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2012.02.17 「X v. 三菱化学」 東京地裁平成21年(ワ)17204

アンプラーグ関連職務発明の相当対価の額: 東京地裁平成21年(ワ)17204

【背景】

被告(三菱化学)の元従業員である原告が、アンプラーグ(一般名: 塩酸サルポグレラート)に関する特許発明1(物質発明、特許第1466481号)及び特許発明2(用途発明、特許第1835237号)の職務発明に係る特許を受ける権利について、特35条(平成16年法改正前のもの)に基づき、被告に対して相当対価の支払を求めた事案。

争点は、相当対価の額(争点1)及び消滅時効の成否(争点2)。

2008年10月29日、知財高裁は、原告の本件各発明に係る相当対価支払請求債権は時効消滅しておらず、本訴請求の当否を判断するには相当対価額について実体審理をする必要があるとして原判決を取り消し、東京地裁に差し戻す旨の判決をした(2008.10.29 「X v. 三菱化学」 知財高裁平成20年(ネ)10039)。

本件訴訟はこの差戻審である。

【要旨】

主文

1 被告は,原告に対し,5900万円及びこれに対する平成10年10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

裁判所は、各争点について、下記のとおり判断した。

1. 相当対価の額(争点1)

(1) 被告(三菱化学)による自己実施期間(平成5年10月7日(販売日)~平成11年9月30日)について

1) 基礎となる売上高:
被告によるアンプラーグの売上高は565億3720万円(争いのない事実)。

2) 超過売上高(競業他社に本件各発明の実施を禁止することによる通常実施権の行使による売上高を上回る売上高):
本件特許権2の存続期間満了直後に、サルポグレラート塩酸塩(アンプラーグ)について、23の製薬会社から計46品目の薬価追加収載の申請、承認されており、被告は、本件各特許権の存在により競合他社によるサルポグレラート塩酸塩(アンプラーグ)の製造販売を抑止し、市場を独占することができたと認められることからすると、超過売上高は上記売上高の40%と認めるのが相当である、と裁判所は判断した。
また、超過売上高の算定において薬事法上の再審査制度による事実上の独占力を考慮すべきであると被告は主張したが、再審査期間中であっても他者が承認申請に必要な試験を自力で行って資料をそろえて申請することは禁じられていないから、薬事法上の再審査制度に排他的効力は認められず、他者の参入を妨げているのは特許権であるとし、被告の主張を斥けた。

3) 仮想実施料率
裁判所は、総合的に考慮した結果、被告の自己実施期間における仮想実施料率は5%と認めるのが相当であると判断した。

(2) 三菱ウェルファーマ等による実施期間(平成11年10月1日(独占的実施許諾契約に基づく販売開始)~平成21年5月18日(本件特許2満了日))について

1) 基礎となる売上高:
原告は、被告と三菱ウェルファーマ等は少なくともアンプラーグに関する事業については実質的に一体であり、アンプラーグの売上げ及び利益については一体とみるべきであり、平成11年10月1日以降は三菱ウェルファーマ等のアンプラーグの売上高を相当対価を算出するための基礎とすべきであると主張した。しかしながら、裁判所は、それぞれは別個の独立した法人であるから直ちにこれらの会社の売上げ及び利益を一体のものであるということはできない等の理由から原告の上記主張を斥けた。

(3) アンプラーグ関連特許における各特許発明等の寄与割合

被告は、アンプラーグに関連する特許権である806号特許(製法特許)及び991号特許(結晶形特許)も特許権である以上、排他的効力を有すると主張した。しかし、裁判所は、本件特許権2の存続期間が満了した直後に後発品申請がされたこと等からすると806号特許及び991号特許は第三者の実施行為を禁止する独占的排他的効力を有するものということはできず、これらの特許について寄与割合を考慮することは相当ではない、と判断した。

裁判所は、本件発明1は物質発明であるから、用途の限定(セロトニン拮抗作用に基づく血管収縮抑制剤)を伴う本件発明2より技術的範囲が広いことも併せ考慮すると、本件特許1が60%、本件特許2が40%であると認めるのが相当である、と判断した。

つまり、相当対価の算定に係るアンプラーグの販売期間における各特許権の寄与割合は、平成5年10月7日(販売日)から平成18年4月10日(存続期間満了日)までは本件特許権1:本件特許権2=60:40であり、本件特許権1の存続期間満了後である平成18年4月11日から平成21年5月18日(特許権2の満了日)までは本件特許権2が100%である。

(4) 共同発明者間における原告の寄与割合

裁判所は、原告の本件特許1に係る共同発明者としての貢献割合は50%、本件発明2に係る共同発明者としての貢献割合は10%と認めるのが相当である、と判断した。

(5) 被告の貢献度

裁判所は、本件各発明における被告の貢献度は95%、発明者の貢献度は5%と認めるのが相当である、と判断した。

2. 消滅時効の成否(争点2)

原告は、平成19年5月18日、本件各発明に係る相当対価の一部として150万円の支払を請求する本件訴えを提起したが、平成21年8月17日付け訴え変更申立書により請求を追加的に変更し、請求金額を2億0535万9500円に増額した(その後2億4281万1239円に減縮)。

この請求の追加的変更に対して、被告は、

「原告の請求のうち,当初の請求額である150万円を超える部分(増額部分)の消滅時効は平成10年10月7日から進行し,上記150万円の訴訟提起によってもその時効は中断ぜずに進行を続け,平成20年10月6日の経過をもって時効期間が満了し,被告の消滅時効の援用により増額部分の請求債権は時効消滅した」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「数量的に可分な債権の一部につき一部であることを明示して訴えを提起した場合に,当該訴訟手続においてその残部について権利を行使する意思を継続的に表示していると認められる場合には,いわゆる裁判上の催告として,当該残部の請求債権の消滅時効の進行を中断する効力を有するものと解すべきであり,当該訴訟継続中に訴えの変更により残部について請求を拡張した場合には,消滅時効を確定的に中断すると解するのが相当である。
本件において,原告は,訴状において,相当対価の総額として主張した約20億6300万円から既払額を控除した残額の一部として150万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求するとしつつ,「本件請求については時効の問題は生じないものと考えられるが,被告からいかなる主張がなされるか不明であるので,念のため,一部請求額を「150万円」として本訴を提起したものであり,原告は追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張する予定である」として,本件訴訟手続において,残部について権利を行使する意思を明示していたと認められる。したがって,裁判上の催告により,当該残部の請求債権の消滅時効の進行は,遅くとも上記訴状を第1回口頭弁論期日において陳述した平成19年6月26日に中断し,その後,本件訴訟係属中に原告が訴えの変更により残部について請求を拡張したことにより,当該残部の請求債権の消滅時効は確定的に中断したものというべきであるから,被告の主張には理由がない。」

と判断した。

【コメント】

相当対価の額の算定について、裁判所が判断した下記の点が興味深い。

1. 薬事法上の再審査制度に排他的効力は認められず、他者の参入を妨げているのは特許権であるとした点。

2. 各特許発明等の寄与割合を検討するに当たり、本件特許権2(用途特許)の存続期間が満了した直後に後発品申請がされたこと等から、本件製法特許及び結晶形特許は独占的排他的効力を有するものということはできず、これらの特許について寄与割合を考慮することは相当ではないと判断した点。

3. 物質特許と用途特許の寄与割合を検討するに当たり、物質特許が60%、用途特許が40%であると認めるのが相当である、と判断した点。

ところで、原告は、別件訴訟(2008.05.14 「X v. 三菱化学」 知財高裁平成19年(ネ)10008)の原告でもあった。

参考:

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