Dec 30, 2018

2018年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。

(1) 日本のパテントリンケージ制度の不透明感

厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしています。日本では法律上明文の規定はないものの、上記のような手続きが運用上設けられています。にもかかわらず、用途特許が有効に存続している場合でも、厚生労働省/PMDAが同用途(効能・効果)での後発医薬品を承認した事例がいくつか認められ、日本のパテントリンケージ制度がしっかり機能しているとはいえないのではないかという不透明感が顕在化してきたように思えた一年でした。
  • 2018.09.19 「沢井製薬 v. シャイア」 知財高裁平成29年(行ケ)10171
    炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性が争点でしたが、背景にある高リン血症治療剤ホスレノール®の後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省/PMDAはどのように判断したのか気になった事例です。本件特許(医薬用途特許)の存続期間延長登録出願が登録されており、「サワイ」品の製造承認(2018年2月15日)時点では、それぞれ延長された特許権の効力が同製品の製造・販売行為に及ぶ可能性が大いに考えられたわけです。本判決(2018年9月19日)で審決が取り消される判断が出されるまでは、特許庁の見解として特許及び全ての存続期間延長登録も有効であるとされていたわけですから、何故、厚生労働省・PMDAが「サワイ」品を2018年2月15日に承認したのかは理解に苦しむところです。
  • 2018.10.22 「セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10106
    本件特許(第5623681号)の無効審判では、特許庁は一応特許有効審決(2016年12月27日)を下していました。本件訴訟判決期日(2018年10月22日)がもう間近だったとはいえ、その状況での抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®の第一三共品とファイザー品の後続医薬品の承認(2018年9月21日)でした。本件特許がパテントリンケージの用途特許として有効に存在していると認知されていたとしたら、厚労省/PMDAはどのように判断してそれら後続品を承認する判断に至ったのか、日本のパテントリンケージが一貫性を持って機能しているのか気になるところです。
  • 東レがレミッチ®OD錠後発品を販売する沢井・扶桑を特許侵害で提訴
    後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省/PMDAはどのように判断したのか気になった事例です。沢井製薬および扶桑薬品工業が販売する後発医薬品である「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『サワイ』」および「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『フソ-』」(後発医薬品の効能・効果:次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)血液透析患者)は、ともに2018年2月15日に承認されています。その時点で、本件用途特許の延長登録出願(特願2017-700154号)がされている(特許権の存続期間の延長登録の出願があつたときは、存続期間は、延長されたものとみなされる(特許法67条の2第5項))状況であったわけですから、厚労省/PMDAは本件用途特許(延長効力)によるパテントリンケージをどのように考えてそれら後発品を承認する判断に至ったのか気になるところです。

参考文献:


(2) 2018年、医薬系"特許的"な判決を賑わせた会社は・・・ 中外製薬株式会社でした。

Trastuzumab
Emicizumab
Rituximab
Ravulizumab
Marduox® Ointment

(3) 過去の「医薬系"特許的"な判決を振り返る。」
  • 「2017年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2016年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2015年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2014年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2013年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2012年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2011年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2010年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2009年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら
  • 「2008年、医薬系"特許的"な判決を振り返る。」はこちら


Dec 29, 2018

2018.12.19 「レオ ファーマ v. 中外製薬・マルホ」 知財高裁平成29年(ネ)10098

マーデュオックス®軟膏の差止請求訴訟(高裁判決): 知財高裁平成29年(ネ)10098

【背景】

控訴人(レオ ファーマ)が保有する「医薬組成物」に関する特許権(第5886999号)を侵害すると主張して、被控訴人ら(製造販売元である中外製薬及び販売会社であるマルホ)に対して被告物件(尋常性乾癬治療剤「マーデュオックス®軟膏」)の生産等の差止め及び廃棄を求めた事案。原審(2017.09.28 「レオ ファーマ v. 中外製薬・マルホ」 東京地裁平成28年(ワ)14131)は、本件発明1~4、11及び12に係る本件特許には特許法29条2項違反の無効理由があるから、控訴人は上記各発明に係る本件特許権を行使することができないとして、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人はこれに対して控訴した。

請求項1:
ヒトまたは他の哺乳動物において乾癬を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物であって,マキサカルシトールからなる第1の薬理学的活性成分A,およびベタメタゾンまたは薬学的に受容可能なそのエステルからなる第2の薬理学的活性成分B,ならびに少なくとも1つの薬学的に受容可能なキャリア,溶媒または希釈剤を含む,医薬組成物。
請求項11:
ヒトの乾癬を処置するための,請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物
請求項12:
医学的有効量で1日1回局所適用される,請求項11に記載の組成物
【要旨】

裁判所は、本件発明1~4、11、12に係る本件特許は特許法29条2項違反の無効理由があるから、控訴人は上記各発明に係る本件特許権を行使することはできない、と判断した。控訴棄却。

動機付け及び構成の容易想到性について、裁判所は、乙15発明と本件発明12とは、相違点1(本件発明12はビタミンD3類似体である成分Aがマキサカルシトールであるのに対し、乙15発明はタカルシトールである点)及び相違点3(本件発明12は1日1回であるのに対し、乙15発明は1日2回である点)において相違すると認定し、本件優先日当時の当業者であれば、乙15発明のタカルシトールを同じビタミンD3類似体であってより高い治療効果を有するマキサカルシトールに置き換えようとすることを容易に想到するといえ、また、乙15発明の合剤を1日2回適用から1日1回適用への変更が可能であることを容易に想到し得る、と判断した。

また、顕著な作用効果について、裁判所は、本件明細書に記載された「より早い治癒開始」、「より有効な斑治癒」及び「副作用緩和の効果」は、本件優先日当時、当業者において十分に予測可能なものであり、また、マキサカルシトールの1日1回適用が乾癬の管理に効果的であることが知られており、1日1回とした場合の患者の適用遵守改善等についても、当業者において当然に予測し得る範囲のものといえることから、これら効果は当業者が予測することができない顕著な効果ということはできないと判断した。

【コメント】

本件発明をより簡略化すれば、公知成分A+公知成分B+1日1回の医薬組成物。引用発明は、公知成分A'+公知成分B+1日2回の医薬組成物。組み合わせ医薬の一方を置き換えた点及び投与回数が異なる点といった相違点については、置き換えようとする動機付けがあったことから容易想到と判断され、顕著な作用効果についての争点もすべて当業者予測可能範囲だったと判断された。

組み合わせ医薬の一方を置き換えた(または公知成分を組み合わせた)ことに特徴がある発明について進歩性が争われた最近の事例として、例えば以下のものがある。
投与回数(量)が進歩性における相違点として争われた最近の事例として、例えば以下のものがある。

被控訴人ら(中外製薬・マルホ)が製造販売しているマーデュオックス®軟膏(Marduox® Ointment)は、活性型ビタミンD3外用剤であるマキサカルシトール(Maxacalcitol)軟膏の有効成分Maxacalcitolとvery strongクラスのステロイド外用剤であるベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル(BBP)軟膏の有効成分BBPをそれぞれ承認製剤濃度で配合した尋常性乾癬治療外用剤である。

国内において、尋常性乾癬の適応を有する活性型ビタミンD3誘導体とステロイドの配合剤という点で、マーデュオックス®軟膏(中外・マルホ)とドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)(レオ ファーマ・協和発酵キリン)は競合関係にある。

ドボベット®軟膏(Dovobet® Ointment)は、活性型ビタミンD3誘導体であるカルシポトリオール水和物52.2μg/g(カルシポトリオールとして50.0μg/g)と副腎皮質ホルモンであるベタメタゾンジプロピオン酸エステル0.643mg/gを含有する配合剤であり、レオ ファーマで開発され、日本では2014年7月に承認された。

参考:

Dec 22, 2018

東レがレミッチ®OD錠後発品を販売する沢井・扶桑を特許侵害で提訴

2018年12月19日付の東レのプレスリリース(「経口そう痒症改善剤「レミッチ®」用途特許に関する 特許権侵害訴訟提起について」)によると、東レは、2018年12月13日に沢井製薬および扶桑薬品工業を被告として東京地裁に特許権侵害訴訟を提起したとのことです。本件訴訟は、東レが製造販売承認を取得している経口そう痒症改善剤「レミッチ®」(「レミッチ®カプセル2.5µg」および「レミッチ®OD錠2.5µg」(一般名:ナルフラフィン塩酸塩))に関する用途特許(特許第3531170号、延長登録出願:特願2017-700154号)に基づき、沢井製薬および扶桑薬品工業が販売する後発医薬品である「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『サワイ』」および「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『フソ-』」(後発医薬品の効能・効果:次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)血液透析患者)の製造販売差止と損害賠償等を求めるものとのことです。

本件用途特許(第3531170号)は、オピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤に関する医薬用途発明を保護するものであり、J-PlatPatによると、20年の特許期間は2017年11月21日で満了しましたが、下記2017年3月の「レミッチ®OD錠2.5µg」の承認取得に基づいて、5年間の特許権存続期間延長登録を求める出願(特願2017-700154号)がされているようです。この訴訟で、延長された用途特許の効力が争われるのだとしたら、裁判所がどのように判断するのか大変興味深く、その判断内容に期待したいと思います。
  • 2009年1月: 「血液透析患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」の効能又は効果について「レミッチ®カプセル2.5µg」の製造販売承認を取得
  • 2015年5月: 「慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」の効能又は効果について追加承認を取得
  • 2017年3月: 口腔内崩壊錠である「レミッチ®OD錠2.5µg」の製造販売承認を取得
  • 2017年9月: 「レミッチ®カプセル2.5µg」および「レミッチ®OD錠2.5µg」について、「腹膜透析患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」に関する有用性が認められ、既に承認を取得している効能又は効果と合わせて「透析患者、慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」として追加承認を取得
ところで、沢井製薬および扶桑薬品工業が販売する後発医薬品である「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『サワイ』」および「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5µg 『フソ-』」(後発医薬品の効能・効果:次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)血液透析患者)は、ともに2018年2月15日に承認されています。その時点で、本件用途特許の延長登録出願(特願2017-700154号)がされている(特許権の存続期間の延長登録の出願があつたときは、存続期間は、延長されたものとみなされる(特許法67条の2第5項))状況であったわけですから、厚労省/PMDAは本件用途特許によるパテントリンケージをどのように考えてそれら後発品を承認する判断に至ったのかも気になるところです(厚労省/PMDAは、延長特許の効力を判断できず、当事者間の調整に委ねた・・・ということなのでしょうか)。

参考:

Dec 18, 2018

ラベプラゾールナトリウムの用法・用量に関する特許権について

2018年12月17日、EAファーマ(株)より、「ラベプラゾールナトリウムの用法・用量に関する特許権について」の謹告文が掲載されました(参照: 日刊薬業website: 【謹告】ラベプラゾールナトリウムの用法・用量に関する特許権について)。

エーザイ(株)は、2017年9月22日に「パリエット®錠5mg、錠10mg(一般名:ラベプラゾールナトリウム(Sodium Rabeprazole)」について、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎(プロトンポンプ阻害剤の1日1回投与による従来の治療で効果不十分な逆流性食道炎)に対する維持療法に関して、ラベプラゾールナトリウムとして1回10mg、1日2回投与の用法・用量追加の承認を取得しました。この用法・用量について、エーザイの子会社であるEAファーマ(株)は日本特許第6283440号を保有しているとのことです。謹告文では、ベプラゾールナトリウムを有効成分とする医薬品を製造販売されている企業に、用法・用量の添付文書への記載について、当該特許権との関係で疑義が生じないよう注意を呼びかけています。

パリエット錠5mg、パリエット錠10mgの承認を受けた用法及び用量の記載一部抜粋:

逆流性食道炎
<維持療法>再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては、通常、成人にはラベプラゾールナトリ ウムとして1回10mgを1日1回経口投与する。また、プロトンポンプインヒビターによる治療で効果 不十分な逆流性食道炎の維持療法においては、1回10mgを1日2回経口投与することができる。
特許第6283440号の請求項1:

ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし、維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を1日2回、4週間以上投与され、
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量が10mgであり、
前記ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が、ラベプラゾール、ラベプラゾールのプロドラッグ、又はそれらの薬学上許容される塩若しくは溶媒和物であることを特徴とする、逆流性食道炎の再発抑制剤。
上記特許権の存続期間満了日は2037年4月4日となっています。

過去記事:


Dec 9, 2018

2018.11.21 「MSD v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10196

オマリグリプチン結晶形特許の進歩性否定知財高裁平成29年(行ケ)10196

【背景】

「ジペプチジルペプチダーゼ―IV阻害剤の新規結晶形」に関する特許出願(特願2014-518879号; 特表2014-518266号)の拒絶審決(不服2016-15132号)取消訴訟。本件発明である結晶形の進歩性(特許法29条2項)が争点。刊行物1(WO2010/056708; 特表2012-508746号)に記載された引用発明は、結晶質の化合物Pである点で本願発明と一致しており、粉末X線回折パターンでは特定されていない点で本願発明と相違していた。

請求項1:
10.3±0.1 2θ,12.7±0.1 2θ,14.6±0.1 2θ,16.1±0.1 2θ,17.8±0.1 2θ,19.2±0.12θ,22.2±0.1 2θ,24.1±0.1 2θおよび26.9±0.1 2θからなる群より選択される少なくとも4つのピークを粉末X線回折パターンに有することを特徴とする,化合物Iの結晶質(2R,3S,5R)-2-(2,5-ジフルオロフェニル)-5-[2-(メチルスルホニル)-2,6-ジヒドロピロロ[3,4-c]ピラゾール-5(4H)-イル]テトラヒドロ-2H-ピラン-3-アミン(形I)。
【化1】

【要旨】

裁判所は、本願発明は、刊行物1及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとした本件審決の判断に誤りはないと判断し、原告らの請求を棄却した。
以下、裁判所の判断の抜粋。

1 相違点の容易想到性の有無について
「・・・本願の優先日当時の技術常識に照らすと,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物P(引用発明)について,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるものと認められる。

そして,室温で安定な結晶は,冷蔵保存の必要がないため医薬品化合物として望ましいことは自明であるから,結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を最も普通に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであるものと認められる。

一方,本願明細書・・・の記載に照らすと,本願明細書には,結晶化温度を室温を含む13℃より上の温度,結晶化溶媒を酢酸エチルとして,「化合物I」(化合物P)の結晶化を行うことにより,形Iの結晶質が得られることの開示があるものと認められる。そうすると,当業者は,通常なし得る試行錯誤の範囲で,刊行物1の実施例1の最終生成物の化合物Pについて上記結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行うことにより,室温での安定性が優れた結晶として形Iの結晶質を得ることができたものと認められる。

以上によれば,刊行物1に接した当業者は,刊行物1及び上記技術常識に基づいて,引用発明について相違点に係る本願発明の構成(化合物Pの形Iの結晶質の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。

・・・また,前記アのとおり,刊行物1に接した当業者においては,医薬化合物である実施例1の最終生成物の化合物Pについて,医薬品原薬を恒常的に安定製造するための結晶化条件の最適化の検討を行うとともに,結晶多形の最適化のための結晶多形の探索ないし多形スクリーニングを行う動機付けがあるというべきであり,このことは,実施例1の最終生成物の化合物Pが結晶(結晶質)であるか,非晶質であるかによって左右されるものではないというべきである。

さらに,結晶多形の探索においては,溶媒の種類,結晶化方法,温度等の異なる結晶条件を設定することにより,ある程度,多形の存在を明らかにすることができるが,現実には試行錯誤を繰り返すことにより,多形が検索されるものであることに照らすと,あらかじめ特定の結晶形を選択すべき動機付けがなければ検索できないというものではない。

・・・結晶多形の探索ないし多形スクリーニングに際し,結晶化温度を室温を含む温度範囲,結晶化溶媒を一般に使用される溶媒の一つである酢酸エチルとし,X線粉末回折を用いて結晶多形の存在及びその分析を行い,得られた結晶の中から室温での安定性が優れた結晶を選ぶことは,当業者が通常行うことであって,本願発明における結晶化条件の特定の組合せを採用することは格別のこととはいえない・・・。

以上のとおり,本件審決における相違点の容易想到性の判断に誤りはない。」

2 予想できない顕著な効果についての判断の誤りについて
「本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性を有するとしても,そのことは,室温を含む13℃以上の温度で安定であることを意味するものにすぎず,格別顕著なものとはいえない。また,本願明細書には,本願発明の形Iの結晶質が「13℃より上で最も安定な相」として存在するという特性により,「処理および結晶化の容易さ,取り扱い,応力に対する安定性,計量分配の利点を有し医薬剤形の製造に好適という効果」(【0007】)を奏するとの記載はなく,これらが形Iの効果であることを認識することは困難である。さらに,仮に本願発明の形Iの結晶質が他の結晶形に比べて「吸湿性が低い」としても,それをもって,予測し得る範囲を超える顕著な効果であるということはできない。・・・このほか,原告らは,縷々主張するが,本願発明の形Iの結晶質が予想できない顕著な効果を有することの根拠となるものではない。」

【コメント】

本件化合物Pは、MSD(Merck Sharp & Dohme Corp.)により創製された週1回投与の特徴を有するジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)阻害薬であるマリゼブ(Marizev)®錠の有効成分オマリグリプチン(Omarigliptin)。マリゼブ®錠は、2015年9月28日に「2型糖尿病」の効能・効果で日本で製造販売承認された。

当初特許請求の範囲には結晶形IからIVまで記載されているが、本願発明(形I)を含めそれら結晶形のいずれかがマリゼブ(Marizev)®錠の有効成分オマリグリプチンの実際の結晶形なのかどうかは本願明細書の記載からでは明らかでない。

公知医薬有効成分の新規結晶形に関する発明の進歩性については、最近の下記記事のコメント参照。


Dec 5, 2018

中外が抗C5抗体ALXN1210(ravulizumab)開発中のアレクシオン社を日本でも特許侵害で提訴

2018年12月5日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、アレクシオンファーマ合同会社が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ラブリズマブ)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一部である日本特許第4954326号および第6417431号に触れるとし、「ALXN1210」の国内における製造および販売を含む侵害差止めを求めて2018年12月5日付にて東京地裁において特許権侵害訴訟を提起したとのことです。

J-PlatPatによると、特許第4954326号については、アレクシオン社が特許無効審判を請求しましたが請求不成立審決(無効2016-800136)となり、現在アレクシオン社が審決取消訴訟を知財高裁に提起、係属中です(平成30年(行ケ)10043)。一方、特許第6417431号については、現時点で特許無効審判請求はされていないようです。

参考記事:

Dec 3, 2018

2018.11.20 「帝人 v. 日本ケミファ」 知財高裁平成29年(行ケ)10147

フェブキソスタット結晶形特許の進歩性否定知財高裁平成29年(行ケ)10147

【背景】

原告(帝人)が保有する「2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(第3547707号)に対して被告(日本ケミファ)が請求した無効審判において、無効とされた部分の審決(無効2016-800037号)を不服として原告が提起した審決取消訴訟。本件発明である結晶多形体(及びその製法)の進歩性(特許法29条2項、容易想到性判断)が争点。引用例は本件化合物の結晶である記載(一致点)にとどまり、X線粉末解析パターン等により具体的に特定する記載はなかった(相違点)。

請求項3(本件発明3、C晶):
反射角度2θで表して,ほぼ6.62°,10.82°,13.36°,15.52°,16.74°,17.40°,18.00°,18.70°,20.16°,20.62°,21.90°,23.50°,24.78°,25.18°,34.08°,36.72°,および38.04°に特徴的なピークを有するX線粉末回折パターンを示す,2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体。
【要旨】

裁判所は、本件各発明は引用発明等に基づき当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、この点に関する本件審決の認定・判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.相違点について
「結晶多形が存在する医薬品においては,本件優先日当時の当業者の技術常識として,上記技術課題を解決するべく,再結晶条件につき検討を加えることでバイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性等の種々の要因を考慮して最適と思われる結晶形を探求し,これを得ようとすることは,当業者が当然に行うことということができる。そして,上記のとおり,本件化合物は,引用例1~3の記載により結晶多形の存在を認識し得る。
そうすると,引用発明1-1,2-1及び3の結晶について,当業者には,再結晶条件につき検討を加えることで,安定性や製剤化に優れる結晶多形体を得ることについての動機付けがあるということができる。さらに,本件優先日当時,結晶多形の存在はX線回折法,赤外吸収スペクトル法等により知ることができたのであるから,他の結晶多形体と識別するために,X線回折法パターンのピーク又は赤外吸収スペクトルの特徴的吸収で特定することにより,得られた結晶多形体を特定することも,格別の創意工夫を要するものではなかったということができる。
・・・したがって,引用発明2-1の本件化合物のエタノールを溶媒とする再結晶において,本件優先日当時の技術常識に基づいて再結晶条件を選定し,安定性に優れる結晶多形体,例えばC晶を得ることは,当業者が容易になし得たものというべきである。」
2.本件発明の効果について
「固体医薬品の大部分は結晶であり,多くの医薬品で結晶多形の存在が見出されていること,結晶多形を有する医薬品においては,結晶多形体ごとに種々の物性の違いがあるため,バイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性などの種々の要因を考慮して,最適な結晶形が選択されていることは,本件優先日当時の技術常識である。換言すれば,本件化合物を医薬品として用いようとする以上,医薬の承認のために必要な安定性を有することを追求することは当然のことであり,特別な課題とはいえない。また,本件優先日当時の技術常識を前提とした場合,本件各発明に係る結晶形により,従来の結晶よりも格段に優れた効果が示されたことをうかがわせる記載は,本件明細書には見当たらない。したがって,本件発明3及び8について,当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものということはできない。」

【コメント】

1.本件特許の製品保護意義について

本件化合物は、帝人(現・帝人ファーマ)が、1991年に発見した非プリン型選択的キサンチンオキシダーゼ阻害剤であるフェブキソスタット(febuxostat)、高尿酸血症治療剤フェブリク®錠(Feburic®tablet)(北米販売名はUloric®)の有効成分である。フェブリク®錠は、2011年1月21日に「痛風、高尿酸血症」の効能・効果で日本で製造販売承認された。

フェブリク®錠の医薬品インタビューフォーム(2016年5月第7版)によると、フェブリク®錠の再審査期間は、痛風、高尿酸血症については8年(2011年1月21日~2019年1月20日)、がん化学療法に伴う高尿酸血症については4年(2016年5月23日~2020年5月22日)となっているが、2018年7月27日付の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会議事録、2018年9月7日付の帝人プレスリリース「高尿酸血症・痛風治療剤「フェブリクⓇ」再審査期間延長の通知発出について」及び2018年11月5日付の帝人2018年度第2四半期決算説明会資料によると、フェブリク®錠の小児に対する用法・用量設定及び小児集団における有効性・安全性を把握する目的で治験を実施する必要があると認められ、国内再審査期間の2年間延長(2021年1月20日まで)が決定され、国内では2022年度前半まで後発品の参入は想定されないと発表されている。

J-PlatPatからの情報によると、2011年1月21日の製造販売承認(販売名「フェブリク®錠10, 20, 40mg」、有効成分「フェブキソスタット」、用途「痛風、高尿酸血病」)に基づき特許存続期間延長出願されたものは下記6件の特許のようである。本件特許(第3547707号)は、上記承認に基づいて5年間の存続期間延長登録(2011-700073(10mg); 2011-700098(20mg); 2011-700092(40mg))が認められていることから、フェブリク®錠を保護するものであり、その満了日は2024年6月18日となっていた。もし本件特許が有効に存続しつづけていたとしたら、本件特許発明の結晶形であるフェブキソスタットを有効成分とする後発品の参入時期を再審査期間(2021年1月20日後の後発品申請・承認を想定)を超えて2024年まで遅らせる効果が期待されていたと考えられる。下記延長登録した特許のうち本件特許以外で今だ現存している特許となると、製法特許(特許3202607)と製剤特許(特許4084309)である。しかし、製法特許(特許3202607)は再審査期間後の後発品承認想定時期より前に満了するため役に立たないと思われる。また、製剤特許(特許4084309)についても、そのクレームの構成要件の限定の多さからすると後発メーカーは当該特許範囲を回避した製剤で参入してくる可能性が高そうである(現時点で無効審判請求はされていない)。

特許2725886(物質特許)
  • 延長登録出願2011-700069: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700088: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700094: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1991年11月29日+20年+延長5年=2016年11月29日・・・満了消滅

特許2834971(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700070: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700089: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700095: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1993年5月25日+20年+延長5年=2018年5月25日・・・満了消滅

特許2706037(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700071: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700090: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅
  • 延長登録出願2011-700096: 延長出願は拒絶査定・・・満了日=出願日1993年8月24日+20年+延長0年=2013年8月24日・・・満了消滅

特許3202607(製法特許)
  • 延長登録出願2011-700072: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700091: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700097: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1996年8月1日+20年+延長5年=2021年8月1日・・・無効審判請求されていない

特許3547707(結晶特許)
  • 延長登録出願2011-700073: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持
  • 延長登録出願2011-700092: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持
  • 延長登録出願2011-700098: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日1999年6月18日+20年+延長5年=2024年6月18日・・・本判決で特許無効審決維持

特許4084309(製剤特許)
  • 延長登録出願2011-700074: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700093: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2011-700099: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長2年10月29日=2026年2月・・・無効審判請求されていない

2016年5月23日の効能・効果の追加及び用法・用量の追加(がん化学療法に伴う高尿酸血症(通常、成人にはフェブキソスタットとして60mgを1日1回経口投与する。))による製造販売一部変更承認に基づき特許存続期間延長登録されているものは下記の通り。下記用途特許(特許5907396)が有効に存続し続ければ、その間、「がん化学療法に伴う高尿酸血症」の効能効果部分については後発品の参入は阻止できると思われる。

特許4084309(製剤特許)
  • 延長登録出願2016-700215: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700216: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700217: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2003年3月28日+20年+延長3年7月15日=2026年11月12日・・・無効審判請求されていない

特許5907396(用途特許)
  • 延長登録出願2016-700218: 10mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700219: 20mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない
  • 延長登録出願2016-700220: 40mgで延長登録・・・満了日=出願日2013年10月22日+20年+延長1月21日=2033年12月13日・・・無効審判請求されていない

2.結晶形に関する発明の進歩性判断について

公知化合物の新規結晶形の発明の進歩性のハードルは、技術常識も医薬品開発における動機づけもそれぞれ一定程度存在することから、相当高い。一般に、有効成分の新規結晶形の出願は、医薬品の製品保護期間を確保するために確実に期待できるものではなくなってきており、下記のとおり、公知の医薬有効成分の新たな結晶形に関する発明の進歩性が争われた過去事例ではいずれも進歩性は否定されている。
本件出願の審査が行われ、特許査定となった時期は、2004年頃であり、上記過去判決のように結晶形の進歩性が否定される流れが出てくる前であった。新規結晶形の出願は、日本においては、製品保護期間確保という積極的役割よりも、後発品メーカー含めた競合他社に万が一にも特許を取られてしまい紛争の火種(FTOの問題)を残すのを排するためという消極的役割の方がより現実的な意義付けといえるのかもしれない。

本件特許に相当する欧米出願では、米国(US6225474)でも欧州(EP1020454)でも特許となっている。米国特許はFebuxostatのorangebookに収載されており、欧州特許は異議申立てされ、補正の結果、維持決定となった模様である。