Jun 27, 2016

2016.04.20 「メルク シャープ アンド ドーム v. マイラン・テバ」 知財高裁平成27年(行ケ)10033

プロペシア®錠特許(用量発明)の無効審決取消訴訟: 知財高裁平成27年(行ケ)10033

【背景】

原告(メルク シャープ アンド ドーム)が保有する「5α-レダクターゼ阻害剤によるアンドロゲン脱毛症の治療方法」に関する特許(第3058351号)の無効審決(無効2013-800194)取消訴訟。

本件明細書の記載によれば、アンドロゲン脱毛症や前立腺ガンの治療におけるフィナステライドの有用性は文献に例示されており、同例示に係る特定用量は、患者1人当たり5~2000mg/日の範囲であるところ、本発明者らは、1日用量を少量にした5α-レダクターゼ2阻害剤がアンドロゲン脱毛症の治療に特に有用であるという知見を見いだした、とのことである。

請求項1:
単位用量として0.05~1mgの5α-レダクターゼ2阻害剤および医薬的に許容可能なキャリヤーより成る,ヒトにおけるアンドロゲン脱毛症治療用経口剤型医薬組成物。
請求項2:
5α-レダクターゼ2阻害剤が17β-(N-t-ブチルカルバモイル)-4-アザ-5α-アンドロスト-1-エン-3-オンである請求項1に記載の医薬組成物。
審決の理由は、本件発明はいずれも引用発明及び各引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたというものであった。

本件発明1と引用発明との一致点:
5α-レダクターゼ2阻害剤及び医薬的に許容可能なキャリヤーより成るものである点
相違点1:
本件発明1は、「経口剤型医薬組成物」であるのに対し、引用発明は、経口投与されるものではあるものの、「経口剤型医薬組成物」について特定されていない点
相違点2:
本件発明1においては、用途について「ヒトにおけるアンドロゲン脱毛症治療用」と特定されているのに対し、引用発明においては、そのような特定がなく、禿げかかった成体雄 stumptail macaque サルにおいて作用を確認している点
相違点3:
本件発明1においては、用量について、「単位用量として0.05~1mg」と特定されているのに対し、引用発明においては、「0.5mg/日」と特定されている点
【要旨】

裁判所は、本件審決の引用発明の認定、本件発明1と引用発明との一致点及び相違点の認定及び各相違点を容易に想到することができるとした判断に誤りはなく、並びに本件審決に顕著な効果を看過した誤りはなく、本件発明1に係る原告主張の各取消事由は理由がないから、原告の請求をいずれも棄却した。原告は、本件発明2、4ないし16、18ないし20について本件審決の取消事由を主張しなかった。

以下は裁判所判断の抜粋。

取消事由3(相違点1の判断の誤り)について
原告は,仮に,当業者が,本件優先日当時,引用発明に係る実験の結果からフィナステライドをヒトのアンドロゲン脱毛症の治療に試すことを考えたとしても,皮膚を標的とする局所製剤の開発を試みたものと考えられる旨主張する。しかし,本件優先日当時,フィナステライドの経口投与については,これを有効成分とする前立腺肥大症の経口治療薬であるPROSCARが市販されていたことなど,アンドロゲン脱毛症と同じくアンドロゲン過剰蓄積が原因となって発症する前立腺肥大症の治療という薬効が発揮されるために適切な投与経路であることを示す事実の存在が認められるのに対し,局所投与については,適否を判断するのに十分な事実の存在が認め難いことに鑑みれば,当業者は,サルに対してフィナステライドを投与した引用発明に係る実験の結果から,まず,フィナステライドを経口剤型医薬組成物とすることを試みるものと考えられる。
取消事由4(相違点2の判断の誤り)について
本件優先日当時,stumptail macaque は,他の動物に比してヒトのアンドロゲン脱毛症に似た脱毛症の症状を示すことから,ヒトのアンドロゲン脱毛症の臨床研究に有用な動物であることが,技術常識として確立していたものということができる。したがって,当業者は,本件優先日当時,禿げかかった5匹の成体雄 stumptail macaque サルに対して0.5mg/日のフィナステライドをリンゴのスライスに塗布して経口投与したところ,うち4匹が頭皮毛髪重量の増加を示したという引用発明に係る実験の結果から,フィナステライドがヒトのアンドロゲン脱毛症患者に対しても頭皮毛髪重量の増加を促すことを期待して,フィナステライドをヒトのアンドロゲン脱毛症の治療に試用するものと考えられるから,フィナステライドをヒトのアンドロゲン脱毛症の治療に用いる動機付けは十分にあるというべきである。
取消事由5(相違点3の判断の誤り)について
当業者は,ヒトのアンドロゲン脱毛症の治療のために,頭皮毛髪重量の増加と相関関係があり得る血清DHT濃度の低下を目指してフィナステライドの経口投与を試み,用量の設定に当たっては,引用例2から5の記載に接し,ヒトの男性に対する0.04mg/日など1mg/日以下の用量のフィナステライドの投与によって血清DHT濃度が低下することを認識するものということができる。以上によれば,当業者は,ヒトのアンドロゲン脱毛症の治療剤の開発に当たり,引用例2から5を参照しながら1mg/日以下のフィナステライドの経口投与を試み,血清DHT濃度を低下させることのできる用量として相違点3に係る0.05~1mg/日の用量の設定を容易に想到することができたものということができる。
取消事由6(顕著な効果を看過した誤り)について
原告が本件発明の顕著な効果として主張するもののうち,患者の生活の質の向上及び副作用の低減については,本件明細書に記載されておらず,したがって,これらの効果に係る原告の主張は,本件明細書に基づかないものであるから,採用できない。
【コメント】

本件発明2に記載されている17β-(N-t-ブチルカルバモイル)-4-アザ-5α-アンドロスト-1-エン-3-オンは、一般名フィナステリド(finasteride)と知られる5α‐レダクターゼ2の阻害剤である。日本では2005年10月11日に男性型脱毛症の治療薬として承認され、プロペシア®(Propecia®)錠0.2mg、1mgとしてMSD社が販売。しかし、本件特許権の存続期間満了日は2019年10月11日であったところ、2014年10月に本件無効審決がでると、ファイザー(マイラン製薬提携)が2015年4月から後発品の販売を開始し(ファイザー社 press release: 2015.02.20 「男性型脱毛症治療薬「フィナステリド錠」の製造販売承認取得後発医薬品として日本初」; 2015.04.06 「男性型脱毛症用薬「フィナステリド錠」を4月6日に発売後発医薬品として日本初」)、2016年春にもさらに2社が販売を開始している。

本件では、請求項1のような、化学構造を限定していない、いわゆる機能的表現クレームが特許庁の審査を経て登録されている。本件無効審判では特許庁は無効と判断したわけであるが、J-PlatPatでの審査状況を見る限り、一度も拒絶理由通知を受けることなく特許査定を受けている。

欧米対応特許の成立クレームは下記のとおりである。日本特許の請求項1のような機能的表現クレームでは成立していない。請求項2の同様なクレームは成立しており、用量に特徴がある発明だったいう観点で、日米欧間での進歩性判断の比較において参考になるかもしれない。

  • EP0724444(B1)
    Claim 1. The use of 17β-(N-tert-butylcarbamoyl)-4-aza-5-alpha-androst-1-ene-3-one for the preparation of a medicament for oral administration useful for the treatment of androgenic alopecia in a person and wherein the dosage amount is about 0.05 to 1.0 mg.
  • EP0776664: The application is deemed to be withdrawn.

  • US5547957 (A)
    Claim 1. A method of treating male pattern baldness comprising orally administering to a male person_having a balding area 17.beta.-(N-tert-butylcarbamoyl)-4-aza-5.alpha.- androst-1-ene-3-one in a dosage amount from 0.05 to 3.0 mgs/day at least until growth of hair can be detected in the balding area by haircount analysis of the balding area.
  • US5760046 (A): Patent Expired Due to NonPayment of Maintenance Fees
    Claim 1. A method of treating female pattern baldness comprising orally ale person in need of such treatment the 5.alpha.-reductase 2 inhibitor 17.beta.(N-tert.-butylcarbamoyl)-4-aza-5.alpha.-androst 1-ene-3-one in a dosage amount from 0.01 to 3 mgs/day.
  • US5824686 (A)
    Claim 1. A tablet useful for the treatment of androgenic alopecia, consisting essentially of 17.beta.-(N-tert-butylcarbamoyl)-4-aza-5alpha-androst-1-ene-3-one as the active ingredient wherein the dosage is about 0.05 to 3.0 mg.
  • US5981543 (A): Patent Expired Due to NonPayment of Maintenance Fees
    Claim 1. A method of treating female hirsutism comprising orally administering to a female person in need of such treatment the 5.alpha.-reductase 2 inhibitor 17.beta.-(N-tert-butyl-carbamoyl)-4-aza-5.alpha.-androst-1-ene-3-one in a dosage amount of from about 0.01 to 3.0 mg/day.
  • US6174892 (B1): Patent Expired Due to NonPayment of Maintenance Fees
    Claim 1. A method of treating acne consisting essentially of orally administering to a person in need of such treatment a 5.alpha.-reductase 2 inhibitor of structural formula I ##STR3##
  • US6355649 (B1): Patent Expired Due to NonPayment of Maintenance Fees
    Claim 1. A method of treating seborrhea comprising orally administering to a person in need of such treatment a 5.alpha.-reductase 2 inhibitor of structural formula I ##STR3##
  • US2002042425 (A1): Abandoned -- After Examiner's Answer or Board of Appeals Decision

Jun 20, 2016

2016.03.31 「タイワンジェ v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10052

医薬用途発明の記載要件知財高裁平成27年(行ケ)10052

【背景】

「ナルメフェン及びそれの類似体を使用する疾患の処置」に関する特許出願(特願2007-531272; 特表2008-512462)拒絶審決(不服2012-20646号)取消訴訟。争点は記載要件。

請求項1:
B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染,器官の損傷が肝臓の損傷,肺の損傷,及び腎臓の損傷であるところの器官の損傷,並びに,クローン病,潰瘍性大腸炎,及び肺繊維症からなる群より選択された,スーパーオキサイドアニオンラジカル,TNF-α,又はiNOS,の過剰生産と関連させられた疾患より選択された健康状態を予防する又は治療するための医薬において,それは,式R-A-Xの化合物の治療的な量をそれを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備すると共に,Rは・・・(略)・・・である,医薬。
【要旨】

主 文
原告の請求を棄却する。(他略)
裁判所の判断

1.特許法36条6項1号(サポート要件)について

裁判所は、
「本願発明は,「B型肝炎により選択された,ウィルス性の感染」を「予防又は治療するための医薬」において,「ナルメフェンを含む6-メチレンモルヒナン類(式R-A-Xの化合物)の治療的な量を,それを必要とするヒト又は動物へ投与することを具備する医薬」を発明として含むものであり,同発明は,ナルメフェンを含む6-メチレンモルヒナン類(式R-A-Xの化合物)の新しい医学的な用途として,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」という用途を提供することを課題とするものである。
上記課題が解決できることを当業者において認識するためには,「式R-A-Xの化合物」が,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」としての有用性を有すること,すなわちヒト又は動物の生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖抑制作用を有することを理解できる必要がある。
しかし,本願明細書において,B型肝炎ウィルスの感染に関する記載がされているのは,【0034】,【0035】,【0054】及び【0072】のみであり,前記(1)のとおり,これらの記載はいずれも,本願発明が,予防又は治療すべき状態の一つとしてウィルス感染を挙げているものにすぎず,実際にB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に関して有用性があることを客観的に記載しているものではない。そして,本願明細書には,他に,「式R-A-Xの化合物」が,生体内におけるB型肝炎ウィルスに対して増殖抑制作用等の医薬的に有用な作用効果を有することを技術的に裏付ける薬理試験の結果や実施例等の客観的な事実の記載は一切ない。また,本願出願時,「式R-A-Xの化合物」がそのような作用効果を有することについての技術常識が存在したことを証する証拠はなく,そのような作用効果が,当業者が出願時の技術常識に照らして認識できる範囲のものであるとも認められない。
一般に本願発明のような医薬用途発明においては,一定の予防又は治療すべき状態に対して,特定の医薬を投与するという用途を記載するのみで,その作用効果について何ら客観的な裏付けとなる記載を伴わず,そのような技術常識もない場合には,当業者において,実際に有用性を有するか,すなわち,課題を解決できるかどうかを予測することは困難である。
そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物が,「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」という医薬用途において使用できること,すなわちヒト又は動物の生体内におけるB型肝炎ウィルスの増殖抑制作用を有することを当業者が理解できるように記載されているとはいえない。
したがって,本願発明は,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず,特許法36条6項1号の規定を満たさない。」
と判断した。

2.特許法36条4項1号(実施可能要件)について

裁判所は、
「本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を「B型肝炎より選択された,ウィルス性の感染を予防又は治療するための医薬」として使用できることが,当業者が理解できるように記載されているとはいえない。したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。」
と判断した。

原告は、
「審決が,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果について,これらの各試験結果の記載が,本願の出願当初の明細書等の開示範囲を超えたものであるか,又は本願発明の効果の範囲内での補充にすぎないものであるかの判断を行うべきであり,当該判断を怠って,実施可能要件及びサポート要件に規定する要件を満たさないと判断した審決には,判断手法に誤りがある」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために,出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,前記(3)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,式R-A-Xの化合物を,B型肝炎ウィルスの感染を予防又は治療するために用いるという用途が記載されているのみで,当該用途における化合物の有用性について客観的な裏付けとなる記載が全くないのであり,このような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果や基礎出願の試験結果を考慮することは,前記(3)アで述べた特許制度の趣旨から許されないというべきである。
そうすると,原告が,審判手続において,審判請求書添付の試験結果及び基礎出願の試験結果を参酌すべき旨を主張していたことからすれば(甲11,13),審決において,同主張を明示的に排斥することが相当であったとはいえるとしても,出願後に提出された薬理試験結果である審判請求書添付の試験結果や,基礎出願の試験結果は,本願明細書に記載された本願発明の効果の範囲内で試験結果を補充するものということはできないから(その上,後記イのとおり,これらの試験結果を考慮したとしても,式R-A-Xの化合物のB型肝炎ウィルスの感染の予防又は治療に対する有用性を裏付けるものとは認められない。),これらの資料を考慮しないで,サポート要件及び実施可能要件を満たさないとの判断をした審決の判断手法が違法であるということはできない。また,その点が審決の判断を左右するものとは認められないから,審決の取消事由には当たらない。」
として原告の主張を退けた。

【コメント】

医薬用途発明について記載要件を満たすためには、医薬的に有用な作用効果を有することを技術的に裏付ける薬理試験の結果や実施例等の客観的な事実が記載されていることが必要であり、その記載が一切ないにもかかわらず出願後に薬理試験結果等を提出することは許されない。

参考:

Jun 13, 2016

2016.03.30 「東和薬品 v. メルク シャープ アンド ドーム」 知財高裁平成27年(行ケ)10054

モメタゾンフロエート薬剤発明の顕著な効果の判断知財高裁平成27年(行ケ)10054

【背景】

被告(メルク)が保有する「気道流路および肺疾患の処置のためのモメタゾンフロエートの使用」に関する特許登録(第3480736号)の無効審判請求を不成立とした審決(無効2014-800055)の取消訴訟。審決は、本件発明1の構成については容易想到であると判断したが、その効果:
  • アレルギー性鼻炎に対して1日1回のモメタゾンフロエート投与で効果的に処置できること(効果1)
  • モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在しないことにより所望しない全身性副作用を防げること(効果2)
が 顕著で当業者が予測困難なものであったとして、本件発明の進歩性を肯定した。 争点は、顕著な効果についての判断誤りの有無である。

請求項1(本件発明1):
モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,1日1回鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。
【要旨】

主 文
特許庁が無効2014-800055号事件について平成27年2月3日にした審決を取り消す。(他略)
裁判所の判断
「本件発明の構成が,公知技術である引用発明に他の公知技術や周知技術等を適用することにより容易に想到できるものであるとしても,本件発明の有する効果が,当該引用発明等の有する効果と比較して,当業者が技術常識に基づいて従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものである場合は,本件発明がその限度で従来の公知技術から想到できない有利な効果を開示したものであるから,当業者がそのような本件発明を想到することは困難であるといえる。 したがって,引用発明と比較した本件発明の有利な効果が,当業者の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものと認められる場合は,本件発明の容易想到性が否定され,その結果,進歩性が肯定されるべきである。そして,当業者が予測できない顕著な効果といえるためには,従来の公知技術や周知技術に基づいて相違点に係る構成を想到した場合に,本件発明の有する効果が,予測される効果よりも格別優れたものであるか,あるいは,予測することが困難な新規な効果である必要がある・・・(略)・・・この場合,本件発明における有利な効果として認められるためには,当該効果が明細書に記載されているか,あるいは,当業者が,明細書の記載に当業者が技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであることが必要である。なぜなら,特許発明は,従来技術を踏まえて解決すべき課題とその解決手段を明細書に記載し,これを一般に開示することにより,特許権としての排他的独占権を取得するものである以上,明細書に開示も示唆もされず一般に公開されないような新たな効果や異質な効果が後日に示され,仮に,従来技術に対して有利な効果であるとしても,これを斟酌すべきものではないからである。」
「本件発明には,薬としての一定の治療効果を有し,実用可能な程度の副作用しかないことは認められるとしても,本件発明の当該効果が,甲1発明及び甲2発明の効果とは相違する効果であるということはできないし,また,本件明細書上,それらの効果とどの程度異なるのかを読み取ることができない以上,これをもって,当業者が引用発明から予測する範囲を超えた顕著な効果ということもできない。よって,この点に関する審決の判断には誤りがある。
審決は,甲1及び甲2には,1日1回の投与の記載がなく,治療効果の程度についての記載もなく,本件発明の治療効果を予測できないと判断した。しかしながら,甲1発明及び甲2発明において,一定の治療効果が認められながらその程度についての記載がない以上,当該効果が本件発明の効果よりも明らかに劣るものと認められない限り,本件発明の効果が顕著なものであるとはいえないはずである。審決は,甲1及び甲2の治療効果の程度についての認定をせずに,本件発明の効果がこれを格別上回ると判断したものであって,論理的に誤りがあるといわざるを得ない。」
「しかも,水性懸濁液のモメタゾンフロエートの全身性吸収の低さ及び代謝後の残存量の少なさは,本件発明と同様,水性懸濁液の鼻腔内投与を行う甲2発明が有するはずであり,甲2発明の副作用の程度が開示されていないとはいえ,審決が,甲1発明と甲2発明を組み合わせて薬として実用化可能な本件発明の構成を想到できたとする以上,この組合せと比して本件発明の効果が顕著なものであるか否かについて検討する必要がある。しかしながら,審決では,甲1発明との対比しかなされておらず,検討が不十分であったといわざるを得ない。」
「本件で問題とされているのは,本件発明と甲1発明及び甲2発明等とを比較した場合の効果の差の存否とその程度であるが,甲1発明についても,アレルギー性鼻炎に対して,プラセボよりも抗炎症活性を有するといえる以上,プラセボとの比較により本件発明の有効性を確認しただけでは,当業者の技術常識に基づいて予測される範囲を超えた顕著な効果を有するとまではいえない。被告の主張は失当である。」
「なお,当裁判所は,本件訴訟において,相違点に係る構成の容易想到性について,審理,判断するものではないところ,本件特許のような,十分な治療効果を有しながら副作用がわずか(又は生じない)とされる実用可能な「薬剤」の特許発明に関しては,その特許無効審判においても,治療効果の維持と副作用の減少(又は不発生)の両立という観点から審理,判断されることが望ましく,例えば,複数ある相違点のうち個々の相違点に限っては想到できるとしても,これらを総合した全体の構成が当該薬剤としての効果等を維持できるものであるか否かが重要であるから,本件審判手続においても,これらの点を念頭に置き,本件訴訟で主張,立証されたものを含め,相違点に係る構成について改めて慎重に審理,判断すべきものといえる。」
【コメント】

本事案から、進歩性を肯定するための顕著な効果を判断する際の注意点は下記のとおり。

  • 引用発明の効果が本件発明の効果よりも明らかに劣るものと認められない限り、本件発明の効果が顕著なものであるとはいえない。すなわち、引用発明の効果の程度についての認定をせずに、本件発明の効果がこれを格別上回ると判断することはできない。
  • 引用発明を組み合わせて本件発明の構成を想到できたとする以上、本件発明の効果が顕著なものであるか否かについて検討されるのはこの組合わせである。

本件特許はナゾネックス®点鼻液を保護するものだったと思われる。特許期間延長登録を受け、存続期間満了日は2019年10月31日だった。

ナゾネックス®点鼻液は米国シェリング・プラウ社(現 Merck Sharp & Dohme Corp.)によって創製された副腎皮質ステロイドであるモメタゾンフランカルボン酸エステル水和物を含有する定量噴霧式点鼻液である。本剤1日1回投与にて、成人については2008年7月に、さらに小児については2012年5月に「アレルギー性鼻炎」を効能・効果として国内承認された。再審査期間は~2016年7月15日。

Jun 6, 2016

2016.03.25 「DKSH・岩城製薬・高田製薬・ポーラファルマ v. 中外製薬・ザ トラスティーズ オブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シティ オブ ニューヨーク」 知財高裁平成27年(行ケ)10014

マキサカルシトールの製法特許知財高裁平成27年(行ケ)10014

【背景】

被告ら(中外製薬・ザ トラスティーズ オブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シティ オブ ニューヨーク)が保有する「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」に関する特許(第3310301号)の無効審判請求を不成立とした審決(無効2013-800222)の取消訴訟。争点は甲4発明からの進歩性の有無である。

本件発明は、ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物(出発物質)を、塩基の存在下で、末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物である試薬と反応させることによりエーテル結合を形成し、側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を有するビタミンD構造体又はステロイド環構造体であるエポキシド化合物(中間体)を合成するという方法(本件発明1)、同方法の工程に加えて、その後、還元剤で処理をしてこの側鎖のエポキシ基を開環して水酸基を形成することにより、マキサカルシトールの側鎖を有するビタミンD誘導体又はステロイド誘導体(目的物質)を製造するという方法(本件発明13)を採用したものである。

甲4発明1は、20位アルコールのステロイド化合物(出発物質)に試薬(4-ブロモ-2-メチル-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテン)を反応させて、二重結合を有する側鎖を導入したステロイド化合物を生成し、これに香月-シャープレス反応を用いるという二段階の反応を行うことにより、二重結合をエポキシ基に変換した中間体であるエポキシド化合物(18)又は(19)を合成するという工程であり、甲4発明2は、同工程に加えて、その後、この側鎖のエポキシ基を開環(還元処理)することにより、エポキシ基を開環したステロイド化合物(目的物質)を生成するという一連の工程である。

【要旨】

主 文
原告らの請求を棄却する。(他略)
裁判所の判断

1.本件発明1と甲4発明1の相違点の容易想到性について
本件発明1と甲4発明1を対比すると,~本件発明1と甲4発明1とは,出発物質は一致するが,目的物質(エポキシド化合物)の側鎖構造(相違点3-i),出発物質に反応させる試薬(相違点3-ii),目的物質であるエポキシド化合物を製造する工程(相違点3-iii)において相違する。
原告らは,甲4発明1に甲第1号証記載の発明(本件試薬)を組み合わせることにより,本件発明1に係る構成に容易に想到することができる旨を主張している。 
しかし,甲4発明1の試薬は本件発明1の試薬とは異なるから,甲4発明1から本件発明1に想到するには,本件発明1の試薬を甲4発明1の試薬に代えて使用する動機付けが必要となる。この点,本件試薬の構造自体は公知であった(甲1)が,前記(1)アの記載によれば,そもそも甲第4号証の図9記載の工程は,マキサカルシトールとは異なり,二種類の立体配置が存在する側鎖末端構造を有するマキサカルシトールの予想代謝物(12),(13)を選択的に合成するための製造方法であって,甲4発明1はその一連の工程の一部である。そして,甲4発明1においては,上記二種類のマキサカルシトールの予想代謝物の合成のため,二種類のエポキシド化合物(18)又は(19)(両者は,側鎖末端の立体配置〔R体とS体〕が異なる異性体である。)を選択的に作り分けることを目的として,香月-シャープレス反応を用いており,その香月-シャープレス反応に必要な二重結合を出発物質の側鎖に導入するための試薬として,二重結合を側鎖に有する特定の試薬(4-ブロモ-2-メチル-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテン)を選択しているものであって,当該試薬に代えて本件試薬を用いることについては,甲第4号証にも,甲第1号証にも記載されておらず,その示唆もない。
そうすると,当業者において,本件試薬を甲4発明1と組み合わせる動機付けがあるとはいえないから,相違点3-ii(試薬の相違)に係る本件発明1の構成は,当業者において容易に想到することができたものとはいえない。
2.本件発明13と甲4発明2の相違点の容易想到性について
本件発明13と甲4発明2を対比すると,~本件発明13と甲4発明2とは,その目的物質(ステロイド化合物)及びエポキシド化合物の側鎖構造(相違点3-i’),出発物質に反応させる試薬(相違点3-ii’),エポキシド化合物を製造する工程(相違点3-iii’)において相違する。
原告らは,甲4発明2に甲第1号証記載の発明(本件試薬)を組み合わせることにより,本件発明13に係る構成に容易に想到することができる旨を主張する。
しかし,甲4発明2の試薬は本件発明13の試薬とは異なるから,甲4発明2から本件発明13に想到するには,本件発明13の試薬を甲4発明2の試薬に代えて使用する動機付けが必要となるところ,そのような動機付けがあるとは認められないことは,前記~と同様であるから,相違点3-ii’(試薬の相違)に係る本件発明13の構成は,当業者において容易に想到することができたものとはいえない。
したがって, 相違点3-ii’に係る本件発明13の構成に想到することは容易ではないとの審決の判断に誤りはない。
【コメント】

本件特許(第3310301号)は、マキサカルシトール(maxacalcitol)の製造方法に関するもの。マキサカルシトールは活性型ビタミンD3誘導体であり、中外製薬が販売する角化症治療剤オキサロール(Oxarol)®軟膏の有効成分。本件特許については、他に、
でも有効性が争われたが、いずれも特許は有効であるとの判断がなされている。

その他、下記事件が係属中。
  • 無効2013-800222(請求人: DKSHジャパン、岩城製薬、 高田製薬、ポーラファルマ)では訂正を認め、無効審判の請求は成り立たないと審決。知財高裁へ出訴(平成27年(行ケ)10014)。
  • 無効2014-800174(請求人: セルビオス-ファーマ)では訂正を認め、無効審判の請求は成り立たないと審決。知財高裁へ出訴(平成27年(行ケ)10251)。
  • 無効2015-800057(請求人: DKSHジャパン)では無効審判の請求は成り立たないとの審決(審決日2016.03.23)。
  • 無効2015-800137(請求人: DKSHジャパン)。