May 25, 2013

2013.01.30 「メルク v. 日本薬品工業」 知財高裁平成23年(行ケ)10340

フォサマック: フリー体からその塩・水和物の進歩性: 知財高裁平成23年(行ケ)10340

【背景】

原告(メルク)が保有する「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸又はその塩の製造方法及び前記酸の特定の塩」に関する特許(特許第1931325、特願平2-152494、特開平3-101684、特公平6-62651)について被告(日本薬品工業)が請求した無効審判(無効2008-800062号)において、2010.08.19 「メルク v. 日本薬品工業」 知財高裁平成21年(行ケ)10180の判決後、特許庁で再審理され、進歩性欠如を理由に特許を無効とした特許庁の審決に対し、原告が取消しを求め訴訟を提起した事件。

請求項6: 4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートを有効成分として含む,骨吸収を伴う疾病の治療及び予防のための固体状医薬組成物。

請求項7: 錠剤である請求項6記載の固体状医薬組成物。

有効成分が、引用発明では「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸」(以下「フリー体」という。)であって、モノナトリウム塩トリハイドレートである点について特定されていない点が、本願発明との相違点であった。

【要旨】

主 文
1 原告の請求を棄却する。(他略)

裁判所は下記のとおり判断した。

(1) 取消事由1について
「原告は,審決が,フリー体からモノナトリウム塩トリハイドレートへの容易想到性を判断するに際して,「モノナトリウム塩とすることの容易想到性」と「トリハイドレートとすることの容易想到性」を別個に分離して判断し,容易想到であるとした点に,判断手法上の誤りがあると主張する。
しかし,本件において,原告の主張を採用することはできない。
本件発明の引用発明との相違点についての容易想到性を判断するに当たっては,各相違点の全体を判断の対象とすべきであって,相違点を構成する各要素に分離して,各要素のそれぞれが容易でありさえすれば,そのことから直ちに,相違点に係る構成の全体が容易想到であるとの結論を導くべきでないことはいうまでもない(なお,相違点の抽出の仕方についても,もとより同様である。)。
上記観点から,審決の判断の当否について検討する。
フリー体は,2個のホスホン酸基を有する化合物であり,有機酸の一種であるから,フリー体がイオン化して陽イオンと共に塩を形成することがあり,他方,フリー体又はその塩を含む化学物質は,結晶水と共に結晶化する場合がある。そして,フリー体が塩を形成するか否かという点と,フリー体又はその塩が水和物を形成するか否かという点は,それぞれ別個の事項である。ところで,審決は,「モノナトリウム塩とすることの容易想到性」と「トリハイドレートとすることの容易想到性」を個別に判断しているが,本件における上記の判断手法は,複数の事項を含む相違点について,論理的な順序に従った合理的な判断であるといえること,また,相違点に係る構成の全体についても容易想到であるとの総合的な評価がされていると解されることに照らすならば,本件における審決の判断方法に,原告の指摘する違法はないというべきである。」
(2) 取消事由2について(モノナトリウム塩とすることの容易想到性について)
「一般に薬物の製剤化に際して,その塩を用いることを検討するのは当業者の通常行うことであって,かつ,フリー体にモノナトリウム塩が存在することは甲5の記載によっても技術常識によっても明らかであることからすると,フリー体をモノナトリウム塩とすることは,容易想到であると認められる。この点に関する審決の判断に誤りはない。」
(3) 取消事由3について(トリハイドレートとすることの容易想到性について)
「前記(2)のとおり,フリー体の製剤化に際して,そのモノナトリウム塩を用いることは当業者にとって容易想到であったと認められる。そして,以下のとおり,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して,普通に採用される条件で生成した結晶は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートとなると認められるから,引用発明(フリー体)に接した当業者は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するといえる。
~有機化合物について何らかの水和数を有する水和塩結晶を製造する一般的な方法は知られていないとしても,前記(2)及び(3)アのとおり,フリー体に接した当事者としてはそのモノナトリウム塩を容易に想到し,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して通常の方法をとれば,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが生成される以上,当業者においては,フリー体から,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するとすべきであって,原告の主張は採用できない。」
【コメント】

フリー体からその特定の塩・水和物の進歩性について裁判所の判断を要約すると、下記の点が認められれば、当業者においては、フリー体から、フリー体の特定の塩・水和物を容易に想到するとすべきとされた。
(1) フリー体に接した当事者がその特定の塩を容易に想到できること
(2) その特定の塩を製造するに際して通常の方法をとれば、その特定の塩・水和物が生成されること

本件出願時点では、もともと製造方法のクレーム(クレーム1から5まで)しかなかったようだが、補正により、モノナトリウム塩トリハイドレート化合物のクレームが追加補正された。本件特許は、アレンドロネートのモノナトリウム塩トリハイドレートを保護する特許であった。これを有効成分とする骨粗鬆症治療薬は日本においては、メルク(Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A)の日本子会社であるMSDより販売されている(販売名: フォサマック、Fosamac)。

米国では製造方法クレームのまま特許成立(US4922007A)。Public PAIRで確認しても、モノナトリウム塩トリハイドレート化合物のクレームを追加補正した様子はなさそうである。製法特許のためFOSAMAX(ALENDRONATE SODIUM)のorangebookには収載されていない。

欧州では、モノナトリウム塩トリハイドレート化合物のクレームが追加補正され、最終的に下記のような結晶性の化合物クレームが成立した(EP0402152B1)。

Claim 1. Crystallin 4-amino-1-hydroxybutylidene-1,1-bisphosphonic acid monosodium salt trihydrate.


May 11, 2013

2012.12.26 「エーザイ v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10131

塩酸ドネペジルの製剤発明: 知財高裁平成24年(行ケ)10131

【背景】

「甘味を有する薬剤組成物」に関する特許出願(特願2001-98970、特開2001-342151)の拒絶審決(不服2011-25385号)取消訴訟。争点は進歩性の有無。

請求項1: 塩酸ドネペジルおよびスクラロースを含有する薬剤組成物

引用発明: 苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物
一致点: スクラロースを含有する薬剤組成物である点
相違点: 薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点

【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

4 引用発明の認定の誤りについて

裁判所は、下記のとおり判断した。
「引用例1には,本件審決が認定したとおり,「苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物」との発明が記載されているものと認められる。そして,前記2の引用例1の各記載からすると,引用発明は,苦味を有する薬剤の苦味を消失させるという課題に対して,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという効果を奏するものということができる。」
これに対して、原告は、
「引用例1の特許請求の範囲や発明の詳細な説明には,スクラロースとスクラロースが不快な味をマスクし得る「苦味を有する薬剤」との具体的な組合せが記載されていない」とか「引用例1に列挙されている薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいということは,引用例1に開示されていない 」
等と主張した。

しかしながら、裁判所は、下記のとおり原告の主張は採用することができないとした。
「引用例1の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には,「苦味を有する薬剤」及びスクラロースを含有する薬剤組成物についての技術的思想が開示されているのであり,そうである以上,特許請求の範囲や発明の詳細な説明において,特定の「苦味を有する薬剤」とスクラロースとの具体的な組合せについての明示がないとしても,」また、「発明の詳細な説明中にある薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいものであるとの具体的な記載がないとしても,引用発明の上記認定が妨げられるものではない。」
5 相違点に係る判断の誤りについて

裁判所は、下記のとおり判断した。
「(1) 前記4のとおり,本件審決による引用発明の認定に誤りはなく,本願発明と引用発明とを対比すると,両者は,本件審決が認定したとおり,「薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点」で相違するものと認められる。
(2) 本願発明の容易想到性について
ア 引用例1の前記2(2)オの記載からすると,引用例1には,「苦味を有する薬剤」として,引用例1に具体的に記載された薬剤に限らず,広範囲の苦味を有する薬剤が使用できることが示されているものと認められる。他方,前記3のとおり,引用例2には,薬剤である塩酸ドネペジルが激しい苦味を有することが記載されている。そうすると,引用発明において,「苦味を有する薬剤」として,引用例2に記載された激しい苦味を有する「塩酸ドネペジル」を使用した薬剤組成物とすることは,当業者が容易に想到することができたものである。~
(3) 本願発明の作用効果について
ア 前記4(1)のとおり,引用例1には,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという作用効果が生ずることが開示されている。そして,~本件出願に係る優先権主張日当時,スクラロースが渋味に対するマスキング効果を有することも知られていたものである。加えて,~渋味は,舌粘膜の収れんによるものであって,通常,痺れ感を伴うものである。したがって,渋味に対するマスキング効果を有するということは,痺れ感をマスキングできることを意味するものであり,スクラロースが痺れ感に対するマスキング効果を有することは本件出願に係る優先権主張日前に公知であったということができる。そうすると,引用例1に接した当業者は,薬剤にスクラロースを組み合わせることにより,薬剤の苦味だけでなく,その痺れ感についてもマスキングされるという効果を容易に予測することができるというべきである。」
【コメント】

明細書を見る限り、塩酸ドネペジルの製剤発明について特許を取りに行くぞという勢いは感じられない内容であり、INPADOC patent family searchを行っても日本以外の海外出願は見当たらない。さらに、日本で販売されているアリセプトの錠3mg・錠5mg・錠10mg・細粒0.5%、D錠3mg・錠5mg・錠10mg、内服ゼリー3mg・内服ゼリー5mg・内服ゼリー10mgのいずれにもスクラロースは使用されていないようである。

アリセプトの成分(ドネペジル塩酸塩)には苦味があるが、アリセプト錠はフィルムコートにより、D錠と内服ゼリーはカラギーナンという添加物により、苦味を軽減している。カラギーナンのドネペジル塩酸塩に対する苦味マスキングは、2018年3月まで特許が保持されている(参考: エーザイwebpage アリセプトには苦味がありますか?)。

上記のとおり、先発品はスクラロースを使用していないが、アリセプトの後発品の多くは実はスクラロースを使用している。知財高裁まで争ったということは、出願当初はそれほど力を入れていなかったのかもしれないこの出願が、後発品の参入という事態となったため、この出願を特許にすることによってできる限り後発品の参入を阻止したいという価値が生じたと想像できる。明細書の記載をもっと充実させたものにしておくべきだったと悔やまれる事案である。

May 6, 2013

2012.12.19 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成23年(行ケ)10448

エチルからブチルへの容易想到性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10448

【背景】

「血管新生抑制剤」に関する特許出願(特願2002-32844; 特開2003-238441)の拒絶審決(不服2008-28310号事件)の取消訴訟。争点は発明の進歩性の有無。

請求項1(本願発明):
「テトラブチルアンモニウム塩を有効成分とすることを特徴とする腫瘍細胞増殖抑制剤。」
引用例1発明と本願発明との相違点は、本願発明の非選択的K+チャネル阻害剤は「テトラブチルアンモニウム塩」であるのに対し、引用例1発明の非選択的K+チャネル阻害剤は「テトラエチルアンモニウム塩」である点であった。

【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
裁判所の判断(一部のみ抜粋)
3 取消事由3(相違点に係る構成の容易想到性判断の誤り)について
(1) 審決も認定するとおり(5頁),引用例2にはテトラエチルアンモニウム,テトラブチルアンモニウムのいずれもが非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤であり,効率的に阻害作用を発揮することが記載されているから,引用例2に接した当業者において,非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤としてテトラエチルアンモニウム塩だけでなくテトラブチルアンモニウム塩も選択することができることを認識し得ることは明らかである。
そして,抗腫瘍効果,腫瘍細胞増殖抑制効果を有する抗腫瘍物質を探索することは,医療分野の当業者にとってごく一般的な技術的課題であるところ,引用例1中には,腫瘍細胞のカリウムイオンチャネル活性が腫瘍細胞の増殖に影響する可能性があるという作用機序(61頁46~52行),テトラエチルアンモニウムのような非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤が腫瘍細胞の増殖を抑制したという実験結果(57頁最終行~58頁8行)が記載されている。加えて,引用例1発明にいうテトラエチルアンモニウム塩と本願発明にいうテトラブチルアンモニウム塩とは,アンモニウムイオンの4つの水素原子をいずれもアルキル基(前者ではエチル基(-CH2CH3),後者ではブチル基(-CH2CH2CH2CH3))に置き換えた化学構造を有するテトラアルキルアンモニウム塩である点で共通するから,引用例1の記載による限り,当業者が化学構造の類似性に着目して,テトラエチルアンモニウム塩に代えてテトラブチルアンモニウム塩を採用する着想を否定することができない。すなわち,引用例1に接した当業者が,テトラエチルアンモニウム塩に代えて他の非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤を採用して腫瘍細胞増殖抑制効果を検証するのは,自然な発想ということが可能であるから,このような引用例1及び2における文献上の記載があって,着想容易性の可能性があるのに対して,これを覆し,医療分野の当業者にとっての腫瘍細胞増殖抑制剤の進歩性を肯定するには,本願発明の実施例に現れる実験結果を参照しなければならない。
この点を本願明細書(甲4)についてみると,前記認定のように,マウスの大腿の腫瘍重量の大小を計測した旨の記載があるだけで,腫瘍組織の血管新生の増減等を実験を通じて検証したことを窺わせる記載は存しない。また,本願明細書中には,テトラブチルアンモニウム塩がテトラエチルアンモニウム塩等よりも顕著な腫瘍細胞増殖抑制効果を発揮した旨の記載はない。他方,引用例1にはカリウムイオンチャネル活性が腫瘍細胞の増殖にとって重要である旨が記載されているから,等しく非選択的カリウムイオンチャネル阻害剤であるテトラエチルアンモニウム塩の構成(引用例1)をテトラブチルアンモニウム塩の構成(本願発明)に置換することによって奏される腫瘍細胞増殖抑制効果は,引用例1,2から当業者が予測できる範囲を超えるものではない。
そうすると,本件出願当時,医療分野の当業者において,引用例1発明に引用例2発明を適用し,引用例1発明と本願発明の相違点に係る構成に容易に想到することができたというべきである。

【コメント】

「エチル」と「ブチル」という化学構造の類似性に着目すれば、動機付けを否定する材料を揃えるのは困難と思われる。顕著な効果を発揮したといえる記載が明細書にない限りは進歩性なしの判断を覆すのは極めて困難だろう。欧米には出願されていないようである。