病態部位と微生物を特定した細菌感染治療法: 知財高裁平成18年(行ケ)10219
【背景】
「家畜抗菌剤としての8a-アザライド」に関する発明を進歩性なしとした拒絶審決の取消訴訟。
請求項1:
「家畜の呼吸器又は腸内の細菌感染の治療又は予防方法であって,前記治療又は予防を必要とする家畜に治療又は予防的に有効な量の8a-アザライドを投与すること,呼吸器又は腸内に感染する微生物がパスツレラ種,アクチノバシラス種,Haemophilus somnus,マイコプラズマ種,Treponema hyodysenteriae又はサルモネラ種であること,及び,前記8a-アザライドが式I:
【化1】(省略)
をもつ化合物又は医薬的に許容されるその塩,又は医薬的に許容されるその金属錯体であり,前記金属錯体が銅,亜鉛,コバルト,ニッケル及びカドミウムから構成される群から選択され,前記式中,
R1は‥‥‥(置換基の特定に関する記載は省略)‥‥‥
であることを特徴とする前記方法。」
引用発明1との一致点・相違点:
(一致点)
「家畜の細菌感染の治療方法であって,前記治療を必要とする動物に治療に有効な量の,引用例1記載の式(Ⅱ)の化合物を投与する治療方法」である点。
(相違点)
本願補正発明は,細菌感染が呼吸器又は腸内の細菌感染であって,感染する微生物がパスツレラ種,アクチノバシラス種,Haemophilus somnus,マイコプラズマ種,Treponema hyodysenteriae又はサルモネラ種であることが特定されているのに対し,引用例1では明記されていない点。
【要旨】
裁判所は、
「マクロライド系の抗生物質であるエリスロマイシンが,パスツレラ菌の接種によって起こる子牛の肺炎の治療に有効であることが引用例2に記載されている。」
と認定した審決に誤りはなく、
引用例1の記載部分は、
「当業者に対し,その化合物がエリスロマイシンと同じ目的,用途に利用できることを示唆していると解するのが自然である。」
と判断した。
これに対し原告は、
「8a-アザライドは他のマクロライド抗生物質と構造が異なり,その抗菌活性を予測することができないから,家畜の呼吸器感染症に適用することを推論することに阻害事由がある」
との阻害要因の存在を主張した。
しかし裁判所は、
「原告が根拠とする甲23~27は,いずれも本願の出願後の文献であるが,各記載内容を見ても,マクロライド分子の①安定性,②浸透性,③リボソーム結合性に関する知見が本願の優先権主張日当時の技術常識であると認めるに足る記載はない。」
と判断し、阻害事由があるとの主張は採用することができないとした。
格別の作用効果について
原告は、8a-アザライドに関する実験データと従来のチルミコシンに関する実験データとを比較した試験結果を提示し,顕著な治療効果をもたらすものであると主張した。
しかし、裁判所は、
「本願補正明細書には,上記アのとおり,本願補正発明の具体的な効果については,特定の病原生物に対する抗菌活性範囲が記載されているのみであって,従来のマクロライド系抗生物質と比較してどの程度に有利な効果があるのかは何も開示されていない。
したがって,本願出願後に提示された試験結果に基づく有利な作用効果は,本願補正明細書の記載から推測できるものではないから,原告の主張は採用できない。」
と判断した。
進歩性なし。
請求棄却。
【コメント】
進歩性判断における有利な効果の参酌の可否について、明細書の記載を問題としている。
本願発明は引例と有効成分である化合物の点で一致しており、病態部位を限定している点(呼吸器又は腸内)、及び微生物を特定している点で相違しているのであるから、示すべき格別の作用効果についての考え方として、そもそも従来の化合物と比較しても意味が無く、相違点に注目して、他の部位や、他の微生物と比較した効果があるか否かを検討するのが正しい筋道ではなかろうか。
2008/04/13
2008.03.31 「メルク v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10219
Categories *Case2008, Advantageous effects, Inventive step/Obviousness, ★★, ・Indication
2008/04/08
2008.03.19 「フランシスカス v. 特許庁長官」 知財高裁平成19年(行ケ)10270
鼻内投与製剤の形態をパウダーにすること、賦形剤として糖類又は糖アルコールを含有すること: 知財高裁平成19年(行ケ)10270
【背景】アポモルヒネの鼻内投与製剤に関する発明(特表平8-508472号)を進歩性なしとした拒絶審決の取消訴訟。
請求項1:
「鼻内投与用のパウダー状の薬剤組成物であって,アポモルヒネ又はアポモルヒネ塩と賦形剤とを含有しており,前記賦形剤が糖類または糖アルコールを含んでいる,薬剤組成物。」
(引用発明Aの内容)
パーキンソン病の患者に対しアポモルヒネ1%溶液が鼻腔内投与用の薬剤組成物として使用されたこと。
(一致点)
いずれも「アポモルヒネを含む鼻内投与用の薬剤組成物」である点。
(相違点1)
本願発明はパウダー状であるのに対し,引用発明Aは溶液状である点。
(相違点2)
本願発明は賦形剤として糖類又は糖アルコールを含むのに対し,引用発明Aは賦形剤についての記載がされていない点。
【要旨】
取消事由1(相違点1の判断の誤り)について
裁判所は、
「鼻内投与用の薬剤組成物についてパウダー状組成物の構成を採用することは,本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)にとって容易に想到できるものであることは明らかである。」
と判断した。
これに対し原告は、引用例A中の副作用の存在(阻害要因1)や、粉末形態投与による不快感(阻害要因2)、刺激性のリスク(阻害要因3)、治療効率を悪化させる可能性(阻害要因4)といった阻害要因を主張したが、裁判所は、阻害要因になるというほどのものではないとして採用せず。
取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
裁判所は、
「アポモルヒネを含有する薬剤組成物をパウダー状とするに当たり,賦形剤として糖類又は糖アルコールを含むものとする相違点2の構成は,当業者において容易想到である」
と判断した。
これに対し、原告は、
「既知の多くの物質群の中から本願発明と同様の賦形剤を選択することは,当業者にとって容易ではなかった」
と主張した。
しかし裁判所は、
「本願の優先日前において糖又は糖アルコールの賦形剤自体が一般的であったと認められるのであるから,賦形剤として他に多くの物質が既知であるからといって,そのことから直ちに糖又は糖アルコールを賦形剤として用いることが困難となるものではない。」
として原告主張を採用しなかった。
取消事由3(本願発明の効果に関する判断の誤りに)について
原告は、
「甲4~6実験を挙げつつ,本願発明は①副作用が少なく②生物学的利用能が高いという顕著な効果を有する」
旨主張した。
しかし裁判所は、
「甲4~6実験の内容は本願明細書に開示されておらず,いずれも本願の出願後に公表ないし実験されたものであるから~同実験の結果をもって本願発明についての効果を論ずることは失当といわなければならない。
そして,本願明細書(甲16)には,~具体的に適用した試験例は記載がなく,ただ,「…この水溶液の最大欠点は,アポモルヒネに安定性が欠けていることである。」(10頁11行~12行)として従来技術の液剤の欠点を述べた上で,「…本発明によると,…アポモルヒネの驚くほど高い生物学的利用能及び優れた安定性を得ることができる。」と記載されているにすぎない(10頁15行~18行)のであるから,このような記載をもって本願発明が顕著な効果を有すると認めることはできない。なお,原告が提出した甲4~甲6実験は,~原告主張の上記①,②の効果が格別顕著であることを示すものではない。」
と判断し、原告主張は採用することができないとした。
進歩性なし。
請求棄却。
【コメント】
鼻内投与製剤の形態の選択肢として、
パウダーが知られている点、及び
鼻内投与製剤の賦形剤の選択肢として、糖類又は糖アルコールが知られている点
を考慮すれば、それらを採用するのには動機付けが存在するだろうから、予測できない効果を主張できるか否かが進歩性のハードルをクリアできるかどうかの一番のポイントであった。
残念ながら、明細書には顕著な効果を有すると認めることのできる試験例は開示されていなかったようである。また、原告主張の阻害要因は、動機付けを否定できる(当業者であれば試してみようと思わないといえる)ほどの強いものではなかった。
参考:
2008/02/07
2008.01.31 「スミスクライン ビーチャム v. 特許庁長官」 知財高裁平成19年(行ケ)10071
内面の被覆に特徴があるプロピオン酸フルチカゾン吸入器の発明: 知財高裁平成19年(行ケ)10071
【背景】「プロピオン酸フルチカゾン用計量投与用吸入器」に関する請求項1に係る本願発明(特願平8-531180号)は、引例および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから進歩性なし、とされた拒絶審決に対する審決取消訴訟。
請求項1:
「一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで内面の一部または全部が被覆された計量投与用吸入器であって,プロピオン酸フルチカゾンまたはその生理学的に許容される溶媒和物と,フルオロカーボン噴射剤と,場合によっては一以上の他の薬理学的に活性な薬剤または一以上の賦形剤とを組み合わせて含む吸入薬剤配合物を投与するための計量投与用吸入器。」
引例との主な相違点(相違点2):
本願発明は、計量投与用吸入器の内面を,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで被覆しているのに対し、
引用発明1は、一以上のフルオロカーボンポリマーのみで被覆している。
原告は、当該相違点の容易想到性の判断の誤り(取消事由1)および手続違背(取消事由2)を主張した。
【要旨】
裁判所は、原告主張の取消事由1について、
「当業者にとって,引用発明1におけるプラスチック塗膜による被覆部分(被覆材)とエーロゾル容器の内壁(基材)との接着性を高める目的をもって,引用発明1の計量投与用吸入器に,前記(1)エの周知技術(「一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆する」技術)を適用して,相違点2に係る本願発明の構成とすることは容易に想到し得たものと認められる。これと同旨の審決の判断は是認することができる。」
と判断した。
原告は、本願発明の格別の作用効果の非予測性等を主張したが、
裁判所は、
「フルオロカーボンポリマー(フッ素樹脂)と非フルオロカーボンポリマー(非フッ素樹脂)の配合割合,硬化温度,コーティングの厚さ等の被覆条件が特定されていない本願発明の構成から,原告主張のポリマーブレンドによる容器内壁面への薬剤の付着の防止及びコーティングの密着性の改善の効果が必然的に生じるものとは認められない。また,本願明細書(甲5)には原告主張の上記効果は明記されておらず,本願明細書の記載から,本願発明がそのような効果を奏するものと理解できるものでもない。したがって,原告主張の本願発明の格別な作用効果は,本願発明の構成から必然的に生じるものでも,本願明細書の記載に基づくものでもないから,本願発明の効果であると認めることはできない。したがって,本願発明が格別な作用効果を奏することを前提に,相違点2に係る本願発明の構成を容易に想到し得るものではないとの原告の主張は,その前提を欠き,失当である。」
と判断した。
原告主張の取消事由2(手続違背の有無)についても、裁判所は、
「審査段階において,拒絶の理由として特定の技術事項が証拠(文献)とともに示され,出願人に対して意見を述べる機会が与えられている場合において,審決において,当該技術が周知であることを裏付ける証拠(文献)を追加して引用することは,新たな技術事項を示して拒絶理由を変更するものではないから,審判手続において,新たに追加された証拠(文献)について,審判請求人に意見を述べる機会を与える必要はなく,その機会を付与しなかったからといって,手続違背を構成する余地はないというべきである。」
と判断した。
進歩性なし。
請求棄却。
【コメント】
吸入ステロイド剤においては、その製剤のみならずデバイスの性能が競合品との差別化に重要であるから、製剤に適したデバイスに関する発明の特許化は、製品のライフサイクルマネージメントにとって大きな価値があるだろう。
ところで、本件出願が審判に係属している際に、分割出願(特願2001-010020、出願日:2001.01.18)が並存していたが、拒絶理由に応答せずに拒絶査定が確定。本願については審決取消訴訟で争うほど権利化を望んでいたはずが、その結論に至る前に分割出願という保険をあっさり放棄している。
参考:
2008/01/24
2006.07.04 「シェーリング・プラウ v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10715
モメタゾンフロエート(Mometasone furoate)吸入剤の発明は認められるか?: 知財高裁平成17年(行ケ)10715
【背景】吸入用エアゾール組成物に関する発明について、進歩性なし、との拒絶審決に対してが提起した審決取消訴訟。出願人はSchering-Plough。
引例発明との相違点は、含有する医薬が、本願発明ではモメタゾンフロエート(Mometasone furoate)であるのに対し、引用例1ではモメタゾンフロエートに特定されていない点のみであった。
請求項5:
「吸入用エアゾール組成物であって:
A.モメタゾンフロエート;
B.1,1,1,2-テトラフルオロエタン;および
C.賦形剤;界面活性剤;保存剤;バッファー;酸化防止剤;甘味料;
および風味マスキング剤から選択される,場合により存在してもよい一つ
あるいは複数の成分
から本質的に成る組成物。」
【要旨】
引例1の吸入用エアゾール製剤に使用する医薬として、ステロイド系副腎皮質ホルモンのベクロメタゾン等に代えて、ステロイド化合物で抗炎症剤として使用することのできる引例2記載のモメタゾンフロエートを用いることは、本願優先日当時、当業者であれば容易に想到することができたものと認められる。
原告は、
「引例2は、モメタゾンフロエートという特定化合物の安定性を考慮することなしに、化合物全般についてエアゾールへの製剤化の可能性に言及したに過ぎないから、引例1のベクロメタゾンをモメタゾンフロエートに置き換えようとは考えない」
との阻害要因の存在を主張したが、
裁判所は、
「モメタゾンフロエートが吸入用エアゾール組成物に適さないことをうかがわせる記載はなく、不安定で使用できないとの技術常識も認められない。」
として主張を退けた。
また、原告は、
「薬剤回収率が高いという顕著な効果」
を主張したが、
裁判所は、「実施例には、原告が主張するような薬剤回収率に関する記載はなく、また、本願明細書には、薬剤としてモメタゾンフロエートを使用した場合に、にベクロメタゾンジプロピオネートを使用した場合と比べて、顕著な効果を奏する旨の記載もない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。」
として、認めなかった。
請求棄却。
【コメント】
技術常識の存在を動機付けの阻害要因として主張するのであれば、しっかり技術常識として認められるよう主張しなければならないだろう。また、顕著な効果を主張するのならば、客観的に。
参考:
2008/01/07
2006.01.25 「メディカライズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10438
限られた数の組合せの中から選択した発明に進歩性はあるか?: 知財高裁平成17年(行ケ)10438
【背景】
「ヒアルロン酸とデルマタン硫酸を含有する健康食品」の発明に関して、進歩性なしとの拒絶審決に対して取消訴訟を提起。引例との相違点は、デルマタン硫酸がその上位概念であるムコ多糖類となっている点のみであった。原告は選択発明であると主張した。
請求項1: 少なくともヒアルロン酸とデルマタン硫酸を含有することを特徴とする健康食品。
【要旨】
裁判所は、
組合せの容易想到性について、
「引用例1が示唆するところに従って,限られた数の組合せの中から,ヒアルロン酸と組合せて使用する効果を確認しつつ,適するものを特定し,結果的にデルマタン硫酸を含有する組合せを特定するに至ることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとっては容易であるというべきである」
とし、
本願発明の効果については、
「このような発明が,常に格別顕著な効果を奏するものであることを裏付けるためには,本願発明1に包含される任意の組合せの任意の配合比率の態様が,引用例1に示唆された31通り又は15通りの全組合せのうちの,本願発明1に相当しない15通り又は7通りの組合せの任意の配合比の態様と比較しても,また,引用例1に明示されたムコ多糖類の各々を単独に含有する態様と比較しても,常に格別顕著な効果を奏するものであることを証明する必要がある。
~前記のとおり,その格別顕著な効果を主張するための根拠となるべき比較試験が記載されていないことに変わりはないから,ヒアルロン酸とデルマタン硫酸を含む組合せである本願発明1が,その配合比によらず,常に引用例1及び刊行物2の記載事項から予測し得ない,際だって優れた効果あるいは異質な効果を有するものであるということができないことにも変わりはない。
~したがって~本願発明1が,任意の含有量において,格別顕著な効果を奏するものであると認めることはできないというほかない」
と判断した。
請求棄却。
【コメント】
ムコ多糖類の成分の一つとしてデルマタン硫酸が知られていることから、その組み合わせは当業者にとって容易であり、格別顕著な効果を奏するとの証拠もない、と判断され進歩性なしと判断された。組み合わせの上位概念が公知だが、公知物質同士の新規な特定の組合せを選択発明として進歩性を主張するためには、該選択発明以外の全ての組合せの任意の配合比と比較しても、常に格別顕著な効果を奏するものであることを証明する必要があることに注意。
2007/12/20
2005.11.08 「興和 v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10389
公知薬剤同士の具体的組み合わせが新規な合剤の発明に進歩性はあるか?: 知財高裁平成17年(行ケ)10389
【背景】
「トラネキサム酸及びエテンザミドを含有する解熱鎮痛消炎剤」の出願に対して、特許庁は、トラネキサム酸と他の解熱鎮痛消炎剤との併用が記載されており、その一例としてエテンザミドが記載されていた引例に基づいて、進歩性なしとする拒絶審決を下した。本願明細書には、トラネキサム酸と、エテンザミド以外のサリチル酸系抗炎症剤との配合例の記載がなく、比較して格別に顕著な効果を奏するとの記載もなかった。しかし、エテンザミドとの併用が相乗効果を示すことを本願明細書中に示しており、且つ、出願人は、審査中、試験成績証明書にて他の組み合わせでは抗炎症効果の増強作用が認められないことを示していた。
【要旨】
格別顕著な効果を示すには、単なる相乗的効果では足りず、他では得ることのできない固有の効果があるという根拠を明細書に記載しなければならない。試験成績書でデータを示しても、明細書には格別顕著な効果を奏するものであることをうかがわせる記載は無いことから、出願人の主張は、明細書の記載に基づかないものである、とされ、進歩性なし。請求棄却。
【コメント】
組み合わせの上位概念が公知だが、公知薬剤同士の具体的組み合わせが新規な併用に関する発明(選択発明)において、進歩性ありと主張するためには、明細書中に、その構成や効果を単に記載するだけでは足りず、引用発明となるべき他の組み合わせと比較した(つまり格別に)顕著な効果を記載する必要がある。
2007(平成19)年3月26日、特許庁審判部から進歩性検討会報告書が公表され、その中で本事案が検討されている。
引用発明と比較した効果は明細書で主張する必要があるとの結論が導かれているかと思われるが、思わぬ引例により進歩性が否定された場合、明細書中に、その引例と比較した効果を主張していなかったがために拒絶理由を覆せなくなってしまうことが危惧される。そもそも審査官が果たすべき進歩性があるか否かを判断する負担を、出願人に過度に課すことになるのではなかろうか?本事案及び本検討会報告書の内容をよく吟味して、出願する際には、進歩性の引例となる先行技術をしっかり調査し、明細書に引例との比較結果を記載すべきか否かを慎重に検討する必要があるだろう。
参考:資料室(答申・報告書・講演録) >研究会・懇談会等 >進歩性検討会報告書(平成19年3月 特許庁審判部)より抜粋。(1)本願明細書における顕著な効果の記載の有無について
本願明細書の記載を見ると,エテンザミドとトラネキサム酸を併用した実施例しか記載されておらず,それ以外のサリチル酸系抗炎症剤を使用した実験例は一切ない。また,本願明細書に「エテンザミドが特に好ましい」との記載はあるものの,その記載だけで,この効果が技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであるか否か判断できない以上,本願明細書に他のサリチル酸系抗炎症剤に比べて顕著な効果について記載があるとするには無理があるのではないかとの結論となった。
(2)顕著な効果の認定における実験成績証明書の参酌について
審査基準には,「引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは,意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。」と記載されており,実験成績証明書を参酌して顕著な効果を認定することは可能である。しかしながら,同時に「明細書に記載されていなく,かつ,明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。」とされており,明細書に構成が記載されていれば,どのような場合でも,その効果を事後的に実験成績証明書で補充できるわけではない。
したがって,本願明細書の「エテンザミドが特に好ましい」との記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるかどうかということが問題になるわけであるが,上で述べたように,この記載のみから当業者が他のサリチル酸系抗炎症剤に比べて技術水準から予測される範囲を超えた顕著な効果があると推論するには無理があると考えられる。
なお,特36条の改正(平成6年法改正)に伴い,請求項に係る発明が従来技術との関連において有する有利な効果を記載する必要はなくなった(委任省令要件として扱わない)のに,明細書にその効果が記載されていないことで進歩性が否定されることについて疑問視する意見もあったが,法改正の趣旨は明細書の記載要件として,従来技術との関連において有する有利な効果を不要としただけであって,請求項に係る発明が引用発明に比較して有利な効果によって進歩性の存在を肯定的に推認しようとするのであれば,明細書にその効果が記載されている必要がある。
(3)本願発明と引用発明との対比判断(顕著な効果の判断)について
エテンザミドを含むサリチル酸系抗炎症剤とトラネキサム酸との組み合わせと両者の協力作用が引用例1に記載されており,また,同種薬剤の組み合わせであるイブプロフェンとトラネキサム酸との併用による効果が引用例2に記載されている以上,本願発明が効果として比較する引用発明は,エテンザミド以外のサリチル酸系抗炎症剤とトラキネム酸との組み合わせであり,この組み合わせの効果と比較して,本願発明の組み合わせにさらに顕著な相乗効果が認められなければ進歩性は否定されてもやむを得ないとの結論となった。
2007/12/12
2005.06.02 「ゼファーマ v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10459
【背景】
「局所投与製剤」に関する特許(特許3264301号)に係る発明が進歩性無しとの取消決定に対して取消しを求めた訴訟(2005.06.02 「ゼファーマ v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10458)が係属しつつ、特許権者は本件特許につき訂正審判を請求したが、訂正後の発明は特29条2項の規定により独立して特許を受けることができないものであるとされ、審判請求は成り立たないとされた。その審決取消訴訟である。
訂正審判請求による特許請求の範囲:
1. クロモグリク酸ナトリウム1%,マレイン酸クロルフェニラミン0.25%及び塩酸ナファゾリン0.025%を含有することを特徴とする点鼻剤。
本件訂正発明と刊行物7記載の製剤(インタール点鼻液(クロモグリク酸ナトリウムを2%含有するアレルギー性鼻炎治療用の点鼻液))とを対比すると,両者はクロモグリク酸ナトリウムを含有する点鼻剤である点で一致し、前者はクロモグリク酸ナトリウムの濃度が1%、マレイン酸クロルフェニラミン0.25%及び塩酸ナファゾリン0.025%の配合剤であるのに対し,後者はクロモグリク酸ナトリウムの濃度2%の単剤である点で相違していた。
【要旨】
(1) 配合自体の容易性の判断
ゼファーマ(参加人)は、
「刊行物に3剤(クロモグリク酸ナトリウム,抗ヒスタミン剤,血管収縮剤)から選ばれる2剤の配合(併用)の例が記載されていても,当業者は,3剤を配合して初めて生じる物理的変化や化学的変化,副作用,拮抗作用等の有害現象が生じ得ると考える。したがって,2剤配合剤を組み合わせて,単純に3剤配合剤を容易に想到し得るものではない。また,刊行物6によれば,クロモグリク酸ナトリウム単剤と,クロモグリク酸ナトリウムとマレイン酸クロルフェニラミンとの配合剤との間では治療効果に相違がなく,かえって配合剤には副作用(鼻内への強烈な感触,鼻の灼熱感と痛み,鼻のほてり)が見られる。~むしろ,刊行物6の上記報告によれば,当業者はクロモグリク酸ナトリウムとマレイン酸クロルフェニラミンとの配合を避けようと動機付けられる。」
と主張した。
しかし、裁判所は、
「A意見書(甲13)は,~3剤配合における有害現象の発生可能性に言及するものではあるが,その言及は一般論としてのものであって,~その薬効低下・有害現象の発生が懸念されるべき具体的事情があることに言及しているものではなく,むしろ~安全性については,少なくとも,濃度の観点からは,直ちにその配合を躊躇するべきであるといえるような格別の事情はない,との理解を排斥するものではないと解される。」
さらに、
「刊行物6の解釈としては~副作用がなかったと総括的に認識していたと解すべきであり,当業者は,クロモグリク酸ナトリウムとマレイン酸クロルフェニラミンとの配合について,これを避けようと動機付けられるというよりは,むしろ,マレイン酸クロルフェニラミンの配合量を0.2%よりも増やして配合しようと動機付けられていたということができる。」
と判断した。
(2) 配合量の容易性の判断
裁判所は、
「A意見書(甲13)は,「医療用の半分の濃度であって,有効濃度範囲と証明されていない1%クロモグリク酸ナトリウム」というだけであって,1%は有効濃度範囲から排除されるべき値であるとまでの見解を示すものでない。~してみると,「出願当時,当業者は,クロモグリク酸ナトリウムの濃度を1%に設定することを避け,1%よりも高濃度に設定しようと動機付けられたことは明らかである」とする参加人の主張は,理由がない。そして,~単剤として有効であることが確認されている濃度2%のクロモグリク酸ナトリウムに基づいて,配合剤の濃度として1%をその候補値の1つとすることを想到することが,医薬業界の技術常識に反するものであるということもできない。」
と判断した。
(3) 訂正発明の効果に関する判断
ゼファーマ(参加人)は、訂正発明の濃度の特異性を示すデータを補充して訂正発明の「ピーク的効果」を主張した。
しかし、裁判所は、
「明細書に記載された事項としては,その最終的な算出結果である「有効率」の数値のみであって,前記9つの諸症状の各々の改善度や,濃度の特異性を示すピーク的効果を看取し得る根拠となるデータは,具体的に記載されていない。~本件明細書には,9つの症状ごとの改善度が一切記載されておらず,具体的にどの症状が「飛躍的に改善」するものであるのかを確認することもできない。したがって,参加人が主張する訂正発明のピーク的効果も9つの症状の飛躍的改善も,本件明細書の記載からは具体的に確認することができないというほかない。」
また、
「3剤の配合によれば「当然に得られる結果として予測可能である」とまではいえないとしても,期待し得る効果として十分に期待可能であるという意味で予測可能な範囲内にあるということができる。~さらに,塩酸ナファゾリン及びマレイン酸クロルフェニラミンの配合量に関して,訂正発明以外の他の態様が容易に想定されるところ,本件明細書中には訂正発明の組成以外に,訂正発明に係る3剤が配合された他の態様は記載されていない。したがって,従来公知の単剤である比較例1の有効率との比較のみをもって,訂正発明の実施例の有効率が格別顕著であるということはできない。」
と判断した。
進歩性ないため訂正発明は独立特許要件を満たさず。
請求棄却。
【コメント】
格別顕著な効果は、当業者に予測不可能であることを客観的に示したデータを明細書に記載して主張しておく必要があるだろう。
一般的な意味での「副作用の危険性がある」等を主張するのみでは、進歩性の動機付けを否定するための阻害要因としては無理があるだろう。具体的事情を主張する必要がある。
脱退原告・藤沢薬品(アステラス製薬に吸収承継)が特許権者であった本件特許につき、山之内製薬より特許異議の申立てがなされ、特許を取り消すとの決定があり、藤沢薬品が本訴を提起したが、ゼファーマ(参加人)は、藤沢薬品株式会社から会社分割により本件特許権を承継し、本訴に訴訟参加した。これに伴い、藤沢薬品の原告の地位を承継したアステラス製薬は、本訴から脱退した。異議申立人であった山之内製薬は、その後、特許権者である藤沢薬品と合併し、アステラス製薬となったのだから、なんとも皮肉な話である。
ゼファーマはアステラス製薬から第一三共に売却され、さらに第一三共の大衆薬部門子会社の第一三共ヘルスケアに統合された。
本件特許は、第一三共ヘルスケアが販売元(ゼファーマが元々販売)のクロモグリク酸ナトリウム配合点鼻薬「エージーノーズ」をカバーする特許だったようである。

