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2012.12.05 「サンド v. ワーナー-ランバート」 知財高裁平成23年(行ケ)10445

アトルバスタチンの結晶特許: 知財高裁平成23年(行ケ)10445

【背景】

「結晶性のアトルバスタチン」に関する被告(ワーナー-ランバート)の特許(第3296564号)に対する原告(サンド)の無効審判請求について、請求は成り立たないとした審決(無効2010-800235)の取消訴訟。

原告の主張は、実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由1)および本件発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)。

請求項1:

CuKα放射線を使用して2分の粉砕後に測定した,2θ,d-面間隔,および>20%の強度の相対強度によって表示された特定のX-線粉末回折パターンを特徴とする結晶性形態Ⅰのアトルバスタチン水和物(数値は省略)

請求項2:

化学シフトを100万部当たりの部数で表示した次の固体状態の13C核磁気共鳴スペクトルを特徴とする結晶性形態Ⅰのアトルバスタチン水和物(数値は省略)

【要旨】

主 文
特許庁が無効2010-800235号事件について平成23年11月22日にした審決を取り消す。(他略)

取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について

「~方法2は,前記1(3)ア(イ)のとおり,補助溶剤を含む水中にアトルバスタチンを懸濁するというごく一般的な結晶化方法であるものの,補助溶剤としてメタノール等を例示し,その含有率が特に好ましくは約5ないし15v/v%であることを特定するのみであり,結晶化に対して一般的に影響を及ぼすpH,スラリー濃度,温度,その他の添加物などの諸因子について具体的な特定を欠くものであるから,これらの諸因子の設定状況によっては,本件明細書において概括的に記載されている方法2に含まれる方法であっても,結晶性形態Ⅰが得られない場合があるものと解される。

そうだとすると,結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpHやスラリー濃度を含め,温度,その他の添加物などの諸因子が一切特定されていない方法2の記載をもってしては,本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても,当業者が過度な負担なしに具体的な条件を決定し,結晶性形態Ⅰを得ることができるものということはできない。

~以上のとおり,本件明細書における方法2に係る記載は,結晶性形態Ⅰを得るための諸因子の設定について当業者に過度の負担を強いるものというべきであって,実施可能要件を満たすものということはできない。もっとも,本件明細書には,本件審決が判断した方法2のほかにも,方法1及び3として,結晶性形態Iの具体的製造方法が開示されているところ,本件審決は,本件明細書の方法2について検討するのみで,本件明細書のその余の記載により実施可能要件を充足するか否かについて審理を尽くしていないものというほかない。

よって,実施可能要件について更に審理を尽くさせるために,本件審決を取り消すのが相当である。」

取消事由2(本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

(1) 引用発明の認定の誤りについて

「~実施例10の各作業工程及び各工程により得られた産物によれば,実施例10における「再結晶」とは,化学用語に関する辞典(甲48)に記載されている通常の語義である「不純物を含んだ結晶性物質を適当な溶媒に溶かし,他の溶媒の添加や共通イオン効果などを利用して,不純物が析出しないように再び結晶させて,結晶の純度を上げたり,結晶形をそろえる操作」を意味するものと解され,特段それを疑うべき事情は見当たらない。

~以上によれば,引用例における「再結晶」の用語が,「再沈殿」又は「再析出」の誤用であると認めることはできず,引用例に記載された発明において得られたアトルバスタチンが結晶形態であると認定しなかった本件審決の認定は誤りである。

~引用例に記載された発明は結晶形態のアトルバスタチンであるというべきであるから,本件発明と引用例に記載された発明の一致点及び相違点は,以下のとおりとなる。

(ア) 一致点:本件発明及び引用例に記載された発明が結晶形態のアトルバスタチンである点
(イ) 相違点:本件発明は,それぞれ,結晶形態を特定するためのX-線粉末回折パターン(本件発明1)や13C核磁気共鳴スペクトル(本件発明2)で特定される結晶性形態Ⅰのアトルバスタチン水和物であるのに対し,引用例に記載された発明のアトルバスタチンは,結晶形態を有するものの,そのような特定がない点(以下「本件相違点」という。)」

(2) 相違点に係る判断の誤りについて

ア 結晶を得ることの動機付けについて

「~本件優先日当時,一般に,医薬化合物については,安定性,純度,扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから,非結晶性の物質を結晶化することについては強い動機付けがあり,結晶化条件を検討したり,結晶多形を調べることは,当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。

そして,前記(1)のとおり,引用例には,アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が結晶化条件を検討したり,得られた結晶について分析することには,十分な動機付けを認めることができる。

この点について,被告は,結晶を取得しようとする一般的な意味での動機付けは,具体的な結晶多形に係る発明に想到するための動機付けとは異なるのであって,およそ医薬において結晶の使用が好ましいことに基づいて動機付けを判断すると,結晶多形に係る特許は成立する余地はないと主張する。

しかしながら,結晶を取得しようとする動機付けに基づいて結晶化条件を検討し,結晶多形を調査することにより,具体的な結晶多形に想到し得るものであるから,具体的な結晶多形を想定した動機付けまでもが常に必要となるものではない。
したがって,被告の主張は採用できない。」

イ 水を含む系による再結晶化の示唆について

「~本件優先日前から,医薬化合物の結晶として水和物結晶が望まれており,非結晶の物質について,水を含む系から水和物として結晶させることを試みることは,当業者にとって通常なし得ることであったというべきである。

したがって,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,水を含む溶媒を用いた水和物として結晶を得ることを試みることは,当業者がごく普通に行うことであるというべきである。

また,結晶性形態Iを得るために本件明細書が開示した方法(前記1(3)ア)は,水性溶媒中での懸濁物ないし湿潤ケーキを養生するというものであって,当業者が通常採用しないような手法を用いているものではなく,特殊な条件設定が必要であるというものでもないから,本件発明に係る結晶性形態Iは,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤で得られた結果物である水和物結晶にすぎないものというべきである。

この点について,被告は,水を含む系による再結晶化の事例が存在するとしても,本件発明の特定の結晶形態を取得することが直ちに容易になるわけではないなどと主張する。

しかしながら,本件明細書が開示した方法は,実施可能要件を充足するか否かはともかくとして,特殊な手法であるとはいえない以上,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤内において当該方法と同様の方法を試み,結晶性形態Ⅰを得ることができるものというべきである。

したがって,被告の主張は採用できない。」

ウ 本件発明の効果について

(ア) 濾過性及び乾燥性について

「~一般に,結晶は,無定形と比較して,優れた濾過性及び乾燥性を有することは,本件優先日前から当業者に周知であったということができる。前記1(3)イのとおり,本件明細書には,結晶性形態Ⅰのスラリー50mℓ の濾過は10秒以内に完了したが,無定形のアトルバスタチンの場合,1時間以上が必要であった旨が記載されているところ,結晶スラリーの濾過性は,含まれる結晶の形態のみならず,大きさ(粒度)やその分布にも依存することは明らかであって,本件明細書の上記記載から,結晶性形態Iの濾過性及び乾燥性が,結晶として通常予測し得る範囲を超えるほど顕著なものであるとまで認めることはできない。

この点について,被告は,結晶性形態Ⅰは,粒径のそろった小さな結晶粒として得られるという特徴から,当業者はバイオアベイラビリティに優れるであろうことを理解することが可能であるなどと主張する。

しかしながら,必要に応じて結晶の粒度をそろえることは当業者がごく普通に行うことであるし,本件明細書において,アトルバスタチンを結晶性形態Iとして結晶化させれば,通常予測し得る範囲を超えるほど粒度のそろった結晶が得られることが具体的に開示されているわけでもない。

したがって,被告の主張は採用できない。」

(イ) 安定性について

「~前記のとおり,結晶が無定形よりも安定性を有することは,当業者の技術常識であるということができる。本件明細書には,結晶性形態Iは,無定形の生成物よりも純粋で安定性を有する旨が記載されているが,当該記載の裏付けとして提出された各種データ(甲19,20)を考慮したとしても,なお結晶性形態Iの安定性が,通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまで認めることはできない。

この点について,被告は,高い安定性を有する結晶形が他の医薬化合物として存在していたとしても,そのことをもって,別の医薬化合物において新たな結晶形により高い安定性を得たことの価値を否定することはできないと主張する。

しかしながら,結晶性形態Iの安定性が,通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまでいえない以上,被告の主張はその前提自体が誤りであって,採用することはできない。」

エ 小括

「以上によると,本件発明は,アトルバスタチンの特定の結晶性形態(結晶性形態Ⅰ)に係る発明であるところ,本件相違点に係る構成は,引用例により開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができるものというべきであるし,当該結晶性形態の作用効果についても,格別顕著なものとまでいうことはできない。

したがって,本件発明は,引用例に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。」

【コメント】

結晶性形態Iを得たという実施例は全て種晶を用いた例であり、他の一般的な記載からでは種晶を用いないでも得ることができると読み取るには不十分とされた。

結晶に関する発明の実施可能要件を満たすためには、結晶化に対して一般的に影響を及ぼす因子(本事案で挙げられているのはpH、スラリー濃度、温度)に注意しながら明細書を作成する必要がある。

本事案では、引用発明との一致点・相違点の認定は誤りと判断され、その結果、動機付けおよび顕著な効果についての審決の判断も取り消された。

今回、裁判所が認定した技術常識を前提とすれば、医薬有効成分としての公知化合物について、新たな結晶を見出したとしても、その結晶形に関する発明の進歩性が認められるためには、裁判所が判決文中で言及したように、結晶を得るための方法が当業者が通常採用しないような手法を用いているもの(特殊な条件設定が必要であるというもの)であるか、その効果が通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであることを要するということになる。

本特許はアトルバスタチンの(atorvastatin)結晶特許。

アトルバスタチンは米国ワーナー・ランバート社(現:米国ファイザー社)により新規に合成されたHMG-CoA還元酵素阻害作用を有する化合物。アトルバスタチンカルシウム水和物(Atorvastatin Calcium Hydrate)の製剤であるリピトール®錠として、日本では山之内製薬(現:アステラス製薬)とワーナー・ランバート(現:ファイザー)が共同開発し、2000年に承認された。高コレステロール血症、家族性高コレステロール血症に対し優れた有用性が認められている。既に後発品は参入している。

欧米の状況:

  • US5,969,156Aは2004年9月17日にreexaminationがrequestされ、クレームは補正された(US5,969,156C1)。LipitorのOrange Book収載。
  • EP0848705B1は異議申立、審判、拡大審判部での審理を経て無効とされたようである(T0764/06; R0016/09)。

参考:

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