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2010.01.28 「ベーリンガー インゲルハイム v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10033

医薬用途発明のサポート要件(特36条6項1号)とは?: 知財高裁平成21年(行ケ)10033

【背景】

「性的障害の治療におけるフリバンセリンの使用」に関する出願(特願2003-537639; 特表2005-506370)の拒絶審決取消訴訟。審決は、特許明細書には、フリバンセリン類の性欲障害治療用薬剤としての「有用性を裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度」の記載がされていないことのみを理由として特36条6項1号(サポート要件)を満たしていないとした。

請求の範囲(本願発明):
場合により薬理学的に許容可能な酸付加塩形態にあってもよいフリバンセリンの,性欲障害治療用薬剤を製造するための使用。

【要旨】

裁判所は、

「法36条6項1号は,前記のとおり,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比して,「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。そうすると,「発明の詳細な説明」の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである。」

との一般原則を判示した上で、本件については、

「審決は,発明の詳細な説明の記載によって理解される技術的事項の範囲を,特許請求の範囲との対比において,検討したのではなく,「薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載」があるか否かのみを検討して,そのような記載がないことを理由として,法36条6項1号の要件充足性がないとしたものであって,本願の特許請求の範囲の記載が,どのような理由により,発明の詳細な説明で記載された技術的事項の範囲を超えているかの具体的な検討をすることなく,同条6項1号所定の要件を満たさないとした点において,理由不備の違法があるというべきである。また,本件においては,「特許請求の範囲」が特異な形式で記載され,法36条6項1号の要件を充足しないと解さない限り,産業の発展を阻害するおそれが生じるなど特段の事情は存在しない。

~なるほど,本願明細書の発明の詳細な説明においては,「フリバンセリンが,性欲強化特性を有する」等の技術的事項が確かであること等の論証過程に関する具体的な記載はされていない。
しかし,発明の詳細な説明に記載された技術的事項が確かであること等の論証過程に解する具体的な記載を欠くとの点については,専ら,法36条4項1号の趣旨に照らして,その要件の充足を判断すれば足りるのであって,法36条6項1号所定の要件の充足の有無の前提として判断すべきでないことは,前記説示のとおりである(なお,発明の詳細な説明に記載された技術的事項が確かであるか否か等に関する具体的な論証過程が開示されていない場合において,法36条4項1号所定の要件を充足しているか否かの判断をするに際しても,たとえ具体的な記載がなくとも,出願時において,当業者が,発明の解決課題,解決手段等技術的意義を理解し,発明を実施できるか否かにつき,一切の事情を総合考慮して,結論を導くべき筋合いである。)。~審決には,本願に係る特許請求の範囲の記載は,法36条6項1号の要件を満たしていないとした点に,理由不備の違法がある。」

と判断した。

審決を取り消す。

【コメント】

実施可能要件とは何か、サポート要件とは何か、そもそもの法の趣旨とその判断手法を確認した判決である。
裁判所は当たり前の判断をしたのであって、実施可能要件とサポート要件の判断手法を混同した特許庁は、審査基準を再度確認すべきだろう。たとえ、実施可能要件を満たさないことによって結論が同じ拒絶になるとしても、実施可能要件とサポート要件はそもそも異なるものであり、それぞれの法律の趣旨に従ってしっかり記載要件を判断していただきたい。

特許・実用新案審査基準 第VII部第3章 医薬発明には、特36条6項1号違反となる例として、以下の場合を挙げているが、本判決によれば事例(1)はまさに判断手法としては適切でないことになるだろう。

(1) 請求項においては成分Aを有効成分として含有する制吐剤が特許請求されているが、発明の詳細な説明には、成分Aが制吐作用を有することを裏付ける薬理試験方法、薬理データ等についての記載がなく、しかも、成分Aが制吐剤として有効であることが出願時の技術常識からも推認できない場合(第I部第1章2.2.1.1例9参照)、
(2) 請求項においては、所望の性質により定義された化合物を有効成分とする特定用途の治療剤として、包括的に特許請求されているが、発明の詳細な説明では、請求項に含まれるごくわずかな具体的な化合物についてのみ特定用途の治療剤としての有用性が確認されているにすぎず、これを超えて請求項に包含される化合物一般について、その治療剤としての有用性を出願時の技術常識からみて当業者が推認できない場合(第Ⅰ部第1章 2.2.1.1例7参照)。
(参考:東京高判平15.12.26(平成15(行ケ)104)、知財高判平19.3.1(平成17(行ケ)10818))

ここで上記参考として挙げられているうちのひとつである東京高判平15.12.26(平成15(行ケ)104)は、上記事例(2)の参考であり、事例(1)の参考には当たらない。もう一方の参考として挙げられている知財高判平19.3.1(平成17(行ケ)10818)は、上記事例(1)の参考に当たるものであり、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の裏付け(つまり有用性を示す薬理データ)を欠いているとしてサポート要件違反と判断した判決であるが、サポート要件を実施可能要件の”裏返し”として混同した判断手法を採用したものである。

参考:

  • 医薬用途発明の記載要件として明細書に根拠データは必要か?…こちら
  • Wikipedia: フリバンセリン (Flibanserin)

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