Dec 27, 2017

2017年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。

(1) 先発医薬品メーカー同士の主導権争い

2017年、日本においては、均等の成否の判断における第5要件(特段の事情)の判断基準について示された最高裁判決(2017.03.24 「マキサカルシトール事件(均等の第5要件)」 最高裁平成28年(受)1242)や延長された特許権の効力範囲とその類型が示された知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046)など、先発医薬品メーカーと後発品メーカーとの特許係争における大きな判決がありました。

一方で、先発医薬品メーカー同士の日本を含めた世界的な特許係争の進展も2017年では顕著だったように思います。

特許権侵害という違法行為に対して差止請求権を行使することは特許権者の正当な権利です。しかし、差止請求権行使によって抗癌剤や抗エイズ薬のような患者の生命に極めて関わるような代替性の無い新薬を市場から排除することが患者の利益を害しはしないかという観点から裁判所の判断や特許権者である各製薬メーカーの態度が気になっていました。

2017年初めには、抗PD-1抗体であるオプジーボ(Opdivo)®(有効成分はニボルマブ、nivolumab)を販売する小野薬品・BMS社と、同じ抗PD-1抗体であるキイトルーダ(Keytruda)®(有効成分はペムブロリズマブ、pembrolizumab)を販売するMSD社との間で起きていた世界的な特許係争は和解という形で決着しました。小野薬品とBMS社は、MSD社によるキイトルーダの販売を阻止するつもりはないとして実施料の請求を主張していました。

HIVインテグラーゼ阻害薬であるテビケイ(Tivicay)®(有効成分はドルテグラビル、dolutegravir)を販売するViiV社に資本参加している塩野義製薬と、同じHIVインテグラーゼ阻害薬であるアイセントレス(Isentress)®(有効成分はラルテグラビル、raltegravir)を販売するMSD社との間で起きていた世界的な特許係争が大きく進展しました。塩野義はMSD社に対して金銭的な請求の他、アイセントレスの販売差止も請求しました。しかし、ドイツでは裁判所がMSDに塩野義特許の強制実施権を認め、その後も欧州特許庁において塩野義欧州特許は無効と判断されたため、差止・損害賠償を求めて塩野義が提訴していたドイツ、英国、オランダ、フランスでの訴訟も塩野義の敗訴判決が出される見込みとのプレスリリースが出されました。日本においても塩野義特許は無効理由の存在により権利行使できないとして塩野義によるアイセントレスの差止・廃棄請求を棄却する東京地差判決が12月に出されたところです。

(2) 2017年、医薬系"特許的"な判決を賑わせた製品は・・・
抗悪性腫瘍剤エルプラット(Elplat)®(一般名:オキサリプラチン(Oxaliplatin))でした。


オキサリプラチンに関する別々の特許係争(主に特許発明の技術的範囲について争われたいわゆる「解離シュウ酸事件」と延長された特許権の効力について争われたいわゆる「水溶液事件」)において知財高裁判決が出され、昨年に引き続き、この一年話題となりました。

オキサリプラチン(Oxaliplatin)は白金錯体系抗悪性腫瘍剤。本剤はDebiopharm 社(スイス)がライセンスを保有しており、欧米における開発・販売権はSanofi-Aventis社が保有している(商品名: ELOXATIN)。日本における開発・販売権はヤクルトが取得し、商品名エルプラット(ELPLAT)として製造販売しています。2010年6月には水溶性製剤(点滴静注液)を発売し、既存の凍結乾燥製剤(注射用)からの切り替えを行っています。

ブログで取り上げたオキサリプラチン(Oxaliplatin)に関する記事等はこちら


(3) 過去の「医薬系"特許的"な判決を振り返る。」
  • 「2016年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2015年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2014年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2013年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2012年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2011年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2010年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2009年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2008年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら


Dec 24, 2017

2017.11.30 「明治 v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10279

優先権主張を伴う特許出願において手続を履行しなかったために新規性喪失の例外適用を受けることができないとされた事件知財高裁平成28年(行ケ)10279

【背景】

「NK細胞活性化剤」に関する特許出願(特願2013-55183; 特開2013-173746)の拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決(不服2015-10465号)の取消訴訟。争点は、いわゆる基礎出願においては特許法30条4項の手続を履践したものの、優先権主張を伴う特許出願においては同手続を履践していないときには、同条1項の規定(新規性喪失の例外)の適用を受けることができないとした判断の誤りの有無である。

請求項1:
酸性多糖類を有効成分として含有することを特徴とするNK細胞活性化剤。
【要旨】

裁判所は、
「国内優先権主張出願に係る発明(基礎出願の当初明細書等に記載された発明を含む。)について,平成23年改正前特許法30条1項の適用を受けるためには,同条4項所定の手続的要件として,所定期間内に4項書面及び4項証明書を提出することが必要であり,基礎出願において提出した4項書面及び4項証明書を提出したことをもって,これに代えることはできないというべきである。」

「基礎出願Xにおいて,平成23年改正前特許法30条4項所定の手続が履践されているものの,これを基礎出願とする国内優先権主張出願である出願Aにおいて,同項所定の手続が履践されていないから,出願Aの分割出願である本願の原出願をさらに分割出願した本願は,刊行物Aについて同条1項の適用を受けることはできず,本願発明は,刊行物Aに記載された発明であるか,同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」
と判断した。請求棄却。

【コメント】

本件特許出願(本願)は分割出願であり、本事件で問題となった優先権出張を伴う出願A(特願2004-203601)自体はクレームを補正して登録に至っている(特許5177728)。

特許5177728の請求項1:
「L. bulgaricus OLL1073R-1およびS. thermophilus OLS3059をスターター菌として製造する、NK細胞活性化作用を有する発酵乳。」
この特許5177728は、明治プロビオヨーグルトR-1を保護する特許のようである。
  • 特願2004-203601(出願A)⇒登録 特許5177728
  • 分割(第1世代)特願2010-230889⇒登録 特許5744462
  • 分割(第2世代)特願2013-055183(本願)⇒拒絶査定⇒拒絶審決⇒審決取消訴訟請求棄却(本事件)
  • 分割(第3世代)特願2016-146787⇒拒絶査定

Dec 17, 2017

2017.12.06 「塩野義 v. MSD」 東京地裁平成27年(ワ)23087

塩野義特許は無効、MSDのラルテグラビルに対する侵害差止訴訟(東京地裁): 東京地裁平成27年(ワ)23087; (別紙2)本件特許発明と被告製品の対比; (別紙3)訂正後の特許請求の範囲; (別紙4)本件訂正発明1~3と被告製品の対比

【背景】

「抗ウイルス剤」に関する特許権(第5207392号)を有する塩野義(原告)が、アイセントレス®錠(被告製品)(有効成分はラルテグラビルカリウム(raltegravir potassium)、HIVインテグラーゼ阻害剤)を販売するMSD社(被告)に対して、被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると主張して、被告製品の譲渡等の差止・廃棄の請求とともに損害賠償又は不当利得返還を請求した事案。

本件発明1:
「式(I):
(式中、・・・(略)・・・)
で示される化合物,その製薬上許容される塩又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する,インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物。」
【要旨】

裁判所は、本件特許発明は実施可能要件違反およびサポート要件違反により無効にされるべきものであると判断した。また、本件訂正発明でもなお実施可能要件違反及びサポート要件違反により無効にされるべきものであるから原告の主張する訂正の再抗弁は理由がないと判断した。請求棄却。実施可能要件についての裁判所の判断は下記の通り。
「医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。」
「式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する・・・化合物で本件明細書に記載されているものは,「化合物C-71」

のみである。そして,本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有するものとされているところ,「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては,当事者間に争いがない。したがって,本件明細書の記載は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり,・・・本件出願・・・当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。」
1.「化合物C-71」以外の化合物の薬理データの存在について

原告は、
「「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在する」
ことを指摘した。

しかし、裁判所は、
「一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって,このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。・・・「化合物C-71」のアミドと「化合物C-26」の芳香族複素環がいずれも配位子として機能することが知られ,また,一般的にアミドと1,3,4-オキサジアゾールは,バイオアイソスターとして相互に置換可能であるとしても,インテグラーゼ阻害剤において,RAのアミドと1,3,4-オキサジアゾールが配位子として機能し,それらが相互に置換可能であることが本件出願当時の技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。かえって,前記のとおり,インテグラーゼ阻害活性を有する化合物の化学構造の類似性が非常に高い場合であっても,特定の性質や物性が全く類似していないことがあることや,本件出願当時は,末端に環構造を有する置換基の役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められないこと,本件特許化合物が有するアミド中の-NH-の部分は,水素結合可能な基であることなどを考慮すると,「化合物C-71」が「化合物C-26」と同様のインテグラーゼ阻害活性を有すると当業者が理解するためには,「化合物C-71」の薬理データが必要であるというべきである。」
と判断した。

原告は、
「本件訂正発明化合物1に必須の化学構造は,本件明細書に薬理データが記載された27個の化合物と極めて類似した構造を有しているから,当業者は本件訂正発明化合物1がインテグラーゼ阻害活性を示すことを容易に理解できる」
などとも主張した。

しかし、裁判所は、
「確かに,何らかの生物活性を有する複数の化合物が存在する場合,そのような活性を備える化合物における,部分的な保存された構造を見出そうとする手法は,医薬品の開発の方向性を定める一つの手法とはいえるものの,化合物に共通する部分構造以外の構造に,生物活性に必要な構造が存在する可能性もあるし,逆に,生物活性を喪失させるような構造も化合物に存在することがあり得るのであって,生物活性を有すると目される複数の化合物に共通して見られる部分構造がある化合物において単に存在することをもって,直ちに当該化合物も必然的にその生物活性を有するということはできないというべきである。」
と判断した。

2.いわゆる後出しデータが認められるかについて

原告は、
「本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され(甲12),また,12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されて15 いるとして(甲13),本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられている」
と主張する。

しかし、裁判所は、
「一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり,許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28年3月31日判決参照)。したがって,原告の上記主張は採用することができない。」
と判断した。

【コメント】

本件特許発明はクレームの構成上、医薬用途発明である。従って、実施可能要件を満たすためには、原則、明細書に効果を裏付ける薬理試験結果の記載が求められる。本件出願明細書の最後には、「上記に示した化合物以外の本発明化合物も、上記同様、あるいはそれ以上のインテグラーゼ阻害活性を示した。」と記載されているが、そのような具体性を欠いた記載だけでは、効果の裏付けとなる薬理試験結果の記載としては認められない。過去判決でも、明細書における薬理試験結果が「実施例の化合物は全て・・・拮抗物質としての有意な活性を有することがわかった。」という記載のみだったために実施可能要件違反とされた同様の例がある(2002.10.01 「ファイザー v. 特許庁長官」 東京高裁平成13年(行ケ)345)。

本件特許発明の技術的範囲は、式(I)のRAが-NHCO-(アミド結合)を有する化合物であり、本件明細書に具体的な化合物として記載されているものは「化合物C-71」(ベンゾピラン)のみであったが具体的な薬理試験結果は記載されていなかった。仮に、化合物C-71に薬理試験結果が記載されていたとしても、そのたったひとつの化合物(ベンゾピラン)の薬理試験結果に基づいて本件特許発明の技術的範囲全体(RC及びRDは一緒になって隣接する炭素原子と共に5員又は6員のヘテロ原子を含んでいてもよい環を形成し、該環はベンゼン環との縮合間であってもよい)にまで実施可能性を拡張すること(すなわち被告製品(ピリミジン)に対する範囲まで拡張すること)は、化学構造から直感的に見ても極めてバランスが悪い。仮に、化合物C-71(ベンゾピラン)に薬理試験結果があったとしても、現在の特許請求の範囲までは実施可能要件を満たさず、被告製品(ピリミジン)に対する権利行使はできないとの結論となっていたのではなかろうか。ところで、本件特許発明は構成上医薬用途発明であるが、もともと原出願である特願2003-521202(WO2003/016275; 再表03/016275)の特許請求の範囲に係る発明は、物質発明及び用途発明であるところ、本件用途発明は物質発明に基づく用途発明であり、その本質は物質発明の場合も同様に考えることができるのではなかろうか。本件医薬用途発明と同範囲の物質発明にも具体的な薬理試験結果が明細書に備わっていなかったことになり、仮に本件医薬用途発明と同範囲で物質発明が成立していたとしたら、その物質発明の範囲も、本判決と同様に、実施可能要件(有用性)を備えているといえるのかどうかについて疑問が出てくることになったのではないだろうか。

医薬用途発明において明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合に出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは許されない。本判決でも過去判決を引用(2016.03.31 「タイワンジェ v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10052)しているが、この点は疑問の余地がないところであろう。

なお、本件特許の出願段階での審査において、特許庁からの拒絶理由には、用途発明のサポート要件について争われた過去の判決(平成20年(行ケ)10304)を引用して「一般に化学物質の発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しない」としてサポート要件違反が指摘されていたが、実施可能要件違反は一切指摘されていなかった(最終的には特許査定となった)。

本件特許(第5207392号)については、MSDによる特許無効審判請求を受け無効審決(無効2015-800226)が出されたところ、無効審決の取消を求め2017年9月に塩野義が知財高裁に取消訴訟を提起しているようである(平成29年(行ケ)10172)。

参考:

Dec 11, 2017

2017.11.21 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成29年(行ケ)10003

特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復。裁判所が審判審理に問題があったと付言: 知財高裁平成29年(行ケ)10003

【背景】

「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」に関する特許第3068858号について原告(X)がした無効審判請求(無効2011-800018)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は進歩性。

過去の経緯: 知財高裁が特許無効とする審決(第1次審決)を取り消す旨の決定(平成24年(行ケ)10145)をした後、特許庁は被告らの訂正請求(第2次訂正)を受け審判請求は成り立たない旨の審決(第2次審決)をしたが、知財高裁は審決を取り消す旨の判決(2014.07.30 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成25年(行ケ)10058)をした。しかし、特許庁は被告らの訂正請求(本件訂正)を受け審判請求は成り立たない旨の審決(本件審決)をしたため、原告は再度審決取消訴訟を提起した。

【要旨】

裁判所の判断
「本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。・・・以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。」
なお、裁判所は、本件審判の審理は、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし問題があったといわざるを得ないとして、以下のように付言した。
「特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理,審決をするが,再度の審理,審決には,行政事件訴訟法33条1項の規定により,取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により,容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。

前訴判決は,「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において,引用例1及び引用例2に接した当業者は,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるとして,引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取り消したものである。特に,第2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は,本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり,引用例も同一であるにもかかわらず,本件審決は,本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして,本件各発明の進歩性を認めたものである。

発明の容易想到性については,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり,当事者は,第2次審判及びその審決取消訴訟において,特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も,これを否定する事実の主張立証も,行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続に至って,当事者に,前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から,前訴と同一で訂正されていない本件発明1を,当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので,行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし,問題があったといわざるを得ない。」
【コメント】

本件特許第3068858号は、販売名 パタノール点眼液0.1%(有効成分は塩酸オロパタジン、処分の対象となった物について特定された用途はアレルギー性結膜炎)について存続期間延長登録(2006-700064; 延長の期間は5年)がなされたため、存続期間満了日は2021年5月3日となっている。

オロパタジン塩酸塩 (Olopatadine hydrochloride) は、協和発酵工業(株)(現 協和発酵キリン(株))が創製した抗アレルギー剤。日本においては、2000年12月に経口剤(販売名:アレロック錠2.5・5)が「アレルギー性鼻炎、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う 痒(湿疹・皮膚炎、痒疹、皮膚 痒症、尋常性乾癬、多形滲出性紅斑)」に対する効能・効果で承認された。抗アレルギー点眼剤としては、米国アルコン社が協和発酵工業(株)よりライセンス供与を受け開発、日本では、アレルギー性結膜炎を効能効果とした薬剤として、2006年7月にパタノール®点眼液0.1%が承認された。米国では、PATANOL® (OLOPATADINE HYDROCHLORIDE)EQ 0.1% BASEについてすでに後発品が参入している。

参考:

Dec 8, 2017

2017.10.25 「ディーエイチシー v. 富士フイルム」 知財高裁平成28年(行ケ)10092; 知財高裁平成28年(ネ)10093

アスタキサンチン含有スキンケア用化粧料の進歩性2: 知財高裁平成28年(行ケ)10092知財高裁平成28年(ネ)10093

知財高裁平成28年(行ケ)10092は、富士フイルムが保有する「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」に関する特許(第5046756)の無効審判請求(無効2015-800026)を不成立とした審決の取消訴訟。争点は進歩性の判断の当否。裁判所は、甲1ウェブページについて、本件出願日前に電気回線を通じて公衆に利用可能であったものと認めることはできず、本件発明が引用発明1に基づき容易に発明することができたとの無効理由はその前提に誤りがあり、審決の結論に誤りはないと判断した。ディーエイチシーの請求を棄却した。富士フイルム勝訴。

知財高裁平成28年(ネ)10093は、本件特許についての特許権侵害差止等請求事件。原審(東京地裁判決(2016.08.30 「富士フイルム v. ディーエイチシー」 東京地裁平成27年(ワ)23129))と同様に、ディーエイチシー製品はいずれも本件発明の各技術的範囲に属するものと認めたが、本件発明は、乙34ウェブページに記載された引用発明に基づき、本件特許には進歩性欠如の無効理由があり、無効にされるべきものと認められるから、本件特許権を行使することはできないとして、控訴人(富士フィルム)の控訴を棄却した。ディーエイチシー勝訴。

上記審決取消訴訟と特許権侵害訴訟とで知財高裁での勝敗が異なったのは、それぞれ無効理由として進歩性欠如の主張の基礎として挙げられていた引例が異なっていたためであって、引例として主張されたウェブページが本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであったかという問題において、前者引例ウェブページは利用可能となっていたとの主張が認められず、後者引例ウェブページは利用可能となっていたとの主張が認められたという点で異なってた。結局のところ、特許権侵害差止等請求事件(知財高裁平成28年(ネ)10093)により、富士フイルムは特許権を行使することができないと判断されたことで、一連の係争で富士フイルムは敗訴ということとなった。

参考:

Dec 3, 2017

ファイザー リネゾリド Meiji Seikaファルマ後発品で特許侵害訴訟提起

2017年11月30日付ファイザー(株)のプレスリリースによると、ファイザーは、ザイボックス®注射液およびザイボックス®錠(一般名:リネゾリド)の後発品(リネゾリド点滴静注液600mg「明治」およびリネゾリド錠600mg「明治」)に関して、Meiji Seika ファルマ(株)に対し、特許専用実施権の侵害を理由として上記製品販売の部分差止等および損害賠償を請求する訴訟を11月29日付で東京地裁に提起し、併せて上記製品販売等の部分差止等の仮処分命令の申立てを行ったとのことです。

ファルマシア・アンド・アップジョン・カンパニーは、リネゾリドの有効成分に関する特許をMRSA感染症適応医薬に関して保有しており、ファイザー(株)は、本特許権の専用実施権者として、ザイボックス注射液600mgおよびザイボックス錠600mgを製造販売しているとのことです。

参考:
ザイボックス(一般名:リネゾリド(linezolid)):
米国ファイザー社(旧ファルマシア・アップジョン社)で合成されたオキサゾリジノン系骨格を有する新しいクラスの合成抗菌薬。作用機序は、既存の抗菌薬とは異なり、細菌の蛋白合成の早期段階を阻害するため、既存の各種抗菌薬に耐性を示すグラム陽性球菌(MRSA、VRE等)に対しても抗菌活性を示します。日本においては、2001年4月4日に「本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム」による「各種感染症」を適応症として承認され、2006年4月20日には、適応菌種として「本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」、適応症として「敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎」とする効能追加が承認されました。ザイボックス®注射液およびザイボックス®錠の効能又は効果は下記の通り。
1. <適応菌種>
本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
<適応症>
敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎
2. <適応菌種>
本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
<適応症>
各種感染症
J-PlatPatで確認したところ、2006年のMRSA追加効能承認時の特許権存続期間延長登録出願として、物質特許と思われる特許3176630についての延長登録出願(2006-700049、2006-700050)がなされていました。処分の対象となった物として「リネゾリド」、処分の対象となった物について特定された用途として「<適応菌種>本剤に感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)及び<適応症>敗血症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、肺炎」に基づき、4年9月17日の存続期間延長が認められ、特許3176630の満了日は2019年6月2日となっています(無効審判請求はされていません)。すなわち、MRSAを適応菌種とした適応症が承認されており、MRSA適応については上記特許権の効力は有効に働いていることになります。従って、現在承認されている後発品には、下記の通り、MRSAを適応菌種とした適応症は効能又は効果として認められていません。
  • リネゾリド点滴静注液600mg「明治」: 2015年2月承認、6月薬価収載、製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド錠600mg「明治」: 2015年8月承認、12月薬価収載、製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド注射液600mg「サワイ」: 2017年2月承認、6月薬価収載、9月製造販売
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
  • リネゾリド錠600mg「サワイ」: 2017年8月承認、薬価未収載
    <適応菌種>
    本剤に感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウム
    <適応症>
    各種感染症
ところで、薬剤耐性菌の出現と蔓延の抑制には抗菌薬の適正使用が不可欠です。上記の通り、リネゾリド後発品の適応取得菌種はいずれもVREのみであって、ザイボックス®のようにMRSAを適応としていないため、後発品の使用開始は頻用の一因になる恐れがあるとして、日本感染症学会・日本化学療法学会・日本臨床微生物学会は医療現場へ後発品の適正使用を呼びかけていました。この適正使用に取り組む組織として2015年に発足した日本感染症医薬品協会リネゾリド研究会にはファイザーの他、Meiji Seikaファルマ及び沢井製薬もメンバーとなっています。

ファイザーの主張内容の詳細は定かではありませんが、先発品と後発品の効能違いに起因する医薬品の不適正使用問題のおそれに対して切り込んでいくのだとしたら、特許権の効力をどのような行為に対して主張していこうとしているのか、大変興味深いところです。

参考: