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2008.10.02 「大洋薬品 v. バイエル」 知財高裁平成19年(行ケ)10430

高純度アカルボース事件: 知財高裁平成19年(行ケ)10430

【背景】

大洋薬品(原告)が、バイエル(被告)を特許権者とする「高純度アカルボース」に関する特許第2502551号のうち請求項1ないし3に係る発明の特許につき無効審判請求(2007年4月19日)をしたが、審判請求は成り立たないとの審決(同年12月11日)がされたため、同審決の取消しを求め知財高裁に提訴した事案。

請求項1:

水とは別に約93重量%以上のアカルボース含有量を有する精製アカルボース組成物。

請求項2:

水とは別に約95~98重量%のアカルボース含有量を有する特許請求の範囲第1項記載の精製アカルボース組成物。

請求項3:

水とは別に約98重量%のアカルボース含有量を有する特許請求の範囲第1項記載の精製アカルボース組成物。

【要旨】

1. 取消事由2(新規性判断の誤り)について

原告は、

「甲2の無色透明体につき含量の明記がないからというだけで甲2の無色透明体のアカルボースが相当程度に高純度であることを判断できないというものではなく,甲2の無色透明体と本件発明に係るアカルボースとの出発物質,精製条件が異なるからといって,精製の結果物がアカルボースであることに変わりはない」

と主張した。

しかしながら、裁判所は、

「本件発明の高純度の精製アカルボース組成物は,非常に弱い酸性の親水性カチオン交換体を用いて,狭く制限されたpH 範囲内において溶出することによって得ることができるものであり,「カルボキシル基を含み且つポリスチレン,ポリアクリル酸又はポリメタクリル酸に基づく市販の弱酸交換体は本精製に使用することはできない」(甲1の2頁右欄18~21行)ものであって,精製条件によって,達成し得る純度が異なるものと認められる。また,原告も,「甲3の出願当時も,精製の方法・条件・頻度等によって純度に差異が生じることは当然認識されていた」(原告準備書面(1)12頁17,18行)と述べるとおり,精製条件が,結果物の純度に影響を与えることは,原告も認めているとおりであって,甲2に記載された精製条件によって,本件発明で規定する高純度のものが得られるとは認められない。」

と判断した。

したがって、本件発明が甲2発明と同一の発明ではないとした審決の判断に誤りはないとした。

2. 取消事由3(進歩性判断の誤り)について

原告は、

「審決が甲3の出願当時において68000 SIU/g のアカルボースが純度の低いものであること(さらに精製する余地のあること)は知られていなかったとすることにつき,精製の方法,条件,頻度等によって純度にばらつきが生じることは当業者の常識であって,現に甲3の実施例11中にも,より純度の低い50000 SIU/g のアカルボースが記載されており(25頁右上欄6~8行),甲3の出願当時も,精製の方法,条件,頻度等によって純度に差異が生じることは当然認識されていたのであって,甲3に記載されたアカルボースが純粋なもの(さらに精製する余地のないもの)と認識されていたわけではないことが明らかである」

と主張した。

しかしながら、裁判所は、

「甲3から「精製の方法,条件,頻度等によって純度に差異が生じること」が認識されるとしても,甲3発明が「各化合物を純粋な状態で製造する」こと(6頁上右欄14行)を目的とする発明であること,実施例の中では,実施例8に記載されているアカルボースの活性値「68000 SIU/g」が最も高い値であることからすれば,少なくとも「68000 SIU/g のアカルボース」につき,更なる精製が動機付けされているとはいえないと解され,原告の上記主張も採用できない。」

と判断した。

また、原告は、

「医薬品原料としては高い純度が要求されるのが周知なのであり,既に純粋なアカルボースが存在していたのであり,また,精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られることも常識であって,精製法は甲2のほかにも多数の種類が知られていたのであるから,本件発明は,甲3と甲2から容易に発明することができた」

と主張した。

しかしながら、裁判所は、

「ある精製方法を繰り返し行ったとしても,その精製方法ごとに,達成できる純度に自ら上限があるのが通例であって,「精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られること」によって,直ちに,本件発明で規定する純度のものが得られるとは認められない。

また,本件明細書の記載によれば,従来法である,強酸カチオン交換体にアカルボースを結合して塩溶液又は希酸で溶出する方法や,この強酸カチオン交換体を単に弱酸カチオン交換体に代替する方法によっては,本件発明で規定する純度を達成することができず,非常に特に弱い酸性の親水性カチオン交換体を用い,かつ,狭く制限されたpH 範囲内において溶出を行うことによって初めて,その純度を達成できたものであると認められる。これに対し,甲2に記載された精製法が,本件発明で規定する純度を達成可能なものであることは何ら示されていない。なお,原告は,「無色」であることを,純粋なアカルボースか若しくはそれに限りなく近いアカルボースであったことの根拠としているが,これを採用できないことは上記のとおりである。そして,本件発明で規定する純度を達成可能な精製法を開示した証拠も存在しない。

したがって,たとえ課題や動機が存在していたとしても,本件優先日前に,本件発明で規定する純度を達成可能とする手段は公知ではなかったことから,本件発明で規定する純度のものを得ることは,当業者といえども容易には行い得なかったものと認められる。」

と判断した。

さらに、原告は、

「本件発明1において,純度を93%以上とすることによる特段の作用効果が認められない」

と主張した。

しかしながら、裁判所は、

「それまで技術的に達成困難であった純度を達成できたことは,それ自体で,特段の作用効果を奏したものということができるものであって,原告の上記主張も採用することができない。」

と判断した。

請求棄却。

【コメント】

有効成分を高純度にしたことに関して、引例からの新規性および進歩性が争われた。

公知の有効成分について高純度のものを得ることができるという着想を、その高純度有効成分含有組成物という「物」の発明として出願した場合に、その新規性・進歩性はどのような点で問題となり、どのようなことを主張すれば進歩性をクリアできるかについて参考になる事案。「製造方法」の発明としては請求項4以降にクレームされているが、本件では争われていない。

大洋薬品は、2006年3月15日にアカルボース錠「タイヨー」の製造販売承認を取得、その後2007年4月19日に本件無効審判を請求、無効審判係属中の同年7月6 日に薬価基準収載され、同月17日発売開始、その約5月後の12月11日に審判請求は成り立たない旨の審決がされ、本訴訟を提起するに至った。

バイエルの特許第2502551号の出願日は1986年12月10日であり、特許権存続期間延長登録により2年5月5日の延長期間(延長登録出願番号:平10-700078、延長登録の年月日:1999.9.1)を得ているため、本特許権の存続期間は2009年5月まで。

なお、バイエルは、大洋薬品を相手取り、同後発品の製造販売差し止めを求める訴訟を東京地裁に提起していたが、バイエル社による訴えが退けられている(下記2008.11.28プレスリリース)。

参考:

  • 2008.11.28 バイエル薬品プレスリリース: ドイツ・バイエル社 大洋薬品工業に対する「グルコバイ」特許侵害訴訟で控訴の意向
  • 2008.11.27 大洋薬品プレスリリース: アカルボース錠に関する第一審訴訟判決結果についてのお知らせ
  • アカルボース:
    アカルボース(Acarbose)はα−グルコシダーゼインヒビター(alpha-glucosidaser inhibitor)として開発され、バイエル(Bayer)が、II型糖尿病治療薬(糖尿病の食後過血糖の改善を効能効果)として製造販売している(日本での製品名はグルコバイ(Glucobay)錠)。
  • Wikipedia: Acarbose
  • 米国特許: U.S. Patent No.4,904,769

コメント

  1. 匿名 より:

    知財高裁の審取で有効と判決がでた直後に、東京地裁の侵害訴訟で特許無効だなんて。大洋薬品の主張内容が違うのでしょうか?36条関係で攻めた?

  2. Fubuki より:

    コメントありがとうございます。
    2008.11.26 東京地裁平成19年(ワ)26761です。ざっと見たところ、本件知財判決における進歩性判断で議論されている甲6及び甲7が、東京地裁判決の新規性判断の引例(乙2及び乙3)として争われたようです。争点が異なるとはいえ知財高裁は当該引例(乙2及び乙3)に当たる甲6及び甲7について引例としては否定的な言及をしており、侵害訴訟が控訴された場合、この点どうなるのか気になるところです。

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