2019/11/30

コセンティクス(Cosentyx)®特許の延長について

コセンティクス(Cosentyx)®を保護する特許の存続期間延長について紹介するとともに、最後に延長の登録要件と効力に関して疑問に思った点に触れたい。

コセンティクス®は、ノバルティスが開発したセクキヌマブ(Secukinumab)(遺伝子組換え)を有効成分とするヒト型抗ヒトIL-17Aモノクローナル抗体製剤である。日本では、2014年12月26日にプレフィルドシリンジ製剤である「コセンティクス®皮下注 150mg シリンジ」が尋常性乾癬及び関節症性乾癬を効能・効果として初承認され、その後、2015年12月21日に膿疱性乾癬が追加承認、2016年9月13日にオートインジェクター製剤である「コセンティクス®皮下注 150mg ペン」が承認、2018年12月21日に強直性脊椎炎が追加承認された。再審査期間は8年間(2014年12月26日~2022年12月25日)であるため、バイオ後続品の参入時期は、コセンティクス®を保護する特許期間に拠ることになる。コセンティクス®は、ノバルティスが保有する以下の3つの特許で保護されている。

1.物質特許: 特許4682200号(出願日2005年8月4日、登録日2011年2月10日、最長存続期間満了日2029年6月19日)。

請求項1:
重鎖(VH)および軽鎖(VL)可変ドメインの両方を含んでなるIL-17抗体またはその抗原結合フラグメントであって、
a)該VHドメインは、順に超可変領域CDR1、CDR2およびCDR3(前記CDR1は、配列番号1のアミノ酸配列を有し、前記CDR2は、配列番号2のアミノ酸配列を有し、そして前記CDR3は、配列番号3のアミノ酸配列を有する)を含み;および
b)該VLドメインは、順に超可変領域CDR1'、CDR2'およびCDR3'(前記CDR1'は、配列番号4のアミノ酸配列を有し、前記CDR2'は、配列番号5のアミノ酸配列を有し、そして前記CDR3'は、配列番号6のアミノ酸配列を有する)を含む、IL-17抗体またはその抗原結合フラグメント。
存続期間延長登録出願:
  • 特願2015-700057(延長の期間: 3年10月15日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgシリンジ
    処分対象用途: 尋常性乾癬,関節症性乾癬
  • 特願2015-700058(延長の期間 3年10月15日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mg
    処分対象用途: 尋常性乾癬,関節症性乾癬
  • 特願2016-700029(延長の期間 2年7月5日(延長を求める期間は4年10月10日だった))
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgシリンジ
    処分対象用途: 膿疱性乾癬
  • 特願2016-700030(延長の期間 2年7月5日(延長を求める期間は4年10月10日だった))
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mg
    処分対象用途: 膿疱性乾癬
  • 特願2016-700353(延長の期間 7月15日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgペン
    処分対象用途: 尋常性乾癬,関節症性乾癬,膿疱性乾癬
  • 特願2019-700038(延長を求める期間 5年)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgシリンジ
    処分対象用途: 強直性脊椎炎
  • 特願2019-700039(延長を求める期間 5年)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgペン
    処分対象用途: 強直性脊椎炎

2.乾癬用途用法用量特許: 特許5537740号(出願日2011年10月7日、登録日2014年5月9日、最長存続期間満了日2033年5月18日)。

請求項1:
乾癬を治療するための、IL-17抗体を含む医薬組成物であり、
IL-17抗体が、
a)導入レジメン中にそれを必要とする患者に投与されるものであり、ここで導入レジメンは、負荷レジメンを含み、負荷レジメンは、ゼロ週目に始めて、150mg~300mgの用量のIL-17抗体を5回皮下投与するステップを含み、5回の用量のそれぞれは週1回送達され、及び
b)その後、維持レジメン中に投与されるものであり、維持レジメンが、4週間ごと、150mg~300mgの用量のIL-17抗体を皮下投与するステップを含むこと
を特徴とし、
ここで、前記IL-17抗体は2つの成熟IL-17タンパク質鎖を有するIL-17ホモ二量体のエピトープに結合し、ここで前記エピトープは、1つの鎖上のLeu74、Tyr85、His86、Met87、Asn88、Val124、Thr125、Pro126、Ile127、Val128、His129及び他の鎖上のTyr43、Tyr44、Arg46、Ala79、Asp80を含み、IL-17抗体が100~200pMのKDを有し、IL-17抗体が23~30日のインビボ半減期を有する、
前記医薬組成物。
存続期間延長登録出願:
  • 特願2015-700059(延長の期間 7月16日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgシリンジ
    処分対象用途: 尋常性乾癬,関節症性乾癬
  • 特願2015-700060(延長の期間 7月16日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mg
    処分対象用途: 尋常性乾癬,関節症性乾癬
  • 特願2016-700031(延長の期間 1年7月11日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgシリンジ
    処分対象用途: 膿疱性乾癬
  • 特願2016-700032(延長の期間 1年7月11日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mg
    処分対象用途: 膿疱性乾癬
  • 特願2016-700354(延長の期間 7月15日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgペン
    処分対象用途: 尋常性乾癬,関節症性乾癬,膿疱性乾癬

3.強直性脊椎炎用途用法用量特許: 特許6049843号(原出願日2011年11月4日、登録日2016年12月2日)。

請求項1:
IL-17抗体を含む、強直性脊椎炎(AS)を治療するための医薬組成物であって、前記IL-17抗体は、
a)150mg~300mgの用量の前記IL-17抗体をそれを必要とする患者に5回皮下投与し、当該5回の用量のそれぞれは週1回送達され、
b)その後、前記患者に、150mg~300mgの用量で前記ステップa)の第5回目の皮下投与の送達から1ヵ月目に始めて毎月皮下投与するものであり、
ここで、前記IL-17抗体は、セクキヌマブである、前記医薬組成物。
存続期間延長登録出願:
  • 特願2019-700040(延長を求める期間 2年18日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgシリンジ
    処分対象用途: 強直性脊椎炎
  • 特願2019-700041(延長を求める期間 2年18日)
    処分対象物: コセンティクス皮下注150mgペン
    処分対象用途: 強直性脊椎炎


以下に、処分毎の各特許満了日(期間延長満了日)を整理した。すべての特許が有効であれば、バイオ後続品の承認(少なくとも尋常性乾癬及び関節症性乾癬を効能・効果として)は2032年となる見込み。

処分対象用途
処分対象物
物質
特許
4682200
2025.8.4
乾癬・用法用量
特許
5537740
2031.10.7
強直性脊椎炎・用法用量特許
6049843
2031.11.4
尋常性乾癬
及び
関節症性乾癬
150mg
+3y10m15d
2029.6.19
+7m16d
2032.5.23
-
150mgシリンジ
+3y10m15d
2029.6.19
+7m16d
2032.5.23
-
150mgペン
+7m15d
2026.3.19
+7m15d
2032.5.22
-
膿疱性乾癬
150mg
+2y7m5d
2028.3.9
+1y7m11d
2033.5.18
-
150mgシリンジ
+2y7m5d
2028.3.9
+1y7m11d
2033.5.18
-
150mgペン
+7m15d
2026.3.19
+7m15d
2032.5.22
-
強直性脊椎炎
150mgシリンジ
(+5y)
(2030.8.4)
-
(+2y18d)
(2033.11.22)
150mgペン
(+5y)
(2030.8.4)
-
(+2y18d)
(2033.11.22)


ジェネリックメーカーが、乾癬用途用法用量特許の無効審決を勝ち取った場合を想定したとき、2028年に膿疱性乾癬の効能・効果でバイオ後続品が初承認となる可能性はある。
しかし、それよりも、「150mgペン」の承認に基づいて取得した延長物質特許の期間満了は2026年となっており、こちらが先に満了してしまうことの影響があるかもしれない。「150mgシリンジ」での各効能効果承認時に取得した延長物質特許の効力が、尋常性乾癬及び関節症性乾癬については2029年6月19日まで、膿疱性乾癬については2028年3月9日まで、「150mgペン」の後続品に対しても及ぶと考えることができるのだろうか。そもそも、「150mgシリンジ」承認という先行処分の存在は、剤形違いである(でしかない?)後行処分である「150mgペン」の延長登録要件には影響しないのだろうか。「150mgシリンジ」と「150mgペン」の「成分」は同一である。パテントリンケージの観点から、2026年に「150mgペン」の後続品は承認されるのだろうか。ノバルティスは処分対象物を「150mgシリンジ」とする延長出願(特願2015-700057)と同時に、処分対象物を「150mg」とする延長出願(特願2015-700058)もしており、それぞれ登録されている。処分対象物を「150mg」とした延長特許は「150mgペン」にも効力が及ぶのだろうか。

上記疑問をよりシンプルに一般化すると・・・

1.先行処分の存在は、先行処分と「剤形」が異なる後行処分(本件処分)に基づいて出願する物質特許の延長登録要件にどのように関わるか。「成分」が実質同一なものの範囲であれば、剤形の異同は問わず、先行処分で禁止の解除なのか、それとも、「成分」が実質同一なものの範囲であっても、剤形が異なれば、本件処分で初めて禁止の解除となるのか。

参考:
  • 2015.11.17 「特許庁長官 v. ジェネンテック」 最高裁 平成26年(行ヒ)356
    「延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。・・・これを本件についてみると,本件特許権の特許発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものであって,医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ,医薬品の成分を対象とする物の発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。」
  • 2014.05.30 「帝人 v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10399
    特許権の存続期間延長登録が認められなった事例(リノコートパウダースプレー鼻用のノズル(カウンター付))

2.延長された物質特許権の効力は、「剤形」が異なるジェネリック(後発医薬品/バイオ後続品)に及ぶのか。「成分」が実質同一なものの範囲であれば、剤形の異同は問わず効力は及ぶのか、それとも「成分」が実質同一なものの範囲であっても、剤形が異なれば、効力は及ばないのか。

参考:
  • 知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046
    延長された特許権の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。


2019/11/24

2019.10.30 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成31年(ネ)10014

抗PCSK9抗体を巡るサノフィ(プラルエントPraluent®)とアムジェン(レパーサRepatha®)の争い: 知財高裁平成31年(ネ)10014

【背景】

「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」に関する特許権(第5705288号及び第5906333号)を保有するアムジェンが、サノフィによるプラルエント® (Praluent®)(被告製品)及びその原薬であるアリロクマブ(Alirocumab)(被告モノクローナル抗体)の生産等が当該特許権を侵害する旨主張して、それら生産等の差止め及び廃棄を求めた事案。

本件発明は、抗体のアミノ酸配列を全く特定せず、PCSK9とLDLR間の結合を遮断して「中和」することとPCSK9との結合に関して本件参照抗体と「競合」することによって発明を特定する機能的に表現されたクレームであり、本件各発明の技術的範囲の属否の他、無効事由の有無(進歩性、実施可能要件、サポート要件)が争点となった。

原判決(2019.01.17 「アムジェン v. サノフィ」 東京地裁平成29年(ワ)16468)は、被告モノクローナル抗体及び被告製品は、本件各発明の技術的範囲にそれぞれ属し、サノフィの主張する無効理由はいずれも理由がないなどとして、サノフィに対し、被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産等の差止め並びに被告製品の廃棄を命じたため、サノフィは原判決を不服として控訴を提起していた。

【要旨】

知財高裁も、被告モノクローナル抗体は及び被告製品は、本件各発明の技術的範囲に属し、また、本件各特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないものと判断し、サノフィの控訴を棄却した。

以下、本件各発明の技術的範囲の属否についての裁判所の判断の抜粋。本件各明細書記載の具体的なアミノ酸配列を有する抗体に限定されるとのサノフィの主張は認められなかった。
「本件各明細書に開示された技術的思想は,参照抗体1又は2と競合する単離されたモノクローナル抗体が,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の結合を遮断し(中和),対象中のLDLの量を低下させ,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏するというものである。そして,被告モノクローナル抗体及び被告製品は,上記技術的思想に基づいて解釈された本件各発明の技術的範囲に属することは,前記のとおりである。
本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,本件各参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体を提供するものであり,PCSK9とLDLR間の結合を遮断して「中和」すること(構成要件1A,2A)と,PCSK9との結合に関して参照抗体と「競合」すること(構成要件1B,2B)の双方を構成要件としている。そして,本件各明細書には,本件各発明が,参照抗体1又は2と競合する機能のみによって発明を特定するものであることをうかがわせる記載があるとはいえず,そのことを前提に実施例に限定されるとする控訴人の主張は採用できない。
また,本件各発明は,アミノ酸配列によって特定されるものではないから,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られると解すべき理由はない
さらに,本件各明細書には,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製,免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,参照抗体1又は2と競合するPCSK9-LDLRとの結合を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイの方法が記載され,これらの記載に基づき,一連の手順を繰り返し行うことによって,本件各明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得ることができること,上記エピトープビニングアッセイの結果確認された,15個の本件発明1の具体的抗体,7個の本件発明2の具体的抗体が得られることに加えて,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同様のエピトープビニングアッセイを行えば,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得られるものと認識できることは,後記3,4のとおりである。
そうすると,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるとはいえず,控訴人の主張は,この点においても採用することができない。」

以下、差止請求の当否についての裁判所の判断の抜粋。サノフィは、プラルエント® (被告製品)の差止めが患者利益を害することを具体的に立証できず、裁判所は差止請求は権利濫用に当たらないと判断した。
「控訴人は,被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産・譲渡等を差し止めることは,現在及び将来被告製品の投与を受ける患者に重大な健康上の不利益や将来の治療上の不安をもたらすから,被控訴人による差止請求は,権利濫用に当たり,許されない旨主張し,B作成の意見書(乙33)を提出する。
しかしながら,乙33は,被告製品の譲渡等が差し止められることにより,患者にとっての選択肢が減り,被告製品を使用している患者の困惑が予想されるなどの問題点を指摘するものの,被告製品に代えて被控訴人が製造販売している製品を使用することにより,具体的に患者の健康上の不利益等が生じることまで指摘するものではないから,被告製品の使用を差し止めることにより,公共の利益が損なわれるとの具体的な事実が立証されているとはいえない。
そして,医薬品の分野においては,公共の利益の観点から差止請求権を制限すべき場合もあり得ると解されるものの,具体的な事実を立証することなく,単に患者にとって選択可能なオプションが存在する方が望ましいとの理由により,侵害品の生産,譲渡等の差止請求が許されないと解することはできない。よって,控訴人の主張は採用できない。」

【コメント】

アムジェンが保有する本件特許(第5705288号及び第5906333号)についてサノフィが提訴した無効審判請求不成立審決取消訴訟の知財高裁判決が昨年末に出されている。これら審決取消訴訟において、知財高裁は、いずれも容易想到性を否定し進歩性を認め並びにサポート要件及び実施可能要件にも適合するとした本件審決の判断に誤りはないとして、サノフィ主張の取消事由はいずれも理由がないと判断していた(サノフィ敗訴)。これら審決取消訴訟判決に対してサノフィは上告受理申立てをしている。
このようなクレーム(例えば、スリムに一般化すれば、参照物Xと競合する、タンパク質Y阻害剤。以下、参照物競合型機能的表現クレームという)は、権利化する側として非常に魅力的で興味深いものであるが、逆に他社に特許を取られてしまうと非常に厄介なものである。今回の判決を受けて、例えば、タンパク質阻害剤X(参照物)を得た者が参照物競合型機能的表現クレームでの特許権を得ようとするだろう。さらに、タンパク質阻害剤X1、X2、X3といくつもの阻害剤を参照物とした参照物競合型機能的表現クレームの特許権が乱立する虞があるのではないか。そうなると、被疑侵害者側(侵害クリアランス/FTO調査)にとって、属否判断の際にいちいち参照物を得て自社品との競合試験等の機能確認が必要となり、すなわち、侵害予見可能性が著しく低く困難とならざるをえないことになる。個人的には、これら知財高裁の判断が産業の発展に寄与するものといえるのか懸念している。

特許第5705288号及び特許第5906333号の欧米ファミリー特許の状況をみても、AmgenとSanofiとの抗PCSK9抗体を巡る争いは激しさを増している。
  • EP2215124B1:
    Claim 1. A monoclonal antibody or fragment thereof that binds to human PCSK9 and is neutralizing in that an excess of said antibody or fragment thereof is capable of reducing the quantity of PCSK9 bound to LDLR in an in vitro competitive binding assay, wherein said monoclonal antibody or fragment thereof competes for binding to PCSK9 with
    (a) an antibody comprising a heavy chain variable region of the amino acid sequence in SEQ ID NO: 49; and a light chain variable region of the amino acid sequence in SEO ID NO: 23; or
    (b) an antibody comprising a heavy chain variable region of the amino acid sequence in SEQ ID NO: 67; and a light chain variable region of the amino acid sequence in SEQ ID NO: 12.

    Sanofiらが異議申立てを行ったが、EPOは、特許権者AmgenによるAuxiliary Request 2はEPC要件を満たすとして補正を認め特許維持を決定した。この決定に対してSanofiらは審判請求し、現在審理中(Appeal No. T0845/19-3.3.04)。2020年3月24日に口頭審理が予定されている。

    ドイツでは、SanofiがAmgen特許を侵害しているとの判断がされ、Sanofiは控訴したとのことである(Amgen press release 2019.07.11 Amgen Comments on PCSK9 Patent Litigation in Germany; Sanofi press release 2019.07.19 Statement Regarding Düsseldorf Regional Court Decision in Ongoing Praluent® (alirocumab) Patent Litigation in Germany)。
  • US8,829,165:
    Claim 1. An isolated monoclonal antibody, wherein, when bound to PCSK9, the monoclonal antibody binds to at least one of the following residues: S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of SEQ ID NO:3, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

    米国におけるSanofiのPraluent®(Alirocumab)に対する特許侵害訴訟(Amgen v. Sanofi Docket No. 1:14-cv-01317; 2014.10.17 filed)の対象特許。2017年1月10日、デラウエア州連邦地裁は特許有効でありSanofiのPraluent®販売に対する差止めを認めたため、SanofiはCAFCに控訴した(No.17-1480)。2017年10月5日、CAFCは、恒久的な差止命令を取消し、地裁に差し戻す判決をして、地裁で再審理され、2019年8月28日、Amgen特許は実施可能要件を満たさず無効との判決が出された(Sanofi press release August 28 2019: Sanofi : U.S. District Court invalidates Amgen patent claims targeting PCSK9)。

    この特許は、AmgenのREPATHA®の有効成分であるevolocumabを保護する特許でもある。2016年10月22日、REPATHA®(evolocumab)承認に基づく特許期間延長出願が提出された。同時にUS8,030,457及びUS8,981,064についても同日に延長出願がされている。これは、US8,829,165がSanofiのPraluent®(Alirocumab)に対する特許侵害訴訟に係属しており、その行く末によってどの特許でREPATHA®(evolocumab)の期間延長を得るか(※日本と違い米国の特許期間延長制度は有効成分につき一つの特許しか延長を認めない)選択肢を残しておくためである(2017.07.17 USPTOへの審査提出書類より)。訴訟決着まで延長出願審査を待つようAmgenによる請願を認めUSPTOは延長出願の審査を停止している。
  • US8,030,457:
    Claim 1. An isolated neutralizing antigen binding protein that binds to a PCSK9 protein comprising the amino acid sequence of SEQ ID NO: 1, wherein the neutralizing antigen binding protein comprises: a heavy chain polypeptide comprising the following complementarity determining regions (CDRs): a heavy chain CDR1 that is a CDR1 in SEQ ID NO: 49; a heavy chain CDR2 that is a CDR2 in SEQ ID NO: 49; a heavy chain CDR3 that is a CDR3 in SEQ ID NO: 49 and a light chain polypeptide comprising the following CDRs: a light chain CDR1 that is a CDR1 in SEQ ID NO: 23; a light chain CDR2 that a CDR2 in SEQ ID NO: 23; and a light chain CDR3 that is a CDR3 in SEQ ID NO: 23.

    AmgenのREPATHA®の有効成分であるevolocumabを保護する特許である。US8,829,165と同様に、2016年10月22日、REPATHA®(evolocumab)承認に基づく特許期間延長出願が提出されたが、USPTOはその審査を停止している。
  • US8,981,064:
    Claim 1. A monoclonal antibody that binds to human PCSK9 at an epitope on PCSK9 that overlaps with an epitope that is bound by an antibody that comprises: a heavy chain variable region of the amino acid sequence in SEQ ID NO: 49; and a light chain variable region of the amino acid sequence in SEQ ID NO: 23, and wherein the epitope of said monoclonal antibody further overlaps with a site to which an EGFa domain of LDLR binds and thereby blocks binding between human PCSK9 and the EGFa domain of LDLR.

    AmgenのREPATHA®の有効成分であるevolocumabを保護する特許である。US8,829,165と同様に、2016年10月22日、REPATHA®(evolocumab)承認に基づく特許期間延長出願が提出されたが、USPTOはその審査を停止している。
  • US8,563,698:
    Claim 1. An isolated monoclonal antibody, wherein, when bound to PCSK9, said monoclonal antibody binds to at least one residue within the sequence set forth by residues 123-132 of SEQ ID NO: 1, and wherein said monoclonal antibody reduces binding between PCSK9 and an EGFa domain of LDLR protein antagonizes PCSK9's inhibition of cellular LDL uptake.

    SanofiのPraluent®(Alirocumab)に対する特許侵害訴訟(Amgen v. Sanofi Docket No. 1:14-cv-01317; 2014.10.17 filed)の対象特許。
  • US8,859,741:
    Claim 1. An isolated monoclonal antibody that binds to PCSK9, wherein the isolated monoclonal antibody binds an epitope on PCSK9 comprising at least one of residues 237 or 238 of SEQ ID NO: 3, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

    SanofiのPraluent®(Alirocumab)に対する特許侵害訴訟(Amgen v. Sanofi Docket No. 1:14-cv-01317; 2014.10.17 filed)の対象特許。
  • US8,871,913:
    Claim 1. An isolated monoclonal antibody that binds to an epitope of PCSK9, wherein the epitope includes at least one of amino acid residues 311 to 313 of SEQ ID NO: 1, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

    SanofiのPraluent®(Alirocumab)に対する特許侵害訴訟(Amgen v. Sanofi Docket No. 1:14-cv-01349; 2014.10.28 filed)の対象特許。
  • US8,871,914:
    Claim 1. An isolated human monoclonal antibody that binds to an epitope on PSCK9, wherein the epitope comprises at least one of amino acid residues S123, E129, A311, D313, or D337 of SEQ ID NO: 1, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

    SanofiのPraluent®(Alirocumab)に対する特許侵害訴訟(Amgen v. Sanofi Docket No. 1:14-cv-01349; 2014.10.28 filed)の対象特許。
  • US8,889,834:
    Claim 1. An isolated monoclonal antibody that binds to an epitope of PCSK9 that comprises at least three of amino acid residues 207, 208, 162, 164, 167, 132, 351, 390, 413, 123, 129, 311, 313, or 337 of SEQ ID NO:1, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

    SanofiのPraluent®(Alirocumab)に対する特許侵害訴訟(Amgen v. Sanofi Docket No. 1:14-cv-01414; 2014.11.17 filed)の対象特許。
  • US9,920,134:
    Claim 1. A monoclonal antibody that binds to a PCSK9 protein, wherein the PCSK9 protein comprises the amino acid sequence of SEQ ID NO: 1, wherein the monoclonal antibody comprises a light chain complementarity determining region (CDR) CDR1 that is a CDR1 in SEQ ID NO:46; a light chain CDR2 that is a CDR2 in SEQ ID NO:46; and a light chain CDR3 that is a CDR3 in SEQ ID NO: 46, and wherein the monoclonal antibody comprises a heavy chain CDR1 that is a CDR1 in SEQ ID NO:60; a light chain CDR2 that is a CDR2 in SEQ ID NO:60; and a light chain CDR3 that is a CDR3 in SEQ ID NO:60.
  • US9,045,547:
    Claim 1. A method for treating hypercholesterolemia in a patient, said method comprising administering to a patient in need thereof a therapeutically effective amount of a monoclonal antibody that binds to PCSK9, wherein the monoclonal antibody binds to an epitope on PCSK9 comprising at least one of the following residues: S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, F379, V380, or S381 of SEQ ID NO: 3, and wherein the monoclonal antibody blocks binding between PCSK9 and an EGFa domain of LDLR to thereby reduce an elevated serum cholesterol level.
  • US8,168,762:
    Claim 1. An isolated neutralizing antigen binding protein that binds to a PCSK9 protein comprising the amino acid sequence of SEQ ID NO: 1, wherein the neutralizing antigen binding protein comprises: a heavy chain polypeptide comprising the following complementarity determining regions (CDRs): a heavy chain CDR1 that is a CDR1 in SEQ ID NO: 67; a heavy chain CDR2 that is a CDR2 in SEQ ID NO: 67; a heavy chain CDR3 that is a CDR3 in SEQ ID NO: 67; and a light chain polypeptide comprising the following CDRs: a light chain CDR1 that is a CDR1 in SEQ ID NO: 12; a light chain CDR2 that a CDR2 in SEQ ID NO: 12; and a light chain CDR3 that is a CDR3 in SEQ ID NO: 12.
  • US8,883,983:
    Claim 1. An isolated monoclonal antibody that binds an epitope on hPCSK9 comprising one or more of residues 207, 208, 162, 164, 167, 132, 351, 390, 413, 123, 129, 311, 313, or 337 of SEQ ID NO:1, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.
  • US9,056,915:
    Claim 1. A monoclonal antibody that binds to an epitope on PCSK9, wherein the epitope comprises at least one of the following residues: S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of SEQ ID NO:3, and wherein said monoclonal antibody comprises: a heavy chain variable region; and a light chain variable region; wherein the monoclonal antibody blocks binding interaction between PCSK9 and EGFa domain of LDLR.
  • US9,493,576:
    Claim 1. A monoclonal antibody that recognizes a conformational epitope on human PCSK9 comprising amino acid residues: S153, R194, D238, D374, T377, and F379 of SEQ ID NO: 3, wherein the monoclonal antibody reduces binding between PCSK9 and EGFa domain of LDLR.

2019/11/10

2019.10.03 「バクスアルタ v. 中外製薬」 知財高裁平成30年(ネ)10043

機能的表現抗体クレームの技術的範囲の解釈(中外エミシズマブ(ヘムライブラ®)): 知財高裁平成30年(ネ)10043
(原審: 2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475

【背景】

「第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体」に関する特許権(特許第4313531号; 存続期間満了日は2020年9月13日)に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権者である控訴人ら(バクスアルタ)が、被控訴人(中外製薬)に対して、血友病A治療薬「ヘムライブラ®」(一般名:エミシズマブ)の製造等の差止・同製品の廃棄を求めた事案。原判決(2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475)は「ヘムライブラ®」が本件各発明の技術的範囲に属しないとして控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らは控訴した。

本件発明1:
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
凝血促進活性を増大させる,
抗体または抗体誘導体(ただし,・・・(省略)・・・を除く)。

被控訴人製品(ヘムライブラ®):
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合することで第Ⅷ因子様の機能を発揮し、血液凝固反応を促進するバイスペシフィック抗体(二つの抗原結合部位が異なる抗原と結合できるように設計された抗体)である。
【要旨】

知財高裁も、原審同様、被控訴人製品は、「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)・・・を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められず、すなわち、本件各発明の技術的範囲に属するとは認められない、と判断し、本件控訴を棄却(追加請求も棄却)した。

裁判所は、被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属するか否かを判断するにあたり、まず、特許請求の範囲の記載が機能的・抽象的な表現にとどまっている場合には、明細書及び図面の記載も参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである旨判示した。
「「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,かつ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。

・・・このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合・・・においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。もっとも,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が理解することができ,実施することができるのであれば,同構成はその技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」

その上で、裁判所は、本件明細書に開示された具体的構成に示されている技術について検討し、本件各発明の技術的範囲に属するというためには、凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗FIX又はFIXa抗体であるか、その効果を有する当該抗体を改変した抗体誘導体あること、が必要である旨判示した。
「本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,FIXaの凝血促進活性を実質的に増大させるものではないFIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,このようなモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体がFIXaの凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が理解し,実施できるものとはいえないというべきである。」

そして、裁判所は、「凝血促進活性を実質的に増大させる」の意義について、本件明細書に開示された具体的構成に示されている技術について検討し、「インキュベーション時間を2時間とする色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味する」という狭いクレーム解釈をすることが相当である旨判示した。
「本件明細書においては,凝血促進活性を図る方法について,2時間のインキュベーション後のFVIIIアッセイにおいて少なくとも3のバックグラウンドの対測定値の比を示すとされている・・・が,色素形成アッセイ以外にも凝固アッセイなどFVIII活性を決定するために使用される全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間ではない例も記載されている(実施例2,4,5,実施例11・図18~22,実施例15~18)。このように,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在しており,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないとはいえるものの,本件明細書では,・・・色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度・・・や2程度・・・の場合においては,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていない。本件明細書のこれらの記載・・・を考慮すると,当業者は,本件各発明の範囲に含まれる抗体又はその誘導体は,複数の評価方法のうち,色素形成アッセイ(FVIIIアッセイ)を実施した場合には,少なくとも3のバックグラウンドの対測定値の比(ネガティブコントロールとの比)を示すものが本件各発明の抗体及び抗体誘導体であると理解すると認められるから,「凝血促進活性を増大させる」とは,色素形成アッセイを実施した場合には,ネガティブコントロールとの比が3を超えることを意味すると認めるのが相当である。

・・・色素形成アッセイの測定方法について,・・・本件明細書の段落【0013】においては,サブサンプリング法を用いつつも,インキュベーション時間を2時間として色素形成アッセイを実施したところ,少なくとも3のバックグラウンドの比を示すものが本件各発明である旨記載されていることになる。・・・本件明細書には,上記のとおり,インキュベーション時間を2時間としたものしか記載されていないのであって,本件明細書においては,インキュベーション時間を仕様書の記載に反してあえて2時間とし,そのときのFXaの産出量をもって,3のネガティブコントロールとの比を評価するときの産出量としているのであるから,当業者は,3のネガティブコントロールとの比を評価するに当たり・・・インキュベーション時間を2時間とする測定を要すると理解すると解される。

以上によると,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であり,インキュベーション時間を2時間とする色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味すると認めるのが相当である。」

裁判所は、上記の通り本件各発明の技術的範囲を明細書の記載等を参酌して狭く解釈をすることによって、提出された証拠の実験結果に基づき、被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断した。
「被控訴人製品の本件各発明の属否について・・・証拠・・・及び弁論の全趣旨によると・・・インキュベーション時間を2時間とする実験結果のみが考慮の対象となるところ,Qhomo,Qhomoシミラー及びQhomoシミラー(CHO)(*註)のネガティブコントロールとの比の値は,おおむね3以下であり,最も高くても3.05である。・・・一部に値が3を上回っているものがあるとしても,多くの場合において,値が3を下回っている前記実験結果に基づき,被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。」

(*註)Qhomoは、被控訴人製品のアミノ酸配列に基づき、抗FIXa側H鎖及びL鎖を使用し、HEK細胞を用いて産出したモノスペシフィック抗体、Qhomoシミラーは、被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき、HEK細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域はEmicizumabの抗FIXa側H鎖の元配列を有している。)、Qhomoシミラー(CHO)は、被控訴人製品の抗FIXa腕のアミノ酸配列に基づき、CHO細胞を用いて産出した抗FIXaのモノスペシフィック抗体(Fc領域はEmicizumabの抗FIXa側H鎖の元配列を有している。)である。

【コメント】

1.本判決の判断枠組み

控訴人らが主張の中で触れている言葉を借りれば、本判決の判断枠組みにおいても、原判決同様に、バイスペシフィック抗体が本件各発明の技術的範囲に含まれるためには、バイスペシフィック抗体に改変される前のFIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗FIX(a)抗体)の時点(被控訴人の主張の中での言葉を借りれば、「仮想的な出発点」であろうか)で「凝血促進活性を増大させる」必要があるとされ、したがって、バイスペシフィック抗体である被控訴人製品の属否は、被控訴人製品の改変元となるモノスペシフィック抗FIX(a)抗体の活性によって決せられることとなった。

裁判所は、本件各発明の技術的範囲に含まれるというために必須の「凝血促進活性を増大させる」という構成を、明細書の記載等を参酌し、「インキュベーション時間を2時間とする色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味する」と限定的に解釈することによって、提出された証拠の実験結果に基づき、被控訴人製品が本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断した。

2.具体的構成を明らかにしていない機能的に表現された発明の技術的範囲の解釈において、明細書の記載等を参酌して限定的に解釈されてしまうことへ反論することは、特許権者にとって、その範囲が明らかでない(記載要件違反)と判断されてしまう可能性との板挟みとなり得る

裁判所は、「このように,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在しており,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないとはいえる」と認定し、「「凝血促進活性を増大させる」について,当業者は,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであるか否かで判断する」等の被控訴人らの主張に対しても、「本件各発明の技術的範囲が当業者にとって明らかでないことになる」とも言及していることから、具体的構成を明らかにしていない当該機能的に表現された構成について、明細書の記載等から限定的に(具体的に)解釈するか、そうでなければ発明の技術的範囲が当業者にとって明らかでない(例えば記載要件違反の無効理由を有する)と判断するしか選択肢はないよということを示したといえる。

3.本判決は、今後、機能的に表現された(抗体)クレームに係る特許発明の技術的範囲の解釈に影響を及ぼすのか

本事件は、「凝血促進活性を実質的に増大させる」という機能的に表現された構成の解釈が問題となり、明細書に「活性を示さない」と位置付けて示されている例が記載されていたため、裁判所がそれを手掛かりにして(具体的に開示された技術思想に基づいて)、「凝血促進活性を実質的に増大させる」程度と「凝血促進活性を実質的に増大させない」程度との境界線を認定して当該発明の技術的範囲を限定的に解釈・確定したものである。

本判決における発明の技術的範囲の解釈内容は、本件明細書において開示された技術思想に基づいて検討された結果固有に導かれたものでがあるが、機能的に表現された(抗体)クレームに係る特許発明の技術的範囲の解釈をするにあたり、明細書中にどの程度のヒントがあれば限定的に解釈される可能性があるのかという点で、今後のベンチマークになるのかもしれない。

過去記事:

2019/11/05

第一三共がADC技術の帰属を巡り訴訟提起

第一三共(株)の2019年11月5日付プレスリリース(「当社の抗体薬物複合体(ADC)技術に関する訴訟の提起について」)によると、第一三共は、2008年7月から2015年6月にかけて抗体薬物複合体(ADC)の共同研究を実施していたSeattle Genetics, Inc.(シアトル ジェネティクス社)から、第一三共のADC品に関する特定の知的財産権の帰属を主張する旨の異議の通知を受けたことから、デラウェア州連邦地方裁判所に同社を被告として確認訴訟を提起したとのことです。第一三共は、シアトル ジェネティクス社の主張には根拠がないと考えており、当該ADC技術に係る知的財産権は専ら第一三共に帰属することを判決で明らかにすることを裁判所に求めているとのことです。

第一三共とシアトル ジェネティクス社が締結した共同研究契約は以下で参照できます。
  • Seattle Genetics, Inc. SEC Filing 11/07/2008 Form10-Q Quarterly Report Exhibit 10.2 Collaboration Agreement dated July 2, 2008 between Seattle Genetics, Inc. and Daiichi Sankyo Co., Ltd.

シアトル ジェネティクス社の2019年11月4日付プレスリリース(「Seattle Genetics Responds to Daiichi Sankyo’s Complaint for Declaratory Judgment」)によると、シアトル ジェネティクス社は以下の主張をしています。
"ADC technology used in Daiichi Sankyo’s metastatic breast cancer drug candidate (DS-8201, [Fam-] trastuzumab deruxtecan) among other product candidates, rightfully belongs to Seattle Genetics under the agreement entered into between the two parties in 2008. The linker and other ADC technology used in these drug candidates are improvements to Seattle Genetics’ pioneering ADC technology, the ownership of which are automatically assigned to Seattle Genetics under the terms of the agreement. Seattle Genetics has been abiding by the dispute resolution provisions under the agreement to pursue its legal rights. By filing this lawsuit, Daiichi Sankyo has circumvented the process underway between the parties pursuant to these provisions. Seattle Genetics is committed to protecting the company’s intellectual property rights as it continues to find revolutionary new treatments for cancer patients."

DS-8201(トラスツズマブ デルクステカン)は、HER2に対する抗体薬物複合体(ADC)であり、日本では2019年9月9日付プレスリリースにてHER2陽性乳がんに係る製造販売承認申請されたこと、米国では2019年10月17日付プレスリリースにてHER2陽性乳がんに係る生物学的製剤承認申請がFDAにて受理され審査終了目標日(PDUFA date)は2020年度第1四半期に設定されたことが発表されました。第一三共とアストラゼネカは、2019年3月に全世界(第一三共が独占的権利を有する日本は除く)においてDS-8201を共同で開発及び商業化する契約を締結しており、第一三共が本剤の製造及び供給に責任を持っています。


参考: