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2015.08.20 「サントリー v. 特許庁長官」 知財高裁平成26年(行ケ)10182

引用例中の医薬用途の列挙と引用発明の認定知財高裁平成26年(行ケ)10182

【背景】

「日中活動量の低下および/又はうつ症状の改善作用を有する組成物」に関する特許出願(特願2005-191506、特開2007-8861)の拒絶審決(不服2012-6456)取消訴訟。争点は進歩性。

本願補正発明(請求項4):

構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る,うつ症状の改善のための医薬組成物。

【要旨】

主 文

特許庁が不服2012-6456号事件について平成26年6月9日にした審決を取り消す。(他略)

裁判所の判断

裁判所は、以下により、原告主張の取消事由1及び2は理由があると判断した。

1. 取消事由1(本願補正発明についての引用発明1に基づく進歩性判断の誤り)

(1) 引用例1(特表2004-501969号)に記載された発明の認定

  • 引用例1には,薬学的配合物を適用できる症状又は疾患として「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害およびアルツハイマー病およびその他の痴呆症ならびにパーキンソン病を含む脳の変性障害」を含む広範囲のものが記載されている(【請求項12】,【0013】)。
  • しかし,実施例は,精神分裂病患者に関するもののみであって,うつ病及び双極性障害の患者に関するものについては全く記載がない。
  • そして,実施例において改善効果が確認された精神分裂病と,うつ病や双極性障害は,精神医学的疾患という点では共通しているものの,一般には,それらの疾患は,疾患の原因や治療法がそれぞれ異なる別の疾患と認識されているのであって,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が直ちにうつ病や双極性障害の治療に用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
  • まして,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患の治療にも用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠もない。
  • ~したがって,引用例1の記載に接した当業者は,エチル-EPAとAAを摂取すると精神分裂病の症状が改善したとの実施例の結果に基づいて,EPAとAAの併用を,うつ病や双極性障害を含む「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患」の治療にも用いることができることを,合理的に予測することはできない。
  • そうすると,引用例1に記載された発明における治療可能な疾患又は症状を,本件審決のように,「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害」と広く認定することは相当ではなく,その適用は精神分裂病の治療に限られるというべきである。
  • したがって,引用例1に記載された発明は,「精神分裂病の治療のための,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製された薬学的配合物。」(以下「引用発明1’」という。)と認定すべきである。

(2) 相違点C’(本願補正発明はうつ症状の改善のためのものであるのに対し,引用発明1’は精神分裂病の治療のためのものである点)について

  • 引用例1の実施例において,患者2名の陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の数値が改善したとの記載からだけでは,~統合失調症の陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善したかどうかを確認することはできない。そうすると,引用例1には~統合失調症における陰性症状のうち,うつ症状と似た症状が改善することについては,記載も示唆もないというほかない。
  • そうすると~本願補正発明と引用発明1’との相違点C’は,実質的な相違点というべきであり,この相違点C’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であると認めるに足りない。
  • したがって,本件審決は,相違点についての判断を誤るものである。

2. 取消事由2(本願補正発明について引用発明2に基づく進歩性判断の誤り)について

(1) 引用例2(特開2003-48831号)に記載された発明の認定

  • 前記~のとおり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下の改善とうつ病の改善との関連,又は,うつ病と海馬組織中のアラキドン酸含有量との関連についての技術常識があったと認めることができないことを前提とすれば,引用例2に接した当業者は,引用例2の実施例3の老齢ラットのモリス型水迷路試験の結果に基づいて,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いることにより,「記憶・学習能力の低下」が改善されることは認識できるものの,さらに「うつ病」が改善されることまでは認識することができないというべきであって,まして,「うつ病」を含む様々な症状や疾患が含まれる「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」全体が改善されることまでは認識できないというべきである。
  • そうすると,引用例2に記載された発明の医薬組成物が予防又は改善作用を有する症状又は疾患を,本件審決のように,「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」と広く認定することは相当ではなく,その適用は脳機能の低下に起因する記憶・学習能力の低下に限られるというべきである。
  • したがって,引用例2に記載された発明は,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含有するトリグリセリドを含んで成る,脳機能の低下に起因する記憶・学習能力の低下の予防又は改善作用を有する医薬組成物。」(以下「引用発明2’」という。)と認定すべきである。

(2) 相違点α’(本願補正発明は,「うつ症状の改善のため」のものであるのに対し,引用発明2’は,「記憶・学習能力の予防又は改善作用を有する」ものである点)に係る容易想到性について

  • 確かに,引用例2~には,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」の予防又は改善を行うことが記載され,当該症状あるいは疾患として,「記憶・学習能力の低下,認知能力の低下,感情障害(たとえば,うつ病),知的障害(たとえば,痴呆,具体的にアルツハイマー型痴呆,脳血管性痴呆)」等が記載されている。
  • しかし,前記~のとおり,引用例2に接した当業者は,引用例2の実施例3の老齢ラットのモリス型水迷路試験の結果に基づいて,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いることにより,「記憶・学習能力の低下」が改善されることは認識できるものの,さらに「うつ病」が改善されることまでは認識できないというべきである。
  • そして,前記~のとおり,うつ病と,記憶障害が中核症状である認知症とは,その病態が異なり,本願出願日当時,記憶・学習能力の低下を改善する薬が,うつ病をも改善するとの効果を有するとの技術常識が存在していたとは認められないことからすれば,引用例2に接した当業者が,引用例2に記載された「脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患」に含まれる多数の症状・疾患の中から,特に「うつ病」を選択して,「構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリド」を用いて,うつ病の症状である「うつ症状」が改善されるかを確認しようとする動機付けがあるということはできない。
  • そうすると,引用例2に基づいて,相違点α’に係る本願補正発明の構成に至ることが容易であるということはできず,本件審決のこの点に関する判断には誤りがあるというべきである。

【コメント】

引用例には、本願用途発明として治療対象となる疾患が記載されていたが、

  • その記載は広範な上位概念の疾患の一例として記載されているにとどまること、
  • 引用例中の実施例は当該疾患に関するものではなく、また、その実施例から当該疾患が導けるとの技術常識が存在するとの証拠がないこと
  • 引用例中の実施例で示された疾患に効果が確認が確認されている医薬が当該疾患にも用いることができるとの技術常識が存在するとの証拠がないこと

から、引用例に記載された発明における治療可能な疾患を当該疾患を含む上位概念疾患として広く認定することは相当ではなく、その適用は引用例記中の実施例で示された疾患の治療に限られるというべきである、と裁判所は判断した。

いわゆる引用例中の用途の一行記載問題。

第二医薬用途発明の特許性を検討する際に、本件を当てはめて考えることは参考になるだろう。

引用例中の医薬用途の記載の程度が新規性または進歩性の判断で問題となった近年の事例は、「右カラム中、Topics 記載要件/引例適格/データは必要か」にまとめてある。

参考: 平成27年10月1日以降の特許・実用新案審査ハンドブック 附属書B 第3章 医薬発明

2.2.2 新規性の判断の手法 (2) 引用発明の認定

また、当業者が当該刊行物等の記載及び出願時の技術常識に基づいて、その化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されていない場合にも、当該刊行物等に医薬発明が記載されているとすることはできない。(審査基準「第 III 部第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進 め方」の3.1.1(1)b参照)。例えば、当該刊行物等に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に列挙されている場合は、当業者がその化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されているとは認められない。したがって、当該刊行物等に医薬発明が記載されているとすることはできない。

ところで、引用例2(特開2003-48831号)は原告自身の出願であり、「うつ病」が引用発明と認定されることについて出願人自身が自白していることになるような気もするのだが・・・、原告は引用例2では「うつ病」等については実施可能要件違反の拒絶査定を受け「うつ病」等を削除し「記憶・学習能力の低下」に限定することにより特許がされた経緯を理由の一つに、引用例2に接した当業者は「うつ病」が改善される可能性を予測しないはずだと主張することで、引用例2の記載を自ら否定した。

参考:

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