記載不備の訂正の許否: 知財高裁平成17年(行ケ)10799
【背景】
医薬バッグ用の「非PVC多層フィルム」に関する特許(特許第3155924号)に対して、異議申立て(異議2001-72839号)がされたところ、記載不備(特36条4項、36条6項2号違反)を理由に取消し決定がなされ、この決定に対して、原告は特許取消決定取消請求訴訟を提起(本事件と同日に判決言渡。2007.05.30 「フレゼニウス v. 特許庁長官」 知財高裁平成17(行ケ)10244)。
これに際し、原告は訂正審判を請求したが、特許庁は「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、その審決に対して取消を求めた訴訟が本事件。
争点は、下記の通り。
(1) 訂正明細書を補正する手続補正書による補正の許否についての判断、さらに独立特許要件の充足の有無について。
① 設定登録時の請求項9
「前記外層(2)は,ポリプロピレンホモポリマー,ポリプレンブロックコポリマー,低エチレン含有量および/または高密度ポリエチレン(HDPE)を有するポリプロピレンランダムコポリマー,好ましくはポリプロピレンランダムコポリマーを含む請求項1~8のいずれか1項に記載のフィルム。」
② 訂正審判請求書における請求項9
「前記外層(2)は,ポリプロピレンホモポリマー,ポリプレンブロックコポリマー,低エチレン含有量のポリプロピレンランダムコポリマー,好ましくはポリプロピレンランダムコポリマーを含む請求項1~8のいずれか1項に記載のフィルム。」
③ 訂正明細書を補正する手続補正書における請求項9
「前記外層(2)は,ポリプロピレンホモポリマー,ポリプレンブロックコポリマー,および/または低エチレン含有量のポリプロピレンランダムコポリマー,好ましくはポリプロピレンランダムコポリマーを含む請求項1~8のいずれか1項に記載のフィルム。」
(2) 訂正事項の特126条1項但し書きの要件適合性についての判断。
請求項1
「外層(2)と少なくとも1つの介在中央層(3)を備える支持層(4)を含む非PVC多層フィルムにおいて,」
とあるのを
「外層(2)と少なくとも1つの中央層(3)と支持層(4)とを含む非PVC多層フィルムにおいて,」
と訂正した。
【要旨】
(1) 訂正明細書を補正する手続補正書による補正の許否についての判断。
裁判所は、
「訂正審判請求における「その要旨を変更する補正(特131条の2第1項)」とは,ごく軽微な誤記を改める等の場合を除いて,「請求の趣旨」に記載され特定された「審判を申し立てている事項」の同一性に実質的な変更を加えるような補正一般を指すというべきである。」
と言及し、本事件においては、
「補正前の訂正事項においては,単に「含む」とのみ記載され,列挙されたポリマーのすべてを必須的に含むものと理解される書きぶりであるのに対して,補正後の訂正事項においては,「および/または」という語句が追加されたため,列挙されたポリマーについて自由な選択の余地を残すと理解される書きぶりとなった。補正の前後における訂正事項の内容は変更されたといえる。」
と判断し、上記補正において「および/または」という補正前にない新たな語句を追加することは「審判を申し立てている事項」の同一性を実質的に変更する「請求の趣旨」の記載の変更に当たり、手続補正書による補正は、審判請求書の要旨を変更するから、特131条の2第1項の規定に適合しないとした審決の判断に誤りはないとした。
(2) 訂正事項の特126条1項但し書きの要件適合性についての判断。
裁判所は、
「訂正後は,中央層と支持層とが別個に列挙されており,これら二つの層の間には,付属関係がない。そうとすると,中央層と支持層との間には,他の層が存在する場合を含むことになったため,訂正前においては,介在中央層と支持層とが隣接するという位置関係が明らかであったのに対して,中央層と支持層との位置関係は不明確になったといえる。したがって,訂正事項aに係る訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれにも該当しないことになるから,これと同様の判断をした審決に誤りはない。」
と判断し、特126条1項但し書きの要件に適合しないとされた。
(3) 独立特許要件の充足の有無について。
裁判所は、
「請求項9記載の「低エチレン含有量のポリプロピレンコポリマー」における「低エチレン含有量」が明確に特定された事項とは認められないので,「低エチレン含有量のポリプロピレンポリマー」が,どの程度のエチレン単位を含有するものを指すか不明であるとした審決の判断に誤りはない。以上のとおり,訂正後の請求項9に係る発明は,上記~の点で明確でないから,~特許法36条6項2号の要件を満たしていない。したがって,当該請求項9に係る発明について,同法126条5項に規定する要件を満たしていないと判断した審決に誤りはない。」
と判断した。
請求棄却。
【コメント】
異議申立で記載要件違反を問われ、クレーム・明細書を訂正しようにも、訂正要件違反(126条)といわれ、身動きが取れなくなってしまった事例。
記載要件違反は、補正・訂正しようにもすることができずに取り返しのつかない事態に陥ることがある。クレーム記載の文言の定義や誤記の有無等に関して記載要件が問題ないか、訂正(補正)可能な手当てをしているか等、出願時点で十分注意する必要がある。
参考:
- 2007.05.30 「フレゼニウス v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10244
特許取消決定取消請求訴訟は本事件と同日に判決言渡。 - Fresenius
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