May 22, 2018

2018.03.28 「バクスアルタ v. 中外製薬」 東京地裁平成28年(ワ)11475

機能的表現抗体クレームの技術的範囲の解釈(中外エミシズマブ(ヘムライブラ®)): 東京地裁平成28年(ワ)11475

【背景】

「第Ⅸ因子/第Ⅸa因子の抗体および抗体誘導体」に関する特許権(特許第4313531号; 存続期間満了日は2020年9月13日)に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張して、特許権者である原告(バクスアルタ)が、被告(中外製薬)に対して、被告製品(開発コードACE910、一般名emicizumab(エミシズマブ)を有効成分とする血友病Aの治療を目的とした抗体医薬開発品)の製造等の差止・同製品の廃棄を求めた事案。被告は2012年から被告製品につき日本国内で臨床試験を行い、2017年7月21日に製造販売承認申請を行っていた。

争点:
  • 被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
  • 被告による被告製品の製造等が本件特許権を侵害し又はそのおそれがあるか(争点2)
  • 臨床試験のための被告製品の製造等は「試験又は研究のためにする特許発明の実施」(特許法69条1項)に当たるか(争点3)
  • 本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点4)

本件発明1:
第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
凝血促進活性を増大させる,
抗体または抗体誘導体(ただし,・・・(省略)・・・を除く)。

被告製品:
活性型第Ⅸ因子および第Ⅹ因子と同時に結合することで第Ⅷ因子様の機能を発揮し、血液凝固反応を促進するバイスペシフィック抗体(二つの抗原結合部位が異なる抗原と結合できるように設計された抗体)である。
【要旨】

裁判所は、上記争点のうち、争点1について、被告製品は本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないと判断し、他の争点は判断せず原告の請求を棄却した。
以下、裁判所の判断の抜粋。

「特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。
ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」

「(2) そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。・・・バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例として作製された例は記載されておらず,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし,バイスペシフィック抗体自体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】,【0026】)。そして,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし13,15ないし18),本件出願日当時の技術常識によれば,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。したがって,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。」

「他方,第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体が第Ⅸa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。」

「前記(2)において説示したとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ,前記2において認定したとおり,左右のアームがいずれも被告製品の第Ⅸa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であったこと(乙38)からすると,Qhomoは第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。
そして,被告製品は,Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。
そうすると,被告製品は,第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から,その第Ⅸa因子結合部位を取り出し,特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより,凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから,「第Ⅸa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。したがって,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。」

【コメント】

本件発明は、いわゆる機能的クレームであり、その技術的範囲が争われた。

裁判所は、機能ないし作用効果を果たし得る構成全てをその技術的範囲に含まれると解することは特許制度の趣旨に反することとなり許されないとして、そのような機能的クレームの場合には、その記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて確定すべきである(但し、実施例に限定するものではなく、当業者が実施し得る構成であれば含まれる)、との一般的解釈を述べた上で、本件について、下記のステップによる認定・解釈によって最終的な判断へと導いた。

・本件発明の技術的範囲に含まれるためには、当該活性を実質的に増大させる第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体であることが必要。

・バイスペシフィック抗体は、モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれる。

・当該活性を実質的に増大させない第Ⅸ因子又は第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変したバイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」に含まれない。

・たとえ、バイスペシフィック抗体(被告製品)自体が当該活性を有するものであっても、当該発明の課題解決手段と異なる手段によってその効果がもたらされているので、明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものではない。

・したがって、被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

結論に至るまでの上記各認定・解釈において、気になる点がいくつかある。

気になる点の一つ目として、被告製品のバイスペシフィック抗体は、「抗体誘導体」というよりも「抗体」ではないだろうか。「抗体誘導体」とは「抗体」ではない抗体フラグメント、ペプチド模倣物又はそれらを模した有機合成化合物の類ではないだろうか(【0022】、【0027】又は【0036】)。バイスペシフィック抗体は、原則、言葉通り「抗体」である。ただし、バイスペシフィックな抗体フラグメントのような「抗体誘導体」もあるだろう(【0026】)。判決文では、明細書中に「抗体誘導体」の一態様としてバイスペシフィック抗体が記載されていたかのように認定しているが、実際の明細書を読む限り、バイスペシフィック抗体(二重交代)は「抗体誘導体」であると一義的に分類しているようには思えない。被告製品は抗体フラグメントやペプチド模倣物ではない、全長のバイスペシフィック「抗体」である。裁判所は、判断に当たって一番最初に認定したこの前提をまずしっかり検討する必要があったのではないか。

気になる点の二つ目として、裁判所がクレーム文言を解釈した通りに、本件発明1を「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変したバイスペシフィック抗体であって,凝血促進活性を増大させる,バイスペシフィック抗体」と置き換えてみよう。これはプロダクト・バイ・プロセス・クレームである。被告製品が「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するバイスペシフィック抗体であって,凝血促進活性を増大させる,バイスペシフィック抗体」であるかどうかではなく、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対するモノスペシフィック抗体を改変した」というプロダクト・バイ・プロセス的構成に該当するかどうかで技術的範囲を解釈した点は、これまでのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利効力に関する判例の考え方と一致しない。この点の不整合さも気になる点である。

気になる点の三つ目として、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体」というクレームは、下記審査基準にも規定されているとおり、物(抗体または抗体誘導体)に固有に有している機能、特性(凝血促進活性を増大させる)を用いてその物を特定しようとする記載であり、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体」自体を意味していることになる。であれば、被告製品は特許発明の技術的範囲(「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体」)に属する(だろう)と判断したうえで、当該特許請求の範囲には何等かの無効理由(新規性欠如又はサポート要件違反等)が存在し権利行使できないとの結論に至るのが妥当だったのではないだろうか。クレームとしては、「第Ⅸ因子または第Ⅸa因子に対する抗体または抗体誘導体を含む凝血促進活性を増大させる医薬組成物」、「・・・を含む血友病Aにおける出血傾向の抑制剤」であれば上記のような疑義は生じなかったと思われる。

特許・実用新案審査基準 第III部特許要件 第2章第4節 特定の表現を有する請求項等についての取扱い
2.1.1 その物が固有に有している機能、特性等が請求項中に記載されている場合
この場合は、請求項中に機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、審査官は、その記載を、その物自体を意味しているものと認定する。その機能、特性等を示す記載はその物を特定するのに役に立っていないからである。

例1:抗癌性を有する化合物 X
(説明)抗癌性が特定の化合物 X の固有の性質であるとすると、「抗癌性を有する」という記載は、物を特定するのに役に立っていない。したがって、化合物 X が抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、審査官は、例1の記載が「化合物 X」そのものを意味しているものと認定する。

中外製薬は、2018年5月22日に、当該被告製品に相当するヘムライブラ®皮下注(有効成分はエミシズマブ)の販売を開始した(製造販売承認年月日:2018年3月23日)。

参考:

May 4, 2018

2018.04.04 「東和薬品 v. 興和」 知財高裁平成29年(ネ)10090

医薬特許に対する先使用権の抗弁が認められなかった事例(控訴審): 知財高裁平成29年(ネ)10090

【背景】

東和薬品(控訴人・原審被告)がピタバスタチンCa・OD錠4mg「トーワ」(被告製品)を製造等する行為は興和(被控訴人)が保有する特許権(第5190159号)を侵害すると主張して、興和が被告製品の製造等の差止及び廃棄を求めた事案。原審は、東和薬品は先使用権を有するとは認められず、本件発明2についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないとして、興和の請求をいずれも認容した。

原審: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872

請求項1:
次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上;
を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。
請求項2(本件発明2):
固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である、請求項1記載の医薬品。
【要旨】

裁判所は、東和薬品(控訴人)は本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められず、本件発明2に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないから、興和の請求は理由があると判断した。

争点1(控訴人は先使用権を有するか)について

控訴人は、
「本件出願日までに,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造し,治験を実施していたことをもって,控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者に当たり,本件発明2に係る特許権について先使用権を有する」
と主張した。

裁判所は、
「特許法79条にいう「発明の実施である事業…の準備をしている者」とは,少なくとも,特許出願に係る発明の内容を知らないで自らこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者でなければならない(最高裁昭和61年(オ)第454号)。よって,控訴人が先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない。・・・サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるといえるためには,まず,本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にある必要がある」
として、この点について検討した結果、以下の認定により、サンプル薬の測定時の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、4年以上も前の製造時の水分含量も本件発明2の範囲内であったと推認できるものではないと判断した。
  • サンプル薬の製造時から測定時まで4年以上もの期間が経過していた。
  • サンプル薬には本件発明2と同様に極めて吸湿性の高い崩壊剤が含まれ、サンプル薬の水分含量は容易に増加し得るものであった。
  • サンプル薬と、実生産品やサンプル薬の再製造品が同一工程により製造されたものとは認められないから、サンプル薬の測定時の水分含量が製造時の水分含量とほぼ同じであったということはできない。
裁判所は、仮に、本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても、以下のとおり、サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできないと判断した。
「本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量に着目し,これを2.9質量%以下にすることによってラクトン体の生成を抑制し,これを1.5質量%以上にすることによって5-ケト体の生成を抑制し,さらに,固形製剤を気密包装体に収容することにより,水分の侵入を防ぐという技術的思想を有するものである。」

「・・・控訴人は,本件出願日前に本件2mg錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬を製造するに当たり,サンプル薬の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたとも,1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していたとも認めることはできない。」

「・・・以上のとおり,本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内にするという技術的思想を有するものであるのに対し,サンプル薬においては,錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内に収めるという技術的思想はなく,また,錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値とする技術的思想も存在しない。そうすると,サンプル薬に具現された技術的思想が,本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。」
従って、裁判所は、控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないから、本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められないと判断した。

争点2(本件発明2に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものか)について
「乙7発明において,少なくとも,相違点②のうち水分含量の下限値に関する部分に係る本件発明2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものということはできない。したがって,本件発明2は,乙7発明に周知の技術事項を適用することにより,容易に発明をすることができたということはできないから,本件発明2に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。」
【コメント】

裁判所は、まず、4年以上も前のサンプル薬の水分含量が本件発明2の範囲内であったと推認できるものではないと判断した。この点は、実務上の問題点は残るものの(過去記事: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872参照)、推認できないのであれば先使用権が認められないという判断は妥当であろう。

なお、裁判所は、「仮に、本件サンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても・・・」と、一歩踏み込んだ想定をしたとしても、本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められないとも判断した。すなわち、
「・・・(最高裁昭和61年(オ)第454号)。よって,控訴人が先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない
という要件を示して、サンプル薬の水分含量には着目されていなかったというほかないと認定し、「サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない」から、結果、控訴人は発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないと判断した。

判決は、ウォーキングビーム事件最高裁判決(最高裁昭和61年(オ)454 )を引用しているが、この最高裁判決で言及された「具現されている技術的思想」は、下記のとおり、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めるという先使用権の効力範囲を解釈するための文脈で用いられた言葉である。本判決で言及された「具現された技術的思想」の同一性が先使用権の要否判断の一つであると直接説示しているわけではない(先使用の発明が特許発明を実施する(形式上侵害行為となる)ことになる場合であっても、利用発明の関係などのように両者の技術的思想が同一でない場合はあるだろう)。
「先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。」
一方、上記一歩踏み込んだ想定をした場合について、原審(東京地裁)判決での結論の持っていき方は異なる。
「この点を措くとしても,・・・本件出願日までに,本件2mg製品及び被告製品(本件4mg製品)の内容が,本件発明2の構成要件E(固形製剤の水分含量が1.5~2.9質量%である)を備えるものとして,一義的に確定していたと認めることはできず,本件発明2を用いた事業について,被告が即時実施の意図を有し,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていたとはいえないから,被告に先使用権が成立したということはできない。」
原審は、発明構成要件の一義的確定有無・即時実施意図有無といった主体的要件を論じること(最高裁昭和61年(オ)454)で適否判断しており、わかりやすい。

先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許法79条の「その発明の実施である事業の準備」のあてはめは慎重に検討されたほうがよいのではないだろうか。

特許法第79条(先使用による通常実施権)
特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。
参考:
  • 興和、東和の「リバロ」後発品特許訴訟で勝訴
  • 原審: 2017.09.29 「興和 v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)30872
  • ウォーキングビーム事件最高裁判決 1986.10.03 最高裁昭和61年(オ)454
    判示事項
    一 特許法七九条にいう発明の実施である事業の準備の意義
    二 先使用による通常実施権の範囲
    裁判要旨
    一 特許法七九条にいう発明の実施である事業の準備とは、特許出願に係る発明と同じ内容の発明につき即時実施の意図があり、かつ、その意図が客観的に認識されうる態様、程度において表明されていることをいう。
    二 先使用による通常実施権は、特許出願の際に当該通常実施権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶ。
  • 特許庁Website: 先使用権制度について