ピオグリタゾンの併用特許の進歩性: EPO審決T0512/02
【背景】「ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼインヒビターとの医薬組成物」に関する出願(出願番号EP96304570.3/公開番号EP0749751)について、進歩性無しを理由に拒絶査定となったことに対して、出願人は審判部へappealした。
出願人は、審判手続きにおいて、比較実験データとともにnew main request(下記独立クレーム1)を提出した。
1. A pharmaceutical composition which comprises pioglitazone or a pharmacologically acceptable salt thereof in combination with acarbose or voglibose.
Closest prior artとして引用された文献(1)には、α-グルコシダーゼインヒビター、好ましくはinsulin sensitivity enhancerとの併用、は非インスリン依存型糖尿病の治療に有用である旨が記載されており、α-グルコシダーゼインヒビターとしてacarbose、voglibose及びmiglitol、そしてinsulin sensitivity enhancerとしてciglitazone、pioglitazone及びtroglitazoneが具体的に例示されていた。
【要旨】
審判部の判断
2.5
However, the provision of further pharmaceutical compositions for the treatment of NIDDM does not involve an inventive step over document (1) for the following reasons: as was mentioned in paragraph 2.2 above, document (1) teaches to use an insulin sensitivity enhancer in combination with an α-glucosidase inhibitor for the treatment of certain forms of NIDDM. As far as specific active agents are concerned, it is noted that (1) describes three α-glucosidase inhibitors, namely acarbose, miglitol and voglibose and three insulin sensitivity enhancers: pioglitazone, troglitazone and ciglitazone which yields nine possible combinations altogether. From this very limited number of options, the applicant chose two combinations: pioglitazone plus acarbose and pioglitazone plus voglibose. In this context, it is worthwhile to analyse the expermental data submitted by the appellant as annex to the statement of the grounds of appeal. In said tests the performance of a combination of active agents of the invention is compared with each of the individual compounds but not with combinations outside the present invention but encompassed by document (1).
To summarise the results of the tests: said tests show effects which are not mentioned in the closest prior art as defined by document (1), but the effects are not related to the selection of the two combinations as claimed out of the nine possible combinations of document (1). Therefore, they are considered to be inherent in said combinations of (1). There is no evidence at all that the two alternatives of the present invention are in any way advantageous over, e.g., the combination ciglitazone + voglibose or pioglitazone + miglitol.
It follows therefrom that the subject-matter as claimed in claim 1 merely constitutes an arbitrary selection out of the nine possible combinations of document (1) which cannot give rise to an inventive step.
請求棄却。
【コメント】
併用療法の発明において、併用の組み合わせを示唆する引例からの進歩性を主張するためには、有効成分単独効果との比較ではなく、該組合せ以外の組合せと比較したデータが要求される。要求される比較データが、単独効果と比較した効果ではなく、他の併用の組み合わせと比較した効果である点は、日本の実務と同じ(参考:2005.11.08 「興和 v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10389;2007.05.16 「ロレアル v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10291)と思われるが、下記に示すように日本特許庁の審査官は特許査定を出してしまっている。
ピオグリタゾン:
武田薬品が開発した2型糖尿病治療薬(商品名:アクトス、ACTOS、一般名:塩酸ピオグリタゾン)で、他の薬剤との併用・合剤を開発することによる製品のライフサイクルマネージメントを積極的に進めている。2006年度のアクトスの売り上げは対前年38%増の約3400億円。また、武田薬品の平成20年3月期第3四半期財務・業績の概況(2008.01.31公表)によれば、アクトスの売り上げは、2008年度第3四半期累計で既に約3100億円に達している。
esp@cenet®及びIPDL (JPO)により本特許出願のファミリー(日米欧)を調べたところ、状況は現時点で下記のとおり。日米欧それぞれの審査状況を比較すると興味深い。
2008/04/02
2006.10.26 「Takeda事件」 EPO審決T0512/02
2008/03/24
2006.10.25 「ノバルティス v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10773
薬剤耐性という観点で疾患を限定した医薬発明に進歩性は認められるか?: 知財高裁平成17年(行ケ)10773
【背景】ノバルティス(Novartis)を出願人とする本願発明(出願番号: 平成8年特許願第533792号)は、テルビナフィン(terbinafine)とアゾール系14 α-メチルデメチラーゼ阻害剤の併用抗真菌剤であり、対象疾患を「アゾール耐性真菌感染症」と限定していた。同一併用抗真菌剤だが、耐性菌株について記載のない引用例が進歩性を否定するか否かが争われた。
【要旨】
原告は、
「本願発明の相乗的な薬理効果を予測することは困難であった」
と主張したが、
裁判所は、
「審決は~本願発明にいう相乗効果を奏するか否かについて,判断しているのではなく,既に2種の抗真菌剤の併用の相乗効果を奏するとされた引用例によって,~テルビナフィンとアゾール系阻害剤という具体的組合せについて,アゾール耐性真菌株に対しても,その組合せによる相乗効果が奏されることを困難なく予測ないしは期待して,用いることができるか否かを判断したものである。
そして,本願明細書~によれば,本願当時,既に,耐性真菌の出現は当該技術分野における重要な課題であったものであり,~テルビナフィンとアゾール系阻害剤を含む抗真菌組成物が,ある種のアゾール耐性真菌株誘起の真菌感染症に対しても,それぞれ単独で用いる場合とは異なる作用機序による相乗的な治療効果が得られることを期待することは,当然のことであるというべきである。したがって,引用例に接した当業者においては,その引用例に記載されたテルビナフィンとアゾール系阻害剤を含む抗真菌組成物が,アゾール耐性真菌株誘起の真菌感染症に対しても治療効果を有することを予測ないしは期待し,これを確認しようと動機付けられるものというべきである。したがって,引用例に接した当業者が耐性菌に対しても引用例記載の2剤併用の抗真菌組成物を用いることは容易に想到できるものであり,原告主張の取消事由は理由がないことが明らかである。」
と判断し、進歩性を否定した。
請求棄却。
【コメント】
課題が知られている場合には、動機付けは確立され易い。
本事件では、進歩性判断において、積極的な動機付けがあるという点が問題となった。一方、効果の参酌という点は、既に2種の抗真菌剤の併用の相乗効果を奏するとされた引用例が存在していたことによって、主な議論の対象とはならなかった。
本願発明は、上位概念である「真菌感染症」という用途(疾患)を「アゾール耐性真菌感染症」という特定の用途(疾患)に限定した選択発明である(ありえる)、という見方で捉えることもできるだろう。しかし、特定の用途(疾患)を特徴とする選択発明として進歩性を担保するためには、上位概念用途(疾患)で包含される他の下位概念用途(疾患)と比較して、その選択発明として選択した特定用途(疾患)に顕著な効果・異質な効果があることを主張する必要がある。「アゾール耐性真菌感染症」以外の真菌感染症、すなわち、普通(?)の真菌感染症にも優れた効果がある以上、それに比べて格別顕著な効果を「アゾール耐性真菌感染症」という選択肢に見出すことは困難であり、効果の参酌が議論されたとしても、進歩性なしの結論に変わりはなかったと思われる。
参考:
2008/01/15
2007.12.06 「Novopharm v. Janssen-Ortho, Daiichi」 Supreme Court of Canada Docket No. 32200
Levofloxacin(レボフロキサシン)特許の有効性は?(カナダ最高裁上告棄却): Supreme Court of Canada Docket No. 32200Levaquin(一般名:levofloxacin(レボフロキサシン)、ニューキノロン系抗生物質、日本での販売名はクラビット)の後発品をカナダで販売するNovopharm(Tevaの子会社)に対して、その特許権者である第一製薬(現・第一三共)とそのライセンシーであるJanssen-Ortho(Johnson&Johnsonの子会社)が特許権(CA1,304,080)侵害を主張。カナダ最高裁がNovopharmの上告を棄却したことによって、特許は有効であって特許権侵害であるとした連邦控訴裁判所の判断が確定した。
カナダ最高裁websiteより:Summary
Intellectual property - Patents - Medicines - Whether the law of selection patents confers a second monopoly to a compound on the basis of properties that are the same as those of the genus from which the compound was selected - Whether “motivation” to select a previously disclosed compound should be imported into and given central importance in the test for obviousness - Whether the unpredictability of the properties of a previously disclosed compound permit an otherwise obvious invention to be the subject of a second monopoly - Whether a second monopoly may be granted for a compound disclosed in the prior art on the basis that routine testing is required to enable the invention - Whether a selection patent should be exempt from the requirement that the claims be unambiguous.
Daiichi Pharmaceutical Co., Ltd. (“Daiichi”) discovered ofloxacin, an antimicrobial drug used in the treatment of infections and obtained a patent for it in the early 1980s that expired in 2001. Ofloxacin is a racemic compound with a single chiral centre, a junction where there are two identical, three-dimensional molecules called enantiomers or optical isomers that are mirror images of each other. The right hand or dextro version is called (+) ofloxacin and the left or levo side is called (-) ofloxacin or “levofloxacin”. Further, the configuration of the enantiomers can be chemically described as being either “S” or “R”. After the discovery of ofloxacin, researchers at Daiichi experimented with techniques to isolate or resolve its enantiomers from the racemic compound. Their research indicated that the “S(-)” enantiomer had twice the antimicrobial activity, was less toxic, and was more soluble than the racemic compound. In 1986, Daiichi filed a patent application for levofloxacin which became Canadian Patent 1,304,080 (the “080” patent in 1992. This patent will expire in June 2009. Janssen-Ortho Inc. (“Janssen”), Daiichi’s Canadian licencee, markets and sells levofloxacin in Canada. In 2004, the Applicant, Novopharm Limited (“Novopharm”), obtained a notice of compliance from the Minister of Health, which allowed it to market its generic version of levofloxacin in Canada. In Daiichi’s prohibition proceedings launched under the Patented Medicines (Notice of Compliance) Regulations, Novopharm was successful in establishing that the 080 patent was void for obviousness and anticipation. When Novopharm began marketing its product, however, Janssen and Daiichi commenced infringement proceedings. In dispute was the validity of claim 4 of the 080 patent.
See also:
2008/01/07
2006.01.25 「メディカライズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10438
限られた数の組合せの中から選択した発明に進歩性はあるか?: 知財高裁平成17年(行ケ)10438
【背景】
「ヒアルロン酸とデルマタン硫酸を含有する健康食品」の発明に関して、進歩性なしとの拒絶審決に対して取消訴訟を提起。引例との相違点は、デルマタン硫酸がその上位概念であるムコ多糖類となっている点のみであった。原告は選択発明であると主張した。
請求項1: 少なくともヒアルロン酸とデルマタン硫酸を含有することを特徴とする健康食品。
【要旨】
裁判所は、
組合せの容易想到性について、
「引用例1が示唆するところに従って,限られた数の組合せの中から,ヒアルロン酸と組合せて使用する効果を確認しつつ,適するものを特定し,結果的にデルマタン硫酸を含有する組合せを特定するに至ることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとっては容易であるというべきである」
とし、
本願発明の効果については、
「このような発明が,常に格別顕著な効果を奏するものであることを裏付けるためには,本願発明1に包含される任意の組合せの任意の配合比率の態様が,引用例1に示唆された31通り又は15通りの全組合せのうちの,本願発明1に相当しない15通り又は7通りの組合せの任意の配合比の態様と比較しても,また,引用例1に明示されたムコ多糖類の各々を単独に含有する態様と比較しても,常に格別顕著な効果を奏するものであることを証明する必要がある。
~前記のとおり,その格別顕著な効果を主張するための根拠となるべき比較試験が記載されていないことに変わりはないから,ヒアルロン酸とデルマタン硫酸を含む組合せである本願発明1が,その配合比によらず,常に引用例1及び刊行物2の記載事項から予測し得ない,際だって優れた効果あるいは異質な効果を有するものであるということができないことにも変わりはない。
~したがって~本願発明1が,任意の含有量において,格別顕著な効果を奏するものであると認めることはできないというほかない」
と判断した。
請求棄却。
【コメント】
ムコ多糖類の成分の一つとしてデルマタン硫酸が知られていることから、その組み合わせは当業者にとって容易であり、格別顕著な効果を奏するとの証拠もない、と判断され進歩性なしと判断された。組み合わせの上位概念が公知だが、公知物質同士の新規な特定の組合せを選択発明として進歩性を主張するためには、該選択発明以外の全ての組合せの任意の配合比と比較しても、常に格別顕著な効果を奏するものであることを証明する必要があることに注意。
2007/12/20
2005.11.08 「興和 v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10389
公知薬剤同士の具体的組み合わせが新規な合剤の発明に進歩性はあるか?: 知財高裁平成17年(行ケ)10389
【背景】
「トラネキサム酸及びエテンザミドを含有する解熱鎮痛消炎剤」の出願に対して、特許庁は、トラネキサム酸と他の解熱鎮痛消炎剤との併用が記載されており、その一例としてエテンザミドが記載されていた引例に基づいて、進歩性なしとする拒絶審決を下した。本願明細書には、トラネキサム酸と、エテンザミド以外のサリチル酸系抗炎症剤との配合例の記載がなく、比較して格別に顕著な効果を奏するとの記載もなかった。しかし、エテンザミドとの併用が相乗効果を示すことを本願明細書中に示しており、且つ、出願人は、審査中、試験成績証明書にて他の組み合わせでは抗炎症効果の増強作用が認められないことを示していた。
【要旨】
格別顕著な効果を示すには、単なる相乗的効果では足りず、他では得ることのできない固有の効果があるという根拠を明細書に記載しなければならない。試験成績書でデータを示しても、明細書には格別顕著な効果を奏するものであることをうかがわせる記載は無いことから、出願人の主張は、明細書の記載に基づかないものである、とされ、進歩性なし。請求棄却。
【コメント】
組み合わせの上位概念が公知だが、公知薬剤同士の具体的組み合わせが新規な併用に関する発明(選択発明)において、進歩性ありと主張するためには、明細書中に、その構成や効果を単に記載するだけでは足りず、引用発明となるべき他の組み合わせと比較した(つまり格別に)顕著な効果を記載する必要がある。
2007(平成19)年3月26日、特許庁審判部から進歩性検討会報告書が公表され、その中で本事案が検討されている。
引用発明と比較した効果は明細書で主張する必要があるとの結論が導かれているかと思われるが、思わぬ引例により進歩性が否定された場合、明細書中に、その引例と比較した効果を主張していなかったがために拒絶理由を覆せなくなってしまうことが危惧される。そもそも審査官が果たすべき進歩性があるか否かを判断する負担を、出願人に過度に課すことになるのではなかろうか?本事案及び本検討会報告書の内容をよく吟味して、出願する際には、進歩性の引例となる先行技術をしっかり調査し、明細書に引例との比較結果を記載すべきか否かを慎重に検討する必要があるだろう。
参考:資料室(答申・報告書・講演録) >研究会・懇談会等 >進歩性検討会報告書(平成19年3月 特許庁審判部)より抜粋。(1)本願明細書における顕著な効果の記載の有無について
本願明細書の記載を見ると,エテンザミドとトラネキサム酸を併用した実施例しか記載されておらず,それ以外のサリチル酸系抗炎症剤を使用した実験例は一切ない。また,本願明細書に「エテンザミドが特に好ましい」との記載はあるものの,その記載だけで,この効果が技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであるか否か判断できない以上,本願明細書に他のサリチル酸系抗炎症剤に比べて顕著な効果について記載があるとするには無理があるのではないかとの結論となった。
(2)顕著な効果の認定における実験成績証明書の参酌について
審査基準には,「引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは,意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。」と記載されており,実験成績証明書を参酌して顕著な効果を認定することは可能である。しかしながら,同時に「明細書に記載されていなく,かつ,明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。」とされており,明細書に構成が記載されていれば,どのような場合でも,その効果を事後的に実験成績証明書で補充できるわけではない。
したがって,本願明細書の「エテンザミドが特に好ましい」との記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるかどうかということが問題になるわけであるが,上で述べたように,この記載のみから当業者が他のサリチル酸系抗炎症剤に比べて技術水準から予測される範囲を超えた顕著な効果があると推論するには無理があると考えられる。
なお,特36条の改正(平成6年法改正)に伴い,請求項に係る発明が従来技術との関連において有する有利な効果を記載する必要はなくなった(委任省令要件として扱わない)のに,明細書にその効果が記載されていないことで進歩性が否定されることについて疑問視する意見もあったが,法改正の趣旨は明細書の記載要件として,従来技術との関連において有する有利な効果を不要としただけであって,請求項に係る発明が引用発明に比較して有利な効果によって進歩性の存在を肯定的に推認しようとするのであれば,明細書にその効果が記載されている必要がある。
(3)本願発明と引用発明との対比判断(顕著な効果の判断)について
エテンザミドを含むサリチル酸系抗炎症剤とトラネキサム酸との組み合わせと両者の協力作用が引用例1に記載されており,また,同種薬剤の組み合わせであるイブプロフェンとトラネキサム酸との併用による効果が引用例2に記載されている以上,本願発明が効果として比較する引用発明は,エテンザミド以外のサリチル酸系抗炎症剤とトラキネム酸との組み合わせであり,この組み合わせの効果と比較して,本願発明の組み合わせにさらに顕著な相乗効果が認められなければ進歩性は否定されてもやむを得ないとの結論となった。
2007/12/05
2005.02.10 「メレル v. 特許庁長官(ターフェナジン事件)」 東京高裁平成16年(行ケ)233
特定患者に対する限定が新たな医薬発明として認められるか?: 東京高裁平成16年(行ケ)233
【背景】
「ターフェナジンカルボキシレートを含有する、ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用の抗ヒスタミン剤」に関する発明(特表平7-506828)についての、拒絶審決取消訴訟。審決の内容は、引用例に記載された発明であるから、特29条1項3号により特許を受けることができないとするものであった。
引用例記載の発明とは、ターフェナジンカルボキシレートを含有する抗ヒスタミン剤である点において一致していたが、「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用」という点が引用例には記載されていなかった。この特定患者に対する限定事項が加わったことにより、新たな用途発明(選択発明)が提供されたといえるのか、それとも実質的相違は無いのかが争われた。
【要旨】
裁判所は、
「引用例においては、ターフェナジンについての適用対象患者を特に除外していないのであるから、審決が、「引用例記載の発明は「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者に使用すること」を特に除外するものではない」とした点に誤りは無い。~本件優先権主張日当時の技術水準からすると、ターフェナジンよりも、その代謝物であるターフェナジンカルボキシレートが、「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者」用の抗ヒスタミン剤として有利であることは、当業者にとって自然に理解しえたというものであるべきである。そうすると、~引用例との関係で選択発明として認められるべきであるとすることはできず、引用例記載の発明との対比において新規性を欠くものではないとすることはできない。」
と判断した。請求棄却。
【コメント】
患者を限定した医薬発明についての新規性の有無が判断された事件。
この事件の後、2005年4月15日に特許庁が「医薬発明の審査基準」を新設しており、その「医薬発明」の審査基準2.2.1.1 (3-2)には下記のような記載がされている。
(c) 引用発明の医薬用途が請求項に係る医薬発明の医薬用途の上位概念で表現されており、本願出願時における技術常識から、下位概念で表現された請求項に係る医薬発明の医薬用途が導き出せるときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される
仮に、ターフェナジンの心毒性が知られていなかった場合には、本クレームの特許性はどのように判断されただろうか?
ターフェナジンカルボキシレートを含有する抗ヒスタミン剤が知られていたわけで、引用発明との違いは、「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用」との下位概念への限定のみであるから、患者を特定した選択発明として特許性を有するか否かが問題になるだろう。選択発明の進歩性が認められるためには、その選択部分(ターフェナジンで心毒性を起こす患者)に限定したことにより本発明の(抗ヒスタミン剤としての)効果が、それ以外の部分(ターフェナジンで心毒性を起こさない患者)に対する効果よりも、顕著であるか、または異質なものであることを主張しなければならないから、本件の場合には無理があろう。
また、裁判所は、
「本願発明は,ターフェナジンカルボキシレートにはターフェナジンが有する副作用がないことを確認したものであるとしても,抗ヒスタミン剤に関する本件優先権主張日までの既知の用途を拡大したものでもないし,新たな用途を見いだしたものでもない。本願発明は,引用例に記載の抗ヒスタミン剤であるターフェナジンカルボキシレートに関して,ターフェナジンによる副作用が観察されない範囲を特定したものにすぎないものである。」
と判断していることから、患者の特定のみを特徴とする医薬発明の特許性のハードルは高そうである。ちなみに、医薬発明の審査基準2.2.1.1 (3-3)及び3.3〔事例 8〕には、投与間隔・投与量等の治療の態様等による特定を伴う対象患者群を特定した医薬発明の特許性について記載されている。司法の場で、本出願のように医薬用途の態様を様々な視点からクレームした「医薬発明」の出願についての判断が蓄積されていくことを期待するところである。
なお、本願のファミリー出願が欧米では特許となっており、この点、日本の実務と比較し、検討することは非常に興味深い。日本で特許化が困難そうでも、欧米で取得できる可能性も出願戦略上考慮する必要があるだろう。
参考:ターフェナジンカルボキシレート
ターフェナジン(一般名:テルフェナジン、販売名:トリルダン、抗アレルギー薬として販売されていた。)の活性代謝物であり、製剤化が検討され、抗アレルギー薬(一般名:塩酸フェキソフェナジン(Fexofenadine)、販売名:アレグラ(Allegra))としてサノフィ・アベンティス(sanofi-aventis)が販売に至っている。活性代謝物の製剤化によって製品のライフサイクルマネージメントに成功した事例である。そのような背景から考えると、本件出願は、アレグラに関するライフサイクルパテントのひとつだったと考えられ、非常に参考になる事例である。
Categories *Case2005, Novelty, Selection invention, ★★, ・Indication

