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2013.03.18 「タカラバイオ v. 特許庁長官」 知財高裁平成24年(行ケ)10252

引用発明の物が本来有していていた作用・効果についての出願後の知見は進歩性判断に参酌できるか: 知財高裁平成24年(行ケ)10252

【背景】

「耐熱性リボヌクレアーゼH」に関する特許出願(特願2006-167465、特開2006-288400)の拒絶審決(不服2009-17666号)取消訴訟。争点は進歩性。

請求項1(本願補正発明):
下記の群より選択され,かつ,耐熱性リボヌクレアーゼH活性を有することを特徴とするポリペプチド:
(a)配列表の配列番号47に示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド;
(c)配列表の配列番号46に示される塩基配列を有する核酸にコードされるポリペプチド。

審決は、引用文献3にRNase HIIPkの発明が記載されているとし、本願補正発明との一致点及び相違点は以下のとおりであると認定した。

  • 一致点: 両者は、耐熱性リボヌクレアーゼH活性を有するポリペプチドである点。
  • 相違点: 本願補正発明のポリペプチドが、配列表の配列番号47に示されるアミノ酸配列を有するものであるのに対し、引用文献3の図1に記載されるRNase HIIPkのアミノ酸配列の70%弱は、本願補正発明のものと一致しているものの、その余の配列は相違している点。

【要旨】

主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

裁判所の判断

1 取消事由2(顕著な作用効果の看過(その1))について

原告は、

「一方の鎖にRNAを1つ含む2本鎖DNAのうちRNAを含む鎖を切断することができるという基質切断特異性の点で,本願補正発明のポリペプチドが引用文献3に記載された発明と比べて格別な違いがないとした審決の判断は,その顕著な作用効果を看過した誤りがある」

「本願補正発明のTli RNase HIIは,本願明細書の実施例1ないし実施例7に記載される様々な耐熱性RNase HIIのアミノ酸配列の間で保存されている部分をもとにしてオリゴヌクレオチドプライマーを合成し,遺伝子をクローニングして得られたものであり,これらの耐熱性RNase HIIが共通の性質を有すると推認できること,~当業者は,当該実施例において見出された耐熱性RNase HIIにおける「一方の鎖にRNAを1つ含む2本鎖DNAのうち,RNA鎖を含む鎖を切断する」という基質切断特異性に関し,~69%前後のアミノ酸配列相同性を有する耐熱性RNase HIIであれば,当該特性を有していると予測することができ,本願明細書の上記記載から,本願補正発明のTli RNase HIIも,基質切断特異性を有すると推認できる」

と主張した。しかし、裁判所は、

「2つのポリペプチドの間のアミノ酸配列相同性が65%であることは,全体のアミノ酸配列の3分の1以上が異なることでもあり,一般的には,このような場合に両者の構造上の差異が小さいとは言い難く,両者のアミノ酸配列相同性が65%であるというだけでは,両者が同じ活性を有しているか否かは不明と考えざるを得ない(当業者が,両者のアミノ酸配列相同性が65%であれば同じ活性を有していると解し得ることを認めるに足りる証拠はない。)。~仮に,基質切断特異性を有する可能性が示唆されるとしても,上記のとおり~アミノ酸配列相同性が65%であるというだけでは,両者が同じ活性を有しているか否かは不明であるから,このような場合,実験等による確認なくしては,基質切断特異性の有無は不明というほかなく,本願補正発明が基質切断特異性を有しているとまでは認められない。加えて,原告主張のように,本願出願時までに基質切断特異性を有する耐熱性RNaseHは報告されておらず,そのようなものは存在しないであろうという技術常識があるならば,なおさらである。以上のとおり,本願明細書の記載から,本願補正発明が,一方の鎖にRNAを1つ含む2本鎖DNAのうちRNAを含む鎖を切断するという基質切断特異性を有していることが推認されるとはいえない。」

と判断した。

2 取消事由1(引用文献3に記載された発明の認定の誤り)について

原告は、

「本願明細書の記載に基づいて引用文献3に記載された発明の酵素の基質切断特異性を推認できるとした審決の判断は誤りである,本願の出願後に公表された文献である甲2に基づいて引用文献3に記載された発明の酵素の基質切断特異性を推認できるとした審決の認定は誤りである」

と主張した。裁判所は、

「一般に,発明の進歩性の判断は,審査を行う時点ではなく,出願日(優先権主張がなされている場合は優先権主張日)を基準になされるものであるから(特許法29条2項),発明の進歩性の有無を判断するにあたって参酌することができる知見は,出願前までのものであって,このことは,発明の構成の容易想到性判断のみならず,発明の効果の顕著性の判断に関しても同様である。また,特許出願された発明に関する明細書に記載された知識に基づいて出願前の発明ないし技術常識を認定することは,後知恵に基づいて特許出願された発明の進歩性を判断することになりかねず,同項の趣旨に反するものであり,許されない。
本件において,審決が,本願明細書の記載に基づいて,「引用文献3に記載されるRNase HIIPkも同様に,一方の鎖にRNAを1つ含む2本鎖DNAのうちRNAを含む鎖を切断することができると推認することができ」とし,あるいは,本願出願後の文献である甲2に基づいて,「本願補正発明のポリペプチドが,引用文献3に記載されるRNase HIIPkと比べて,格別な違いはない」とした判断手法は,誤りである。」

と、審決の判断手法が誤りであるとしたが、

「上記1のとおり,「本願補正発明が基質切断特異性を有する」との効果が認められないので,このことを考慮すると,上記の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。したがって,原告の取消事由1の主張も理由がない。」

と判断した。

3 取消事由3(顕著な作用効果の看過(その2))について

原告は、「甲9に記載された実験データを参酌すべきである」と主張したが、裁判所は、「本願補正発明について,~を示すという効果が本願明細書に開示されているとはいえないから,その効果について示す上記実験データは本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超えるものであって,参酌することはできないというべきである」と判断した。

【コメント】

1.本件では、顕著な作用効果は明細書から推認できないとされ、審判中に提出された実験データも参酌することはできないと判断された。引用発明と比較した有利な効果が参酌されるためには、明細書にどこまで記載されていなければならないか、を考える上で参考になる一事例かもしれない。

そもそも本願補正発明についての進歩性判断で出願人が主張した効果である基質特異性を有していることが明細書には開示されていなかったわけであり、実施可能要件の問題も潜在していたのではないかと思われるが争点にはならなかった。本願補正発明(配列番号47のアミノ酸配列を有するポリペプチド)について、米国では特許(US 7,422,888)となっている。米国の審査で最後まで問題になったのは進歩性よりも実施可能要件だった。

Claim 2. An isolated and purified polypeptide, comprising the amino acid sequence of SEQ ID NO:47 and having thermostable ribonuclease H activity.

2.取消事由1(引用文献3に記載された発明の認定の誤り)について、裁判所は、特許庁の判断手法は後知恵に基づいて進歩性を判断することになりかねず、同項の趣旨に反するものであり許されないと判断している。一方、特許庁の主張は下記のとおりであった。

 引用文献3に記載された発明であるRNase HIIPkは,引用文献3に記載されたその構造(化学構造であるアミノ酸配列)により特定できるものであり,その構造を有するものが本来有している作用・効果については,物の発明である引用発明を特定する事項として認定する必要はない。言い換えれば,物の作用・効果を物の発明を特定する事項として認定したところで,それはその物であれば当然に有する作用・効果であるから,物の発明として何ら相違することにはならない。
また,引用文献3に記載されたRNase HIIPkが「一方の鎖にRNAを1つ含む2本鎖DNAのうちRNAを含む鎖を切断する」という基質切断特異性を有するか否かは引用文献3において具体的に確認はされていないが,基質切断特異性は,RNase HIIPkが本来的に有している性質である(甲2)。原告が主張する本願補正発明の基質切断特異性に係る効果は,引用文献3に記載された発明の物が本来有していた効果と同様の効果を単に発見したに過ぎないものである。
そして,引用文献3に記載された発明の物が本来どのような作用・効果を奏するものであったのかの認定において,出願後の知見や文献を考慮することは認められるべきである。なぜならば,一般に,技術的貢献のない発明に対しては保護を与えないという進歩性の要件の趣旨からみて,効果の顕著性により進歩性を認めるのは,引用発明との構成の相違により新たな効果が奏される場合に限られるべきであり,そうでなければ,引用発明の物が本来有していた作用・効果を後に発見したことにより,後に出願された発明が進歩性を有することになり不合理な結果となるからである。

上記特許庁の主張に対し、「発明の進歩性の有無を判断において、出願前の発明ないし技術常識を認定するにあたって参酌することができる知見は、出願前までのものであって、このことは、発明の構成の容易想到性判断のみならず、発明の効果の顕著性の判断に関しても同様である」というのが今回知財高裁が示した規範である。

特許庁の上記主張はなんだか筋が通っていない。上記特許庁の主張の1段落目、2段落目、3段落目がそれぞれかみ合っていない。進歩性の判断は、あくまでも出願前の引用発明から本願発明が思いつくのかどうかが原則だから、出願後の知見を参酌することはやはり勇み足であろう。引用発明の物が本来有していた作用・効果を後に発見したことにより、後に出願された発明が、発明の構成として相違しないにもかかわらず、特許されるのは確かに不合理である。しかし、それは効果の相違がどうであれ、構成の相違に関わる新規性の問題であり、進歩性の問題ではない。

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