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2018.10.11 「エルメッドエーザイ v. 大日本住友製薬」 知財高裁平成29年(行ケ)10160

アムロジピンの光安定化製剤特許知財高裁平成29年(行ケ)10160

【背景】

大日本住友(被告)が保有する「光安定性の向上した組成物」に関する特許第5689192号の無効審判請求(無効2016-800114)に対する不成立審決取消訴訟。アムロジピンに酸化鉄を配合することで光安定化のために被覆層を必要とすることなくアムロジピン含有経口固形組成物が得られたというもの。

請求項1:

(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,(c)炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに(d)デンプンを含有し,デンプンの含有量が30重量%以下であり,かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,マンニトールを含まない組成物である)。

【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由はいずれも理由はない、すなわち、

  • 進歩性について: 阻害要因の存在や多種多様な組合せがあり得るなかで選択する動機付けがないなど、当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。
  • 分割要件適合性について: 当初明細書にはマンニトールは任意成分として記載されており、「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまではいい難く、原出願当初明細書記載事項の範囲内であるといえる。
  • サポート要件適合性について: 当業者は、本件明細書の実施例の全てにおいて、酸化鉄を配合した組成物であれば、マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認められる。
  • 先願要件適合性について: 本件原出願発明と同一であるとはいえず、個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって、周知慣用技術の転換にすぎないともいえない。

と判断し、請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.取消事由1(甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について

「甲1発明のベシル酸アムロジピンを含有するフィルムコート錠を,敢えてフィルムコートを有しない経口固形組成物に変更することには,光による変色・分解物の発生のおそれ,苦み,薬剤の溶出挙動の変化等の観点から阻害要因があるというべきである。」

2.取消事由2(甲15記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について

「甲15において,ベシル酸アムロジピンは・・・列挙されている適応症も薬効も異なる100を超える多種多様な活性成分の一つとして紹介されているものにすぎず・・・酸化鉄は,発明の効果に関係がない任意成分の例として挙げられた・・・着色剤として例示された5種類の物質のうちの一つにすぎない。そうすると,甲15に接した当業者において,甲15発明の組成物につき,多種多様な組合せがあり得る任意の添加剤としての酸化鉄は変更しない一方で,活性成分として,甲15の・・・多数の化合物の中から,特にベシル酸アムロジピンを選択するとの動機付けがあるとは認め難い。以上によれば,甲15発明の塩酸マニジピンをベシル酸アムロジピンに変更することが,当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。」

3.取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、

「本件当初明細書の実施例及び比較例の全てにマンニトールが等しく添加されている上に,被告が,本件原出願の審査過程において,進歩性欠如の拒絶理由に対して行った効果の顕著性に関する主張に鑑みれば,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことが明らかである」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「分割出願に係る発明が原出願の当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かは,当該明細書及び出願時の技術常識等に基づいて客観的に判断するのが相当であるから,原告の主張はその前提において失当である。仮に,この点を措くとしても,・・・当該意見書の全体の記載をみれば,マンニトールを含有しない組成物を完全に排除しているとまではいい難い。」

と判断した。

4.取消事由4(サポート要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、

「本件明細書の記載に接した当業者が,マンニトールが添加されていない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底いえないから,本件特許はサポート要件に適合しない」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「光安定化効果に対するマンニトールの作用については何ら記載がなく,かえって,マンニトールは実質的に本件訂正発明の効果に影響を与えない添加剤として位置付けられている。また,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合することによる薬物の光安定化効果に,マンニトールが何らかの影響を与えるとの技術常識を認めるに足りる的確な証拠もない。
そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の実施例の全てにおいて,マンニトールを含む組成物のみが示されているとしても,それは服用性向上のために含有されているものにすぎず,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合した組成物であれば,マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認めるのが相当である。また,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンについても,本件明細書には任意成分である賦形剤として記載されているところ,当該各物質が,ベシル酸アムロジピンと酸化鉄とを含有する組成物における光安定化効果に対し,何らかの影響を与えるものであるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠も見当たらない。
したがって,ベシル酸アムロジピン及び酸化鉄とともに,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンを含む本件訂正発明も,当業者が発明の課題を解決できると認識可能な範囲内のものであるといえるから,上記原告の主張は採用することができない。」

と判断した。

5.取消事由5(先願要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、

「本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,結晶セルロース等及び所定量のデンプンに置換することは,不活性な添加剤を単に置換するもので,単なる周知慣用技術の転換にすぎない上に,本件訂正発明と本件原出願に係る発明の効果は同一であるから,両発明は同一のものであって,本件出願は,本件原出願の請求項1に係る発明との関係で,先願要件に適合しない」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「本件原出願の請求項1に係る発明と本件訂正発明とが同一であるとはいえない。・・・そして,本件原出願の請求項1に係る発明及び本件訂正発明に係る経口固体組成物において,マンニトールと,結晶セルロース,炭酸カルシウム及びデンプンとが,その特性や含有目的と無関係に等しく置換可能であると認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。そうすると,個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって,本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに所定量のデンプンに置換することが,周知慣用技術の転換にすぎないとまでいうことはできない。」

と判断した。

【コメント】

1.進歩性について

裁判所は、動機づけにおける阻害要因の存在を認め、また、多種多様な組合せがあり得る任意の選択肢の中から特に特定のものを選択するとの動機付けはないと判断した。
2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184(大合議判決)2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10260においても、その引用文献に記載された選択肢の多さが動機づけを否定する理由とされた事件であった。その判決において、裁判所は、

「選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき・・・そうすると・・・積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず・・・技術的思想を抽出し得ると評価することはできない」

と判断している。本件は2000万通り以上というわけではないかもしれないが、多種多様な選択肢の中から特定のものを抽出する動機づけはないと判断した論理は、上記判決と本件判決との間で整合している。進歩性を肯定する側の論理としては有用な主張となるだろう。

2.分割要件について

本件特許の日本における分割出願ファミリーは下記の通り。

特願2005-129150(特許4214128)→特願2008-260095(特許4954961)→特願2011-283072(特許5689052)→特願2014-031177(本件特許5689192)→特願2014-218271→特願2015-110033(特許5820951)、特願2015-227541→特願2016-252948→特願2017-247675

分割出願での重複を避けるためや新規性等の拒絶理由を回避するために、分割出願時または補正により、特許請求の範囲から、ある特定の構成を除く場合がある。本件の場合は、「但し,マンニトールを含まない組成物である」という構成の付加である。本件では、原出願の審査過程で提出された意見書に基づけば、原出願当初明細書にはそもそも「マンニトールを含まない組成物」との技術思想は想定されていないから分割要件に適合しないと原告は争ったが、マンニトールは任意成分ということの他、意見書の記載だけではその「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまでは言い難いと裁判所は判断した。分割要件は、原出願当初明細書及び出願時の技術常識に基づいて客観的に分割要件が判断されることが原則としても、原出願審査時にした意見書において主張する内容も、分割要件に影響を与えかねないことは注意点であろう。

3.エルメッドエーザイのアムロジピン含有製品について

エルメッドエーザイは、以下のベシル酸アムロジピンを含有する製剤を扱っている。

  • 販売名: アマルエット®配合錠1番/2番/3番/4番「EE」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩、アトルバスタチンカルシウム水和物;先発品名: カデュエット)
  • 販売名: アムバロ®配合錠「EE」
    (一般名: バルサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: エックスフォージ)
  • 販売名: アムロジピンOD錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスクOD、アムロジンOD)
  • 販売名: アムロジピン錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスク、アムロジン)
  • 販売名: イルアミクス®配合錠LD/HD「EE」
    (一般名: イルベサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: アイミクス)
  • 販売名: テラムロ配合錠AP/BP「EE」
    (一般名: テルミサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ミカムロ)

上記製剤の中には、酸化鉄、結晶セルロース、デンプンを含み、マンニトールを含まない製品があり、本件特許発明の他の構成要件も一致するのかどうか気になるところである。本件特許(5689192)は特許存続期間延長出願はされておらず、満了は2025年4月27日である。特許有効と判断した本件判決により、エルメッドエーザイや、他のジェネリックメーカーが扱っているベシル酸アムロジピンを含有する製剤が、本件特許との関係で影響を受けるのかどうか気になるところである。

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