Oct 28, 2013

2013.07.11 「田辺三菱・宇部興産 v. 遼東化学」 知財高裁平成24年(行ケ)10297

ベポタスチン製剤(タリオン錠)発明の進歩性: 知財高裁平成24年(行ケ)10297

【背景】

田辺三菱・宇部興産(原告ら)が保有する「経口投与製剤」に関する特許(3909998号)に対する遼東化学(被告)の特許無効審判の請求において、特許庁が特許を無効とした審決(無効2011-800177号)に対して、原告が審決の取消しを求めた事案。争点は進歩性。

請求項1(本件発明1):
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,マンニトール,白糖,乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤,並びにポリエチレングリコールを配合した経口投与用固形製剤。
引用発明1:
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,添加剤を配合した経口投与用医薬組成物
一致点:
ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,添加剤を配合した経口投与用医薬組成物
相違点1:
本件発明1の医薬組成物は「経口投与用固形製剤」であるのに対し,引用発明1の医薬組成物は,経口投与用であるが「固形製剤」であるとの記載はない点
相違点2:
本件発明1の医薬組成物は,添加剤として「マンニトール,白糖,乳糖及びこれらの混合物から選択される賦形剤,並びにポリエチレングリコール」を配合しているのに対し,引用発明1では,添加剤を具体的に特定していない点
【要旨】

主 文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
裁判所の判断(抜粋)

(1) 相違点1に係る判断について
錠剤,顆粒剤,カプセル剤等の固形製剤は,本件審決も汎用性が高いと指摘するとおり,経口で投与される薬剤の一般的な剤形であるから,引用例1に経口投与用の医薬が開示されていれば,当業者は,この医薬の剤形として,錠剤,顆粒剤,カプセル剤等の固形製剤を直ちに想定するものである。

化合物の薬理的特性を明らかにするために行われる薬理試験において,便宜上,試験物質を溶液又は懸濁液として投与したからといって,当業者が,医薬の剤形として一般的な固形製剤を想定することが妨げられるものではない。
よって,原告らの上記主張は,採用することができない。
(2) 相違点2に係る判断について
引用例1は,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩が吸湿性の少ない結晶であることを見いだし,医薬品として適した性質を有することを開示しているから,引用例1の記載から,水分が医薬品の物理化学的安定性に問題を生じる原因であると理解した当業者であれば,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩を製剤化しようとする場合にも,水分がベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の製剤の物理化学的安定性に悪影響を及ぼさないように,水分の影響を排除しようと試みるものというべきである。

そして,水分による原薬に対する悪影響を回避するために,水分含有量の低い添加剤を加えることは,当業者が通常選択する手段の1つであるというべきであるから,引用例1には,水分による原薬に対する悪影響を回避するためにこのような添加剤を加えることについて,動機付けが認められる。

また,添加剤配合後の安定性を調査する際に何らかの試行錯誤が必要となることは,むしろ当然であり,水分による悪影響を解決できる添加剤の事例が存在した場合,当業者は,この添加剤があらゆる原薬に対してその効果を発揮するものではないことを前提とした上で,当該添加剤を原薬に適用した場合に効果を発揮しないことが明らかでない限り,まず,当該公知の添加剤を水分による悪影響が予測できる原薬に使用することを試みるものというべきである。

引用例2及び3は,イミダプリル又はビソプロロールを含有する製剤に特定の添加剤を加えることによって,製剤の吸湿水分により引き起こされる原薬の加水分解を抑制し,保存安定性に優れた製剤を得られることが記載されているということができる。

当業者が引用発明1に引用発明2又は3を適用することについては,引用発明1ないし3が原薬の安定性に対する水分による悪影響の回避という共通の課題を有する以上,当該悪影響の詳細や作用機序が明らかではなかったとしても,十分動機付けが存在するものと認めることができる。
(3) 本件発明の効果について
引用例1ないし3には,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩に,マンニトール,及び/又は乳糖並びにポリエチレングリコールを組み合わせた添加剤を使用して製剤化することによって,原薬であるベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の安定性が損なわれる可能性があることを示唆する記載はないから,上記製剤化によって得られた製剤も,引用発明2及び3と同様に,安定性を有しているものと推測される。
したがって,本件発明が,引用例1ないし3からは予測し得ない効果を奏するものということはできない。

原告らは,引用例1には,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩が単独で存在する場合の安定性しか開示されていないところ,原薬の状態では安定であっても,製剤化により原薬が不安定になる場合もあるから,原薬の安定性から製剤化された際の安定性を予測することはできない,医薬品の開発では,一般に,原薬としては安定な化合物を選択するが,添加剤とともに製剤化した場合に安定性の問題が生じ得るため,医薬製剤における安定性については,異なる処方による製剤と比較する必要があるから,引用例1の記載に基づき,本件発明の効果が予測し得たということはできないなどと主張する。

しかしながら,製剤化により原薬が不安定になる場合があり得るとしても,その頻度は不明であるし,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸に上記各添加剤を配合して固形製剤を製造した場合,原薬が不安定になるという合理的な根拠は示されていないから,原薬が不安定になる場合があり得るという抽象的な可能性のみに基づいて,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の安定性が損なわれるということはできない。同様に,医薬品の製造において,異なる処方による製剤と比較する必要があることをもって,上記製剤化において,ベポタスチンのベンゼンスルホン酸塩の安定性が損なわれると直ちにいうことはできない。
【コメント】

(1) 相違点1に係る判断について

本件発明1が「固形製剤」である点を原告らは主張はしたものの、審決の判断を崩せなかった(おそらく駄目元での主張だろう)。従属クレームでも、「錠剤」、さらには「フィルムコーティング層を有する」、「コーティング層の皮膜率」などで限定してはいたが、それらも周知慣用の技術であり、このような技術を用いることに格別の創意工夫を要するものではないと判断された。実際、本件明細書には、それらに限定したことによってさらに何らかの効果を示す試験結果の記載はなかった。

(2) 相違点2に係る判断について

当業者であれば課題を解決しようと試みるだろうといえる記載が主引例にあって、副引例にも共通の課題とその解決手段が記載されている場合には、主引例に記載された課題解決のために当業者が通常選択する手段の1つとして副引例の技術手段を試みるということについて、十分動機付けが存在する。裁判所は、動機付けについて、「当該技術手段を適用した場合に効果を発揮しないことが明らかでない限りは」との留保を加えているが、これはいわゆる阻害要因の存在如何によっては動機付けは成立しない場合もあるということだろう。

しかし、本件判決文からすると、引例を組み合わせる動機付けを否定するための阻害要因の主張が認められるハードルは高そうである。「化学構造が異なれば,性質等も異なる」とか、「他の原薬では失敗した」との主張だけでは足りない。当業者において本願発明にとっての課題解決にその技術手段を試みることが困難であると合理的に推測することが可能であるなどの事情が存在することを主張する必要がある。

(3) 本件発明の効果について

発明の効果に関して明細書に記載されているのは、下記のような文言のみであり、比較例の記載は一切ないため、本件発明がどの程度に顕著な効果を有するのかは把握することはできないものだった。
本発明の経口投与用固形製剤を、40℃、瓶密栓(乾燥剤なし)で、6カ月間保存し、ベポタスチン対掌体の増加量をキラルな高速液体クロマトグラフィー法(充填剤:信和化工ULTRON ES-OVM)で測定した結果、本発明の製剤中でのベポタスチン対掌体の増加量は、いずれも0.4%以下であった。この結果より、本発明の固形製剤においては、ベポタスチンのラセミ化はごくわずかであり、ベポタスチンが安定に長期間保存され、変性しないことが確認された(【0028】)。

また、本発明の経口投与用固形製剤のうち、錠剤については製造時の摩損率を打錠時の原料と打錠後の錠剤の重量差から算出したところ、1%未満であり、スティッキング、キャッピング等の打錠障害の発生率が低いことと併せ、本発明の固形製剤は、良好な製造効率で調製することができることも確認された(【0029】)。

本発明の経口投与用固形製剤は、ベポタスチンのラセミ化がごくわずかであり、ベポタスタチンが安定に長期間保存され、変性せず、更に良好な製造効率で調製することができるという効果を有する(【0046】)。
たとえ他の添加剤と比較して安定性が優れていると主張したとしても、裁判所は、そもそも製剤化によって得られた製剤は引用発明2及び3と同様に安定性を有しているものと推測されるとしており、本件発明が予測し得ない効果を奏するものと主張するのはかなり難しいといえるだろう。各添加剤の配合比率等を限定することで、他の比率に比べて顕著な効果を示すといった逃げ道があれば、従属クレームで何とか踏ん張ることができたのかもしれない。

参考:

タリオン錠の組成中の添加物は、ステアリン酸マグネシウム、セルロース、タルク、ヒプロメロース、マクロゴール、D-マンニトールである。

タリオン錠(有効成分: ベシル酸ベポタスチン(bepotastine besilate)): 宇部興産ならびに田辺三菱の共同研究により創成された抗アレルギー剤。国内において2000年7月に効能・効果をアレルギー性鼻炎としてタリオン錠(普通錠)が承認された。また、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う掻痒(湿疹・皮膚炎,痒疹,皮膚掻痒症)の効能・効果については2002年1月に承認された。

Oct 20, 2013

2013.04.11 「X v. 花王」 知財高裁平成24年(行ケ)10299

実施可能要件・サポート要件を満たす明細書記載とは知財高裁平成24年(行ケ)10299

【背景】

被告(花王)の「液体調味料の製造方法」に関する特許(第4767719)に対する原告(X)の無効審判の請求(無効2011-800233)について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決には、訂正要件の認定の誤り(取消事由1)、実施可能要件に係る認定判断の誤り(取消事由2)及びサポート要件に係る認定判断の誤り(取消事由3)があると主張して、原告がその取消を求めた事案。

請求項1(本件発明1):
工程(A):生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質とを混合する工程と,
工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質との混合物をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程
を行うことを含む液体調味料の製造方法
請求項9(本件発明1):
請求項1~8のいずれか1項に記載の方法で製造した液体調味料
原告は、取消事由2(実施可能要件に係る認定判断の誤り)について、下記の主張をした。
本件発明が実施可能要件を満たすためには,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,かつ,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料を製造できることが必要である。
ところで,審査基準によれば,一般に,化学物質のように物の構造や名称からその物をどのように作り,どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明については,当業者がその発明の実施をすることができるように発明の詳細な説明を記載するためには,通常,1つ以上の代表的な実施例が必要であるし,医薬等のように物の性質等を利用した用途発明においては,通常,用途を裏付ける実施例が必要である。そして,本件発明は,これを実施するに当たって,ACE阻害ペプチドが多岐にわたり,その由来や配合量等によって液体調味料の風味に大きな変化をもたらす可能性があること,ACE阻害活性を示すからといって必ずしも血圧降下作用を示すとは限らないこと(甲29)及び風味変化と血圧降下作用は血圧降下作用を有する物質の配合量とは相反関係にあること,を考慮しなければならない。したがって,本件発明においても,化学分野や医薬分野の発明と同様に,ACE阻害ペプチドを配合した液体調味料の実施例の記載が必須であることは,明らかである。
しかるに,本件明細書は,上記実施例がないから,実際にACE阻害ペプチドを 一定量配合した液体調味料が風味の改善と血圧降下作用の発揮という相反する作用効果を適切に発揮させるために当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤を要求させるものである。
よって,本件明細書が実施可能要件を満たさず,これに反する本件審決の判断が誤りであることは,明らかである。
【要旨】

主 文
1 特許庁が無効2011-800233号事件について平成24年7月13日にした審決のうち,請求項1ないし5及び9に係る部分をいずれも取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し,その2を被告の,その余を原告の各負担とする。
裁判所の判断(抜粋)

1.取消事由2(実施可能要件に係る認定判断の誤り)について

(1) 実施可能要件について
特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載したもの」でなければならないと規定している。
特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提 を欠くことになるからであると解される。
そして,方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明については,明細書にその発明の使用を可能とする具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。また,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(同項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。
(2) 本件発明の実施可能要件の適否について
本件発明1ないし8は,いずれも方法の発明であるが,その特許請求の範囲の記載にある「生醤油」,「コーヒー豆抽出物」,「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド。)及び「液体調味料」については,いずれも本件明細書に具体的にその意義,製造方法又は入手方法が記載されている。また,本件発明1ないし8の方法は,上記「生醤油」を含む調味料と,「コーヒー豆抽出物」及び「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド)から選ばれる少なくとも1種の原材料(本件発明1~5)あるいは専ら「コーヒー豆抽出物」(本件発明6~8)を混合し,特定の温度(及び時間)で加熱処理し,あるいは混合しながら同様に加熱処理し,更にその後に充填工程を行うというものであるが,これらの具体的手法は,液体調味料の加熱処理方法や,加熱処理が充填工程の前に行われることを含めて,いずれも本件明細書に記載されている。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があるといえる。
また,本件発明9は,本件発明1ないし8のいずれかの方法により製造した液体調味料という物の発明であるが,以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載がある以上,当業者は,本件発明9を製造することができるものといえる。
(3) 原告の主張について
本件明細書に本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があり,かつ,当業者が本件発明9を製造することができる以上,本件発明は,実施可能であるということができるのであって,原告の上記主張は,サポート要件に関するものとして考慮する余地はあるものの,実施可能要件との関係では,その根拠を欠くものというべきである。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 小括
以上のとおり,本件発明は,特許法36条4項1号の実施可能要件に適合するものであって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
2.取消事由3(サポート要件に係る認定判断の誤り)について

(1) サポート要件について
特許法36条6項1号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したもの」でなければならない旨が規定されている。
特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を 奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,あるいは,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2) 本件発明のサポート要件の適否について
イ 本件発明は,前記1 に説示のとおり,醤油を含む液体調味料に,ACE阻害ペプチド又はクロロゲン酸類を有効成分とするコーヒー豆抽出物等の血圧降下作用を有する物質を多量に配合すると,血圧降下には有利に働くものの,風味に変化が生じ,その結果,液体調味料の継続摂取が困難になるという課題(より具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するという課題)を解決するため,液体調味料の加熱処理を行う前に血圧降下作用を有する物質であるACE阻害ペプチド(本件発明1~5,9)又はコーヒー豆抽出物(本件発明1~9)を混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの手段を採用することで,これにより,血圧降下作用を有する物質を日常的に摂取する食品である液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果を有するものである。
したがって,本件発明においては,血圧降下作用を有する物質が混合され,上記のように加熱処理された液体調味料の風味変化が改善されるのであれば,その課題が解決されたものとみて差し支えないといえる。

ウ そこで,本件明細書について,その発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を上記のとおり解決できると認識できるものであるか否かを検討すると,そこには,前記1 (1)キ( ア) に記載のとおり,前記イに記載の物質のうちコーヒー豆抽出物を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合(本件発明1~9)に,液体調味料の風味変化を改善し,もって本件発明の課題を解決できることが実施例をもって記載されているから,この場合に本件発明の課題を解決することができることが示されているといえる。
なお,血圧降下作用を有する物質としてコーヒー豆抽出物を使用した場合の本件発明1ないし9は,上記課題を解決するものであり,かつ,当該課題を解決する手段である混合及び加熱処理の工程もごく簡単なものである以上,その帰結として,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果についても,本件明細書の発明の詳細な説明には開示があるということができる。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,血圧降下作用を有する物質がコーヒー豆抽出物である場合の本件発明1ないし8の方法により製造された液体調味料(本件発明9)が血圧降下作用を有するか否かについての具体的な記載が見当たらない。しかしながら~コーヒー豆抽出物が血圧降下作用を有することは,本件優先日当時に当業者に周知の事項であったものと認められるほか,本件明細書には,前記1(1) キ (ア) に記載のとおり,コーヒー豆抽出物の有効成分であるクロロゲン酸類の液体調味料における含有量が加熱処理によっても変化しないことが記載されていることを併せ考えると,コーヒー豆抽出物を液体調味料と混合して加熱処理をした場合に,コーヒー豆抽出物の有効成分であるクロロゲン酸類は,その活性を失わず,加熱処理後も血圧降下作用を示すものと認められる。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,加熱処理等にもかかわらずコーヒー豆抽出物が血圧降下作用の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果について開示があるということができるから,仮に,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料及びその簡単な製造方法を実現することが本件発明の解決すべき課題であるとしても,血圧降下作用を有する物質としてコーヒー豆抽出物を使用した場合の本件発明1ないし9(特に,血圧降下作用を有する物質として専らコーヒー豆抽出物を使用する本件発明6ないし8)については,本件明細書の発明の詳細な説明に当該課題を解決することができることが示されているといえる。

エ 他方,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記イに記載の物質のうちACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例の記載がない
~しかるところ,本件明細書の発明の詳細な説明に列記された上記血圧降下作用を有する物質の間には,その化学構造に何らかの共通性を見いだすことができず,その風味にも共通性が見当たらないばかりか,発明の詳細な説明において実施例について記載のあるクロロゲン酸類及びγ-アミノ酪酸は,いずれもACE阻害ペプチドと共通する化学構造を有するものではなく,また,ACE阻害ペプチドと共通する風味を有するものでもないことに加え,上記血圧降下作用を有する物質の風味とその血圧降下作用に関連性がないこともまた,技術常識に照らして明らかである。
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明に,コーヒー豆抽出物及びγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例があり,それにより液体調味料の風味変化を改善し,本件発明の解決すべき課題を解決できることが示されているとしても,これらは,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合し加熱処理した場合に,液体調味料の風味変化の改善という本件発明の解決すべき課題を解決できることを示したことにはならない。
その他,本件明細書の発明の詳細な説明には,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はない以上,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は,血圧降下作用を有する物質としてACE阻害ペプチドを使用した場合を包含する本件発明1ないし5及び9が,液体調味料の風味変化の改善という課題を解決できると認識することができるとはいえず,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らして本件発明の課題を解決できると認識できることを認めるに足りる証拠もない。
(3) 原告の主張について
原告は,本件発明が血圧降下作用を有する物質の混合による風味変化の改善と,血圧降下作用の発揮という相反する課題を同時に解決しようとするものであることから,コーヒー豆抽出物についての適切な配合量の上限値及び下限値が存在するはずであるところ,このような配合量の限定がない本件発明は発明の課題が解決できることを当業者が認識できないものであって,サポート要件に違反すると主張する。
しかしながら,本件発明の課題は,前記1 アに説示のとおり,具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するというものであり,液体調味料に配合するコーヒー豆抽出物の量については,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者であれば,配合するコーヒー豆抽出物の量が少なければ血圧降下作用が限定される一方,その量が多ければ風味変化の改善が限定されることを理解することができるから,風味変化の改善等を図るためにその配合量を調整することが容易に可能である。したがって,本件発明(特に本件発明6~8)の特許請求の範囲の記載に配合量の上限値及び下限値の記載がないからといって,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が,本件発明6ないし8がその解決すべき課題を解決できるものと認識できないとみることはできない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
(4) 被告の主張について
ウ 被告は,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たす根拠として,ACE阻害ペプチドを添加して加熱処理した液体調味料の風味が改善されたことを示す本件出願後に行われた試験結果の報告書(甲17)が,本件明細書に記載された技術的内容を確認し,かつ,裏付けるものであると主張する。
しかしながら,前記 エに説示のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,その他にACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はなく,また,このことを示す技術常識も見当たらない以上,サポート要件の適否の判断に当たって,本件出願後にされた試験の結果を参酌することはできない。
よって,被告の上記主張は,採用することができない。
(5) 小括
以上によれば,血圧降下作用を有する物質として専らコーヒー豆抽出物を使用した本件発明6ないし8は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものであるから,サポート要件を満たすものといえる一方,血圧降下作用を有する物質として,コーヒー豆抽出物に加えてACE阻害ペプチドを使用する場合を包含する本件発明1ないし5及び9は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるが,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものではなく,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいえないから,サポート要件を満たすものとはいえない。
よって,本件発明6ないし8に関する本件審決の判断に誤りはないものの,本件発明1ないし5及び9に関する本件審決の判断には,誤りがあり,取消しを免れない。
【コメント】

本事案における「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明と「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明の明細書の記載を比較しながら、製造方法の発明の実施可能要件とサポート要件をまとめてみた。
  • 製造方法の発明の実施可能要件について
  • 「コーヒー豆抽出物」および「ACE阻害ペプチド」のいずれも本件明細書に具体的にその意義、製造方法又は入手方法が記載されており、それぞれを使用した製造方法の具体的手法は、いずれも本件明細書の発明の詳細な説明にはに記載されていたことから、これに接した当業者が本件製造方法の発明の使用を可能とする具体的な記載がある以上、当業者は本件発明を製造することができるものといえると判断された。

    「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明については実施例の記載があったが、「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明については実施例の記載はなかったが、実施可能要件の判断においては実施例の記載の有無は裁判所の判断では問題とされていない。

    ここから言えることは、製造方法の発明の実施可能要件を満たすためには、原料が入手でき、当業者が製造できるように記載されていればよいという極めてシンプルな条件である。実際に製造できたとか実際に製造物が効果を示したなどという実施例は必ずしも必要とされない。
  • 製造方法の発明のサポート要件について
  • サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、
    ①特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、

    ②発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、あるいは、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か
    を検討して判断すべきとされている。

    「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明と「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明のいずれも、上記①の検討において、「発明の詳細な説明に記載された発明」であると判断された。しかし、「コーヒー豆抽出物」を使用した製造方法の発明については実施例の記載があったが、「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明については実施例の記載はなかったため、この違いが、上記②の検討における「課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か」で判断が分かれ、「ACE阻害ペプチド」を使用した製造方法の発明についてはサポート要件を満たさないと判断された。

    本事案では、「ACE阻害ペプチド」が加熱処理しても課題解決できるのかという疑問点や、「ACE阻害ペプチド」の種類も多岐にわたり共通して課題解決できる技術常識もなかったという事情もあるが、本事案での判決で言えることは、サポート要件を満たすためには、上記①②を満たすことがポイントであり、特に、上記②「課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か」の判断においては、実施例が極めて重要な役割を果たすということである。本事案では、上記①を満たしても上記②を満たしていないために、後出しデータの参酌も認められなかった。

    いわゆる「フリバンセリン事件」では、医薬用途発明について、実施可能要件とサポート要件を特許庁が同視した判断を否定した事件であるが、このときはサポート要件は否定されず、むしろ実施可能要件が否定された。「フリバンセリン事件」では、サポート要件を満たすかどうか事案の当てはめを詳細に検討したわけではなかったので、実施例の有無がサポート要件にどのように影響すべきだったのか明らかではないが、「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か」という観点を検討する際に、実施例の存在は大きく影響することは間違いない。

参考:




Oct 14, 2013

2013.04.18 「三菱化学 v. Y」 知財高裁平成24年(ネ)10028, 10045

アンプラーグ関連職務発明対価請求事件、消滅時効の進行の中断: 知財高裁平成24年(ネ)10028, 10045

【背景】

原審参照: 2012.02.17 「X v. 三菱化学」 東京地裁平成21年(ワ)17204

【要旨】

主 文
1 本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は,被控訴人に対し,5900万円及びこれに対する平成19年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,全審級を通じて,4分の1を控訴人兼附帯被控訴人の負担とし,その余を被控訴人兼附帯控訴人の負担とする。
4 この判決は,1(1)に限り,仮に執行することができる。
裁判所の判断
1 相当対価の額について

相当対価の額については原判決の認定判断を支持する。

2 消滅時効の成否について

数量的に可分な債権の一部につき訴えを提起したとしても,当該訴訟においてその残部について権利を行使する意思を継続的に表示していると認められる場合には,当該残部の債権についても消滅時効の進行が中断する。当該訴訟係属中に訴えの変更により残部について請求を拡張した場合には,消滅時効が確定的に中断する。
被告が指摘する最高裁判所昭和34年2月20日第二小法廷判決(民集13巻2号209頁)は,一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えの提起があった場合に,訴えの提起による消滅時効中断の効力は,その一部の範囲についてのみ生じ残部に及ばない旨を判示したものであって,原告が訴状において残部について権利を行使する意思を明示していた本件とは事案を異にする。
被告が指摘する他の最高裁判所判決も,上記判断と抵触するものとはいえない。

3 遅延損害金の始期について

本件各発明に係る相当対価の支払請求債権は期限の定めのないものと認めざるを得ず,本件各発明が実施された日から5年を経過した日が消滅時効の起算点であるとしても,その翌日からの遅延損害金の発生は認めることができず,催告のあった日の翌日から発生する。
【コメント】

原告が債権の一部につき訴えを提起する際、訴状においてその残部について権利を行使する意思を明示しておけば、残部についても消滅時効の進行を中断させることができるということを示した判決。裁判所は、本事案は原告がその意思を明示していたという点で、過去の最高裁判決の判断と抵触しないとしている。

参考: 昭和34年02月20日 最高裁 昭和31年(オ)388(民集13巻2号209頁)

Oct 7, 2013

2013.04.11 「セルジーン v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10124

レナリドミドとデキサメタゾンの組合せ医薬: 知財高裁平成24年(行ケ)10124

【背景】

「癌および他の疾患を治療および管理するための免疫調節性化合物を用いた方法および組成物」に関する特許出願(特願2004-505051、特表2005-530784、WO2003/097052)の拒絶審決(不服2009-7935号)取消訴訟。
争点は進歩性。

本件補正発明:
治療上有効な量の化合物3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール-2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオンまたはその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体,および治療上有効な量のデキサメタゾンを含む多発性骨髄腫の治療のための組合せ医薬であって,該化合物は多発性骨髄腫を有する患者に1~150mg/日の量で周期的に経口投与され,該デキサメタゾンは該患者に周期的に経口投与される,上記組合せ医薬
本件審決が認定した引用発明並びに本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は以下のとおり。

引用発明:
IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれかであるサリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒト多発性骨髄腫細胞の増殖の抑制のための組合せ
一致点:
サリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒトの多発性骨髄腫の抑制のための組合せである点
相違点1:
本件補正発明の組合せにおいては,デキサメタゾンと組み合わされるサリドマイドアナログが「3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)又はその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体」(本願化合物)であるのに対し,引用発明においては,「IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれか」である点
相違点2:
本件補正発明の「組合せ」には,本願化合物及びデキサメタゾンがそれぞれ「治療上有効な量」含まれ,また,「多発性骨髄腫の患者」に投与される「多発性骨髄腫の治療のための組合せ医薬」であるのに対し,引用発明の「組合せ」は,「ヒト多発性骨髄腫細胞」に対して投与される「多発性骨髄腫の抑制のための組合せ」であって,本願化合物及びデキサメタゾンがそれぞれ「治療上有効な量」含まれる点の特定がなされていない点
相違点3:
本件補正発明においては,本願化合物が「1~150mg/日の量で周期的に経口投与され」,また,「デキサメタゾン」が「周期的に経口投与さ れる」のに対し,引用発明においては,これらの点の特定がなされていない点
【要旨】

主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
裁判所の判断(抜粋)

(1) 相違点1について
原告は,仮に,引用例に記載されたIMiD1ないし3のうちの1つは,本願化合物に相当することが認識できるとした場合も,実際には,これら3種の化合物のうち,いずれが本願化合物であるかが特定できない場合には,当業者は,引用発明から本件補正発明に到達する試みをしたはずであるとはいえず,引用例には,IMiD1ないし3の3種の化合物のうちのいずれが本願化合物であるかについての示唆はないから,引用発明の記載に基づいて,当業者が本願化合物を容易に選択し得たとはいえないと主張する。
しかし,引用例には,IMiD1ないし3のそれぞれをデキサメタゾンと組み合わせた結果が個別に記載されているのであるから,当業者は,引用例の記載から,本願化合物を含む上記3種の化学構造式のサリドマイドアナログのそれぞれとデキサメタゾンとの組合せが,多発性骨髄腫の抑制のために有用であると理解することができる。
したがって,本願化合物とデキサメタゾンとを組み合わせた多発性骨髄腫の抑制のための組合せ自体が引用例に記載されていることは明らかであり,引用例に,IMiD1ないし3の3種の化合物のうちのいずれが本願化合物であるかについての特定や示唆がなくても,当業者であれば,本願化合物を容易に選択し得たものということができる。
(2) 相違点2について
引用発明のIMiD1ないし3の3種のいずれかとデキサメタゾンとからなる組合せについてのインビトロ試験は,多発性骨髄腫の患者に投与する多発性骨髄腫の治療のための組合せ医薬とすることを念頭において行われたものであることは明らかであるから,インビトロ試験に用いられたそれぞれの組合せを,多発性骨髄腫の患者に投与する多発性骨髄腫の治療のための組合せ医薬とすることは当業者が容易に行い得ることである。そして,その際に,それぞれの医薬成分を治療上有効な量含むものとすることも,当業者が当然に行うことであるというべきである。
(3) 相違点3について
医薬の投与に際し,毒性や副作用等が問題とならない範囲において所望の治療効果が得られるように必要な投与量や投与周期を設定することは当業者が通常行うことであるし,引用例においては,本願化合物と化学構造の類似したサリドマイドを多発性骨髄腫の治療のために患者に1日当たり100~800mg の範囲(平均400mg)で投与したことも具体的に記載されているのであるから,IMiDsの薬理作用がサリドマイドよりも優れることを示す試験結果も考慮して,引用発明における組合せを多発性骨髄腫の患者に治療のために「経口」投与剤とする際に,本願化合物の投与量を本件補正発明で規定する範囲で周期的に投与するものとし,また,デキサメタゾンを周期的に投与するものとすることは当業者が容易になし得ることである。
(4) 作用効果について
原告は,甲15等は,本件補正発明により達成された予想外の結果を確認するものであると主張する。しかし,甲15等に示される効果は,いずれも本願明細書の記載から推論できる範囲を超えたもの,あるいは本件補正発明の効果であるとは直ちには認めることのできないものであるから,原告の主張は,本願明細書の記載に基づかないものであり,これを採用することはできない。
原告は,レナリドミドを有効成分として含有する Revlimid の商業的成功は,本件補正発明の進歩性を裏付けるものである旨主張する。しかし,医薬の商業的成功は,製品の技術的特徴だけでなく,価格設定,宣伝,需要動向等の要因が密接に関連するものであり,原告が挙げる Revlimid の売上げが多大なものであるとしても,それが本件補正発明が進歩性を有することを裏付けるものということはできない。
【コメント】

原告が提出した甲15等に基づく作用効果についての原告主張を裁判所は採用しなかった。進歩性を主張するための、いわゆる後出しデータの参酌が許されるかどうかのラインについて、裁判所の判決内容はクリアではなかった。
ところで、審決は、その作用効果についての原告の主張を下記のように判断している。
請求人の主張する実施例6.5.6(段落【0209】)には、「再発したまたは不応性の多発性骨髄腫の治療」として、「メルファラン(50mg、静脈内、本発明の免疫調節性化合物(約1~150mg、経口、毎日)、およびデキサメタゾン(40mg/日、経口、1~4日目)を併用して4サイクルまで4~6週間ごとに治療を施した。本発明の免疫調節性化合物を毎日およびデキサメタゾンを毎月投与することよりなる維持療法を、疾患進行の間、継続させた。」ことが記載され、「メルファランおよびデキサメタゾンと組み合わせて本発明の免疫調節性化合物を用いた療法は、非常に活性が高く、一般的には、他の方法では予後不良である極度の前治療の施された多発性骨髄腫患者で許容されるものであった。」と記載されている。
ここで、上記段落には、「本発明の免疫調節性化合物」が具体的にどのような化学構造を有しているのか記載されていないところ、「本発明の免疫調節性化合物」に関しては、本願明細書の段落【0027】~【0052】に詳述され、代表的な化合物に関し、段落【0031】に一般式I(化学式は省略する)の化合物が、段落【0035】に一般式II(化学式は省略する)の化合物が、段落【0049】に一般式III(化学式は省略する)の化合物がそれぞれ記載されているように、「本発明の免疫調節性化合物」には、多くの化合物群が包含されている。
してみると、実施例6.5.6において多発性骨髄腫の治療のために患者に投与されている免疫調整性化合物が、(現在の請求項1に特定された)本願化合物を当然に意味するものとは認められない。そして、当該段落の記載が本願化合物を使用した組合せ医薬による治療結果を示すものであると直ちには認めることもできないから、本願補正発明の効果は本願明細書の記載からは明らかとはいえない。
また、仮に、実施例6.5.6において多発性骨髄腫の治療のために患者に具体的に投与されている免疫調整性化合物が本願化合物であるとしても、上記実施例においては、組合せ医薬を使用した場合の効果に関して、「非常に活性が高く」、「極度の前治療の施された多発性骨髄腫患者で許容されるものであった。」と、定性的に記載されているに過ぎず、従来からの療法に比べて組合せ医薬が具体的にどの程度優れているのかを当業者は理解できないところ、本願化合物とデキサメタゾンを含む組合せ医薬が再発したあるいは不応性の患者に対し有効である点の効果が引用例から予測される範囲内のものであることは本願補正発明の効果についての検討においてすでに述べたとおりであるから本願補正発明の効果は格別なものとはいえない。

参考:

本件には分割出願が多数存在している。
  • 特願2006-288966(特開2007-008966)拒絶査定不服審判(決定却下): 肺癌または強皮症用途
  • 特願2009-116363(特開2009-191072)拒絶査定不服審判(係属中):非ホジキンリンパ腫(NHL)用途
  • 特願2012-273326(特開2013-049734)出願審査請求済み: 非ホジキンリンパ腫(NHL)用途
  • 特願2009-116367(特開2009-173683)拒絶査定不服審判(係属中):多発性骨髄腫用途
  • 特願2013-038222(特開2013-126999)出願審査請求済み: 多発性骨髄腫用途
抗造血器悪性腫瘍剤のレブラミド®カプセル(Revlimid®Capsules)(一般名:レナリドミド水和物(lenalidomide)は、米国Celgene Corporationが創製した免疫調節薬(IMiDs)。セルジーン(株)が製造販売している。同社は、再発又は難治性の多発性骨髄腫に対して、レナリドミドとの併用で用いる経口デキサメタゾン4mg製剤(レナデックス®錠4mg)についての製造販売承認申請もレナリドミドと同時期に行い、2010年6月に承認を取得している。