2019/09/06

2019.07.10 「テバ v. メルク・シャープ・アンド・ドーム」特許庁審決 無効2018-800106号事件

ゼチーア®(エゼチミブ)の延長登録無効審判: 無効2018-800106号事件
「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要か。必要であるとして、処分を受けた者が通常実施権者である場合、その実施許諾時期がその期間に影響するのか。

メルク・シャープ・アンド・ドーム(MSD)が保有する「低コレステロール血症薬剤として有用なヒドロキシ置換アゼチジノン化合物」に関する特許権(第2803908号)存続期間延長登録(2007-700057号)(5年の延長により満了日は2019年9月14日)に対する無効審判請求事件(請求日は2018年8月27日)。延長登録の理由となる処分の対象となった医薬品は、小腸コレステロールトランスポーター阻害剤である高脂血症治療剤「ゼチーア錠10mg」(一般名: エゼチミブ(Ezetimibe))。特許権者は、2013年5月27日にメルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーションに名義変更するまで、シェーリング コーポレイション。

請求人(テバ)が主張する無効理由の概要:
「本件特許権の設定登録日(平成10年7月17日)から通常実施権の設定日(平成17年7月8日)より前の期間は、特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が認められないから、特許法第125条の2第1項第3号でいう「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」には当たらない。したがって、当該期間は、通常実施権の設定日(平成17年7月8日)から本件処分を受けた日(平成19年4月18日)の前日までの1年9月9日であって、本件延長登録は、延長された期間が本件特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているから、特許法第125条の2第1項第3号の規定に該当し、本件特許発明の実施をすることができなかった期間である1年9月9日を超える期間の延長登録は無効とされるべきである。」

【要旨】

結論: 本件審判の請求は、成り立たない。

特許庁審判官は、「本件延長登録に係る延長の期間に誤りはなく、仮に特許法第125条の2第1項第3号でいう「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」に請求人が主張する「特許発明を実施する意思及び能力」を参酌したとしても、その結論に誤りはないから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件延長登録のうち1年9月9日を超える期間の延長登録を無効とすることはできない」と判断した。

請求人は、
「特許権の存続期間の延長登録制度は、特許権を有しているにもかかわらず、特許発明の実施から得られるはずの利益を受けられない特許権者の救済制度であり、知財高裁平成25年(行ケ)第10195号(平成26年5月30日特別部判決)も「特許発明を実施する意思及び能力があってもなお、特許発明を実施することができなかった期間」に限って存続期間延長の対象とする旨述べるとおりである。したがって、特許法第125条の2第1項第3号の「その特許発明の実施をすることができなかつた期間」とは、特許権者が特許発明を実施する意思及び能力があってもなおその特許発明を実施することができなかった期間を意味すると解するべきである。」
と主張した。
しかし、審判官は、
仮にそのように解したとしても、「・・・これらの事実から、本件医薬品の治験は、親会社(シェリング・プラウ・コーポレイション)の指揮の下で、本件治験実施者(シェリング・プラウ株式会社)を中心にグループメンバー各社が協力し合って進めたものであることが見て取れる。また、本件特許の第1優先米国出願、第2優先米国出願及び国際出願の代理人は一貫してAnita W.Magattiであったところ、その所属が第1優先日及び国際出願時には親会社、第2優先日には本件特許権者(シェーリング コーポレイション)であったこと、本件医薬品の承認を受けるための申請用資料において本件医薬品は「米国シェリング・プラウ社で発見された」と説明されていること、及び本件医薬品の安全性に関する研究に対して当該企業グループに属するさらなる別のメンバー会社が助成金を拠出したことに照らすと、本件医薬品の研究開発や特許化も治験と同様に、親会社の管理下でグループメンバー各社が役割分担をして進めていたことが認められる。そうであるならば、本件医薬品の治験は、親会社の指揮の下で、本件特許権者の本件特許発明を実施する意思及び能力を反映して、本件治験実施者により行われたものであると考えるのが自然である。そして、本件特許権者は、本件治験実施者に通常実施権を許諾し、自ら特許権の存続期間延長登録を出願したのだから、遅くとも治験計画(第1回)を届け出た時点からそれ以降、本件特許発明を実施する意思及び能力を維持していたと認められる。・・・以上のとおりであるから、本件延長登録においては、遅くとも治験計画届書(第1回)の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認めることができる。」
と判断した。

また、請求人は、
「本件延長登録のように、処分を受けたのが通常実施権者である場合、特許権者自らは特許発明を実施しないから、通常実施権者が特許発明を実施して初めて特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が認められる。後に通常実施権者になった者の行為であっても、通常実施権設定前は無権利者による実施にあたり、特許権者は無権利者の実施から利益は得られないのだから、特許権者の受ける不利益の解消という延長登録制度の趣旨に照らしても、特許法は無権利者による実施期間を延長登録の対象とすることを予定していない。」
と主張した。
しかし、審判官は、
「・・・通常実施権の許諾は当事者間の契約であって、それがないからといって特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が否定されるわけではない。本件延長登録においては、上記アにおいて判断したとおり、遅くとも治験計画届書(第1回)の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認められ、通常実施権の許諾の時期がいつであるかはこれを左右するものではない。また、治験を行った医薬品の全てが薬事法上の承認を受けて上市に至るわけではないという医薬品業界の実情に照らせば、治験の結果を得て、承認ないし上市の見込みが立ってから通常実施権を許諾することが不合理であるとまではいえない。」
と判断した。

【コメント】

1.本件審決について

「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要か、必要であるとして、処分を受けた者が通常実施権者である場合、その許諾時期がその期間に影響するのかどうかが争われた。

審判官は、「特許発明の実施することができなかった期間(特許法125条の2第3号)」に特許権者の特許発明を実施する意思及び能力が必要であるとは明文化されていないと言及しながらも、仮に必要であるとして検討した結果、遅くとも治験計画届書の提出以降、本件特許権者には本件特許発明を実施する意思及び能力が存在していたと優に認められ、通常実施権の許諾の時期がいつであるかはこれを左右するものではない、と判断した。

2.権利主体の変動の背景(参考)

ゼチーア®錠(一般名:エゼチミブ)は、米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)によって 1994年に創製された小腸コレステロールトランスポーター阻害剤。日本では、米国シェリング・プラウの日本法人であるシェリング・プラウ株式会社が治験計画届書を1997年3月27日に提出してから開発を進め、申請、2007年4月18日に承認に至った。シェリング・プラウ株式会社が本件特許権者であったシェーリング コーポレイションから通常実施権を許諾されたのは2005年7月8日であった。

シェーリング コーポレーションは、1971年に米国Plough Inc.と合併し、米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)となった。米国シェリング・プラウ(Schering-Plough Corporation)は、2009年11月、米国メルク(Merck & Co., Inc. a New Jersey corporation ("Old Merck") )と統合、その際に、Schering-Plough Corporationは親会社として社名を「Merck & Co., Inc.」に変更、"Old Merck"は社名を「Merck Sharp & Dohme Corp.」に変更し、Merck & Co., Inc.の子会社となった(SEC document: 2009.11.04 POST EFFECTIVE AMENDMENT NO. 1 TO FORM S-8)。本件特許権者は、現在、メルク・シャープ・アンド・ドーム・コーポレーション(Merck Sharp & Dohme Corp.)に名義変更されている。2010年10月1日、万有製薬株式会社と米国シェリング・プラウの日本法人であるシェリング・プラウ株式会社が統合してMSD株式会社となったため、ゼチーア®錠の製造販売元名義は、現在、MSD株式会社となっている。

3.ゼチーア®錠のジェネリック参入について

ゼチーア®錠の再審査期間(2007年4月18日~2015年4月17日)は終了しているため、テバは本件特許の延長登録の無効審決を得て、ゼチーア®錠のジェネリックの承認を取得しようと目論んでいたと想像される(にしては、審判請求するタイミングが遅いような気がするが・・・)。無効審判請求は成り立たないとの審決が出たことによって、本件特許(有効成分であるエゼチミブを保護する物質特許)の満了日(5年の延長のため2019年9月14日)以降(早ければ2020年2月)にジェネリックの承認が予想される。ところで、物質特許が有効に存在する状況において(パテントリンケージに反して)、2019年8月に、第一三共エスファはゼチーア®錠のジェネリックの承認を取得できていることから、第一三共エスファは先発メーカー側から実施許諾(オーソライズドジェネリックの販売許可)を得ていると考えられる。

2019/09/05

2019.05.29 「ジェネンテック v. サンド・協和発酵キリン」 東京地裁平成29年(ワ)44053

リツキサン®の併用療法における用途特許侵害訴訟でサンド・協和キリンが勝訴東京地裁平成29年(ワ)44053

【背景】

抗CD20モノクローナル抗体リツキシマブ(Rituximab)(遺伝子組換え)を有効成分とするバイオ医薬品「リツキサン(Rituxan)®」のバイオ後続品(バイオシミラー)であるリツキシマブBS点滴静注「KHK」の製造販売者であるサンド及び販売者である協和発酵キリン(被告ら)に対し、バイオジェンが保有する用途特許の侵害を理由として、本特許権の専用実施権者であるジェネンテックが、被告製剤の製造販売等の差止め及び損害賠償を求めた特許権侵害差止請求事件。原告ジェネンテック側には全薬工業及び中外製薬が補助参加した(全薬工業はリツキサン®の独占的販売権者、中外製薬は同剤の全薬工業との共同販売権者)。

対象となった特許は、バイオジェンが保有する「抗CD20抗体の投与を含むB細胞リンパ腫の併用療法」に関する3つの用途特許(特許第6226216号、特許第6241794号、特許第6253842号)。いずれも1999年8月11日を出願日とする原出願(PCT/US99/18120; 特願2000-564662)からの分割で派生した特許ファミリーであり、2019年8月11日が存続期間満了日。特許無効審判は請求されていない。
  • 特許第6226216号(本件特許1)の本件発明1:
    リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法レジメンと組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ,シクロホスファミド,ドコソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソン(CHOP)による化学療法の最中に投与される,上記医薬組成物。
  • 特許第6241794号(本件特許2)の本件発明2-1:
    リツキシマブを含み,低グレード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法と組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ前記化学療法の間に投与され,かつ,前記化学療法が,CVPである,上記医薬組成物。
  • 特許第6253842号(本件特許3)の本件発明3:
    リツキシマブを含み,中悪性度又は高悪性度の非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療においてヒト患者において化学療法レジメンと組み合わせて使用するための,医薬組成物であって,治療上有効量の前記医薬組成物が,前記患者へ,シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソン(CHOP)による化学療法の最中に投与され,前記医薬組成物と,前記シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチンおよびプレドニソンとが,前記CHOPによる化学療法の各サイクルの1日目に前記患者に投与される,医薬組成物。

【要旨】

裁判所は、①本件特許1及び3は特許法36条6項1号に違反により無効とされるべきものと認められるから権利行使は認められず、また,②被告製剤は本件発明2の技術的範囲に属するとはいえないから侵害するとはいえない、と判断し、原告の請求を棄却した。

1.本件特許1及び3は特許法36条6項1号に違反しているかについて
「「最中」という文言は,本件特許1の分割出願時に「同時」という文言であったところ,「同時」はCHOP療法の各薬剤とリツキシマブを交互に投与する態様,すなわち,休薬期間中の投与を含むものであり,その態様は甲38文献に記載されており,新規性及び進歩性を欠くなどとして拒絶理由を通知され,拒絶理由を回避するために補正によって導入された文言であり,出願人であるバイオジェンによる本件意見書において,「最中」とすることにより,本件発明1は甲38文献で開示されているものとは異なる発明となることが示されている。・・・そうであれば,・・・CHOP療法の各薬剤の休薬期間中に投与するものは,「(CHOP)による化学療法の最中」から除外されたものと解するのが相当である。したがって,・・・「(CHOP)による化学療法の最中」は,CHOP療法を開始してから所定の投薬スケジュールを繰り返して全て終了するまでの期間のうち,CHOP療法の各薬剤の投薬期間中を意味すると解するのが相当である。」

「そうすると,・・・本件明細書1及び3の発明の詳細な説明に,本件発明1及び3の用途を記載又は示唆するものはなく,本件全証拠によっても,本件明細書1及び3の発明の詳細な説明の記載及び本件原出願日当時の技術常識に基づき,リツキシマブを含む医薬組成物を本件発明1及び3の用途に使用することにより新たに有効な治療法を提供するという発明の課題を解決することができると認識し得ると認めることはできない。よって,本件発明1及び3に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に適合しておらず,本件特許1及び3は,同号に違反する。」

2.被告製剤は「CVP」(構成要件2B)を充足するかについて
「本件原出願日当時の技術常識に照らせば,構成要件2Bの「CVP」は,シクロホスファミドを1日目から5日目まで投与するものであり,シクロホスファミドを1日目にのみ投与するものは含まないものと認めるのが相当である。・・・「CVP」については,本件特許2の特許請求の範囲及び本件明細書2に具体的な説明がされていない以上,技術常識を踏まえて,その意義,内容を解釈し得ることは当然である。」

「被告製剤についてみると,・・・被告製剤の添付文書には,用法・用量欄に「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合」が記載され,用法・用量に関連する使用上の注意として,「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合は,先行バイオ医薬品の臨床試験において検討された投与間隔,投与時期等について,【臨床成績】の項の内容を熟知し,国内外の最新のガイドライン等を参考にすること。」と記載されている。また,臨床成績欄には,被告製剤の臨床成績として,未治療の進行期ろ胞性リンパ腫の患者に,被告製剤又は先行バイオ医薬品がR-CVPレジメンによって投与されたことが記載されているほか,先行バイオ医薬品の臨床成績として,・・・ろ胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)の患者に,R-CVPレジメンによる寛解導入療法等が実施されたことが記載されている。そして,・・・被告製剤の添付文書に記載されているR-CVPレジメンは,リツキシマブを1日目に投与するとともに,シクロホスファミド(CPA)及びビンクリスチン(VCR)を1日目,プレドニゾロン又はプレドニソン(PSL)を1日目から5日目まで投与するレジメンであると認められる。そうすると,被告製剤は,添付文書に記載されたR-CVPレジメンがシクロホスファミドを1日目にのみ投与するものであり,1日目から5日目まで投与するものでない点で,構成要件2Bの「CVP」を充足するとはいえない。」

【コメント】

リツキサン®のバイオ後続品(リツキシマブBS「KHK」)の製造販売を特許権侵害で訴えたジェネンテック・中外製薬・全薬工業の主張は認められなかった。

本件出願の審査において、先行文献に記載された発明と明確に区別し、新規性・進歩性の主張をするために「前」と「後」に抗CD20抗体を投与するスケジュールは含まれない、すなわち「最中」とする補正をせざるを得なかったのだろう。その決断は、一方で記載要件欠如となるリスクを生むことになることは出願人は承知していたのではないか。ジェネンテック・中外製薬・全薬工業にしてみれば、非常に厳しい状況での訴訟提起だったに違いない。特許査定となり権利行使にチャレンジできたのだから御の字であろう。

被告製剤は「CVP」を充足するかについての争いに関して、「CVP」については明細書に具体的な記載がないため技術常識が参酌されることになり、その解釈の結果、被告製剤はその構成を充足しないと判断された。クレームに記載する構成要件は、明細書に具体的に説明しておくべきだった。そのようにしてあれば、もっと被告製剤を捉える構成に落とし込む補正を出来ていたかもしれない。進歩が著しい医療分野では、治療ガイドラインや投与レジメンは度々変更されることになるから、出願時にそれらで慣用されていた用語が現在も具体的に同じものを意味するとは限らないという点については出願時のクレーム及び明細書作成時において注意する必要がある。

リツキシマブ(遺伝子組換え)製剤初のバイオ後続品(バイオシミラー)であるリツキシマブBS点滴静注100mg、500mg「KHK」の販売が始まった2018年から、先発品であるリツキサン®の売上は以下の通り減少している(中外製薬ホームページ: 製商品別売上高の推移より)。
一方、協和キリンのバイオ後続品リツキシマブBS「KHK」の売上推移は以下の通り。
参考:
過去記事:

2019/09/03

2019.06.12 「バイエル薬品 v. コーアイセイ・日本ケミファ・扶桑薬品工業・日本ジェネリック・コーアバイオテックベイ」 東京地裁平成30年(ワ)28391

特許侵害の立証について(炭酸ランタン製剤特許侵害事件東京地裁平成30年(ワ)28391

【背景】

バイエル薬品が、被告ら(コーアイセイ、日本ケミファ、扶桑薬品工業、日本ジェネリック及びコーアバイオテックベイ)に対し、バイエル薬品の高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物)のジェネリックである炭酸ランタンOD錠各製剤の生産等の差止め及び廃棄を求めた特許権侵害差止請求事件。

2018年2月15日に製造販売承認を受けた被告ら各製剤のうちコーアイセイ及び日本ケミファの各製剤が、同年6月14日、薬価基準に収載される旨の告示を受けており、各医療用医薬品添付文書によればその組成はいずれも以下の通り。コーアイセイは、同年9月3日頃、本件製剤の販売を開始した。
"1錠中,ランタン250mg(炭酸ランタン水和物として542mg)又はランタン500mg(炭酸ランタン水和物として1084mg)含有。添加物:軽質無水ケイ酸,ステアリン酸マグネシウム,タルク,その他3成分。"

対象となった特許は、バイエル薬品が保有する炭酸ランタンのOD錠に関する特許第6093829号。2015年10月2日に出願され、2035年10月2日が存続期間満了日。上記侵害差止請求事件と並行して、コーアイセイを請求人とする特許無効審判請求事件(無効2017-800104号)が係属しており、訂正後の請求項6等を無効とする審決の後、2019年1月11日に無効部分につき審決取消訴訟が提起されている(平成31年(行ケ)10003)。

訂正後請求項6(訂正発明):
唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与することを特徴とする口腔内崩壊錠であって,崩壊剤及び医薬組成物中の含有率が70~90質量%で炭酸ランタン又はその薬学的に許容される塩を含有し,前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,医薬組成物。

【要旨】

裁判所は、本件各製剤がバイエル薬品の訂正発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、バイエル薬品の請求を棄却した。

(1) 原告の書類提出命令申立てとその却下決定
原告は、コーアイセイを相手方として、本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に含まれることを立証するため、本件製剤に関する医薬品製造販売承認書に記載されている「成分及び分量又は本質」に係る部分について、特許法105条1項に基づく書類提出命令の申立てをした。

裁判所は、同条2項に基づくインカメラ手続を行いコーアイセイから対象書類の提示を受けた上、同書類には本件製剤にクロスポビドンが含まれるかどうかや、クロスポビドンの医薬組成物中の含有率等に関する情報が記載されているが、本件製剤の組成物又は含有率は本件訂正発明に規定するものと異なっている一方、同情報はコーアイセイにとって秘密性の高い重要な技術的情報であると認められるから、コーアイセイには書類の提出を拒むことについて正当な理由があるなどと判断して同申立てを却下した。
(2) 本件各製剤が本件訂正発明の技術的範囲に属するかについて
裁判所は、本件特許の訂正発明の構成要件の一つは、
「前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,」
というものであるところ、本件各製剤が、①崩壊剤としてクロスポビドンを含有すること、②その医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であること、③同崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤でないことについては、これを認めるに足りる証拠がないことから、本件各製剤が本件訂正発明等の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、原告の請求を棄却した。

【コメント】

1.被告製剤の添付文書に記載された添加剤「その他3成分」について

被告製剤の添付文書の添加剤に関する記載を見ても、訂正発明の構成要件の一つである「クロスポビドン」は見当たらない。原告バイエル薬品は被告製剤の添加剤のうち「その他3成分」にクロスポビドンが含まれていると睨んでいたのかもしれないが、その証拠を得ることはできなかった。2019年8月6日付のコーアイセイ等のプレスリリースによると、バイエル薬品が、本件の控訴事件(令和元年(ネ)第10051号)について、2019年7月31日付で控訴の全部を取り下げたことにより、本件判決が確定したとのことである(下記記事参照)。
2001年10月1日付の日本製薬団体連合会が加盟団体宛に発出した「医薬品添加物の記載に関する自主申し合わせについて(日薬連第712号)」には、医療用医薬品添付文書を対象として、内用剤の添加物成分の記載に関して、以下のとおりとしている。
(イ) 商取引上の機密にあたる成分については記載から除外できる。但し、記載から除いた成分がある場合には、添加物成分列記の末尾に「その他 n成分」と記載する。(nは記載から除いた成分数)
そして、「商取引上の機密」とは、製剤に関する特許公開前、特許出願準備中の場合や、特許には至らないが他者が知ることによって正当な利益を害する恐れのある成分又は組み合わせなどの場合を想定しているとの考えが示されている(2002.02.13 日本製薬団体連合会:「医薬品添加物の記載に関する自主申し合わせ」質疑応答集 )

参考資料:

2.特許侵害の立証プロセスについて

原告の侵害の立証を目的とした書類提出命令(文書提出命令)の申立てに対して、裁判所はインカメラ手続を経て被告の主張を認め、同申立てを却下した。過去裁判例において、書類提出命令の申立てが認められたケースは極めて少ないといわれている。過去の裁判例から、書類提出命令制度がどの程度利用されているのか、そして書類提出命令の申立てに対して裁判所はどのような判断をしているのかについて調査・分析した資料として下記が参考になる(4年前の資料ではあるが)。
(1) インカメラ手続の拡充等の平成30年法律改正(2019年7月1日施行)

書類提出の必要性を判断するためのインカメラ手続の導入及びインカメラ手続に専門委員が関与する制度の導入についての平成30年法律改正(平成30年法律第33号)が2019年7月1日に施行されたばかり(不正競争防止法等の一部を改正する法律(平成30年5月30日法律第33号)平成30年法律改正(平成30年法律第33号)解説書「第2章 インカメラ手続の拡充」)。本事件での書類提出命令申立てに基づくインカメラ手続は上記平成30年改正法施行前のことではあるが、仮にこれを適用しても申立て却下の結果は変わらないと考えられる。

(2) 査証制度の創設等の令和元年法律改正(2019年5月10日成立)

特許侵害の立証プロセスに係る法制度に関連して、上記インカメラ手続の拡充等の法律改正の施行(2019年7月1日)及びその効果が分かるのを待たずに、現地調査を行う制度(査証)の創設に関するさらなる特許法改正案が、同年3月1日に閣議決定され、「特許法等の一部を改正する法律(令和元年5月17日法律第3号)」として5月10日に可決・成立、5月17日に公布された。平成30年改正法が施行される前であり、その法改正の効果も見極めずに、更なる法改正を積み重ねることには大きな問題があり、2019年通常国会での法改正ありきの極めてタイトなスケジュール(2018年10月15日に開催された産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会第25回会合にて検討課題の提案募集がされてから2019年1月25日会合にて知財紛争処理システムの見直しに向けた報告書案が提示されるまでの約3か月間)で特許庁が検討を進めた(委員の選任にも問題があったとされる)ために産業界等の関係者との合意形成が不十分であったとして、経団連や知財協からは上記査証制度創設に関する特許法改正は時期尚早であるとして異例の反対意見表明がされていた。
査証制度の創設等の特許法等の一部を改正する法律案は、第198回通常国会・衆議院経済産業委員会審議(2019年4月12日議事録)及び参議院経済産業委員会審議(2019年5月9日議事録)において、反対意見も産業界からあり本当に煮詰められた法案なのかという疑問の指摘もされつつ、「査察」ではなく「査証」という言葉を用いた理由、査証人の選定基準はどうなるのか、査証による秘密漏洩リスク、査証人・執行官の秘密保持義務期間及び義務違反に対する罰則のレベル感、査証制度濫用への危惧と査証発令4要件、その具体的な判断基準、査証報告書の黒塗りの「正当な理由」判断と技術流出の懸念等について質疑が行われ、委員会及び本会議にてそれぞれ全会一致をもって可決された。査証制度に係る法律は、上記の通り運用面での懸念が多くあると思われるが、公布の日(2019年5月17日)から起算して一年六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行することになる。


2019/08/27

2019.08.27 「アルコン・協和キリン v. X」 最高裁平成30年(行ヒ)69

化合物の医薬用途に係る特許発明の進歩性の有無に関し当該特許発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定した原審の判断に違法があるとされた事例最高裁平成30年(行ヒ)69

【背景】

「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」に関する特許(第3068858号)に対する無効審判請求の不成立審決取消訴訟において、原審(2017.11.21 「X v. アルコン リサーチ, 協和発酵キリン」 知財高裁平成29年(行ケ)10003)は、本件各発明の効果は当業者において引用発明1及び引用例2記載の発明から容易に想到する本件各発明の構成を前提として予測し難い顕著なものであるということはできないから本件各発明の効果に係る本件審決の判断には誤りがあるとして本件審決を取り消した。本件特許を共有する上告人ら(アルコン、協和キリン)は最高裁に上訴した。

【要旨】

最高裁は、原審の上記判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり原判決を破棄し、本件各発明についての予測できない顕著な効果の有無等につき更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻した(以下判決文一部抜粋)。
「原審は,本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず,その他,本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない。そうすると,原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」

【コメント】

進歩性の判断において発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定する場合には、その特許発明として予測できる効果の範囲がどの程度なのかを推認できる事情等を認定する等の丁寧な検討が必要とされる。差し戻された本件が、知財高裁でどのように再検討されるか注目したい。

過去記事

2019/08/21

HIF-PH阻害剤の特許を巡るFibroGen/アステラスとAkebia/田辺三菱の争い

FibroGen社が保有する「赤血球形成を増強するためのHIFα安定剤の使用」に関する日本特許(第4845728号; 第5474872号; 第5474741号、特許期間満了日はいずれも2024年6月4日)が、田辺三菱製薬及びAkebia社から特許無効審判を請求されている(無効2018-800079; 無効2018-800093; 無効2018-800102)。


田辺三菱製薬とAkebia社は、2015年に、低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(Hypoxia Inducible Factor Prolyl Hydroxylase;HIF-PH)阻害剤であるバダデュスタット(Vadadustat)について、日本およびアジアの一部における開発および販売を田辺三菱製薬が独占的に実施する契約を締結。田辺三菱製薬は、2019年7月23日に、バダデュスタットについて、腎性貧血を適応症として日本において製造販売承認申請したばかり。

Vadadustat

田辺三菱製薬とAkebia社とが手を組んで日本で開発しているバダデュスタットが、FibroGen社の上記特許発明の技術的範囲に属している可能性があり、田辺三菱製薬とAkebia社は、請求した無効審判で上記特許の無効を勝ち取りたい構えだ。下記Akebia SEQ 10-Qによると、FibroGenが保有する各種特許群への異議申立・無効審判等の法手続きが世界的に進行しているが(欧米等における開発・販売は大塚製薬へのライセンス)、特に日本については、Fibrogen社が保有する別の特許第4804131号に対して請求した無効審判(無効2014-800093)において、バダデュスタットの化学構造式が範囲外となる構成にクレームを訂正させることに成功している。その結果は、上記係属中の3つの無効審判の結果にも少なからず影響するかもしれない。

特許権者であるFibroGen社は、アステラス製薬と共同でHIF-PH阻害剤であるロキサデュスタット(Roxadustat)の開発を進め、アステラス製薬が、2018年10月1日に、透析期の慢性腎臓病に伴う貧血を適応症として日本において製造販売承認申請を行っており、2019年8月29日に、厚労省・薬事食品衛生審議会・医薬品第一部会にてその承認可否が審議される予定。

Roxadustat


経口投与可能な腎性貧血の新たな治療薬として期待されるHIF-PH阻害剤は、複数製薬会社により開発が進められており、アステラス製薬のロキサデュスタット、田辺三菱製薬のバダデュスタットが日本で製造販売承認申請され、承認待ちの状況。HIF-PH阻害剤による腎性貧血市場での覇権争いは、日本でも特許的場面において大きな争いに発展するのかどうか目が離せない。


2019/08/15

リリカ®用途特許を巡るジェネリックメーカーの動き

疼痛治療剤リリカ®(プレガバリン)を保護している用途特許(日本特許第3693258号)の有効性を巡り、先発メーカーのファイザー社(特許権者名義はワーナー-ランバート社)と複数のジェネリックメーカーが特許無効審判で争っている(無効2017-800003)。リリカ(Lyrica)®は、世界売上ランキングトップ20にも入っているブロックバスターだが、多くの国で既にジェネリックが参入し始めている。日本ではまだジェネリックが承認されておらず、2018年度の国内売上高は約1000億円といわれている(IQVIA発表)。

無効審判を請求したのは沢井製薬(請求日は2017年1月16日)。審判には、他のジェネリックメーカーも次々と参加を表明(15社)。リリカ®の再審査期間は2018年4月15日までで終了していることから、各ジェネリックメーカーは、上記特許の無効審決を得て、リリカ®のジェネリックの承認へと持ち込みたいと目論んでいたのかもしれないが、2019年8月15日の承認には至らなかったようだ。この特許は、20年の存続期間満了が2017年7月16日であったところ、効能・効果追加承認ごとに延長登録し、最長満了日は2022年7月16日。

リリカ®の特許権存続期間延長登録:
  • 2010年4月16日: リリカ®カプセル 25mg/75mg/150mg、「帯状疱疹後神経痛」を効能・効果として承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2010-700105; 特願2010-700106; 特願2010-700107・・・延長期間はいずれも4年9月14日
  • 2010年10月27日: 「帯状疱疹後神経痛」を「末梢性神経障害性疼痛」に拡大承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2011-700002; 特願2011-700003; 特願2011-700004・・・延長期間はいずれも5年
  • 2012年6月22日: 「線維筋痛症に伴う疼痛」の効能・効果を追加承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2012-700107; 特願2012-700108; 特願2012-700109・・・延長期間はいずれも5年
  • 2013年2月28日: 「末梢性神経障害性疼痛」を「神経障害性疼痛」に拡大承認
    特許権存続期間延長登録: 特願2013-700062; 特願2013-700063; 特願2013-700064・・・延長期間はいずれも5年
無効審判の状況はというと、2019年2月28日になされた審決予告において、特許庁は、当業者は本件明細書に記載の薬理試験結果の記載に接しても、本件発明に係る鎮痛剤が「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」以外の請求項4に記載の各痛みに効果を有することを認識することができないなどとして、本件発明1~4に係る特許は無効理由1(実施可能要件違反)及び無効理由2(サポート要件違反)によって無効とすべきものであると判断している。これに対し、特許権者側は訂正請求書を提出(2019年7月1日)したようであり、ジェネリックメーカーが勝ち取りたい無効審決(または権利侵害とならないクレームへの訂正請求が認められての審決)に至るのかどうか、決着にはもう少し時間がかかりそうだ。

参考:

本件特許ファミリーである欧州特許(EP0934061)の有効性及び特許侵害について争われた英国最高裁判断についての記事:
Pfizer SEC FILINGS 2018 Q4 FORM 10-Kより:
  • U.S. Basic Product Patent Expiration Year: 2019
    "In November 2018, the FDA granted pediatric exclusivity for Lyrica in the U.S. for an additional six months to June 2019; pediatric exclusivity applies to both the basic product patent for Lyrica and a method of treatment patent, both of which expired in the U.S. in December 2018."
  • Major EU Basic Product Patent Expiration Year: 2014
    "Lyrica regulatory exclusivity in the EU expired in July 2014."
  • Japan Basic Product Patent Expiration Year: 2022
    "Lyrica is covered by a Japanese method-of-use patent which expires in 2022. The patent is currently subject to an invalidation action."

2019/08/07

ホスレノール®後発品(炭酸ランタンOD錠)の特許侵害訴訟 バイエル薬品が控訴取下げ

2019年8月6日付のコーアイセイのプレスリリースによると、バイエル薬品が、コーアイセイ他4社に対し、バイエル薬品の高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物)のジェネリックである炭酸ランタンOD錠の製造販売行為の差止め等を求め2018年9月3日に提起し係争中であった特許権侵害差止請求控訴事件(令和元年(ネ)第10051号)について、バイエル薬品が2019年7月31日付で控訴の全部を取り下げたことにより、バイエル薬品の請求が棄却された第一審判決(2019.06.12 東京地裁平成30年(ワ)第28391号)が確定したとのことです。

対象となった特許は、バイエル薬品が保有する炭酸ランタンのOD錠に関する特許第6093829号。2015年10月2日に出願され、2035年10月2日が存続期間満了日。上記侵害差止請求事件と並行して、コーアイセイを請求人とする特許無効審判請求事件(無効2017-800104号)が係属しており、2018年12月12日の審決の後、2019年1月11日に審決取消訴訟が提起されています(平成31年(行ケ)10003)。

ホスレノール®は、バイエル薬品が、2008年10月16日に、「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で、最初はチュアブル錠として製造販売承認を取得。OD錠として、2017年2月6日に承認を取得。再審査期間は8年(2008年10月16日~2016年10月15日)。

参考:


2019/08/03

エビリファイ®用途特許を巡るジェネリックメーカーの動き

抗精神病薬エビリファイ®(アリピプラゾール)の特定の効能・効果(「双極性障害における躁症状の改善」、「うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められていない場合に限る)」)を保護している、大塚製薬が保有する用途特許(日本特許第4178032号、2022年1月29日満了(さらに存続期間延長登録あり))が、複数のジェネリックメーカーからそれぞれ特許無効審判を請求されている(無効2018-800113; 無効2018-800123; 無効2018-800127; 無効2018-800130)。無効審判を請求しているのは、共和薬品工業、ニプロ、東和、Meiji Seikaファルマ。これらメーカーのジェネリックは「統合失調症」のみを効能・効果とするいわゆる「虫食い」であり、上記特許の無効審決を得て、効能・効果の追加承認を得ようと試みていると思われる。

エビリファイ®の再審査期間のうち、「統合失調症」及び「双極性障害における躁症状の改善」は2006年1月23日~2016年1月22日、「うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められていない場合に限る)」は2013年6月14日~2017年6月13日。前者の再審査期間終了を待って2017年2月15日に初承認されたジェネリックは、いずれも効能・効果が「統合失調症」のみの「虫食い」であった。これは、「双極性障害における躁症状の改善」を保護する上記用途特許が有効に存続していたためと考えられる。

2017年3月6日、沢井製薬は、共和薬品工業、ニプロ、東和、Meiji Seikaファルマよりも先んじて、上記用途特許の無効審判を請求し(無効2017-800030)、2018年7月9日に請求を取下げている。沢井製薬は、その後タイミングよく、2018年9月5日に「双極性障害における躁症状の改善」の追加承認(「うつ病・うつ状態(既存治療で十分な効果が認められていない場合に限る)」も2019年3月6日に追加承認)を得ていることから、大塚製薬から上記効能・効果に関する実施許諾を得たのではないかと推測される。ジェネリックの中で、上記効能・効果の追加承認を得ているのは沢井製薬だけであり、共和薬品工業、ニプロ、東和、Meiji Seikaファルマ等の他のジェネリックメーカーは、効能・効果の点で沢井製薬に先を越された状況となっている。


2019/07/28

2019.07.18 「レクサン v. 特許庁長官」 知財高裁平成30年(行ケ)10133

補正ミスに気付かず特許査定に。訂正できず: 知財高裁平成30年(行ケ)10133

「1-[(6,7-置換-アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」に関する特願2007-542886(WO2006/054830; 特表2008-520653)について、出願人である原告(レクサン及びコーリアリサーチ)は、誤った内容を記載した手続補正書を提出したまま特許査定となったことに気付き、特許査定の取消しを求め行政訴訟を提起したが認められず(2015.06.10 「国 v. レクサン」 知財高裁平成26年(行コ)10004; 10005)、特許権の設定登録に至った(特許第6097946号)。本件は、その誤りを訂正しようとした訂正審判請求を不成立とした審決(訂正2017-390124号)の取消訴訟である。

裁判所は、訂正事項2(「R2は塩素であり」を「R2は水素であり」と訂正する)は実質上特許請求の範囲を変更するものと認められるから、特許法126条6項の要件に適合しないというべきであり、これと同旨の本件審決の判断に誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した。

レクサンのプレスリリース及びポスター発表によれば、本件出願ファミリーである欧州特許(EP1819698B)及び米国特許(US8,314,100B)が開発中の抗がん剤であるSupinoxin (RX-5902)をカバーするものであり、本件出願で問題となった「R2は水素」である化合物がそのRX-5902であることが分かる。上記欧州及び米国特許クレームは、「R2は水素」である化合物はカバーしている。日本では訂正審判も試みたが認められず本件特許クレームで開発品をカバーできない結果となった。

過去記事:


2019/07/22

ハーセプチン®バイオシミラー(トラスツズマブ): セルトリオンとジェネンテックが和解

2019年7月22日付のセルトリオン・ヘルスケア・ジャパンのプレスリリース及び日本化薬のプレスリリースによれば、トラスツズマブBS点滴静注用60mg・同150mg(一般名:トラスツズマブ(遺伝子組換え)[トラスツズマブ後続1])に関して、セルトリオン社とジェネンテック社で係争中の特許無効審判請求は和解により解決することで合意したとのことです。

参考:

2019/07/15

2019.06.13 「アミレックス v. 特許庁長官」 知財高裁平成30年(行ケ)10125

βアミロイドを透析工程で補足・除去しアルツハイマー病を治療する知財高裁平成30年(行ケ)10125

アミレックス ファーマシューティカルズ インコーポレイテッドの「β-アミロイドの対外的減少のための新規組成物及びその製造方法」に関する特許出願(特願2015-508893号)について、進歩性欠如(特許法29条2項)を理由とする拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決(不服2016-16991号)の取消訴訟である。

裁判所は、(a)引用発明に他の引用文献に記載された技術を適用して本願発明とすることは当業者にとって容易に想到できる、(b)顕著な効果を有するとの原告の主張は、引用発明が当然備える効果であるから理由がなく、(c)引用文献は技術分野が異なりまた阻害要因もあるとの原告の主張も理由がない、と判断し、原告の請求を棄却した。

本願発明:
患者のβアミロイドレベルの誘導に関連する病的症状の治療用の改良された透析液製剤を製造する方法であって,該方法は,(a)捕捉結合剤としての以下の構造(構造は省略)を有する四量体ペプチド及びキャリアを含む組成物を調製する工程と,(b)前記組成物を透析緩衝液と混合する工程とを含み,前記キャリアは,ポリ(エチレングリコール)架橋キャリアゲルである方法。

【コメント】

アミレックス社のwebpageによると、昨年フィリピンFDAから承認されたアミレックス社の製品(BETACLEAR®)は、本件特許出願の優先権の基礎となるフィリピン出願(PH/1/2013/000037)の登録特許により保護されているようである。アミレックス社が日本においても同製品の開発を進めるのかどうかは明らかでないが、本件出願が特許として成立していたならば、その製品を保護していたものと考えられる。

2019/07/02

2019.06.26 「アレクシオン v. 中外製薬」 知財高裁平成30年(行ケ)10043

中外製薬のリサイクリング抗体創製技術に関する特許知財高裁平成30年(行ケ)10043

【背景】

特許第4954326号より
被告(中外製薬)が保有する「複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子」に関する特許(第4954326号)に対して原告(アレクシオン)が請求した無効審判請求について、特許庁がした請求不成立審決(無効2016-800136号)の取消訴訟。争点は、実施可能要件及びサポート要件(取消事由2(無効理由1))等。本件特許明細書によれば、本発明者らは、血漿中(血中)でのpHにおける抗原結合活性と比較して早期エンドソーム内でのpHにおける抗原結合活性が弱い抗原結合分子は抗原に複数回結合し、血漿中半減期が長いことを見出した。本件発明は、1分子の抗原結合分子が複数の抗原に結合することで抗原結合分子の薬物動態を向上させ、in vivoにおいて通常の抗原結合分子よりも優れた効果を発揮させることができるというものである。

請求項1:
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が2以上,10000以下の抗体であって,血漿中半減期が長くなった抗体を含む医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件特許は実施可能要件に適合しないから無効とされるべきところ、これを否定した本件審決の判断に誤りがあるとして、審決を取り消した。以下、判決抜粋。

(1) 実施可能要件について
「本件発明1の特許請求の範囲には,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数についての限定がないから,本件発明1に係る医薬組成物に含まれる抗体についても,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数は限定されないことが理解できる。よって,本件発明1の技術的範囲には,1個又は複数のヒスチジン置換及び/又は挿入がされ,所定のpH依存的結合特性を有し,血漿中半減期が長くなったあらゆる抗体を含む医薬組成物が含まれることになる。そうすると,本件発明1が実施可能要件に適合するためには,このような本件発明1に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされていなければならないものと解される。」
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載について
「ヒスチジンに置換される箇所に関しては,【0070】~【0078】に,抗原結合分子が抗体の場合には,抗体のCDR配列やCDRの構造を決定する配列が考えられ,例として重鎖について16箇所,軽鎖について10箇所が挙げられること,さらに,このうち4箇所は普遍性の高い改変箇所と考えられること,複数の箇所を組み合わせてヒスチジンに置換する場合の好ましい組み合わせの具体例をいくつか挙げることができることなどが記載されている。しかし,上記のCDR配列は,あくまでも例にすぎず,これ以外の箇所の改変によって所望の抗体が得られることもあり得るから,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に当てはまるものではない。」
「実施例2にはホモロジーモデリング及び立体構造モデルを用いる方法が記載されている(【0285】)。しかし,ホモロジーモデリングとは,アミノ酸配列に相同性のある構造既知タンパク質の立体構造をもとに,構造未知タンパク質の立体構造を計算機上で予測する手法であり,構造予測を行うタンパク質とアミノ酸配列に相同性のあるタンパク質の立体構造の情報があることが前提となる技術である(当事者間に争いがない。)。そうすると,ホモロジーモデリングを用いる実施例2の方法については,構造未知の抗体一般についてヒスチジン置換位置を検討する場合に常に利用できるとは限らないものである。よって,実施例2の方法は,本件発明1に係る医薬組成物全体に適用できるものではない。」
「実施例3には,ヒスチジンスキャニングの手法によって,CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所を予め選び出し,当該箇所のいずれか1か所がヒスチジン置換された抗体を作製する方法が記載されている(【0288】~【0290】)。この方法は,上記(イ)の実施例2の方法とは異なり,構造未知の抗体に対しても適用可能であるということができる。しかし,本件明細書の記載からは,実施例3における「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」(【0289】)に,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が必ず含まれるかは不明である。また,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が,本件明細書にいう「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」に必ず含まれるとの技術常識を認めるに足りる証拠もない。したがって,実施例3の方法は,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に適用できるものではない。」
「以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。」
(3) 被告の主張について
「被告は,抗体を作製した後のヒスチジン置換位置の特定について,「所望のpH依存性を示す(有望であること,ないし,pH依存的結合特性がもたらされたことが判明した)箇所」という基準により行うことを主張しているが,本件明細書にはこのような記載はないし,本件明細書や証拠上現れた技術常識によってもどのような基準に基づいてヒスチジン置換位置を特定すれば,本件発明1に含まれる医薬組成物全体について実施することができるのかが明らかではない。このように,本件明細書には,被告主張ヒスチジンスキャニングによって,どのようにヒスチジン置換位置を特定するかの情報が不足しており,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。」

【コメント】

原告は、本件発明をいわゆる「リーチ・スルー」クレームであると主張し、被告は、本件発明が、具体的な課題解決手段に基づくものであり、可変領域へのヒスチジンの導入という配列の特徴によって特定しているから、「リーチ・スルー」クレームとは異なると反論した。裁判所は、本件発明が「リーチ・スルー」クレームかどうかという点には触れることなく、本件発明に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされているかどうかを判断した。

本件発明は、抗体が抗原に繰り返し結合することで抗体が作用する時間を延ばす「リサイクリング抗体」を創製する技術(参照: SMART-Ig® (リサイクリング抗体®創製技術))。中外製薬のアニュアルレポート2018によると、中外製薬は補体成分C5を抑制する抗C5リサイクリング抗体「SKY59/RG6107」(crovalimab)を開発中。中外製薬独自の抗体技術を複数適用することで、半減期延長を実現しており(非臨床試験)、皮下投与による自己注射を目指した開発を行っている。ロシュとの共同開発により、2016年11月から第Ⅰ/Ⅱ相国際共同治験を開始し、2017年9月に米国で、発作性夜間ヘモグロビン尿症を予定適応症として希少疾病用医薬品の指定を受けている。

1.日本での状況

本件出願 2010-507273(特許第4954326号)には分割出願が以下の通り存在する。
  • 特願2011-171225(特許第4961501号)・・・(註2)
  • 特願2011-268497(特許第5048866号)・・・(註2)
  • 特願2012-160692(特許第5503698号)・・・(註1)
  • 特願2014-051047(特許第5824095号)・・・(註1)
  • 特願2015-199906(特許第6082447号)・・・(註2)
  • 特願2017-008075(特許第6417431号)・・・(註2)(註3)
  • 特願2018-189946
(註1) 特許第5503698号及び特許第5824095号についての無効審判請求不成立審決取消訴訟の判決も本件判決と同日に言渡された。本判決と同様に、裁判所は、本件特許は実施可能要件に適合しないから無効とされるべきところ、これを否定した本件審決の判断に誤りがあるとして、審決を取り消した。
(註2) 特許第4961501号、特許第5048866号、特許第6082447号及び特許第6417431号については、現時点で無効審判は請求されていない。

(註3) 2018年12月5日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、アレクシオンファーマ合同会社が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ラブリズマブ(Ravulizumab))が、中外製薬が保有する本件特許第4954326号およびその分割である特許第6417431号に触れるとし、「ALXN1210」の国内における製造および販売を含む侵害差止めを求めて2018年12月5日付にて東京地裁において特許権侵害訴訟を提起した。アレクシオン社のラブリズマブ(Ravulizumab)は、抗補体(C5)モノクローナル抗体製剤「ユルトミリス®点滴静注 300 ㎎」の有効成分。2019年6月18日に発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療薬として日本での製造販売承認を取得した。本判決により、本件特許第4954326号が無効判断されたため、上記特許侵害訴訟の方も中外製薬の主張が認められる可能性は厳しいと思われる。

2.欧州での状況

本件特許の欧州ファミリー特許は以下の通り。
  • EP2275443B:
    Claim 1. A method for improving the pharmacokinetics of an antibody, said method comprising substituting at least one amino acid of a CDR of the antibody with a histidine, or inserting at least one histidine into a CDR of the antibody, wherein the histidine substitution or insertion increases the KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value as compared to the KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value before the histidine substitution or insertion, wherein said KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value is defined as the ratio of the antigen-binding activity at pH 5.8 and the antigen-binding activity at pH 7.4, and wherein said histidine substitution or insertion
    (a) prolongs the half-life in plasma or the mean plasma retention time of said antibody; or
    (b) increases the number of times of antigen-binding for said antibody, which increase corresponds to an increase in the number of cycles that said antibody bound by an antigen is internalized into a cell and released in an antigen-free form to the outside of the cell.
    登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行った。2018年4月26日付でEPO異議部は特許維持の決定をしたため、異議申立人らは審判請求をしている(Appeal recieved No. T1511/18)。
  • EP2708558B: 抗体のスクリーニング方法特許。登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行い、審理中。
  • EP2708559B: 抗体の製造方法特許。登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行い、審理中。

3.米国での状況

本件特許の米国ファミリー特許は以下の通り。
  • 9,868,948: 抗体を含む医薬組成物の製造方法特許。
  • 9,890,377:
    Claim1. A method of removing an antigen from plasma, the method comprising:
    (a) identifying an individual in need of having an antigen removed from the individual's plasma;
    (b) providing an antibody that binds to the antigen through the antigen-binding domain of the antibody and has a KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value, defined as the ratio of KD for the antigen at pH 5.8 and KD for the antigen at pH 7.4, of 2 to 10,000, when KD is determined using a surface plasmon resonance technique in which the antibody is immobilized, the antigen serves as analyte, and the following conditions are used: 10mM MES buffer, 0.05% polyoxyethylenesorbitan monolaurate, and 150mM NaCl at 37.degree. C.; and
    (c) administering the antibody to the individual, wherein the antibody binds to the antigen in plasma in vivo and dissociates from the bound antigen under conditions present in an endosome in vivo, and wherein the antibody is a human IgG or a humanized IgG.
2018年11月16日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、2018年11月15日、Alexion Pharmaceuticals, Inc.が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ravulizumab)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一つである米国特許第9,890,377号に触れるとし、「ALXN1210」の米国における製造および販売を含む侵害差止めを求める訴えを米国デラウエア州連邦地裁に提起した。

2019/06/10

2019.06.07 「ネオケミア v. メディオン」 知財高裁平成30年(ネ)10063

特許法102条2項・3項(損害の額の推定)についての知財高裁大合議判決知財高裁平成30年(ネ)10063

「二酸化炭素含有粘性組成物」に関する特許権(第4912492号; 第4659980号)を保有するメディオン(被控訴人)が、炭酸パック化粧料(被告各製品)を製造・販売したネオケミア(控訴人)らに対して提起した特許権侵害訴訟。損害賠償請求の一部を容認した原判決(大阪地裁平成27年(ワ)4292)を不服として控訴人らが控訴した。

知財高裁(大合議)は、被告各製品は特許発明の技術的範囲に属し、特許の無効理由が存するとは認められないとした上で、被控訴人の損害額について、概要、以下のとおり判示して、控訴人らの控訴を棄却した。損害の額の推定を規定した特許法102条2項における「侵害した者・・・がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額」を算定するための考え方及び同条3項で定める「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」において適用すべき実施料率に考慮すべき事情が判示された。

(1) 特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額について
  • 特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは,原則として,侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって,このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。侵害行為により侵害者が受けた利益の額は,侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費(例えば,侵害品についての原材料費,仕入費用,運送費等が該当し,管理部門の人件費や交通・通信費等は,通常,該当しない。)を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。
  • 本件において,控訴人らが主張する人件費,試験研究費,宣伝広告費,サンプル代及び在庫品の仕入金額のうち,試験研究費及び宣伝広告費の一部については被告各製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったといえるから,控除すべき経費に当たるが,その余については,被告各製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできないから,控除すべき経費とみるのは相当ではない。

(2) 特許法102条2項の推定覆滅事由について
  • 特許法102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。
    例えば,
    ①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),
    ②市場における競合品の存在,
    ③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),
    ④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)
    などの事情について,特許法102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
  • 競合品といえるためには,市場において侵害品と競合関係に立つ製品であることを要するものと解される。また,侵害品が特許権者の製品に比べて優れた効能を有する,あるいは,侵害品が他の特許発明の実施品であるといった事情があるとしても,そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく,優れた効能があることや他の特許発明を実施したことが侵害品の売上げに貢献しているといった事情がなければならないというべきである。
  • 本件において,控訴人らの主張する推定覆滅事由のうち,競合品の存在,控訴人らの営業努力,被告各製品が顕著に優れた効能を有すること,被告各製品が控訴人らのうちの1名の特許発明の実施品であることについては,いずれも,その事実が認められないか,それが侵害者の売上げに貢献しているといった事情が認められない。また,控訴人らが主張するその余の推定覆滅事由は,被控訴人の受ける損害とは無関係であり,推定覆滅事由に当たらない。したがって,特許法102条2項による推定の覆滅は認められない。

(3) 特許法102条3項所定の受けるべき金銭の額について
  • 特許法102条3項は,特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定である。同項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに,実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
  • 特許法102条3項所定の「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」については,平成10年法律第51号による改正前は「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」と定められていたところ,「通常受けるべき金銭の額」では侵害のし得になってしまうとして,同改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し,技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には,侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。そして,上記のような特許法改正の経緯に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たっては,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,特許権侵害をした者に対して事後的に定められる,実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
    したがって,実施に対し受けるべき料率は,
    ①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,
    ②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,
    ③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,
    ④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針
    等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。
  • 本件において,
    ①本件各特許の実際の実施許諾契約の実施料率は本件訴訟に現れていないところ,本件各特許の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が,国内企業のアンケート結果では5.3%で,司法決定では6.1%であること及び被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること,
    ②本件発明1-1及び本件発明2-1は相応の重要性を有し,代替技術があるものではないこと,
    ③本件発明1-1及び本件発明2-1の実施は被告各製品の売上げ及び利益に貢献するものといえること,
    ④被控訴人と控訴人らは競業関係にあること
    など,本件訴訟に現れた事情を考慮すると,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき本件での実施に対し受けるべき料率は,10%を下回らないものと認めるのが相当である。

過去関連記事:

2019/06/08

テリパラチド酢酸塩に関する特許権について

2019年6月5日付の「【謹告】テリパラチド酢酸塩に関する特許権について」によると、旭化成ファーマ(株)は、テリパラチド酢酸塩を有効成分とする骨粗鬆症治療ないし予防剤に関する特許権(日本特許第6522715号)が以下の特許請求の範囲(請求項2は省略)にて登録されたとのことです。

【請求項1】
1回当たり200単位のPTH(1-34)又はその塩が週1回投与され、PTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する、骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって、下記(1)~(3)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とし、皮下注射投与であることを特徴とする、骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である
上記特許権は元をたどると特願2011-530844(再表2011/030774; WO2011/030774)を原出願とするものです。この特願2011-530844については、拒絶審決取消訴訟(2016.11.28 「旭化成ファーマ v. 特許庁長官」 知財高裁平成27年(行ケ)10241)で新規性・進歩性が争われた経緯があります。本件特許権は、拒絶査定不服審判(不服2018-8267)において、発明の効果について、上記判決を踏まえつつ実験成績証明書とともに意見書で反論(2018.10.29提出)したことで、進歩性における拒絶理由が解消され登録に至ったようです。

旭化成ファーマ(株)は、ヒト副甲状腺ホルモン(PTH)の活性部分であるN端側の1-34ペプチド断片であるテリパラチド(Teriparatide)酢酸塩を有効成分とする週1回皮下投与の骨粗鬆症治療剤「テリボン(TERIBONE)®皮下注用56.5μg」を製造販売しています(再審査期間は終了、2011年9月26日~2017年9月25日(6年))。テリボン®皮下注用56.5μgの添付文書には、以下のように記載されています。
【効能又は効果】
骨折の危険性の高い骨粗鬆症
【効能・効果に関連する使用上の注意】
本剤の適用にあたっては、低骨密度、既存骨折、加齢、大腿骨頸部骨折の家族歴等の骨折の危険因子を有する患者を対象とすること。

2019年2月に、子会社の旭化成シンメッドが、テリボン®皮下注用56.5μgのオーソライズド・ジェネリックの承認を得ています。

参考:

2019/05/28

2019.05.17 「Dana-Farber Cancer Institute, Inc. v. Ono Pharmaceutical Co., Ltd. et al」 UNITED STATES DISTRICT COURT DISTRICT OF MASSACHUSETTS Case 1:15-cv-13443-PBS

2019年5月17日、米国地裁は、PD-1に関する所謂「本庶特許」について、Dana-Farber Cancer InstituteのFreeman博士とWood博士の二名が共同発明者であるとの判決を下しました。以下、判決文の一部を引用。
"Dr. Honjo reached out to Dr. Wood to find PD-L1 because he did not fully understand the biological mechanism of the PD-1 signaling pathway. While Dr. Honjo knew that activation of PD-1 has an inhibitory effect, he did not know that PD-L1 triggers this effect when it binds to PD-1 or how strong the inhibitory signal is."

"Dr. Freeman and Dr. Wood discovered that anti-PD-1 and anti-PD-L1 antibodies can block the pathway’s inhibitory signal. Dr. Wood conducted an experiment using one of Dr. Honjo’s anti-PD-1 antibodies that showed blockage of the PD1/PD-L1 pathway, and both Dr. Freeman and Dr. Wood developed their own anti-PD-L1 blocking antibodies. They communicated these results to Dr. Honjo at multiple collaboration meetings before the date of conception."

"It is clear Dr. Honjo and his colleagues were focused on the relationship between PD-1 and autoimmune disease, not cancer, before the collaboration with Dr. Freeman and Dr. Wood began."

"Even if it is not clear who was the first to contribute the idea of blocking the pathway to treat cancer, Dr. Freeman and Dr. Wood made the contributions described above as part of a collaboration aimed at developing a treatment for cancer, and they all understood and communicated with excitement the connection between their discoveries relating to the pathway and cancer. Ultimately, conception of the inventions in the Honjo patents was the result of the collaboration of all three scientists."

参考:


2019/05/27

2019.04.25 「ニプロ v. 千葉大学・扶桑薬品工業」 知財高裁平成30年(行ケ)10061

用時混合型急性血液浄化用薬液の進歩性: 知財高裁平成30年(行ケ)10061

被告(千葉大学・扶桑薬品工業)が保有する「安定な炭酸水素イオン含有薬液」に関する特許(第5329420号)に対して原告(ニプロ)がした無効審判請求の不成立審決(無効2017-800014号)取消訴訟。裁判所は、本件訂正発明1は当業者が甲3に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるから、これと異なる本件審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由があるとして、本件審決を取り消した。
本件特許の分割出願特許(第5636075号)に対しても、無効審判請求不成立審決(無効2017-800015号)の取消訴訟が進行中のようである(平成30年(行ケ)10165)。

相違点の容易想到性について

訂正発明1
引用発明2との相違点
裁判所の判断
ナトリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオンおよび水を含むA液と,ナトリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,ブドウ糖および水を含むB液を含み,そして・・・
(相違点(甲3-1-1’))
本件訂正発明1では,ナトリウムイオンはA液にもB液にも配合されているのに対し,引用発明2では,第一単一溶液にしか配合されていない点。
甲3記載の実施例4(引用発明2)において,ナトリウムイオンを,通常のように,第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合させる構成とすることは,当業者が適宜選択し得る設計的事項であるものと認められる。
したがって,当業者は,引用発明2において,第一単一溶液のみに配合されているナトリウムイオンを第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合する構成(相違点(甲3-1-1’)に係る本件訂正発明1の構成)に変更することを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は誤りである。
A液とB液を合した混合液において,・・・無機リン濃度が4.0mg/dLであり,
(相違点(甲3-1-6’))
混合液中の無機リン濃度が,本件訂正発明1では4.0mg/dLであるのに対し,引用発明2では3.72mg/dLであると算出される点。
甲3に接した当業者においては,滅菌の安定なリン酸塩含有医療溶液を得るために,引用発明2における第一単一溶液と第二単一溶液を混合した即時使用溶液の「HPO₄²⁻」(リン酸イオン濃度)「1.20mM」(無機リン濃度3.72mg/dL)を上記③の「1.0~2.8mM」(無機リン濃度3.1~8.7mg/dL)の範囲内で調整することを試みる動機付けがあるものと認められるから,引用発明2における無機リン濃度を上記数値範囲内の「4.0mEq/L」(相違点(甲3-1-6’)に係る本件訂正発明1の構成)にすることを容易に想到することができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
カルシウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり,


マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lであり,
(相違点(甲3-1-7’))
混合液中のマグネシウムイオン濃度が,本件訂正発明1では1.0mEq/Lであるのに対し,引用発明2では1.2mEq/Lであると算出
される点。
技術常識又は周知技術を踏まえると,引用発明2における上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度(「1.2mEq/L」)及び炭酸水素イオン濃度(「30.0mEq/L」)を市販されている透析液及び補充液のそれぞれの数値範囲の中で調整することは,当業者が適宜選択し得る設計事項であるものと認められる。
そうすると,甲3に接した当業者は,引用発明2における上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度を市販されている透析液及び補充液の上記数値範囲内の「1.0mEq/L」(相違点(甲3-1-7’)に係る本件訂正発明1の構成)に,炭酸水素イオン濃度を市販されている透析液及び補充液の上記数値範囲に含まれる「32.0mEq/L」(相違点(甲3-1-8’)に係る本件訂正発明1の構成)にすることを容易に想到することができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
炭酸水素イオン濃度が32.0mEq/Lであり,
(相違点(甲3-1-8’))
混合液中の炭酸水素イオン濃度が,本件訂正発明1では32.0mEq/Lであるのに対し,引用発明2では30.0mq/Lであると算出される点。
そして少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,
(相違点(甲3-1-3’))
本件訂正発明1では,「A液とB液を合した混合液において,……,少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制される」ことが発明特定事項とされているのに対し,引用発明2では,それに対応する発明特定事項がない点。
本件訂正発明1の「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という構成は,引用発明2において,相違点(甲3-1-1’),(甲3-1-4’),(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)に係る本件訂正発明1の構成とした場合に,自ずと備えるものといえる。
したがって,引用発明2において,相違点(甲3-1-3’)に係る本件訂正発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
用時混合型急性血液浄化用薬液。
(相違点(甲3-1-4’))
本件訂正発明1は「急性血液浄化用薬液」であるのに対し,引用発明2は「医薬溶液」である点。
甲3に接した当業者においては,甲3記載の実施例4(引用発明2)において,当該「医療溶液」を「用時混合型急性血液浄化用薬液」にすることを試みる動機付けがあるものと認められる。
したがって,当業者は,引用発明2において,相違点(甲3-1-4’)に係る本件訂正発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,誤りである。


 顕著な効果について
「患者に対する混合液の使用を「7日間」継続し,その間に「pHが7.23~7.29から7.89~7.94までほぼ直線的に上昇した状況」に置くことは,用時混合型急性血液浄化用薬液の通常の使用方法としては想定されないものといえる。そうすると,かかる状況下で7日間にわたり不溶性微粒子や沈殿の形成が抑制されたという効果は,用時混合型急性血液浄化用薬液に通常求められる効果であるとはいえない・・・。
次に・・・本件明細書には,本件訂正発明1の成分組成及びイオン濃度を有する用時混合型急性血液浄化用薬液において,「混合後27時間経過時」及び「54時間経過時」のpHの推移,微粒子の形成状況について明示した記載はないから,上記対比試験の結果(甲18の参考資料3)に基づく効果は,本件明細書に記載された本件訂正発明1の効果であるとは認められない。
さらに,本件審決は,本件訂正発明1は,「急性血液浄化用薬液」として有用であるという,甲3の記載からは予想し得ない効果を奏するものである旨判断したが,・・・当業者は,引用発明2を「用時混合型急性血液浄化用薬液」として使用することを容易に想到することができたものと認められるから,甲3の記載からは予想し得ない効果であるとは認められず,本件審決の上記判断は,誤りである。」

2019/05/19

2019.04.12 「アーシャ ニュートリション サイエンシーズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成30年(行ケ)10117

明確性要件は第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべき知財高裁平成30年(行ケ)10117

【背景】

「脂質含有組成物およびその使用方法」に関する特許出願(特願2011-506377)の分割出願(特願2014-99072)の拒絶審決(不服2016-5871)取消訴訟。審決理由は、明確性要件(特許法36条6項2号)及びサポート要件(同項1号)に適合しないというもの。

請求項1(特定事項A~Iに分説):
A 対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって,
B 前記対象の一つ以上の要素は,以下:前記対象の年齢,前記対象の性別,前記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍容性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生活圏の周囲の温度範囲から選択され,
C ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,
D ここでω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいており;
E ここでω-6対ω-3の比が,4:1以上,ここでω-6の前記用量が40グラム以下であり;
F または前記対象の食餌および/または配合物における抗酸化物質,植物化学物質,およびシーフードの量に基づいて1:1~50:1;
G またはここでω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり;
H またはここで前記脂肪酸の含有量は,下記表6:(表は略)と適合する,
I 前記使用。

【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由(明確性要件の判断の誤り)2及び3(サポート要件の判断の誤り)は理由があるから、原告の請求を認容することとし、審決を取り消した。以下、裁判所の判断の抜粋。

取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について
「特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

・・・特定事項Aは,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を「指標」として使用する方法である旨特定するものである。特定事項Aに係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。

・・・特定事項Cは,対象に投与される脂質含有配合物が脂肪酸を含み,当該脂肪酸は,具体的には,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸とともに,その余の脂肪酸を含むことができ,これらの脂肪酸全体の量が脂肪酸の一日用量に相当し,これらの脂肪酸は,当該脂質含有配合物の1又は複数の部分に含まれる旨特定するものである。特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。

よって,取消事由2は理由があり,本願発明は明確性要件違反を理由に拒絶すべきものとはいえない。」

取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について
「本件審決は,サポート要件について,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」との技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから,本願発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないと判断した。
そして,本件審決は,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて,何ら検討判断していない。・・・本件審決は,サポート要件を形式的に判断した部分について誤りがあるだけではなく,そもそも同要件を実質的に検討判断しておらず,その判断枠組み自体に問題がある。よって,取消事由3は,その趣旨をいうものとして理由がある。」

【コメント】

本件特許出願(特願2014-99072)の原出願にあたる特願2011-506377は、拒絶審決取消訴訟(2017.10.13 「アーシャ ニュートリション サイエンシーズ v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10216)にて請求棄却後、上告受理申立したが却下となっている。

Asha Nutrition Sciences, Inc.のwebpageからの知的財産情報(http://asha-nutrition.com/research/intellectual-property/)によると、現時点で、本件特許出願(特願2014-99072)は、製品名「LipiLife」、「Tailored Lipids & Micronutrients」、「Low-lipid or Lipids Free Complements」をカバーする特許情報としてリストされている。

2019/05/15

2019.03.14 「レッドエックス ファーマ v. 国」 知財高裁平成30年(行コ)10002

事務所員の誤入力により国内書面提出期間内に手続できなかったことに「正当な理由」があったか?: 知財高裁平成30年(行コ)10002

知財高裁も、本件却下処分に控訴人主張の違法があるとは認められず、控訴人の請求は理由がないものと判断した。控訴棄却。

原審: 2018.07.13 「レッドエックス ファーマ v. 国」 東京地裁平成29年(行ウ)290


2019/05/12

2019.02.14 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成29年(行ケ)10236; 平成29年(行ケ)10237

結晶多形関連発明の進歩性等が争われた事例: 知財高裁平成29年(行ケ)10236; 平成29年(行ケ)10237

【背景】

田岡化学工業が保有する「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」に関する特許(第4140975号)に対して大阪ガスケミカルがした無効審判請求(無効2013-800029号)を不成立とした審決(第一次審決)の取消訴訟(2016.01.27 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成26年(行ケ)10202)確定後、特許庁での再審理における訂正請求を経て、請求項7に係る発明についての特許を無効、請求項1~4、6、8、9に係る発明についての審判請求は成り立たない等の第二次審決に対して、原告(無効審判請求人: 大阪ガスケミカル)及び被告(特許権者: 田岡化学工業)は取消しを求める訴訟を提起した。原告主張の取消事由1~7は、本件発明1~4、6~9の容易想到性判断の誤り、被告主張の取消事由1は、公然実施及び公知についての認定判断の誤りである。

請求項1(本件発明1):
「ヘテロポリ酸の存在下,フルオレノンと2-フェノキシエタノールとを反応させた後,得られた反応混合物から50℃未満で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させることにより9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの粗精製物を得,次いで,純度が85%以上の該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒に溶解させた後に65℃以上で9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体の製造方法。」
請求項7(本件発明7):
「示差走査熱分析による融解吸熱最大が160~166℃である9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。」
請求項8(本件発明8):
「Cu-Kα線による粉末X線回折パターンにおける回折角2θが12.3°,13.5°,16.1°,17.9°,18.4°,20.4°,21.0°,23.4°および24.1°にピークを有する9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形体。」
請求項9(本件発明9):
「回折角2θの最大ピークが18.4°である請求項8に記載の結晶多形体。」

【要旨】

裁判所は、原告の請求及び被告の請求はいずれも理由がないからそれぞれ棄却した。

1.裁判所は、取消事由1(本件発明1の容易想到性判断の誤り)について、以下のとおり、相違点1-2、相違点1-3が容易想到であるとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告主張の取消事由1は理由がないと判断した。

相違点1-2(本件発明1においては,「次いで,該粗精製物を芳香族炭化水素溶媒,に溶解させた後にBPEFの析出を開始」させるという特定の溶媒を用いた再結晶化の操作を更に行っているのに対して,引用方法発明においては特定の溶媒を用いた再結晶化の操作が更に行われていない点。)の容易想到性について
「ア 異なる結晶多形体を製造する動機付けについて
本件発明1では,BPEFの多形体Bを製造するために特定の溶媒(芳香族炭化水素溶媒)を用いた再結晶化操作が行われているのに対し,引用方法発明では,多形体Aと異なる結晶多形体を得るための再結晶化操作が行われず,単に多形体Aの白色結晶が製造されているにすぎない。したがって,引用方法発明に接した当業者が,多形体Aと異なる結晶多形体を製造しようと動機付けられるのかどうかについて,以下検討する。
a 前記5~9で認定した各刊行物の記載によると,「多くの化合物について,結晶多形体が存在しており,結晶多形体の違いにより,化合物の嵩密度,流動性,ろ過性,沈降性等の粉体特性,結晶の形状,密度,純度,粒径,非線型性光学特性,バイオアベイラビリティー,安定性などが変わり得るもので,特にバイオアベイラビリティーの向上等が求められる医・農薬品化合物や単体で特異的な機能性発現が求められる化合物の分野では,結晶多形体の制御は,工業的にも重要なものとされている。」という技術常識が,本件優先日当時に存在していたことが認められるものの,このような技術常識から直ちにBPEFについて,多形体Aと異なる結晶多形体を製造する動機付けの存在を認めることはできない。
b ・・・本件で問題になっているBPEFは,専ら合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)であり,最終的には溶融重合又は溶液重合されて結晶形をとどめなくなり,結晶多形体の違いにかかわらず,同じ化学構造のポリマーとなる化合物であると認められるのであり,単体で使用され何らかの機能を発揮する医薬品化合物のようなものとは異なり,その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものではないといえる。
c ・・・BPEFについて,高純度で高い反応性を有し,ポリマーに合成したときに分子量が高くて分子量分布が狭く,かつ未反応モノマーやオリゴマー含有率が低いことが要求されていたと認められるところ,本件優先日当時,それらの事項やその他の物性,嵩密度をはじめとする粉体特性等に関して,多形体Aについて何らかの課題があったり,工業的プロセスでの不都合があったりして,多形体A以外の結晶多形体を得る必要性があると当業者に認識されていたことを認めるに足りる証拠はない。
・・・
f 以上をまとめると,本件優先日当時,BPEFについて,その用途・性質の面からみて,直ちに結晶多形体探索の動機付けがあるとはいえず,かつ,多形体Aについて純度向上やその他の物性,粉体特性等の点で特に課題が認識されておらず,しかも,純度向上のためには結晶多形体の制御以外に他に適切な手法が複数あったのであるから,敢えて時間や費用を要する異なる結晶多形体を製造する動機付けがあったと認めることはできない。
・・・
イ 特定の溶媒を用いることについて
甲6,9~13には,BPEFを析出する際の溶媒として芳香族炭化水素を用いることができることが記載されている。しかし,甲6の・・・との記載,甲12の・・・との記載からすると,BPEFを析出する際の溶媒としては,芳香族炭化水素以外にも混合溶媒を含む様々なものがあり,かつ,芳香族炭化水素以外の溶媒を用いても高純度化は期待できるから,そのような中で,当業者が敢えて芳香族炭化水素という特定の溶媒を異なる結晶多形体を得るための再結晶化工程に使用することを容易に想到し得るとはいえない。
・・・
ウ 小括
以上からすると,相違点1-2について,引用方法発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものとはいえない。」
相違点1-3(本件発明1においては,再結晶化の段階で「65℃以上でBPEFの析出を開始」させているのに対して,引用方法発明においては再結晶化の段階がなく,その段階における析出開始温度が特定されていない点)の容易想到性について
「ア 再結晶化の段階で析出開始温度を明示的に65℃以上としている文献等は存在せず,当業者において,再結晶化の際に析出開始温度を65℃以上とすることが動機付けられるものではない。したがって,相違点1-3について,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
イ 原告は,①スクリーニング法を用いて析出開始温度を上げたり下げたりすることや,②引用方法発明である甲6の実施例10に,副引例である甲9又は甲10に記載された再結晶化の操作を適用することで,当業者は相違点1-3を容易に想到し得た,③「65℃以上でBPEFの析出開始」とは,「現象」にすぎないところ,そのような現象を確認することは容易であると主張する。
しかし,原告の上記①,②の主張は,BPEFについて異なる結晶多形体を製造する動機付けがあることを前提として,析出開始温度が65℃以上となるように,当業者が,スクリーニング法を用いたり,甲9又は甲10の各実施例1を参考にするなどして溶液濃度を敢えて高く設定したりすることが容易想到である旨をいうものであると解されるところ,前記(2)アのとおり,そのような結晶多形体を作り分ける動機付けの存在は認められず,その主張は前提を欠いている。」

2.裁判所は、取消事由6,7(本件発明8,9の容易想到性判断の誤り)について、以下の通り、当業者が引用方法発明に基づいて多形体Bである本件発明8、9を容易に想到することができたとはいえないから原告主張の取消事由6、7はいずれも理由がないと判断した。
「・・・引用方法発明で製造された引用結晶発明は,多形体Aと推認されるところ,原告は,本件発明8,9について,①取消事由1の主張を援用するとともに,②当業者は,高純度化のために,甲6の段落【0025】の示唆に基づき再結晶化操作を動機付けられ,その際に引用方法発明に甲9又は甲10の発明を組み合わせることで,多形体Bを製造できるから容易想到であると主張する。
しかし,取消事由1に理由がないことは前記17のとおりである。また,引用方法発明について,仮に高純度化のために再結晶化操作が動機付けられたとしても,そこから特定の溶媒を使用して異なる結晶多形体を得ることまでが容易想到とはいえないことは,前記17(2)イのとおりである。加えて,前記17(3)で検討したとおり,再結晶化の段階で析出開始温度を明示的に65℃以上としている文献等が存在しないことや異なる結晶多形体を製造する動機付けがないことなどからすると,析出開始温度を65℃以上とすることも容易想到とはいえない。」

3.裁判所は、取消事由8(本件発明7の公然実施及び公知についての認定判断の誤り)について、以下の通り、公知の点について判断するまでもなく、被告主張の取消事由8は理由がないと判断した。
「前訴判決は,前記(1)のとおり,本件発明7は,第6取引を除く本件各取引によって公然実施されたと判断しているから,この部分に拘束力が及び,審判手続においてこれに反する主張をすることは許されないものというべきである。したがって,この点についての第二次審決の判断に誤りがあるということはできない。・・・なお,念のため,被告の主張する原告又はY社とα社~ε社との間の共同開発に基づく信義則上の秘密保持義務の有無についても・・・以上のとおり,被告が主張する上記①~⑤の事実は,共同開発及びそれに基づく信義則上の秘密保持義務の存在を推認させるものではなく,他に信義則上の秘密保持義務の存在を認めるに足りる証拠はない。」

【コメント】

結晶多形発明の進歩性が争われた。本件発明は医薬品の有効成分に関するものではなく、合成樹脂(ポリマー)の原材料として使用される単量体(モノマー)に関する結晶多形発明であるが、異なる結晶多形体を製造する動機付けについての裁判所の判断の中で、「バイオアベイラビリティーの向上等が求められる医薬品化合物の分野とは異なり、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものではない」旨が言及されている(上記、判決文中に付した下線部分)。逆に言えば、医薬品化合物の分野は、その用途・性質の面から直ちに結晶多形体の探索が基礎付けられるようなものであるということなのだろう。それでも、医薬品化合物の新規な結晶多形体発明の進歩性を主張したい出願人の立場として、本件のように、特定の溶媒や再結晶化の段階での特定の析出開始温度を使用して結晶多形体を得ることの動機づけを否定する主張をすることにはチャンスが残されているのだろうか?


第一次審決取消訴訟:
2016.01.27 「大阪ガスケミカル v. 田岡化学工業」 知財高裁平成26年(行ケ)10202

大阪ガスケミカルと田岡化学工業の特許紛争の他の過去判決:

2019/04/20

2019.03.19 「サン ファーマ v. ジェネンテック」 知財高裁平成30年(行ケ)10036

IL-23アンタゴニストによるIL-17産生阻害の新経路発見に基づく作用機序特許、乾癬治療用途は同じでも新規?知財高裁平成30年(行ケ)10036

【背景】

被告(ジェネンテック)が保有する「IL-17産生の阻害」に関する特許(第5705483号)に対して原告(サン ファーマ)がした無効審判請求に対する不成立審決(無効2017-800007号)の取消訴訟である。争点は、①新規性、②進歩性、③明確性要件、④サポート要件、⑤実施可能要件の各判断の誤りの有無である。

請求項1(本件特許発明1):
T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するための,インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物。

【要旨】

裁判所は、取消事由はいずれも理由がないと判断し、原告の請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

取消事由1(甲5に基づく新規性判断の誤り)について

裁判所は、
「本件特許発明1と甲5発明とは,審決認定のとおり,相違点5(本件特許発明1は,T細胞を処理するための組成物の用途が「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ためであると特定されているのに対し,甲5発明にはそのような特定がない点)で相違する。・・・甲5発明の「T細胞を処理する」とは,IL-12によるT細胞の処理,すなわちTh1誘導によるT細胞刺激を阻害することを指すものであって,甲5には,記載も示唆もされていない「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ことを指すものではないことは明らかである。・・・本件特許発明1における「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途は,IL-23によるT細胞の処理によってT細胞におけるIL-17の産生が増加するという知見に基づき,IL-23によるT細胞の処理により引き起こされるIL-17の産生を阻害することを用途とするものであり,上記知見は,従来から知られていたTh1誘導やTh2誘導によるT細胞刺激とは異なるものであると認められる。したがって,本件特許発明1における「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途は,従来から知られていたTh1誘導によるT細胞刺激とは異なる,IL-23によるT細胞の処理により引き起こされるIL-17の産生を阻害することを用途とするものであるから,甲5発明の「T細胞を処理するため」とは明確に異なるものであり,相違点5は,実質的な相違点であると認められる。」
と判断した。

原告は、
「甲5X発明に係る抗体含有組成物の用途は,「T細胞の処理による乾癬治療」であるが,乾癬患者について格別の限定又は選別をすることなく,「T細胞の処理による乾癬治療」を実施すると,当然に,「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」も生じるから,甲5X発明の「T細胞の処理による乾癬治療」と本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」とは,用途として同一であり,甲5X発明と本件特許発明1との間に相違点はない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「この主張を,甲5発明について,甲5に記載されている用途も考慮して本件特許発明1の新規性を判断すべき旨の主張と解したとしても,次のとおり理由がない。
(ア) ・・・本件特許発明1は,IL-23によるT細胞の処理によってT細胞におけるIL-17の産生が増加するという知見に基づいて,「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」について「T細胞によるIL-17産生を阻害するための(インビボ処理方法において使用するための)」という用途の限定を付したものであると認められるところ,慢性関節リウマチの患者であってもIL-17濃度の上昇がみられなかった者がいるように,すべての炎症性疾患においてIL-17濃度が上昇するものではないし,特定の炎症性疾患においてもすべての患者のIL-17濃度が上昇するものではないと認められるから,本件特許発明1の組成物を医薬品として利用する場合には,特にIL-17を標的として,その濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものということができる。
(イ) 他方,前記(1)のとおり,甲5には,IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることは,記載も示唆もされていないから,甲5発明が,「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」を,T細胞によるIL-17産生を阻害するために,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものではないことは,明らかである。このことは,甲5発明の「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」を乾癬治療のために使用することができるという甲5に記載されている用途を考慮しても,左右されるものではない。
(ウ) そうすると,本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途と,甲5発明の「T細胞を処理するため」という用途とは,明確に異なるものということができる。そして,このことは,本件優先日当時,IL-17の発現レベルを測定することが可能であったことによって左右されるものではない。」
と判断した。

原告は、
「本件特許発明は,せいぜい,IL-23アンタゴニストに備わった「T細胞によるIL-17産生を阻害する」という性質又は機序を明らかにして,これを説明する構成要件を付加したにすぎないから,甲5X発明と異なる新規な方法(用途)とはいえない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「この主張を,甲5発明について,甲5に記載されている用途も考慮して本件特許発明1の新規性について判断すべき旨の主張と解したとしても,前記ウのとおり,本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途と,甲5発明の「T細胞を処理するため」という用途とは,明確に異なるのであるから,本件特許発明1の用途が,甲5発明の用途を新たに発見した作用機序で表現したにすぎないものとはいえないことは,明らかである。」
と判断した。
以上のとおり、裁判所は、本件特許発明1は甲5発明ではないと判断した。

取消事由2(甲5に基づく進歩性判断の誤り)について

裁判所は、
「本件明細書には,本件優先日前の文献を引用して,IL-17は,リウマチ様関節炎を含む様々な炎症性疾患に関係しており,それらの疾患においてIL-17の濃度の著しい上昇が見られること,乾癬においてIL-17の濃度が著しく上昇することが認められ,IL-17は乾癬に関係していると文献に記載されている旨が記載されており(【0003】,【0054】~【0060】),本件優先日当時,乾癬等の炎症性疾患とIL-17との関連性が報告されていたことが認められる。
しかし,前記2(4)アのとおり,甲5には,IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることは,記載も示唆もされておらず,甲1,3を含む本件で提出されたその余の証拠によっても,本件優先日当時,当業者において,IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることを認識していたとは認められないから,甲5に接した当業者において,甲5発明の「p40サブユニットを中和することができる抗体」(IL-23のアンタゴニスト)を,T細胞によるIL-17産生を阻害するために,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用する動機付けがあったとは認められない。」
と判断した。

原告は、
「乾癬患者の中の一部の者(IL-17濃度の上昇がみられない者)に対して抗体含有組成物を使用しないことが,乾癬の治療効果を高めることはないし,甲5には,IL-17濃度の上昇が発現した者を格別排除することなく乾癬患者に抗体含有組成物を使用することが開示され,それによる病巣消失の効果までもが既に開示されており,その効果は,乾癬等の患者の中からIL-17濃度の上昇が発現した者を選択するステップを経るか否かによって,変わることはない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「・・・甲5には,「J695」と称される「p40サブユニットを中和することができる抗体」を乾癬を罹患していた患者に投与した際に病巣が消失したことが記載されているが,甲5に接した当業者において,この「p40サブユニットを中和することができる抗体」を,T細胞によるIL-17産生を阻害するために,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用する動機付けがあったとは認められないことは,前記(1)のとおりであり,原告の上記主張は,この判断を左右するものではない。」
と判断した。

原告は、
「たとえ乾癬患者の全てがIL-17濃度の上昇を伴うわけではないとしても,多くの患者においてIL-17濃度の上昇が見られるのであるから,「p40サブユニットを中和することができる抗体」を乾癬患者に投与すれば,それらの患者の中に,T細胞によるIL-17の産生が阻害される者が存在することは明らかであるし,被告によると,本件特許発明は,「IL-17濃度の上昇が見られる炎症等の治療に対して選択的に利用されるもの」ではないから,その治療対象となる乾癬患者の中にはIL-17濃度の上昇を伴っていない者も存在するところ,そのような患者ではIL-17産生が阻害されることはないから,本件特許発明において必ずしもIL-17濃度が上昇した乾癬患者のIL-17産生が阻害されるわけではない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「前記2(4)ウのとおり,本件特許発明1の組成物を医薬品として利用する場合には,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものということができるのであって,被告の主張は採用できないから,本件特許発明1がIL-17濃度の上昇が見られるか否かを問わずに利用されることを前提とした原告の上記主張は,前提において失当である。」
と判断した。

原告は、
「本件特許発明の用途は,甲5に記載された用途と実質的に何ら相違せず,本件特許発明の「T細胞によるIL-17産生を阻害する」との点は,単に甲5X発明の「P40サブユニットを中和することができる抗体」(IL-23アンタゴニスト)の性質又は機序を記載したにすぎず,本件特許発明と甲5X発明が実質的に異なることを示すようなものではない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「前記2(4)のとおり,本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途と,甲5発明の「T細胞の処理による乾癬治療のため」という用途とは,明確に異なるものであり,本件特許発明1の用途は,甲5発明の用途を新たに発見した作用機序で表現したにすぎないものではないから,原告の上記主張は,理由がない。以上によると,本件特許発明1は,甲5発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。・・・よって,取消事由2は,理由がない。」
と判断した。

取消事由7(明確性要件の判断の誤り)について

裁判所は、
「本件特許発明1に係る特許請求の範囲の請求項1には,「炎症が生じている患者群の中からIL-17濃度の上昇が発現した者を選択する」旨の文言は記載されていないが,上記のとおり,「T細胞によるIL-17産生を阻害するための(インビボ処理方法において使用するための)」という用途を限定した文言により,本件特許発明1の組成物を医薬品として利用する場合には,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用されるものであることを一義的に理解することができる。
また,前記1(1)のとおり,本件明細書には,IL-17が慢性関節リウマチ,同種異系移植拒絶反応中,多発性硬化症を含む他の慢性炎症疾患,乾癬,ベーチェット病,喘息,全身性エリテマトーデスにおいて,IL-17の濃度が上昇することが先行技術文献を引用して記載されており,炎症が生じている患者群の中からIL-17濃度(IL-17の発現レベル)の上昇が見られる者を特定することが可能であることは,本件出願日当時の技術常識であったと認められる。
そうすると,本件特許発明1に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,不明瞭であるとはいえず,特許を受けようとする発明が明確であるということができる。」
と判断した。

原告は、
「本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,IL-17濃度の上昇が発現した者を選択するステップが必須であることについて,必ずしも明確に表現しておらず,仮に,このように不明確な特許請求の範囲の記載のまま特許登録が維持されることとなれば,IL-17濃度の上昇が発現した者を選択するステップを経ない乾癬等の疾患治療のための組成物の利用についても,あたかも本件特許発明の技術的範囲に属するかの如き外観を呈し,第三者に不測の不利益を及ぼすおそれが非常に高いから,本件特許に係る請求項1~10の記載は,明確性要件を満たさない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「本件特許の請求項1の記載により,請求項1に記載された組成物を医薬品として利用する場合には,IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用されるものであることを一義的に理解することができることは,前記(1)のとおりであるから,原告の上記主張は,理由がない。」
と判断した。

取消事由8(サポート要件の判断の誤り)について

裁判所は、
「当業者は,本件明細書の記載から,IL-23アンタゴニストにより,IL-23により誘導されるT細胞によるIL-17産生を阻害することができること,すなわち,本件特許発明の課題を解決できることを認識することができる。」
と判断した。

原告は、
「審決のように,本件特許発明の組成物を炎症等を治療するという医薬用途に利用する場合,当然にIL-17濃度の上昇が見られる炎症等の治療に対して選択的に利用されるものであるとすると,本件特許発明の課題解決のためには,IL-17発現レベルが上昇している者のみを対象として選択できることも要すると解すべきであるが,「IL-17発現の上昇したレベル」の技術的意味やその確認方法自体も,本件明細書において明確にされているとはいえないし,技術常識を考慮してもそれが明らかであるとはいえない」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「前記8(1)のとおり,炎症が生じている患者群の中からIL-17濃度(IL-17の発現レベル)の上昇が見られる者を特定することが可能であることは,本件出願日当時の技術常識であったと認められる。」
と判断した。

取消事由9(実施可能要件の判断の誤り)について

裁判所は、
「取消事由9に係る原告の主張は,・・・いずれも取消事由8に係る原告の主張と同旨であるから,これらにいずれも理由がないことは,前記9(2)ア~ウの説示から明らかである。よって,取消事由9は,理由がない。」
と判断した。

【コメント】

医薬用途発明の新規性の判断について、物の「用途」とは何かということを考えさせられる判決。本願発明1(請求項1)において、「物」とは「インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物」であり引用発明と一致していたが、「用途」という点で、本願発明1は「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するため」であるのに対して、引用発明は「IL-12によるT細胞を処理(すなわちTh1誘導によるT細胞刺激を阻害)するためのインビボ処理方法において使用するため」であるという点で文言上相違していた。しかし、問題は、両発明とも、上記の通り「インビボ処理方法」がどんな体内作用機序を経るための処理方法なのかという意味での用途は相違している一方で、T細胞を処理して最終的には乾癬の治療のために効果を発揮させる発明であるという意味では共通していたため、その相違点は新たに発見した作用機序で表現(説明)しただけにすぎないではない(用途は異ならない)のではないかという論点があった。

図は弁理士会バイオ・ライフサイエンス委員会からの審議委嘱事項2「バイオ関連・医薬発明の特許性についての国際的な比較に基づく問題点の調査及び研究」についての報告書(平成31年2月8日)より

乾癬では、IL-12やIL-23によって活性化されるヘルパーT細胞およびナチュラルキラー細胞といった免疫担当細胞の細胞内シグナル伝達およびサイトカイン分泌が重要な役割を担っており、IL-12がCD4陽性ナイーブT細胞のTh1への分化に関与し、IL-23はTh17の活性化を促すとされている。IL-23受容体へのIL-23の結合を阻害し、細胞内シグナル伝達並びにそれに続く活性化及びサイトカイン産生を抑制するという作用メカニズムから、抗IL-23抗体はT細胞からのIL-17産生を阻害することによって乾癬の治療効果を発揮すると想定される。

医薬品の有効成分が、疾患への治療効果を発揮するに至るための体内での作用機序は単純ではない。ある医薬品の有効成分がT細胞によるIL-17の産生を阻害するという体内現象ひとつとっても、刺激分子であるIL-12も阻害しているのかも知れないし、それらの上流下流の知られていない作用経路がまだあるのかも知れない。例えば、IL-23アンタゴニストの乾癬治療効果に○○タンパク質の阻害も関与していたという作用機序が新たに発見されるたびに、同じ乾癬治療に用いるにもかかわらず、その作用機序を表現(説明)した構成要件を盛り込んだ「○○タンパク質を阻害するためのIL-23アンタゴニスト組成物」や「IL-23アンタゴニストを含む○○タンパク質阻害剤」というクレームで出願をすれば、そのたびに新規性は認められることになるのだろうか。すでにIL-23アンタゴニストを乾癬治療薬として実施している者への影響があってはならない。最終的な疾患治療用途は一致しているのに、新たに発見された作用機序の表現(説明)を構成要件として付加した医薬用途発明の新規性を認めるような本件における裁判所の判断は、発明の実施という点では同一の権利を乱立させ特許権の効力範囲と権利行使の予測可能性を不透明にしてしまうのではないか。

明確性要件の判断の中では、発明の技術的範囲をIL-17発現上昇患者への選択使用にのみ限定するかのような言及(配慮?)もされたように感じられるが、本件は、技術的範囲を争点としている訳ではなく、あくまで特許が無効かどうかを争点とし判断しているものである。もし、本件特許権者が、他社の乾癬治療薬としての抗IL-23抗体
  • ヒト型抗ヒトIL/23p19モノクローナル抗体製剤トレムフィア(Tremfya)Ⓡ(有効成分: グセルクマブ(guselkumab))
  • ヒト型抗ヒトIL-12/23p40モノクローナル抗体製剤ステラーラ(Stelara)Ⓡ(有効成分: ウステキヌマブ(ustekinumab))
  • ヒト型抗ヒトIL/23p19モノクローナル抗体製剤スキリージ(Skyrizi)Ⓡ(有効成分: リサンキズマブ(risankizumab))
の製造販売に対する本件特許の侵害訴訟を提起した場合には、属否判断について裁判所の判断がどのようにされるのか非常に楽しみである。

本件特許無効を審判請求したサンファーマはというと、MSD社が開発していたヒト型抗ヒトIL/23p19モノクローナル抗体チルドラキズマブ(Tildrakizumab; MK-3222)の全世界での独占的な使用権を有しており、その製剤は、2018年5月20日に米国にて尋常性乾癬を適応症として承認(商品名: ILUMYA)(BLA APPROVAL LETTER)されたが、日本ではまだ承認されていない。
参考:
以下、本件特許の三極での状況を示す。欧州では新規性欠如判断、米国では患者限定となっており、クレームの成立性・広さで言うと日本(特に本件特許及びその分割出願特許)が欧米に比べて緩い印象である。

本件特許の日本ファミリー情報:
  • 特願2004-550229
    特許5477998(登録日2014.02.21)
    存続期間満了日2023.10.29(現時点で期間延長出願無し)
    請求項1:
    インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む、健康な被験体と比較して、インターロイキン17(IL-17)発現の上昇したレベルを有することが測定された哺乳動物被験体における炎症疾患の処置のための組成物であって、前記アンタゴニストが抗IL-23または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。
  • (分割)特願2010-210980
    特開2011-42658
    特許5705483(登録日2015.03.06)【本件特許】
    存続期間満了日2023.10.29(現時点で期間延長出願無し)
    無効2017-800007
    知財高裁平成30年(行ケ)10036(出訴日2018.03.20)
    請求項1:
    T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するための、インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物。
  • (分割)特願2013-123690
    特許5870067(登録日2016.1.15)
    存続期間満了日2023.10.29(現時点で期間延長出願無し)
    無効2017-800008
    知財高裁平30(行ケ)10144(出訴日2018.10.11)
    請求項1:
    T細胞をインターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストで処理する工程を包含する方法により、前記T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するための組成物であって、有効成分として前記アンタゴニストを含み、前記アンタゴニストが抗IL-23抗体または抗IL-23レセプター抗体である、組成物。
本件特許の欧米ファミリー情報:
米国では、同様な作用機序で表現したクレームで特許成立している(US7510709B2; US8287869B2)が、クレームは、IL-17の発現上昇を示したことが決定された患者に投与するという構成要件で明確に患者を限定した表現となっている点では日本の本件特許クレームと異なっている。
  • US7510709B2:
    "・・・comprising administering to a mammalian subject, having been determined to express an elevated level of IL-17 compared to a healthy individual,・・・"
  • US8287869B2:
    "・・・comprising measureing the expression level of interleukin-17 (IL-17) in said subject, and, if IL-17 expression level is determined to be elevated,・・・"
欧州では、同様な作用機序で表現したクレームで特許(EP1576011B1)が一旦成立したが、Eli Lilly社含む4社から異議申立てがされ、特許は取り消された(特許権者が手続をあきらめたようである)。分割出願(EP2108660A1)ではEPOの審査で新規性欠如(患者のsubpopulationはinherentに引用文献に開示されていること)を理由に拒絶されている。日米欧での新しい体内作用メカニズムを構成要件とした医薬用途発明の新規性の取り扱いを比較してみると必ずしも三極で一致していないことがわかる。
本件特許についての三極比較が、弁理士会バイオ・ライフサイエンス委員会からの審議委嘱事項2「バイオ関連・医薬発明の特許性についての国際的な比較に基づく問題点の調査及び研究」についての報告書(平成31年2月8日)に掲載されており、参考になる。

2019/04/06

2019.03.25 「テバ v. 大日本住友」 知財高裁平成30年(行ケ)10098

トレリーフ®(ゾニサミド)を保護する用途特許の進歩性知財高裁平成30年(行ケ)10098

【背景】

被告(大日本住友)が保有する「神経変性疾患治療薬」に関する特許(第3364481号)に対して原告(テバ)がした無効審判請求の不成立審決(無効2017-800120号)の取消訴訟。争点は進歩性。審決の理由は、本件各発明は、引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない、というものであった。

本件発明1(請求項1):
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。
引用発明:
ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって,ゾニサミドの投与量が20mg/kg,50mg/kgであり,雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す,抗てんかん薬。
本件発明1と引用発明との一致点及び相違点:
(ア) 一致点
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。
(イ) 相違点
医薬について、本件発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して、引用発明では「てんかん」を治療対象としている点。
【要旨】

裁判所は、本件発明は引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない、というべきであるとして、原告主張の取消事由はいずれも理由がない、と判断した。請求棄却。

以下、引用発明において相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付けについての裁判所の判断を抜粋。
「(ア) 引用例及び甲3文献は,いずれも,ゾニサミドが,健常動物において,線条体ドパミン量の増加作用を有すること,MAO-B阻害作用を有することを示唆するにとどまるものである。
そして,前記ウ(ア)のとおり,本件優先日当時の当業者は,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたものである。
そうすると,当業者は,引用例及び甲3文献から上記示唆を受けても,そもそもパーキンソン病疾患を有する患者において,ゾニサミドが線条体ドパミン量を増加させたり,ゾニサミドがMAO-B活性を阻害したりするとは理解しないから,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないというべきである。
(イ) また,引用例及び甲3文献における前記示唆から,健常動物以外であっても,ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。
しかし,前記ウ(イ)及び(ウ)のとおり,本件優先日当時の当業者は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,線条体ドパミン量の増加作用の観点からも,MAO-B阻害作用の観点からも,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
そうすると,このような技術常識を有する当業者は,引用例及び甲3文献から,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。
(ウ) よって,当業者は,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することを動機付けられることはないというべきである。」

【コメント】

引用発明において、相違点に係る本件発明1の構成を採用することの阻害要因について検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない、と判断された。①引用例に記載された健常動物で得られた挙動は疾患モデル動物の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識、②線条体ドパミン量を増加させる薬物にはパーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあり治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識、③ゾニサミドのMAO-B阻害作用の程度から他のパーキンソン病治療薬と同程度の薬理効果を奏する可能性が低いとの技術常識、を当業者は有していたという主張を被告は展開し、相違点の構成を採用することの動機づけを認めさせないことに成功した。医薬用途発明の進歩性が認められた事例として参考になる。

ゾニサミド(Zonisamide)/トレリーフ®:
ゾニサミド(Zonisamide)は大日本住友において1974年に合成され、抗てんかん剤として開発された化合物であり、1989年3月に抗てんかん剤のエクセグラン®として日本で承認を取得、同年6月に販売を開始した。その後、パーキンソン病治療薬としての開発が進められ、2009年1月にトレリーフ®錠25mgとして日本で承認を取得した。2013年8月にはパーキンソン病の症状の日内変動(wearing-off 現象)の改善を目的として1日1回50mgを投与する用法・用量の一部変更が承認、2014年8月にはトレリーフ®OD錠25mgが承認、2017年8月にはトレリーフ®OD錠50mgが承認された。また、2018年7月にはレビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムの効能・効果及び用法・用量が追加承認された。ゾニサミド製剤は、抗パーキンソン病薬としては外国で販売されていないようである(2018年6月時点)。

本件特許(JP3364481B):
本件特許は、トレリーフ®を保護する用途特許である。早期審査請求により拒絶理由通知が発せられることなく特許査定となった。分割出願はない。本件出願ファミリー(WO1999/033465)として、欧米では一旦特許が成立したが(EP1040830B; US6342515B)、いずれも放棄された。下記表のとおり、本件特許権の存続期間延長登録出願がトレリーフ®の各承認に基づいて行われている。ゾニサミドが1989年にエクセグラン®として上市されたことから物質特許は既に満了していると考えられる。これまでのトレリーフ®承認時の延長出願対象特許の有無から、トレリーフ®を保護する主要な特許権は用途特許3364481のみと推定される。

トレリーフ®(ゾニサミド/Zonisamide)のヒストリー:


製品ヒストリー

用途特許3364481ヒストリー

ジェネリックの動き

1974

ゾニサミドが合成される

 

 

1989.03.31

抗てんかん薬エクセグラン®として承認

 

 

1997.12.26

 

特許出願(優先日)

 

1998.12.21

 

特許出願(PCT出願日)

 

2002.10.25

 

日本特許成立(登録日)

 

2009.01.21

パーキンソン病治療薬トレリーフ®25mgとして承認

 

 

 

 

25mg/パーキンソン病について延長出願2009-7000285年延長登録)

 

2013.01.20

パーキンソン病の再審査期間(4)終了

 

 

2013.08.20

25mgに症状の日内変動の改善を目的として用法・用量(1150mg)の追加承認

 

 

2014.08.15

OD25mgの承認

 

 

 

 

OD25mg/パーキンソン病について延長出願2014-7002305年延長登録)

 

2014.12.17

OD25mgに症状の日内変動の改善を目的として用法・用量(1150mg)の追加承認

 

 

2017.08.15

OD50mgの承認

 

 

 

 

OD50mg/パーキンソン病について延長出願2017-7003075年延長審査中)

 

2017.08.30

 

 

テバが特許無効審判請求(無効2017-800120号事件)

2018.06.13

 

 

特許無効審判請求不成立審決(無効2017-800120号事件)

2018.07.02

25mg/OD25mgのレビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムの効能・効果の追加承認

 

 

 

 

25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長出願2018-7002955年延長審査中)

 

 

 

OD25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長出願2018-7002965年延長審査中)

 

2018.12.21

 

特許存続期間(20年)の満了

 

2019.03.25

 

 

不成立審決(無効2017-800120号事件)取消訴訟請求棄却判決(平成30(行ケ)10098

2019.10.

25mgの販売中止/出荷終了(予定)

 

 

2022.07.01

レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムの再審査期間(4)終了

 

 

2023.12.21

 

25mg/パーキンソン病について延長2009-700028期間(5年)満了

 1)

2023.12.21

 

OD25mg/パーキンソン病について延長2014-7002305期間(5年)満了

 2)

2023.12.21

(みなし)

 

OD50mg/パーキンソン病について延長2017-700307期間(みなし5年)満了

 3)

2023.12.21

(みなし)

 

25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長2009-700028期間(みなし5年)満了

 

2023.12.21

(みなし)

 

OD25mg/レビー小体型認知症に伴うパーキンソニズムについて延長2014-7002305期間(みなし5年)満了

 
2019.04.06現在の情報として、J-PlatPat、トレリーフ®インタビューフォーム、大日本住友ウエブサイト等より参照。

脚注
1) 現状ではトレリーフ®後発品は用途特許存続期間満了(2023.12.21)後の2024.02承認/2024.06薬価収載となる見込み。
2) 先行処分(錠25mg)の後、後行処分(OD錠25mg)を得るために要した期間をどのように主張して5年得たのかは延長期間算定の根拠主張に参考になるかも知れない。
3) 先行処分(OD錠25mg)の後、後行処分(OD錠50mg)を得るために要した期間をどのように主張して5年得るのかは延長期間算定の根拠主張に参考になるかも知れない。仮に、延長5年が認められず、2023.12.21より前にOD錠50mgのジェネリックが承認販売されると想定した場合、OD錠50mgのジェネリックは錠25mgやOD錠25mgに基づく延長用途特許の傘の下にあるとしてそれら延長特許権の効力が及ぶのか(傘の下説)、それともOD錠50mgだけ延長期間に穴が開いたと考える(傘穴開き説/短冊説)のか、それら観点を厚労省/PMDAは適切に判断しパテントリンケージを運用できるのか。