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2012.12.26 「エーザイ v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10131

塩酸ドネペジルの製剤発明: 知財高裁平成24年(行ケ)10131

【背景】

「甘味を有する薬剤組成物」に関する特許出願(特願2001-98970、特開2001-342151)の拒絶審決(不服2011-25385号)取消訴訟。争点は進歩性の有無。

請求項1: 塩酸ドネペジルおよびスクラロースを含有する薬剤組成物

引用発明: 苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物
一致点: スクラロースを含有する薬剤組成物である点
相違点: 薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点

【要旨】

主 文

原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

4 引用発明の認定の誤りについて

裁判所は、下記のとおり判断した。

「引用例1には,本件審決が認定したとおり,「苦味を有する薬剤及びスクラロースを含有する薬剤組成物」との発明が記載されているものと認められる。そして,前記2の引用例1の各記載からすると,引用発明は,苦味を有する薬剤の苦味を消失させるという課題に対して,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという効果を奏するものということができる。」

これに対して、原告は、

「引用例1の特許請求の範囲や発明の詳細な説明には,スクラロースとスクラロースが不快な味をマスクし得る「苦味を有する薬剤」との具体的な組合せが記載されていない」とか「引用例1に列挙されている薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいということは,引用例1に開示されていない 」

等と主張した。

しかしながら、裁判所は、下記のとおり原告の主張は採用することができないとした。

「引用例1の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には,「苦味を有する薬剤」及びスクラロースを含有する薬剤組成物についての技術的思想が開示されているのであり,そうである以上,特許請求の範囲や発明の詳細な説明において,特定の「苦味を有する薬剤」とスクラロースとの具体的な組合せについての明示がないとしても,」また、「発明の詳細な説明中にある薬の「例示的カテゴリー」について,その苦味又は不快なオフノートを消去するのにスクラロースが好ましいものであるとの具体的な記載がないとしても,引用発明の上記認定が妨げられるものではない。」

5 相違点に係る判断の誤りについて

裁判所は、下記のとおり判断した。

「(1) 前記4のとおり,本件審決による引用発明の認定に誤りはなく,本願発明と引用発明とを対比すると,両者は,本件審決が認定したとおり,「薬剤組成物が,本願発明は「塩酸ドネペジル」を含有するものであるのに対し,引用発明は「苦味を有する薬剤」を含有するものである点」で相違するものと認められる。
(2) 本願発明の容易想到性について
ア 引用例1の前記2(2)オの記載からすると,引用例1には,「苦味を有する薬剤」として,引用例1に具体的に記載された薬剤に限らず,広範囲の苦味を有する薬剤が使用できることが示されているものと認められる。他方,前記3のとおり,引用例2には,薬剤である塩酸ドネペジルが激しい苦味を有することが記載されている。そうすると,引用発明において,「苦味を有する薬剤」として,引用例2に記載された激しい苦味を有する「塩酸ドネペジル」を使用した薬剤組成物とすることは,当業者が容易に想到することができたものである。~
(3) 本願発明の作用効果について
ア 前記4(1)のとおり,引用例1には,薬剤とスクラロースとを組み合わせることにより,薬剤の苦味をマスキングするという作用効果が生ずることが開示されている。そして,~本件出願に係る優先権主張日当時,スクラロースが渋味に対するマスキング効果を有することも知られていたものである。加えて,~渋味は,舌粘膜の収れんによるものであって,通常,痺れ感を伴うものである。したがって,渋味に対するマスキング効果を有するということは,痺れ感をマスキングできることを意味するものであり,スクラロースが痺れ感に対するマスキング効果を有することは本件出願に係る優先権主張日前に公知であったということができる。そうすると,引用例1に接した当業者は,薬剤にスクラロースを組み合わせることにより,薬剤の苦味だけでなく,その痺れ感についてもマスキングされるという効果を容易に予測することができるというべきである。」

【コメント】

明細書を見る限り、塩酸ドネペジルの製剤発明について特許を取りに行くぞという勢いは感じられない内容であり、INPADOC patent family searchを行っても日本以外の海外出願は見当たらない。さらに、日本で販売されているアリセプトの錠3mg・錠5mg・錠10mg・細粒0.5%、D錠3mg・錠5mg・錠10mg、内服ゼリー3mg・内服ゼリー5mg・内服ゼリー10mgのいずれにもスクラロースは使用されていないようである。

アリセプトの成分(ドネペジル塩酸塩)には苦味があるが、アリセプト錠はフィルムコートにより、D錠と内服ゼリーはカラギーナンという添加物により、苦味を軽減している。カラギーナンのドネペジル塩酸塩に対する苦味マスキングは、2018年3月まで特許が保持されている(参考: エーザイwebpage アリセプトには苦味がありますか?)。

上記のとおり、先発品はスクラロースを使用していないが、アリセプトの後発品の多くは実はスクラロースを使用している。知財高裁まで争ったということは、出願当初はそれほど力を入れていなかったのかもしれないこの出願が、後発品の参入という事態となったため、この出願を特許にすることによってできる限り後発品の参入を阻止したいという価値が生じたと想像できる。明細書の記載をもっと充実させたものにしておくべきだったと悔やまれる事案である。

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