Feb 5, 2018

2018.01.22 「バイエルクロップサイエンス v. ビ-エ-エスエフ」 知財高裁平成29年(行ケ)10007

化学物質(マーカッシュ形式)に係る発明の訂正要件・実施可能要件・サポート要件・進歩性: 知財高裁平成29年(行ケ)10007

【背景】

ビ-エ-エスエフ(被告)が保有する「2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン」に関する特許(第4592183号)の無効審判請求不成立審決(無効2015-800065)の取消訴訟。審決の理由は、本件訂正を認めた上で、実施可能要件・サポート要件違反ではなく、進歩性違反でもなく、原文新規事項追加にも当たらないというもの。

訂正後【請求項1】:
(訂正により削除された部分は削除線、追加記載された部分は赤字で示す)

式Ⅰa
[但し,R1が,ニトロ,ハロゲン,シアノ,チオシアナト,C1~C6アルキル,C1~C6ハロアルキル,C1~C6アルコキシC1~C6アルキル,C2~C6アルケニル,C2~C6アルキニル,-OR3又は-S(O)nR3を表し,
R2が,水素,又はハロゲン以外のR1で述べた基の1個-S(O)nR3を表し,
R3が水素,C1~C6アルキルを表し,
nが1又は2を表し,
Qが2位に結合する式Ⅱ
[但し,R6,R7,R8,R9,R10及びR11が,それぞれ水素又はC1~C4アルキルを表し,上記CR8R9単位が,C=Oで置き換わっていても良い]
で表されるシクロヘキサン-1,3-ジオン環を表し,
X1が酸素により中断されたエチレン,プロピレン,プロぺニレンまたはプロピニレン,或いはまたは-CH2O-を表し,
Hetが,
窒素,酸素及び硫黄から選択される1~3個のヘテロ原子を有する,3~6員の部分飽和若しくは完全飽和ヘテロシクリル基,又は
下記の3個の群:窒素,酸素と少なくとも1個の窒素との組み合わせ,又は硫黄と少なくとも1個の窒素との組み合わせから選択されるヘテロ原子を3個まで有する,3~6員のヘテロ芳香族基,を表し,且つ上述のヘテロシクリル基又はヘテロ芳香族基は,部分的に又は完全にハロゲン化されていても,及び/又はR5で置換されていても良く,・・・

オキシラニル,2-オキセタニル,3-オキセタニル,2-テトラヒドロフラニル,3-テトラヒドロフラニル,2-テトラヒドロチエニル,2-ピロリジニル,2-テトラヒドロピラニル,2-ピロリル,5-イソオキサゾリル,2-オキサゾリル,5-オキサゾリル,2-チアゾリル,2-ピリジニル,1-メチル-5-ピラゾリル,1-ピラゾリル,3,5-ジメチル-1-ピラゾリル,または4-クロロ-1-ピラゾリルを表す
で表される2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン又はその農業上有用な塩。

【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由(本件訂正の可否、実施可能要件に係る判断の誤り、本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り、原文新規事項追加に係る判断の誤り)はいずれも理由がないとして、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

取消事由1(本件訂正の可否)について
「(1)・・・すなわち,本件訂正発明は,本件発明のR1を1種類(ハロゲン),R2を1種類(-S(O)nR3),X1を2種類(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-),Hetをヘテロシクリル基及びヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)のうちの本件明細書に挙げられている多数の物質の中から18種類又は15種類の化合物に限定したものである。そして,本件訂正後の化学物質群は,いずれも本件訂正前の請求項に記載された各選択肢に内包されていることが明らかである。したがって,本件訂正は,特許請求の範囲を減縮するものである。また,訂正後の化学物質群は,訂正前の基本骨格(シクロヘキサン-1,3-ジオンの2位がカルボニル基を介して中央のベンゼン環に結合した構造。本件共通構造)を共通して有するものである。加えて,訂正後の化学物質群について,訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難い。そうすると,選択肢を削除することによって,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではない。このように,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とし,また,本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を導入するものでないから,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内である。したがって,本件訂正は,特許法134条の2第9項が準用する126条5項の規定に違反しない。

・・・原告は,選択肢を削除する訂正が認められるのは,特定の選択肢の組合せを採用することが当初明細書等に記載されているといえる場合だけであり,本件明細書の【0061】は,多種多様なヘテロシクリルやヘテロ芳香族基(ヘテロアリール)を,単に「列挙」しているにすぎず,本件明細書の他の記載を参酌しても,訂正後のHetの「18個の選択肢」やそれらと特定のX1(酸素により中断されたエチレン鎖又は-CH2O-)との組合せは記載されていないことから,本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであり,認められない,特許庁の審査基準においても同旨の考え方が採用されていると主張する。

しかし,原告がその主張の根拠とする審査基準においても,訂正の結果,残った発明特定事項で特定されるものが新たな技術的事項を導入するものであるか否かで判断すべきものとされているところ,本件訂正においては,前記(1)のとおり,新たな技術的事項は導入されていない。

・・・したがって,本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,新規事項の追加には当たらないから,本件訂正を認めた審決の判断に誤りはない。」
取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
「・・・製造実施例(【0131】~【0134】)にはX1として「-CH2O-」である化合物に関するものが示されているのみで,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質の製造に関する実施例の記載こそないものの,原料化学物質であるHO-CH2-Het(甲62,69参照)が入手できれば,上記方法Cの記載(【0050】~【0056】)も参考にしつつ,合成例の工程bに示された周知の反応と同様の合成を行うことにより,X1が「-CH2OCH2-」である化学物質も当業者が容易に合成することができるものと認められる。 そうすると,請求項1の式ⅠaにおけるX1が「-CH2O-」,「-CH2OCH2-」のいずれの場合についても,本件明細書の記載と出願時の技術常識に基づけば,当業者に通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく,当該化学物質を製造することができるものと認められる。

・・・当業者は,本件訂正発明に係る,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物を【0136】~【0140】に記載の使用実施例に従って施用すれば,従来技術から除草剤の有効成分とされる2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物と同様に課題を解決できることを理解することができるから,実際に除草試験を行った結果の記載の有無にかかわらず,過度の試行錯誤を要することなく,本件訂正発明に係る新規化学物質を除草剤として使用することができる。

・・・原告は,実施可能要件を満たすためには,実際に試験を行い,その試験結果から,当業者にその有用性が認識できることを必要であって,通常,一つ以上の代表的な実施例が必要である,また,用途発明であれば,通常,用途を裏付ける実施例が必要であると主張する。
しかし,前記イのとおり,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物は,除草作用を有し,除草剤の有効成分として有用であることが従来から知られていたことからすれば,本件共通構造を有する2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物であれば,同様の効果を奏するものと推認できるから,本件訂正発明については,改めて試験を行うまでもなく,有用性が認められるというべきである。また,本件訂正発明は,除草剤の有効成分の化学物質に係る発明であるから,いわゆる用途発明には当たらないし,用途発明に準じて実施例が必要であるということもできない。」
取消事由3(サポ-ト要件に係る判断の誤り)について
「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポ-ト要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。発明の課題は,原則として,発明の詳細な説明の記載から把握すべきであるところ,一般に,化学物質に関する発明の課題は,新規かつ有用な化学物質を提供することにあるものと考えられる。

・・・また,サポ-ト要件を満足するために,発明の詳細な説明において発明の効果に関する実験デ-タの記載が必ず要求されるものではない。特に本件訂正発明は,新規な化学物質に関する発明であるから,医薬や農薬といった物の用途発明のように具体的な実験デ-タ,例えば,具体的な除草活性の開示まで求めることは相当でない。

・・・本件訂正明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件訂正発明に係る化学物質が,従来技術の除草剤の有効成分と同様に課題を解決できることを推認することができるのであるから,被告が出願後に行った実験成績証明書の参照の有無にかかわらず,発明の詳細な説明に具体的な実験デ-タがないことをもってサポ-ト要件違反とする,原告の主張を採用することはできない。

・・・原告は,本件共通構造をもった化合物であれば必ず除草活性を示すという技術常識はなく(甲99),また,本件訂正発明がサポ-ト要件を満足するとの根拠(化学構造上の共通性)として本件審決が示した従来技術(引用例1ないし4)は限られた先行技術であって,当業者の技術常識とはいえない旨主張する。
しかし,2-ベンゾイルシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物(本件共通構造を有する化合物群)が除草活性を示すことが従来から知られていることについては,本件明細書【0003】~【0006】に記載されているとおりである。そうすると,発明の詳細な説明において,請求項に係る発明が発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているものと認めるのが相当である。また,甲99に示された化合物番号55など,仮に,本件訂正発明に係る一般式と共通構造を有する化学物質に,特定のある植物に対して除草活性を示さないものが含まれるとしても,前記3(3)ウ(イ)のとおり,共通構造を有する化学物質が除草活性を示すことを推認できる以上,本件訂正発明に係る化学物質のうち実際に除草活性を示さない態様を確認し,これを除くように請求項を記載しなければ,サポ-ト要件を満たさないと解することは相当でない。」
取消事由4(本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について
引用発明1(特開平8-20554)
「本件訂正発明1と引用発明1との間には,本件審決が認定したとおりの相違点1及び2が認められる。

・・・相違点1は,本件訂正発明1は,R2が,-S(O)nR3であるのに対し,引用発明1においては・・・クロロ(塩素)である点である。
引用例1では,シクロヘキサンジオン化合物のベンゼン環の3位に直鎖状の基が結合している化合物(従来技術である比較薬剤AないしD)に対して,同位置に置換フェニル基を導入することにより優れた除草効果を奏することを見いだしている。そして,引用例1においては,上記ベンゼン環の4位(本件訂正発明のR2に相当)に結合する基は塩素に固定されていることから,ベンゼン環の4位にアルキルスルホニル基(-S(O)nR3)である化合物が開示された引用例2を参酌しても,引用発明1の上記4位の塩素基をアルキルスルホニル基に変更する動機付けはない。

引用発明2(特開平7-206808)
原告は,引用例2には,引用発明2が,ベンゼン環の4位に引用発明1と同様に塩素基が結合した(ただし,同3位の置換基は引用発明1と相違する。)比較薬剤Cよりも除草活性に優れること等が記載されていることから,引用発明1の同4位の塩素基を,引用発明2の同4位のアルキルスルホニル基(-S(O)nR3)に置換する動機付けがあると主張する(下図参照)。


しかし,引用例2における比較薬剤C及びAは,ベンゼン環の3位の置換基が引用発明1よりも除草活性の劣る,引用発明1の従来技術の置換基と同じであり,引用発明2との関係においても,引用発明2よりも除草活性の劣るものとして開示されているのであるから,引用発明1の同4位の塩素基をアルキルスルホニル基(-S(O)nR3)に置換することによって優れた除草効果が期待される等の動機を見いだすことはできない。
したがって,引用例2の比較薬剤の記載から,引用発明1のベンゼン環の4位の置換基の変更を想起することはできない。以上のとおり,相違点1は,容易に想到することができない。

・・・相違点2は,本件訂正発明1は,Hetが,・・・2-テトラヒドロフラニル・・・であるのに対し,引用発明1においては,対応する基が,特定の基Xを0,1又は2個有するフェニル基である点である。
・・・引用例2ないし4のいずれにも前記相違点2に係る特定のHetのいずれかについての開示はない。また,引用例2ないし4のいずれにも,ベンゼン環の3位を特定のヘテロ環オキシメチルとすることは記載されておらず,3位の基としてヘテロ環を有する構造が少数記載されているものの,・・・ヘテロ環の連結基は本件訂正発明1におけるX1とは異なる。したがって,引用発明1に,引用例2ないし4に記載された発明を組み合わせても,3位の構造が,本件訂正発明1に係る特定のヘテロ環オキシメチル(-CH2O-Het)構造を有する化学物質を得ることはできない。そうすると,引用発明1に,引用例2ないし4に記載されている事項を組み合わせても,引用発明1に係る化合物におけるベンゼン環の3位の置換基が本件訂正発明1に係る特定のHet構造とはならない。そして,上記組合せによって得られる化合物について,引用発明1の特定のHet構造(相違点2)に置換する動機付けがあるともいえない。

以上のとおり,本件訂正発明1は,引用発明1及び引用例2ないし4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。」
取消事由5(原文新規事項追加に係る判断の誤り)について
「本件訂正後の明細書に記載されているX1の定義は,国際出願日における国際出願の明細書に記載した事項の範囲内であるから,取消事由5に理由はない。」
【コメント】

1.マーカッシュ形式における選択肢を削除する補正・訂正の許容性について

本件判決によれば、訂正が明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではないと判断されるためには、特許請求の範囲を減縮するものであることを前提として、以下の2点が満たされれば十分のようである。
  • 訂正後の化学物質群は、訂正前の基本骨格を共通して有するものであること
  • 訂正後の化学物質群について、訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難いこと
化学物質群のクレームについてのマーカッシュ形式における置換基等の選択肢を削除する補正・訂正(言い換えれば、選択肢の新しい組合せをつくる補正・訂正)は、かなり緩やかに許容されるということになる。しかし、今回の審決・判決により、明細書中の記載の備えが不要になったわけではない。補正要件・訂正要件に疑義がないようにしておくことは将来にわたり無用な争点を作らないためにも重要であるし、欧州含めた海外での補正・訂正の許容性を考えるのであれば、特定の選択肢の組合せを念入りに明細書に記載しておくことは依然として熟考すべきであろう。

2.化学物質に係る発明の実施可能要件・サポート要件について

化学物質に係る発明において、明細書の記載と出願時の技術常識に基づいて、当業者が、通常期待し得る程度を超える試行錯誤を求めることなく当該化学物質を製造することができ且つ課題を解決できる(使用することができる)ことを理解することができるのであれば、実施可能要件を満たすために実際に発明の効果確認のための試験結果の記載が必ずしも必要というわけではない。この点は、実施例及び発明の効果に関する実験デ-タの記載が原則必要とされる用途発明と区別される。

サポート要件については、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断されるべきものであるところ、一般に、化学物質に係る発明の課題は新規かつ有用な化学物質を提供することにあるから、サポート要件を満たすためには当該化学物質が課題を解決できることを推認することができれば足り、用途発明のように具体的な発明の効果に関する実験デ-タの開示までは求められない。

実施可能要件及びサポート要件における実施例及び発明の効果に関する実験デ-タの明細書記載の必要性について、化学物質に係る発明と用途発明とでは区別されることが示された。懸念点は、第三者の出願として極端に広いマーカッシュ形式の化学物質に係る発明が開示されたとき、その範囲全体にわたりfreedom-to-operationにリスク度が増す方向として留意しなければならないこと、また、その範囲全体にわたり化学物質の引用発明としての適格性が増したことに留意しなければならないことである。本件判決において、マーカッシュ形式における選択肢を削除する補正・訂正の許容性が欧州に比べ明らかに緩やかである(言い換えれば、マーカッシュ形式のクレームの補正・訂正の自由度が比較的高い)方向に判断されたことも踏まえれば、上記点はその懸念を増したといえるのではないだろうか。

3.発明の容易想到性に係る判断の誤り

本件訂正発明1と引用発明1との相違点1である置換基部位にことさら着目することの動機づけは引用例1の記載に存在せず、従って、引用発明1と他の引用例の記載を参酌して組合せる動機付けもなく、本件訂正発明に容易に想到することはできないと判断された。機械的に引用発明どうしの組合せまたは後知恵的な組合せは排除されるべきである。

4.別件訴訟

ビーエーエスエフとバイエルクロップサイエンスとは特許権侵害訴訟でも争っており、東京地裁も特許権者であるビーエーエスエフの請求を認め、本件特許は有効であり、バイエルクロップサイエンスの製品(テフリルトリオン)は侵害であると判断した(2017.12.25 「ビ-エ-エスエフ v. バイエルクロップサイエンス」 東京地裁平成27年(ワ)2862
)。

テフリルトリオン

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