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2012.04.11 「沢井製薬 v. 武田薬品」 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147

アクトス(ACTOS)併用発明の進歩性判断: 知財高裁平成23年(行ケ)10146, 10147

【背景】

武田薬品(被告)の特許(第3973280号)に対する沢井製薬(原告)の特許無効審判の請求について、当該特許の一部(請求項1~6)を実施可能要件及びサポート要件違反による無効とし、その余について請求が成り立たない(請求項7~9は実施可能要件及びサポート要件に違反せず、進歩性もあり)とする審決(無効2010-800088)がされた(参照: 2011.03.22 「沢井製薬 v. 武田薬品」 特許無効審判事件 2010-800087, 2010-800088)。

沢井製薬(原告)は請求を不成立とした部分の取消しを求め(第10147号事件)、武田薬品(被告)は当該特許を無効とした部分の取消しを求め(第10146号事件)たため、これら事案が併合された事件である。

請求項(本件発明):

1. ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
2. ビグアナイド剤がフェンホルミン,メトホルミンまたはブホルミンである請求項1記載の医薬
3. ビグアナイド剤がメトホルミンである請求項1記載の医薬
4. 医薬組成物である請求項1記載の医薬
5. 医薬組成物が錠剤である請求項4記載の医薬
6. 0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩を含有する請求項1記載の医薬
7. 0.05~5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬
8. 医薬組成物である請求項7記載の医薬
9. 医薬組成物が錠剤である請求項8記載の医薬

【要旨】

主文
特許庁が無効2010-800088号事件について平成23年3月22日にした審決を取り消す。(他略)

1. 取消事由1(本件発明7ないし9に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)及び3(本件発明1ないし6に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)について

(1) 実施可能要件について

裁判所は、

「物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。~本件各発明が実施可能であるというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に本件各発明を構成する各薬剤等を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるというべきである」

と言及したうえで下記の通り判断した。

「本件明細書には,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩,ビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン又はブホルミン)及びグリメピリドの製造方法の記載がないものの,本件出願日当時の当業者は,当時の技術常識に基づき当該各薬剤を製造することができたものと認められ,本件明細書には,これらからなる医薬組成物や錠剤の製造方法についての記載があるから,本件明細書は,本件各発明のいずれについても実施可能要件を満たすものといえる。よって,本件発明7ないし9について本件明細書に実施可能要件の違反がないとした本件審決の判断は,その措辞が必ずしも明快ではないものの,結論に誤りがあるとまではいえず,原告の取消事由1の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がない。
他方,本件審決は,本件発明1ないし6について本件明細書に実施可能要件の違反があると結論付けているが,その理由と目される部分は,専ら後記のサポート要件の適否を説示したものであって,実施可能要件について説示したものとは思われない。よって,本件発明1ないし6について本件明細書が法36条4項に違反するとした本件審決の判断は,その理由を形式的にも実質的にも欠くものとして到底是認することができず,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がある。」

(2) サポート要件について

裁判所は、

「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである」

と言及したうえで下記の通り判断した。

「ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用実験に関する記載はなく,その記載のみからは,直ちに本件発明1ないし3が本件各発明の前記課題を解決できると認識できるとは限らない。
~しかしながら,~糖尿病患者に対するインスリン感受性増強剤とビグアナイド剤との併用投与という技術的思想は,それ自体,本件出願日当時の当業者に公知であったと認められるばかりか,前記1(4)に認定のとおり,臨床試験中のインスリン感受性増強剤としてピオグリタゾンが存在することや,ビグアナイド剤としてフェンホルミン,メトホルミン及びブホルミンが存在することは,同じく当時の当業者の技術常識であったものと認められる。
以上によれば,当業者は,インスリン感受性増強剤であるピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩の投与により血糖値の降下を発生させる場合に,併せてこれとは異なる作用機序で血糖値を降下させるビグアナイド剤であるフェンホルミン,メトホルミン又はブホルミンも投与すれば,ピオグリタゾンとは別個の作用機序で,やはり血糖値の降下を発生させることができ,もって本件各発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定できるものというべきである。
~したがって,本件明細書の記載は,本件出願日当時の技術常識に照らすと当業者が本件各発明の前記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,本件発明1ないし3は,本件明細書に記載されたものであるということができる。~よって,本件明細書は,本件発明1ないし6について,サポート要件に違反するものではないというべきであるから,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分も理由がある。」

以上に対して、原告は、

「ビグアナイド剤と本件明細書に実施例が記載されているα-グルコシダーゼ阻害剤等とでは作用機序,臨床適応及び副作用の点でいずれも相違し,本件明細書の記載では,ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用投与(本件発明1ないし6)の効果について当業者が認識できなかったから,本件明細書は,サポート要件に違反するものである」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「ビグアナイド剤がインスリン感受性増強剤であるピオグリタゾンとは異なる作用機序を有することが知られており,両者が拮抗するなどの証拠が見当たらない以上,当業者が本件出願当時の技術常識に基づいてピオグリタゾンとビグアナイド剤とを併用することによって得られる効果の存在を認識できることに代わりはないから,ビグアナイド剤の実施例が記載されていないからといって,サポート要件に違反することになるものではない。よって,原告の上記主張は,採用できない。」

と判断した。

また、裁判所は、本件発明7ないし9についても、上記と同様のロジックでサポート要件に違反するものではないと判断した。

2. 取消事由2(本件発明7ないし9の容易想到性に係る判断の誤り)について

裁判所は、

「引用例3の図3には,「ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬」という発明が記載されているものと認められ,その結果,本件審決が認定した本件発明7との相違点1は存在しないものというべきである。すなわち,本件審決による引用発明の認定は誤りであり,これに伴い,本件審決が認定した相違点1も,その存在を認めることができず,本件発明7と引用例3に記載の発明との相違点は,本件審決が認定した相違点2にとどまる。
イ そこで,次に,相違点2に係る容易想到性についてみると,ピオグリタゾンの作用機序は,前記1(4)に認定のとおり,本件出願日当時の技術常識であったことに加えて,引用例3には,前記1(3)ウ(イ)に記載のとおり,ピオグリタゾンが30mg/日で十分な血糖降下作用を発揮するものと思われる旨の記載があるところ,糖尿病患者の体重を50ないし100kg と仮定すると,ピオグリタゾンの当該用量は,0.3ないし0.6mg/kg ということになるが,これは,本件発明6で特定されている用量(0.05~5mg/kg)と重複するものである。したがって,引用例3に接した当業者は,本件発明7の相違点2に係る上記構成を容易に想到することができたものといえる。」

と判断した。

被告は、

「本件優先権主張日当時,糖尿病の薬物治療においては,異なる作用機序の薬剤を併用して用いれば例外なく,相加的又は相乗的な効果が必ずもたらされるとは認識されていなかったところ,引用例1ないし4には,ピオグリタゾンと他の薬剤との併用により効果の高い治療が可能となるかもしれないという期待が記載されているにとどまり,乙17(甲22)の記載からも明らかなとおり特許性を論じる場合に必要とされる「併用効果」の記載がない一方で,本件明細書には,ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与が単独投与よりも優れているという当該「併用効果」の記載があるし,乙25及び26はこれを裏付けるものである」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「併用投与によりいわゆる相乗的効果が発生するか否かについての予測は困難であるといえるものの,前記(1)イ(ア)に認定のとおり,引用例1ないし4及び乙17(甲22)の記載によれば,本件優先権主張日当時の当業者は,これらの作用機序が異なる糖尿病治療薬の併用投与により,少なくともいわゆる相加的効果が得られるであろうことまでは当然に想定するものと認められる。したがって,被告の前記主張は,その前提に誤りがある。
~さらに,前記(1)イ(イ)に認定のとおり,本件明細書は,ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用投与による作用効果についての記載がないばかりか,塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにするにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。したがって,本件明細書には,本件発明7の作用効果の顕著性を判断するに当たり,被告が援用する乙25及び26(被告所属の技術者が作成した実験成績証明書)の記載を参酌すべき基礎がないというほかない。」

と判断した。

【コメント】

薬剤の併用投与に関する「物」の発明に関して、本件についての裁判所の判断によれば…

  • 公知薬剤どうしの併用投与に関する発明であれば、明細書に、発明を構成する各薬剤等を製造する方法についての具体的な記載がなくても、これらからなる医薬組成物や錠剤の製造方法についての記載があれば、実施可能要件を満たす。
  • 明細書に併用実験に関する記載がなく、その記載のみからは直ちに発明の課題を解決できると認識できるとは限らないとしても、公知薬剤どうしの併用に関する発明であって、併用投与という技術的思想自体が出願日当時の当業者に公知であるような場合には、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるだろうからサポート要件を満たしそうである。
  • 公知薬剤どうしの併用に関する発明であって、併用投与という技術的思想自体が出願日当時の当業者に公知であるような場合に、その進歩性を認めてもらうためには、その併用効果が「相加的」であるだけでは足りず、「相乗的」であること等を主張できるかが重要である。

本判決での問題点は、審判で参酌された、被告が出願後に補充した実験結果(いわゆる後出しデータ)が、、裁判所では参酌されなかった点である。裁判所の理由は、

「本件明細書は,ピオグリタゾンとグリメピリドとの併用投与による作用効果についての記載がないばかりか,塩酸ピオグリタゾンとSU剤であるグリベンクラミドとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにするにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。」

というものであった。

過去の判決(2010.07.15 「P&G v. 特許庁長官」 知財高裁平成21年(行ケ)10238)で、知財高裁は、

「当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべき」

と判示しており、被告(武田薬品)もその点を主張したが、本件においては、裁判所は、明細書に顕著な効果なるものの立証が欠けているとして被告の後出しデータを参酌しなかった。

後出しデータ参酌の許容性判断の考え方が、上記過去の判決と本件判決とではかなり異なっているように感じられる。結局のところ、どのような記載が明細書にあったら進歩性の効果を主張するための後出しデータの参酌が許され得るのか。また、後出しデータの参酌の許容性それ以前に、「顕著な効果」とは何なのか。進歩性判断において発明の効果の主張がポイントとなる出願について、後出しデータが参酌されたり、されなかったり、或いは、顕著であると判断されたり、されなかったりしては、瑕疵のない安定した特許権の付与がなされている特許制度とは言えない。それらのボーダラインがより明確にされることを望む。

参考:

進歩性の後出しデータ参酌に関する判決:

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