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2009.04.23 「バクスター v. アボット・セントラル硝子」 知財高裁平成18年(ネ)10075

作用効果無関係の抗弁: 知財高裁平成18年(ネ)10075

【背景】

「フルオロエーテル組成物及び、ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法」に関する特許権(特許第3664648号)を共有する被控訴人(アボット及びセントラル硝子)らが、控訴人(バクスター)製品の生産方法は本件特許発明の技術的範囲に属すると主張して、控訴人製品の販売等の差止めを求めた事案。

原判決は、本件特許発明が物を生産する方法の発明に該当するとした上、控訴人方法の各構成がそれぞれ本件特許発明の各構成要件を充足するものと認め、他方、本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないと判断し、結局、被控訴人らの請求はいずれも理由があるものとしてこれを認容した。

そこで、控訴人は、差止請求の可否を争うとともに、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとの各抗弁を追加提出するなどした。

請求項1:

「一定量のセボフルランの貯蔵方法であって,該方法は,
内部空間を規定する容器であって,かつ該容器により規定される該内部空間に隣接する内壁を有する容器を供する工程,
一定量のセボフルランを供する工程,
該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程,及び
該一定量のセボフルランを該容器によって規定される該内部空間内に配置する工程
を含んでなることを特徴とする方法。」

控訴人方法の構成d(エポキシフェノリックレジンのラッカー)が本件特許発明の構成である「ルイス酸抑制剤」に該当するかどうかが問題となった。

【要旨】

1 争点2-3(構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」がルイス酸抑制効果を有するか)について

裁判所は、

「構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」の技術的意義について~本件特許発明においては,ルイス酸抑制剤により容器由来ルイス酸を中和することを手段として,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との作用効果を実現するものであるから,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止が容器由来ルイス酸の中和と関係なく実現される場合には,ルイス酸抑制剤が,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすとはいえず,そのような場合におけるルイス酸抑制剤は,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当しないものと解するのが相当である。換言すれば,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当するためには,当該ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係が認められることを要すると解すべきである。そして,本件特許発明の上記目的及び上記アの本件明細書の各記載によれば,本件特許発明は,ルイス酸抑制剤による容器内壁の被覆後,容器内壁とセボフルランとが接触することを当然の前提にしているものと解される。したがって,容器由来ルイス酸とセボフルランとが接触するものと認められない場合~には,容器由来ルイス酸とセボフルランとの接触があるものとは認め難く,それ故,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止とルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないものと解するのが相当である。

~上記~によれば,構成dにおいては,EPRにルイス酸抑制剤としての作用効果があると仮定してみても,ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないから,構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」が構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」に該当するということはできない。

~以上のとおりであるから,その余の各争点について判断するまでもなく,被控訴人らの請求は,いずれも理由がない。」

と判断した。

原判決を取り消す。

【コメント】

裁判所は、本件クレームの構成要件であるルイス酸抑制剤に該当したとしても、当該ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係が認められなければ、本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当しない、と判断した。

本判決文で示された「作用効果に当業者の認識を踏まえた因果関係がないとして特許発明の技術的範囲に属しない」とするロジックに基づく抗弁を、勝手ながら以下「作用効果無関係の抗弁」と呼ぶ。

「エポキシフェノリックレジンのラッカー」がルイス酸抑制作用を有する点は、地裁判決では認定された点であった。

確かに、特許請求の範囲の記載に基づけば、被疑侵害行為は本件発明の技術的範囲に属するようであるし、結果的にはセボフルランの分解防止という効果も実現するという点で一致している。

しかし、その分解防止のメカニズムが異なるのである。

知財高裁は、その中和作用と分解防止効果との因果関係を問題視して技術的範囲を狭く解釈した。

役立つのか役立たないのか不明な、いわゆる「作用効果不奏功の抗弁」という反論ロジックは、効果を奏しないと主張する点がポイントだが、「作用効果無関係の抗弁」というロジックは、作用効果はあっても因果関係が無いと主張する点がポイントである。

しかし、そもそもどんな因果関係を証明すればいいのか、どうすれば因果関係が無いことを証明できるのか・・・この判決ロジックが侵害・非侵害の判断を逆に予測しにくいものにしてしまってはいないか気になるところである。

例えば、本事案の「ルイス酸抑制剤」を「胃酸抑制剤」に置き換えて下記の事例(分野は異なり、同列に議論できる事例ではないかもしれないが・・・)を考えるとどうなるだろうか。

被疑侵害者は、「作用効果無関係の抗弁」により侵害を免れることができるだろうか。

一方、特許権者にしてみれば、どんな因果関係を証明すれば被疑侵害品を特許発明にいう「胃酸抑制剤」に該当するといえるだろうか。

  • 特許クレーム:
    「抗ピロリ菌化合物(I)及び胃酸抑制剤を含有する胃潰瘍防止剤」
  • 明細書には、
    「抗ピロリ菌化合物(I)と胃酸を中和する胃酸抑制剤とを含有する薬剤が、胃潰瘍を防止する相乗効果を実現する。胃酸抑制剤は胃酸を中和する化合物であればよい。」
    と記載されていた。
  • 被疑侵害品1:
    「抗ピロリ菌化合物(I)及び胃酸分泌抑制剤を含有する胃潰瘍防止剤」
    該胃酸分泌抑制剤は、直接胃酸の分泌を抑制する作用メカニズムによって胃潰瘍を防止する効果を実現するものだった。
    但し、該胃酸分泌抑制剤は、その化学構造から理論上、酸を中和する。「胃酸の分泌抑制」は広い意味での「胃酸の抑制」という概念に含まれるようにも解釈されるかもしれない。
  • 被疑侵害品2:
    「抗ピロリ菌化合物(I)及び抗不安薬を含有する胃潰瘍防止剤」
    該抗不安薬は、中枢神経系に作用して間接的に胃酸の分泌を抑制する作用メカニズムによって胃潰瘍を防止する効果を実現するものだった。
    但し、該抗不安薬は、その化学構造から理論上、酸を中和する。さらに「胃酸の分泌抑制」は広い意味での「胃酸の抑制」という概念に含まれるようにも解釈されるかもしれない。
  • 被疑侵害品3:
    「抗ピロリ菌化合物(I)及び担体を含有する胃潰瘍防止剤」
    該担体は、代謝されやすい抗ピロリ菌化合物(I)の血中濃度維持に寄与することによって胃潰瘍を防止する効果を実現するものだった。
    但し、該医薬上許容可能な担体は、その化学構造から理論上、酸を中和する。

参考:

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