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2011.03.28 「シャイアー v. 特許庁長官」 知財高裁平成22年(行ケ)10177

先行医薬品どうしを組み合わせた合剤承認に係る特許存続期間延長登録: 知財高裁平成22年(行ケ)10177

【背景】

原告(シャイアー)は、

  • 処分の対象になった物: ラミブジンおよび硫酸アバカビル(この2種類の合剤)
  • 処分の対象となった物について特定された用途: HIV感染症

とする薬事承認処分(販売名:エプジコム(Epzicom)錠、海外ではカイベクサ錠)に基づいて「抗ウィルス性置換1,3-オキサチオラン」に関する特許権(特許第2644357号)の存続期間延長登録出願(2005-700029)を試みた。

ラミブジンを有効成分とする抗HIV薬であるエピビル錠については抗HIV薬との併用療法とする承認(先行処分)が本件処分より前に既になされていた。硫酸アバカビルを有効成分とする抗HIV薬であるザイアジェン錠は先行処分時に既に販売されており、本件処分時にはエピビル錠とザイアジェン錠との併用療法はおこなわれていた。

特許庁は、

「この2種類の抗HIV薬を合剤とすることに関して審査がなされ,合剤であるカイベクサ錠に対して承認がなされたものである。そうすると,本件先行処分でいうラミブジン(エピビル錠)と併用する「他のHIV薬」には、当時既に販売されていた抗HIV薬であって,他の抗HIV医薬と併用されていた硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)が含まれる。したがって,本件処分と本件先行処分とは,処分の対象となった物及び処分の対象となった物について特定された用途のいずれにおいても重複し,本件発明の実施に本件処分が必要であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権存続期間の延長登録を受けることができない。」

という拒絶審決を下した。本事案は、その審決取消訴訟である。

【要旨】

裁判所は、

「このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。」

と判示し、本件事案について下記の通り判断した。

「被告は,本件処分によっては本件医薬品の製造等に係る禁止が解除されていないことを立証しない。したがって,前記①の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない」との要件を充足していない。
次に,~本件医薬品はラミブジンと硫酸アバカビルの合剤であること,本件発明12は,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物を付加的な活性成分と組み合わせて含む,抗ウイルス用医薬組成物。」であることが認められる。そうすると,文言上,ラミブジンと硫酸アバカビルの合剤は「抗ウイルス用医薬組成物」に該当し,ラミブジンは,本件特許の明細書の請求項5ないし7に記載されるシス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1´-イル)-1,3-オキサチオランであって,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物」に該当し,硫酸アバカビルは活性物質であるから,「付加的な活性成分と組み合わせて含む」という要件も充足することとなり,本件医薬品の製造は,本件発明の実施に該当する行為に含まれると解される(この点につき,被告は明らかに争わない。)。一方,被告は,本件処分によって禁止が解除された行為(本件医薬品の製造)が本件発明の実施に該当する行為に含まれないことを立証しない。したがって,前記②の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれない」との要件も充足しないといえる。
なお,本件処分の前である平成12年3月29日に,本件先行処分が存在し,本件先行処分を受けたのは,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・ウェルカム株式会社(平成18年3月14日にグラクソ・スミスクライン株式会社に表示の変更をした。)である(甲13)。しかし,本件医薬品の製造には,本件先行処分の存在によってもなお,薬事法上,本件処分を受けることが必要であったものであるから,上記の点は結論を左右しない。
したがって,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実があるといえず,本件出願が同号に該当するとしてこれを拒絶した審決には誤りがあり,結論に影響を及ぼすことは明らかである。」

審決を取り消す。

【コメント】

裁判所は、審査官が特67条の3第1項1号の拒絶要件「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」として、前記の要件①及び②を示した。

前記①の要件、すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない」との要件への本件事案への当てはめについては、「本件処分によっては本件医薬品の製造等に係る禁止が解除されていないこと」を被告は立証していないことから要件を充足しないとした。要件①とは、出願人にとって、政令で定められた処分、すなわち医薬品製造等の承認が得られたという事実が存在しさえすればよいということを意味している。この点は、裁判所判決中、「本件医薬品の製造には,本件先行処分の存在によってもなお,薬事法上,本件処分を受けることが必要であったものであるから,上記の点は結論を左右しない。」との見解からも伺える。

審査官が特67条の3第1項1号の拒絶要件として裁判所が示したもう一方の要件②、すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれない」との要件については、出願人にとって、禁止が解除された行為(医薬品製造等)が特許発明の実施に該当しさえすればよいということを意味している。

これら①及び②の要件を満たしさえすれば、つまり、薬事法のもと処分が必要だった医薬品の製造・販売行為が特許発明の実施に該当しさえすれば、特67条の3第1項1号には該当しないことを意味する。先行処分があろうが無かろうが、医薬品の禁止解除に基づいて延長登録が認められるというロジックである。

同様の事実関係で問題となった過去の事案として2005.05.30 「シャイアー・バイオケム v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10012がある。このときは、特許庁のロジックを前提に判断が下されてしまったが、実は問題となった特許は、本事件と同じ特許(特許第2644357号)であり、ラミブジンとジドブミンとの合剤(販売名コンビビル錠)の承認に基づいた当該特許権の存続期間延長登録が許されるか否かであった。

今回の判決後、同様に先行処分の存在と後行処分時の特許期間存続期間延長登録要件について争われていた武田薬品事件の最高裁判決(2011.04.28 「特許庁長官 v. 武田薬品」 最高裁平成21(行ヒ)326)が出されたが、知財高裁が示した上記判断要件①②については言及せず、下記のようなロジックで結論を導いた。

「後行医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする先行医薬品について先行処分がされていたからといって,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない以上,上記延長登録出願に係る特許権のうち後行医薬品がその実施に当たる特許発明はもとより,上記特許権のいずれの請求項に係る特許発明も実施することができたとはいえない」との理由から、「先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分がされていることを根拠として,当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできない」

そこで、最高裁の判断手法に本事案をあてはめてみる。先行医薬品であるエピビル錠は、延長登録出願に係る特許権の請求項1~11に係る特許発明の技術的範囲に属していたが、最後の請求項12に係る特許発明、すなわち、

「請求項1から9のいずれかに記載の式(I)で表される化合物を付加的な活性成分と組み合わせて含む,抗ウイルス用医薬組成物。」

という合剤発明の技術的範囲には属していない。従って、請求項12に係る特許発明を実施することができたとはいえず、先行処分がされていることを根拠として,当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないとして特67条の3第1項1号の拒絶をすることはできないことになる。

本事件における知財高裁判決の結論は、一応、上記最高裁の判断手法を当てはめたとしても結論は一致する。しかし、ここで気になるのは、本件特許権のうち請求項12が存在しなかった場合である。最高裁の判断手法に基づけば、先行医薬品の製造等が請求項1~11に係る特許発明の技術的範囲に「属する」ことになるから、特67条の3第1項1号を理由に拒絶されそうである。しかし、知財高裁の判断基準に基づけば、①「本件処分によって本件医薬品の製造等に係る禁止が解除」され、且つ、②「その禁止が解除された行為が請求項1~11に係る特許発明の実施に該当する」ことになるから、特67条の3第1項1号を理由によって拒絶されないと考えられる(本事件で、知財高裁は請求項12のみ検討しており、請求項1~11は検討していない。)。

最高裁判決に関する過去記事でも述べたとおり、武田薬品事件含めた知財高裁による判断手法と最高裁による判断手法は異なる(導き方が異なれば、当然、結論が異なる事案が生じ得る)ことから、今後、最高裁判決を受けて知財高裁も整合した判断手法を検討せざるを得ないだろう。

参考:

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