Jan 16, 2019

2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10225

リーチスルー抗体クレームについての進歩性・サポート要件・実施可能要件の判断: 知財高裁平成29年(行ケ)10225

【背景】

被告(アムジェン)が保有する「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」に関する特許(第5705288号)に対する無効審判請求不成立審決(無効2016-800004号)を不服として、原告(サノフィ)が審決取消訴訟を提起した事案。争点は、構造が特定されていない抗体に関する発明の進歩性、サポート要件、実施可能要件の有無。

請求項1(本件訂正発明1):
PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体。

【要旨】

裁判所は、本件訂正発明について甲1及び周知技術に基づいた容易想到性を否定し進歩性を認め並びにサポート要件及び実施可能要件にも適合するとした本件審決の判断に誤りはないとして、原告主張の取消事由はいずれも理由がないと判断した。請求棄却。以下、裁判所の判断の抜粋。

1.取消事由1-1(本件訂正発明1の進歩性の判断の誤り)について
「本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の文言及び本件明細書の上記記載事項を総合すると,本件訂正発明1の「抗体と競合する」とは,「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(参照抗体)がPCSK9に結合する部位と同一のPCSK9上の部位又は参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となるPCSK9上の部位に結合することを意味するものと解される。

本件優先日当時の上記技術常識に照らすと,・・・免疫化プログラムの条件及びスケジュールを最適化し,参照抗体を得るのに適した免疫化マウスを作製するには,通常期待し得る範囲を超えた試行錯誤を要するものと認められる。また,モノクローナル抗体の作製工程において,ヒト抗体を作製するための遺伝子導入マウスの使用や抗体のスクリーニングのために抗原をビオチン化により固相化する方法は,本件優先日当時,周知であったものの,これらの技術を用いて,上記免疫化マウスを使用して作製されたハイブリドーマから参照抗体を得るのに適したスクリーニング系を構築することについても,一定の創意工夫が必要であるものと認められる。しかしながら,甲1には,本件明細書記載の免疫化プログラムの条件及びスケジュールに関する記載や示唆はなく,そもそもPCSK9とLDLRとの結合を阻害する抗体(結合中和抗体)の作製方法の記載はない。・・・総合すると,甲1に接した当業者は,甲1及び周知技術に基づいて,PCSK9とLDLRとの結合を中和することのできる,何らかのモノクローナル抗体(相違点Aに係る本件訂正発明1の構成)を得ることが可能であったとしても,参照抗体を得ることを容易に想到することができたものと認められないから,参照抗体がPCSK9に結合する部位と同一のPCSK9上の部位又は参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となるPCSK9上の部位に結合する,参照抗体と「競合する」抗体(相違点Bに係る本件訂正発明1の構成)についても,容易に想到することができたものと認めることはできない。」

2.取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
「原告は,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,抗体の構造を特定することなく,機能ないし特性(「結合中和」及び「参照抗体との競合」)のみによって定義された発明であるため,文言上ありとあらゆる構造の膨大な数ないし種類の抗体を含むものであるが,本件明細書に記載された具体的な抗体はわずか3グループないし3種類の抗体しかなく,また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとが結合中和するとはいえず,参照抗体と「競合する」抗体であることは,「結合中和」の指標にはならないから,本件明細書に記載されていないありとあらゆる構造の抗体についてまでも,本件明細書の記載から,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の提供という本件訂正発明1の課題を解決できると認識し得るものではないとして,本件訂正発明1及び9はサポート要件に適合しない旨主張する。

しかしながら,・・・特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認められない。そして,・・・当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとの結合を中和するものといえないとしても,本件訂正発明1は「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体であることを発明特定事項とするものであるから,そのことは,上記認定を左右するものではない。したがって,原告の上記主張は理由がない。

原告は,本件訂正発明1のように,物(抗体)の具体的な構造が特許請求の範囲において特定されておらず,その物が機能的にのみ定義され,スクリーニング方法によって特定された物の発明である場合には,機能的な定義やスクリーニング方法の特定は,サポート要件を基礎付けることにはならないし,このような請求項の記載形式を認めることは,特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態が生じる旨主張する。

しかしながら,前記アのとおり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。また,本件訂正発明1の請求項の記載形式によって,原告が述べるような特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態を招くということもできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。」

3.取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について
「原告は,本件訂正発明1は,抗体の構造を特定することなく,機能的にのみ定義されており,極めて多種類の抗体を含むものであるが,本件明細書の発明の詳細な説明において本件訂正発明1に含まれ得る抗体として記載された具体的な抗体(3グループないし3種類の抗体)とはアミノ酸配列が全く異なる多種多様な構造の抗体も文言上含まれ得るし,当然ながら,今後発見される,いまだ全く知られていない抗体も全て含むものであり,本件訂正発明1の特許請求の範囲に含まれる全体の抗体を得るためには,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要することは明らかであるから,本件訂正発明1は,実施可能要件を満たさず,また,本件訂正発明9も,これと同様である旨主張する。

しかしながら,・・・特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載に従って,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得ることができるものと認められる。また,・・・当業者は,本件明細書の記載に基づいて,本件明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認められるから,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる抗体を得るために,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要するものとはいえない。したがって,原告の上記主張は,理由がない。」

【コメント】

請求項1(本件訂正発明1)は、発明の対象である抗体そのものの構造が特定されていない点で不明確である・・・、発明特定事項の一つである「参照抗体」を入手して「参照抗体」と競合するのかどうか(どのレベルで競合といえるのかも不明だが)を確認しなければ目的物を実施することはできないという過度の試行錯誤を当業者に強いる発明である・・・、「特定の参照抗体と競合する」かどうかを試験するというプロセスを経て構造の予期できない最終品にまで権利範囲を及ぼすことを意図した所謂リーチスルークレームである・・・、と思えるのだが、判決は特許維持審決を肯定した。この請求項が明確性、サポート要件、実施可能要件を果たして満たしているといえるのかどうか、極めて議論のある判決ではないか。今後このようなリーチスルー特許が多数乱立することは容易に想像できる。今回の裁判所の判断は産業の発達に寄与することを目的とする特許法の趣旨に沿うものだったといえるのだろうか疑問が残る。

同日付の関連判決(内容は同じ):

本件特許(第5705288号)は特願2010-522084(原出願)の分割出願であり、この原出願特許(第5441905号)は、ヒト抗PCSK9モノクローム抗体製剤レパーサ(Repatha)®皮下注を保護する特許権として3つの存続期間延長登録出願されている。レパーサ(Repatha)®皮下注は、ヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)に対する遺伝子組換えヒトIgG2モノクローナル抗体であるエボロクマブ(evolocumab)を有効成分とする米国Amgen社で開発されたヒト抗PCSK9モノクローム抗体製剤。日本では、レパーサ皮下注140mgシリンジ及びレパーサ皮下注140mgペンが2016年1月22日に承認され、レパーサ皮下注420mgオートミニドーザーが2017年8月23日に承認された。日本では、アステラス・アムジェン・バイオファーマが製造販売承認を取得、アステラスとともに販売。本件特許の日本におけるファミリー特許状況は以下のとおり。
  • PCT/US2008/074097(WO2009/026558)
  • 特願2010-522084(特表2010-536384)
    特許5441905
    ・シリンジについての延長登録出願番号2016-700055(延長期間2年25日)
    ・ペンについての延長登録出願番号2016-700056(延長期間2年25日)
    ・オートミニドーザーについての延長登録出願番号2017-700348(延長期間3年7月26日)

    請求項1:
    PCSK9タンパク質に結合する、単離された中和ヒトモノクローナル抗体であって、
    以下の相補性決定領域(CDR)、すなわち、配列番号368に示されるCDR1である重鎖CDR1、配列番号175に示されるCDR2である重鎖CDR2、及び配列番号180に示されるCDR3である重鎖CDR3を含む重鎖ポリペプチド、並びに
    以下のCDR、すなわち、配列番号158に示されるCDR1である軽鎖CDR1、配列番号162に示されるCDR2である軽鎖CDR2、及び配列番号395に示されるCDR3である軽鎖CDR3を含む軽鎖ポリペプチド
    を含む、中和ヒトモノクローナル抗体。
  • 特願2013-195240(特開2014-043446)
    特許5705288(本件特許): 特許権存続期間延長登録出願なし。存続期間満了日は2028年8月22日。
    異議2015-700112
    無効2016-800004(本件審決)→無効審判請求不成立審決取消訴訟(2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10225)
  • 特願2015-033054(特開2015-166345)
    特許5906333: 特許権存続期間延長登録出願なし。存続期間満了日は2028年8月22日。
    無効2016-800066→無効審判請求不成立審決取消訴訟(2018.12.27 「サノフィ v. アムジェン」 知財高裁平成29年(行ケ)10226)
  • 特願2016-053430(特開2016-182114)
    拒絶査定不服審判請求手続却下
  • 特願2018-031718(特開2018-118974)

抗PCSK9抗体製剤として、アムジェンはレパーサ(Repatha)®皮下注を、サノフィはプラルエント(Praluent)®皮下注を販売しており、両社は競合関係にある。サノフィのプラルエント(Praluent)®皮下注は、ヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)に対する遺伝子組換えヒトIgG1モノクローナル抗体であるアリロクマブ(alirocumab)を有効成分とするヒト抗PCSK9モノクローム抗体製剤。日本では、2016年7月4日に最初の製造販売承認を取得している。アムジェン(Amgen)が保有する抗PCSK9抗体特許をサノフィ(Sanofi)のPraluent®が侵害していると主張した特許侵害訴訟が米国ではCAFC判決に至っている。
参考: 2017.10.05 「Amgen v. Sanofi」 CAFC No.2017-1480
2018年4月4日付のAmgenの「Chairman and CEO Letter and Amgen Inc. 2017 Annual Report」によると、Sanofiは、欧州でもAmgen特許(EP2,215,214)に対して2016年2月24日に異議申立を提出した。さらに、欧州異議申立審理の結果を受けて、Sanofiは、2018年11月30日にNotice of Appealを提出したようである。

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