Oct 30, 2016

2016.09.12 「デビオファーム v. サンド」 東京地裁平成27年(ワ)28849

オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸と特許発明の技術的範囲: 東京地裁平成27年(ワ)28849

【背景】

「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」に関する特許権(第4430229号)を有する原告(デビオファーム)が、被告(サンド)に対し、被告製品の生産等が特許権侵害に当たると主張して、被告製品の生産等の差止め及び廃棄を求めた事案。

本件発明:
A オキサリプラチン,
B 有効安定化量の緩衝剤および
C 製薬上許容可能な担体を包含する
D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
E 製薬上許容可能な担体が水であり,
F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
G 緩衝剤の量が,以下の:
(a)5×10-5M~1×10-2M,
(b)5×10-5M~5×10-3M
(c)5×10-5M~2×10-3M
(d)1×10-4M~2×10-3M,または
(e)1×10-4M~5×10-4M
の範囲のモル濃度である,組成物。
被告製品は、オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸(解離シュウ酸)が本件発明の構成要件Gに規定されているモル濃度の範囲内で含有するものだが、このシュウ酸は外部から添加されたもの(添加シュウ酸)ではなかった。本件発明被告製品における「解離シュウ酸」が、本件発明にいう「緩衝剤」に含まれるかどうか、すなわち、被告製品は本件発明の構成要件B、F及びGを充足するのかどうかが裁判所判断の決め手となった争点のひとつ。

また、被告製品は乳糖溶液を担体とするオキサリプラチン溶液であるが、担体が水であるとする本件発明の構成要件Eを充足するのかどうかがも裁判所判断の決め手となった争点である。


【要旨】

裁判所は、被告各製品は構成要件B、E、F及びGをいずれも充足しないから、被告各製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断した。請求棄却。以下裁判所の判断より抜粋。
(1) 被告各製品は構成要件B,F及びGを充足するかについて

「本件明細書は,専ら,オキサリプラチン溶液に,緩衝剤として,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添加(外部から付加)することにより,オキサリプラチン溶液中のシュウ酸濃度を人為的に増加させ,平衡に関係している物質の濃度が増加すると,当該物質の濃度が減少する方向に平衡が移動するという原理に従い,結果として,オキサリプラチン溶液中におけるジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体などの望ましくない不純物の量を,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添加(外部から付加)しない場合よりも,減少させることを目した発明が開示されているというべきであり,本件発明についてもそのような発明と把握するのが相当というべきである。なお,上述したところから明らかなように,オキサリプラチン溶液に,緩衝剤として,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添加(外部から付加)した場合には,これを添加しない場合よりも,オキサリプラチン溶液中におけるジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体などの望ましくない不純物の量が減少するから,オキサリプラチン溶液中に一定の量(モル濃度)のシュウ酸が存在している場合,そのシュウ酸が添加シュウ酸であるか,解離シュウ酸であるかによって,当該溶液の客観的構成は異なるものである(すなわち,両者は,「物」として,異なるということになる。)。

仮に,本件発明を上記のように解することなく,原告が主張するように,解離シュウ酸であってもジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止し又は遅延させているとみなすというのであれば,本件発明は,本件優先日時点において公知のオキサリプラチン溶液が生来的に有している性質(すなわち,オキサリプラチン溶液が可逆反応しており,シュウ酸が平衡に関係している物質であるという,当業者には自明ともいうべき事象)を単に記述するとともに,当該溶液中の解離シュウ酸濃度として,ごく通常の値を含む範囲を特定したものにすぎず,新規性及び進歩性を見いだし難い発明というべきである。

~したがって,本件発明にいう「緩衝剤」には,オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸(解離シュウ酸)は含まれないと解するのが相当である。」

(2) 被告各製品は構成要件Eを充足するかについて

本件明細書の上記記載では,まず,「製薬上許容可能な担体」を「本発明のオキサリプラチン溶液組成物の調製に用いられ得る種々の溶媒」としている。そして,~本件発明にいう「製薬上許容可能な担体」の候補として,①「水」,②「1種又はそれ以上のその他の適切な溶媒」あるいは③「水と1種又はそれ以上のその他の適切な溶媒の混合物」の3つを挙げているところ,構成要件Eは,「製薬上許容可能な担体が水であり,」と規定しているのであるから,同構成要件は,「製薬上許容可能な担体」を,上記の候補のうち,「水」(上記①)に限定し,上記②及び③を含まないことを,特許請求の範囲の文言上,明確にしたものと解さざるを得ない。そして,本件明細書の段落【0024】は,上記②及び③にいう「その他の適切な溶媒」の代表例として,「・・・製薬上許容可能なラクトース・・・等・・・の糖溶液」を挙げているのであるから,糖溶液の一つである乳糖溶液(ラクトース溶液)は,上記のとおり「水」とは区別された「その他の適切な溶媒」に当たることが明らかであって,乳糖溶液を担体とするオキサリプラチン溶液は,本件発明の構成要件Eを充足しないものというべきである。

出願経過に鑑みても,本件特許の出願人は,「製薬上許容可能な担体」に当たりうる対象が複数考えられること(具体的には,前記イで述べたとおり,①「水」,②「1種又はそれ以上のその他の適切な溶媒」あるいは③「水と1種又はそれ以上のその他の適切な溶媒の混合物」の3つ)を認識しながら,特許請求の範囲の請求項1を補正することにより,「製薬上許容可能な担体」を①「水」に限定し,上記②及び③については本件発明の技術的範囲に含まれないことを明らかにした,換言すれば,本件発明の技術的範囲から意識的に除外したものと解するほかはない。被告各製品に含まれるオキサリプラチン溶液は,注射用水40kgに乳糖水和物2.25kgを加えて撹拌した後,オキサリプラチン0.25kgを加え,更に注射用水を加えて撹拌して製造される(原告も,この点は争っていない。)のであるから,被告各製品に含まれるオキサリプラチン溶液の担体は,乳糖溶液であると認められる。

~したがって,被告各製品は,構成要件Eを充足しない。
【コメント】

本件では、東京地裁民事第29部は、「特許発明の技術的範囲を明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めるに当たっては,明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するべきであるところ」と言及して、本件発明の「緩衝剤」という用語の意義を検討し、オキサリプラチンが溶媒中で分解して生じたシュウ酸(解離シュウ酸)は含まれないと解するのが相当であると判断した。

一方、2016.03.03 「デビオファーム v. 日本化薬」 東京地裁平成27年(ワ)12416では、東京地裁民事第46部は、「この緩衝剤を添加したものに限定するという構成を採用したとみることはできない。以上によれば,構成要件Gに規定されたモル濃度の範囲内にある量のシュウ酸を含んでいれば構成要件B,F及びGを充足すると解すべきところ,~被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると判断するのが相当である。」と、技術的範囲の解釈において全く逆の判断をしている。

本発明の技術的思想の本質は、オキサリプラチンの安定化に一定量のシュウ酸の存在が重要だったという点であろう。解離シュウ酸は含まれないとの積極的な記載が明細書にあるならともかく、添加シュウ酸の記載のみしかない事実に基づいて解離シュウ酸は含まれないと解釈した本件判断は、特許法70条2項に従い用語の意義を客観的に解釈したといえるのだろうか。特許発明の技術的範囲を実施例や試験例が存在する方向へ限定するように解釈することは妥当なのだろうか。実施例や試験例が無いというのであれば記載要件の有無で検討されるべきことではないだろうか。特許発明の技術的範囲の解釈について、裁判所で割れるようなことがあっては困る。

「本件発明は,本件優先日時点において公知のオキサリプラチン溶液が生来的に有している性質(すなわち,オキサリプラチン溶液が可逆反応しており,シュウ酸が平衡に関係している物質であるという,当業者には自明ともいうべき事象)を単に記述するとともに,当該溶液中の解離シュウ酸濃度として,ごく通常の値を含む範囲を特定したものにすぎず,新規性及び進歩性を見いだし難い発明というべきである。」という判断も、引用発明と本件発明との一致点・相違点を示すなど、丁寧な検討をしたうえで判断を下してほしいところである。

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