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2025年スペシャル301条報告書と米国業界団体による対日意見書から読み解く、パテントリンケージ・医薬品データ保護・特許延長制度の論点

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1.2025年スペシャル301条報告書の公表

2025年4月29日に米国通商代表部(USTR)より公表されたスペシャル301条報告書(Special 301 report)では、日本は「監視国(Watch List)」の対象国には含まれていないものの、医薬品分野の知的財産制度の透明性や予測可能性について、複数の米国業界団体から具体的かつ批判的な意見書が提出されており、日本の製薬特許制度に対する注目度の高さが改めて浮き彫りとなっています。提出された意見書は、www.regulations.gov(docket number: USTR-2024-0023)で一般公開されています。

参照:

スペシャル301条報告書(Special 301 report)とは、1974年米国通商法182条(IDENTIFICATION OF COUNTRIES THAT DENY ADEQUATE PROTECTION, OR MARKET ACCESS, FOR INTELLECTUAL PROPERTY RIGHTS)に基づき、知的財産の保護と執行の世界的な状況について米国議会が義務付けている年次レビューの結果を反映したものであり、知的財産の保護と執行の適切性と有効性について問題のある国を、問題の大きな順から「優先国(priority foreign country)」、「優先監視国(priority watch list)」、「監視国(watch list)」の3段階に指定しています。このうち「優先国(priority foreign country)」については調査及び当該国との協議を行い、改善が見られない場合には対抗措置をとることができると規定されています。
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2.米国業界団体からの日本政府への批判

公開されている意見書は、世界中の知的財産の保護と執行の適切性と有効性について、様々なステークホルダーがどのような事項に懸念を抱いているのか、また海外政府がどのように考えているのかを知ることができるとても良い参考資料集ともいえます。

日本については、医薬品産業における薬価制度に関する問題点への指摘が多いわけですが、日本の医薬品産業の問題点への指摘の中でも、特に知的財産制度に直接関連した懸念事項としては、予想通り、パテントリンケージ、医薬品データ保護制度、特許権存続期間延長登録制度に関する問題点を指摘する声があがっていることがよくわかります。

(1)パテントリンケージ制度

パテントリンケージ制度については、厚労省が検討している「有識者意見照会制度」の構想が批判の的となっています。

同制度は、後発医薬品の承認可否を判断するにあたり、先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーの意見を基に第三者である有識者が特許権侵害の有無について意見を述べ、それを踏まえて厚労省が最終的な判断を下すという仕組みを想定しているものです。

しかしながら、米国商工会議所(USCC)は、特許権侵害のような法律上の紛争に行政が関与すること自体が問題であるとして、厚労省による特許解釈や判断の一切を否定し、司法による判断を基本とすべきであると強く主張しています。

“MHLW should not adjudicate legal disputes between innovative and generic manufacturers, including through experts, and should instead leave legal matters for the courts.”

また、同会議所は、特許情報の公示義務や後発申請の通知制度、訴訟提起による承認停止期間の設定といった制度要素の導入、すなわち「米国型パテントリンケージ制度」の導入を日本に対して明確に求めています。

“Any amended patent linkage system should include the following features at a minimum: a patent listing requirement, public disclosure of patent listings, notice of generic marketing applications, a set stay period if litigation is initiated, and market authorization at the end of the stay period or after a final court decision (whichever comes first).”

また、PhRMA(米国研究製薬工業協会)及びBiotechnology Innovation Organization(BIO)は共通して、厚労省が特許の有効性や権利範囲に関する判断を行うことが適切でないとの立場を示しており、特許権存続期間中の製品に対して厚労省が後発医薬品の承認を与えた事例を問題視しています。

“In 2020, MHLW approved multiple generics… even though the JPO had upheld some claims of a patent.  MHLW took it upon itself to interpret… without involving the innovator.”

– PhRMA意見書より-

“In 2023, MHLW approved generics… even during the restored patent term…”

– PhRMA意見書より-

In Japan, actions by the Ministry of Health (MHLW) have undermined the predictability of patent protections.  While MHLW has acknowledged that it should not arbitrate patent disputes, in 2020 it undermined the patent of an innovative product by approving multiple generic versions even though the Japan Patent Office had upheld two of the four claims on the underlying method of use patent.  Moreover, while the innovative manufacturer in this instance has initiated patent infringement suits against each of the approved generics, due to the action of the MHLW, potentially infringing products were permitted to enter the market as of December 2020, before the manufacturer could secure injunctive relief.  Such relief can take months to secure in Japan’s legal system, thereby frustrating the ability of the innovator to seek an injunction before infringing products enter the market and creating uncertainty for innovator and generic manufacturers alike.  This system equally harms patients, who could be prescribed products that ultimately must be withdrawn from the market based on the outcome of the pending litigation.  It is exactly this uncertainty and disruption that well-functioning and effective patent enforcement systems are designed to avoid.

-BIO意見書より-

これらの事例には、時期尚早に承認された後発医薬品のメーカーが、最終的に差止命令を受けたため、当該製品の供給を中止・撤退せざるを得ず、医療関係者や患者に大きな混乱をもたらしたケースが挙げられています。

“Generic makers must decide whether to launch at risk…  In one recent case, a generic was withdrawn after injunctive relief… resulting in confusion among professionals and patients.”

– PhRMA意見書より-

差止救済の取得に数か月を要するという日本の制度的事情が、こうした混乱を助長しているとの指摘も見られます。

“While injunctive relief is typically available in Japan, such relief can take at least several months to secure, thereby frustrating the ability of the innovator to seek an injunction before potentially infringing products were allowed to enter the market, and the removal of a generic product already on the market can cause significant confusion and disruptions among wholesalers, providers and patients.”

– PhRMA意見書より-

さらに、PhRMAは、2024年に厚労省が立ち上げた検討会が、こうした課題の抜本的な解決に資するものであることを期待しつつも、今後は産業界との十分な対話と調整が不可欠であると強調しています。

“In 2024, MHLW commissioned a study group to review… patent enforcement…  PhRMA encourages further industry engagement…”

パテントリンケージに関連して以下の記事もご覧ください。

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(2)医薬品データ保護

医薬品データ保護(Regulatory Data Protection, RDP)については、BIOが、日本では8年間の保護期間が実質的に運用されているものの、明確な立法措置が存在しないことを問題視しています。

“While Japan’s system has the effect of providing protection that is similar to eight years of regulatory data protection, it has not formally established such protection through legislation.”

BIOは、法定のRDP制度がないことが、イノベーター企業にとっての制度予測可能性を損ねているとし、米国企業と日本企業との間の科学的協業を促進する観点からも、高水準かつ法的安定性を備えたRDP制度の導入を求めています。

“Establishing a high standard RDP system in law would help create more certainty and predictability for innovators, which would encourage more meaningful scientific collaboration between U.S. based biotech enterprises with Japanese counterparts.”

医薬品データ保護に関連して以下の記事もご覧ください。

「知的財産推進計画 2024」の策定に向けた意見 ― 医薬品の臨床試験データを保護する制度(データ保護制度)の法制度化を要望 ―
知的財産戦略本部では、同本部の下におかれた構想委員会において「知的財産推進計画 2024」の策定に向けた検討を進めており、今後、「知的財産推進計画 2024」の策定に向けた検討に役立てるため、パブリック・コメントを募集しています(「知的財産推進計画2024」の策定に向けた意見募集参照。募集期間:令和6年2月26日~令和6年3月27日)。Fubuki匿名なので受け付けてもらえないかもしれませんが、一...

(3)特許権の存続期間延長制度

特許権の存続期間延長制度(Patent Term Restoration, PTR)については、PhRMAから、追加承認(追加適応や新たな剤型)の場合に延長期間が著しく短縮されるという実務上の課題が指摘されました。

“However, PhRMA urges the JPO to review its practices in granting PTR for subsequent approvals, to take into account the full regulatory review period in determining the length of any extensions.”

現在の日本の制度運用では、「必要な試験」に要した期間のみが延長期間に反映されるため、特に最初の承認よりも短期間の試験で追加承認が得られるケースでは、延長の実効性が損なわれているとの指摘がなされています。

“This current practice… often results in extension periods… shorter than the extension period of the first approval.  This can act as a disincentive to conduct research on additional medical uses…”

これは、追加適応の開発に対するインセンティブを削ぐ可能性があり、PhRMAは日本特許庁に対して、全体的な審査・開発期間を考慮した柔軟な運用を求めています。

特許権の存続期間延長の効力に関連して例えば以下の記事もご覧ください。

選択的直接作用型第Ⅹa因子阻害剤「イグザレルト®」・・・リバーロキサバンに関する特許権について(5)
2024年7月29日、バイエル薬品より「リバーロキサバンに関する特許権について」の謹告文が掲載されました(2024.07.29 日刊薬業 【謹告】リバーロキサバンに関する特許権について)。この謹告文は、2020年12月4日(過去記事)、2021年6月28日(過去記事)、2022年2月1日(過去記事)、2023年7月22日(過去記事)の謹告と同様に、リバーロキサバンを有効成分とする製品の製造、販売、...
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3.まとめ

国際的なルールメイキングの文脈において、日本の特許制度がどう評価され、どのように位置付けられているのかを理解する上でも、今回のスペシャル301条報告書とそれに附随する各種意見書は極めて示唆的です。

医薬品の知的財産制度を巡る政策動向は、国際経済秩序や産業政策との接点を含む重要な領域であり、今後の制度改正の方向性についても引き続き注視が必要です。

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