願発明によれば,上記課題を解決できると記載されているものと認められる。
しかし,発明の詳細な説明には,本願発明の組成物を具体的に製造し,その酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性について確認し,上記課題を解決できることを確認した例は記載されていないから,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により,上記課題を解決できると認識できるものとはいえない。
また,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物,すなわち,「(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール,(b)3.0 重量%未満の 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール,および (c)50ppm未満の 2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む」ことにより,「酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性」が改良されることが,当業者であれば,出願時の技術常識に照らし認識できるといえる根拠も見あたらない。そうすると,具体的に確認した例がなくとも,当業者が出願時の技術常識に照らし,本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。
本願発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないし,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないから,この出願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に適合しない。
【要旨】

主 文
特許庁が不服2008-14384号事件について平成23年10月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由(抜粋)
「発明の詳細な説明には,非常に低レベルのOTBP,DTBP及びTTBPの単環ヒンダードフェノール化合物を含有することによって,従来のメチレン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物よりも向上した油溶解性を有する組成物を得ることができ,また,低い揮発性を有し,その結果,向上した酸化安定性を有する組成物を得ることができる点が記載されているということができるから,発明の詳細な説明の記載から,本願発明の構成を採用することにより本願発明の課題が解決できると当業者は認識することができる。
したがって,発明の詳細な説明は,請求項1に係る発明について,その発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとして記載されているということができるから,請求項1に係る発明は発明の詳細に記載されているということができる。これとは異なるサポート要件に関する審決の判断には誤りがある。
(中略)
被告は,本件出願時の技術常識を考慮すると,0~10ppm のトリ-tert-ブチルフェノールの混入物を含むDTBP単量体,すなわち本願発明の原料成分を入手することは困難なものであったから,該DTBP単量体の具体的入手手段について何ら明らかにされていない発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明の組成物を具体的に製造できるとは到底いえないとか,本願発明の組成物の具体的な製造を確認した例は記載されておらず,これらが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていないのであるから,「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明」であるということはできないと主張する。
しかし,発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識からは本願発明に係る組成物を製造することはできないというのであれば,これは特許法36条4項1号(実施可能要件)の問題として扱うべきものである。審決は,本件出願が特許法36条6項1号(サポート要件)に規定する要件を満たしていないことを根拠に拒絶の査定を維持し,請求不成立との結論を出したものであるから,被告の上記主張は,審決の判断を是認するものとしては採用することができない。なお,被告は本願発明の具体的な製造を確認した例の記載はないと主張するが,サポート要件が充足されるには,具体的な製造の確認例が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必要はない。

以上によれば,審決のサポート要件の判断には誤りがあり,原告の主張する取消事由には理由がある。」
【コメント】

実施可能要件の問題として取り扱うべきことをサポート要件で拒絶とした審決が取り消された事例。医薬分野ではないが、化合物を含有する組成物のサポート要件に関する判決であることから取り上げた。サポート要件が充足されるには、具体的な製造の確認例(すなわち実施例)が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必要はない、という判決である。

参考:

Mar 9, 2013

2012.09.27 「武田薬品 v. 沢井製薬」 大阪地裁平成23年(ワ)7576, 7578

組み合わせてなる医薬に関する特許権の効力: 大阪地裁平成23年(ワ)7576, 7578

【背景】

「ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる医薬」に関する特許権(特許第3148973号)及び「ピオグリタゾンとビグアナイド剤とを組み合わせてなる医薬」に関する特許権(特許第3973280号)を有する原告(武田薬品)が、被告(沢井製薬などの後発品メーカー)に対し、原告製品であるアクトスの後発品の販売差止め等を求めた事件。アクトスの添付文書には、上記薬剤と組み合わせて使用する場合に関して【効能・効果】欄及び【用法用量】欄に記載があり、被告後発品の添付文書にも同様に記載があった。
本事件での注目すべき争点は、原告の「組み合わせてなる医薬」に関する特許権の効力が、組み合わせて処方されることが想定される被告製品(アクトスの後発品)の製造・販売にまで及ぶかどうかである。
なお、先週、東京地裁でも本判決と同様の結論に到る判決が出されている(2013.02.28 「武田薬品 v. 後発品メーカー」 東京地裁平成23年(ワ)19435, 19436)。

【要旨】

主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

裁判所は、
「被告ら各製品は,本件各特許発明における「物の生産に用いる物」には当たらないから,被告らの行為について本件各特許権に対する法101条2号の間接侵害が成立することはない。同様の理由により,被告らの行為について本件各特許権に対する直接侵害が成立することもない。また,本件各特許発明は,いずれも特許無効審判により無効とされるべきものである。」
と判断した。

間接侵害・直接侵害の成否についての判断を以下に抜粋。特許無効の判断は省略。

1.争点1-1(被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」に当たるか)について

裁判所は、
「法101条2号の「物の生産」は,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいう。すなわち,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であって,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれない。
被告ら各製品が,それ自体として完成された医薬品であり,これに何らかの手が加えられることは全く予定されておらず,他の医薬品と併用されるか否かはともかく,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬としての用途に従って,そのまま使用(処方,服用)されるものであることについては,当事者間で争いがない。
したがって,被告ら各製品を用いて,「物の生産」がされることはない。換言すれば,被告ら各製品は,単に「使用」(処方,服用)されるものにすぎず,「物の生産に用いられるもの」には当たらない。」
と判断した。

(1) 医師による,医薬品の併用処方が「物の生産」となるか否か

原告は、
「本件各特許について,「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)に関する特許を受けたものであり,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為は,本件各特許発明における「物の生産」に当たる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は,明確に区別されるものであり,特許権の効力の及ぶ範囲も明確に異なるものであり,「物の発明」と「方法の発明」又は「物を生産する方法の発明」を同視することはできない。
前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせてひとまとまりにすることにより,新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,併用されることにより医薬品として,ひとまとまりの「物」が新しく作出されるなどとはいえない。
複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ないところ,上記原告の主張は,前記アのとおり,「物の発明」である本件各特許発明について,複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする「方法の発明」であると主張するものにほかならず,採用することができない。
また,法29条1項柱書は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定しているところ,医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」には当たらない。医師が薬剤を選択し,処方する行為も医療行為(医師法22条)であるから,これ自体を特許の対象とすることはできないものと解される。
法69条3項は,「二以上の医薬(人の病気の診断,治療,処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は,医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には,及ばない。」旨規定するが,これも同様の趣旨に基づく規定であると解される。
このように,本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。
したがって,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」
と判断した。

(2) 薬剤師による,医薬品のとりまとめが「物の生産」となるか否か

原告は、
「薬剤師が,被告ら各製品と本件併用医薬品とを併せとりまとめる行為が本件各特許発明における「物の生産」に当たる」
とも主張した。

しかし、裁判所は、
「薬剤師は,医師の処方箋に従って,患者に対し,完成された個別の医薬品である被告ら各製品,本件併用医薬品等を単に交付するにすぎないのであって,その際,複数の医薬品を「併せとりまとめる」行為(一つの袋に入れるなどする行為)があったとしても,この行為をもって,医薬品を「組み合わせ(た)」ということは困難であるというほかない。
すなわち,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,上記薬剤師の行為により医薬品としてひとまとまりの「物」が新たに作出されるとはいえない。
そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」とは,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であるところ,薬剤師は,被告ら各製品及び本件併用医薬品について,何らの手を加えることもない。
これらのことからすれば,上記薬剤師の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」
と判断した。

(3) 患者による,医薬品の併用服用が「物の生産」となるか否か

原告は、
「患者が,被告ら各製品と本件併用剤を服用することにより,その体内で本件各特許発明における「物」すなわち「組み合わせてなる」「医薬」の生産がされる」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品を服用するというだけで,その体内において,具体的,有形的な存在として,ひとまとまりの医薬品が新しく産生されているとはいえない。
そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」には,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品とを服用する行為は,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為である。
これらのことからすれば,上記患者の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」
と判断した。

(4) 本件各明細書の【発明の詳細な説明】の記載について

裁判所は、
「本件各明細書~の記載によれば,本件各特許の対象である「組み合わせてなる」「医薬」の生産には,① 各有効成分を別々に又は同時に,生理学的に許容されうる担体,賦形剤,結合剤などと混合し,医薬組成物とすること(医薬組成物類型),② 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを使用時に希釈剤などを用いて混合すること(混合類型)だけでなく,③ 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを同一対象に投与するために併せまとめること(併せとりまとめ類型)も含まれるものとも解され,原告はこれを根拠に,③の類型も本件各特許発明の技術的範囲に含まれると主張する。
しかしながら,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した【特許請求の範囲】の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項),願書に添付した明細書の記載及び図面,とりわけ【発明の詳細な説明】の記載を斟酌することにより,【特許請求の範囲】に記載されていないものについて特許発明の技術的範囲に含めるような拡大解釈をすることは許されない。
前記イで検討したところによれば,本件各特許発明における【特許請求の範囲】に記載された技術的範囲に上記①及び②は含まれるものの,上記③は含まれないと考える。
したがって,上記③についても,本件各特許発明の技術的範囲に含まれるとする原告の主張は採用することができない。」
と判断した。

(5) 顕著な効果について

原告は、
「本件各特許発明について,複数の医薬を併用することにより顕著な効果を奏することを見出した点に特徴があり,このような発明についても保護を図る必要が極めて高い」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「仮に,そうした保護の必要性があることを前提としたとしても,そのことから複数の医薬を併用することについて「組み合わせてなる」「医薬」に関する発明の技術的範囲に含まれるものであるという解釈とは結びつかないのであって,上記原告の主張は失当である。」
と判断した。

2.争点2(被告らの行為について,本件各特許権に対する直接侵害が成立するか)について

原告は、
「被告らが,医師,薬剤師又は患者の行為を支配し,本件各特許発明における「物の生産」をしている」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「上記主張は,被告ら各製品が,本件各特許発明における「物の生産に用いるもの」に当たることを前提とするものであるが,前記1のとおり,被告ら各製品を用いて本件各特許発明における「物の生産」がされることはない。
原告の主張は前提となる事実を欠いているから,採用することができない。
そもそも,製薬会社が,診療に当たる医師を道具として利用し,支配しているなどといえないことは,多言を要しない。」
と判断した。

また、原告は、
「被告らが被告ら各製品の添付文書の記載等により医師に対する積極的教唆をしている」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「そもそも,特許権に対する直接侵害が成立するのは特許発明の「実施」に限られ,教唆者が「実施」の主体であると評価される場合は別論として,教唆行為それ自体が直接侵害に当たると解する余地はない。」
と判断した。

【コメント】

特許無効の判断は、下記判決と同様のものであり、それだけの判断で決着つく内容だった。


しかし、裁判所は、さらに侵害の成否についても突っ込んで判断したため、本判決は「組み合わせてなる医薬」に関する特許権の効力がどこまで及ぶかという問題について非常に意義のあるものとなった。

裁判所は、「複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ない」、「本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。」と言及している。

医薬発明の審査基準では、「物」の発明として、いわゆる「組み合わせてなる医薬」を例示している。この審査基準が作成された経緯は、本件のような併用療法に特徴のある発明をどのように保護するかが議論され、方法的発明でありながら「物」の発明として保護するという取り扱いとすることとなった。しかし、今、この判決により、その取り扱いは再度検討される時期が来ているのではなかろうか。

参考:

Mar 3, 2013

2012.09.24 「帝國製薬 v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10005

グルコサミン含有パップ剤の進歩性: 知財高裁平成24年(行ケ)10005

【背景】

「グルコサミン含有パップ剤」に関する特許出願(特願2001-317930号)の拒絶審決(不服2009-5037)取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1:
少なくとも水溶性高分子化合物2~30重量部,水20~80重量部,架橋剤0.01~5重量部,およびpH調整剤0.5~10重量部を必須成分とする架橋型含水ゲルに,有効成分としてグルコサミンを配合するとともに,
前記架橋型含水ゲルのpHを5以下とし,
前記水溶性高分子化合物がポリアクリル酸および/またはその塩類とそれ以外に他の高分子化合物を併用するものであり,かつ,ポリアクリル酸および/またはその塩類と他の水溶性高分子化合物との配合比が,ポリアクリル酸および/またはその塩類を1としたときに0.1~3である,
ことを特徴とするグルコサミン含有パップ剤。
審決では、本願発明における有効成分は「グルコサミン」であるのに対し、特開2001-64175号公報(引用例A、出願人は原告)に記載された引用発明Aにおける有効成分は美白作用として機能するL-アスコルビン酸である点を相違点1として認定し、引用発明Aについて、美白作用成分として、L-アスコルビン酸とともに美白剤として従来から公知でもあるグルコサミン(引用例B)を使用してみることは、当業者が容易になし得ることである、と判断された。

【要旨】

主 文
特許庁が不服2009-5037号事件について平成23年11月22日にした審決を取り消す。(他略)

取消事由2(相違点1に関する判断の当否)について
「引用発明Aは,有効成分としてビタミンC又はその誘導体を用いる場合に特有の問題点を解決するために,そのような目的に適する架橋剤を限定したものであって,特定の有効成分と架橋剤の組み合わせに特徴があるパップ剤である。そして,引用例B(特開平11-246339号公報,甲2)に,グルコサミンとビタミンC(L-アスコルビン酸)はともに代表的な美白剤として従来から知られていることが開示されているとしても,グルコサミンは,ビタミンCと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから,パップ剤中での金属架橋剤との相互作用が同様であるとは考えられない。
したがって,ともに美白剤として知られているというだけで,当業者にとって,引用発明Aの有効成分であるビタミンC又は誘導体をグルコサミンに変更することが容易に想到し得るとはいえず,取消事由2は理由がある。
【コメント】

公知有効成分Xについての製剤発明に関する出願の審査において、
その有効成分と同じ作用を有する他の公知有効成分Yの製剤に関する引用発明(本願とは、有効成分のみが相違し、他の製剤成分そのものは一致)について、同作用成分として、公知の有効成分Xを使用してみることは、当業者が容易になし得ることである。
というような進歩性に関する拒絶理由は典型的な例かもしれない。

本判決が示したように、
引用発明は、有効成分Yを製剤に用いる場合の特有の問題点を解決するために、そのような目的に適する製剤成分を限定したのであって、有効成分Xは有効成分Yと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから、有効成分Xと製剤成分との相互作用が同様であるとは考えられない。
という主張は、上記のような拒絶理由を解消する手段として有効かもしれない。