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2008/04/15

2006.10.30 「X v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10820

当業者に過度の試行錯誤を強いる: 知財高裁平成17年(行ケ)10820

【背景】
本発明(特願平4-507654)は、骨形成用の活性剤複合体を生成する方法であり、明細書中には、具体的手段や操作に関する記載がなかったため、実施可能要件違反を理由に拒絶査定、拒絶審決を受けたため、原告は審決取消訴訟を提起した。原告は、周知慣用技術を用いて当業者であれば試行錯誤して容易に実施できる等主張した。

請求項1:
「骨形成用の活性剤複合体を生成するための方法であって,
骨から,コラーゲン,エラスチン,プロテオグリカン及びその混合物の形態における少なくとも一種の構造成分,少なくとも一種の走化学性ペプチド又はアラキドン酸代謝物の形態における少なくとも一種の補充成分,フィブロネクチン,テネイシン,ラミニン,コラーゲンタイプⅠⅤ型,Ⅴ型,ⅤⅠⅠ,L-CAM,N-CAM又はインテグリンの形態における少なくとも一種の接着成分並びに少なくとも一種のサイトカインの形態における少なくとも一種の増殖及び成熟成分を含んでなる少なくとも一の初期複合体を調製し,そしてそれを次の工程に従って処理する,
a)当該初期複合体に変性手段を供給するか,又は当該初期複合体を変性手段で処理して,当該初期複合体の前記成分の少なくとも一部を変性させて均質相を獲得し;
b)このようにして形成された均質相を二以上の部分に分割し;
c1)当該均質相を二部に分けたなら,当該均質相の一の部における前記成分のうち枯渇もしくは富化を所望する1又は複数種の成分を選定し;
c2)当該均質相を二部超に分けたなら,当該均質相の少なくとも一の部における前記成分のうち枯渇もしくは富化を所望する1又は複数種の成分を選定し;
d)当該均質相の少なくとも一の部から前記選定した成分を分画し;
e)このようにして獲得した画分の少なくと(も)一部を前記均質相の他の部と混合し;
f)工程eにより得られた混合均質相を,前記変性手段を取り除くことにより,又は前記変性剤による処理を停止させることにより再生し,これにより
g1)前記活性剤複合体を構成する最終複合体を形成する;又は
g2)前記工程a)ないしf)を1又は複数回繰り返して前記活性剤複合体を構成する最終複合体を形成する;
ことを特徴とする方法。」

【要旨】
裁判所は、
明細書中に具体的手段や操作に関する記載がなければ、当業者に過度の試行錯誤を強いるものというべきであって、実施可能要件を満たさない、
と判断した。
請求棄却。

【コメント】
当業者に過度の試行錯誤を強いることとならないように、発明を実施できるように記載しなければならない。

2008/03/26

2008.02.29 「ティロッツ・ファルマ v. 特許庁長官」 知財高裁平成19年(行ケ)10236

原告主張の実施例は本願発明の実施例とはいえないとされた: 知財高裁平成19年(行ケ)10236

【背景】
「オメガ-3ポリ不飽和酸の経口投与剤」に関する発明についての出願(特表平11-509523)の拒絶審決取消訴訟。
争点は、本願の特許請求の範囲の記載が、明細書の発明の詳細な説明に記載されているかどうか(特36条6項1号、いわゆるサポート要件)であった。

請求項1:
有効成分としてオメガ3-ポリ不飽和酸を遊離酸として又は薬学的に許容可能なその塩として含有する経口製剤において,
カプセルのコーティングが,pH依存性態様ではなく時間依存性態様で溶解する中性のポリアクリル酸エステルから成り而もpH5.5において30乃至60分間溶解することがなく,
かくして前記酸が,回腸内において放出されることになることを特徴とする経口製剤。

【要旨】
原告は、
「当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の本願出願当時の技術常識,Aの文献及び本願明細書(甲4)の実施例2の記載(下記のとおり,そこには「小腸」との記載がある)からすれば,本願明細書には本願発明の発明特定事項であるオメガ3-ポリ不飽和酸が回腸で放出されることが記載されているといえるから,審決の認定は誤りである」
と主張した。

しかし裁判所は、
「本願発明は,「カプセルのコーティングが,pH依存性態様ではなく時間依存性態様で溶解する中性のポリアクリル酸エステルから成り而もpH5.5において30乃至60分間溶解することがな」いことを発明特定事項として記載するところ,ここに記載されたpH値については,上記(3)ウによれば,単に溶解試験を行ったpH値を示すにすぎず,コーティングの溶解条件とは何ら関係がないことが認められる。」
とした上で、
「回腸内において放出される」という発明特定事項について、
「小腸は,初部約25センチメートルを十二指腸といい,その余の部分のうちの前半5分の2が空腸で後半5分の3が回腸であるから,カプセルの小腸内の通過速度が一定だとすると,小腸通過時間の30%にあたる時間では,カプセルはまだ空腸の中にある。これは,上記のとおり絶食患者を前提とした最短の時間で通過することを仮定した場合である。この位置で,既にコーティングの崩壊後15分が経過して,カプセルも崩壊し,カプセルの内容物は既に放出されていると考えられ,これより遠位の回腸においてカプセルの内容物が放出されるとは考えられない。そうすると,原告の主張する本願明細書の実施例2においても,本願発明の「前記酸が,回腸内において放出される」ものに該当するとはいえない。
ウ以上の検討によれば,実施例2は本願発明の実施例ということはできず,また本願明細書(甲4)のそのほかの部分にもこれが記載されているとはいえないから,審決が本願発明は明細書の発明の詳細な説明に記載した発明ということはできないとした認定に誤りはない。」
と判断した。
請求棄却。

【コメント】
実施例2の結果及びその他の証拠から、早く見積もってもカプセルはまだ空腸内にあり(つまり空腸で内容物が放出されるだろうから)、回腸内において放出されるとは考えられないと裁判所は判断。実施例2の結果からの考察ではクレームをサポートしていることにはならない(つまり原告主張の実施例2は本願発明の実施例にならない)とされた。同感。サポート要件は、あくまでも明細書の記載に基づいて判断されるので、出願後にした原告の追加の主張は採用されなかった。

ところで、本願発明である経口製剤を構成する発明特定事項は、下記の4つに大別できる。

(1) オメガ3-ポリ不飽和酸を遊離酸として又は薬学的に許容可能なその塩を含有する
(2) カプセルのコーティングが、中性のポリアクリル酸エステルである
(3) 中性のポリアクリル酸エステルが、pH依存性態様ではなく時間依存性態様で溶解する
(4) カプセルのコーティングが、pH5.5において30乃至60分間溶解しない
(5) オメガ3-ポリ不飽和酸を遊離酸が、回腸内において放出される

上記発明特定事項(1)及び(2)は、経口製剤を構成する具体的な構成要件を示している。
しかしながら、発明特定事項(3)、(4)及び(5)については、もたらされる結果(効果または願望)により発明を特定しようとするものであるから、「願望型」発明特定事項(または「願望型」構成要件)とでも呼ぶべきものであって、サポートがしっかりしていない限り、そもそも許されるべきものではないだろう。

参考:

  • 回腸(ileum): 回腸とは,小腸の一部をいうところ,消化管のうち胃と大腸との間をなす長さ6~7メートルの管状の器官が小腸であるが,その初部約25センチメートルを十二指腸といい,その余の部分のうちの前半5分の2を空腸と,後半5分の3を回腸という(南山堂「医学大辞典」第19版1160頁。甲20)。(判決文より)


  • Wikipedia: small intestine

2008/01/08

2006.02.16 「イナルコ v. 森永乳業(結晶ラクチュロース三水和物事件)」 知財高裁平成17年(行ケ)10205

添加した種晶が何なのか争われた事案: 知財高裁平成17年(行ケ)10205

【背景】
森永乳業は「結晶ラクチュロース三水和物とその製造法」とする特許第2848721号の特許権者。実施例には、結晶ラクチュロース三水和物を製造するのに、当該新規物質を種晶として用いる方法が記載されており、原料物質となる結晶ラクチュロース三水和物が、既に得られたことを前提とした書きぶりになっていた。無効審判を請求されたが、請求棄却されたため、審決取消訴訟が提起された。森永は、明細書記載の種晶は、公知であった結晶ラクチュロース無水物のことであり、当業者もそう理解するはずだと主張した。

【要旨】
明細書の記載から、「ラクチュロースを種晶添加し」の「ラクチュロース」は「三水和物」を意味するものと認められる。また、無水物を種晶として添加した場合に、無水物は結晶として析出せず、三水和物が析出すると予想することができるという主張は採用できない。本明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者が種晶として使用するラクチュロース三水和物を容易に製造できる特段の事情が存在すると認めることはできないから、旧36条4項(実施可能要件)違反であるとして、審決を取り消した。

【コメント】
種晶を用いた製造方法を記載しなければならない場合には、当然のことながら当業者が実施可能なように、種晶をどのようにして得るのかまで記載する必要がある。

参考:


2007/12/16

2007.11.13 「ホーファーリサーチ v. 東洋新薬」 知財高裁平成19年(行ケ)10098

動機付けは、本願発明と引用発明とが同じ効果の観点でなければならないか?: 知財高裁平成19年(行ケ)10098

【背景】
被告(東洋新薬)は「皮膚外用剤」に関する特許(第3533392号)の特許権者である。本件は、無効審判請求人である原告(ホーファーリサーチ)が、審決のうち請求不成立とされた部分についての取消しを求めた事案である。
争点は、進歩性及びサポート要件。

請求項1:
松樹皮抽出物および平均分子量が3,000以上7,000以下のコラーゲンペプチドを含有する,皮膚外用剤であって,該松樹皮抽出物はカテキン類を5重量%以上および2~4量体のプロアントシアニジンを20重量%以上含有し,かつ,5量体以上のプロアントシアニジン1重量部に対し,2~4量体のプロアントシアニジンを1重量部以上の割合で含有し,そして,プロアントシアニジンが0.001重量%~2重量%含有され,コラ-ゲンペプチドが0.0001重量%~5重量%含有される,皮膚外用剤。

争点となった引用発明との相違点1:
引用発明には平均分子量3,000以上7,000以下の加水分解コラーゲンを用いることが記載されていない点

【要旨】
進歩性に関する争点について、裁判所は、
「甲12には,実施例1において,平均分子量3000のコラーゲンペプチドを用いた皮膚外用剤に皮膚の抗老化効果,しわ抑止効果が認められたことが記載されている。そうすると,平均分子量7000以下との記載はないものの,上記のとおり甲12に平均分子量3000のコラーゲンペプチドを用いた皮膚外用剤において,皮膚の抗老化等の効果が認められたことからすれば,審決が,甲2発明と本件発明2との相違点1に関し,甲12に記載ないし示唆がないと認定した点(14頁23行~27行9行)については誤りである。なお,審決は,上記に関し,保湿性に優れた効果を示す範囲として平均分子量3000以上7000以下のコラーゲンペプチドを使用することが示唆されていないことをその理由としているが,化粧品等の皮膚外用剤において,相違点に係る構成が容易想到というための動機付けとして,保湿性の観点でなければならないということはなく,上記甲12のように抗老化効果,しわ抑制効果等の観点であっても差し支えないから,上記認定を左右するものではない。」
また、
「甲36の上記記載によれば,平均分子量3,000~7,000の範囲を含むコラーゲンペプチドが保湿性を目的として皮膚外用剤に配合されることが技術常識であることが推認できる。よって,甲36を適用する動機付けはあるということができる。」
と判断し、結論として、
「原告主張の取消事由4に関し,本件発明2と甲2発明との相違点1に関しても,当業者にとって甲12の記載,甲36の技術常識から当業者にとり容易想到であると判断すべきである。
そうすると,審決は甲2発明と本件発明2との相違点1,2のいずれについての判断も誤ったことになり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。」
とした。

また、サポート要件に関する争点について、裁判所は、
「本件明細書に開示された内容(上記化粧水2,3が化粧水6,7等に比べ保湿効果,血流改善効果がある等)からは,本件発明2における「該プロアントシアニジンが5量体以上のプロアントシアニジン1重量部に対し,2~4量体のプロアントシアニジンを1重量部以上の割合で含有する」との点につき,本件明細書の発明の詳細な説明にこれを十分裏付ける記載がないというほかなく,いわゆる原告のいうサポート要件を欠くというべきである。」
と判断した。

特許庁がした審決のうち請求不成立とされた部分を取り消す。

【コメント】
審決が取り消された事案。
引用発明との相違点に係る構成が容易想到というための動機付けとして、本願発明と引用発明とが同じ効果の観点でなければならないということはない(異なる効果の観点であっても差し支えない)と判断した点に注意。
サポート要件についても、当たり前のことではあるが、特許庁は言いくるめることが出来ても、第三者からの攻撃に耐えることができるように客観的に見てつじつまの合うデータの記載が必要である。

See also:


2007/12/15

2005.08.30 「アステラス(藤沢) v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10312

医薬用途発明に薬理データは必要か?: 知財高裁平成17年(行ケ)10312

【背景】
原告(藤沢薬品)は、「ピラゾロピリジン化合物の新規用途(透析時低血圧症)」に関して、拒絶査定となり、拒絶査定不服審判を請求した。しかし、本願化合物が本願疾病の治療剤に利用できることを裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載は明細書中に存在しないことは明らかであるから、本願発明の詳細な説明が特36条4項に反するとする審決を受けた。原告は、審決取消訴訟を提起した。

【要旨】
本願明細書の記載によれば、本願発明の詳細な説明には、本願化合物が記載されているほか、本願化合物が本願疾病の治療剤の有効成分であること、同治療剤の有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されているものの、本願化合物が本願疾病の治療剤に利用できることを裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載は存在しないことは明らかである。発明の詳細な説明に、治療剤の有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されているだけでは、当業者は当該医薬が実際にその用途において有効性があるか否かを知ることができないことは、前記判示(東京高裁平成8年(行ケ)201同平成15年(行ケ)104)のとおりである。よって、本願発明の詳細な説明が特36条4項に反するとした審決の判断に誤りはない。請求棄却。

【コメント】
医薬の用途発明に必要な記載用件としての薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がないとして、明細書の記載不備で拒絶した審決が支持された事例。薬理データは明細書に記載しなければならない。審査過程で薬理データを主張しても、記載要件違反は解消できない(審査基準)。

ところで、医薬として有用な新規化合物発明の出願において、「医薬用途(例えば「~化合物を含有する~剤」)クレーム」は薬理データが全く示されていないことを理由に拒絶される一方、用途クレームと同じ化合物範囲をスコープする「化合物クレーム」は薬理データが無いことを理由に拒絶を受けないという審査事例が見受けられる。その用途において有用だと認められたうえで新規化合物クレームが登録されるのに、その用途クレームが拒絶されるというこのような事例に、違和感を感じるのだが・・・。

参考:
(財)知的財産研究所 知的財産権関連判決の英文データベースに英文判決要旨あり

2007/11/29

2007.10.11 「プロクター&ギャンブル (P&G) v. 特許庁長官」 知財高裁平成18年(行ケ)10509

効果の言及が定性的な記載のみの場合でもサポート要件は満たされるのか?: 知財高裁平成18年(行ケ)10378

【背景】
原告が「中間鎖分岐界面活性剤」に関する特許出願(特表2000-503700号)の拒絶審決取消訴訟。サポート要件(特36条6項1号)が主たる争点となった。

【要旨】
裁判所は、
「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」
との一般原則を示し、本件について下記のとおり判断した。

「本願発明の解決すべき課題に低水温洗浄性及び生分解性が含まれることは明らかであるから,発明の詳細な説明には,本願発明がこれらの性能において有効であることが客観的に開示される必要があるというべきである。~洗剤界面活性剤組成物の性能については,「得られた組成物は,標準布帛洗濯操作で用いられたときに,優れたしみおよび汚れ除去性能を発揮する,安定な無水重質液体洗濯洗剤である。」(上記(2)コ(オ))との記載があるものの,この記載からは低水温洗浄性及び生分解性に関する具体的な評価を導くことはできない。以上述べたところに照らせば,本願発明の詳細な説明には,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が本願発明1の組成物が発明の課題である低水温洗浄性及び生分解性を解決できるものであると認識できるに足る記載(旧36条4項参照)を欠いているといわざるを得ない。」

また、裁判所は、原告主張について下記の補足的説明をした。
「本願発明の背景にかんがみれば,本願発明に係る洗剤界面活性剤の組成等を定性的に記載するのみでは,当業者が低水温洗浄性能等の本願発明の課題の解決について具体的に認識することは困難といわざるを得ないのであって,これを当然の前提として記載を省略することは許されないというべきである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。」

請求棄却。

【コメント】
効果の言及が定性的な記載のみだったためにサポート要件違反と判断された。
本事件は医薬関連発明ではないが、医薬(用途)発明ならば、サポート要件のみならず実施可能要件を満たすために客観的なデータが要求されるのは、下記のとおり、裁判例や審査基準でも明らかにされている。

サポート要件:

  • 審査基準第I部第1章2.2.1.1 例9参照
    例9:
    請求項においては成分Aを有効成分として含有する制吐剤がクレームされているが、発明の詳細な説明には、薬理試験方法及び薬理データについては記載がなく、しかも、成分Aが制吐剤として有効であることが、出願時の技術常識からも推認可能といえない場合。

実施可能要件:


2007/11/18

2003.12.26 「グラクソ v. 特許庁長官(タキキニン拮抗体事件)」 東京高裁平成15年(行ケ)104

医薬用途発明において薬理データは必要か?(タキキニン拮抗体事件): 東京高裁平成15年(行ケ)104

【背景】
「NK1受容体拮抗体を有効成分とする嘔吐治療剤」との機能クレームまたは特定の一般式により定義された化合物を有効成分とする嘔吐治療剤クレームという「医薬用途発明」について、ごくわずかな化合物についてのみしか薬理データ(NK1受容体拮抗作用)が開示されていなかった。

請求項1:
タキキニン拮抗体を有効成分としてなり,該タキキニン拮抗体がNK1受容体拮抗体である,嘔吐治療剤。

【要旨】
薬理データのない化合物については嘔吐治療剤として有効であることを裏付ける記載が無いので、当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているとはいえない(実施可能要件違反)。さらに、薬理データで裏付けられた範囲を超えた発明がクレームされているものというほかない(サポート要件違反)と判断された(特許取消)。

【コメント】
医薬用途発明において、薬理データのない部分は、記載要件違反を理由に特許取れない恐れがある。この点は、現在の
「医薬発明」の審査基準にも明記されている。
但し、一般式で概念化されたすべての化合物について隈なく薬理データを示す必要はないと考えられるが、どの程度の密度でデータを穴埋めすれば当業者にとって実施可能でありサポートされていると判断されるのかについては一般化するのが困難であり、個別に検討しなければならないだろう。

2007/11/13

2003.01.29 「除草剤性イミダゾール事件」 東京高裁平成13年(行ケ)219

化学物質発明について明細書には何が開示されるべきか?(除草剤性イミダゾール事件) : 東京高裁平成13年(行ケ)219

【背景】
化合物の一部について、具体的な構造式が記載されていたものの、それらの物性データ及び除草活性テストの結果について記載していなかったため、発明未完成が問われた事案。

【要旨】
「いわゆる化学物質発明は、・・・その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。」との化学物質発明の成立要件を判示した。本件化合物については、除草効果が全く確認されていないものを相当含まれること及び置換基が異なればその効果の有無に差異が生ずることが予測されることから、本件化合物の除草活性について裏づけを全く欠く明細書の記載からは、有用性が当業者に予測可能であるということはできず、未完成発明というべきである・・・として、特許性を否定された(特29条柱)。

【コメント】
化学物質発明は、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。審査基準によれば、明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者の観点から、実施可能要件及びサポート要件が判断される。しかし、クレーム範囲まで一般化・拡張できると信じて記載した出願が特許になったとしても、第三者から記載要件違反を理由に攻撃される恐れがある。従って、確実な特許性を確保するためには、化合物全てに確認(物性)データ、薬理データ(有用性、実施可能性の担保)を掲載するのがより望ましいのではなかろうか。

2007/11/12

2002.10.01 「ファイザー v. 特許庁長官」 東京高裁平成13年(行ケ)345

医薬用途発明の明細書には効果を示す数値データが必要か?: 東京高裁平成13年(行ケ)345

【背景】
本願発明は、医薬用途発明であり、薬理効果を示す薬理試験方法の記載があり、「実施例の化合物は全て、選択的ムスカリン様受容体拮抗物質としての有意な活性を有することがわかった。」との薬理効果を示す記載もあったが、阻害濃度を示すデータの記載はなかった。

【要旨】
阻害濃度が具体的に示されていない以上、これら化合物が実際に有意な活性を有しているかとの疑念を生じさせるものと認めざるを得ないので、当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているとはいえない(実施可能要件違反)と判断した(出願拒絶)。

【コメント】
医薬用途発明において、薬理データは具体的に示さなければならない。「効果がある」と記述しているのだから良いではないか・・・と、個人的には少し厳しい判決のように感じる。では、実際、最近の出願では、薬理データはどのように記載されているのかというと・・・例えば、50%阻害濃度(IC50)というin vitro薬理効果を示す場合、以下のような記載が主に見受けられる。1) 本発明化合物全てのIC50を具体的な数値で示すケース。2) 本発明化合物全てのIC50を一定のレンジで区分けして示すケース。3) 「本発明化合物のIC50は全て~μM以下であった。」と記述するケース。4) 本発明化合物の一部についてのみ上記いずれかの方法で記述するケース。どのような記載方法を採用するかは、出願人が判断すべきことであろうが、クレームに包含されるある一部の化合物については薬理活性がないとのデータを得ているにもかかわらず意図的に明細書にその薬理データだけ掲載しない(隠匿する)ことは、米国においてはinequitable conductとされ、権利行使不能とされかねないのでその点だけは注意する必要があろう。

2007/11/11

2000.09.05 「杏林製薬 v. 特許庁長官」 東京高裁平成11年(行ケ)207

化学物質発明の物性データが基礎出願時に無い場合、優先権の利益は認められるか?: 東京高裁平成11年(行ケ)207

【背景】
原告は、「8-メトキシキノロンカルボン酸の製造中間体」との発明の特許権者。異議申立てがあり、本件発明は基礎出願の明細書(基礎明細書)に記載されていると認められないから優先権の利益を得られず、出願日前の公開引例によって特29条の2違反とされ特許取消の決定が下されたため、原告は取消決定取消を求め訴訟を提起した。出発物質(化合物Ⅱ)は優先日において新規化合物だったが、基礎明細書にはその製造方法及び物性値等の記載がなかった。また、発明化合物(化合物Ⅰ)へと導く製造方法に関する記載についても、基礎明細書には合成経路図が記載されていたのみで、各工程の反応溶媒、温度、化合物使用量等の反応条件等は記載されていなかった。

【要旨】
裁判所は、「化学物質につき特許が認められるためには、それが現実に提供されることが必要であり、単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず、化学物質が実際に確認できるものであることが必要であると解すべきである。なぜなら、化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが、そのことと、その化学物質を現実に製造できることとは、全く別の問題であって、机上で作出できても現実に製造できていないものは、未だ実施できない架空の物質にすぎないからである。そして、ある化学物質に係る特許出願の優先権主張の基礎となる出願に係る明細書に、その化学物質が記載されているか否かについても、同様の基準で判断されるべきことは明らかである。」と一般原則を示し、本件においては、「基礎明細書には、化合物Ⅱの製造方法はもとより、その物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないから、実際に確認できるものではない。従って、化合物Ⅱが基礎明細書に記載されているということはできない。~そうである以上、基礎明細書には、化合物Ⅱを出発物質とする化合物Ⅰは、その製造方法が記載されていないというべきである。しかも、基礎明細書には、化合物Ⅰの物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないのであるから、化合物Ⅰは実際に確認できるものではない。したがって、化合物Ⅰが基礎明細書に記載されていると認めることはできない。」と判断した。原告は、当業者であれば公知刊行物に記載の方法に準じてそれら化合物を合成することは容易であり優先権の利益は得られる旨を主張したが、裁判所は、化学反応においては他の置換基の性質、反応性等により、反応が異なり得るとして、原告の主張を認めなかった。
また、原告は、「①化合物Ⅰの構造式から予測できる物性値と得られた化合物を測定した物性値とを対比することによって、目的物の確認をすることが可能である、②その公開公報には具体的な合成方法や物性が記載されていたのであるから、発明の追試者が実質的に不利益を被るということはない」と主張した。しかし、裁判所は、「①については、原告は、原告が構造式から予測していた物性値がどのようなものであったか自体を明らかにしないうえ、何故にその「予測される物性値」が現実の物性値と必ず一致するというのかが全く不明であり(一致しない場合があり得るというのなら、得られた化合物の物性値との対比による確認ができないことになり、結局、確認はできないことになる。)、②は、本件優先日から出願の公開までに原告が知った合成方法や物性によって、原告が机上の化学構造を作出した時点である本件優先日を出願日とする特許が得られると主張するに等しいものであって、いずれも失当であることは明らかである。」と判断した。
また、原告は、「化合物Ⅰの製造中間体としての有用性が、基礎明細書に、化学式及び反応経路図で記載されている」と主張した。しかし、裁判所は「単に化学構造式や製造方法を示しただけでは、明細書に化合物が記載されているとすることができないことは、前示のとおりである。原告の主張は、採用することができない。」とした。請求棄却。

【コメント】
化学物質発明の確認データ(本件は物性データ)の重要性を示した判決。合成経路に新規化合物を使用した場合には、基礎出願時に、しっかりと当業者が追試できるように、その製造方法及びその確認データを明細書に記載するよう気をつけなければならない。

2007/11/08

1998.10.30 「ショウガ根・イチョウの乾燥剤事件」 東京高裁平成8年(行ケ)201

医薬用途発明に薬理データは必要か?(制吐剤事件): 東京高裁平成8年(行ケ)201

【背景】
本願発明は、医薬用途発明であり、明細書中には、妊娠のむかつきおよびつわり等対して有効であると記述していたが、これら薬理効果を裏付ける実施例は記載されていなかった。

【要旨】
医薬についての用途発明においては、一般に、物質名、化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり、明細書に有効量、投与方法、製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても、それだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから、明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり、それがされていない発明の詳細な説明の記載は、特許法36条3項(注:昭和62年法律第27号による改正前の特許法。)に違反するものといわなければならない。したがって、「医薬についての用途発明は、特定の物質または組成物の確認された薬理効果を専ら利用するものであるから、薬理効果が薬理データ、またはそれに代わり得る具体的記載によって明細書に確認できるように記載されていることが必要である」との審決の判断に誤りはない、と判断し、原告の主張を退けた。

【コメント】
「医薬発明」の審査基準に引用されている判例(制吐剤判決)。医薬に関する用途発明においては、その薬理効果を、明細書中に、薬理データまたはそれに代わり得る具体的記載によって確認できるように記載しなければならない。判決文は特許庁の審決データベースから閲覧可能。

2007/11/06

1994.03.22 「除草剤性イミダゾール事件」 東京高裁平成2年(行ケ)243

化学物質発明について明細書には何が開示されるべきか?(除草剤性イミダゾール事件) : 東京高裁平成2年(行ケ)243

【背景】
数多くの化合物の構造を開示していたが、具体的な製造方法、物性(融点)、除草活性テストの結果について明細書に開示しているものは一部だった。問題となった2つの化合物について、当初明細書に構造は開示されていたが、その具体的な製造方法、物性、除草活性テストの結果は開示されておらず、それらを追加する補正が、当初明細書からの要旨変更か否かが問題となった。

【要旨】
「いわゆる化学物質発明は、・・・その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。」との化学物質発明の成立要件を判示した。さらに、その化学物質の製造可能性については「類似のもので、提供し得たも同然のものと評価されるものであれば、それも確認されたものとして取り扱うべきである」と説示し、また、有用性の判断については「一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しない」のであるから、「実際に試験することによりその有用性を証明するか、その試験結果から当業者にその有用性が認識できることを必要とする」と説示した。本件については製造可能性は肯定されたが有用性を否定された。

【コメント】
化学物質発明は、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。補正の要旨変更(旧法)の事案であるが、化学物質発明の特許性について何が開示されるべきかを裁判所が示した事案である。審査基準によれば、明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者の観点から、実施可能要件及びサポート要件が判断される。しかし、クレーム範囲まで一般化・拡張できると信じて記載した出願が特許になったとしても、第三者から記載要件違反を理由に攻撃される恐れがある。従って、確実な特許性を確保するためには、化合物全てに確認(物性)データ、薬理データ(有用性、実施可能性の担保)を掲載するのがより望ましいのではなかろうか。