スポンサーリンク

日本のパテントリンケージの現状の課題とその解決に向けた提案

スポンサーリンク

1.はじめに

パテントリンケージ(patent linkage)とは、後発医薬品承認時に先発医薬品の有効特許を考慮する仕組みであり、その制度内容は国によって異なるが、その意義は総じて、先発医薬品を保護する特許権の重要性を尊重しつつ先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーとの特許紛争を事前に整理することによって後発医薬品の市場への安定供給を実現することを目的としている。代表的なものとして、例えば、米国ではDrug Price Competition and Patent Term Restoration Act(”Hatch Waxman Act”ともいう)によりパテントリンケージが法律上認められている(先発医薬品(低分子)の特許情報を掲載しているものが”Orange Book“)。

ちょうど3年前の今日(2018年3月8日)、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP、TPP11協定ともいう)」が、サンティアゴにて署名された。この「TPP11協定」の締約国はパテントリンケージ制度を採用する義務があり、その締約国である日本では、パテントリンケージに該当する仕組みが国内制度として運用されていることになっている(「我が国においては、この仕組みが既に導入されています。つまり、TPP協定により我が国の制度を変更することが求められるものではありません。」(2016.11.02 内閣官房TPP政府対策本部「TPPに関するQ&Aの公表」より))。

しかし、日本にはパテントリンケージに関する法律上の明文規定は存在しない。パテントリンケージに該当する仕組みが国内に存在しているといえる唯一の根拠は、平成21年6月5日付各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知(以下、「二課長通知」という)である。

この記事では、TPP11協定におけるパテントリンケージ条項の紹介、日本版パテントリンケージの実態とその課題を明らかにしたうえで、それら課題を解決するための制度改善案を提示したい。

スポンサーリンク

2.TPP11協定で規定されたパテントリンケージ条項

「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership(CPTPP))」は、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」について離脱を表明した米国以外の11カ国で一部条文を除く同協定の内容を実現するために発効させるものとして、2018年3月8日、サンティアゴにて署名された。「TPP11協定」ともいわれている。

日本では、このTPP11協定について、2018年6月13日に国会承認を経て、同年12月30日に発効となった(外務省HP内閣官房HP)。

パテントリンケージに関する制度は、以下のとおりTPP第18.53条(医薬品の販売に関する措置)に規定されている「後発医薬品承認時に有効特許を考慮する仕組み」であり、TPP11協定においては、凍結条文とはならず、発効された。

英文

Article 18.53: Measures Relating to the Marketing of Certain Pharmaceutical Products

1.     If a Party permits, as a condition of approving the marketing of a pharmaceutical product, persons, other than the person originally submitting the safety and efficacy information, to rely on evidence or information concerning the safety and efficacy of a product that was previously approved, such as evidence of prior marketing approval by the Party or in another territory, that Party shall provide:

(a)     a system to provide notice to a patent holder 62 or to allow for a patent holder to be notified prior to the marketing of such a pharmaceutical product, that such other person is seeking to market that product during the term of an applicable patent claiming the approved product or its approved method of use;

(b)     adequate time and opportunity for such a patent holder to seek, prior to the marketing 63 of an allegedly infringing product, available remedies in subparagraph (c); and

(c)     procedures, such as judicial or administrative proceedings, and expeditious remedies, such as preliminary injunctions or equivalent effective provisional measures, for the timely resolution of disputes concerning the validity or infringement of an applicable patent claiming an approved pharmaceutical product or its approved method of use.

2.     As an alternative to paragraph 1, a Party shall instead adopt or maintain a system other than judicial proceedings that precludes, based upon patent-related information submitted to the marketing approval authority by a patent holder or the applicant for marketing approval, or based on direct coordination between the marketing approval authority and the patent office, the issuance of marketing approval to any third person seeking to market a pharmaceutical product subject to a patent claiming that product, unless by consent or acquiescence of the patent holder.

—–

62 For greater certainty, for the purposes of this Article, a Party may provide that a “patent holder” includes a patent licensee or the authorised holder of marketing approval.

 63 For the purposes of paragraph 1(b), a Party may treat “marketing” as commencing at the time of listing for purposes of the reimbursement of pharmaceutical products pursuant to a national healthcare programme operated by a Party and inscribed in the Appendix to Annex 26-A (Transparency and Procedural Fairness for Pharmaceutical Products and Medical Devices).

訳文

第十八・五十三条 特定の医薬品の販売に関する措置

1 締約国は、医薬品の販売を承認する条件として、安全性及び有効性に関する情報を最初に提出した者以外の者が、以前に承認された製品の安全性又は有効性に関する証拠又は情報(例えば、先行する販売承認であって、当該締約国によるもの又は他の国若しくは地域の領域におけるもの)に依拠することを認める場合には、次のものを定める。

(a) 当該最初に提出した者以外の者が当該承認された製品又はその承認された使用の方法が請求の範囲に記載されている適用される特許の期間中に当該医薬品を販売しようとしていることについて、当該医薬品が販売される前に、特許権者(注)に通知し、又は特許権者が通知を受けられるようにする制度

注 この条の規定の適用上、締約国は、「特許権者」に特許の実施許諾を得た者又は正当に販売承認を与えられた者を含むことを定めることができる。

(b) 特許権者が、侵害しているとされる製品の販売(注)前に、(c)に規定する利用可能な救済手段を求めるための十分な期間及び機会

注 この(b)の規定の適用上、締約国は、「販売」を、締約国が運用し、かつ、附属書二十六-A(医薬品及び医療機器に関する透明性及び手続の公正な実施)の付録に記載する国の保健医療制度に基づく償還のために医薬品が一覧に掲載された時に開始するものとして扱うことができる。

(c) 承認された医薬品又はその承認された使用の方法が請求の範囲に記載されている適用される特許の有効性又は侵害に関する紛争を適時に解決するための手続(司法上又は行政上の手続等)及び迅速な救済措置(予備的差止命令又はこれと同等の効果的な暫定措置等)

2 締約国は、1の規定の実施に代えて、特許権者若しくは販売承認の申請者により販売承認を行う当局に提出された特許に関連する情報に基づき又は販売承認を行う当局と特許官庁との間の直接の調整に基づき、当該特許権者の承諾又は黙認を得ない限り、請求の範囲に記載されている特許の対象である医薬品を販売しようとする第三者に販売承認を与えない司法上の手続以外の制度を採用し、又は維持する。

スポンサーリンク

3.日本版パテントリンケージの実態

(1)日本版パテントリンケージの根拠「二課長通知」

日本には、パテントリンケージに関する法律上の明文規定は存在しないものの、「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)(平成21年6月5日付医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、

  • 先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合には後発医薬品を承認しないこと
  • 先発医薬品の特許が存在する効能・効果、用法・用量(効能・効果等)については承認しない方針であること
  • 特許の存否は承認予定日で判断するものであること

を従前より定めており、この厚生労働省からの通知(以下、「二課長通知」という)に基づく指導をもって、TPP第18.53条に義務付けられている「パテントリンケージ制度」が、同条第2項に従うものとして運用されている。つまり、パテントリンケージに該当する仕組みが国内に存在しているといえるおそらく唯一の根拠が、この「二課長通知」である。

「二課長通知」より抜粋

医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号

1.後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては次のとおり取り扱うこと。なお、以下について、特許の存否は承認予定日で判断するものであること。

(1) 先発医薬品の有効成分に特許が存在することによって、当該有効成分の製造そのものができない場合には、後発医薬品を承認しないこと。

(2) 先発医薬品の一部の効能・効果、用法・用量(以下、「効能・効果等」という。)に特許が存在し、その他の効能・効果等を標ぼうする医薬品の製造が可能である場合については、後発医薬品を承認できることとすること。この場合、特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であるので、後発医薬品の申請者は事前に十分確認を行うこと。

・・・

2.後発医薬品の薬価収載に当たり、特許に関する懸念がある品目については、従来、事前に当事者間で調整を行い、安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続きをとるよう求めているところ(「後発医薬品の薬価基準への収載等について(平成21年1月15日付け医政経発第0115001号)」参照)、上記1.に係わらず、本件について引き続き遺漏ないよう対応すること。

3. その他

・・・

(2) 平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて」は以下のアからコのとおり改正する。

ア 記の1及び3中の「物質特許」を「物質特許又は用途特許」とする。

・・・

(2)後発医薬品の承認に至るまで ー 先発医薬品メーカーはその承認まで知らされない運用 ー

厚生労働省(以下、PMDAと合わせて「厚労省」と略す)は、「二課長通知」記1に基づき、後発医薬品の承認の是非を決定する運用を実施するにあたり、先発医薬品メーカーに対して、先発医薬品を保護する物質特許又は用途特許の情報を記載した「医薬品特許情報報告票」の提出を求めている(「二課長通知」記3(2)の平成6年10月4日付薬審第762号審査課長通知「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて」)。

そして、後発医薬品を承認するにあたり、申請した後発医薬品メーカーに対して、厚労省からその申請内容に関して特許に関する懸念がないか等の照会がなされる場合がある。

しかし、先発メーカーは、「医薬品特許情報報告票」をあらかじめ提出することはあっても、後発医薬品が承認されるまで、自社の医薬品について後発医薬品の製造販売承認申請がなされているのかどうかについて、厚労省から通知を受ける仕組みはなく、知ることはできない。

後発医薬品の製造販売承認時期は、現在、毎年2月及び8月の年2回に限られており、承認された場合には、その医薬品名及び承認取得事業者等の情報が公表される(日本製薬団体連合会 医薬品等承認情報)。先発医薬品メーカーは自社の医薬品について後発医薬品の製造販売承認申請がされていた事実を初めて知るのは、この承認後の公表になる。

(3)後発医薬品の承認から薬価収載・販売に至るまで ー 紛争解決は当事者に委ねる運用 ー

TPP第18.53条2項「特許の対象である医薬品を販売しようとする第三者に販売承認を与えない司法上の手続以外の制度を採用し、又は維持する。」により締約国が義務付けられているのは承認を与える時点での仕組みの採用であり、後発医薬品が承認された後の仕組みではない。

従って、TPPに規定された「パテントリンケージ」を日本が採用しているかどうかという意味においては、前述の「二課長通知」記1における後発医薬品が承認に至るまでの仕組みが、TPPにより義務づけられたパテントリンケージに該当することになる。

他方で、日本では、以下に説明するとおり、承認後に先発及び後発医薬品メーカー間の「事前調整」や特許紛争による解決が始まるという仕組みが採用されており(「二課長通知」記2)、その仕組みまで含めて日本版パテントリンケージということもできる。

後発医薬品メーカーは、承認取得後に薬価収載申請を行うことにより、薬価収載に至り(承認から4カ月後、すなわち8月及び12月の年2回)、販売を開始することができる。原則、薬価収載後3カ月以内に販売を開始しなければならないこととなっている。

後発医薬品の承認後、薬価収載の前に、先発及び後発医薬品メーカー間で、承認された後発医薬品について特許上の問題がないかどうかについて協議し(「二課長通知」記2)、両者がそれぞれその結果を厚労省へ報告することとされている。その協議が不調に終わり、両者間で特許紛争が起きたとしても、後発医薬品メーカーから薬価収載申請があれば、その申請取下げがない限り、厚労省はその薬価収載・販売を認めているのが現状である。厚労省は自ら承認判断を覆すことはなく、あくまでその解決を両当事者間に委ねている。

参考:

スポンサーリンク

4.日本版パテントリンケージの課題

2009年6月5日付「二課長通知」が発出された際に、同日付で、同通知(案)に関する意見募集に対して寄せられたパブリックコメントについて結果が公示されている。それら意見を眺めることで、当時どんな課題・懸念があったのかを窺い知ることができまる。当時まだTPPに向けた議論は始まっていない。今から10年以上前にこの「二課長通知」の運用がスタートした。

2009.06.05 「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」
厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」を各都道府県衛生主管部(局)長宛に通知した(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)。併せて、平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて」の一部も改正。以下はその抜粋。1.後発医薬品の薬事法上の承認審査にあ...

以下に、TPP11協定において義務づけられているパテントリンケージ条項(TPP第18.53条第2項)と日本版パテントリンケージとの対比を示した(表1)。

TPP第18.53条第2項日本版パテントリンケージ
締約国は、1の規定の実施に代えて、日本は、米国のような司法上の手続きを採用していないため、1の既定の実施に代えて、本第2項を採用する立場となる。
特許権者若しくは販売承認の申請者により販売承認を行う当局に提出された特許に関連する情報に基づき又は販売承認を行う当局と特許官庁との間の直接の調整に基づき、「当局に提出された特許に関連する情報」として、厚労省に提出される「特許情報報告票」が該当する。厚労省と特許庁との間の直接の調整は存在しない。
当該特許権者の承諾又は黙認を得ない限り、「当該特許権者の承諾」を得る制度はない。
「当該特許権者が黙認」するか否か機会を与える制度はない。
請求の範囲に記載されている特許の対象である医薬品を販売しようとする第三者に販売承認を与えない司法上の手続以外の制度を採用し、又は維持する。「販売承認を与えない司法上の手続以外の制度」として、「二課長通知」で以下を規定。
①有効成分特許が存在する場合に承認しない
②特許が存在する効能・効果等を承認しない
③特許の存否は承認予定日で判断する
表1 TPP第18.53条第2項と日本版パテントリンケージとの対比

(1)課題1.後発医薬品承認前に特許権者の承諾(黙認)機会を与える仕組みの欠如

表1の対比で明らかのように、TPPでは「特許権者の承諾又は黙認を得ない限り、・・・販売承認を与えない司法上の手続以外の制度を採用し、又は維持する」ことを義務づけているのに対して、日本版パテントリンケージには「販売承認を与え」るにあたり「特許権者の承諾」を得る制度も「特許権者が黙認」するか否か機会を与える制度も存在しない。

このように、後発医薬品の承認の前に特許権者がそれを承諾(黙認)するかどうかの機会を与える仕組みが欠如している点は、日本がTPP11協定履行義務を果たすために、さらに国内整備が必要なのではないかという課題がある。

(2)課題2.特許権侵害か否かを判断する厚労省が司法上の判断に依拠することができる明確な仕組みがないことによる公正性の欠如

表1のとおり、TPPで採用を義務づけている「販売承認を与えない司法上の手続以外の制度」を、日本版パテントリンケージでは、厚労省が、①有効成分特許が存在する場合に承認しない、②特許が存在する効能・効果等を承認しない、③特許の存否は承認予定日で判断する、という方針で判断する仕組み(「二課長通知」記1)を採用してる。

有効成分を保護する特許発明の技術的範囲に後発医薬品が属するかどうかを判断するケースでは、厚労省がその判断を間違うことはないだろうと思われる。

しかし、効能・効果や用法・用量を保護する特許権や延長された特許権の効力が後発医薬品に及ぶかどうかを判断しなければならないようなケースでは、当事者間で特許紛争に発展して裁判所において争われることもしばしばあり、厚労省がそれら属否を単独で判断することは極めて難しいと考えられる。また、厚労省は、対象特許は無効であるとの審決がなされたことをもって、無効審決の確定や司法上の侵害判断を待たずに、後発医薬品を承認する運用をしている(この運用を根拠づける通知はあるのか)。

そのようなケースにおいて、厚労省により後発医薬品が非侵害であると判断・承認された後に裁判で侵害判断が確定した場合には、先発医薬品メーカーは大きな不利益を被ることになり、逆に、厚労省により後発医薬品が侵害と判断・承認されなかった後に裁判で非侵害が明らかとなった場合には、後発医薬品メーカーが大きな不利益を被ることになる。そして、いずれにしても、医薬品の安定供給が損なわれ、公衆の利益も損なうことになりかねない。

当然だが、「特許が無効かどうか」と「後発医薬品が特許権の侵害を構成するかどうか」はイコールではない。特許の全ての請求の範囲について無効が確定した場合は別として、例えば、一部請求項の無効が確定したからといって、残る請求項で特許権の侵害を構成する場合もある。後発医薬品が特許権を侵害しているかどうかは、本来、特許侵害訴訟か特許非侵害確認訴訟という司法の場で判断されるべきものであり、無効審判のような行政手続きで判断されるべきものではない。

このように、後発医薬品が先発医薬品の特許権侵害に該当するかどうかの判断を、裁判所ではなく、厚労省が実行しているという日本版パテントリンケージの実態には、先発医薬品メーカー及び後発医薬品メーカー双方にとって、また医薬品の供給をうける公衆にとっても不利益を被るおそれがある。後発医薬品が特許権侵害に該当するかどうかについての司法上の判断を待つことなく厚労省が後発医薬品の承認判断をしている日本版パテントリンケージには、法的公正さの欠如という欠陥がある。日本版パテントリンケージの公正性を高めるために何らかの修正が必要なのではないか。

スポンサーリンク

5.課題解決に向けた提案

ここまで、TPP11協定におけるパテントリンケージ条項、日本版パテントリンケージの実態とふたつの課題を明らかにしてきた。課題は上記に述べたものだけとは限らないが、以下にそれら課題を解決するための私案を提示したい。現在の「二課長通知」に修正を加えることで日本版パテントリンケージ私案を提示した。

「二課長通知」より抜粋部分について修正死私案(修正部分は下線赤字

医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局経済課長・厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号

1.後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては次のとおり取り扱うこと。なお、以下について、特許権侵害の存否は裁判所の判断に基づき承認予定日で判断するものであること。裁判所(第一審)が非侵害の判決をした場合に、特許権者は、厚労省が後発医薬品を承認することを承諾(黙認)したとみなす。但し、特許権者による訴訟行為を妨げるものではない。

(1) 先発医薬品の有効成分に特許が存在することによって、当該有効成分の製造そのものができない場合には、後発医薬品を承認しないこと。

(2) 先発医薬品の一部の効能・効果、用法・用量(以下、「効能・効果等」という。)に特許が存在し、その他の効能・効果等を標ぼうする医薬品の製造が可能である場合については、後発医薬品を承認できることとすること。この場合、特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であるので、後発医薬品の申請者は事前に十分確認を行うこと。

・・・

2.後発医薬品の薬価収載申請に当たり、特許に関する懸念がある品目については、従来、事前に速やかに当事者間で調整を行い、うこと。安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続きをとるよう求めているところ(「後発医薬品の薬価基準への収載等について(平成21年1月15日付け医政経発第0115001号)」参照)、上記1.に係わらず、本件について引き続き遺漏ないよう対応すること。

3. その他

・・・

(2) 平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて」は以下のアからコのとおり改正する。

ア 記の1及び3中の「物質特許」を「物質特許又は用途特許」とする。

・・・

(1)課題1(後発医薬品承認前に特許権者の承諾(黙認)機会を与える仕組みの欠如)への解決案

後発医薬品の承認の前に特許権者がそれを承諾(黙認)するかどうかの機会を与える仕組みとするためには、後発医薬品の製造販売承認申請行為に対して「医薬品特許情報報告票」に記載された特許権の効力は及ばないとの免責を後発医薬品メーカーに与えることを前提として、後発医薬品の申請がされた際に、速やかに、厚労省から、「医薬品特許情報報告票」を提出している先発医薬品メーカーにその旨を通知する仕組みを採用してはどうだろうか(「二課長通知」修正私案 記2参照)。

そして、これまで承認後に行われていた先発及び後発医薬品メーカー間の事前調整を、申請後速やかに開始する仕組みに修正すれば(「二課長通知」修正私案 記2参照)、特許問題の早期解決が期待でき、その結果、先発及び後発医薬品メーカー双方にとっては事業リスクを軽減できるメリットがあり、また厚労省・医療関係者・患者にとっても後発医薬品の安定した供給を適切な時期に実現できるという点で大きな利点があると考えられる。

TPP第18.53条第2項「当該特許権者の承諾又は黙認を得ない限り、・・・販売承認を与えない」との要件を国内制度上履行していることを明確にするための案は以下(2)課題2の中で述べる。

(2)課題2(特許権侵害か否かを判断する厚労省が司法上の判断に依拠することができる明確な仕組みがないことによる公正性の欠如)への解決案

後発医薬品が特許権を侵害しているかどうかは、本来、特許侵害訴訟か特許非侵害確認訴訟という司法の場で判断されるべきものであり、無効審判のような行政手続きで判断されるべきものではない。

厚労省は、後発医薬品が先発医薬品の特許権を侵害するかどうかを後発医薬品の承認時に判断する際において、行政手続き判断である特許無効審判の結果に依拠するのではなく、まさに「特許権を侵害するかどうか」についての裁判所の判断に依拠すれば、先発及び後発医薬品メーカー双方にとって公正性が担保され且つ明確になると考えられる。つまり、提案は、後発医薬品メーカーは特許無効審判を請求するのではなく、原則、後発医薬品メーカーによる後発医薬品の承認後の製造販売行為が特許権を侵害していないことの確認を求める訴訟を裁判所に提起し、その裁判所の判決を厚労省に報告、厚労省はその裁判所による特許権侵害判断に基づいて承認の可否を判断するというものである(「二課長通知」修正私案 記1参照)。

後発医薬品の申請から承認まで約1年かかることや、非侵害判決の控訴・上告により裁判が長期化し確定するまで後発医薬品が承認されないとする場合も考えると、一審である地方裁判所の判断に基づいて、厚労省は承認可否を判断すると割り切ることにしてもよいかもしれない。また、TPP第18.53条第2項「当該特許権者の承諾又は黙認を得ない限り、・・・販売承認を与えない」との要件を国内制度上履行していることを明確にするためにも、「二課長通知」記1に「裁判所(第一審)が非侵害の判決をした場合に、特許権者は、厚労省が後発医薬品を承認することを承諾(黙認)したとみなす。但し、特許権者による訴訟行為を妨げるものではない。」を追加するのも一案ではないだろうか(「二課長通知」修正私案 記1参照)。

特許無効審決に基づいて(無効審決の確定や司法上の侵害有無判断を待たずに)厚労省が後発医薬品を承認する現在の運用に比べれば、裁判所による特許権侵害・非侵害の判決に基づいて厚労省が判断する仕組みのほうが、より公正かつ明確ではないだろうか。

スポンサーリンク

6.おわりに

最後に、一番の問題が残されている。日本版パテントリンケージが、国会で承認された法律でもなく、政令でもなく、省令でもなく、告示でも、通達でもない、「通知」という厚労省よりもさらに下位組織の長・局長等がお知らせをしたレベルで成り立っていることである。「通知」という点で、制度的には極めて脆弱・不安定である。厚労省の後発医薬品の承認判断という行政処分に対して、医薬品メーカーが「根拠のない行政判断である」と主張して不服を申し立てる事件が起きたとしても不思議ではない。

パテントリンケージは、医薬品の安定供給と特許権の保護という両面を調整するものであることにより公衆の健康と利益に大きな影響を与える。だからこそ、それを採用するほとんどの国は国内法令としてしっかり制度化しているのである。日本版パテントリンケージ制度が、「通知」というお知らせレベルで運用されている現状は適切ではなく、法律レベルで採用されるように改められるべきである。

英国がTPPへの加盟を申請した(2021.01.30 英国 press release)。また、タイや台湾のほか、中国も加盟に意欲を示している。中国は、日本よりもずっと明確なパテントリンケージ制度を6月から施行する。日本は、TPP議長国として各国との協議をリードする立場にあるが、自信をもって自国パテントリンケージ制度を紹介できるのだろうか・・・。

この記事では、日本版パテントリンケージの課題を解決するために、現行の「二課長通知」を修正する改善案を提示した。各方面からもパテントリンケージの課題を指摘する論考が出されており、今後、益々、日本版パテントリンケージが、国際協定を順守するものとして、公正且つ明確であって日本にとってより良い制度に改善されるよう議論が活発化することを期待したい。

スポンサーリンク

7.参考文献

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました