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2012.04.27 「A1 v. アステラス」 東京地裁平成21年(ワ)34203

塩酸タムスロシン関連発明の職務発明対価請求事件: 東京地裁平成21年(ワ)34203

【背景】

アステラス(被告)の元従業員である原告(A1)が、被告に対し、ハルナールの有効成分である塩酸タムスロシンに関する物質発明(日本物質特許1443699号)及び塩酸タムスロシンの製法に関する発明(日本製法特許1553822号)の上記職務発明に係る特許を受ける権利を被告に承継させたことによる相当の対価の一部請求として10億円等の支払いを求めた事案である。

【要旨】

主文
被告は,原告に対し,1億6538万円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(他略)

1. 外国特許についての特許を受ける権利の承継についての準拠法

「本件においては~職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,特許法35条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決参照)。~が,その類推適用を前提とした上で,特許を受ける権利は,各国ごとに,また各特許権ごとに,別個の権利として観念し得るものであり,特許を受ける権利の譲渡による相当対価請求についても,同様に,各国ごとに,各特許権ごとに別個の権利として観念し得るものであるから,その権利ごとに訴訟物を異にすると解するのが相当である。」

2. 自己実施による独占の利益(争点(1)-1)

物質特許及び製法特許による重畳的な存続期間における、各特許権ごとの被告が得た超過利益の算定期間及び独占の利益絵の寄与率について、裁判所は下記のように言及した。

「本件物質発明に係る特許権の存続期間は昭和63年6月8日から平成17年2月8日までであり,本件製法発明に係る特許権の存続期間は平成2年4月4日から平成17年11月13日までであるから,本来,各特許権ごとに超過利益を算出すべきである。しかし,本件物質発明に係る特許は物質特許であって,その存続期間中は,他社は被告の許諾を受けない限りその物の発明に係る医薬品を製造販売することはできないのであるから,本件物質発明に係る特許権の存続期間である昭和63年6月8日から平成17年2月8日までの間は,被告が得た超過利益は,本件物質発明による特許がもたらした超過利益とみて差し支えないものであり,本件製法発明に係る特許による超過利益については,本件物質発明に係る特許の存続期間満了後である平成17年2月9日から本件製法発明に係る特許権の存続期間の満了日である平成17年11月13日までの超過利益を算定すれば足りるものというべきである。」

「本件医薬品(ハルナール)は,α遮断剤としては尿路に対する選択性が高く,それまでの前立腺肥大症の治療薬の先行医薬であったファイザー株式会社のミニプレス錠(有効成分はプラゾシン塩酸塩)と比較しても,高い尿路選択性を有する発明であり,他の先行医薬品と比較しても医薬品としての技術的優位性を有しており,そのため,その後の市場におけるシェアは高く,前立腺肥大症関連薬のトップブランドとしての地位を確立した。また,その安全性も高いものであった。これらの事情を考慮すると,日本物質特許による独占の利益は売上高の50%とみるのが相当である。」

「製法発明は物質発明に比較すれば独占力は弱いものの,物質発明の存続期間満了後も,本件医薬品(ハルナール)が相当程度の売上額を維持していること(乙30の1)にかんがみれば,本件製法発明に係る特許による独占の利益は30%とみるのが相当」

3. ライセンス収入(争点(1)-2)

米国における米国物質特許に係る特許権の存続期間は平成21年10月27日までであるところ、原告は、

「北米での売上高については,特許保護延長期間である平成21年10月28日から平成22年4月27日までの売上高を加算すべきである」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「弁論の全趣旨によれば,上記特許保護延長期間は,被告がFDAからの要請に基づき,小児神経因性排尿障害に関する臨床データを出したことに関し,独占販売期間が追加的に付与されたものであって,特許法制に基づく保護期間が延長されたものではないから,上記期間における利益は,本件物質特許による利益と認めることはできない。よって,原告の主張を採用することはできない。」

と判断した。

4. 時効消滅(争点(4))

被告は,原告が主張する本件物質発明相当対価請求権及び本件製法発明相当対価請求権は,全部又は一部について時効により消滅したと主張するのに対し,原告は,被告は本件支払を行ったことにより,時効の利益を放棄した又は被告による時効の援用は信義則に反する旨を主張した。

裁判所は、下記のように判断した。

「被告は,本件物質発明及び本件製法発明に係る特許を受ける権利の譲渡に基づく相当の対価請求権について,その時効の完成を知っていたものであるが,上記支払をした各特許については,実施による利益の有無等の検討を行った上で,実施時補償としての本件支払を行ったことが認められる~このような被告の行動を評価すれば,本件物質発明及び本件製法発明に係る特許のうち,被告現行規程に基づいて実施時補償をせざるを得ないものについては,その支払の妨げとなる時効の利益を放棄した上で,被告現行規程に基づき算定した額を相当対価の額として支払ったものと解するのが相当である。よって,支払部分についてのみ時効利益を放棄した旨の被告の主張を採用することはできず,被告現行規程に基づいて実施時補償をした日本製法特許,米国特許,欧州特許,スペイン製法特許については時効の利益を放棄したものと解するのが相当である。
他方,原告の日本物質特許に係る請求,スペイン・ロシア・ポルトガルの物質特許に係る請求については,上記各権利とは別個の請求権として成立しているものであり,これらについては,被告現行規程に基づく支払の事実がなく,これらについて被告が時効利益の放棄をする意思は認められない。
そして,被告は,平成21年11月11日の本件第1回口頭弁論期日において,上記各請求権について消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 したがって,原告の日本物質特許に係る請求,スペイン・ロシア・ポルトガルの物質特許に係る請求については,時効により消滅しており,その請求を認めることができない。」

【コメント】

相当対価の額の算定について、裁判所が判断した下記の点が興味深い。

・裁判所の考え方に基づけば、物質特許と存続期間が重複するいわゆるライフサイクル特許により使用者等が得るべき利益の額の算定には、物質特許と重複する存続期間は算入しない。その重複期間は物質特許による独占力がもたらしたものと考えるからである。

・本件において、裁判所は、日本物質特許による独占の利益は売上高の50%、日本製法特許による独占の利益は売上高の30%とみるのが相当であると判断した。(根拠は不明)

・原告は、米国における小児適用による特許の6か月の延長期間も算入すべきと主張したが、これは認められなかった。

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