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2007.07.19 「武田 v. 特許庁長官(長期徐放型マイクロカプセル事件)」 知財高裁平成18年(行ケ)10311

特許権の存続期間延長登録要件の解釈: 知財高裁平成18年(行ケ)10311

【背景】

原告(武田薬品)は、先の薬事承認処分(販売名:リュープリン注射用3.75、酢酸リュープロレリンを有効成分とし効能・効果を前立腺癌とする1ヵ月製剤)の後、本件薬事承認処分(販売名:リュープリンSR注射用キット11.25、酢酸リュープロレリンを有効成分とし効能・効果を前立腺癌とする3ヵ月製剤)に基づいて新規製剤特許(「長期徐放型マイクロカプセル」、特許第2653255号)の存続期間延長登録を試みた。

しかし、特許庁は、有効成分と効能・効果が前処分と同じである本件処分は、物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点からは、本件発明の実施のために本件処分を受けることが必要であったということができないから、本件延長出願は「政令で定める処分を受けることが必要であった」という要件を欠き、延長登録を受けることができない、という拒絶審決を下した。

本事案は、その審決取消訴訟である。

【要旨】

原告の主張を極めて簡単に要約すると・・・

「そもそも、延長後の特許権の効力が「物」と「用途」によって限定されると規定した特68条の2の権利の効力に関する条項が、審査において影響するということ自体特許法の予定しているところではない(取消事由3:特67条の3の解釈において同法68条の2を援用することの誤り)。しかも、特68条の2の「処分の対象となった物」とは、薬事法上の製造承認の対象となった物である「医薬品」を指すと解すべきであって、「有効成分」を意味するという解釈を導くことはできないし、「用途」は「効能・効果」であるとは何処にも規定されていない(取消事由1:特68条の2の文言解釈の誤り)。従って、前処分の対象となった1ヵ月製剤と本件処分の対象となった3ヵ月製剤を比較すると、その組成も用途も異なる(取消事由2:特67条の3第1項1号の解釈の誤り)ので、本件発明の実施のために本件処分を受けることが必要であったのだから、延長登録を受けることができる。」

というものであった。

裁判所は、

「特許法67条の3に従って特許権の存続期間の延長登録出願を認めるかどうかの判断に当たっては,延長後の特許権の効力について規定した特許法68条の2の規定を考慮することによって,特許権の存続期間の延長制度全体について統一的な解釈が可能になるというべきである。」

と判断した上で、

「特許法68条の2にいう「物」が「有効成分」を,「用途」が「効能・効果」を意味するものとして立法されたことは,明らかであるというべきである。そして,その理由としては,新薬の特許は「有効成分」又は「効能・効果」に与えられることが多いので,薬事法上,医薬品の品目の特定のために要求されている各要素のうち,新薬を特徴付けるものは「有効成分」と「効能・効果」であることが多く,そのため,それらについて「物」と「用途」という観点から特許権の存続期間延長制度を設けることとしたものと解することができる。そして,前記2のとおり,特許法は,同法67条2項の政令で定める処分の対象となった品目ごとに特許権の存続期間の延長登録の出願をすべきであるという制度を採用しておらず,処分の対象となった「物」及び「用途」ごとに特許権の存続期間の延長登録の出願をすべきであるという制度を採用しており,存続期間が延長された特許権は,処分の対象となった品目とは関係なく,「物」と「用途」の範囲で,その効力が及ぶのであるから,「物」と「用途」の範囲は明確でなければならないところ,これらを「有効成分」と「効能・効果」と解すると「物」と「用途」の範囲が明確になるということができる。「物」と「用途」を「有効成分」と「効能・効果」と解さないと「物」と「用途」の範囲は極めてあいまいなものになるといわざるを得ず,法的安定性を欠くことになる。
したがって,特許法68条の2にいう「物」は「有効成分」を,「用途」は「効能・効果」を意味するものと解するのが相当である。」

と判断した。

本件特許権につき、原告の「延長が認められないのは、不合理である」との主張に対し、

裁判所は、

「特許法は,このような場合は,特許権の存続期間延長の対象としていないのであるから,本件特許権について存続期間の延長が認められないとしても,法解釈論としてはやむを得ないものというほかない。」

と言及した。

請求棄却。

【コメント】

製剤に関する一変承認に基づいて、その新規製剤特許の延長登録を試みた事案。

武田薬品がかなり頑張ったが、知財高裁を説得することができず、立法趣旨・法的安定性という観点から判決が下された。

2005.10.11 「ロシュ(参加人:武田薬品) v. 特許庁長官」 知財高裁平成17年(行ケ)10345から更に議論が詰められた。

これまで不明確のまま運用されてきた延長登録出願の登録要件の規定に関する解釈について、知財高裁の判断(①特67条の3の判断に、特68条の2の権利の効力に関する規定が考慮されること、②その規定中の「物・用途」は「有効成分・効能効果」として解釈すること)が示されたという点は非常に意義深い。

しかし、・・・本判決内容にはいまいち説得力のなさを感じるのは私だけであろうか?

既存薬の毒性を低減させたり、有効性を持続させたり、医師・患者の使い勝手を向上させたりするための改良薬は、益々強く望まれてきている。

存続期間延長制度の立法当時には、このような実情をほとんど想定していなかった(?)としても、登録要件を権利の効力の規定から説き起こすのはやはり乱暴ではないだろうか?

特67条2項の政令で定める処分とは薬事法上の処分を意味していることは明らかである。

そして、薬事法上の処分の対象となる「物」は、「有効成分」ではなく、「医薬品」である。

つまり、仮に、特67条の3の判断に、特68条の2の権利の効力に関する規定を持ち出すことができたとしても、「物」を「医薬品」としてではなく「有効成分」と限定的に解釈することは、薬事法上の解釈自体を無視することにならないだろうか。

この点、特68条の2の「物」という用語自体を限定的に解釈することは特2条3項の「物」の解釈との間で不整合が生じる懸念もあるかもしれない。

特2条3項の「物」とは、医薬有効成分のみならず、製剤を含むあらゆる”もの”の概念を包含している(もちろん、「物」としての製剤発明は認められている)。

また、既存薬の組成や用法・用量等を改善した用途発明の特許権も、承認が得られるまで実施できないという点では同様であるのだから、その処分が既存薬の効能・効果と同一だからという理由によって存続期間延長登録の対象にならないとするのは、存続期間延長制度を設けたそもそもの根底となる趣旨に反するのではないだろうか?

効能・効果に限らず、用法用量や製剤に特徴がある用途発明が「医薬発明」として認められている(「医薬発明」の審査基準においても明記されいるところである)ことを踏まえれば、仮に、特67条の3の判断に特68条の2の権利の効力に関する規定を持ち出して延長登録出願の登録要件として「用途」の同一性を判断するとしても、その「用途」とは医薬品の「効能・効果」であると一義的に狭く解釈することは、「医薬発明」の「用途」の解釈と矛盾するのではないだろうか。

最高裁での判断に期待したが、残念ながら不受理(平成20年09月02日) 。

参考:

  • リュープリンSR注射用キット11.25は、武田薬品が販売しているLH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)誘導体である酢酸リュープロレリン(5-oxo-Pro-His-Trp-Ser-Tyr-D-Leu-Leu-Arg-Pro-NHCH2-CH3・CH3COOH)を有効成分とするマイクロカプセル型徐放性製剤で、前立腺癌及び閉経前乳癌を効能効果としている。

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