Sep 28, 2015

2015.08.20 「サントリー v. 特許庁長官」 知財高裁平成26年(行ケ)10182

引用例中の医薬用途の列挙と引用発明の認定知財高裁平成26年(行ケ)10182

【背景】

「日中活動量の低下および/又はうつ症状の改善作用を有する組成物」に関する特許出願(特願2005-191506、特開2007-8861)の拒絶審決(不服2012-6456)取消訴訟。争点は進歩性。

本願補正発明(請求項4):
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る,うつ症状の改善のための医薬組成物。
【要旨】

主 文
特許庁が不服2012-6456号事件について平成26年6月9日にした審決を取り消す。(他略)
裁判所の判断

裁判所は、以下により、原告主張の取消事由1及び2は理由があると判断した。

1. 取消事由1(本願補正発明についての引用発明1に基づく進歩性判断の誤り)

(1) 引用例1(特表2004-501969号)に記載された発明の認定
  • 引用例1には,薬学的配合物を適用できる症状又は疾患として「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害およびアルツハイマー病およびその他の痴呆症ならびにパーキンソン病を含む脳の変性障害」を含む広範囲のものが記載されている(【請求項12】,【0013】)。
  • しかし,実施例は,精神分裂病患者に関するもののみであって,うつ病及び双極性障害の患者に関するものについては全く記載がない。
  • そして,実施例において改善効果が確認された精神分裂病と,うつ病や双極性障害は,精神医学的疾患という点では共通しているものの,一般には,それらの疾患は,疾患の原因や治療法がそれぞれ異なる別の疾患と認識されているのであって,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が直ちにうつ病や双極性障害の治療に用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
  • まして,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患の治療にも用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠もない。
  • ~したがって,引用例1の記載に接した当業者は,エチル-EPAとAAを摂取すると精神分裂病の症状が改善したとの実施例の結果に基づいて,EPAとAAの併用を,うつ病や双極性障害を含む「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患」の治療にも用いることができることを,合理的に予測することはできない。
  • そうすると,引用例1に記載された発明における治療可能な疾患又は症状を,本件審決のように,「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害」と広く認定することは相当ではなく,その適用は精神分裂病の治療に限られるというべきである。
  • したがって,引用例1に記載された発明は,「精神分裂病の治療のための,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製された薬学的配合物。」(以下「引用発明1’」という。)と認定すべきである。
(2) 相違点C’(本願補正発明はうつ症状の改善のためのものであるのに対し,引用発明1’は精神分裂病の治療のためのものである点)について
  • 引用例1の実施例において,患者2名の陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の数値が改善したとの記載からだけでは,~統合失調症の陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善したかどうかを確認することはできない。そうすると,引用例1には~統合失調症における陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善することについては,記載も示唆もないというほかない。
  • そうすると~本願補正発明と引用発明1’との相違点C’は,実質的な相違点というべきであり,この相違点C’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であると認めるに足りない。
  • したがって,本件審決は,相違点についての判断を誤るものである。

2. 取消事由2(本願補正発明について引用発明2に基づく進歩性判断の誤り)について

(1) 引用例2(特開2003-48831号)に記載された発明の認定
  • 前記~のとおり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下の改善とうつ病の改善との関連,又は,うつ病と海馬組織中のアラキドン酸含有量との関連についての技術常識があったと認めることができないことを前提とすれば,引用例2に接した当業者は,引用例2の実施例3の老齢ラットのモリス型水迷路試験の結果に基づいて,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いることにより,「記憶・学習能力の低下」が改善されることは認識できるものの,さらに「うつ病」が改善されることまでは認識することができないというべきであって,まして,「うつ病」を含む様々な症状や疾患が含まれる「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」全体が改善されることまでは認識できないというべきである。
  • そうすると,引用例2に記載された発明の医薬組成物が予防又は改善作用を有する症状又は疾患を,本件審決のように,「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」と広く認定することは相当ではなく,その適用は脳機能の低下に起因する記憶・学習能力の低下に限られるというべきである。
  • したがって,引用例2に記載された発明は,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリドを含んで成る,脳機能の低下に起因する記憶・学習能力の低下の予防又は改善作用を有する医薬組成物。」(以下「引用発明2’」という。)と認定すべきである。
(2) 相違点α’(本願補正発明は,「うつ症状の改善のため」のものであるのに対し,引用発明2’は,「記憶・学習能力の予防又は改善作用を有する」ものである点)に係る容易想到性について
  • 確かに,引用例2~には,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」の予防又は改善を行うことが記載され,当該症状あるいは疾患として,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下,感情障害(たとえば,うつ病),知的障害(たとえば,痴呆,具体的にアルツハイマー型痴呆,脳血管性痴呆)」等が記載されている。
  • しかし,前記~のとおり,引用例2に接した当業者は,引用例2の実施例3の老齢ラットのモリス型水迷路試験の結果に基づいて,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いることにより,「記憶・学習能力の低下」が改善されることは認識できるものの,さらに「うつ病」が改善されることまでは認識できないというべきである。
  • そして,前記~のとおり,うつ病と,記憶障害が中核症状である認知症とは,その病態が異なり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下を改善する薬が,うつ病をも改善するとの効果を有するとの技術常識が存在していたとは認められないことからすれば,引用例2に接した当業者が,引用例2に記載された「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」に含まれる多数の症状・疾患の中から,特に「うつ病」を選択して,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,うつ病の症状である「うつ症状」が改善されるかを確認しようとする動機付けがあるということはできない。
  • そうすると,引用例2に基づいて,相違点α’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であるということはできず,本件審決のこの点に関する判断には誤りがあるというべきである。
【コメント】

引用例には、本願用途発明として治療対象となる疾患が記載されていたが、
  • その記載は広範な上位概念の疾患の一例として記載されているにとどまること、
  • 引用例中の実施例は当該疾患に関するものではなく、また、その実施例から当該疾患が導けるとの技術常識が存在するとの証拠がないこと
  • 引用例中の実施例で示された疾患に効果が確認が確認されている医薬が当該疾患にも用いることができるとの技術常識が存在するとの証拠がないこと
から、引用例に記載された発明における治療可能な疾患を当該疾患を含む上位概念疾患として広く認定することは相当ではなく、その適用は引用例記中の実施例で示された疾患の治療に限られるというべきである、と裁判所は判断した。

いわゆる引用例中の用途の一行記載問題。第二医薬用途発明の特許性を検討する際に、本件を当てはめて考えることは参考になるだろう。引用例中の医薬用途の記載の程度が新規性または進歩性の判断で問題となった近年の事例は、「右カラム中、Topics 記載要件/引例適格/データは必要か」にまとめてある。

参考: 平成27年10月1日以降の特許・実用新案審査ハンドブック 附属書B 第3章 医薬発明

2.2.2 新規性の判断の手法 (2) 引用発明の認定
また、当業者が当該刊行物等の記載及び出願時の技術常識に基づいて、その化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されていない場合にも、当該刊行物等に医薬発明が記載されているとすることはできない。(審査基準「第 III 部第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進 め方」の3.1.1(1)b参照)。例えば、当該刊行物等に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に列挙されている場合は、当業者がその化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されているとは認められない。したがって、当該刊行物等に医薬発明が記載されているとすることはできない。

ところで、引用例2(特開2003-48831号)は原告自身の出願であり、「うつ病」が引用発明と認定されることについて出願人自身が自白していることになるような気もするのだが・・・、原告は引用例2では「うつ病」等については実施可能要件違反の拒絶査定を受け「うつ病」等を削除し「記憶・学習能力の低下」に限定することにより特許がされた経緯を理由の一つに、引用例2に接した当業者は「うつ病」が改善される可能性を予測しないはずだと主張することで、引用例2の記載を自ら否定した。

参考:

Sep 19, 2015

2015.08.05 「X1・X2 v. 特許庁長官」 知財高裁平成26年(行ケ)10238

活性発泡体事件: 知財高裁平成26年(行ケ)10238

【背景】

「活性発泡体」に関する特許出願(特願2006-536494号、WO2006/117881、再表2006/117881)の拒絶審決(不服2011-20954)取消訴訟。争点は実施可能要件(特許法36条4項1号)違反か否か。

請求項1:
天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする活性発泡体。

(下線部は、問題となった部分)
【要旨】

主 文
1 特許庁が不服2011-20954号事件について平成26年9月22日にした審決を取り消す。(他略)
裁判所は、
「物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),同法36条4項1号の「その実施をすることができる」とは,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できることであり,物の発明については,明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき,当業者がその物を作ることができ,かつ,その物を使用できるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。さらに,ここにいう「使用できる」といえるためには,特許発明に係る物について,例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど,少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである。」
と実施可能要件の内容を判示した上で、本願発明に対する審決の判断について下記のとおり判断した。
「審決は,活性発泡体の薬剤との併用効果について当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法36条4項1号所定の要件を満たしていないと結論付けている。
しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではない。よって,本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。
よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法36条4項1号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。」
【コメント】

クレーム中の「薬剤投与の際に」という文言が引き金となって、特許庁は、活性発泡剤と薬剤との併用効果を実施可能要件を満たすために必須と考えた。発明自体の技術上の意義が試験結果から裏付けられているかどうかに疑問があるにしても、「薬剤投与の際に」という文言があることをもって薬剤との併用効果の記載を画一的に求め拘った特許庁の考え方は、裁判所が指摘するとおり、明らかに妥当性を欠き、その点において審決を取り消した裁判所の判断は妥当だろう。

本願発明は、医療機器の一種であり、医薬発明と同列に扱うことはできないかもしれないが、本事件は、医薬発明における併用クレームの実施可能要件の審査のあり方を改めて考えさせてくれる。

医薬発明の審査基準では、実施可能要件を判断するに当たり、医薬用途を裏付ける実施例として、通常、薬理試験結果の記載が求められる。

以下、旧「医薬発明の審査基準(実施可能要件)」より抜粋。
医薬発明は、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、又はどのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明であることから、当業者がその発明を実施することができるように発明の詳細な説明を記載するためには、出願時の技術常識から、当業者が化合物等を製造又は取得することができ、かつ、その化合物等を医薬用途に使用することができる場合を除き、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。そして、医薬用途を裏付ける実施例として、通常、薬理試験結果の記載が求められる(旧審査基準: 第Ⅰ部第1章3.2.1(5))。
以下、新「特許・実用新案審査ハンドブック附属書B第3章 医薬発明(2015年10月1日)」より抜粋。
医薬発明は、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明である。そのため、当業者がその発明を実施することができるように発明の詳細な説明を記載するためには、出願時の技術常識から、当業者が化合物等を製造又は取得することができ、かつ、その化合物等を医薬用途に使用することができる場合を除き、通常、一つ以上の代表的な実施例を記載することが必要である。そして、医薬用途を裏付ける実施例として、通常、薬理試験結果の記載が求められる(審査基準「第 II 部第 1 章第 1 節 実施可能要件」の 3.1.1(3)参照)。
医薬発明が併用に関するものである場合には、通常、その併用効果を示す薬理試験結果が求められることになるわけである。

しかし、発明が有効成分の物質発明である出願をする場合にも、対象疾患を治療するためには併用するだろうと技術常識から想定できる範疇で、他薬剤との併用クレームを付随的に請求することはよくあることである(すなわち、技術常識から本剤と併用することができることからいちいち他剤との併用の薬理試験結果は明細書には記載しない)。このように発明の中心は単剤有効成分の物質発明の出願であっても、そのクレームの一部に他薬剤との併用に関するクレームがある場合には、審査官は、そのクレームの実施可能要件を併用効果を示す薬理試験結果の記載の有無で画一的に判断することに拘る場合があるように思う。

このような場面での審査官の画一的な併用クレームの実施可能要件判断は、本事案を踏まえると、果たして妥当といえるだろうか。審査基準(上記抜粋)には、「出願時の技術常識から、当業者が化合物等を製造又は取得することができ、かつ、その化合物等を医薬用途に使用することができる場合を除き」と規定されているのだから、出願人がその点を説明した場合には、もっと柔軟に適切に判断していただきたい。

Sep 12, 2015

延長された特許権の効力についてのアンケート結果

現在の日本の特許権存続期間延長制度における延長された特許権の効力についてどう思いますか?

本ブログ(web version)で数ヶ月間行ったアンケートの集計結果です。51名の方から投票がありました(複数投票可)。ありがとうございました。

  • 知財高裁大合議判決文に賛成である。
    20 (39%)
  • 知財高裁大合議判決文に反対である。
    20 (39%)

  • 新規有効成分の期間延長特許の効力は尊重されるべきである。
    28 (54%)
  • 新規有効成分の期間延長であっても、その効力は製品として厳格に制限されるべきである。
    9 (17%)

  • 法改正が必要である。
    27 (52%)
  • 法改正は必要ない。
    6 (11%)

  • あなたの所属は先発品メーカーですか?(Yesならチェック)
    10 (19%)
  • あなたの所属は後発品メーカーですか?(Yesならチェック)
    10 (19%)
  • あなたの所属は先発・後発どちら側でもないですか?(どちらでもないならチェック)
    20 (39%)

参考:
  • ブログで取り上げた特許権存続期間延長に関する判決等はこちら

Sep 10, 2015

2015.07.31 「日産化学 v. 相模化成工業・日医工・壽製薬」 東京地裁平成26年(ワ)688

ピタバスタチン結晶の特許性: 東京地裁平成26年(ワ)688

【背景】

ピタバスタチンカルシウム塩の結晶に関する特許権(特許第5186108号)及びその保存方法に関する特許権(特許第5267643号(前者の分割))を有する原告(日産化学)が、被告らによる原薬又は製剤の製造・販売等が上記各特許権の侵害に当たる旨主張して、特許法100条1項に基づきその差止めを求めた事案。本件各特許権が特許無効審判により無効にされるべきものか否か(争点(2))が主な争点となった。

本件結晶発明1:
式(1)
で表される化合物であり,7~13%の水分を含み,CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.96°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°13.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°の回折角(2θ)にピークを有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より大きなピークを有することを特徴とするピタバスタチンカルシウム塩の結晶(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。
本件方法発明1:
CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.96°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°13.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°,23.64°,24.12°,27.00°及び30.16°の回折角(2θ)にピークを有し,かつ7重量%~13重量%の水分を含む,式(1)で表されるピタバスタチンカルシウム塩の結晶(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)を,その含有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量に維持することを特徴とするピタバスタチンカルシウム
塩の保存方法。
【要旨】

主 文
原告の請求をいずれも棄却する。(他略)
裁判所の判断

(1) 本件各特許に関する乙3公報(WO03/064392、特表2005-520814)による新規性又は進歩性欠如(争点(2)ウ)について

裁判所は、
「被告らは,乙3公報の段落【0136】に記載された実験を~追試した結果を記載したものとして,乙6報告書を提出したが,そこに記載された乙6追試~が,本件結晶特許の出願時の技術常識に従ったものであれば,本件結晶発明1は乙3公報に記載されているに等しいということができる。」
と認定したうえで、乙3公報に開示されていない塩化カルシウム水溶液の滴下時間及び乾燥条件の選択について、乙6追試は技術常識に従ったものといえると判断した。

この点に関して原告は、乙6追試が適切な追試ではないと主張し、甲48報告書記載の乙3発明の追試ではチバ結晶Eが得られたこと、及び、甲61報告書記載の乙3発明の追試では安定ではない結晶形態Aが得られたこと、を指摘した。

しかし、裁判所は、
「甲48報告書には,得られた白色結晶性粉末の水分量が8.03%であったと記載されており,乙3発明の水分量(10.6%)とは相当程度に異なるから,甲48報告書記載の追試が,適切な条件で行われたと認めるに足りない。そして,甲61報告書記載の追試によって得られた結晶は,粉末X線回折測定の結果,本件結晶発明1の~15本の回折角と±0.04°以内で一致する回折角においてピークが観測され,さらには,20.7°付近のピークの強度を100%とした場合の30.2°付近の相対強度が28%であったから,むしろ,甲61報告書は,乙3発明が,本件結晶発明1と同一であることを裏付けるものであるというべきである。なお,安定性は,本件結晶発明1の構成要件ではないから,乙3発明の追試により得られた結晶が安定性を欠いていたとしても,乙3発明と本件結晶発明1の同一性を否定することはできない。原告の主張するその余の点を考慮しても,乙6追試に,乙3発明の追試として不適切な点があることはうかがえない。そうすると,乙6追試は,乙3発明を,技術常識を参酌して追試した結果を示していると認めるのが相当である。以上によれば,本件結晶発明1は,乙3公報に記載されているに等しい事項というべきであるから,特許法29条1項3号により,特許を受けることができない。」
と判断した。

本件方法発明についても、裁判所は、
「化合物の保存を密栓したビンなどの容器中の気密条件下で行うことは,化合物に係る技術分野における技術常識といえるところ,乙3発明の10.6重量%の水分を含む結晶性粉末を上記のような気密条件下で保存した場合には,含有水分量はほとんど変化しないと考えられる。そうすると,当業者であれば,乙3発明の結晶の含有水分を,4重量%より多く,15重量%以下の水分の範囲に維持することは,容易に想到できるといえる。したがって,本件方法発明は,当業者が,乙3発明に基づいて容易に発明をすることができたというべきであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。」
と判断した。

(2) 本件方法特許に関する補正要件違反及び分割要件違反(争点(2)オ・カ)について
「本件方法特許の出願当初は,保存方法の対象となる結晶について,20.68°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の30.16°の回折角ピークの相対強度が25%よりも大きなもののみとしていたにもかかわらず,~補正により,上記相対強度が25%以下のものを含むものへと拡大されたものと認められる。そして,出願当初の特許請求の範囲,明細書及び図面には,~相対強度の発明特定事項を満たさない結晶形態であっても安定に保存できることについての記載はない。そうすると,上記~補正は,新たな技術的事項を導入するものであって,特許法17条の2第3項の補正要件に違反するから,本件方法特許は,同法123条 1 項1号により無効とされるべきものである。」
「上記~のとおり,~相対強度の発明特定事項を削除する補正をしたことによって,新たな技術的事項を導入するものとなったから,適法に分割出願がされたということができない。そうすると,~本件方法特許の出願日は,分割出願がされた平成23年11月29日である。そして,~そのような結晶の保存方法は,本件結晶特許権の出願の公報に記載されており,~本件方法発明は,~特許法29条1項3号により特許を受けることができない。」
以上のとおり、裁判所は、本件各特許はいずれも乙3公報により新規性又は進歩性を欠くものであり、また、本件方法特許は、補正要件に違反し、さらに分割要件に違反するものであって新規性を欠くものであると判断した。

原告は、本件結晶特許権に係る無効審判(無効2013-800211)において訂正請求をしており、本件訂正により無効理由が解消されると主張したが、裁判所は、仮に本件訂正が認められたとしても本件訂正発明は進歩性を欠くというべきであり、前記無効理由は解消されないから、原告による訂正の対抗主張は理由がない、として原告の主張を認めなかった。

以上、裁判所は、本件各特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は特許法104条の3第1項により、被告らに対しその権利を行使することができない、その余の争点について判断するまでもなく原告の請求はいずれも理由がない、と判断した。

【コメント】

ピタバスタチンを有効成分とするリバロ後発品の製造販売に対する特許権侵害訴訟において、今まで出されてきた判決は全て、充足論の検討において被疑侵害品は特許発明の技術的範囲に属しないから非侵害という結論に至り、その他の争点(無効論等)については検討していなかった(下記過去記事参照)。しかし、本判決では、まず無効論を検討して特許無効により権利行使できないとの結論に至り、充足論を検討することなく決着となった。

2015年8月17日付け日産化学のpress releaseによれば、本判決を不服として、8月14日付で知財高裁に控訴したとのことである。

参考:
過去記事:

Sep 6, 2015

2015.07.30 「ピーエーティー v. 特許庁長官」 知財高裁平成26年(行ケ)10233

粘膜保護用医薬としてのホスファチジルコリン: 知財高裁平成26年(行ケ)10233

【背景】

「粘膜保護用医薬としてのホスファチジルコリン」に関する特許出願(特願2000-563262号、出願日1999年8月6日、WO00/07577、特表2002-522381)の拒絶審決(不服2012-9689号)取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1:
疾患治療のための有効濃度で,pHに依存する遅延放出形態でのホスファチジルコリンを活性物質として含む,結腸における粘膜保護用医薬。
【要旨】

裁判所は、引用発明は「ラットを用いた酢酸誘導結腸炎モデルにおいて結腸粘膜損傷の修復に有効な量のホスファチジルコリンを活性物質として含む,結腸における粘膜保護用剤」と認定。相違点1を、本願発明では、ホスファチジルコリンを「疾患治療のための有効濃度で」含む「医薬」であるのに対し、引用発明では、ホスファチジルコリンを「ラットを用いた酢酸誘導結腸炎モデルにおいて結腸粘膜損傷の修復に有効な量で」含む「薬剤」である点と認定した上で、引用発明及び刊行物1(Digestion, 1992, Vol.53, No.1-2, p.35-44)の記載から、ホスファチジルコリンを、人間の結腸における粘膜保護用医薬として用いようとすること、及びその際の有効量や有効濃度を設定しようとすることは、当業者が容易になし得たことというべきであり、審決の相違点1についての判断に実質的な誤りはないと判断した。

相違点2(本願発明では、ホスファチジルコリンを「pHに依存する遅延放出形態で」含むものであるのに対し、引用発明ではそのような特定がない点)の判断についても、裁判所は、引用発明のホスファチジルコリンを「結腸の炎症を改善させる剤」として用いようとした場合に、結腸で作用させることを目的として、pHに依存する遅延放出形態とすることは当業者が容易になし得たことといえると判断した。

本願発明の効果の判断について、原告は、甲15及び甲16の記載は本願発明の医薬による人間の結腸の粘膜保護効果について確認し、裏付けるものであると主張したが、裁判所は、該主張の根拠となる甲15及び16は、いずれも本願の出願から10年以上経過後に発表又は頒布されたものであり、その内容も本願出願前から当業者に周知の事項であったともいえないから、これらに記載された事項を本願明細書の内容を補足するものとして参酌することはできないと判断した。

請求棄却。

【コメント】

原告が本願発明の効果を主張するために提出した、いわゆる「後出しデータ」は参酌されなかった。

一方、欧米では特許になっている。引用発明1が記載された刊行物1は、欧米でも審査で引用されていた。米国での審査状況についてはpublic PAIRが本件審査書類を掲載していないため確認できていないが、欧州での審査では、出願人は疾患を特定する補正を行ったうえで、「驚くべきことに、遅延放出形態でホスファチジルコリンの直腸または経口投与がそれら疾患を治療できることを発見した」といった進歩性の主張を行っており、その後審査官は特許査定を出したようである。
  • US6677319B1
    Claim 1. A method of treating of the colon mucosa, comprising administering a therapeutically effective amount of substrate phosphatidylcholine in a pH-dependent delayed time release preparation.
  • EP1105141B1
    Claim 1. Use of phosphatidylcholine for the manufacture of medicaments having mucosa-protecting action in the large intestine for rectal administration or oral administration with delayed active ingredient release in the lower ileum or colon for the treatment of ulcerative colitis, pouchitis, diseases of the large intestine or inflammation in the large intestine, such as Crohn's disease, diversion colitis, infectious enteritis/colitis, inflammation caused by irradiation, antibiotics, chemotherapeutic agents, drugs or chemicals, or for the treatment or prophylaxis of carcinoma of the large intestine.
Lipid Therapeutics社が、本件特許出願の発明者(Prof. Stremmel)によってなされた研究成果に基づいて、ホスファチジルコリン遅延放出製剤を潰瘍性大腸炎の治療剤として開発中のようであり(同社webpageより)、本件特許出願はその製品をカバーするものであったと思われる。
Lipid Therapeutics GmbH was founded in early 2008 in Heidelberg. The mission is to develop novel therapies for inflammatory diseases of the digestive system. The company's current focus is to develop LT-02, a delayed release of Phosphatidylcholine, for the treatment of Ulcerative colitis based on the preclinical and clinical work conducted by Prof. Stremmel from the University Hospital Heidelberg.

Press release: 2012.03.07 「Lipid Therapeutics licenses European rights to its lead product, LT-02, to co-development partner Dr. Falk Pharma GmbH
同社press release 2014.10.29 「Lipid Therapeutics’ European partner Dr. Falk Pharma GmbH enrolls first patients into pivotal Phase III trial with LT-02, a novel therapy for ulcerative colitis (UC)」によれば、欧米での承認は2019年を想定しているようである。日本での本剤承認が2019年以降であるとすれば、再審査期間(8年間)による実質独占期間満了は2027年以降となる。

つまり、仮に本件特許出願が成立したとしても、20年の存続期間満了は2019年、さらに存続期間延長登録を受けたとして最長で2024年までと見積もられ、本件特許による保護期間は、再審査期間を超える見込みはない。従って、本件特許出願は成立しようがしまいが独占的な価値はないと判断できるものである。

参考: