スポンサーリンク

2017.02.28 「ザ・ヘンリー・エム・ジャクソン・ファンデイション v. 特許庁長官」 知財高裁平成28年(行ケ)10107

臨床効果が証明されていなければ引用発明にならない?知財高裁平成28年(行ケ)10107

【背景】

「乳癌再発の予防用ワクチン」に関する特許出願(特願2011-540853; 特表2012-511578; WO2010/068647)の拒絶審決(不服2014-19365)取消訴訟。争点は、引用発明の認定の適否。

請求項1:

製薬上許容される担体,配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドの有効量及び顆粒球マクロファージコロニー刺激因子を含み,配列番号3のアミノ酸配列を有するE75ペプチドを含まないワクチン組成物。

すなわち、「製薬上許容される担体,GP2の有効量及びGM-CSFを含み,E75を含まないワクチン組成物。」

審決は、引用文献には「GP2とGM-CSFを含有するワクチン」の発明(引用発明)が記載されているものと認め、本願発明と引用発明は一致し、両者の発明を特定するための事項に差異はないと判断したが、原告は、引用発明は「GP2とGM-CSFを含有し,E75と組み合わせて使用される細胞傷害性T細胞(CTL)誘導剤」と認定されるべきであり、審決は引用発明の認定を誤ったものであり取り消されるべきであると主張した。

【要旨】

裁判所は、原告請求の取消事由1(引用発明はCTL誘導剤であってワクチンではないこと)には理由があるとして審決を取り消した。以下、裁判所の判断の抜粋。

「本願優先日当時,「癌ワクチン」について,以下の技術常識が存在したものと認められる。ペプチドが「ワクチン」として有効であるというためには,①当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導し,②ペプチド特異的CTLが癌細胞へ誘導され,③誘導されたCTLが癌細胞を認識して破壊すること,が必要である。あるペプチドにより,多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても,誘導されたCTLが癌細胞を認識することができない,誘導されたCTLが癌細胞を確実に破壊するとは限らないなどの理由により,当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるということはできない。

引用発明は・・・標準治療後のHLA-A2型のリンパ節転移陰性乳癌患者について,GP2ペプチドとアジュバントのGM-CSFを6か月接種したところ,全ての患者においてGP2特異的CTL細胞のレベルが増加したというものであり,GP2ペプチドがワクチンとして有効であるというために必要な,当該ペプチドが多数のペプチド特異的CTLを誘導したことを示したものである。これに対し,本願発明は,上記1のとおり,GP2ペプチドとGM-CSFを投与した無病の高リスク乳癌患者に,GP2特異的CTLが増大したのみならず,再発率が低減した,すなわち,誘導されたCTLが腫瘍細胞を認識し,これを破壊することによって,臨床効果があることを示したものである。・・・本願優先日当時,あるペプチドにより多数のペプチド特異的CTLが誘導されたとしても,当該ペプチドに必ずしもワクチンとしての臨床効果があるとはいえない,という技術常識に鑑みると,ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまる引用発明は,本願発明と同一であるとはいえない。」

これに対し、被告は、

「CTLが誘導されれば癌に効くという技術的事項は,本願優先日前から周知であるから,引用発明の組成物は本願発明の「ワクチン」と同一である」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「本願優先日当時の技術常識を踏まえると,CTLが誘導されることは,癌ワクチンとして有効であるための前提条件であるものの,さらにCTLが癌細胞へ誘導され,癌細胞を破壊することが必要であり,そのような誘導や破壊ができない場合があるから,CTLが誘導されることと,癌ワクチンとして有効であることが技術的に同一であるとはいえない。したがって,被告の主張は,理由がない。」

と判断した。

また、被告は、

「引用文献の組成物は,フェーズIの臨床試験の結果を開示するものである上,「ワクチン」と表記されている」

と主張した。

しかし、裁判所は、

「引用文献(甲1)は,フェーズIの臨床試験の結果の概要を示すものであるが,引用発明は,・・・標準的治療後のHLA-A2型のリンパ節転移陰性乳癌患者について,GP2ペプチドとアジュバントのGM-CSFを6か月接種したところ,全ての患者においてGP2特異的CTL細胞のレベルが増加したというものであって,ペプチド特異的CTLを誘導したことを示したにとどまるものであるし,また,引用文献には「ワクチン」と表記されている箇所があるものの,「ワクチン」としての使用の可能性があることから,そのように述べたものと解されるから,引用発明が本願発明と同一であるということはできない。」

と判断した。

【コメント】

引用文献の著者は本願発明の発明者自身であり、自ら引用文献で「抗癌ワクチンとしてGP2+GM-CSFの臨床試験を実施し」、「6カ月間ワクチン接種した」と表記している。
引用文献中の臨床試験は、本願発明者がワクチンとしての効果を期待して実施したことは明らかであるし、そのような可能性が期待されて実施されたのだろうということは引用文献を見た当業者であれば認識できるわけであるが、裁判所は、引用文献には、その臨床効果、すなわち癌の再発率が低減したことまで示されていないことから、引用発明はワクチンではないと判断した。

すなわち、引用文献からその効果を期待して実施されたことが当業者が見て明らかであっても、臨床効果が証明されたという記載がなければ、医薬用途発明の引用発明として認定されないということを示した判断であり、本事件の個別具体的な判断だったとしても、医薬用途発明の新規性判断における引用発明の適否に関して極めてインパクトのある判決であると思われる。

今回の判決は、下記過去判決とは異なる考え方を示したものである。

ワクチンに限らず、医薬品分野の技術常識として、非臨床試験でデータを積み上げてきたとしても、必ずしも薬剤としての臨床効果があると証明することはできない(臨床効果があるかどうかは臨床試験しなければ証明できない)のは当たり前の話である。一方で、臨床効果を証明していなくても、非臨床試験データからでも、医薬品として有用であろう/期待できる/推論できるとの技術思想の創作は当業者であればできるわけである。臨床試験で結果確認しないかぎり、ワクチンとして開発中であることが知られても、当業者は本当にワクチンとしての発明をそこから認識できないのか。

臨床試験プロトコールが引用文献に記載されていたとしても、試験結果が記載されていない引用文献の内容からだけでは、(判決の文言を借りれば)「必ずしも[医薬品]としての臨床効果があるとはいえない」から、ヒト用医薬用途発明の新規性判断において、引用発明として認定されないことになってしまうのか。

裁判所の技術常識のあてはめ方は、医薬品として効果が「有用であろう/期待できる/推論できる」と当業者が認識できるかどうかという観点での技術常識をあてはめるべきところ、医薬品として効果が「証明できる」と当業者が認識できるかどうかという観点での技術常識をあてはめた点で、本判決における引用発明の認定判断は妥当だったのかどうか疑問が残る。

米国では、クレームを乳がんや患者細胞での遺伝子発現レベルについて限定することによって特許になっている(欧州でも同様の補正をして特許許可されたようである)。

US 9,114,099 B2

1. A method of preventing breast cancer recurrence in a subject, comprising: a) selecting the subject, wherein the subject is in remission following treatment with a standard course of therapy, and wherein the subject, prior to remission, had breast cancer cells with low or intermediate expression of HER2/neu, wherein low or intermediate expression of HER2/neu is an immunohistochemistry (INC) rating of 1+ or 2.sup.+ protein expression or a fluorescence in situ hybridization (FISH) rating of less than about 2.0 for HER2/neu gene expression; and b) administering to the subject selected in step a) a composition in an amount effective to prevent breast cancer recurrence, wherein the composition comprises a pharmaceutically effective carrier, a peptide consisting of the amino acid sequence SEQ ID NO: 2, and granulocyte macrophage-colony stimulating factor, and wherein, other than the peptide consisting of the amino acid sequence of SEQ ID NO: 2, the composition does not contain any other Her2/neu-derived peptides.

コメント

  1. Fubuki より:

    下記に本記事が引用されました。有難うございました。

    特許研究 第64号 p6-33 2017/9 吉田 広志 「パブリックドメイン保護の観点から考える用途発明の新規性と排他的範囲の関係―知財高判平成29・2・28[乳癌再発の予防ワクチン]を題材に―」
    http://www.inpit.go.jp/content/100862916.pdf

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました