Jul 15, 2019

2019.06.13 「アミレックス v. 特許庁長官」 知財高裁平成30年(行ケ)10125

βアミロイドを透析工程で補足・除去しアルツハイマー病を治療する知財高裁平成30年(行ケ)10125

アミレックス ファーマシューティカルズ インコーポテイテッドの「β-アミロイドの対外的減少のための新規組成物及びその製造方法」に関する特許出願(特願2015-508893号)について、進歩性欠如(特許法29条2項)を理由とする拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決(不服2016-16991号)の取消訴訟である。

裁判所は、(a)引用発明に他の引用文献に記載された技術を適用して本願発明とすることは当業者にとって容易に想到できる、(b)顕著な効果を有するとの原告の主張は、引用発明が当然備える効果であるから理由がなく、(c)引用文献は技術分野が異なりまた阻害要因もあるとの原告の主張も理由がない、と判断し、原告の請求を棄却した。

本願発明:
患者のβアミロイドレベルの誘導に関連する病的症状の治療用の改良された透析液製剤を製造する方法であって,該方法は,(a)捕捉結合剤としての以下の構造(構造は省略)を有する四量体ペプチド及びキャリアを含む組成物を調製する工程と,(b)前記組成物を透析緩衝液と混合する工程とを含み,前記キャリアは,ポリ(エチレングリコール)架橋キャリアゲルである方法。

【コメント】

アミレックス社のwebpageによると、昨年フィリピンFDAから承認されたアミレックス社の製品(BETACLEAR®)は、本件特許出願の優先権の基礎となるフィリピン出願(PH/1/2013/000037)の登録特許により保護されているようである。アミレックス社が日本においても同製品の開発を進めるのかどうかは明らかでないが、本件出願が特許として成立していたならば、その製品を保護していたものと考えられる。

Jul 2, 2019

2019.06.26 「アレクシオン v. 中外製薬」 知財高裁平成30年(行ケ)10043

中外製薬のリサイクリング抗体創製技術に関する特許知財高裁平成30年(行ケ)10043

【背景】

特許第4954326号より
被告(中外製薬)が保有する「複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子」に関する特許(第4954326号)に対して原告(アレクシオン)が請求した無効審判請求について、特許庁がした請求不成立審決(無効2016-800136号)の取消訴訟。争点は、実施可能要件及びサポート要件(取消事由2(無効理由1))等。本件特許明細書によれば、本発明者らは、血漿中(血中)でのpHにおける抗原結合活性と比較して早期エンドソーム内でのpHにおける抗原結合活性が弱い抗原結合分子は抗原に複数回結合し、血漿中半減期が長いことを見出した。本件発明は、1分子の抗原結合分子が複数の抗原に結合することで抗原結合分子の薬物動態を向上させ、in vivoにおいて通常の抗原結合分子よりも優れた効果を発揮させることができるというものである。

請求項1:
少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が2以上,10000以下の抗体であって,血漿中半減期が長くなった抗体を含む医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件特許は実施可能要件に適合しないから無効とされるべきところ、これを否定した本件審決の判断に誤りがあるとして、審決を取り消した。以下、判決抜粋。

(1) 実施可能要件について
「本件発明1の特許請求の範囲には,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数についての限定がないから,本件発明1に係る医薬組成物に含まれる抗体についても,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や数は限定されないことが理解できる。よって,本件発明1の技術的範囲には,1個又は複数のヒスチジン置換及び/又は挿入がされ,所定のpH依存的結合特性を有し,血漿中半減期が長くなったあらゆる抗体を含む医薬組成物が含まれることになる。そうすると,本件発明1が実施可能要件に適合するためには,このような本件発明1に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされていなければならないものと解される。」
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載について
「ヒスチジンに置換される箇所に関しては,【0070】~【0078】に,抗原結合分子が抗体の場合には,抗体のCDR配列やCDRの構造を決定する配列が考えられ,例として重鎖について16箇所,軽鎖について10箇所が挙げられること,さらに,このうち4箇所は普遍性の高い改変箇所と考えられること,複数の箇所を組み合わせてヒスチジンに置換する場合の好ましい組み合わせの具体例をいくつか挙げることができることなどが記載されている。しかし,上記のCDR配列は,あくまでも例にすぎず,これ以外の箇所の改変によって所望の抗体が得られることもあり得るから,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に当てはまるものではない。」
「実施例2にはホモロジーモデリング及び立体構造モデルを用いる方法が記載されている(【0285】)。しかし,ホモロジーモデリングとは,アミノ酸配列に相同性のある構造既知タンパク質の立体構造をもとに,構造未知タンパク質の立体構造を計算機上で予測する手法であり,構造予測を行うタンパク質とアミノ酸配列に相同性のあるタンパク質の立体構造の情報があることが前提となる技術である(当事者間に争いがない。)。そうすると,ホモロジーモデリングを用いる実施例2の方法については,構造未知の抗体一般についてヒスチジン置換位置を検討する場合に常に利用できるとは限らないものである。よって,実施例2の方法は,本件発明1に係る医薬組成物全体に適用できるものではない。」
「実施例3には,ヒスチジンスキャニングの手法によって,CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所を予め選び出し,当該箇所のいずれか1か所がヒスチジン置換された抗体を作製する方法が記載されている(【0288】~【0290】)。この方法は,上記(イ)の実施例2の方法とは異なり,構造未知の抗体に対しても適用可能であるということができる。しかし,本件明細書の記載からは,実施例3における「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」(【0289】)に,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が必ず含まれるかは不明である。また,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が,本件明細書にいう「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」に必ず含まれるとの技術常識を認めるに足りる証拠もない。したがって,実施例3の方法は,本件発明1に含まれる医薬組成物全体に適用できるものではない。」
「以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。」
(3) 被告の主張について
「被告は,抗体を作製した後のヒスチジン置換位置の特定について,「所望のpH依存性を示す(有望であること,ないし,pH依存的結合特性がもたらされたことが判明した)箇所」という基準により行うことを主張しているが,本件明細書にはこのような記載はないし,本件明細書や証拠上現れた技術常識によってもどのような基準に基づいてヒスチジン置換位置を特定すれば,本件発明1に含まれる医薬組成物全体について実施することができるのかが明らかではない。このように,本件明細書には,被告主張ヒスチジンスキャニングによって,どのようにヒスチジン置換位置を特定するかの情報が不足しており,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできない。」

【コメント】

原告は、本件発明をいわゆる「リーチ・スルー」クレームであると主張し、被告は、本件発明が、具体的な課題解決手段に基づくものであり、可変領域へのヒスチジンの導入という配列の特徴によって特定しているから、「リーチ・スルー」クレームとは異なると反論した。裁判所は、本件発明が「リーチ・スルー」クレームかどうかという点には触れることなく、本件発明に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明の記載がされているかどうかを判断した。

本件発明は、抗体が抗原に繰り返し結合することで抗体が作用する時間を延ばす「リサイクリング抗体」を創製する技術(参照: SMART-Ig® (リサイクリング抗体®創製技術))。中外製薬のアニュアルレポート2018によると、中外製薬は補体成分C5を抑制する抗C5リサイクリング抗体「SKY59/RG6107」(crovalimab)を開発中。中外製薬独自の抗体技術を複数適用することで、半減期延長を実現しており(非臨床試験)、皮下投与による自己注射を目指した開発を行っている。ロシュとの共同開発により、2016年11月から第Ⅰ/Ⅱ相国際共同治験を開始し、2017年9月に米国で、発作性夜間ヘモグロビン尿症を予定適応症として希少疾病用医薬品の指定を受けている。

1.日本での状況

本件出願 2010-507273(特許第4954326号)には分割出願が以下の通り存在する。
  • 特願2011-171225(特許第4961501号)・・・(註2)
  • 特願2011-268497(特許第5048866号)・・・(註2)
  • 特願2012-160692(特許第5503698号)・・・(註1)
  • 特願2014-051047(特許第5824095号)・・・(註1)
  • 特願2015-199906(特許第6082447号)・・・(註2)
  • 特願2017-008075(特許第6417431号)・・・(註2)(註3)
  • 特願2018-189946
(註1) 特許第5503698号及び特許第5824095号についての無効審判請求不成立審決取消訴訟の判決も本件判決と同日に言渡された。本判決と同様に、裁判所は、本件特許は実施可能要件に適合しないから無効とされるべきところ、これを否定した本件審決の判断に誤りがあるとして、審決を取り消した。
(註2) 特許第4961501号、特許第5048866号、特許第6082447号及び特許第6417431号については、現時点で無効審判は請求されていない。

(註3) 2018年12月5日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、アレクシオンファーマ合同会社が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ラブリズマブ(Ravulizumab))が、中外製薬が保有する本件特許第4954326号およびその分割である特許第6417431号に触れるとし、「ALXN1210」の国内における製造および販売を含む侵害差止めを求めて2018年12月5日付にて東京地裁において特許権侵害訴訟を提起した。アレクシオン社のラブリズマブ(Ravulizumab)は、抗補体(C5)モノクローナル抗体製剤「ユルトミリス®点滴静注 300 ㎎」の有効成分。2019年6月18日に発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療薬として日本での製造販売承認を取得した。本判決により、本件特許第4954326号が無効判断されたため、上記特許侵害訴訟の方も中外製薬の主張が認められる可能性は厳しいと思われる。

2.欧州での状況

本件特許の欧州ファミリー特許は以下の通り。
  • EP2275443B:
    Claim 1. A method for improving the pharmacokinetics of an antibody, said method comprising substituting at least one amino acid of a CDR of the antibody with a histidine, or inserting at least one histidine into a CDR of the antibody, wherein the histidine substitution or insertion increases the KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value as compared to the KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value before the histidine substitution or insertion, wherein said KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value is defined as the ratio of the antigen-binding activity at pH 5.8 and the antigen-binding activity at pH 7.4, and wherein said histidine substitution or insertion
    (a) prolongs the half-life in plasma or the mean plasma retention time of said antibody; or
    (b) increases the number of times of antigen-binding for said antibody, which increase corresponds to an increase in the number of cycles that said antibody bound by an antigen is internalized into a cell and released in an antigen-free form to the outside of the cell.
    登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行った。2018年4月26日付でEPO異議部は特許維持の決定をしたため、異議申立人らは審判請求をしている(Appeal recieved No. T1511/18)。
  • EP2708558B: 抗体のスクリーニング方法特許。登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行い、審理中。
  • EP2708559B: 抗体の製造方法特許。登録後、Alexion社、Glaxo社などが異議申立を行い、審理中。

3.米国での状況

本件特許の米国ファミリー特許は以下の通り。
  • 9,868,948: 抗体を含む医薬組成物の製造方法特許。
  • 9,890,377:
    Claim1. A method of removing an antigen from plasma, the method comprising:
    (a) identifying an individual in need of having an antigen removed from the individual's plasma;
    (b) providing an antibody that binds to the antigen through the antigen-binding domain of the antibody and has a KD(pH5.8)/KD(pH7.4) value, defined as the ratio of KD for the antigen at pH 5.8 and KD for the antigen at pH 7.4, of 2 to 10,000, when KD is determined using a surface plasmon resonance technique in which the antibody is immobilized, the antigen serves as analyte, and the following conditions are used: 10mM MES buffer, 0.05% polyoxyethylenesorbitan monolaurate, and 150mM NaCl at 37.degree. C.; and
    (c) administering the antibody to the individual, wherein the antibody binds to the antigen in plasma in vivo and dissociates from the bound antigen under conditions present in an endosome in vivo, and wherein the antibody is a human IgG or a humanized IgG.
2018年11月16日付の中外製薬プレスリリースによると、中外製薬は、2018年11月15日、Alexion Pharmaceuticals, Inc.が開発中の抗C5抗体「ALXN1210」(ravulizumab)が、中外製薬が保有する抗体改変技術の一つである米国特許第9,890,377号に触れるとし、「ALXN1210」の米国における製造および販売を含む侵害差止めを求める訴えを米国デラウエア州連邦地裁に提起した。