Oct 31, 2018

2018.10.22 「セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10106

ハーセプチン®乳癌術前術後補助化学療法発明の進歩性否定、定性的効果の記載にとどまる場合は進歩性判断に後出しデータ参酌せず知財高裁平成29年(行ケ)10106

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗-ErbB2抗体による治療」に関する特許(第5623681号)の無効審判請求に対する不成立審決(無効2016-800021号)の取消訴訟。

請求項1:
ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬であって,該治療が(a)該医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である,医薬。

【要旨】

裁判所は、本件特許発明は当業者が容易に発明をすることができたものであるとの原告主張を認め、審決を取消した。

1.相違点1の容易想到性について

裁判所は、
「本件優先日当時,乳がんの治療薬の開発においては,転移性乳がんの患者に対する抗がん効果を踏まえて,手術可能乳がんの患者に対する抗がん効果を確認することになることは,技術常識であったものと認められる。そして,これらに,・・・甲2には,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に,「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されていることを総合すると,甲1に接した当業者は,HER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんの治療のために,治療的有効量の抗HER2抗体を含有する医薬である甲1発明の医薬を適用することを容易に想到するものと認められる。・・・

また,・・・抗HER2抗体には心毒性があり,投与により心室機能不全及びうっ血性心不全が起こり得るものと認められるが,甲1発明の医薬は転移性乳がんの患者を対象とした医薬製剤として承認されているものであり,手術可能乳がんの患者に対する適用をためらわせるほどに安全性に問題があるものとは認められない。」
と判断した。

2.本件特許発明1の効果について

裁判所は、
「本件訂正明細書には,本件特許発明1の効果として,臨床試験の結果などは示されておらず,「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)との記載があるにとどまる。・・・また,本件訂正明細書の記載から,その比較対象や有効性の程度を当業者が推論できるものとも認められない。そうすると,本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまるものとするのが相当である。
そして,・・・当業者は,甲1発明の医薬が,HER2蛋白を過剰発現する転移性乳がん患者に対し,生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することを理解することができ,この甲1発明の医薬を本件特許発明1の工程によりHER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんに適用した場合に,これを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することは,当業者が予測可能なものである。」
と判断した。

被告は、
「本件訂正明細書の発明の効果の定性的な記載に基づき,具体的な実験データを参照することは妥当であるから,甲17,19〔審判乙1,3〕に基づき本件特許発明1には顕著な効果がある」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「本件優先日後の刊行物である甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,本件訂正明細書の記載の範囲で,上記定性的効果を示すという限度において参酌するとしても,前記アのとおり,上記定性的効果は当業者が予測可能なものであるから,顕著な効果を示すものということはできない。他方,甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,上記定性的効果を超えて参酌することは,本件訂正明細書の記載の範囲を超えるものであるから,これを本件特許発明1の効果として参酌することはできない。その余の本件優先日後の刊行物である甲18,20,21〔審判乙2,4,5〕についても,同様である。したがって,本件優先日後の刊行物である甲17~21〔審判乙1~5〕については,その具体的内容を検討するまでもなく,本件特許発明1に顕著な効果があることを示すものということはできない。」
と判断した。

【コメント】

進歩性判断における実験データの参酌に関して判断した判決。

原審である特許庁審決では、
「本件特許発明1は,この点を採用することにより,本件訂正明細書記載の「全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)という効果を奏するとされるものであり,これらの効果は,甲17~21〔審判乙1~5〕において実際に確認されているといえるから,甲17~21〔審判乙1~5〕で示されたトラスツズマブの効果は,本件特許発明1の効果として参酌すべきものである。」
として判断していた。
そして、被告も、実験データの参酌の基準に関する下記判決を引用して、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき、具体的な実験データを参照することは妥当であると主張していた。
しかし、裁判所は、明細書中に記載された効果が定性的な記載にとどまる場合には、進歩性における顕著な効果の有無判断に後出しデータを参酌しないと判断した。

確かに、明細書の記載を眺めると、効果の顕著性を主張するための後出しデータを参酌するのは妥当でないと直感的に思うのだが、上記のとおり、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき後出しデータを参酌した過去判決もあり(参考: 進歩性のための明細書記載要件)、今回の判決がこれまでの判決との整合性をどのようにとったのかは明らかではない。定性的効果の記載に基づいて実験データの参酌を許容する基準はどこにあるのか明確な判断理由且つ一貫した司法判断を望む。

ところで、本件出願は欧州では成立(EP1187632B1)したが、異議申立がされ、結局、審判において進歩性欠如を理由として無効と判断された(T0402/12)。
Claim 1. Use of an anti-ErbB2 antibody for the manufacture of a medicament for treating a human patient susceptible to or diagnosed with a tumor in which ErbB2 protein is expressed, wherein the medicament is for treating the patient prior to steps of surgical removal of the tumor and treatment of the patient after the surgical removal of the tumor with anti-ErbB2 antibody and/or a chemotherapeutic agent.

本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ハーセプチン®のインタビューフォーム「開発の経緯」によると、
「・・・2008年2月に「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」について効能・効果及び用法・用量追加が承認された。さらに、厚生労働省「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」の検討結果に基づき、2011年11月に「HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌における3週間1回投与法」及び「HER 過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が、2013年6月に「HER2過剰発現が確認された乳癌に対する術後補助化学療法としてのA法(1週間間隔投与)の用法・用量」が承認された。これにより本剤の乳癌に対する効能・効果は「HER2 過剰発現が確認された乳癌」、用法・用量はA法(1週間間隔投与)又はB法(3週間間隔投与)となった。」
とある。従って、「HER2過剰発現が確認された乳癌」という効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」及び「HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が含まれており、ファイザー品も第一三共品も、効能・効果が「HER2過剰発現が確認された乳癌」である以上、そのような術前および/または術後の補助化学療法を同様に含むものとなると考えられる。従って、ファイザー品及び第一三共品は、本件特許請求の範囲に係る(a)、(b)及び(c)の工程を順次行うことを含む治療をするための医薬に該当する可能性があり得る(だからこそ、無効審判請求にファイザーは参加していると推測される)。

本件特許(第5623681号)の無効審判では、特許庁は一応特許有効審決(2016年12月27日)を下している。本件訴訟判決期日(2018年10月22日)がもうすぐだったとはいえ、その状況での第一三共品とファイザー品の承認(2018年9月21日)である。本件特許がパテントリンケージの用途特許として有効に存在していると認知されていたとしたら、厚労省/PMDAはどのように判断してそれら後続品を承認する判断に至ったのか、日本のパテントリンケージが一貫性を持って機能しているのか気になるところである。

中外製薬は、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」について、同製品のバイオ後続品の製造販売承認取得者である第一三共もしくはファイザーに対し、ジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行っていた。
しかし、本件審決取消訴訟では、特許性が否定されたため、中外製薬が第一三共もしくはファイザーに対して提起した用途特許侵害訴訟は中外製薬にとって厳しい状況になったと思われる。

2018年10月31日付の中外製薬のプレスリリース「訴訟および仮処分命令申立ての取り下げについて」によると、中外製薬は、第一三共またはファイザーに対する訴訟および仮処分命令の申立てを取り下げる。

以下の過去記事参照。

2018.10.11 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成29年(行ケ)10212

黒ショウガ成分含有組成物知財高裁平成29年(行ケ)10212

【背景】

東洋新薬(被告)が保有する「黒ショウガ成分含有組成物」に関する特許権(第5569848号)の無効審判(無効2015-800007)請求不成立の審決取消訴訟。第一次審決(原告の無効審判請求に対して不成立とした審決)を取り消した前訴判決(2017.02.22 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成27年(行ケ)10231)の確定を受けて再係属となった上記審判において、特許庁は原告の訂正請求を認めた上で請求不成立審決をしたため、原告は取消訴訟を提起した。

請求項1:
(訂正前)
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の一部又は全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。

(訂正後)
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として,その表面の全部を,ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。
【要旨】

取消事由1(進歩性に関する判断の誤り)について
「本件訂正発明は,甲3発明との対比の観点からは,そもそも効果の顕著性について検討するまでもなく進歩性が認められるべき筋合いのものであったといえる。・・・以上によれば,本件訂正発明について,甲3発明との相違点に係る構成自体は推考容易であるとした上で,顕著な効果が認められることを理由に進歩性を認めた本件審決の判断は,その論理構成に誤りがあるものの,結論においては誤りがないというべきであるから,その余の点(効果の点)について検討するまでもなく,原告主張の取消事由1は理由がない。」
取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
「・・・黒ショウガ成分を含有する粒子が,その表面の全部についてコート剤で被覆されている場合は,表面の一部がコート剤で被覆されている場合と異なり,相当程度の被覆量でコート剤が用いられることは当業者が理解するところである・・・から,そもそも,表面の全部をコート剤で被覆する態様は,コート剤の被覆の量や程度が不十分である場合には該当しない。したがって,「表面の全部を僅かな量のコート剤で被覆する態様」なるものを想定して,本件訂正発明にも前訴判決の拘束力が及ぶとする原告の主張は,その前提自体が失当である。・・・表面の全部がコート剤で被覆された黒ショウガ粒子が,本件発明(本件訂正発明)の課題を解決できることは,実施例1及び2,比較例1の結果から明らかであるといえる。・・・本件明細書の記載や技術常識を踏まえると,当業者は,たとえ本件明細書に具体的な「コート剤」の量が記載されていなかったとしても,本件訂正発明はその課題が解決できると認識するものと認められる。以上によれば,サポート要件違反の無効理由を認めなかった本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。」
請求棄却。

【コメント】

結論的には特許庁も裁判所も進歩性を認めたわけであるが、引用発明との相違点に係る構成自体は推考容易であるとした特許庁の論理を裁判所は誤りであるとした。また、前訴判決(2017.02.22 「エヌ・エル・エー v. 東洋新薬」 知財高裁平成27年(行ケ)10231)ではサポート要件違反と判断されたが、その後の審判審理において訂正したこと(その表面の一部を被覆したことを特徴とする構成を削除したこと)によりサポート要件違反を解消することができた。

参考:

Oct 28, 2018

2018.10.11 「エルメッドエーザイ v. 大日本住友製薬」 知財高裁平成29年(行ケ)10160

アムロジピンの光安定化製剤特許知財高裁平成29年(行ケ)10160

【背景】

大日本住友(被告)が保有する「光安定性の向上した組成物」に関する特許第5689192号の無効審判請求(無効2016-800114)に対する不成立審決取消訴訟。アムロジピンに酸化鉄を配合することで光安定化のために被覆層を必要とすることなくアムロジピン含有経口固形組成物が得られたというもの。

請求項1:

(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,(c)炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに(d)デンプンを含有し,デンプンの含有量が30重量%以下であり,かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,マンニトールを含まない組成物である)。
【要旨】

裁判所は、原告主張の取消事由はいずれも理由はない、すなわち、

  • 進歩性について: 阻害要因の存在や多種多様な組合せがあり得るなかで選択する動機付けがないなど、当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。
  • 分割要件適合性について: 当初明細書にはマンニトールは任意成分として記載されており、「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまではいい難く、原出願当初明細書記載事項の範囲内であるといえる。
  • サポート要件適合性について: 当業者は、本件明細書の実施例の全てにおいて、酸化鉄を配合した組成物であれば、マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認められる。
  • 先願要件適合性について: 本件原出願発明と同一であるとはいえず、個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって、周知慣用技術の転換にすぎないともいえない。
と判断し、請求を棄却した。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.取消事由1(甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について

「甲1発明のベシル酸アムロジピンを含有するフィルムコート錠を,敢えてフィルムコートを有しない経口固形組成物に変更することには,光による変色・分解物の発生のおそれ,苦み,薬剤の溶出挙動の変化等の観点から阻害要因があるというべきである。」
2.取消事由2(甲15記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について
「甲15において,ベシル酸アムロジピンは・・・列挙されている適応症も薬効も異なる100を超える多種多様な活性成分の一つとして紹介されているものにすぎず・・・酸化鉄は,発明の効果に関係がない任意成分の例として挙げられた・・・着色剤として例示された5種類の物質のうちの一つにすぎない。そうすると,甲15に接した当業者において,甲15発明の組成物につき,多種多様な組合せがあり得る任意の添加剤としての酸化鉄は変更しない一方で,活性成分として,甲15の・・・多数の化合物の中から,特にベシル酸アムロジピンを選択するとの動機付けがあるとは認め難い。以上によれば,甲15発明の塩酸マニジピンをベシル酸アムロジピンに変更することが,当業者において容易に想到できたとまでいうことはできない。」
3.取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件当初明細書の実施例及び比較例の全てにマンニトールが等しく添加されている上に,被告が,本件原出願の審査過程において,進歩性欠如の拒絶理由に対して行った効果の顕著性に関する主張に鑑みれば,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことが明らかである」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「分割出願に係る発明が原出願の当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かは,当該明細書及び出願時の技術常識等に基づいて客観的に判断するのが相当であるから,原告の主張はその前提において失当である。仮に,この点を措くとしても,・・・当該意見書の全体の記載をみれば,マンニトールを含有しない組成物を完全に排除しているとまではいい難い。」
と判断した。

4.取消事由4(サポート要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件明細書の記載に接した当業者が,マンニトールが添加されていない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底いえないから,本件特許はサポート要件に適合しない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「光安定化効果に対するマンニトールの作用については何ら記載がなく,かえって,マンニトールは実質的に本件訂正発明の効果に影響を与えない添加剤として位置付けられている。また,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合することによる薬物の光安定化効果に,マンニトールが何らかの影響を与えるとの技術常識を認めるに足りる的確な証拠もない。
そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の実施例の全てにおいて,マンニトールを含む組成物のみが示されているとしても,それは服用性向上のために含有されているものにすぎず,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合した組成物であれば,マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認めるのが相当である。また,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンについても,本件明細書には任意成分である賦形剤として記載されているところ,当該各物質が,ベシル酸アムロジピンと酸化鉄とを含有する組成物における光安定化効果に対し,何らかの影響を与えるものであるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠も見当たらない。
したがって,ベシル酸アムロジピン及び酸化鉄とともに,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンを含む本件訂正発明も,当業者が発明の課題を解決できると認識可能な範囲内のものであるといえるから,上記原告の主張は採用することができない。」
と判断した。

5.取消事由5(先願要件適合性についての判断の誤り)について

原告は、
「本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,結晶セルロース等及び所定量のデンプンに置換することは,不活性な添加剤を単に置換するもので,単なる周知慣用技術の転換にすぎない上に,本件訂正発明と本件原出願に係る発明の効果は同一であるから,両発明は同一のものであって,本件出願は,本件原出願の請求項1に係る発明との関係で,先願要件に適合しない」
と主張した。

しかし、裁判所は、
「本件原出願の請求項1に係る発明と本件訂正発明とが同一であるとはいえない。・・・そして,本件原出願の請求項1に係る発明及び本件訂正発明に係る経口固体組成物において,マンニトールと,結晶セルロース,炭酸カルシウム及びデンプンとが,その特性や含有目的と無関係に等しく置換可能であると認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。そうすると,個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといって,本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに所定量のデンプンに置換することが,周知慣用技術の転換にすぎないとまでいうことはできない。」
と判断した。

【コメント】

1.進歩性について

裁判所は、動機づけにおける阻害要因の存在を認め、また、多種多様な組合せがあり得る任意の選択肢の中から特に特定のものを選択するとの動機付けはないと判断した。
2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10182; 10184(大合議判決)2018.04.13 「日本ケミファ v. 塩野義」 知財高裁平成28年(行ケ)10260においても、その引用文献に記載された選択肢の多さが動機づけを否定する理由とされた事件であった。その判決において、裁判所は、
「選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき・・・そうすると・・・積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず・・・技術的思想を抽出し得ると評価することはできない」
と判断している。本件は2000万通り以上というわけではないかもしれないが、多種多様な選択肢の中から特定のものを抽出する動機づけはないと判断した論理は、上記判決と本件判決との間で整合している。進歩性を肯定する側の論理としては有用な主張となるだろう。

2.分割要件について

本件特許の日本における分割出願ファミリーは下記の通り。
特願2005-129150(特許4214128)→特願2008-260095(特許4954961)→特願2011-283072(特許5689052)→特願2014-031177(本件特許5689192)→特願2014-218271→特願2015-110033(特許5820951)、特願2015-227541→特願2016-252948→特願2017-247675
分割出願での重複を避けるためや新規性等の拒絶理由を回避するために、分割出願時または補正により、特許請求の範囲から、ある特定の構成を除く場合がある。本件の場合は、「但し,マンニトールを含まない組成物である」という構成の付加である。本件では、原出願の審査過程で提出された意見書に基づけば、原出願当初明細書にはそもそも「マンニトールを含まない組成物」との技術思想は想定されていないから分割要件に適合しないと原告は争ったが、マンニトールは任意成分ということの他、意見書の記載だけではその「マンニトールを含まない組成物」を完全排除しているとまでは言い難いと裁判所は判断した。分割要件は、原出願当初明細書及び出願時の技術常識に基づいて客観的に分割要件が判断されることが原則としても、原出願審査時にした意見書において主張する内容も、分割要件に影響を与えかねないことは注意点であろう。

3.エルメッドエーザイのアムロジピン含有製品について

エルメッドエーザイは、以下のベシル酸アムロジピンを含有する製剤を扱っている。
  • 販売名: アマルエット®配合錠1番/2番/3番/4番「EE」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩、アトルバスタチンカルシウム水和物;先発品名: カデュエット)
  • 販売名: アムバロ®配合錠「EE」
    (一般名: バルサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: エックスフォージ)
  • 販売名: アムロジピンOD錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスクOD、アムロジンOD)
  • 販売名: アムロジピン錠2.5mg/5mg/10mg「EMEC」
    (一般名: アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ノルバスク、アムロジン)
  • 販売名: イルアミクス®配合錠LD/HD「EE」
    (一般名: イルベサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: アイミクス)
  • 販売名: テラムロ配合錠AP/BP「EE」
    (一般名: テルミサルタン、アムロジピンベシル酸塩;先発品名: ミカムロ)
上記製剤の中には、酸化鉄、結晶セルロース、デンプンを含み、マンニトールを含まない製品があり、本件特許発明の他の構成要件も一致するのかどうか気になるところである。本件特許(5689192)は特許存続期間延長出願はされておらず、満了は2025年4月27日である。特許有効と判断した本件判決により、エルメッドエーザイや、他のジェネリックメーカーが扱っているベシル酸アムロジピンを含有する製剤が、本件特許との関係で影響を受けるのかどうか気になるところである。


Oct 17, 2018

2018.10.11 「ファイザー・セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

ハーセプチン®乳癌治療の用法用量発明の進歩性否定される知財高裁平成29年(行ケ)10165; 平成29年(行ケ)10192

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許(第5818545号)の無効審判請求は成り立たない旨の特許庁審決(無効2016-800071号)を不服としてファイザー及びセルトリオン(原告ら)が提起した審決取消訴訟。原告主張の無効理由は、実施可能要件違反と進歩性欠如。

請求項6:
抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し,8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより,HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明は引用例2(米国で承認された医薬品ハーセプチンの添付文書)に記載された発明及び技術常識に基づき容易に発明をすることができたものであるから、原告ら主張の取消事由3(進歩性判断の誤り)は理由があるとして本件審決を取り消した。以下、裁判所の判断より抜粋。

ア 構成について
「当業者は,本件優先日当時,乳がんの治療薬を含む一般的な医薬品において,投与量を多くすれば,投与間隔を長くできる可能性があり,医薬品の開発の際には,投与量と投与間隔を調整して,効能と副作用を観察すること,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることは,患者にとって通院の負担や投薬時の苦痛が減ることになり,費用効率,利便性の観点から望ましいということを技術常識として有していたものである。
そして,引用例2には・・・本件抗体を週1回8mg/kg程度までの投与量で投与できることは,示唆されているといえる。また・・・本件抗体の毎週の投与と化学療法剤の3週間ごとの投与を組み合わせるという治療方法が記載され・・・さらに・・・本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば,半減期が長期化する旨記載されている。
そうすると,上記のとおりの技術常識を有する当業者は,引用発明2-1のとおり本件抗体を4/2/1投与計画によって投与するだけではなく,本件抗体の投与量と投与間隔を,その効能と副作用を観察しながら調整しつつ,本件抗体の投与期間について,費用効率,利便性の観点から,併用される化学療法剤の投与期間に併せて3週間とすることや,本件抗体の投与量について,8mg/kg程度までの範囲内で適宜増大させることは容易に試みるというべきである。そして,当業者が,このように通常の創作能力を発揮すれば,本件抗体を8/6/3投与計画によって投与するに至るのは容易である。・・・なお,A博士の宣誓書には,がん専門臨床医は,未試験の投与レジメンを実験することは患者の生命をリスクにさらすことになるから,本件抗体を8/6/3投与計画で投与することを動機付けられないなどと記載されているが,臨床医が薬剤の新たな用法用量を臨床的に試みる動機付けがないことをもって,薬剤の新たな用法用量の開発を試みる動機付けを否定するものにはならない。」

イ 効果について
「被告は,本件抗体を8/6/3投与計画で投与する本件発明6は,4/2/1投与計画で投与する引用発明2-1と同等の治療効果を有し,投与間隔が3倍となったから,顕著な効果を有すると主張する。・・・しかし,前記のとおり,本件優先日当時,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることが,費用効率,利便性の観点から望ましいということは,当業者にとって技術常識であったものである。・・・引用例2には,本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば半減期が長期化すること,本件抗体を4/2/1投与計画で投与すれば約79μg/mlのトラフ血清濃度を維持できたことが記載されている。そして,この記載から,本件抗体を8/6/3投与計画で投与すれば,17μg/ml程度のトラフ血清濃度を維持できるであろうことは予測できる。そうすると,実施可能要件やサポート要件に関しては格別,進歩性に関しては,本件発明6が過去の臨床試験で求められる程度の治療効果を有しつつ,単に投与間隔が3倍になったことをもって,本件発明6の治療効果が引用発明2-1と比較して予測できない顕著なものということはできない。・・・ところで,本件明細書には,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合における,病勢進行の期間の長期化や生存率に関する具体的な記載はないから,本件発明6の治療効果は不明であって,引用発明2-1と同等の治療効果を有するとは直ちにはいえない。」
【コメント】

用法用量に関する発明の進歩性が否定された事例。本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ところで、ハーセプチン®をカバーすると思われる他の用途特許(第5623681号)も存在する(過去記事: 「中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起」のコメント参照)。当該特許についてもセルトリオンにより特許無効審判が請求されたが、特許庁は請求は成り立たない旨の審決を出した(無効2016-800021)。その審決取消訴訟(平成29年(行ケ)10106)の判決言渡期日が2018年10月22日である。ハーセプチン®バイオシミラーの承認を取得したファイザー及び第一三共に対して中外製薬が提起した特許侵害訴訟の行く末は、上記審決取消訴訟判決の結果に大きく影響を受けるかもしれない。

参考:

Oct 12, 2018

中外がハーセプチン®バイオシミラー承認取得した第一三共とファイザーに対し用途特許侵害で差止訴訟提起

2018年10月12日付の中外製薬プレスリリースによると、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」のバイオ後続品(バイオシミラー)の製造販売承認取得者である第一三共とファイザーに対し、ロシュ・グループのジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、専用実施権者である中外製薬は、ジェネンテック社とともに、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行ったとのことです。


ハーセプチン®(Herceptin®)について

ハーセプチン®(Herceptin®)注射用は、ジェネンテック社が創製したHER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor Type 2:ヒト上皮増殖因子受容体 2 型)の細胞外領域に結合し、HER2過剰発現ヒト腫瘍細胞の増殖を抑制する抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤。米国において1992年より臨床試験が開始され、1998年乳癌治療薬としては世界で最初のヒト化モノクローナル抗体治療薬として、FDAで認可されました。国内では2001年4月4日承認され、HER2過剰発現が確認された乳癌、HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌に効能・効果が認められています。用法及び用量は下記の通りです。
HER2過剰発現が確認された乳癌にはA法又はB法を使用する。HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用でB法を使用する。
A法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
B法: 通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には8mg/kg(体重)を、2回目以降は6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。

ジェネンテックが保有する特許について

ジェネンテックが保有する「抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ」に関する特許権(第5818545号)が2015年10月9日に設定登録がなされました。存続期間満了日は2020年8月25日。2016年6月にセルトリオンが特許無効審判請求をし、2017年3月にはファイザーが参加人として加わりましたが、特許庁は請求は成り立たないとの審決(無効2016-800071)を2017年7月に下しています(審決取消訴訟(平29年(行ケ)10165、平29年(行ケ)10192)は2018年10月11日が判決言渡期日)。また、同特許に対して、別途ファイザーが2017年5月に無効審判を請求しています(無効2017-800062)。今回の中外製薬のプレスリリースにある「ジェネンテック社が保有する用途特許」とはおそらく、少なくとも、この特許のことではないかと推測され、特許の有効性や侵害訴訟の行方など、今後の動向が注目されます。

特許第5818545号の請求項1:
(i)抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し、8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより、HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物が入っている容器、及び(ii)前記容器に付随するパッケージ挿入物を具備するパッケージ。

トラスツズマブBS点滴静注用60mg「第一三共」/トラスツズマブBS点滴静注用150mg「第一三共」(2018年9月21日承認)及びトラスツズマブBS点滴静注用60mg「ファイザー」/ トラスツズマブBS点滴静注用150mg「ファイザー」の効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌」が含まれいますが、用法及び用量において、HER2過剰発現が確認された乳癌には、A法を使用するとなっており、B法は採用していません。第一三共とファイザーはこのような用法・用量の「虫食い」により本件特許のクレーム範囲を回避しているように思われます。


参考:
関連:

Oct 9, 2018

2018.09.18 「ノバルティス v. 特許庁長官」 知財高裁平成29年(行ケ)10045

LRP6結合分子に関する特許取消決定取消訴訟知財高裁平成29年(行ケ)10045

【背景】

「低比重リポタンパク質受容体関連タンパク質6(LRP6)を調節するための分子および方法」に関する特許(第5764329号)の異議申立て(異議2016-700138号)につき特許庁がした特許取消決定の取消しを求めてノバルティス(特許権者)が訴訟を提起した事件。

請求項1(一部記載を簡略):
特異的にLRP6の第1のプロペラまたは第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子であって,ここで,
(i)特異的にLRP6の第1のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(a)配列番号:1のアミノ酸20-326;または
(b)配列番号:1のアミノ酸286-324;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない
(ii)特異的にLRP6の第3のプロペラに結合するモノクローナル抗体の抗原結合部分を含むLRP6結合分子である場合,抗原結合部分が
(c)配列番号:1のアミノ酸631-932;または
(d)配列番号:1のアミノ酸889-929;
のいずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配列番号:1)のエピトープに結合し,
モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt3および/またはWnt3a特異的であり,優先的にWnt3および/またはWnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt1誘導シグナル伝達経路を阻害しない,結合分子。
請求項23:
請求項1-22のいずれかに記載のLRP6結合分子を含む医薬組成物。
【要旨】

裁判所は、本件発明(LRP6結合分子の発明及び医薬品組成物の発明)について実施可能要件及びサポート要件に適合しないとして本件特許を取り消すとした異議の決定の結論に誤りはないから、その余の取消事由について判断するまでもなく原告の請求は理由がない、と判断した。請求棄却。

以下、裁判所の判断を抜粋。

1.LRP6結合分子の発明(本件発明1~22,31~33)について
実施可能要件適合性について
「物の発明について,明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには,当業者が,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されていることが必要であると解するのが相当である。」

「本件発明1~22,31~33は特定のアミノ酸配列の抗原結合部分を含むLRP6結合分子,すなわち化学物質の発明である。そして・・・本件明細書の記載から,実施例で得られた各Fabのアミノ酸配列等の化学構造や認識するエピトープを把握することはできない。また,本件明細書には,Wnt1特異的等の機能的な限定に対応する具体的な化学構造等に関する技術情報も記載されていない。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明における他の記載及び本件特許の出願時の技術常識を考慮しても,特許請求の範囲に規定されている300程度のアミノ酸の配列に基づき,Wnt1に特異的である等の機能を有するLRP6結合分子を得るためには,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤をする必要があると認めるのが相当である。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,本件発明に係る物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載されているとはいえない。」
サポート要件適合性について
「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」

「本件明細書には,具体的な抗体の抗原結合断片Fabを得たことをうかがわせるプライベート番号(Fab003,Fab015など)が記載されているものの,それらの具体的なFabの構造(アミノ酸配列)も,当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていない(なお,上記のとおり,実験結果が記載されていたと推測される図が全て欠落しているため,これらのFabが有する詳細な機能・特性の検証自体が事実上不可能である。)。そして,特許請求の範囲には,「モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない」という機能的な特徴を有することが記載されているものの,これらの機能と得られたFabの構造上の特徴等を関連づける情報も何ら記載されていない。そうすると,本件発明1について,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,また,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。このことは,本件発明2~22,31~33についても同様である。」
2.医薬組成物の発明(本件発明23~30,34~39)について
実施可能要件適合性について
「医薬に関する発明については,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,その有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を使用することができないから,実施可能要件に適合するものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を生産することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があるというべきである。」

「本件明細書には,本件発明23~30,34~39に係る医薬組成物が新規有効成分とするところの「LRP6結合分子」を用いた薬理試験結果など,医薬としての具体的な有用性を当業者が理解し得るような記載がされていない。そうすると,当業者は,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することができないというべきである。したがって,本件発明23~30,34~39について,本件明細書の発明の詳細な説明は,実施可能要件に適合するものとはいえない。」
サポート要件適合性について
「本件明細書・・・には,一般的な製剤化技術やWntシグナル伝達が関連している可能性がある多くの疾患が列挙されているものの,本件明細書の他の記載を参酌しても,本件発明に係る特定の「LRP6結合分子」がいかなる疾患の治療に有効であるかを具体的に理解することはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明は,上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえない。そうすると,本件発明23~30,34~39に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するものとはいえない。」
【コメント】

本件特許明細書(特表2011-503025; WO2009/056634)には、実施例で得られた具体的な各Fabのアミノ酸配列等の化学構造も当該抗原結合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も記載されていないし、実験結果が記載されていたと推測される図も全て欠落していた。特許庁の審査を経て一旦特許査定が出されたことは不思議だが、実施可能要件違反及びサポート要件違反を理由による特許取消は免れない結果であろう。優先権の基礎となる米国出願(No.60/984,827)には、Fabやエピトープのアミノ酸配列の記載はやはりないが、しっかりと実験結果が記載された各種の図(Figures 1-5)は添付されていた。出願人がPCT出願の際にそれらの図を添付し忘れたと考えられる。

ところで、本件日本特許に対応するものとして、米国出願はOffice Actionに応答せず放棄されている(US2010-254980A1)が、欧州出願は特許として登録され(EP2209491B、EP2567709B)、異議申立てを受けた。EP2209491特許に対しては、Boehringer IngelheimとMerckによりそれぞれ特許異議が申立てられ、特許は無効と判断された。現在、審判係属中である(T1820/18)。EP2567709特許に対しては、Boehringer Ingelheimにより2018年9月25日に異議が申立てられたばかり。

Oct 1, 2018

2018.09.19 「沢井製薬 v. シャイア」 知財高裁平成29年(行ケ)10171

炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性。背景にある後発医薬品の承認プロセス(パテントリンケージ)において延長された特許権の効力を厚生労働省はどう判断したのか気になった事例知財高裁平成29年(行ケ)10171

【背景】

シャイア(被告)が保有する「選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」に関する特許(第3224544号)に対して、無効理由1(サポート要件違反)、無効理由2(実施可能要件違反)及び無効理由3(進歩性の欠如)を主張して特許無効審判を請求した沢井製薬(原告)が、原告主張の無効理由はいずれも理由がないとして特許庁がした審判請求不成立審決(無効2016-800111号)の取消しを求めて訴訟を提起した事案。

請求項1:
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ O
{式中,xは,3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点:
(一致点)
「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって、La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ Oにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物」である点。
(相違点1)
本件発明1ではxが3~6の値を持つことが特定されているのに対し、甲1発明ではxが1である点。
(相違点2)
本件発明1では炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し、甲1発明では希釈剤や担体を含むことが特定されていない点。

【要旨】

裁判所は、

相違点1は当業者が容易に想到し得たものと認められ、本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を有するものとも認められないので、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由(本件発明1の進歩性の判断の誤り)は理由があるとして、審決を取消した。以下、裁判所の判断の抜粋。

相違点1の容易想到性の有無について
「甲1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として・・・が開示され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2)イのとおりである。
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。
そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。」
本件発明1の顕著な効果の存否について
「本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたことを前提として,本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。
・・・まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。
次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが・・・甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。
加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。
したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,これを認めた本件審決の判断は誤りである。」

【コメント】

1.炭酸ランタンの異なる水和物の進歩性

審決では、「甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。」と判断されたが、裁判所は、逆に、「本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと、甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。」と判断した。本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術をどう考慮したかで判断が分かれた。水和物の進歩性について争われた過去判決として下記事件がある。

2.日本のパテントリンケージにおいて行政判断の一貫性は担保されているのか

本件シャイア社が保有する炭酸ランタン水和物に関する特許(第3224544号)は、高リン血症治療剤であるホスレノール®(一般名:炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)、分子式: La2(CO3)3・xH2O(x=主として4))を保護する特許である。ホスレノール®は、日本では1998年にシャイア社により第Ⅰ相臨床試験が実施され、その後、2003年にバイエルが国内における開発及び製造販売権を取得、2008年10月16日に「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠として最初の製造販売承認を取得した。再審査期間は8年(2008年10月16日~2016年10月15日)であり、当該特許も2016年3月19日で20年の存続期間満了を迎えた。

ところで、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。いわゆるパテントリンケージは厚生労働省・PMDAの判断に任されている。

従って、ホスレノール®の再審査期間が満了した後にその後発品を承認するか否かは、少なくとも下記に示した各製剤や効能・効果としての適応拡大の承認毎に取得してきた当該特許(第3224544号)の存続期間延長登録の存在を踏まえた上で厚生労働省・PMDAが判断したはずである。
  • 2008年10月16日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果でチュアブル錠250mg及び500mgとして最初の承認取得。延長登録出願2009-700005及び2009-700006が登録され、いずれも5年の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日まで延長)。
  • 2012年1月25日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mgとして承認取得。延長登録出願2012-700074が登録され、2年1月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月まで延長)。
  • 2012年2月1日「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包500mgとして承認取得。延長登録出願2012-700075が登録され、2年1月16日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2018年5月まで延長)。
  • 2013年8月20日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果として適応拡大承認取得。チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、各々延長登録出願2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230が登録され、いずれも3年5月9日の延長期間取得(満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月まで延長)。
  • 2017年2月6日「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果でOD錠として承認取得。当該特許(第3224544号)は2016年3月19日で20年の満了を迎えたため、存続期間延長出願はされていない。
ここで、特に注目したいのは、当該特許の無効審判請求人である沢井製薬が既に販売している後発品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」。以下「サワイ」品と略す。)は、「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとして2018年2月15日に承認(同年6月15日薬価基準収載)が出されたという点である。

上記通知のとおり、厚生労働省・PMDAの後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしているわけであるが、実際「サワイ」品の承認日である2018年2月15日時点では、上記の通り、延長出願番号2009-700005、2009-700006、2012-700074、2012-700075、2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230と多数の当該特許の延長登録が存在していた。それぞれの延長された特許権の効力が及ぶ範囲は不透明な部分が多く残されているが、これまでの知財高裁等の判決から考えれば下記(1)(2)(3)のような解釈となるのではないだろうか。

(1) 延長出願番号2009-700005、2009-700006の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果(チュアブル錠250mg及び500mg)としてホスレノール®の初めての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。
近時の知財高裁大合議判決(2017.01.20 「デビオファーム v. 東和薬品」 知財高裁平成28年(ネ)10046)によれば、延長された特許権の効力が及ぶ範囲は以下のように解釈される。
延長された特許権の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。

医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。

そして、医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合(類型①)には、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。
大合議判決では、医薬用途発明の場合についてどのように考えるかは明確に示していないが、その原審(民事第29部)(2016.03.30 「デビオファーム v. 東和薬品」 東京地裁平成27年(ワ)12414)における判決では、
「当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合、延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。」
と言及されているように、医薬品の有効成分を特定の医薬用途に用いることに関する発明(医薬用途発明)の延長された効力範囲の判断も、上記知財高裁大合議判決が掲げた医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明の場合(類型①)と同様にその適否を扱うのが自然であろう。

ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg(2008年10月16日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。

  • ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)(2008年10月16日承認時)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常,成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし,1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1錠中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1錠中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
  • 「サワイ」品(炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」)
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    用法及び用量:通常、成人にはランタンとして1日750mgを開始用量とし、1日3回に分割して食直後に経口投与する。以後、症状、血清リン濃度の程度により適宜増減するが、最高用量は1日2,250mgとする。
    組成:1包(0.7g)中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。1包(1.4g)中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mg、香料を含有。
「成分」としての香料の有無は、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎず、周知・慣用技術に基づき付加された成分にすぎないと推察される。また、チュアブル錠か顆粒剤かという剤型分類上の差異はあるものの、剤型分類上の差異は知財高裁大合議判決で示された実質同一の判断事項「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」として挙げられておらず、また、同判決でも引用されているとおり医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項、9項)と規定されているのであって、あくまでも上記事項の観点で医薬品の審査がされるのであって、剤型分類上の形式的な差異自体が審査の対象となるわけではないと考えられる。

以上、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)の承認(2008年10月16日)に基づいて延長された当該医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2009-700005、2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。いずれの延長出願も5年の延長期間を取得したため、満了は2016年3月19日(20年)から2021年3月19日までとなり、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

(2) 延長出願番号2012-700074、2012-700075の延長された特許権の効力について

「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で顆粒分包250mg及び500mgとしての承認に基づいて、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg(2012年1月25日、2月1日承認))と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。
  • ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)(2012年1月25日、2月1日承認時)
    組成:1包中、ランタンとして250mg(炭酸ランタン水和物477mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。1包中、ランタンとして500mg(炭酸ランタン水和物954mg)、添加物として、デキストレイト、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸Mgを含有。
上記考察(1)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®(顆粒分包250mg及び500mg)の承認(2012年1月25日、2月1日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2012-700074、2012-700075)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2018年4月及び5月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

ここで、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権(2012-700074及び2012-700075)の満了日(2018年4月及び5月)が、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の満了日(2021年3月19日)よりも先になってしまったという関係から、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権の満了後において製造・販売される「サワイ」品やホスレノール顆粒分包と同一の後発品に対して、最初のホスレノール®の承認に基づいて延長された特許権の効力が及ぶかどうかという論点がでてくる。
上記(1)では、当該特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg及び500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の最初の承認(チュアブル錠250mg及び500mg、2008年10月16日承認)に基づいて延長された特許権(2009-700005及び2009-700006)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられると考察した。一方で、ホスレノール®顆粒分包(250mg及び500mg)の承認に基づいて延長された特許権は2018年4月又は5月に満了したわけだから、その点だけを考えれば、ホスレノール®の最初の承認に基づいて延長された特許権の効力範囲の内、顆粒剤についての部分に「穴」が開き、「サワイ」品のような顆粒分包の後発品に対して権利行使できないようにも思われる。しかし、仮に、このような「穴」開き説を認めたとすると、先発メーカーが適応症の追加や様々な製剤等の改良を通じて承認取得を重ねるたびに、特許期間延長の効力が穴だらけになっていくことになりかねず、このように解することは、「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とする」特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨と相反する結果となる。複数の延長された特許権が存在した場合において、それらの効力は重複して存在すると考えるのが妥当であろう。

(3) 延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230の延長された特許権の効力について

チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mgについて「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善(透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善を除く)」を用途として、当該医薬用途発明特許(第3224544号)の存続期間延長登録出願が登録されたものである。ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)と「サワイ」品とは、「有効成分、用法・用量」が同一であり、「効能・効果」は重複し、両者の差異は、有効成分以外の「成分」としての香料が含有されているかどうかのみである。上記考察(1)(2)と同様に、特許発明の内容である用途「高リン酸塩血症の治療」との関連で、ホスレノール®(チュアブル錠250mg、500mg、顆粒分包250mg、500mg)に対して「サワイ」品は周知・慣用技術に基づき「香料」を付加しているにすぎず、これは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異でしかなく両製品は実質的に同一であると考えられるから、ホスレノール®の「慢性腎臓病患者における高リン血症の改善」についての適応拡大承認(2013年8月20日)に基づいて延長された医薬用途発明に係る特許権(延長出願番号2013-700227、2013-700228、2013-700229、2013-700230)の効力は、「サワイ」品に及ぶと考えられる。それぞれ延長登録により存続期間の満了は2016年3月19日(20年)から2019年8月までとなったことから、「サワイ」品の製造販売承認日である2018年2月15日時点では、同品の製造・販売行為は当該延長された特許権の侵害(のおそれ)となる可能性があったと考えられる。

繰り返しになるが、厚生労働省は「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)」及び「承認審査に係る医薬品特許情報の取扱いについて(平成6年10月4日付け薬審第762号審査課長通知)」において、後発医薬品の薬事法上の承認審査にあたっては、先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であり、特許の存否は承認予定日で判断するものであることとしている。上記(1)(2)(3)のとおり、本件特許(医薬用途特許)の存続期間延長登録出願が登録されており、「サワイ」品の製造承認(2018年2月15日)時点では、それぞれ延長された特許権の効力が同製品の製造・販売行為に及ぶ可能性が大いに考えられたわけである。本判決(2018年9月19日)で審決が取り消される判断が出されるまでは、特許庁の見解として特許及び全ての存続期間延長登録も有効であるとされていたわけであるから、何故、厚生労働省・PMDAが「サワイ」品を2018年2月15日に承認したのかは理解に苦しむ。

「サワイ」品の承認判断については上記厚労省通知にて示された方針に反するもののように思われる。もし、厚生労働省・PMDAによる行政手続きの一貫性が損なわれているとしたら、製薬産業において先発メーカーにとっても後発メーカーにとっても大きな影響を与えかねない問題である。

3.有効成分の水和物違いで生じた後発品の競争力

「サワイ」品の他にも多くの後発品が既に2018年2月に承認され、同年6月の薬価基準収載に至っている。先発薬であるホスレノール®の有効成分である炭酸ランタン水和物(Lanthanum Carbonate Hydrate)の分子式は、La2(CO3)3・xH2Oであり、x=主として4となっている。以下のとおり、「サワイ」品以外、薬価収載に至った後発品の炭酸ランタン水和物は8水和物であり、本件特許請求の範囲には文言上含まれないものとなっているため、本件特許の侵害という問題もなく、再審査期間が終了後に申請・承認となったと推測される(有効成分の水和物違いは薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」のとおり)。一方、「サワイ」品の炭酸ランタンは主として4水和物であり、本件特許請求の範囲に文言上含まれることになるわけである。東和薬品は、粒度を特定の範囲とする炭酸ランタンの7~9水和物に関する日本特許(第6225270号)を保有しているため、粒度によっては後発メーカー間での攻防もありそうである(参照: 炭酸ランタン水和物に関する特許権について)。
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「サワイ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「サワイ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O(x=主として4)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「トーワ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「トーワ」
    分子式:La2(CO3)3・xH2O (x=主として8)
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「フソー」/ 炭酸ランタン顆粒分包500mg「フソー」
    分子式:La2(CO3) 3・xH2O(x=主として8)
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日:2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「ケミファ」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月14日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「ケミファ」/ 炭酸ランタンOD錠500mg「ケミファ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
  • 炭酸ランタン顆粒分包250mg「YD」/炭酸ランタン顆粒分包500mg「YD」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能・効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年6月25日
  • 炭酸ランタンOD錠250mg「イセイ」/炭酸ランタンOD錠500mg「イセイ」
    分子式:La2(CO3)3・8H2O
    効能又は効果:慢性腎臓病患者における高リン血症の改善
    製造販売承認年月日 2018年2月15日
    薬価基準収載年月日 2018年6月15日
    発売年月日 2018年9月3日
関連記事:

参考:
  • 薬食審査発0616第1号(平成23年6月16日)「異なる結晶形等を有する医療用医薬品の取扱いについて」では、異なる結晶形等を有する医薬品の承認申請(審査)上の取扱いについての基本的考え方が示されている。
    「結晶形又は水和物/無水物の違いは、塩違い(酸塩又は金属塩)又はエステル違いの場合と異なり、化学構造の基本的相違を伴わないことから、一般的名称が異なる場合にあっても、承認申請(審査)にあたっては、原則として、次のとおり取扱うものとする。
    既承認医薬品の原薬と結晶形等が異なる原薬から成る製剤を新規に承認申請する場合には、既承認医薬品と同一の有効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取扱うこととする。」
  • 2009.06.05 「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」