Sep 24, 2016

抗PD-1抗体を巡る特許訴訟~小野/BMS(オプジーボ; Opdivo) vs Merck(キートルーダ; Keytruda)

Bristol-Myers Squibb(BMS)及びMerckの最近のSEC filing 10-Q資料は、抗PD-1抗体を用いた癌治療方法に関する特許(いわゆる本庶特許)及び広く抗PD-1抗体を保護する特許(いわゆるKorman特許)で構成される特許群に関して、世界中で特許訴訟が係属中であることを伝えています。各国裁判所が、MerckによるKeytrudaの販売が小野薬品(及びBMS)の抗PD-1抗体特許を侵害していると判断した場合、BMSと小野薬品はMerckからKeytrudaの将来の販売における実施料を含めた損害賠償金を受け取ることができることになります。その国でKeytrudaの販売差止めの可能性もあるわけですが、BMSと小野薬品は、MerckによるKeytrudaの販売を阻止するつもりはなく、裁判所により適切な金銭的補償が認められることを望んでいるようです。小野薬品/BMSが販売するオプジーボ(Opdivo)®(一般名: ニボルマブ、nivolumab)とMerckが販売するキートルーダ(Keytruda)®(一般名: ペンブロリズマブ、pembrolizumab)との間で繰り広げられている抗PD-1抗体に関わる特許紛争は小野薬品/BMSが優勢のようです。
欧州の状況
  • BMSは小野薬品が保有する欧州特許1537878('878特許)を含む本庶特許の独占実施権を保有している。この特許は、Merckが販売するKeytrudaを癌治療に使用するといった、抗PD-1抗体の使用を広くクレームするものである。Merckは、2011年、この'878特許についてEPOに異議申立を提出したが、特許は有効と判断されたため、2015年2月にその決定に対し不服審判を請求している(T1994/14)。現在係属中。
    欧州特許(EP1537878B)Claim 1:
    Use of an anti-PD-1 antibody which inhibits the immunosuppressive signal of PD-1 for the manufacture of a medicament for cancer treatment.
  • 並行して、Merckと他の3つの会社は、2014年4月、Medarex(BMSが買収)と小野薬品が保有する欧州特許2161336('336特許。いわゆるKorman特許出願に基づくもの)に対しても異議申立を提出していた。こちらは、BMSと小野薬品が提出したクレーム補正が許可され特許維持の決定がなされたが、結果として'336特許はもはやKeytrudaのような抗PD-1抗体を広くクレームするものではなくなったとのことである。
  • Merckは、2014年5月、'878特許及び'336特許に相当するUK特許の無効を求めUKで訴訟を提起した。それに対し、2014年7月、BMSと小野薬品はMerckによるUKでのKeytrudaの上市が'878特許に相当するUK特許の侵害となることの確認を求めて訴訟を提起した('336特許に相当するUK特許は欧州特許と同様にクレームが補正され、もはやKeytrudaのような抗PD-1抗体を広くクレームするものでなくなる見込み)。2015年、UK裁判所は'878特許は有効であり侵害も認める決定をした。Merckはこの決定を不服として上訴しており、2017年3月に口頭審理が開始される予定である。BMSと小野薬品は損害賠償及び実施料の額を決定する手続きを進めておりそれらの口頭審理は2017年10月に予定されている。
  • Merckは、2015年2月、'878特許及び'336特許に相当するオランダ特許の無効を求めオランダで訴訟を提起した。その後BMSと小野薬品はMerckに対し'878特許に相当するオランダ特許の侵害訴訟を提起した('336特許に相当するオランダ特許は欧州特許と同様にクレームが補正され、もはやKeytrudaのような抗PD-1抗体を広くクレームしていない)。2016年6月、Hague地裁は'878特許に相当するオランダ特許は有効でありMerckによる侵害も認める決定をした。Merckはこの判決を不服として控訴する予定。
  • 2015年12月~2016年1月、BMSと小野薬品はMerckに対し、フランス、ドイツ、アイルランド、スペイン及びスイスを含む他の欧州各国において'878特許に相当する各国特許侵害訴訟を提起している。
米国の状況
  • BMSと小野薬品は、2014年9月、MerckによるKeytrudaの販売が本庶特許出願に基づく米国特許8728474('474特許)の侵害にあたるとして訴訟を提起した。その審理は2017年4月に開始される。
    米国特許(US 8,728,474)Claim 1:
    A method for treatment of a tumor in a patient, comprising administering to the patient a pharmaceutically effective amount of an anti-PD-1 monoclonal antibody.
  • BMSと小野薬品は、2015年6月および7月、MerckによるKeytrudaの販売が本庶特許に基づく米国特許9067999('999特許)及び米国特許9073994('994特許)の侵害にあたるとして訴訟を提起した。一方、Merckは、2016年7月、'999特許及び'994特許の無効を求めてInter Pates Reviewを請願した。BMSは2016年10月までにその請願に対して反論する機会が与えられている。
  • Dana-Farberは、2015年9月、本庶特許出願に基づく5つの米国特許のinventorshipの補正を求め、特にそれら特許に発明者として2名の科学者を加えるようマサチューセツ連邦地裁に申し立てた。それらの特許のうち3つ(上記'474特許、'999特許、'994特許)は現在BMSと小野薬品によりMerckに対してデラウエア連邦地裁で提起された特許侵害訴訟の対象である。
  • Merckは、2016年4月、Korman特許出願に基づく米国特許8777105('105特許)及び米国特許9084776('776特許)が無効でありKeytrudaによる侵害はないとの確認判決を求めてNew Jersey連邦地裁に訴訟を提起した。
  • PDL Biopharma (PDL)は、2015年10月、MerckによるKeytrudaの製造が2014年12月に期間満了した米国特許5693761('761特許)の侵害にあたるとして損害賠償請求訴訟を提起している。この特許は組換え抗体とPDLの製造に使用されるプラットフォーム技術をクレームしているものである。
  • Merckは、2016年7月、Genentechに対して組換え抗体の製造に使用されるプラットフォーム技術をクレームする米国特許7923221(Cabilly III特許)は無効であり、Keytrudaは侵害していないとの確認判決を求め訴訟を提起し、また、同技術をクレームする米国特許6331415(Cabilly II特許)の無効を求めてInter Pates Reviewを請願している。
日本の状況(J-PlatPatより)

本庶特許においては無効審判等は請求されていない。
  • JP4409430(B2)
    請求項1: PD-1抗体を有効成分として含み、インビボにおいてメラノーマの増殖または転移を抑制する作用を有するメラノーマ治療剤。
  • JP5159730(B2)
    請求項1: PD-1抗体を有効成分として含み、インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制する作用を有する癌治療剤(但し、メラノーマ治療剤を除く。)。
  • JP5701266(B2)
    請求項1: 抗PD-1抗体を有効成分として含む、ウイルス性肝炎治療剤。
  • JP5885764(B2)
    請求項1: PD-1の免疫抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤。
Korman特許においては無効審判等は請求されていない。
  • JP4361545(B2)
    請求項1: (a)配列番号18のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域CDR1、(b)配列番号25のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域CDR2、(c)配列番号32のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域CDR3、(d)配列番号39のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域CDR1、(e)配列番号46のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域CDR2および(f)配列番号53のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域CDR3を含む抗体であって、ヒトPD-1と特異的に結合する単離ヒトモノクローナルIgG4抗体。
  • JP5028700(B2)
    請求項1: ヒト生殖細胞型VH3-33遺伝子もしくはその体細胞変異を受けた当該遺伝子にコードされる重鎖可変領域およびヒト生殖細胞型VKL6遺伝子もしくはその体細胞変異を受けた当該遺伝子にコードされる軽鎖可変領域を含む抗体であって、
    (a)ヒトPD-1に特異的に結合し、配列番号4のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域および配列番号11のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む単離ヒトモノクローナルIgG4抗体によるヒトPD-1への結合と競合し、かつ
    (b)ビアコア分析における解離速度として0.13~5.46x10-9Mの活性でヒトPD-1に特異的に結合する単離ヒトモノクローナルIgG4抗体(ただし、配列番号18のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域CDR1、配列番号25のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域CDR2、配列番号32のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域CDR3、配列番号39のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域CDR1、配列番号46のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域CDR2および配列番号53のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域CDR3を含む抗体であって、ヒトPD-1と特異的に結合する単離ヒトモノクローナルIgG4抗体を除く。)。
  • JP5872377(B2)
    請求項1: 配列番号4のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域および配列番号11のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む、ヒトPD-1に特異的に結合する単離ヒトモノクローナルIgG4抗体を有効成分として含み、抗CTLA-4抗体と組み合わせて投与されることを特徴とする、メラノーマ、腎癌および肺癌から選択される癌に対する癌治療剤。
その他の国の状況
  • 2014年9月、Merckは、Korman特許出願に基づくオーストラリア特許2011203119の無効を求めて訴訟を提起した。2015年3月、BMS及び小野薬品はMerckに対して特許侵害訴訟の反訴を提起した。2017年9月に審理が予定されている。

過去記事:

Sep 19, 2016

2016.08.30 「富士フイルム v. ディーエイチシー」 東京地裁平成27年(ワ)23129

アスタキサンチン含有スキンケア用化粧料の進歩性: 東京地裁平成27年(ワ)23129

【背景】

DHC websiteより引用
「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」に関する特許権(第5046756号)を有する原告(富士フイルム)が、被告(ディーエイチシー)に対し、被告による被告製品(DHCアスタキサンチン ジェル(販売名 DHCアスタジェル)およびDHCアスタキサンチン ローション(販売名 DHCアスタローション))の製造販売が特許権侵害に当たると主張して、被告製品の生産等の差止め及び廃棄、損害賠償金等の支払を求めた事案。

本件発明1:
(a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
(b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに
(c)pH調整剤
を含有する,pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。
【要旨】

裁判所は、被告製品はいずれも本件発明の各技術的範囲に属するものと認めたが、本件発明は乙6発明に基づいて容易に発明することができたものであるから原告は本件特許権を行使することができないと判断し、原告の請求をいずれも棄却した。

(1) 構成要件「pH調整剤」の充足性
被告は、被告製品に含まれるクエン酸は被告製品のpHを5.0~7.5の範囲にするものでなく、その量もごく微量であるから、構成要件「pH調整剤」に当たらないと主張。しかし、「pH調整剤」とはその字句のとおりpHを調整する剤をいうと解するのが相当であり、クエン酸は本件明細書においてpH調整剤として例示されているところ、被告製品からクエン酸を取り除くとpHが大きく変化することが認められ、被告製品に含まれるクエン酸はpHを調整する機能を有しているということができることから、被告製品は構成要件1-Cを充足するというべきであり、被告製品はいずれも本件発明の各技術的範囲に属するものと認められると判断された。
(2) 乙6発明に基づく進歩性欠如について
乙6発明のpHの値が7.9~8.3の範囲であるとする原告の主張は、検査すればpHの値を知ることができるというにとどまるものであって、本件の関係証拠上、技術常識を踏まえてみても乙6ウェブページに掲載されている内容自体からpHが7.9~8.3であると導くことができるとは認められない、と判断された。

したがって、pHの値が5.0~7.5の範囲である本件発明に対し、乙6発明のpHの値は特定されていないと解するのが相当である(その余の点で一致する)とされ、その認定を前提に、下記の通り、相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得ると判断された。

「化粧品の安定性は重要な品質特性であり、化粧品の製造工程において常に問題とされるものであるところ、pHの調整が安定化の手法として通常用いられるものであって、pHが化粧品の一般的な品質検査項目として挙げられているというのであるから、pHの値が特定されていない化粧品である乙6発明に接した当業者においては、pHという要素に着目し、化粧品の安定化を図るためにこれを調整し、最適なpHを設定することを当然に試みるものと解される。そして、化粧品が人体の皮膚に直接使用するものであり、おのずからそのpHの値が弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定されることになり、殊に皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと、化粧品である乙6発明のpHを上記範囲に含まれる5.0~7.5に設定することが格別困難であるとはうかがわれない。~pHの調整が化粧品の安定性を高めるための手法として周知であったことからすると、本件発明の実施例について吸光度の残存率の高さや性状変化の少なさといった経時安定性の測定結果が良好であったとしても、~予測し得る範囲を超えた顕著な効果を奏するとは認められない。」
【コメント】

富士フィルムは本判決を不服とし、控訴を行うことを決定したとのことである(2016.08.30 富士フイルム ヘルスケア ラボラトリー press release: 「株式会社DHCに対するスキンケア化粧品に関する特許権侵害訴訟について」)。

ところで、被告ディーエイチシーは本件特許に対して無効審判を請求していたが、特許庁は特許有効と判断している(無効2015-800026)。特に、本事案で進歩性が否定された部分については逆に、下記の通り、進歩性を肯定する判断をしている。
「例え上記技術常識があるとしても、引用発明1にかかる技術常識を導入する契機、すなわち、かかる化粧品を弱酸性~弱アルカリ性と設定することの動機づけとなるような記載を甲1から見出すことはできない。このため、上記技術常識や甲4の1~甲4の2の記載事項をもってしても、本件特許発明1が、引用発明1、あるいは引用発明1と甲3の1~甲3の6、甲4の1~甲4の2の記載に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない。」
現在、上記審決の取消訴訟(平成28年(行ケ)10092)が知財高裁に係属中である。

本事案にて進歩性が否定された判決と、特許庁により進歩性が肯定された審決とが、いずれも上訴されたことで、知財高裁での判断が待たれる。

米国では拒絶理由を解消できずに放棄。欧州では下記クレームで成立している。
Claim 1. A dispersion composition comprising
(a) emulsion particles having an average particle diameter of 200 nm or less and containing astaxanthin and a phospholipid;
(b) at least one ascorbic acid derivative selected from magnesium ascorbyl phosphate and sodium ascorbyl phosphate; and
(c) an oily component that is 20% by mass or less relative to the mass of the whole dispersion composition.