Oct 31, 2018

2018.10.22 「セルトリオン v. ジェネンテック」 知財高裁平成29年(行ケ)10106

ハーセプチン®乳癌術前術後補助化学療法発明の進歩性否定、定性的効果の記載にとどまる場合は進歩性判断に後出しデータ参酌せず知財高裁平成29年(行ケ)10106

【背景】

ジェネンテック(被告)が保有する「抗-ErbB2抗体による治療」に関する特許(第5623681号)の無効審判請求に対する不成立審決(無効2016-800021号)の取消訴訟。

請求項1:
ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬であって,該治療が(a)該医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である,医薬。

【要旨】

裁判所は、本件特許発明は当業者が容易に発明をすることができたものであるとの原告主張を認め、審決を取消した。

1.相違点1の容易想到性について

裁判所は、
「本件優先日当時,乳がんの治療薬の開発においては,転移性乳がんの患者に対する抗がん効果を踏まえて,手術可能乳がんの患者に対する抗がん効果を確認することになることは,技術常識であったものと認められる。そして,これらに,・・・甲2には,抗HER2抗体とドキソルビシン,シクロホスファミドを転移性乳がん患者に対し併用投与する臨床試験を紹介した直後に,「一次化学療法と組み合わせたこれらの新たな戦略の役割は,早期乳がんの患者で評価されるべきものである」と記載されていることを総合すると,甲1に接した当業者は,HER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんの治療のために,治療的有効量の抗HER2抗体を含有する医薬である甲1発明の医薬を適用することを容易に想到するものと認められる。・・・

また,・・・抗HER2抗体には心毒性があり,投与により心室機能不全及びうっ血性心不全が起こり得るものと認められるが,甲1発明の医薬は転移性乳がんの患者を対象とした医薬製剤として承認されているものであり,手術可能乳がんの患者に対する適用をためらわせるほどに安全性に問題があるものとは認められない。」
と判断した。

2.本件特許発明1の効果について

裁判所は、
「本件訂正明細書には,本件特許発明1の効果として,臨床試験の結果などは示されておらず,「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)との記載があるにとどまる。・・・また,本件訂正明細書の記載から,その比較対象や有効性の程度を当業者が推論できるものとも認められない。そうすると,本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまるものとするのが相当である。
そして,・・・当業者は,甲1発明の医薬が,HER2蛋白を過剰発現する転移性乳がん患者に対し,生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することを理解することができ,この甲1発明の医薬を本件特許発明1の工程によりHER2蛋白を過剰発現する手術可能乳がんに適用した場合に,これを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することは,当業者が予測可能なものである。」
と判断した。

被告は、
「本件訂正明細書の発明の効果の定性的な記載に基づき,具体的な実験データを参照することは妥当であるから,甲17,19〔審判乙1,3〕に基づき本件特許発明1には顕著な効果がある」
などと主張した。

しかし、裁判所は、
「本件優先日後の刊行物である甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,本件訂正明細書の記載の範囲で,上記定性的効果を示すという限度において参酌するとしても,前記アのとおり,上記定性的効果は当業者が予測可能なものであるから,顕著な効果を示すものということはできない。他方,甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,上記定性的効果を超えて参酌することは,本件訂正明細書の記載の範囲を超えるものであるから,これを本件特許発明1の効果として参酌することはできない。その余の本件優先日後の刊行物である甲18,20,21〔審判乙2,4,5〕についても,同様である。したがって,本件優先日後の刊行物である甲17~21〔審判乙1~5〕については,その具体的内容を検討するまでもなく,本件特許発明1に顕著な効果があることを示すものということはできない。」
と判断した。

【コメント】

進歩性判断における実験データの参酌に関して判断した判決。

原審である特許庁審決では、
「本件特許発明1は,この点を採用することにより,本件訂正明細書記載の「全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(【0119】)という効果を奏するとされるものであり,これらの効果は,甲17~21〔審判乙1~5〕において実際に確認されているといえるから,甲17~21〔審判乙1~5〕で示されたトラスツズマブの効果は,本件特許発明1の効果として参酌すべきものである。」
として判断していた。
そして、被告も、実験データの参酌の基準に関する下記判決を引用して、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき、具体的な実験データを参照することは妥当であると主張していた。
しかし、裁判所は、明細書中に記載された効果が定性的な記載にとどまる場合には、進歩性における顕著な効果の有無判断に後出しデータを参酌しないと判断した。

確かに、明細書の記載を眺めると、効果の顕著性を主張するための後出しデータを参酌するのは妥当でないと直感的に思うのだが、上記のとおり、明細書における発明の効果の定性的な記載に基づき後出しデータを参酌した過去判決もあり(参考: 進歩性のための明細書記載要件)、今回の判決がこれまでの判決との整合性をどのようにとったのかは明らかではない。定性的効果の記載に基づいて実験データの参酌を許容する基準はどこにあるのか明確な判断理由且つ一貫した司法判断を望む。

ところで、本件出願は欧州では成立(EP1187632B1)したが、異議申立がされ、結局、審判において進歩性欠如を理由として無効と判断された(T0402/12)。
Claim 1. Use of an anti-ErbB2 antibody for the manufacture of a medicament for treating a human patient susceptible to or diagnosed with a tumor in which ErbB2 protein is expressed, wherein the medicament is for treating the patient prior to steps of surgical removal of the tumor and treatment of the patient after the surgical removal of the tumor with anti-ErbB2 antibody and/or a chemotherapeutic agent.

本件特許は、ジェネンテック社が創製した抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「トラスツズマブ(Trastuzumab)(遺伝子組換え)」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤ハーセプチン®(Herceptin®)注射用(日本では中外製薬が製造販売)をカバーする特許と思われる。

ハーセプチン®のインタビューフォーム「開発の経緯」によると、
「・・・2008年2月に「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」について効能・効果及び用法・用量追加が承認された。さらに、厚生労働省「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」の検討結果に基づき、2011年11月に「HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌における3週間1回投与法」及び「HER 過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が、2013年6月に「HER2過剰発現が確認された乳癌に対する術後補助化学療法としてのA法(1週間間隔投与)の用法・用量」が承認された。これにより本剤の乳癌に対する効能・効果は「HER2 過剰発現が確認された乳癌」、用法・用量はA法(1週間間隔投与)又はB法(3週間間隔投与)となった。」
とある。従って、「HER2過剰発現が確認された乳癌」という効能・効果には、「HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法」及び「HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法」が含まれており、ファイザー品も第一三共品も、効能・効果が「HER2過剰発現が確認された乳癌」である以上、そのような術前および/または術後の補助化学療法を同様に含むものとなると考えられる。従って、ファイザー品及び第一三共品は、本件特許請求の範囲に係る(a)、(b)及び(c)の工程を順次行うことを含む治療をするための医薬に該当する可能性があり得る(だからこそ、無効審判請求にファイザーは参加していると推測される)。

本件特許(第5623681号)の無効審判では、特許庁は一応特許有効審決(2016年12月27日)を下している。本件訴訟判決期日(2018年10月22日)がもうすぐだったとはいえ、その状況での第一三共品とファイザー品の承認(2018年9月21日)である。本件特許がパテントリンケージの用途特許として有効に存在していると認知されていたとしたら、厚労省/PMDAはどのように判断してそれら後続品を承認する判断に至ったのか、日本のパテントリンケージが一貫性を持って機能しているのか気になるところである。

中外製薬は、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体「ハーセプチン®注射用60」および「ハーセプチン®注射用150」について、同製品のバイオ後続品の製造販売承認取得者である第一三共もしくはファイザーに対し、ジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、10月12日付で東京地裁にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行っていた。
しかし、本件審決取消訴訟では、特許性が否定されたため、中外製薬が第一三共もしくはファイザーに対して提起した用途特許侵害訴訟は中外製薬にとって厳しい状況になったと思われる。

2018年10月31日付の中外製薬のプレスリリース「訴訟および仮処分命令申立ての取り下げについて」によると、中外製薬は、第一三共またはファイザーに対する訴訟および仮処分命令の申立てを取り下げる。

以下の過去記事参照。

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